- 『張り付いた蜘蛛の巣』 作者:ティア / 未分類 未分類
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原稿用紙約11.85枚
お盆休みという事で親戚がやってくると電話で聞いたのは5日前。
毎年の事なのだが、この一家で一人っ子の少年祐樹にとってはこれほど楽しみな事は無いのだ。
昔から両親は畑仕事で忙しく祐樹の遊び相手になっていたのはお婆ちゃんくらいであった。
物心ついて祐樹は田舎ならではの川原遊びや山道探検やらでそれなりに楽しい日々を送っていたのだが、人と触れ合う機会はあまりにも少なかった。
お盆に返って来る親戚はおじさんとおじさんに嫁いだおばさん、そして5歳の加奈という女の子の3人だ。
「こんにちは〜」
「ああ、待ってましたよ、いらっしゃい」
こういった挨拶は社交辞令だろう。
思ったより早くおじさんたちが到着し祐樹は目を輝かせて玄関を見つめる。
出迎えたお婆ちゃんがおじさんたちを居間へ案内すると待機していた祐樹の両親も頭を下げる。
「どうもお久しぶりです」
いえいえ、どうも、とおじさん方も笑顔で返す。
「大きくなったね〜、祐樹君」
と体格の良いおじさんが祐樹に言う。祐樹はおじぎで挨拶をする。
「ほら、加奈も挨拶して」とおばさんが言うと、戸の影からおじさんの腰にも満たないくらい小さな女の子が顔を覗かせた。
おじさんたちの長女加奈ちゃんだ。恥かしがっているのかなかなか挨拶をしようとはしない。
祐樹の父親が加奈ちゃんに挨拶をするとようやく「こんにちは」と初めて声をあげたくらいだ。
それから両親方は世間話で大いに盛り上がっていた。お婆ちゃんは台所でなにやら調理をしている。
そして祐樹といえば父さんや母さん方にあらかじめ言われたとおりまだ小さな加奈の面倒を見ていた。
日もてっぺんにきて一日で一番暑い昼ごろになると、おじさんとおばさん、そして祐樹の両親は出かける準備をする。
どうやら近所を見て回るそうだ。
加奈のお母さんは加奈を心配したが、お婆ちゃんがそれとなく「私が見てますし、祐樹も面倒みてますから大丈夫です」と笑顔で返していた。
すぐに大人達は車で出発し、家に残されたのはお婆ちゃんと祐樹、そして今はぐっすり眠っている加奈の3人だけになった。
しばらくの間、祐樹はいつものように寝そべりながらテレビを見ていた。
セミの声が気になってふと窓から外を見れば、景色が熱気で歪んでいる。それほど今日は暑いのだ。
しかし、お婆ちゃんは畑仕事をするつもりだ。玄関から祐樹に言い残す。
「それじゃ仕事してくるから加奈ちゃんの面倒はちゃんと見るんだよ」
祐樹は「あ〜い」と気の無い返事を出す。
するとその声のせいなのか加奈が起きてしまった。
ゆっくりと加奈は立ち上がり、まだぎこちない喋り方で加奈は祐樹に「お母さんは?」と聞いてきた。
祐樹は「お母さんはちょっと出かけてるけど、帰ってくるまでお兄ちゃんが遊んであげるよ」と加奈の面倒を見る気は満々であった。
しかし、加奈は返事はしない。よくみれば加奈は汗も凄いし顔が真っ赤になっている。
それを見た祐樹は急いでうちわを持ってきてパタパタパタと扇いだ。気が利かないなぁと祐樹は自分につぶやいた。
いい加減うちわを扇いで手が疲れてきて祐樹が一つ思いついて加奈に言う。
「そうだ、外で遊んでみるかい?」
加奈はとても嬉しそうに大きくうんとうなづいた。たぶん窓から見える景色は都会じゃ見られない景色だからだろうか。
外に出るとやはり蒸し暑い。祐樹はまだ平気だが加奈はすぐに苦しそうな顔をする。
祐樹は加奈の手を引っ張って木陰に加奈を連れてきた。
祐樹がその場に座り込むと加奈もそれにあわせて座り込んだ。
幸いなことに風があって物陰にさえ来ればそれなりに外でも快適な日である。
しかし、加奈が祐樹の方をトントンと叩く。
ふと祐樹が目をやると加奈は木の上の方を指差していた。
そこにはトンボが不自然な格好で止まっていた。目を凝らせばそれは蜘蛛の巣に引っかかったトンボであった。
「あのトンボ、死んじゃうのかなぁ……」
ボソリと寂しげに加奈が言った。2人は蜘蛛の巣を見上げながら何もせず、じっとトンボの必死でもがく様を見つめていた。
トンボはもがくたび徐々に力がなくなっていった。そのうちにもがくことすらしなくなってしまった。
4枚のうち1枚しか残っていない羽、首はうなだれ貼り付けにされたままのトンボ。
幼い加奈にとってはその光景は残酷すぎた。
彼女はそのうちに涙目になり今にも大声で泣き出しそうになっていた。
泣かれては困る! と、お兄ちゃん代わりの浩樹は慌てて頭を撫でる。
「泣かない泣かない。あれは……そう、仕方ないことなんだよ」
加奈と同じ目の高さにしゃがみこんで浩樹は最もな事を言ったが加奈はぶんぶんと首を横に降る。
「だめだよ、お兄ちゃん、助けてあげてよ!」
加奈はその赤いほっぺを更に真っ赤にして細い目から大粒の涙を流していた。
祐樹は困った。泣き止ますためには言うとおりトンボを助けなければならないだろうし、それがお兄ちゃんとしての勤めだとはわかっているが蜘蛛の巣は高い高い木の枝の先にあるし、たとえ助け出したとしてもトンボは助からないであろうことを確信していたからである。
もはや加奈には祐樹の慰めの言葉すら聞こえないくらい泣いていて、その声は裏の畑で仕事中のお婆ちゃんにまで聞こえていた。
お婆ちゃんは仕事をきりのいいところで止め、歳を思わせない足取りで声に鳴き声に誘われて祐樹たちの元へ向かう。
お婆ちゃんが大泣きする加奈をみるなり祐樹を一喝する。
「コレ、祐樹! 加奈ちゃんの面倒、ちゃんとみとれって言うたやんか!」
「あ、いやだって……」
元気一杯の祐樹もおばあちゃんに怒られれば、こうすぐにおとなしくなるのだ。
お婆ちゃんはポケットからアメを取り出した。
「ほらほら、泣くでない。これをあげっから。ね」
泣き声もやがておさまり、目隠ししてた加奈の手はゆっくりとアメを受け取った。
それから特に訳も聞かずお婆ちゃんは仕事に戻っていった。
祐樹はとりあえず加奈の手を引っ張って加奈と窓辺に座り込む。
とりあえず加奈も落ち着いて静寂の中、祐樹は一つ考え込んだ。
トンボくらいであんなに大騒ぎする子なんて初めてみたからだ。
いや、それどころか祐樹自信遊び半分でトンボの羽をちぎったことがあるのだから。
祐樹は今日始めて、普段の自分の行いについて自己嫌悪というものを感じた。
「ごめんな、お兄ちゃん弱虫で」
祐樹はさりげなく言った。謝る必要も無いだろうけど謝らなければいけないような雰囲気だった。
加奈は受け答えせず口の中のアメをなめるのに真剣だ。
しばらくはそのまま時間が流れた。涼しげな風鈴の音とセミの声とは逆に太陽の体を焼くような暑さがある。
祐樹はそういえば、と冷蔵庫の中に冷たいスイカがあったのを思い出した。
「加奈、ちょっとここで待っててね、すぐ戻ってくるから」
加奈はうつむいたまま何も言わなかった。
そして祐樹を見つめ加奈はどこかさびしげな表情でコクリと小さくうなづいた。
それを見て祐樹は走り出した。念を押すように「すぐ戻るから!」と走りながら振り返りそう言った。
祐樹は約束どおりすぐ戻ってきた。ちゃんと切ってあるすいかと氷の入った麦茶をお盆に乗せても走って戻ってきた。
しかし、すぐに顔が真っ青になる。
加奈が消えている。
さっきまで確かに加奈はここにいた。ふと目線を下にやるとレモン色の舐めかけのアメが落ちていた。
大慌てで祐樹は庭を駆け抜ける。加奈、加奈と何度も大声で叫び続ける。
その声は仕事中のお婆ちゃんや帰宅した加奈と祐樹の両親にも聞こえ、そして全員で加奈を探し回る。
祐樹は探している途中にふと気づいた。蜘蛛の巣からトンボが消えていることに。
……あの事件から10年たった。
祐樹は仕事のため上京していたが5日前にお婆ちゃんが亡くなったということで5年ぶりに実家へと帰って来た。
お婆ちゃんは何より祐樹を大切にしていたし、同時にあの事件の日から毎日のように加奈の行方を追っていた。近所でも有名な子供好きお婆さんだったのだが、残念なことになってしまい祐樹の表情は優れない。
その夜、祐樹とその両親は久々に会っただけあり話題はつきることはなかった。
しかしその話題は祐樹の上京後の話は少なく、決して明るい話題が多いわけではなかった。
やはりあれから加奈は行方不明らしい。生きているのか死んでいるのかさえわからない。
そして亡くなったお婆ちゃんは加奈がいなくなってしまったのを自分のせいだと毎日毎日悔やんでは何度も同じ庭を探し回っていたという。
それを聞いて祐樹は急に胸が苦しくなった。
加奈がいなくなったのは、本当は自分のせいなのだから……。
あのとき、加奈が最後にみせた悲しい表情を思い出した。
加奈はいったい最後に何が言いたかったんだろう? 何を考えながらどこへ消えてしまったのだろう?
いくつもの謎が残っていても闇は答えを教えてくれない。そして祐樹自信、生涯この事件の痛手からは逃れられない事をわかっていた。
祐樹はあの日と同じ場所で同じように中空を見つめていた。
月明かりの元で蜘蛛に食われていくトンボの様を……。
Fin
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■作者からのメッセージ
久しぶりの投稿です(投稿回数も少ないんですが一応)
小説を書くのも久しぶりなのにとても胸糞悪いオチでごめんなさい。
祐樹もトンボも同じなんですよね。何の前触れ無く張り付いてしまってどんどん痛みつけられて果てには……って暗すぎますね(苦笑)
加奈が消えた理由もトンボとその辺に関わってます。