- 『俺たちのスタンス』 作者:村越 / 未分類 未分類
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原稿用紙約11.4枚
狭い室内。
けれど、別段特別に狭いとは感じない広さ。だって、俺らにはそのくらいでちょうどいいから。お互いを確認できるくらいが、ちょうどいいんだ。
――カシュッ
小気味のいい音。
――カンッ
少し、くぐもった音。
そして、俺の咽喉が潤っていく。一口目は信じられないくらいに甘く、二口目は冴えるくらいに爽快に。
「――ぷはっ!!」
飲み口から口を離して対面を見ると、すでに缶から口を離して俺の飲みっぷりを眺めるユイがいる。
――いつもの光景。
俺はそれが確かにいつものことだと確認すると、すぐにまた缶の中の液体に集中する。再び咽喉を通り過ぎていく、爽快感。はじめの二口分に比べると、少し苦くも感じるが、逆にそれがいい。
そして、空になる500のロング缶。
改めて対面を見ると、少しはにかんだユイがそっと俺に今まで自分の飲んでいた缶を差し出してくる。俺はそれを無言で受け取ると、背後の冷蔵庫から35(サンゴー)缶を出して、ユイに渡す。
――カシュ
これが、俺らのスタンスだった。
二人で500のビール――は高いので、発泡酒だが――を開けて、俺が空く頃にはユイはちょうど半分くらいまで飲んでいるところで、そのビールを俺がもらってユイは新しいカクテルへ。
それが、俺らのスタンスだった。
回りくどいって意見はもっともだ。でも、
「確かにビールはおいしいけどさ、でもはじめの少しだけであとは苦いから駄目」
ってのがユイの言い分だ。
本当のことかどうか正直分からないけれども。彼女が俺に合わせて、単にはじめだけつきあってくれているだけなのかもしれないけれども。それでも――
これが、俺らのスタンスだった。
まあ、そんなことしておいて、結局は俺が先に潰れて、呆れたユイもそのまま就寝。そして次の日彼女の家で頭痛で起きて。その腹いせ――ってのもおかしいか――にユイを叩き起こすと寝起きの悪い彼女に蹴り飛ばされる。そんなことばっかりだったのだけれども。
それが、俺らのスタンスだった。
「――ハジメってさ」
ユイからもらった500缶を空けながら、俺は視線だけで応えた。
「ほんっとにビール好きだよね」
「おうさ」
「咽喉ごしがたまらんのよ、ほんと」
空けた缶から口を離しながら、そして、
――カンッ
乾いた音。卓上に、アルミ製のタワーが降り立つ。
そして、俺は薄く笑った。
「――しっと?」
「……バカ」
これが、俺らのスタンス……だった。
■
広い室内。
薄暗い、一般的には『ムーディー』ってやつなんだろうけれども、逆に落ち着かない。
――キンッ
乾いた音。
そして、俺の咽喉が潤っていく。一口目は信じられないくらいに甘く、二口目は冴えるくらいに爽快に――のはずだったのに。
――いつもならば。
今日のビールは……はじめっから嫌になるくらいに苦かった。いつもの発泡酒とは違う、確かに『生ビール』のはずなのに。いつもの安っぽい缶の触感とは違う、キンキンに冷えたジョッキなのに。
今日のビールは……苦かった。
そして、いつもなら俺の対面にいるはずの彼女は今は隣の椅子に腰掛けている。
いつもとは違う、何もかもが違う。
そして、
俺が、
ジョッキを空けて隣を見たとき、
――彼女のジョッキも、空いていた。
ゴッ、と鈍い音を立てて卓上に降りる透明なガラスのタワー。
違う。
何かが違う。
すべてが違う。
これが、俺らのスタンス?
無言で連れ去られていくガラスの巨塔。
生ビールふたつ、という彼女の声、そして、
「私たち、さ」
枝豆をつまむ。
「こだわり、すぎだったんだよね」
暗い、声。
「どんなことにしても、さ。私の部屋でいっつも飲むのもそう。いっつも私が半分だけあけたビールをハジメが飲むのもそう。なんだってそうなんだよ。いつも同じで」
「それって、駄目なことなのか?」
安息を求めてはいけないのか。安定して、安心できるものがあっちゃいけないのか。彼女は、何が、不安なのか……。
軟骨のから揚げをほうばる。
「駄目っていうよりも、不安なのよ」
「何が」
「すべてが安定しきっちゃっているっていうのが、ね。ハジメよく言うじゃない。『俺らのスタンス』って」
「それが、いやって言いたいのか?」
「違う。違うの。思うのよ、私。『俺らのスタンス』っていうのは当然大事よ。でも、でもね。全部が同じ、全てが唯一で、揺るぐことが全くない。これって幸せなのかもしれない。でも、不安なの。安定した“今”を知ってしまったから、余計に怖いの。“今”が崩れるのが……」
店員がジョッキを運んできたが、そのまま握る気にはなれなかった。
「だからこうして、君は少しでも“今”を崩そうっていうのか」
彼女の手元にある“二杯め”を指しながら。
しかして、ユイは首を横に振った。
「そうじゃない。そうじゃないの。“唯一”っていうのを、少しでも広げたいの。少しでも多くの『私らのスタンス』が欲しいのよっ」
彼女は静かに叫ぶと、手元のジョッキを一気に空けた。
「ビールおかわりっ!!」
なんか、情けなかった。
男のクセにうじうじして。守ってやらなきゃいけない人が、守ってやっていると思っていた人が、本当は一番無防備で。それで悩んでて。自分は何も気づいていなくて。
――たまらなく、愛しかった。
――ゴッ、ゴッ、ゴッ
「ぷっはあっ……おねーさんおかわり!!」
なんでこんなに美味いビールが美味いと感じられなかったのか。
なんでこんなに愛しい彼女が愛しいと思えなかったのか。
俺は、そんな愛しい彼女に、そっと口付けをした。
それは、苦い味。
でも、格段の味。
咽喉ごしはなかったけれども、それでも最高だった。
この日、彼女ははじめて呑み潰れた。
おかしな話だけれども、うれしいって思ったのは気のせいじゃないはずだ。
■
狭い室内。
響く音は時計の音のみ。
そして、
「で、目が覚めたら“あそこ”にいたってわけです」
少年の声。
「ほう……で、結局お前が言いたいのはどういうことだ」
目の前には、とり頭に白状で有名な英語教師、鳥山がえらっそうに座っている。
「なんばーわんより、おんりービア」
そう語るのは、この轟高校の生徒である飯田一(はじめ)である。
って、意味わからんし。
「なるほど」
納得しないでください。
ここは生徒指導室というやつで、教師用の椅子と、それ以上に豪華なソファーが対面にあり、ちょうど間に簡単な机がおいてある。室内はまあ、無駄なく質素で時計だの、何の本が入っているか誰も分からないような本棚があったりする。置物とかもあったほうが雰囲気がでるかもしれないが、そういう類のものは一切ない。もしも“無駄”という存在があるとすれば、この空間の侵略者2名あたりくらいだろう。
「しかし、先生思うわけだ」
なんか真面目だか真剣だか分からない風に声を上げる鳥山。まあ、どっちでもない気もしてくるのでどうでもいいが。
「酒を飲むなとは言わん」
――言えよ。
「ただなあ飯田。お前がなんでここにいるか、それを復唱せよっ!!」
「便所で――呑み潰れてました」
「そうそこだ!! お前は大いなる間違いをしたのだ!!」
無駄に熱い鳥山。やはりこいつは、この空間には本当に無駄じゃないのではないか。
「そこまでビアについて熱く語れる男が、だ!!」
ダンッ、と机を叩く。
うるさい。
「なんで便所でなどという場所で呑み潰れるのだっ!! それはビアに対する冒涜だっ!! そんな貴様には彼女どころか酒すら似合わんぞ!!」
机が壊れるんじゃないかと思うくらいにダンダン叩きまくる。……あ、壊れた。しかもなんか笑って誤魔化そうとしてるし。
「――と、言うわけで飯田」
「はい」
「今日呑みに行くぞ。本当の呑みってやつを教えてやろう」
「……西千葉近くの鳥幸って店がおすすめですが」
「おお、そうなのか。よし、じゃあ7時に西千葉駅に来い。車で迎えに行く。もちろん制服ではくるなよ」
「へ〜い」
そうして、無駄のない室内は、改めて無駄のない空間へと戻る。
……ていうか、オチは?
誰も知らない知られちゃいけない。
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2004/08/19(Thu)15:21:59 公開 /
村越
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■作者からのメッセージ
で、なんかおかしな作品なわけです。
酒の話を書きたくてこんなんなりました。楽しんでいただければいいのですが……。
しかしアレです。
……おかしいなあ。
こんな作品になるはずじゃなかったのですが、どうにもオチがつかず、試行錯誤した結末がこんなんです。結果として【あの作品】の番外編みたいになっていまいました(大汗。
しかし、鳥山先生の性格が自分の中でもよくわからなくなって参りました。……まあいいか(駄目。
感想、ご指摘お待ちしております。
よろしくお願いいたします。