- 『Life is flower 第一花〜第四花』 作者:とと / 未分類 未分類
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全角15917文字
容量31834 bytes
原稿用紙約55.85枚
人生は花に似ている。
種から芽ができ、ゆっくりと成長していき、花を満開に咲かせ儚く散っていく。
今日のお客様は、どんな花を咲かせるのかしら?
第一花 二人で一人?
〜Hypericum erectum Thunb.ex Murray var. erectum. 〜
その店はドアから入って右側が洋風、左側が中華、そして真ん中に和風と、色々な文化が入り交じった店だった。
店にはその店がはち切れんばかりに花が置いてあり、その店が花屋なのだと言うことを表していた。
その店に置かれている花からは様々な香りが感じられ、実に居心地いい空間を作っている。
店にレジはなく、その代わりにアンティークの机と椅子が奥に置いていた。
その机の上には湯飲みが置いてあり、煎れたてなのか湯気がもくもくと天井にあがっていっている。
椅子は机を挟んで一脚ずつ置いてあり、奥側にこの店の店員が座っているようだ。
店員は銀色の肩につくかつかないかの微妙な長さの髪を耳にかけ、金色の瞳でドアを見つめている。
「お客さん、来ないわねぇ……」
そう呟くとその整った唇に湯飲みに入っていた紅茶をがぶ飲みした。
ふ〜、とため息をついた瞬間、ドアが開くと鳴るベルが鳴った。
チリン、チリン。
店員はにっこり笑ってお客にお決まりのセリフを言う。
「いらっしゃいませ。貴方にぴったりのお花をお売りします」
その客は戸惑いながらも店員が薦めた椅子に座った。
お客は息も荒く、何故か手が血だらけで服には返り血が飛んであったが、店員は気にすることなく湯飲みに紅茶を煎れる。
お客は店内を見回し、色とりどりの花達の姿を見ると少し目を和ませる。
「この店……花屋だったのか……」
お客はそう呟くと湯飲みに入っていた紅茶を一口飲んだ。
息も落ち着いてきたようで、お客は店員の顔を盗み見る。
店員はそんな視線も気づかなかったようにお客に質問をした。
「どうしてお客様はこの店に? あら? そう言えばお名前も聞いてませんでしたね。お客様のお名前は何ですか?」
お客は湯飲みを机に静かに置くと店員の質問に答えた。
「俺の名前は……智頼(ともより)。この店には逃げていたらいつの間にか入っていたんだ」
店員は逃げるという言葉に一度眉を動かせたが、気にする様子もなく会話を続ける。
「智頼さんですか。私はこの名もない店の店員をやっておりますハクヨウと申します。お見知りおきを」
ハクヨウは軽く智頼にお礼をすると湯飲みに入っていた紅茶をがぶ飲みする。
智頼はそんなハクヨウを見て少し困惑するがとりあえず手についていた血を服で必死に拭く。
しかしもう血は固まっており、なかなかのかない。
「智頼さんは逃げていたらこの店にたどり着いたと申されましたが、一体何から逃げていたのですか?」
その質問に智頼は一度ビクリとし、拭いていた手を止めた。
「あっと……怪物が俺達の村にでて……」
「嘘をついてもすぐ分かりますので」
ハクヨウは智頼の言葉を途中で遮りニコリと微笑む。
智頼は暑くもないのに体中から汗が浮き出ていく。
「誰から逃げてきたか、当てましょうか?」
店員は楽しそうに手を組み、手の上に顔を乗せた。
反応しない智頼をみて目を細める。
「貴方は警官隊から逃げてきたんでしょう。追われている理由は人を殺して。どう? 当たっているかしら?」
ハクヨウの言葉に智頼は顔を一気に青ざめる。
どうやら当たっていたらしく、椅子から立ち上がり店から急いで出ていこうとする。
「お待ちなさい!!」
ハクヨウの迫力ある声に智頼は思わずドアの前で立ち止まった。
「この店のことを教えていませんでしたね? この店は何処でもない何処か。今ではないいつかにある店です。意味は分からなくても良いので気にしないでください。この店は貴方の真の願いを一つだけ叶えてあげます」
智頼はそこまで話を聞き信じられないと言うように首を横に振る。
「そんな虫のいい話があるか!?」
ハクヨウは静かに微笑む。
「もちろんタダではありません。お代はキッチリいただきます。お代は貴方の人生を、貴方の人生に例えた花をいただきます」
智頼は顔をしかめる。
「人生の……花?」
「はい、そうです。方法は簡単です。貴方の場合追われている理由……弟さんの事を私に話してくれればいいのです」
ハクヨウは湯飲みに紅茶を煎れ直す。
「そんな簡単なことで願いを叶えてくれるのか?」
智頼は半信半疑でハクヨウに問いかけた。
「はい。全て話しかけてくれるだけで結構です」
智頼が戻ろうか考えているとき、ドアの向こうから警官隊の走る音が聞こえた。
一瞬智頼はビクリとし、固まった後にそそくさと席に戻る。
ハクヨウの言葉に、まだ疑いを持っていたが、例えこの話が嘘だったとしても、さしあたって問題はないだろう。
智頼はそう思い、自分の人生について話し出した。
「俺の家は昔から続く伝統ある骨董屋で、早くに事故で死んだ親の代わりに俺がその店を切り盛りしていたんだ」
ハクヨウは一度そこで智頼の話を止め、店の奥の方に行き綺麗な水晶玉を持ってきた。
その水晶玉には傷一つなく見る人を魅了する不思議な輝きを放っていた。
「聞くより見る方が早いです。この水晶玉に手を当ててください」
智頼は恐る恐る水晶玉に手を乗せる。そしてその上からハクヨウも手を添えた。
「今から貴方の記憶の中に入ります。記憶の中では決して声をあげないでください」
ハクヨウの言葉に智頼はゆっくりとうなずく。
それを確認したハクヨウは瞳を閉じ、水晶玉に意識を集中させる。
……一秒後、その店には誰もいなくなっていた。
智頼の記憶の中はセピア色をしていた。
色あせていく記憶の中をハクヨウ達は歩いていく。
親が死んだせいで肉親は五つ下の弟一人になってしまい、友達と遊ぶことなく青春時代を駆け抜けていく智頼の記憶。
弟と喧嘩をして、仲直りするために必死に弟の好きな肉じゃがを作っている智頼の映像。
ハクヨウはそっと隣で歩いている智頼の表情を見る。
その表情はどこか懐かしそうに、愛おしげに記憶達を眺めていた。
そして映像は最近の記憶にはいる。
智頼が営む骨董屋に大きな高価な壺を預けに来た老人が来たのだ。
その老人はしばしの間この壺を預かってくれと言うと、十万円をおいてそそくさと夜の闇に消えていった。
預かるだけでお金がもらえたのだから、返すときにはたくさんのお金がもらえると思った智頼は、その壺を丁重に扱っていた。
「兄さん、その壺、なんだか変だよ」
弟がある日突然壺に難癖をつけてきたのだ。
「どこが変だって言うんだ? この壺を持ち続け、持ち主が取りに来たら返すだけでお金がたくさんもらえるんだ」
智頼の顔は金の亡者のように目の下はくまができ、頬はやせこけていた。
「だって……兄さんどんどんやつれていってるじゃないか?」
そんな弟の言葉には耳を貸さず、智頼は壺をふき続けている。
ハクヨウはそんな記憶達を見つめながらも不思議に思ったことが一つあった。
智頼の記憶の中では弟の姿が見えない。
声しか聞こえないのだ。
そんな疑問とは裏腹に、智頼の記憶はどんどん進んでいく。
「こんな壺っ!!!」
大きく振り上げた手。
落ちていく大きな壺。
壺の破片の向こうに、智頼の怒り狂った顔。
智頼が割れた壺の破片の中でも大きな物を手に取った。
そして斬りかかってくる。
「うぁーーーー!!!」
あぁ 兄さん
どうして気付いてくれなかったんだろう?
その壺は呪われているのに。
そこで智頼の記憶は終わっていた。
「これは……?」
水晶玉の世界から店に戻ってきたとき、智頼は呆然とその言葉を放った。
「これはどういう事なんだ?」
ハクヨウはそんな智頼を見つめ優しく諭そうとした。
「智頼さん……いえ、智頼さんの弟さんですね? 自分を偽るのは止めて元の姿に戻ってください」
そうハクヨウが呪文のように呟いた瞬間、智頼の姿は歪み、一秒後には先ほどの青年よりも五歳ほど若い男が姿を現した。
その男は肩から腹にかけて大きく切られており、傷口の血は止まっているようだが服にはベッタリと血が付いている。
そしてその顔は血の気が引いており生きている人間の顔ではなかった。
「あぁ……私は何故? 兄の姿を?」
智頼の弟は自分の顔に手をあてて、呆然と呟いた。
ハクヨウはそんな智頼の弟の姿を見、唇をあげ微笑む。
「貴方の記憶がこんがらがっていたのね。気にしなくても大丈夫です。たまにある事です。それにそう言う場合はとても素敵な花が咲きますの」
ハクヨウは一度軽く手を叩き極上の笑みを智頼の弟に見せた。
そして湯飲みに入っていた紅茶を一気にハクヨウは飲み干す。
「ところで、貴方のお名前は何ですか? そして真実の願いは見つかりましたか?」
智頼の弟は一瞬考え込みすぐに顔を上げ言った。
「私の名前は頼久と申します。私の真の願いは……」
頼久はそこで一度言葉を切り、唇を噛む。
ハクヨウは頼久が躊躇っている間に湯飲みに紅茶を煎れ直す。
店内に煎れたての紅茶の匂いが広がっていく。
そして頼久は決意したように顔を上げ口を開いた。
「……兄と仲直りがしたいのです」
「貴方を殺したのは智頼さんなのに?」
ハクヨウの言葉に頼久は一度反応したが、すぐに首を振り考え直す。
「はい、それでも仲直りしたいのです」
ハクヨウは頼久の言葉に首を縦に振ると、瞳を閉じ智頼を捜した。
そして頼久が見守る中、ハクヨウはいきなり目を開け顔をあげた。
「頼久さん……本当にあなた達って変わってるのね」
ハクヨウの言葉に頼久は訳が分からないと言うように首をすくめる。
そんな頼久の様子にハクヨウはやわらかく微笑んだ。
「仲直りなら、頼久さんがそう思った瞬間からもうできています」
「はい?」
頼久は更に訳が分からないと言うようにハクヨウを見つめる。
「さて、貴方の花をもらいましょうか?」
ハクヨウはそう呟くと頼久の胸に手をかざし呪文を唱えた。
その呪文は訳の分からない言葉が並んでおり、眠りを誘うようなゆっくりとしたモノだった。
呪文を唱え終わると、頼久の胸から一つの小さな花が咲いてきた。
その花の花びらは黄色く、葉には血の痕のような黒色の斑点がある。
「なっ!?」
頼久が驚いてその光景を見ているとハクヨウは満足気にうなずいた。
「弟切草……花言葉は恨み・迷信・盲信・信心・秘密 ……あなた達にピッタリの花ね」
ハクヨウは弟切草を優しく頼久の胸から引き抜くと頼久の目を見る。
「知ってるかしら? この花のお話。兄が秘密にしていたタカの傷薬を弟がもらしたので、兄が弟を切り殺したという伝説から弟切草と呼ばれるようになったのよ」
ハクヨウはそこで一度言葉を止める。
「あなた達の場合は自分を殺し合っていたんだけどね」
頼久はハクヨウの言っている意味が全く分からなく、困惑した目で弟切草を見つめる。
「さて、花の枯れる時間だわ。頼久さん、智頼さん、とても素敵な花をありがとう」
ハクヨウがそう言った瞬間、店のドアが独りでに開き頼久はそのドアに吸い込まれるように消えていった。
バタン。
「これはすごいなぁ」
一人の警察隊が死体を見て呟く。
「自殺でしょうか?」
「自殺だろうな」
その死体は自分で自分を切り裂いており、手には大きな壺の破片を持っていたようだが、その破片は死体のすぐ傍に転がっている。
「山村智頼、25歳、近所の人が言うにはずっとこの骨董屋で一人で暮らしてきたそうです」
「そうか……」
「一つ気になるところがあります」
「何だ?」
「山村智頼はたまに人格が変わったそうです。いつも言葉使いが荒いのにいきなり温厚になったり。また、自殺する前にこの骨董屋から言い争う声が聞こえてきたと、目撃者は言っています。」
「狂っていたのか?」
「多分そうでしょう」
「まぁ、どっちにしろこれは自殺だ。この事件はこれで終わりだ。さっさと飲みに行こうぜ」
「はい」
遠ざかる足音。
その死体の顔は安らかで、手を堅く握り合って死んでいた。
その傍には誰が置いたのか、弟切草が置かれていた。
人生は花に似ている。
種から芽ができ、ゆっくりと成長していき、花を満開に咲かせ儚く散っていく。
今日のお客様の咲かせた花は私が責任を持って育てていきましょう。
またのご来店をお待ちしております。
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第二花 答えのでない花占い〜Chrysanthemum frutescens L.〜
愛してる
少し愛してる
とても愛してる
愛してない……
「あのぅ……花占い用の花とか売っていますか?」
そのお客はドアを小さく開け、恐る恐る顔をだしていた。
花が店内中に置かれており、色々な文化が混じっているその店の店員のハクヨウは、自らドアを開けに行く。
「そんなに怖がらないでください。花占い用の花ならあると思います。とりあえず中に入ってお座り下さい」
そのお客は十六歳程の少女で、腰まで長い髪の毛を揺らしながら店に入ってきた。
髪の毛と同じ茶色の瞳で、一度店内をぐるりと見回し、奥の方にある椅子に腰をかける。
ハクヨウはティーカップに緑色のお茶を煎れ、少女に差し出した。
「お客様のお名前は何ですか?」
そして肩につくかつかないかの長さの、銀色の髪の毛を耳にかけながら少女に微笑む。
「私の名前はパールと言います。あの……それで……」
パールは右手と左手の指を、もじもじと絡ませながら、ハクヨウの顔を見上げる。
「私の名前はハクヨウと申します。この店の店員です。お客様はどのような花占いをするんですか?」
ハクヨウのその言葉にパールは頬を一気に赤く染めた。
そして口を開けたり閉じたりしながら、その言葉を切りだした。
「そっ! あっ! こっ恋占いをしたいんです!!」
パールの大きな声は店内に響き渡り、花達が風も吹いていないのに揺れた。まるで驚いたように。
ハクヨウはティーカップに入っていた緑茶を一気に飲み干す。
パールはそんなハクヨウを見て、大声をあげ少し荒くなった声を落ち着かせるために、自分もティーカップに入っている緑茶を一口飲んだ。
「美味しい……」
自然とパールの口からその言葉が漏れた。
その言葉を聞きハクヨウは嬉しそうに微笑む。
「お茶を煎れるのは得意なんです」
気をよくしたハクヨウは、自分の分にもパールの分にも緑茶をまけるくらい煎れる。
そしてまたもや緑茶をがぶ飲みした。
パールはそんなハクヨウを唖然とした目で見てくる。
ハクヨウはその視線に気付き、一度恥ずかしそうに咳払いをし、脱線していた話を元に戻す。
「さて、恋占いにピッタリなのはマーガレットの花ですね。」
そうわざとらしく言い放つと席を立ち、店内をうろつき回る。
どうやらマーガレットを探しているらしく、ドアから入って右側の洋風の部分をあさっていた。
そして、洋風の部分にもないことが分かると、今度は左側の中華の部分を調べ始める。
「あれ?おかしいですね……」
ハクヨウは最後に真ん中の和風の部分を調べた。
しかし、そこにも無かったらしく一回ため息をつき、パールの方を見つめる。
まだ見つめている。
「あの……何か?」
パールはその視線に耐えきれなくなり、顔を横に向けた。
「あっ、すみません。実はこの店の奥の方に行けば、マーガレットもあると思うんですけど……」
そこで一度言葉を切り、天井を見上げた。
そして瞳を瞑り、何かを想い出すように眉間にしわを作る。
「確かこの前マーガレットの人生の人が来たはずですし……」
ハクヨウはそう小さく呟くと、お香を焚いてから店の奥の方に姿を消した。
そのお香からは言いようのない不思議な香りを放っている。
(このお店……何か変……)
パールは机の上で手を組み、祈るように瞳を閉じた。
頭の中では一人の青年が笑いながらパールに手を振っている。
その青年は風で乱れた茶色の髪の毛を、必死に直しながらパールに向かって走ってくる。
いつもと同じ夢。
そしてそれは現実。
疑いようのない真実。
『パール!! やっぱり俺達一緒にはなれない』
どうして?
『俺は……お前を愛してないから』
背中を向けて、話さないで……。私の目を見てよ。
『さよなら』
待って!! 待って!!
「待……って、……って」
「どうなされましたか?」
ハクヨウの急な言葉に驚き、パールは椅子を倒して立ち上がる。
倒れていく椅子は床に触れる直前に、誰も触っていないのに倒れずに元のように戻った。
ハクヨウは焚いていったお香を完全に消す。
そして困惑するパールを見て、少し微笑みながら一本のマーガレットを差し出す。
「どうぞ、この花は普通のマーガレットと違いますので、花占いをするにあたっての注意事項があります」
パールはマーガレットを受け取り、嬉しそうに微笑んだ。
「注意事項って何ですか? 見た目は普通のマーガレットなのに」
そのマーガレットはどこからどう見ても普通のマーガレットだった。
パールは試しに匂いも嗅いでみるが、特に変わった香りはしない。
「中身が違うんですよ。たくさんの想いが詰まってるんです。だから大切に触れてあげてください」
ハクヨウはパールのそんな様子を見て、微笑みながら言った。
「注意事項ですけど、簡単なことです。パールさんならきっと大丈夫ですね」
そこで一息つき、また話し始める。
「まずは花占いをするところを、誰にも見られてはいけません。そして千切った花びらは、水の綺麗な流れる川に流してあげてください」
パールはなんだそんな事かと言うように、安堵のため息をついた。
綺麗な川なら家のすぐ側にあるし、夜に占いをすれば誰にも見られないだろう。
これで用は済んだと思い、パールは椅子から立ち上がった。
今度は倒さないようにゆっくりと。
「ありがとうございました。あの……お代の方は?」
「お代はもうもらいました。いえ、今からもらうと言った方が正しいかも知れませんが」
パールは目に困惑の色を浮かべて、どう反応したらいいのか迷っているようだ。
「えっと……あの、それじゃ帰ります。ありがとうございました」
パールは急いで店から出ようと、ドアを勢いよく開けようとする。
「あっ!待ってください」
出ていこうとしていたパールの背中にハクヨウは声をかける。
パールはその声に反応し、振り返った。
「言い忘れていたことが一つあります。花占いにやり直しは効きません。慎重に頑張ってください」
そして微笑む。
「よい花を」
するとドアが独りでに開き、パールはドアに吸い込まれるように消えていった。
バタン。
その日の夜は満月で、月明かりの下でパールは花占いをしていた。
「愛してる
少し愛してる
とても愛してる
愛してない……」
延々と呪文のようにその言葉を呟き、花びらを川に流す。
これが終われば彼の本当の気持ちが分かるのだ。
「愛してる
少し愛してる
とても愛してる
愛してない……」
どんどん花びらは減っていく。
そしてもうすぐで終わると言うとき、突然強い風が吹き、マーガレットはパールの手から放れていった。
「あっ!! そんな……っ。待って! 待って!!」
マーガレットは川にゆっくりと落ち、深い川底へと姿を消していく。
パールは必死で川の底へと手を伸ばすが、川は意外に深く、全く手が届かなかった。
「そんな……。やり直しは効かないのに……」
月明かりの下、パールは一晩中川底を眺めていた。
「本当にこれでいいんですか?」
「いいんです。パールもこれで諦めてくれるはずだ……」
絞り出すように茶色の髪の青年はその言葉を吐き出す。
「だって、俺達は本当は兄妹だったから。でも出逢ったときは知らなかったんだ。生き別れの妹がいるなんて事も、つい最近知らされたんだから。それにいくら愛し合っても、世間は誰も俺達の結婚をみとめてくれない。俺は村の村長の娘と結婚して、パールに裕福な暮らしをさせてあげる事でしか……」
「それがパールさんの幸せですか?」
ハクヨウの言葉に一度青年は反応し、顔をあげる。
「はい。いつか俺の事なんて忘れて、いい男と結婚する。そして俺は金を送ってくるだけの良い兄貴になれるさ」
吹っ切れたように青年は笑った。
ハクヨウは一度うなずき、青年の胸に手をかざす。
「お代をいただきます」
そう呟くとハクヨウは呪文を唱え始める。
その呪文は訳の分からない言葉が並んでおり、眠りを誘うようなゆっくりとしたモノだった。
そして、青年の胸からマーガレットの花が生えてくる。
「なっ!? これは!?」
驚く青年をよそ目に、ハクヨウは優しくマーガレットを胸から抜き取る。
「マーガレット……花言葉は心に秘めた愛・誠実・貞節・慈悲・真実・恋占い……お二人にはある意味ピッタリですね」
青年は困惑しながらも席を立つ。
ハクヨウはそんな青年に座ったまま声をかけた。
「質問があるんですが、何故花占いの結果を出させないようにしたんですか? 愛してない、にしたら簡単でしたのに」
ハクヨウの質問に青年は何だそんなことか、と言うように笑う。
「花に嘘はつけないと思って」
「なるほど」
ハクヨウは納得したようにうなずくと、青年に優しい微笑みを贈る。
「さて、花の枯れる時間だわ。、お二人さん、とても素敵な花をありがとう」
そうハクヨウが呟くと、ドアは独りでに開き、青年はドアに吸い込まれるように消えていった。
バタン。
一年後。
ハクヨウの所に一枚のはがきが届く。
そのはがきにはこう書かれていた。
『結婚しました』
はがきにはその文章と一緒に、絵もついていた。
その絵には誰も住んでなさそうな森の中、青年と、少し大人になった茶色の長い髪の毛の少女が、幸せそうに微笑んでいた。
花に嘘はつけない。
それは自分にも同じ事。
結婚のお祝いに、マーガレットの花でも贈りましょうか?
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第三花 愛の花〜Helianthus 〜
見ています。
例えこの命がなくなろうと。
見守ります。
貴方だけを。
その店は色々な文化が入り交じっており、有りとあらゆる所に花が咲き乱れている。
店の奥にあるアンティークの机には、大きなかき氷が置いてあり、味はどうやら苺のようだ。
そのかき氷を静かに食べているのは、この店の店員のハクヨウ。
肩に付くか付かないかの銀色の髪の毛を耳にかけながら、開かないドアを見つめている。
「暑いですね……。お客さんも来ませんし……」
ハクヨウはそう呟くと、食べ終わったかき氷の器を置きに立ち上がる。
その時、ドアを叩く小さな音が聞こえた。
トントン。
ハクヨウは器を元の位置に戻し、ドアを開けに行く。
「いらっしゃいませ。貴方にピッタリの花をお売りいたします」
お決まりの文句を述べ、ハクヨウは飛び切りの笑顔でお客を出迎える。
そのお客は小さな少女で、黄色の短い髪の毛に、茶色の瞳をくりくりとさせながらハクヨウを見上げる。
「あの、ここがハクヨウさんのお店?」
少女は小さな体から絞り出すように声をあげた。
ハクヨウは少女のためにかき氷を作りながら答える。
「はい。私がそのハクヨウなんですよ」
手動のかき氷機は、たまに氷につっかえながらもガラガラと氷を細かく裂いて行く。
丁寧に氷の形を整えながら、ハクヨウは最後に苺シロップをたっぷりとかける。
完成したかき氷を眺め、納得したように一度ハクヨウはうなずくと、アンティークの机にちょこんと置いた。
「どうぞ、お座り下さい。お味は苺でよろしかったでしょうか?」
少女はその言葉に首を何度も縦に振ると、椅子に体を精一杯伸ばして座った。
そしてかき氷にかぶりつく。
一気に食べたせいで、頭が痛くなったのか、目を思い切りつぶり頭を押さえている。
そんな少女の姿を見て、ハクヨウは微笑んだ。
「お客様のお名前は何と言うんですか?」
少女はその質問ににっこりと元気よく笑う。
その笑顔は太陽のように眩しかった。
「えっとね、天竺葵(てんじく あおい)って言うの。今日はね、お願いがあって来たの。ハクヨウさんが叶えてくれるって、仲間から聞いたから」
ハクヨウは自分の特大かき氷を食べながら、微笑んだ。
「願いは叶えますけど、その代わりに葵ちゃんのお花をいただきますよ?」
葵はハクヨウの言葉に首を傾げる。
「葵のお花……?……別にいいよ!その事も仲間に聞いたから。葵のお花あげるから、葵のお願い聞いてくれる?」
ハクヨウは葵の黄色い短い髪の毛を、くしゃくしゃっと撫でた。
その髪の毛は綿菓子のようにふわふわとしている。
「いいですよ。お願いって何ですか?」
葵はその質問に答える前にかき氷を食べきった。
それに気付いたハクヨウは、自分の分と葵の分のかき氷を作り始める。
そんなハクヨウを眺めながら葵は話を始めた。
「えっとね、葵の大好きな人が苦しんでるの。でもね、葵は見ることしかできないの。だからね、助けてあげられなくて、葵はとてもとても辛いの」
そこで葵はうつむく。
どうやら大好きな人のことを思い浮かべているようだ。
ハクヨウはそんな葵をみて、葵が考えていることを透視しようとする。
人の心を盗み見るのは嫌いだが、この場合仕方がない。
ハクヨウはそう言い訳を作り、葵の心を透視した。
ドロにまみれた手が見えた。
その手には深いしわが刻み込まれている。
その人物は葵の頭を撫でているようだった。
「ゆっくり大きくなれよ。大器晩成じゃからな」
少ししわがれた低い声。
立ち去っていく影。
すると、その影はいきなり胸を押さえて苦しみ始めた。
葵は必死に手を伸ばそうとするが届かない。
届かない。届かない。届かない。
草が揺れていた。
そこで透視は終わった。
透視は結構力を使うので、長時間使用すると危ない。
しかし大体の話の流れは分かった。
「私は葵ちゃんの大好きな人を、助ければいいのですね?」
ハクヨウの穏やかな言葉に、葵は大きくうなずく。
その目には少し涙が溜まっている。
「人の命を救うためには、葵ちゃんの人生を全てもらわないといけません。この意味が分かりますか?」
ハクヨウは少し困ったように微笑みながら、葵の顔をのぞき込んだ。
「葵の命をとるって事でしょう?別にいいよ。葵はもう長く生きられないから。一夏の命だったんだから」
そこで一度葵は言葉を切り、また話し始める。
「それにね、葵は出来損ないなのに、最後まで葵を育ててくれたの。大きくならなくても、葵を可愛がってくれたの」
葵はそう言うと綺麗に微笑んだ。
その笑顔に、ハクヨウは少し胸を打たれる。
しかし、これも仕事だと言い聞かし、無理に微笑む。
「それでは……葵ちゃんのお花をもらいますね」
「待って!!」
葵はそう叫ぶと椅子から飛び降りた。
ハクヨウは少し驚いた顔で葵を見る。
「あのね、葵の大好きな人を助けたら、葵の言葉伝えてくれる? ありがとうって、育ててくれてありがとうって伝えてくれる?」
すがるように葵はハクヨウを見上げる。
葵の言葉にハクヨウはゆっくりとうなずいた。
「えぇ、いいですよ。貴方自身で伝えてきてください」
そして葵の胸の上に手をかざし、訳の分からない呪文を唱えだす。
それは眠りを覚ますように激しい呪文だった。
まるで雑念を追い払うように。
呪文を唱え終えると、葵は消えた。
最期の表情はひどく穏やかに微笑んでいた。
そしてさっきまで葵が立っていた場所には、小さな小さな向日葵(ひまわり)が咲いていた。
「天竺葵ちゃん……。そう言えば、天竺葵は向日葵の別の呼び方でしたね」
そう呟くとハクヨウは向日葵を抱きしめた。
壊れないように優しく。
「向日葵の花言葉は、あこがれ・あなたを見つめる・愛慕・光輝・敬慕・輝き……でしたね」
向日葵を慎重に抜き、花びらを一枚千切った。
そしてそれを風に流すかのように、ドアにむけて優しく放り上げる。
「花の命を、人の命に代えさしてもらいますね。そしてこの花びらだけは、葵としていてください」
そうハクヨウが呟くと、ドアが独りでに開き、吸い込まれるように一枚の花びらが消えていった。
バタン。
「う……む」
向日葵の咲き乱れるその庭には、一人の老人が倒れていた。
手は泥だらけで、その手には深いしわが刻まれている。
先ほどまでは確かに息が止まっていた老人は、静かに息を吹き返したのだ。
「儂は……?」
老人はそう呟くと立ち上がろうと地面に手を付く。
その時、自分が何かを握っていることに気付いた。
「これは……!?」
泥だらけの手の中に、小さな小さな鮮やかな色。
それは小さな黄色の花びらだった。
「向日葵……の花びらか」
その時ふと、なかなか成長しない向日葵のことを思いだした。
先ほどまであった場所に目を向ける。
そこには……何もなかった。
「何で?何でないんじゃ」
愛情をこめて育てた向日葵。
他のどの向日葵よりも手間暇をかけた。
名前までつけてあげた。
向日葵の別名の、天竺葵……と。
老人は手元の花びらを見つめハッとしたように顔をあげる。
「まさか……?いや、そんな非現実的な事が」
その時、花びらが光った。
そして花びらの中から黄色の短い髪に、茶色の瞳を持った少女が出てくる。
老人を見つけ微笑む。
「葵……なのか?」
「うん」
「助けてくれたのか?」
「うん」
「…………」
老人は下を向く。
その老いによって小さくなった肩は微かに震えていた。
「あのね、葵ね、言いたいことがあってきたの。今まで、育ててくれてありがとう。葵はとっても幸せでした」
葵は太陽のような微笑みを残して消えていった。
その後には、一枚の花びらだけが残った。
「今回のお客様は珍しかったですね……まさか花自身が来るなんて……」
ハクヨウはそう言いながら、手には一つの向日葵の種を持っていた。
そしてそれを祈りながら放り上げる。
種は天井にあたる前に消えた。
「これで来年も、再来年も、あの庭には優しい向日葵の花が咲くでしょう」
ハクヨウは一人優しく微笑む。
「いつもはここまでしないんですよ。これは綺麗な心を教えてくれた葵ちゃんへのおまけです」
きっと来年の今頃には小さな向日葵が咲くでしょう。
愛情をこめて育ててあげてください。
愛は無駄なことではありません。
必ず自分に返ってきます。
それでは、またどこかで逢いましょう。
見ています。
例えこの命がなくなろうと。
見守ります。
貴方だけを。
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第四花 死神は優雅に微笑む 前編
消えてしまった神がいる。
時の魔法を操る心やさしい神。
その神の名はクロノス。
突然消えてしまったその神に。
一つ花を贈りたい。
その日はハクヨウにとっての久々の休暇だった。
月に一度やってくるその休暇は、大体ボーっとして終わるか、花の手入れで終わってしまうがハクヨウはいつも満足していた。
その休暇の日には、下界の時間は止まっており、お客が訪ねてくることは、まずない。
来るとしてもどっかの神様が今度の会議に参加してくれ、と懇願しに来るだけだ。
しかし何故かその日、ハクヨウの店のドアを乱暴にノックする音が聞こえた。
ドンドンドンドン。
気付かない振り。
ドンドンドンドンドンドンドン!!!
気付かない振……。
ドドドンドドドン、ドンドンドン。
「どうぞ」
ハクヨウはため息をつきながらドアを開ける。
ドアの前には一人の少年が立っていた。
その少年は髪の毛も瞳も暗闇のように真っ黒で、服さえも真っ黒だった。
全体の黒とは対照的に少年の肌は真っ白で、その白い手には少年の背と同じくらいの鎌が握られている。
「おっせぇよ!! もっと早くドアを開けられないのか? この年増!!」
可愛い顔とは裏腹に、その少年の口は最高に悪かった。
ハクヨウは静かに微笑む。
「すみません、リシマキア。貴方とは思わなかったのですよ。それと、もう少し静かにドアは叩いてください。この言葉を貴方に言うのは何度目でしょうね?」
リシマキアと呼ばれた少年は、その言葉を無視して勝手に椅子に座る。
鎌を雑に店の壁に立てかけると、偉そうにハクヨウに命令した。
「客にお茶はないのか?」
「貴方は客じゃありませんから」
ハクヨウは優しく言い放ったが、目は笑っていなかった。
そんなハクヨウを見て、リシマキアは一つ咳払いをし、本題に入る。
「まぁ、いい。俺の名前はリシマキア。知っての通りの死神だ」
リシマキアは得意げに笑う。
ハクヨウは渋々話を聞こうと、リシマキアの前に座った。
「この前会ったときは、見習いだったが昇格したんだぜ? すごいだろ?」
その言葉に少し驚いた顔をハクヨウは見せた。
リシマキアはその表情を賞賛の表情だと思ったようだが、実際は違った。
(リシマキアが昇格? 何かの間違いじゃないんでしょうか……)
ハクヨウは一度深刻に考えたが、死神界の話ですし、と考え話の続きを聞くことにした。
「それで今日はだな、探してもらいたい人って言うか、神様がいるんだ」
ばつが悪そうにリシマキアは頭を二、三度かく。
「お前に頼み事はしたくないんだけどな。イベリア様も困ってるしな。うん」
「……イベリア?」
ハクヨウはその名前をまるで、大切な宝物のように呟く。
まるで遠い日の想い出を思い浮かべるように。
「そっ! 俺の新しい上司。すごいだろ? イベリア様の下で働けるなんてエリート中のエリートなんだぜ」
そう得意げにリシマキアは鼻をこすりながら言った。
イベリアは死神界のトップであり、現在神々を納めている長でもある。
そんなイベリアの下で働くには相当の努力をしたに違いない。
(初めて会ったときとは大違いですね)
ハクヨウはリシマキアとの出逢いを思いだし、一人微笑む。
あんなにも未熟だった少年がここまで立派に成長している。
その事実はハクヨウを喜ばせるには十分だった。
「そうですか。頑張ったんですね」
いつものように優しく微笑みかけた。
リシマキアは少し照れたように頭をかく。
「そっそんなことより、依頼の話だ!! 探して欲しい神の名前はクロノス」
その名前を聞いてハクヨウは微妙に眉を動かす。
端正なハクヨウの顔がいつもより青ざめていた。
しかし、そんなハクヨウの様子には気付かないらしく、リシマキアは話を続ける。
「もう何百年も前から不在の時の神だ。最近までは別にクロノスがいなくても小規模の時の魔法ならイベリア様が使っていた。だけどもうすぐ迫る大きな災いの為にも、クロノスの大規模な時の魔法が必要なんだ」
リシマキアはそこまで話し終えると、ハクヨウの目をまっすぐ見つめた。
「イベリア様はハクヨウならなんとかしてくれるって言ったんだ」
そこまで聞いてハクヨウはついに笑い出した。
狂ったような笑い声ではなく、それは確かにいつものハクヨウの笑い声だ。
だけどどこかが違っていた。
「フフフ。そうなんですか……イベリアが……フフ……」
いつもの落ち着いた声とは裏腹の、自分を出した声だった。
リシマキアはそんなハクヨウを気味悪く見つめる。
「おい? ついに頭が狂ったのか?」
「いいえ、狂ってはいませんよ。その災いとはなんですか?」
ハクヨウはリシマキアの言葉に首を振り、静かに微笑む。
リシマキアは少し頭をかき、困ったように返事をした。
「それが俺には知らされてないんだ。災いがなんなのか……」
そう言いながらリシマキアは、近くに立てかけておいた鎌に手を伸ばした。
そしてその鎌を大切そうに抱える。
「この鎌はイベリア様からの贈り物なんだぜ。信用の証だ。だけどそんな俺にも教えてくれないんだ。死神界……いや、全世界の最重要機密さ」
そこで一息つき、また話し始める。
「クロノスがどうしても必要なんだ。だから、クロノスの居場所を教えてくれ!!」
ハクヨウは静かに立ち上がる。
立ったときにできる椅子の音さえもしなかった。
そして店の花達を一つ一つ見て回った。
リシマキアはそんなハクヨウを見て少し憤りを感じた。
「早く答えてくれ!! 俺も暇じゃないんだ!!」
リシマキアの怒鳴り声が店全体に響いた。
ハクヨウは何事もなかったかのようにリシマキアの方を見る。
「イベリアにこう伝えてください。時の神クロノスは、あなたの行ったことを許さない。悔い改めない限り、クロノスは永久に戻りはしません……と」
「なっ!?」
リシマキアは驚きで大きな瞳をさらに大きく開いている。
「花達が教えてくれたんですよ。さぁ、リシマキア早く行きなさい。イベリアが待っていますよ」
そうハクヨウが優しく微笑むと、ドアが独りでに開き、吸い込まれるようにリシマキアは消えていった。
バタン。
「ハクヨウがそんなことを?」
暗闇の中に、一筋の光が差し込まれるようなそんな声だった。
その声の待ち主は、黒い長い髪を一つに無造作にくくっており、油断も隙もないその瞳には、うっすらと赤みがかかっていた。
「はい、すみませんイベリア様。ろくな働きができずに……」
リシマキアはそう呟きながら項垂れていた。
悔しそうに唇を噛みしめている。
「別にいい。気にするなリシマキア。……そうか、クロノスは許してはくれないのだな」
イベリアの表情は長い前髪に隠れて見えない。
しかし、その声は哀しみを秘めていた。
「リシマキア、お前は私に付いてこようと思うか? 全てを捨ててでも、私に付いてくる覚悟があるか?」
リシマキアはイベリアのその言葉を聞き、持っていた鎌をイベリアに向かって捧げる。
「私の全てはイベリア様です」
イベリアは笑っていた。
その時大きな爆風が聞こえた。
ハクヨウは眠たい目を無理矢理こじ開け、店の窓から外を見ようとする。
その窓にはいろいろなボタンがあり、ハクヨウは神界と書かれたボタンを押した。
するとさっきまで何も映していなかった窓が、神界の風景を映しだした。
「これは……!!」
戦争だった。
一方的な戦争をしていた。
死神界のイベリアが時の魔法で相手の動きを止め、一気に神々を殺しまくっている。
その時の魔法は大規模なモノで、イベリア一人では使えないはずだった。
「まさか……イベリア、貴方はまた同じ過ちを起こそうというのですか?」
ハクヨウは瞳を閉じた。
大規模な時の魔法には、一つ、自分に忠誠を誓った魂がいる。
簡単に言えば生け贄だ。
「リシマキア……」
ハクヨウはそう呟くと一つの花を手に取った。
「白楊(はくよう)……花言葉は時間。それが私の名前です」
続く
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2004/09/07(Tue)21:15:04 公開 / とと
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
学校が始まり、なかなか執筆ができませんでした。
今回の話は、全く違う感じになっていると思います。しばらく書かないとその話の雰囲気を忘れてしまいますね。
いっそのこと新作を始めようと思ったのですが、何故かこの話を書いていました。
まだまだ未熟な拙い文章ですが楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想、ご意見、ご指摘お待ちしております。