- 『涙の苑』 作者:さくら。 / 未分類 未分類
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原稿用紙約16.4枚
この世界には、涙が多すぎる。
ふと、立ち止まった。空は、どこまでも続くように澄んでいる。
後ろには、長い長い道。前にも、長い長い道。
空と、道と、わたし。その三つしかないような感覚。
そっと目を閉じた。
……本当にこれだけしかなかったら、哀しみも何も、ないのに。
そんな考えが頭をよぎった。そして、自分が馬鹿らしくなって、また歩き出す。
どこにたどり着くのか、それさえも知らない、長い長い、道を。
その道は、ある小さな街に続いていた。初めて聞くような、名前の知らない辺境の街だった。
日が傾き、街が橙色に染まるころに、わたしはそこにたどり着いた。
本当に小さな街だった。それに、人がいない。宿を探すためにメインストリートを歩いてみたけれど、どの宿もドアが閉まっている。宿だけじゃなくて、店も、家も、全て静か。
「……変」
呟いてみる。だけど、当然のごとく何も変わらない。ただ、橙色の街に、風が吹くだけ。
「何が、あったんだろ」
仕方がないので、もう一度メインストリートを歩く。何も、音がしない。
と、いきなり背後から誰かがわたしの腕をつかんだ。
「!?」
慌てて振り返る。心臓が飛び出すかと思った。
わたしの後ろにいたのは、一人の武装した男の人だった。
さらに、心臓の鼓動が早くなる。……なんで武装したやつが、わたしに話しかけてくるんだ。ああ、また、「あれ」を思い出してしまう……。
「……何、ですか?」
早鐘のように鳴る心臓を押さえ、努めて落ち付いて聞く。
するとその男は、こちらをにらみながら尋ねた。
「お前、何者だ」
「……名前はシェラ・ハマル、職業は、一般的に旅人と呼ばれるものをやっていて、わけあってこの国――アウスト国中を旅してまわってます。ちなみに生まれも育ちもアウスト国。……これくらいでいい?」
「そんなことはどうでもいい」
自分から「何者だ」と聞きながら、うっとうしそうに男は舌を鳴らす。
「尋ねるが、この街には、なぜ人がいないのだ」
「いないの? 誰も? そりゃあ静かだけど、本当にいないの?」
「当たり前だろう。ウソを言ってどうする。おれが一軒ずつ開けて確かめたんだから、間違いない。で、なぜ人がいないのだ」
「知らない。わたしも今、来たばかりなんだから」
「本当だな」
「当たり前でしょ。で、気になるんだけど、……一軒ずつ開けたって、どういうことよ。あなた、泥棒?」
すると、男は舌をちっと鳴らした。
「お前、何も知らないのか? 若いくせに。……まあいい。教えてやろう」
わたしの「今来たばかり」という言葉を信用してくれたのか、男はゆっくりと話し出した。
「この国、アウスト国が出来て、五十年が経った。革命を起こし、独立した我が国は、それからかなり発展してきた。それは知っているな?」
「馬鹿にしないでよ。アウスト出身だって言ったでしょ。旅をしてるから最近の事情に疎いだけで、それくらい知ってるわよ」
また、男が舌を鳴らす。
「しかし、五十年間野放しにしてきた問題がある。それによって、我が国の発展は阻まれていると言っても過言ではない。それくらい、大きな問題なのだ。……『アルフィル』の問題は」
「…『アルフィル』? 何よ、その謎の物体は」
そう言いながらも、体が震えてくる。この男が言うことを、以前聞いたことがあるからだ。あの時も、こんな感じに武装した男がこのセリフを言って、そして、その後に……。
「アルフィルとは、この土地に千年以上前から住みついていた種族のことだ。『魔法』を使い、我々の脅威となる。その問題を何とかするために、おれたちがいる。そして、この街にもそいつらがいると聞いて、やってきたんだが、誰もいない……ん? どうした? 顔が真っ青だ」
「……別に、大丈夫。最近風邪気味だから、それでだと思う」
大丈夫なんかじゃなかった。聞かなければよかった、と今さらになって後悔した。
「じゃあ、おれは行くぜ。またここに来なくてはいけないからな。それじゃ、お前も気をつけろよ。まだ、そこらへんに隠れているかもしれねえからな」
それだけ言って、男は立ち去って行った。
体の震えが止まらなくて、道の真ん中にしゃがみこむ。
「……フィア」
そっと、その名前を口にする。悲しくて、哀しくて。だけど、一粒も涙は出てこない。……あの時から、ずっと、そう。
その時。
ふわり、とわたしの肩に手が乗せられた。…何、だろう。すごく、暖かい。
「……大丈夫?」
その声が、その手の暖かさが、あまりにも似すぎていて。
思わず、振り返って叫んだ。
「フィアっ……!」
「え……っと?」
戸惑うように声をかける女の人――女の人、というより、わたしと同い年、女の子という感じ。
やっぱり、フィアに似てる。雰囲気もそうだし、服装が――薄い皮で出来た服とか、羽織っているマントとか、腕輪とか、首から下がる大きな宝石のついたネックレスなんかも、フィアと同じだ。……フィアと同じ、ってことは、この人は……。
だけど、違った。似ているけれど、フィアじゃない。当たり前と言えば、当たり前のこと。
「あ……ごめんなさい」
急に恥ずかしくなって、謝る。……そうだよ、フィアにはもう、会えないって分かってるのに。いないって、分かってるのに。
「事情はわからないけど……大丈夫? 顔色悪いよ?」
「は、はい。大丈夫、だと思います」
「そう? ……あなた、旅人だよね? 見た目からして」
頷くと、女の子はにっこりと笑った。
「わたしたちの街へ、ようこそ。わたし、レアスって言います」
「はあ……わたしはシェラです。あの、突然で失礼なんですけど、この街って何で誰もいないんですか? 宿とか、ない……みたいですよ、ね?」
すると、その人――レアスの顔色が曇った。
「旅人さん、じゃなくて、シェラ……さんだっけ? せっかくこの街に来てもらって悪いんだけど、……ごめんね、この街、もうなくなっちゃうんだ。だから、本当に来てもらってすぐで悪いんだけど、ここの街にいないほうがいいよ」
「へ?」
レアスが説明してくれるけれど、よく分からない。……細かいところが抜けていて、説明になっていない。
「どういうこと? この街が……なくなる?」
「そう。街がなくなる、というより、わたしたち街の人が、みんないなくなるって言った方がいいかな……あ、そうだ」
ふと何かを思い出したのか、レアスが立ちあがった。そして、わたしには何もないと思える所に向けて、言葉を発した。
「みんなー! もう、一応は大丈夫だよー!」
と。
その途端、何もないところからぞくぞくと人が現れた。まるで、イリュージョン・マジックでも見せられているかのように。二十人ほどの人が現れて、こちらに近づいてくるのだ。
「驚いた?」
レアスが尋ねる。そりゃあ、驚いた。けれど、わたしはこれを、以前見たことがある。
「……驚いたけど、知ってるから。あのさ、あなたの服装、装飾品とか、それも見たことある。そんなことが出来るってことは、あなた……」
一瞬躊躇したけれど、続きを言うことにした。
「『アルフィル』、だよね?」
驚いた表情を浮かべたものの、
「うん。そうだよ」
そう言って、こくりとレアスは頷いた。そんなレアスを見て、むしろわたしと、そして周りの人々が驚いた。
「レアス……、そんな、部外者に言って……」
「あなたは狙われているのに!」
「そうだよ、……わたしだって、得体の知れないやつなのに?」
人々と、わたしも一緒になって抗議する。すると、レアスがくすっと笑った。
「何か、すごく変な光景だよ? だって、みんなは分かるけど、シェラまでわたしに抗議してるのって、おかしいって」
みんなににらまれて、さすがにレアスも肩をすくめた。
「でも……本当によかったの? わたしに言っちゃって」
「シェラには、いいって気がした。さっき、男が話をした時、不思議な反応をしてたから……アルフィルについて、ある程度、ううん、かなりのことを知っているんだな、って思ったから。それに、今もわたしのことを心配して抗議してくれたみたいだしね」
ゆったりと微笑む。どういう反応をしていいのか、少し困ってしまった。
「わたしは、アルフィルの一人で、あいつらに狙われてるの。今日は一人しか来ないって分かっていたし、時間もなかったから、魔法でみんなを隠していたの。でも……」
みんなが、うつむいた。すすり泣く声まで聞こえた。
「今度は、一人どころじゃない。百人以上の兵が、わたしを探しに来る。だから……みんなで、この村を出ることにしたの。ばれてしまった以上、わたしだけじゃなくてみんなも危険だから。みんなは新しい村を築く。わたしは……誰も知らないところを、旅しつづけることにしたんだ。根本的な解決には何もなっていないけれど、今出来る、最善の策だと思ってる」
そして、こっちを向いて寂しそうに笑った。
「だから、シェラを歓迎したりとか、泊まらせてあげたりとか、できないの。出発はなるべく早くってことで、今晩だから。……ごめんね」
そこまで一気に言って、レアスは突然くるりと後ろを向いて、みんなに告げた。
「本当に、今までありがと。色々迷惑をかけて、ごめんなさい。これでお別れかもしれないけれど、いつかまたどこかで会えることを祈っています。だから、今は……さよなら」
みんな、静かに泣いていた。それでも、自分たちの新しい村を築くために、少しずつ、離れて行く。再会を、信じて。
最後の一人が旅立った時、レアスは「ふう」と長いため息を吐いた。
「……やっぱり、わたしのせいなのかな」
ぽつりと呟く。
「わたしが、こんな力を持つわたしがいたから……だめだったのかな」
ぽつり、と地面に円の模様が咲く。それは、次々に増えていく。
「街のみんなが、『そんなこと気にしない』って……、『あなたを守る』って言ってくれて……それに甘えて、結局やっぱり迷惑かけちゃった……。わたしって、何のためにいるのかな……。みんなの生活、幸せ、壊しちゃって……」
「違うよ」
自分でも知らないうちに、言葉が出ていた。
「違うよ。レアスは、みんなの幸せを、壊してなんかないよ。少なくとも……レアスとは違うかもしれないけれど、わたしのときは、そうだった」
「え……?」
こちらを向く瞳。躊躇しない訳ではないけれど、その瞳に、言わなくてはいけないと思った。
「わたしね、友達がいたの。フィアっていう名前の。フィアは、いつもふざけあったりしていたけど、わたしのこと、すごく分かってくれてた。それに、わたしも、そうだった。わたしたち、小さい時からずっと一緒で、とても仲がよかった。それで、フィアは、……レアスと同じ。アルフィルだった」
レアスの瞳が、かすかな驚きと、少しの不安の色を見せた。
「それで、これもレアスと同じなんだけど、やっぱり『あいつら』がやってきた。ここと同じで、みんな、必死でフィアを守ったの。フィアのことが、大切だったから。好きだったから。
わたしは、村のみんなが防いでいる間に、フィアと一緒に遠くに逃げた。だけど、……追いつかれて。それで、……」
その後は言えなかった。のどが塞がってしまったのかと思えるくらい、声が出てこなかった。
「……とにかくさ。わたしも、みんなも、フィアのことが好きだった。だから、全力で守った。この街のみんなも、レアスのことが好きだから、レアスのことを守るし、また会えることを望むんだよ」
「……シェラ」
うつむきながら、レアスが小さな小さな声で、言った。
「ありがとう」
「……別に、わたし、大したことしてないよ」
そう言うと、レアスはふるふると首を横に振って、笑った。哀しみが混ざっていたけれど、それでも、笑っていた。
「本当に、ありがとう。じゃあ、わたし、行くね」
「え?」
問い返す。すると、レアスが首をかしげながらこちらを見た。
「あれ? さっき言わなかったっけ……。狙われてるから、どこか遠くへ行くって」
「そっか」
「うん。じゃあ、またね。シェラとも、またいつか、会えるといいな」
マントを翻し、レアスが街から続く道を、歩き始める。橙色の太陽が、山の向こうへと消える。レアスの影が、遠くなっていく。
なぜか、追いかけなくてはいけない気がした。それは、わたしが経験した哀しいことの中の「フィア」という部分が、レアスにだぶったから、だろうか。
「……考えすぎ、だね……わたし」
自分に納得させるように呟いてから、わたしも旅の続きをするために、少し迷ってからレアスとは違う道を歩き始めた。
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2004/08/04(Wed)20:28:31 公開 /
さくら。
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■作者からのメッセージ
初めまして。「さくら。」という者です。
まだ前編しか書けていないのですが、「今のところ、一体この小説はどうなのだろう」と思い、投稿してみました。後編を書く前に、いろいろと推敲したいと思いまして…。
それでは。