- 『VOICE』 作者:唯崎 佐波 / 未分類 未分類
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原稿用紙約9.45枚
もって生まれてしまった『力』というものは本人にはどうしようもないものなのだろうか?
誰か欲しいという人がいるならあげてしまっても俺はいっこうに構わないのだが。
今まで田舎で暮らしてきたのはこの力の為だったが、今ではだいぶコントロールが
つくようになってきたおかげで都会で暮らす事も出来るようになった。さすがに人込み
が多いとキツイが。それでも、もう俺は帰る場所がない。もう昔にはもどれないから。
「あっ! 西園寺君!」
「あぁ・・・・」
「私の事わかる? 賀川 歩」
「はぁ・・・・」
賀川 歩(かがわ あゆみ)は進学校のこの学校で成績トップを何年も守り続けている
上、美人で優しく人望も厚いとまさに才色兼備でこの学校のマドンナ的存在で有名だ。
転校してきて1週間で人の名前と顔を覚えるのが苦手という俺でもその存在は知って
いたし顔も理解できた。そんな彼女は何もいわずにさり気なく俺の隣に座った。もとも
とひと気の少ない屋上に人が来る事は珍しい。しかも日が落ちかけた放課後に。今は
もう10月だ。日が落ちる時間も段々と早くなっている。
「屋上に人がいるなんて珍しい事よ」
空はもう夕焼けに染まっている夕方の5時。暗くなるまでにはもう1時間もないだろう。
「あぁ。俺も驚いたよ」
都会の学校の屋上からの景色はいい。現代の様相をそのまま反映していて現代科
学の進歩や己の小ささを改めて感じることが出来る。それに晴れの日には建ち並ぶ
高層ビルの間から富士山が見える事も判明した。
「賀川って頭いいから毎日にでも予備校とか入ってんのかと思ってた」
「あら、西園寺君は編入の試験満点でパスしたって聞いたけど?」
「あれは試験が簡単すぎたんだ」
「この学校、都内でも結構有名なんだけどな」
俺は頭がいい。まぁ、それなりに勉強したわけだしその辺の並な奴らとお玉の中身
が一緒なんて俺のプライドに反する。そう言うと賀川は俺の横で軽く笑った。
「西園寺君もこの場所好き?」
俺はうなずいた。
「私も好きなんだ。ここってさ、時間とか忘れられるでしょ? 高等部上がってから
将来の話って結構出てたけど最近ますます多くなってさ。親はなんいも言わない
んだけど、疲れない?」
俺は首をかしげた。
「そっか・・・・西園寺君はまだこの学校来たばっかだもんね。私はね、毎日大変な
んだ! 西園寺君が思ってた通り、毎日予備校に夜遅くまで行って・・・・・・」
手を前で組んで伸びをする賀川歩にはいつもの明るい笑顔はない。
「だから、今日はサボり!! 私は思ってるんだ。将来とか未来とか大切だとおもう
けど、私は今が一番大切なんだってね。だから今が辛くて抜け出す事が出来ない
なら・・・・・・」
日が落ち始めているせいもあるのだろうが横顔は暗い。
『もう・・・疲れた・・・・・・・死んだ方が楽だよ・・・・・』
「賀川?!」
「えっ?! あ、ごめん! 話暗かったね・・・・」
「いや・・・・いいよ・・・・・」
まただ。人の声が聞こえてしまった。俺の持って生まれてしまった『力』というか『能力』
だ。人の強く思った想いや、感情、考えが口に出さなくても聞こえてしまうのだ。耳から
聞こえるという感覚はなく、直接脳に響いてくるのだ。強い感情ほど大きくはっきりと聞こ
える。幼いころから他人にこの力を気づかれると気持ち悪がられると思って隠してきた。
この力を知っているのは俺自身しかいない。
「俺思うんだけどさ。確かに、今は楽しくなくても将来までつまんないってどうしてわかる
んだ? 高校2年の楽しい時期を勉強で終わらせるのはつまんないけどさ。今を変える
事なんていくらでも出来るんじゃねぇ?」
「西園寺君?」
「だってさ。誰がお前を縛り付ける権利持ってるの? 親? 学校? 世間? そんなの
全部間違ってるね。人がどう生きるかなんてその人次第だろ。俺たち17年しか生きて
ないんだからくだらない事考えてんじゃねぇよ」
俺は立ち上がって大きく手を伸ばす。首を2・3回まわして出口に向かう。
「さいおん・・・・・・」
「なに? 帰るから」
「あ・・・・うん・・・・」
ったく・・・・・
俺は頭を掻き毟る。
「あのさ・・・・・・俺、人のことに介入すんの好きじゃないからあんま言わないよ? 自殺
止めてほしいなら別な人呼びな」
まだ座っている賀川を睨みつけるように見下ろす。
「なんで?! 私・・・自殺・・・なんて・・・」
目をそらすように俯ける。俺は目を閉じて賀川の『声』を聞き取るように集中する。この力
のコントロールが出来るようになったのは最近のことだ。
『死ぬ・・・・自分の存在が消える・・・きっと・・・楽になれる・・・・』
これは賀川の表面上の感情だ。これよりもっと奥に賀川の本当の感情がある。俺は集中
を高める。
『本当は死にたくなんかない・・・・・・でも・・・・生きてる意味がわからない・・・・・・・』
「・・・・・聞こえた」
「え?」
俺はゆっくりと目を開ける。
「俺はお前と知り合ったばっかりだ。話したのも今日がはじめて。お前が死んでもお俺の
明日は続いてく」
「・・・・・・」
賀川の目線がさらに下がる。俺はその様子をみて大きく肩で息を吐いた。
「でも・・・お前が死んだら俺は悲しいぞ」
賀川が目を見開いて目線を俺に合わせてくる。今度は俺が目線を下げ、賀川と合わせな
いようにする。
蘇る記憶・消せない過去・忘れたい現実・・・・・そして最後の顔・・・・・・
「人ってそれぞれ価値観があるだろ。その価値観の基準を決めるのは自分だ。自分にと
っては大きなことでも他人にとっては小さいことかもしんねェ。その逆もある。価値観は
人それぞれってわけだ。大切なことは自分の器で測って決めろ。でもさ本当に大事な事っ
てのは頭で考えてても無駄だよな」
俺は空を見上げる。もう、暗くなり始めて都会の明るい夕夜にも星が見え始めていた。
「そうゆうもんはだいたいはもう答えは出てんだ。あとはそれに気づくかどうかの違いだな。
俺にはお前の答えがしっかり聞こえたぜ?」
賀川も空を見上げている。俺はもう一度肩で大きく息を吐く。
「Don't fail to hear your voice! ってこと!」
賀川の目に涙が見えていた。俺は静かに屋上を出る。この先、賀川歩が自殺しない保障
なんてなかった。自分の本当の声を聞くなんて、本当はとても難しい事だ。他人の声を
聞く事が出来ても、自分の本当の気持ちなんてわかんないわけだし。後は賀川次第だ。
それからしばらく何事もなかったかのように時間は過ぎていった。
ウ゛ゥウ゛ゥ
ケータイのバイブが枕元で震える。時間はもう深夜の2時に近かった。部屋のベット
で寝ていた俺は眠たい目をこすりながらケータイを手に取る。登録されていないアドレスか
らのメールに疑問を持ちながらもメールを開いて見る。
『賀川です! 深夜にメールごめんね。実はあれから結構長く屋上にいて、いろいろ考えた
の。 答えは自分の中でまだはっきりしません。でもとりあえず死ぬのは・・・やめたよ』
俺は少しホッとしながら返信を打った。
『そう。俺は眠いから寝る』
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2004/08/25(Wed)13:14:42 公開 / 唯崎 佐波
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■作者からのメッセージ
作品事態まだまだで、誤字脱字等チェックしたつもりなんですが。。。
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