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『ひとりにしてください』 作者:月海 / 未分類 未分類
全角1093.5文字
容量2187 bytes
原稿用紙約3.95枚
 珈琲の中、鏡の中、窓硝子の中、小刀の中、数え切れぬ程の場所に私が居る。
今も、降り続く雨の中、私は増えて薄れてゆく。
雨粒の中、銀紙の中、漆器の中、スプーンの中にも私が居る。
本物の私は部屋の中に居て、部屋の中の凡てのモノに私が居る。
酷く奇怪だ。私を映したモノ、其れを映したモノ、それらを内包する世界。私の幻影は無数に存在する。
其れは唯の影だ。微小な存在だ。されど存在、私の一部。
今に、木偶になってしまう。世界に在る凡てのモノに、少しずつ少しずつ私を奪われて……。
冷え込んだ早朝に似合わず、汗が噴出してきた。
悪夢を視た後の様に心が流す汗。
恐ろしくて堪らない。私を映さぬ木製の机に視線を移す。
ここなら私が居ない筈……。
違った。
私から零れ落ちた汗。其の水滴の中で、私と見つめ合う私が居た。
汗は止め処無く落ち、私は増え続ける。
眼を逸らせない私に、皆が一様に笑い掛けた。

 悪魔の咆哮が聞こえる。
こんなおぞましい雄叫び、悪魔以外に誰が上げられるものか。

「御主人様、何があったのでしょうか?気分が優れないのなら御薬をお持ちします」

 私の目の前に、小間使いの娘がいた。
本当に主人を按ずるのなら、此処に来るな。
お前の大きく可愛らしいお眼眼に、私が確り映っているではないか。
机に置かれた小刀を、私が映らぬ様に右手で持った。

「私を奪うな」

                              ◆
 冷たくなった少女、驚愕に歪んだ顔。
可愛らしいお眼眼もここ迄開くと気味が悪い。
形が円に見える程見開かれている。可愛くない唯の眼球に成り下っている。
それでもなお、私がその中にいて笑っていた。
抉り出して棄ててしまおう。
机上にあるスプーンが使い易かろう。

 以外に簡単に取れた。結構綺麗なもので、大きさは私が今まで食した事のある一番小さな蜜柑、一番大きな巨峰の一粒と同じ位だった。
そういえば腹が減った。一睡もしていないからだ。
丁度スプーンも持っている事だし、頂きます。
消化してしまえば、生塵の中から見つめることも無い。
眼球は思いのほか硬く、不味いものだ。
噛み砕いた時、何か硬いものが歯に当った。
直ぐに水晶体だと気付き、其の儘丸ごと飲み込んだ。
レンズなのだからきっと私を映してしまう。

 机上に散らばる汗粒も、使用済みスプーンも、窓硝子も、漆器も、銀紙も、私を映すモノは全部、割ったり曲げたり破いたりして捨てた。

 
 けれどどうして気付かなかったのだ?
大理石の床に見事なコントラストを成している血の海。
其処に、昨晩から笑い続けている狂人の姿が確りと映っているではないか。




2004/08/14(Sat)03:20:07 公開 / 月海
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これを書いてる時も、ディスプレイの隅等にいました。
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