- 『still blue』 作者:トンボ / 未分類 未分類
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全角3905文字
容量7810 bytes
原稿用紙約15枚
蝉の声が異常に喧しかった。
頬を流れ落ちる汗の量も半端じゃなく、
僕は何度も白いTシャツでそれを拭った。
どうやら今日は、
一年で一番暑い日。
どこか木陰に入ろうと思った矢先、
目の端に木陰にうずくまる人陰を見た。
人陰は一瞬、僕の方を見た。女の子だった。
まるで猫のような鋭い眼に、僕はひるみ、
そして、何かに引きつけられるような感じを受けた。
彼女は道路に背を向けてしゃがみ込んでいた。
後ろからちょっとのぞき込んでみると、
鈴の音のようなか細く、高い声が耳に聞こえた。
「何をしているの。」
聞きたいのは僕の方だ。
そう言いたいのを堪えて、僕はその場から去ることにした。
何となく、関わってはいけないような気がした。
…本当はただ注目を浴びたくなかっただけ。
「…何故みんな」
彼女が呟く声が聞こえた。
「真実を隠そうとするのかしらね。」
振り返った。
彼女は少し翳りのある目をしていた。
「優しい嘘だけが、人を幸せにするのかしら。」
僕にはその意味が、よくわからなかった。
それから三日。
僕は次第に彼女のことばかり考えるようになっていった。
何かを訴えるように、彼女が呟いた言葉を、僕は忘れられなかった。
更に一週間が経って、僕は再び彼女を見つけた。
彼女はまた、あの場所でしゃがみ込んでいた。
僕のことを覚えているだろうか。覚えていて、ほしいな。
今日は話しかけてみよう。そう、決心した。
好奇心と密かな想いを胸に、僕は彼女に声をかけた。
「こんにちは。」
彼女は僕を見上げた。
あの日と同じ鋭い眼で、あの日と同じように僕を見上げた。
目が合うとすぐに、顔を伏せた。
「あなたは、私を恐れないのね。」
「え?」
「眼。」
「ああ、格好いいじゃないか。君の眼。」
「あなたは」
人の話を聞いているのか聞いていないのか、
彼女は顔を伏せたまま、僕に語りかける。
「あなたは、生まれ変わりを信じるかしら?」
「…そうだなあー。」
「私は、信じないわ。」
「…僕、まだ答えてないんだけど。」
「私は、そんなモノ信じないの。」
意味深げにそう言って、彼女は空を仰いだ。
「どうして、信じないの?」
「神様が人間を信じてくれないから。」
彼女はそう吐くと、プッと吹きだして1人で笑い始めた。
周りの人がじろじろとこちらを見る。
僕は居心地が悪くなって、彼女を置いて去ることにした。
僕の背中に、彼女の笑い声がこびりついた。
「ねえ。」
次にあったとき、初めて彼女が僕に声をかけてくれた。
僕のことを覚えていてくれたことが、とても嬉しかった。
「や、やあ。」
だけど、あまりに唐突だったために、
僕は食べかけのアイスを落としそうになった。
「神様はいると思う?」
「…またそう言う話?」
「ねえってば。」
「またどうせ僕の話なんか聞いちゃくれないんだろ?」
呆れ半分にそう言い放つと、
彼女は、悲しげな顔をして見せた。
そして、ゆっくりと、反対側の道路へと、横断歩道を渡っていった。
僕の瞳に、彼女の悲しげな顔がこびりついた。
長すぎる休みにうんざりし始めた頃。
病院の駐車場で、彼女を見かけた。
小さな子どもたちと一緒に、楽しそうに絵を描いていた。
「やあ。」
声をかけた僕を、彼女は無視した。
それでもめげずに、声をかけた。
「何描いてるの?」
「あなたには教えない。」
「やーい、ふられてやんのー!」
「だせーっ!!」
子どもたちがいっせいに笑い出す。
僕はなんだかもう惨めな気分になって、
彼女に関わるのをやめることにした。
「おじいちゃん、女心を僕に教えて下さいっ。」
「そりゃあ、お前。自分で調べるこったな。」
「…意地悪。」
僕にはとても仲のいい祖父がいる。
僕は、僕の全てを、彼と共有していた。
夏休みは祖父の元で過ごし、花火大会に一緒に行く。
それは、毎年恒例だった。
だが、今年は祖父が体調を崩してしまい、
白い病院の中で微妙な心境で花火を見つめていた。
祖父は僕にとって、とても大切な人だった。
もし、このまま彼が亡くなってしまったら。
僕は恐ろしくなって、そうしたら、彼女の顔が頭に浮かんだ。
彼女も、僕の中で、大切な人になりかけていた。
だけど僕は、彼女に何もしてあげられない。
臆病だから、彼女に近づくことを、心のどこかで拒んでいる。
それから数ヶ月。祖父の病状は、悪化する一方だった。
通い慣れた病院へ行くと、そこに彼女がいた。
赤いカーディガンを羽織って、寒そうに背中を丸めていた。
しばらく見つめていると、目があった。
僕はすぐに目をそらし、祖父の病室へと走った。
途中で立ち止まって振り返ると、彼女がまだこっちを見ていた。
「じいちゃん。」
「ん?」
祖父は僕に優しい。
小さいときから、とてもとても。
「僕にとって、ね、きっとあの子は大切な人だと思うんです。」
「ほー。」
「でも、笑われたり拒絶されるのが恐くて、いつも逃げてばっかりいるんです。」
「そうかそうか。」
すっかり痩せこけてしまった老人はハッハと笑って。
「若いっていいよなあ。」
そうこぼした。
「しかしお前はちょっと、臆病すぎるな。本当にオレの孫か?」
「そうですよー。ホントーに百戦錬磨の素敵なグランパの孫ですよ。」
「それじゃあそんなジジイからお孫様へ素敵な助言をしてやるか。」
「へ?」
「いいか?一度しか言わねえから、よーく聞きやがれ。」
僕は思わず生唾を飲み込んだ。
そして彼の両手の中に耳を置いた。
思い切り息を吸う音が聞こえる。年寄りのにおいがした。
そして。
「わっ!!!」
「わーっ!!」
祖父は、やはり一枚上手で。
「な、何するんですかっ!!」
「臆病だなー。お孫様は。」
そんなことをしているうちに、面会時間は終わってしまって。
結局、その日はそのまま帰ることにした。
「それじゃあ、また来ます。」
「なあ。」
祖父が口を開いた。
声の調子から、どんなに彼が真剣か、伝わってくる。
「後悔ってもんはな、消えることがないんだ。」
「うん。」
「いくらあっても足りねえ。でも、だからってそれに負けちゃあいけねえんだ。」
「うん。」
「後悔なんかスッ飛ばしちまうぐらい、…いい人生を生きろ。」
「…ありがとう、じいちゃん。」
それが祖父の最後だった。
祖父が僕の元から、いなくなってすぐ。
僕は彼女を探した。どうしても、彼女に会いたかった。
祖父の死は、僕の中に大きな痛みを落とした。
彼女は、彼女ならばその痛みから僕を救ってくれる気がした。
彼女は、僕のもう1人の大切な人だから。
逃げちゃいけないと、そう思った。
いつものようにあの場所に着いた。
案の定彼女は、いつものようにしゃがみ込んでいる。
「ねえ。」
「ん?」
「あの人はあなたのお爺さんだったのね。」
「素敵なお祖父様だっただろう?」
「ねえ。」
本当に彼女は、人の話を聞いているのかいないのか。
「神様って、信じる?」
僕は、気付いた。
彼女の肩が、小刻みに震えていることを。
それは決して寒さからではなく、必死で何かと戦っている証拠で。
僕は彼女の、力になりたいと思った。
「じいちゃんはね、若い頃、ろくでもない人間だったらしいんだ。」
「え?」
「やんちゃで、悪くて。でも、そんな爺ちゃんにも勝てないモノがあったんだって。」
「それは、何?」
「ねえ。君は僕に神様って信じるって聞いたけど、」
いつの間にか、僕の中に彼女が息づいていた。
だって僕は、彼女の声なんか聞こえていない。
僕は彼女の目の高さに、自分の目の高さを合わせた。
「信じなければいけないのは、神様じゃなくて、君自身だと思うよ。」
夕焼けが、空を染め始め、電灯に、光がともる。
そこで僕は、ようやく気付く。
僕は、僕自身にこの言葉を贈りたかったんだということに。
人から逃げてばかりで、臆病だった自分に。
いつか何とかなると、調子のいいことばかりほざいていた自分に。
「これから幾度となく君をおそううだろう、後悔に勝つために。」
「…それが、あなたの答えなのね。」
「いや。実はこれ、じいさんがくれた答えなんだ。」
「お爺さんは、後悔に負けてしまったの?」
「わからない。でも、きっと彼のことだから、引き分けってところじゃない?」
別れ際に、彼女が僕の名前を呼んだ。
最初で最後のその響きは、とても、心地よかった。
「でも、貴方はさっきお爺さんの答えだなんて笑っていたけれど、」
彼女は一度だけ、優しく微笑んだ。
「私にとっては、あなたの答えだったわ。」
その後。
僕は、彼女があの病院の長期滞在患者だと言うことを知った。
彼女は体がとても悪く、病気が治る見込みも薄いらしい。
外出は危険だという医者の再三の注意にも負けず、
小さい頃から何度も脱出と帰還を繰り返しているそうだ。
彼女が病院からでられないのが分かっているから、
医者も、看護婦も、もう誰も彼女の脱走を気に止めるモノはいない。
いきなり、大切な人を二人も失ってしまったけれど、
僕に残っているのは、寂しさや悲しさだけじゃなかった。
思い出すだけで暖かくて、思わず笑みが零れてくるような、
確かな何かが、僕の中に生まれていた。
“優しい嘘だけが、人を幸せにするのかしら。”
たまに彼女の言葉が脳裏をよぎる。
彼女は必死に探し求めていた。
どうすれば、自分を幸せにすることが出来るのか。
その答えを、探し求めていたんだ。
ずっと、1人で。
彼女は、強く生きてくれるだろうか?
残りの人生を、後悔に負けない人生に変えてくれるだろうか?
そして僕は…
空を仰ぐ。
真夏の青空は、とても美しかった。
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2004/08/11(Wed)17:50:22 公開 /
トンボ
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■作者からのメッセージ
長ったらしい作品ですが、
思ってることを全て書き出せました。
未熟者の自分ですが、
コメントいただけると幸いです。