- 『始まり』 作者:あき / 未分類 未分類
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全角4889文字
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「……私。付き合えないから……」
とても好きだった男からの告白を、私は断った。
ちゃんと、普通に言えたのか。自信はないれど。
ただ、優しく笑って「そっか」と告げた、そんな彼の笑顔を見たとき。
私はちょっとだけ、泣いてしまった。
彼は、困った顔をして。
「……忘れてもいいから。困らせてごめん」
と、いつものテンポと口調で言った。
忘れられるわけがない。
私の胸は熱くなる。
「ごめん……」
「だーから!! 泣き顔なんて、由美には似合わんぞぃ!」
ぼそっと呟いた私の両頬をつかみ、和人は言った。
いつもと同じフザケタ和人。
いつもと同じじゃれ合いが、嬉しくて。
余計、涙は止まらなかった。
和人は、私が泣き止むまで、ずっと側に居てくれたんだ。
凄く、すっごい和人が好きだ。
最初に出会ったときから、ずっと。
最初は見てるだけでよかった。
だけど、それじゃ足りないくらい。そばに居たいと思った。
理由は、すっごく単純で、高校に入学した時の初めての席。
前に座った彼は、すっごく元気で面白くて。
はっきり言って。うるさい奴だった。
だけれど、凄くやさしいやつで。
……速攻で、和人に惹かれていった。
本当に、本気で好きだから。
和人に哀しい思いはさせたくない。
だから、私は。
和人とは付き合わない。
別れが見えているのに、付き合うなんて出来ない。
「……佐宗さん。本当にそれでいいの?」
「なにが?」
セクシーなスーツに白衣を着て。
でも、全然いやらしさなんて感じさせないこの人は、保健医のミナトちゃん。
眼鏡が似合う知的っぷりが、男女問わずに大人気。
「なにが? ……じゃないわよ!! 和人くんのコト!!」
毎日のコトながら、保健室登校の私は、ミナトちゃんをお姉のように、慕っている。
ミナトちゃんには、何でも話した。
ミナトちゃんは私のこと、なんでも知っている。
「……」
答えられずに黙っていると、ミナトちゃんは、走らせていたペンを置き、私の方に向き合った。
「だって、佐宗さんは、普通の生活したくて、この学校にいるんでしょう?」
真剣なミナトちゃん。
「別に、病気のコトがあっても、先生は、恋してもいいと思うわ……」
親でさえも、あまり触れない病気のコト。
私はもう、長く生きられない。
ミナトちゃんは、全身で私にぶつかってくれる。
「ミナトちゃん……私。私ね……」
そんな真剣なミナトちゃんには、私はどうも嘘が吐けない。
大好きな和人にも吐けた嘘が、ミナトちゃんには無理なのだ。
「私。和人のコト、本当に大好きなの」
「だったら……」
「だから……幸せになって欲しいの」
ミナトちゃんの声を遮るように、私は続けた。
「私。和人といると、忘れちゃうんだ……」
別れはすぐそこってコト。
それの辛さも、哀しさも。
「幸せすぎで、大切すぎで……ちょっと、はしゃぎすぎちゃうから……」
心臓の故障でさえも。
「佐宗さん……」
エヘへと笑う私。
「だから……いいんだ! 今は、見てるだけで……話せるだけで幸せだよ」
ため息を吐くミナトちゃん。
「……わかった! 先生は、もう何も言わないわ……でも、わがままぐらいはいいなさいよ?」
優しくてキレイで可愛いミナトちゃん。
「はいはい! わかってますよーだ!」
ミナトちゃんは、ペンを取り。素敵な横顔で仕事を再開した。
本当は、わかってる。今のままでいい。なんて、思っているのは、今だけなんだ。
これからは、どうなるかなんて、わからない。
最初は、後ろから見てるだけで良かった。
次は、名前を覚えて欲しい。
次は、少しでもしゃべりたい。
ちょっと、仲良くなったら、次は、友達になりたい。
こうしてどんどん貪欲になる。
友達の次は?
……答えは知ってる。わかってる。
実は、もう戻れない所まで来てる。
でも、和人は?
和人の気持ちは分からない。
哀しい気持ちにさせたくない。
和人が私を好きだと言った。
本当に、幸せ。
だから……。それで充分なのだ。
私は、読書が好きだ。
私自身は、ドコへも行ってもなければ、変わってもない。
ただ椅子の上に居るだけなのに……。
どんな悪い女にもなれる。
どんな健康な体も手に入れるコトができる。
ドコへでも行ける。
もう、過ぎ去ってしまった時間へも戻れる。
まだ、来ていない未来へもいける。
本は自由だ。
悲劇も喜劇も思いのままだ。
なによりも、本は、永遠に残る。
いや、正確に言えば、永遠ではないのだけれど。
いつまでも、時を経て、人の記憶の。思いの媒体として。
人から人へと繋がっていく。
私は、本になりたいのかもしれない。
限りない命を生きたいのかもしれない。
でも、それは不可能だ。
私が死んだら、何人の人が「私」を覚えておいてくれるのだろう。
記憶は形として残らないから、いつか、大切な人の思いのなかで、私が私じゃなくなるかもしれない。
変に美化されていたり、顔もあやふやなそんな記憶。
人の中から消えるのは恐い。
それこそ、人の本当の死だ。
だから、私は大切な人をつくらない。
だから、私は本が好きなのだ。
私の学校の図書室は、なぜか窓に「図書館」と貼ってある。
だから、私はそこを図書館と呼ぶ。
「図書館じゃなくて、図書室でしょ?」
友達にはこう言って笑われるけれど。
学校内にある。限られた空間。
決して広くないその中を、「図書館」といいきる、その表示。
威風堂々としている気がして、かなりお気に入りなのだ。
私の放課後は、いつも図書館で終わる。
今日は何読もうかな。なんて考えながら、大体は背表紙で決める。
でも、今日は、なかなか決まらなくてついに到着。入り口から一番奥の棚。
ここに人は全然いない。きっと皆、ここへ辿り着くまでに読みたい本を見つけてしまうんだ。
私は、未知の世界にたどり着いたみたいで、ちょっと嬉しくなった。
下から順に棚を追う。一番上まで目が行って、青い表紙の本に目が留まった。
青というより、紺が正しいのかもしれないその本になんだか惹かれて手を伸ばす。
だけれどやっぱり届かない。
踏み台にしては少し低めの台に乗った。
あと、手、一つ分ぐらいが届かない。
すると、突然に、視界が暗くなった。暗くなった視界に手が伸びてくる。
その手は、紺色の表紙の本を手にとった。
「あ」
私の口からマヌケな声。びっくりして裏にさがると、背中にぬくもりを感じる。
「おっ」
その手の主の声がすぐ後にして。
私はおもいっきり台から落ちた。
台から落ちたのに、転がらなかったのは、本をとった手が私を支えたからだ。
「っぶねー」
しばらく呆然としていたけれど、その一言で我に返る。
「……あ、ありがと」
手の主は、和人だった。
「……平気?」
和人は、手にとった紺色の本を私に手渡しながら笑って言った。
「う、うん。平気!! 和人は?」
「問題無し!」
しばらくの沈黙。
「あ、じゃあ、私これで……」
立ち去ろうとする私の腕を、和人が掴んだ。
「……和…人?」
「由美……」
私の名前を呼ぶ和人は、熱に浮かされたように潤んだ瞳。
その瞳に捕らえられてからは、なんだか世界がスローモーションみたいになった。
「由美。俺、やっぱ駄目だわ……。忘れてくれなんて。言えねー……」
掴まれた所から、和人の熱がうつるみたい。
「……たとえ、由美に泣かれても……俺の気持ち…忘れないで欲しい」
和人が、私の腕を引いた。
「由美が好きだ」
その言葉を聞いたのは、和人の腕の中だった。
「…ちょっ! っか…和人?……人が……」
私たちがいる棚の向い側に、人が通るのが見えた。
「……」
和人はなにも答えなかった。
ただ、私を抱きしめる腕に少しだけ力がこもる。
私は、自分と和人の熱で、なんだかだんだんボーっとしてきた。
故障してるはずの心臓も、故障なんて忘れたみたいに早くて、私はもうついていけない。
和人と私の間に突っ張っていた手を、私は和人の背中に回した。
一瞬、和人がビクっとするのがわかる。
「……和人、私……」
どうしても黙って居たかった一言を、今は、どうしても言わなくちゃならない。
「私ね…」
「……?」
和人の腕が少し緩んだ。
「私……」
「由美……?」
和人の顔をしっかりと見据える。なんだか、困ったような顔してる和人。
なんだか……笑っちゃう。
「死ぬんだよ」
笑えて言えたのがせめてもの救いだった。
私は、薄れゆく意識の中。「え」という、和人のマヌケな声を聞いた。
目が覚めた。
そこはいつもの保健室の天井があった。
どうやら、あのまま倒れたらしい。
和人にかけた迷惑に、なんだかとっても恥ずかしくなる。
ベットから起き上がろうとしたその時。声が聞こえた。
「……和人くん。ここまで運んでくれてありがとう」
ミナトちゃんの声だ。
「いえ、あいつ……すげー軽かったっスから……」
次に、和人の声。
今、起きていくのは勇気が居るな。
そう、思ってまだベットに戻った。
「そう……じゃあ、もう戻ってもいいわよ?」
そうだ、今は和人に会いたくはない。
私の秘密を知っている和人が、今までどおり接してくれる保障はないのだから。
「いえ……あの、先生……あいつ……すんげー本気で軽かったんです…」
私は、寝たふりを決め込みながらも、会話へは耳を傾けていた。
「あいつ……あの、由美は…」
和人が続ける。
「……そんなに悪い病気なんスか?」
一瞬、時間が止まった気がした。
「だって、あいつ……倒れる前に、…笑いながら……」
「和人くん……」
「っ死ぬって……」
和人の悲痛な言葉。
「和人くん……。それは先生が答えることじゃないわ」
冷たく、言い放つミナトちゃん。
「……スミマセン…」
しばらく沈黙が続く。まるでそれが永遠のような錯覚。
その沈黙を破ったのはミナトちゃんだった。
「…佐宗さん本人から聞いたほうがいい」
「……はい」
さてっと、とミナトちゃんが席を立つのが分かる。
「先生これから、職員会議だから! 落ち着いたら帰りなさいね」
そう言って、ミナトちゃんは出て行った。
ミナトちゃんが出て行ってすぐ、カーテンが開いた。
私のベットのすぐ横に和人が座った。
目なんか開けられない。これは逃げだとわかっていても。
和人の本心を知るのが怖かった。
「由美……」
和人が呟いた。
「俺、何にも知らなかったよ、由美のコト」
当たり前だよ。言ってないもん。
「でもさ……」
何?
「でも……」
うん……。
「……好きなんだ…」
和人の振り絞るような声。
大好きな和人のこんな声。一番欲しかった言葉。
だけど、一番聞きたくなかった言葉。
「……か…ず、と?」
堪らなくなって名前を呼んだ。
目を開けて、和人の方を向く。
「……由美が、好きだ」
和人は言った。
笑いながら、私の目を見て。言ってくれた。
「私……本当に、死んじゃうんだよ…?」
和人の手をにぎる。
「うん……」
和人が私の頬を撫でた。
「……それでも?」
好き?
「うん。もう、無理だよ。離れらんない。俺……」
和人が私の手を握り返す。
「……私も…」
和人は私のおでこに、自分のおでこをぶつけた。
私は目をつぶった。
「もう、ずっと…前から……和人と離れらんなく、なってた……」
「うん……」
私は和人の首に、腕を伸ばした。
そしてクスって笑ってこういった。
「和人……なんで泣いてるの?」
和人は一瞬目をそらし、そして言った。
「由美こそ……」
いつもと変わらない、優しい笑顔。
「……好き…」
そう言って、唇を重ねた後。
なんだか可笑しくて二人で笑ってしまった。
甘く、切ない感覚は、きっと私の生きてる証拠。
こうして私の、生涯最後の恋が始まる。
END
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2004/08/20(Fri)21:45:05 公開 / あき
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