- 『青空の物語【読みきり】』 作者:楠原 / 未分類 未分類
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プロローグ 「転校生」
―sky of prologue―
季節は真夏、夏休みまで後一歩。
朝だというのに、日差しが容赦なく照らしかかる。日ごろは、風流だと楽しんでいたせみの鳴き声も冷房器具のない校舎の中ではただの雑音にしか過ぎない。築五年の校舎は、飾り気のない風潮に清潔感のある白い壁塗りがされている。
まぁ、どこにでもある私立の高校だ。
さて、ホームルームの時間まであと少し、生徒は各自、席に着くものの常に会話は途絶えない、そんな2年E組の教室前廊下を、どたどた音を立てながら走る生徒がいた。
足音がやんだかと思うと、ドアが勢いよく音を立てた。
「みんなみんな! ビックニュース!」
生徒一同の視線は、彼に集まる。
「三丁目の駄菓子屋が、遂に閉店になったとか?」
「バーカ、四丁目だろ」
教室の前の方に座っていた生徒が笑いながら言った。
そこへ、大人しそうな生徒が、ふいに口を挟む。
「あ…、あそこなら、半年前につぶれてたけど」
「げ、いつの間に」
「つうか、この年であそこへ行ったのか?」
四丁目だろ、と突っ込んだ生徒が、大人しそうな生徒に質問を入れた。
「ちょっと懐かしくなってね」
「俺も小学生の頃はよく行ったなぁ」
生徒は椅子に寄りかかりながら笑った。
そこで、やっと話は本題へ戻る。
「じゃあさ、ビックニュースってなんなの?」
やっと来たかといわんばかりに、走り出してきた生徒が胸を張った。
「転校生だよ、このクラスに転校生が来るんだ!」
季節は真夏、夏休みまで後一歩。
彼は、突然やってきた。
第一章「青い髪」
―pretend friend―
「おい、来たぞ」
廊下から聞える二つの足跡が、重なり合って耳に届く。ひとつはきっと先生だ、となるともうひとつの足音は…。生徒達は、思い思いに転校生の顔を頭に描く。男か女、それすらも知らない、それぞれ理想の生徒像を描いているのだ。
ガラガラ。
ドアが開き、まずは先生から教室に入った。ひとつ段差の上にある教壇に先生が立つと、一人の生徒が「起立」と号令をかける。同時に、生徒は一斉に立ち上がり、礼をした。
ここでようやく、先生が話を始めだした
「おはようみんな、実は今日」
「知ってます、転校生が来るんですよね!」
先生が言い終わる前に、一人の生徒が勢い良く立ち上がる。いち早く、教室に騒ぎを持ち出したあの少年だ。
彼のような、人前でふざけることのできる性格が、自分にはうらやましく思える…。僕、内田瀬名はすごい特技とかも無く、勉強ができるわけでもありません。人見知りがある、どこにでもいそうな高校二年生です。
「またお前か…、成績下げるぞ」
やれやれ…と、担任の先生は頭をかいた。この緊張感のないやり取りに場の空気は少し軽くなった。
「どんな人なんだろう…」
そう、僕はつぶやいた。
いや、それは僕だけではないようで、周りのみんなもなにやら落ち着かない様子である。
「さて…長谷君、入ってきなさい」
コツ…コツ…。
あたりが静まり返り、近づいてくる足音さえも大きく聞える。やがてそれは立ち止まり、教室のドアがゆっくりと開いた。
「東京から来ました。 長谷空哉です…よろしく」
男子にしては長めの髪、それは、鮮やかな青に染まって、地味な自分とは対極、派手一色な姿が、その日僕の頭から離れなかった。
昼休み、朝から照らしかかっていた太陽はいまだに容赦がない、快晴に喜びを感じ取れる季節がなんとも懐かしい…。
この時間になれば、運動場へ出て遊びに出ている生徒もいるが、僕は当たり前のように教室でじっとしていた…。この日はさすがに暑すぎるせいか、いつもより教室にいる生徒が多い気がした。
「おい、あの転校生…髪、染めてるよな」
ふと、誰かの声が耳に届く。
「いや、ていうか青? 地毛の後すら残ってないというか…」
「う〜ん、派手すぎて近づきがたい転校生だな」
男子生徒が転校生の話をしている。女子生徒もそこへ混ざり話は続いた。
「でもかっこいいよね〜、長谷君」
「そうそう! あれで性格も良かったら文句なしだよ」
「背も高かったしね!」
男子陣とは反対で、女子にはあの転校生は好評なようであった。
「フッフッフ…あんなのより俺の方が…」
身を乗り出した男子生徒を、みなは冷たい視線で見た。
そこへ、眼鏡をかけた頭のよさそうな生徒が口を挟んでくる。
「僕の情報網によりますと…、前の学校では喧嘩はしょっちゅう、そして負けなしだとか…」
「げ、やっぱりそういう奴かよ」
なんかすごいひとだなあ…、期待と裏腹もいいところ、とても気の合う人ではなさそうだ。
一日中続いていた蒸し暑さがなくなった頃には、もう日が暮れて下校する時間になっていた。僕も、荷物をまとめて帰宅の準備を整え、下校する事にした。
そして帰り道、僕の後ろにはあの転校生、空哉君がいた。後ろといっても、三十メートル位は離れている。
「はぁ…、なんだかなぁー」
転校生がなにやらぶつぶつ言っているのが聞える。転校一日目なのに遠慮が無いのは正直すごい
「おーい、そこのちっさいの」
転校生が後ろで誰かを呼んでいるのに気づいた、誰を呼んでいるのか気にはなったが、あえて振り向かない。 振り向いたら何か言われそう、 そう思う自分はやっぱり小心者だ。
「君だよー君、おーい」
一体、誰を呼んでいるのかと探究心がうずく、やっぱり僕も人間なんだなと実感する。
…いい加減誰が呼ばれているのか気になりだす。とりあえず振り向いてみて確認することにした。
「あ、やっと気づいた」
驚きのあまり四肢が固まる。いつのまにか、転校生は僕のすぐ後ろにいたのだ。
「あのさ、一緒に帰らないか?」
結局、僕はこの転校生に捕まり、一緒に帰ることになった。
「転校早々話しかけてくる人ゼロでさ、気まずいのなんのって」
「あはは…」
仕方なく、といった感じの笑いをしてみる。それにしてもいまだに信じられない、クラスで一位二位を争うほど『地味』な僕が、こんな派手な転校生に突然声をかけられるなんて…。
「んでさ、このままだと地味な学校生活になりそうだから…友達になってよ、頼む!」
両手を合わせ、軽く頭を下げる転校生。そこにいる彼と自分の予測していた彼は全く違っていた。それがなんだかとても嬉しくて、思わず笑ってしまった。
「もちろんいいよ」
「ぉお! これからはよろしくな、瀬名」
「うん!」
僕は髪の色ばかりに気をとられ、彼の人格を勝手に予想して一人で怖がっていたのだ。嬉しい反面ちょっと恥ずかしい気持ちにもなった。
でも、喧嘩で負け無しというのは…、まぁきっと偽の情報なんだなと思い、深く考えないでいた。
季節は真夏、夏休みまで後一歩。
せみの鳴き声がまた風流。
空に写る、夕焼けも、なんだか涼しく広大で、そこを背景に、僕らは打ち解けていった。
「なぁなぁ、今日うち来ないか?」
「え?空哉くんの家に?」
「おう、何にも無いけどさ、来てもらいたいなーって」
空哉君から聞いたところ、彼はこちらにきてからおじいさんと二人で暮らしていて、貧しい不自由な生活だけどそれはそれで楽しいらしい。
「今帰ったぞ、クソジジィ」
空哉君が玄関のドアを勢いよくあけた。
バンッ!
ドアが開くと同時に、そこから下駄のようなものが、空哉くんの顔面めがけ飛んできた。
「いって! なにすんだこのおいぼれ!」
「いきなりクソジジイとはなんだ、このクソガキが!」
開きかかった門の奥から、浴衣を羽織る年老いた男性が現れた。
眉間によったしわは、その気迫と威厳を感じさせる。話の流れからすると、この人が彼の祖父だろう
「ぁ? 俺は正直な意見を言ったんだよ!」
「ほざけ!都合のいいときだけ正直者になるな」
「んだと、俺はいつでも正直者だ!」
このままだと一生このやり取りが続くだろうなぁ…と思ったので、僕は止めに入ろうとしたが
「すまん、今日は無理だ、また今度!」
結局帰されるはめに…、一体何しに来たんだろう僕
日が沈み、あっという間に夜へ染まった頃、今は使われていない駐車場があった。街灯すら届いていないそこに、感じの悪い上級生達が集まっていた。
「おい…知ってるか? 二年に転校生が来たんだってよ」
「そんなの、俺の知ったことかよ」
男は、つまらなそうな顔でいった
「まぁ聞けよ…そいつさ、髪を青に染めてるらしいんだ」
彼らの低い声が闇に溶け込んでいく。
「はぁ?青か…、生意気だな」
「しかも…」
もうひとりの男が言いかけた時、小柄な別の生徒が縮こまりながら近づいてきた。
「やっと帰ってきたな、あれは買ってきたか?」
「あ…、はい」
小柄な生徒は、ポケットからタバコを取り出し、彼らに差し出した。男はそれを受け取るとまた話を続けた。
「それでそいつ、前の学校では喧嘩で負けたことがないらしい」
いままで、つまらなそうな顔をしていた男が、表情を変え口元だけで笑った。
「…面白いじゃねぇか」
「どうする?」
「明日の昼休み、まずはそのふざけた髪の毛をどうにかしてやる」
男は、ポケットからライターを取り出し、慣れた手つきでタバコに火をつけた。
転校生がやってきた夜の事である。
第二章「大切な」
―solid friend―
「わっ! 空哉君その顔どうしたの?」
登校二日目にして顔に傷をつけてくるとは、なんとも勇ましい…、○○組の息子さん?と突っ込みたくなる。
「あのクソジジィ…包丁振り回しやがって」
「ほ、包丁?」
いや、もっと勇ましい人がこの世にはいた。その人こそ○○組にふさわしい。そして思う、彼の家に行かなくて良かったと。
その日の昼休み
「あー、瀬名」
昼休みに入ると同時に、僕は空哉君に声をかけられた。
「なに?」
「これで購買部行ってパン買ってきて」
空哉君は、ポケットから硬貨を一枚取り出した。
「…パシリ?」
僕は疑わしい表情で彼の顔をのぞいた。
「あはは、この俺に限ってそんなバカな、おつかいだよ、おつかい」
なんてわざとらしい芝居、しかし僕には、彼の考えが大体読めた。
「あらあら、空也君ともあろう方が購買室の位置もわからないなんて」
同じく、わざとらしい芝居で返した。
「あ、今ちょっと傷ついたぞ」
そういうと空哉君は100円玉を指で弾き、僕はあわててキャッチした。
「じゃ、お願い」
いかにも図星だったというような態度であったが、僕は責める事ができなかった。空哉君が僕におつかいを頼んだのは、僕しか頼れる人がいなかったからなんじゃないかなと思う…。空哉君はいまだに、クラスに溶け込む事ができていないからだ。それを考えると、ちょっと心が痛くなる。
購買部についてから気づいた、どんなパンを買えばいいかということに…、とりあえず、自分の趣味に合わせてクリームパンを買うことにした。
早足で教室まで戻ると、空也君が上級生に囲まれながら、どこかへ行くのが見えた。
僕はとっさに声をかける。
「あ、わりぃ〜、ちょっと預かってろ」
あわてつつも、うなずいて返事をした。
「食うんじゃねぇぞー」
空哉君を囲んでいた上級生達は、学校でも非行生徒として評判な人たちであった。この状況を良い方向に考えるのには無理があり、僕は集団の後を追った。
集団が立ち止まったのは学校の運動場、僕がついたときには、上級生が空哉君に殴りかかっていた。
集団なんて卑怯だ…、と思いつつも、何もできない自分がそこにいる。
というより、自分が手を出さずとも、空哉君は手を出さずにひたすら避けていた。避けるのに精一杯というような次元ではない、逆に上級生が遊ばれている風に僕の目には映った。
ふと、男子生徒たちが話していることを思い出す。
『僕の情報網によりますと…、前の学校では喧嘩はしょっちゅう、そして負けなしだとか…』
その話は、目の前の状況と合っているようで合っていない、喧嘩は日常茶飯事で負けない、しかし目の前の空哉君はただ避けているだけだった。
彼なら上級生をぶっ飛ばすことだって…、転校してきたばかりだから控えめに?いや、彼がそんな事をするような性格には思えない、きっとなにか特別な理由があるんだ。
僕は職員室へと一心に走り出した。別に喧嘩を通報するわけではない、先生なら前の学校で空哉君がどんな人だったか、きっと詳しく知っていると思ったからだ。
「長谷か?」
先生は不思議そうに僕を見たが、親切に話をしてくれた。
「青い髪は、こっちに来る前から相変わらずだったみたいで、喧嘩も日常茶飯事だとか…」
あの男子生徒の言っていた事は本当だった。
「でも最初の頃は、喧嘩を売られても決して殴りかからなかったそうだ」
それは、ついさっき見た光景であった。けんかを売られてもただ避けるだけ…、それは、喧嘩をしたくないということじゃ?
髪さえ染めなければ、喧嘩だって売られない、遠い目で見られることも無い、ただ普通の生活ができるはず…、なのに、どうして髪を染める?
そこに、何の理由があるんだろう…。
「先生は、空哉君の髪を注意しなかったのですか?」
「ああ、したさ」
先生は、肩をすくめて答えた。
「空哉はこう言った。『この青は、大切な人からもらった、大切なものだから…』 その目を見ればわかった、言い訳でもなんでもない、本当に大切にしているんだって…だから俺は、それ以上注意しない事にしたのさ」
失礼しました、とお辞儀をしながら職員室を後にし、僕はまた走り出した。
見たんだ、先輩が黒いスプレーを持っているを…
バコッ!
ついた瞬間だった。空哉君が背後から棒のようなもので殴られ、気絶していた。
運動場には、たくさんの生徒がいるが、誰一人、こちらを気にしていない、というより見てみぬふりをしている。
「ちょっと瀬名、あんまり見ちゃダメだよ、ほら…こっち来いよ」
「そうそう、ああいう事には関わらない方がいいよ」
クラスメイトは言った。僕はとっさに助けてあげようよと聞く、すると彼らは答えた。
「どうして?」
思い返してみる、この人生で『友達』といえる生徒が、どれだけいたか…結果、それらしき人が一人も見当たらなかった。クラスメイトと会話をしても、それはその場限りの関係で発展は無い。人とか関わらない人生、友達のいない人生、それでも良いと思っていた。だけど僕は、知ってしまった。
友達のいる、楽しさを…。そう、僕には彼を助ける理由がある。
「友だちだから」
そう言う自分の顔が、自然と笑顔になっていた。
「スプレーあるよな?」
「おう、ぶっかけようぜ」
三年の一人がスプレーを構える
まずい…!
僕は、足元にあった石ころをスプレーの握られた手を狙い投げつける。 石は、うまい具合に目標へと当たった。 たいした威力は無いけれど、スプレーを落とさせるだけなら十分な威力であった
「…誰だ? 今の」
石の当たった三年がひるんでいる間に、僕はスプレーを拾った。
「いい度胸だなぁ、チビ」
僕のことに気づいた上級生がこちらへずしりと近づいてくる。腕を振るい、殴りかかろうとした時だった。男の背後から声が聞えた。
「ちょいとお兄さん」
男が後ろを振り向くと、倒れ伏せた仲間がいた。ただひとり、そこに立っている人こそ空哉君だった
「瀬名には手をだすなよ」
空哉君は足を後ろに引き、上級生に膝蹴りを喰らわせた。
その後、先生達が駆けつけ、『転校生が早速喧嘩』と話題になったが、上級生が売った喧嘩であることぐらい、誰にでもわかる。話はこいつらが起きてからにしよう、と担任の発言のおかげで、その騒ぎはすぐ納まった。
それから、僕と空哉君は、残りの昼の時間を運動場の端にある、大きな木の陰で過ごすことにした。
「いってー、唇切れてるし」
空哉君は、服のすそで血をふき取った。
「大丈夫?」
「おう、大丈夫だ」
彼は笑顔で答えた。
僕は特に意味もなく、目の前にあった石をほうり投げる。
「ま、俺は強いからな」
空哉君はそういって立ち上がり、若い葉が茂った大きな木に寄りかかる。
ふと、空気を吸って空を見上げた。
「でも喧嘩嫌いなんでしょ?」
今度は空哉君が石を投げた。それは軽く転がり風景と一体化した。
それっきり、彼は僕の質問に答えず沈黙だけが続く。
少し風が吹いてきたとき、彼が口を開いた。
「親父に教え込まれたんだよ」
「お父さんが?」
「こう見えても俺、ガキの頃はよくいじめられててさぁ、家に帰っては泣きついて…情けない奴だったよ」
僕は彼のお話に耳を傾けた。
今から九年前、この日も俺は泣きべそかいて家に逃げ込んだ。
仕事の帰りが遅い親父とは、休日にしか顔をあわせる機会が無く。今の俺のように親父は髪を青く染めていた。逆に、この頃の俺はまだ髪が黒いままであった。
そんな親父が、泣いている俺に対して静かに語りかけた。
「今日も、やられてきたのか」
「……うん」
服のすそで涙をふき取りながら、枯れた声でうなづいた。
「なんで泣いてるんだ」
「……」
幼い俺は黙り込んでいた。
「痛いからか?」
「違う」
親父はしゃがんで、俺と視線の高さを合わせた。
「じゃあ、なんでだ?」
答えよう、答えようとするけれど、涙があふれてうまく声が出なかった。精一杯の力を使って、答えを伝えた。
「悔しいから…」
親父は俺の頭をぐりぐりかいた。おそるおそる親父の顔をのぞくと、笑っていた。
「おし、それでこそ俺の息子だ」
ふと、彼は立ち上がって、幼い俺を誘い出した。
「こいよ、お前を勝たせてやるから」
それから何日も何日も、親父に喧嘩を教えられた。俺をいじめたそいつらを見返す、それだけのために…。その代わりに俺は、親父と約束をした。自分から喧嘩は売らない、むやみやたらに人を傷つけない。その二つを硬く結んだのだ。
「あ〜、弱虫空哉君、僕らに何の用?」
「あはは、殴られに来たに決まってるじゃん」
そいつらは、幼い俺を指差して笑った。
俺は相手をにらめつけ、目の前の指を容赦なく握り返す。彼らがひるんだところで俺は言った
「勝ちに来た」
一度、話はそこで止まり、僕は一呼吸置いて聞いてみた。
「勝てたの?」
「ああ、勝てた」
他人の昔話なのに、なんだか自分が勝負でもしているかのように、僕は嬉しくなった。
昼休みもあと少しで終わるのか、時計を気にする生徒が増え始めた。中には早くも校舎へと戻る生徒がいて、空哉君はそれをなんと言うことも無く眺めていた。
そんな時、空也君を呼ぶ声がした。さっきお世話になった担任の先生だ。
「先生? どうしました?」
走ってきたのか、軽く息が上がっていた。その様子からなにやらただ事ではないなと、僕は思った
そして、本当にただ事ではなかった。
「空哉、お前の家が火事だ…」
第三章「再起の劫火」
―departed family―
何でこんなときに…。でもそれより、空哉君と同居しているおじいさんが心配だ。
「今すぐ下校しろ、そうだ瀬名、お前もついてってやれ」
「いいんですか?」
「ああ、次はどうせ俺の授業だ…早く行け」
突然の知らせに、空哉君は、ただ、言葉を失っていた
僕らは、空哉君の家にむかい、一心に走っていた。
「おじいさん…大丈夫かな?」
「……」
空哉君はさっきから黙ったままだった。
「きっと大丈夫だよ、あのおじいさん元気だったし」
いきなりの事だ。言葉が見つからないのは当然だろう、でも何もしゃべらないでいると空気に押しつぶされそうだったから、僕は空哉君に語りかけた。彼の耳まで届いているかはわからないけど、走するしかなかったのだ。
「瀬名」
突然、声がかかった。
「何?」
「俺さぁ、親父との約束を破っちまったんだ」
低い声で彼は言った。一瞬何の話だか理解できなかったが、少し整理がついた時、それがさっきの話の続きだという事に気がついた。
「中学に上がって調子付いた俺は、意味もない喧嘩ばかりし始めた。最初は黙っていた学校も遂に騒ぎ出し、やがて親父の耳にも届く事になった」
四年前
「わ、悪かったよ親父…もう喧嘩はしない」
「……」
親父は俺を個室に呼び出した。入ると同時に椅子に座り込む目をつぶったまま彼は黙り込んでいた。
「親父?」
「出てけ」
そう言うと親父は、立ち上がり個室から姿を消した。
「…わかったよ」
仕方が無く俺は、当てもなく夜の街を歩き回った。コンビニで食欲を満たしたり、漫画を立ち読みしたりしていた頃だった。急に外が騒がしくなり始めた。見れば、空までとどくような煙と、全てを飲み込むかのような炎が目に写った。
道行く人に問いただした。誰の家が燃えているのですか? 彼は何も答えなかった。
道行く人に問いただした。誰の家が燃えているのですか? 彼女は答えた。
「あなたの家ですよ」
「親父もお袋も、弟も…、手遅れだった。親父の青い髪も、炎でなにがなんだかわからなかった」
ひどく寒気がした。背中から首の筋にかけて、刃物を突きつけられたかのような緊張感が襲う。うなずけば良いのにそれすらもできない。僕は耳だけを傾けた。
「聞けば犯人は、俺が喧嘩した他の中学の奴だったらしい…、俺さえ喧嘩しなければみんな死ぬ事は無かったんだ。」
「そんな…いくらなんでも」
僕は、泣きそうなくらい悲しくなった。同情はやがて、自分のことのように考え込んでしまう。
「だから俺は髪を染めた」
空哉君は、走っていた足を止め空を見上げた。僕もつられて立ち止まり耳を傾けた。見れば空は、雲ひとつ無くきわめて快晴である事に気がつく。
「一度破った約束をもう一度誓ったんだ。二度と忘れないように、親父と同じ青い髪に…」
空哉君は全てを言い終えたのか、やっと表情が柔らかくなった。僕がまだ硬くなっているのを見て、彼は笑顔で僕に語りかけた。
「あのジジィなら大丈夫だよ、不死身だからな」
「…うん」
僕は笑顔を作ったが、いまいち乗れていなかった。彼にもそれが伝わったのか、明るい声が耳に届く。
「お前の後姿、弟に似てるんだよなぁ」
「え? そうなの?」
「あの日の帰り道、ビックリしたなぁ…」
やっとわかった。派手な彼が僕に話しかけた理由が…、心の奥で広がっていたもやもやが真っ白に晴れていった。
「ああ、人懐っこいところもそっくりだ」
花を見た。
空を見た。
星を見た。
心を見た。
そして彼を見る。
青くて、広くて、強くて、綺麗で…。
僕に、友達ができた。
「あいつも、クリームパン大好きだったなぁ」
彼はつぶやいた。
それから、空哉君の家についたころにはもう消火はすんでいた。しかもおじいさんはちょうど散歩に出かけていたらしく、今回燃えたのは家だけだったらしい…、すっかり疲れきった僕は、そのまま家へ帰ることにした。
エピローグ「これからがはじまり」
―begin―
天気のいい昼、彼らは学校にいた。
「瀬名」
「何?」
瀬名が聞き返した。
「賭けしようぜ、今からコインをはじくから、表だったら俺がパンを買いに行く、裏だったらお前が」
空哉が得意げにそう言った。
「いいね! せっかくだし、負けたほうはラーメン一杯もおごろうよ」
瀬名は人差し指を前に突き出し、さらに得意げな顔で返した。
「おう、上等だ」
瀬名が硬貨を出そうとしたが、空哉はそれを止めて自分のポケットからコインを取り出した。いくぞ、と気合を入れてそれを弾いた。机の上で跳ね返ったコインは床に転がり、表の向きで止まった。
「空哉君の負けだね」
「げ」
「いってらっしゃーい」
瀬名は嫌みったらしい笑顔で手を振った。空哉は悔しそうに購買部へ走り出す
「あれ空哉君、コイン置きっぱなしだよ」
床に落ちていた彼のコインを見つめる、これが裏だったら僕はパンを買いに行ったあげく、夕飯までおごらなければいけないんだなぁと…、くだらない事で震え上がっていた。
ほおって置いても仕方が無いので、コインを拾い上げる。負けた時の光景を頭に浮かべながら僕はコインをもう一度弾いた。また表が出たので意味も無く嬉しくなり、調子に乗って何度も弾いてみるが、一度も裏が出る事はなかった。不思議に思った僕はコインの裏を見てみる。
すると、それに裏は無かった。
「あー、騙された!」
空哉君のコインは、両面とも表だった。
fin.
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2004/08/06(Fri)15:32:06 公開 / 楠原
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■作者からのメッセージ
こんにちは、楠原です。
先ほどは、ガンダムの小説を投稿してしまい申し訳ありませんでした。すぐさま、削除しました。
ということで、別の小説を投稿してみました。
これは、1ヶ月ぐらい前に書いたものですね。
結構新しいです。
感想をいただければ嬉しい限りです。
では♪