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『HERO V  (第一話〜第六話)』 作者:紅い蝶 / 未分類 未分類
全角16491文字
容量32982 bytes
原稿用紙約48.4枚
【第一話:最後の始まり】

 暗い部屋、生暖かい空気が漂う中、カタカタという音だけが鳴り響いている。そして真っ暗な中に四角い光が浮かび上がっている。その光と音はノートパソコンを使っているからで、画面からの光に照らされて見える人物は少しきつめの目で、さっぱりした顔立ち。どこかの事務所にでも入れるくらいの美形だ。髪は黒く、左耳にはピアスを一つしていた。
 「オーケーィ。完璧。いいぞいいぞ……その調子だ」
男はノートパソコンの画面をじっと見てそう呟いている。小さく「よし」と頷いたりもする。パソコンの画面にはアルファベットの羅列。休む間もなく英字が書かれていく。そして最後に「OK」の二文字が浮かび上がった。
 「よーーーっし!俺って天才。ハッキング完了。あとは……」
マウスを机の上でコロコロと動かし左クリック。画面を見て男は笑った。
 「マジで最高だぜ。ZZ-Mx貯蔵量、300リットル。こんだけあれば五十人が毎日服用しても半年はいける」
そう言ってまた少し作業をすると、パソコンをシャットダウンした。
 ZZ-Mx。それは最近になって開発された可燃性の気化ガスだ。保存が簡単で効果は絶大。素人でも簡単に扱えるものだ。そのため、バーベキューなどをするときなどに重宝する。だが、最先端の技術を駆使して開発されて間もないので値段はかなりのもの。100ミリリットルで1万円だ。高すぎる。安価を求めて日夜研究が重ねられているが、100ミリリットル千円単位まで落とすのに、あと二年は掛かるといわれている。
 このZZ-Mx。使い方を少し変えるととんでもないものになる。麻薬だ。一呼吸分の吸引で、一瞬でイカれる。幻覚症状を始めとするいくつもの効果が現れてしまうのだ。その上、体が壊されることもないので服用するのをやめられない、止まらない。世界最高の麻薬となってしまうのだ。もちろん法律では、ZZ-Mxの吸引は禁止。1ミリリットルの1/10の量でなら麻酔にもなるので、病院で使用することがあるが、それ以外に体内への使用は禁止だ。
 先ほどの男は、このZZ-Mxを麻薬として使うかガスとして使うかのどちらかを考えているに違いない。そしてパソコンでハッキングした場所は、国内でも有数の大規模病院、国立中央病院だった。




 夏、蝉がうるさいくらいに鳴くこの季節。秋山隆一にとって高校生最後の夏休みが始まった。
隆一はなぜか、もう夢が見れない。夢自体は見るのだが、祖父が出てきて危険を予告するということがなくなったのだ。それがなぜなのかはわからない。だがそれは紛れもない事実で、これからは隆一が自分の力で対処していくしかない。
夏休み最初のこの日は健康診断のために病院へと来ていた。夏休みに入る少し前に学校で行われた健康診断に出席しなかったため、担当医のいるこの国立中央病院へと、摩奈と二人でやってきた。なぜ摩奈がいるかというと、健康診断が終わり次第一緒に遊びにいく予定だからだ。
 「健康診断くらい、別にいいじゃねぇか……。摩奈もそう思わない?」
病院へと向かうバスの中で、隣に座っている摩奈に汗を拭きながら話しかけた。
 「思わないよ。なんか悪いところがあったらどうすんの?それにさ、健康診断受けなかった隆ちゃんが悪いんじゃん」
 「あれはうちの担任が悪いんだろ?健康診断があるってちゃんと連絡しなかったから受けられなかったんだから」
健康診断を受けられなかった原因を作り上げた担任の顔を思い出しながら、唇を尖らせて隆一が言う。だがそれに対して、摩奈が言い返した。
 「何言ってんの。暑いから帰る、とか言って勝手に隆ちゃんが帰ったんでしょ?隆ちゃん以外の人はみんな受けてるんだからね」
隆一はもう反論できなかった。言い返せるわけがない。サボった隆一が悪いのだから。

 バスが街中を走り、右手に目的地の国立中央病院が見えてきたとき、バスのアナウンスが「中央病院前」と告げた。止まりますのボタンを押し、隆一と摩奈はバスを降りた。
普通に、何もない一日が過ぎると思っていた二人。それは大きな間違いだった……。














【第二話:占拠】

蒸し暑い外とは打って変わって、冷房が効いているおかげで涼しく快適な病院内。老若男女、たくさんの患者で賑わっている。車椅子に乗って軽快に院内を動き回る元気な少年や、杖をついて歩き、十秒間に数歩進むのが精一杯の老人。それぞれが、それぞれの行動をしており、隆一の検診が終わるまで一人で待っている摩奈にとっては、眺めているだけで暇な時間がどんどん潰れてくれた。
この国立中央病院は国内でも有数の大規模病院で、内科、外科、整形外科、肛門科、泌尿器科、産婦人科の計六つの科があり、それぞれが一つの棟で成り立っている。つまりこの病院、全部で六つの棟があるのだ。一番大きいのは内科棟と外科棟で六階まである。逆に一番小さいのは肛門科で、二階までしかない。簡単に言えば、とてつもなく広いということだ。
一番大きい内科棟の一階。五つもある診察室のうち、第三診察室から隆一が出てきた。摩奈の姿を見つけると向かってきた。
 「お待たせ」
 「ううん、いいよ。結構面白かったし」
面白かったというのは先ほども説明したとおり、様々な人がいるため見てて楽しかった、という意味だ。だが、隆一はそれを知らない。そのためよくわからないような表情を浮かべて考えた挙句、「まぁいいや」の一言で全てを済ませた。


 夏の太陽がギラギラと熱光線を発し、駐車場のアスファルトをじりじりと焼いていく。どの車も日陰を求めてそこら中を走り回るが、日陰の場所が空いているはずもなく、諦めて日なたに停める車が多かった。
 そんな中、十台にも及ぶ車が一気に駐車場に押し寄せてきた。それが連続だったため周囲の人は少々驚き、その車の列に目を奪われた。その車は日陰を求めることなく、しかも駐車場の区切りなども全て無視して乱暴に停車した。そして全ての車のドアが一気に開くと、各車内からは同じ格好をした人物が五人ほど降り、合計で五十人を超える大軍となった。そして一人一人が手に持っていた物は……

――――――銃だった。
戦争映画などを見たことがある人なら誰でもわかる、M16と呼ばれるアサルトカービン銃や同系統のM4、腰のガンベルトにはガバメントやデザートイーグル、グロックといった有名かつ抜群の威力と信頼性のある拳銃が備えられ、更には手榴弾と思わしきものも装備していた。その中の一人が手を挙げると、五十人が一斉に銃を構え、発砲した。周囲に轟音は響かない。サプレッサーと呼ばれる消音器が付いているためだ。わずか数秒で、駐車場は血の海と化してしまった。
 五十人のうち四名ほどが駐車場の入り口のほうへと向かって見張りとなる。誰も病院の敷地内には入れさせないつもりなのだろう。そして十名ほどが敷地内を練り歩き、邪魔な者や侵入者がいたら排除するようだ。残りの四十名ほどは、病院の中へと入っていった。


 「ちょっとトイレ行ってくるから、その辺で待ってて」
そう言って隆一はトイレへの案内に従って歩いていった。摩奈は一人受け付け前のベンチに座り、隆一の帰りを待つことにした。この後向かう映画館で、アクション映画を見るかホラー映画を見るか、それとも泣ける映画を見るか考えていた。自分はホラー映画を見たいのだが、隆一はきっとそれを許してくれないだろう。極度のホラー嫌いで、怖い話や映画を聞いたり見たりするなら死んだほうがマシと言い張るほどなのだから。摩奈はアクションも泣けるのもいいのだが、隆一の性格からいって、明らかにアクション映画を選ぶだろう。泣き顔は見せたくなさそうだし。そんなことを思いながら、一人クスッと笑ってしまった。
 次の瞬間、病院の入り口の自動ドアが開いた。そちらに摩奈が目を向けると、黒や緑の色をした、軍服のようなものに身を包んだたくさんの人間が入ってきた。手には銃。全員が持っている。一番先頭にいた人物が天井に向かって銃を乱射する。蛍光灯が割れ、ガラスの破片が床に降り注いでくる。患者を始めとする全ての人々が絶叫に近い叫び声を上げて伏せる。摩奈も当然伏せる。頭には天井の破片が降ってきて少し痛かった。摩奈の頭上に蛍光灯がなかったのが幸いだろう。ほとんどの人が混乱し、何が起きているのかはっきりわからない状態の中、摩奈は一人で確信した。

――――――この病院は占拠されたんだ、と。












【第三話:絶望の幕開け】

 「いいか、よく聞けよ。この病院は俺達が占拠させてもらった。抵抗するやつは女子供関係なく殺す。いいな」
 リーダーと思われる男がそう言った。あまりの恐怖に静まり返った院内に、大して大きい声でもないのにその男の声はよく響いた。犯人の数は数えてみたところ36人。恐らく外を見張っている者もいるだろう。
 とにかく、摩奈は怖かった。36名全員が銃を持っている上に、頼りの隆一がこういう時に限っていない。しかも病院では携帯電話が使えない。普通の病院なら使うこともできなくはないが、この病院は前にも言ったとおり国内有数の大規模病院だ。様々な症状の患者がいるため、病院自体が電波を遮断するように作られているようだ。試しに電源を入れてみたが、画面には圏外の文字。警察に連絡するためには公衆電話を使うしかないようだ。
 (隆ちゃん……。トイレ長いな)
 次の瞬間、摩奈の携帯電話が吹き飛んだ。衝撃で手が少し切れ、血が出てきた。ビリビリと手が痺れる。何が起きたのかがわからなかった。
「下手な真似すんなよ、おじょーちゃん」
 声がしたほうを向くと、先ほどのリーダーらしき男がこちらに拳銃を向けていた。その拳銃の発射口から煙がうっすらと出ていることから、摩奈は何が起きたのかを理解した。銃で携帯を撃たれたのだ。買ったばかりの最新機種を、そんなことに構うことなく男は携帯を吹き飛ばしてくれた。少し離れたところに落ちた携帯は大破していた。勿体無い。
「別に撃つ必要は無いんじゃないの?おかげであたしの携帯壊れ―――――」

摩奈の顔の横を風が通った。髪が揺れ、何本かがぱらぱらと落ちた。右頬が痛い。手を当ててみると、何か水っぽいものの感触がした。血だ。摩奈の顔の横を通ったのは風では無い。銃弾だ。右頬の肉が浅く剥ぎ取られ、血が頬を伝ってぽたぽたと床に落ちた。
 「うるせーよ。次は殺すぞ」
言葉が出てこなかった。怖い。あたしは、殺されるかもしれない……。
 しばらくの沈黙。男は摩奈に銃口を向けたまま。摩奈の体はガタガタと震えだし、言葉を発することができなかった。
 男は銃口を下ろすと仲間のほうを向き、何やら話し始めた。それに対して仲間達は頷き、次の瞬間一斉に駆け出した。外科や産婦人科など、全ての棟へ向かって走っていく。この棟に留まったのは10名。一番大きな内科棟であるから、恐らく一番人数が多いだろう。あとの26名が他の5つの棟へと向かったということは、単純計算で一棟5名程度いるのだろうか。
 
 


 「おい、お前トイレ見て来い」
 リーダーらしき男が一人の男にそう指示した。その男は頷くとトイレのほうへと向かっていく。隆一がいるはずのトイレへと……。
 「お前らはあいつが帰ってきたら一緒に人質を見張ってろ」
そう指示して、リーダーらしき男は摩奈に近寄ってきた。前髪を強引に掴み、顔を上に向かせる。左頬は血でべっとりと濡れ、赤く染まっている。
 「おじょーちゃん、世間のヒーロー様の彼女だよなぁ。調べたから知ってるぜ」
 男が言うには、数日前パソコンでこの病院にアクセス、ハッキングし、あらゆることを調べたらしい。そのときにお目当てのものの貯蔵場所を知ると同時に来院予定の名簿を興味本位でチェックしてみたところ、検診という名目で秋山隆一が来院することを知った。秋山隆一は二度に渡って人々の命を救ったヒーロー。もちろんテレビや新聞などで大々的に報道された。そしてあの遊園地爆破事件。あのときに摩奈もインタビューされたことがある。それをこの男は覚えていたということらしい。そのため、摩奈が隆一の彼女だと知っているのだろう。
 それならなぜ、この男は隆一が来院する今日この日を占拠する日に選んだのだろうか……。
 「おじょーちゃんと一緒にいればあのヒーロー様が来るだろ。ヒーローとか言われて浮かれてるたかだか高校生程度のガキに、俺が絶望ってモンを教えてやりてーんだよ」
 そう言うと男は強引に摩奈を立たせ、一緒にエレベーターへと乗せた。最悪なことに、大勢いる人質の中で摩奈一人が特別扱いを受けてしまったのだった。


 男はトイレの前へとやってきて、少し躊躇していた。中に人がいたらどうすればいいのだろう。撃つか?撃ったらその人は死んでしまうだろう。だからといって何もしないと自分がやられてしまう可能性もある。ZZ-Mxは確かに欲しいが、そのために人を殺したり、もしくは自分の命が危険にさらされたりするのは嫌だ。
 だが、あるビンを取り出してストローで吸引するとそんな考えも吹き飛んだ。吸引したものは、ZZ-Mx。ただ吸引するだけなら身体的外傷はない。二次的なこと、つまり精神的にイカれた状態で無茶をして怪我を負ったりすることなどはあるが、ZZ-Mxのせいで怪我を負うことはまず無い。そのため気軽に吸引することができる。この男は恐怖心をなくすためにZZ-Mxを服用したのだ。その結果―――――

 「殺してやる……。俺に楯突くやつは全員殺してやるよ……!」

 それなりに綺麗なトイレへの扉が、音を軽く立てながらゆっくりと開いた。銃口を中に向けながら様子を伺う。トイレ内に人影らしきものは見当たらない。セーフ、誰もいなかった。
 男がゆっくりと踵を返してトイレから出ようとする。その瞬間、後ろに人の気配を感じた。背筋がぞくっとするあの感覚。男の第六感が危険を察知し、警鐘を鳴らしている。
 「動くなよ」
首を絞められ、うまく息ができない。銃を後ろに回して撃とうにも、腕も固められているので無理だ。首を締め付ける誰かは自分の腰のホルスターから拳銃のコルトガバメントを抜き、自分の額に押し当ててきた。
 「この病院で何があった? お前らはここで何してる?」
うまく呼吸ができないせいで途切れ途切れになったが、なんとかそれに対して答えた。自分たちがこの病院を占拠したこと、ZZ-Mxが目的のこと、何人が犯人なのか、など全てを話した。流石に死にたくはない……。
 「そうか……。わかった。あんたはここで寝ててくれ」
 次の瞬間、首筋をトンッと叩かれたかと思うと急に意識が遠のき、そして男は倒れこんだ。
 「摩奈……」
 男を無力化したのは他の誰でもない秋山隆一。男を眠らしてから武器を奪い取り、大便用便器に押し込んでおいた。
 (なんで俺が行く先々には、こういうことばっかり起きんだろ……)
 そんなことを考えながら、隆一はゆっくりと深呼吸した。多分これから起こることは、今までにないキツイことだろう。勝てる見込みも無いし、勝てるとも思えない。だからといって何もしないでやつらの好きにさせていいのだろうか。このまま黙っていていいのだろうか。
 「いいわけ……ねーよな」
 静かに目を閉じ、自分を信じた。今までどおりにやればいい。今までどおりに戦えばいい。



――――――やってやるさ




 摩奈を助けるため、多くの人を助けるため。決して自分がヒーローになりたいわけじゃなく、このまま黙ってられないから戦う。
 隆一はトイレから一歩踏み出した。











【第四話:無傷の戦闘】

 内科棟から他の病棟に移るためには、二階に一度上ってそこから連絡通路を通る必要がある。内科棟の患者、医師、看護士、見舞い客など全ての人という人は先ほどまで摩奈がいた一回の受付前に集められているため、すれ違う人は一人としていなかった。いや、いるか。この中央病院を占拠したやつらが3人ほどだ。手にはM16、腰のホルスターにはサブウェポンとして拳銃、そして手榴弾。中にはショットガンを持っているやつもいた。服装は軍隊が着るような服で、その上から黒いベストを着用している。そのベストのポケットには、恐らく予備の弾やサブマガジンなどが入っているのだろう。摩奈の横を歩くリーダーらしき男を見ると、本当の軍隊のように敬礼したり、礼をしていた。
 リーダーらしき男の名前は相模怜治(さがみ れいじ)。少しきつめの目で、さっぱりした顔立ち。どこかの事務所にでも入れるんじゃないかと思うほどの美形だ。髪は黒く、左耳にはピアスを一つ。摩奈からしてみれば、結構遊んでそうな感じだった。顔を堂々と出していることから考えて、捕まったりするつもりは全くもってないようだ。顔を見られても構わないということだろうか。となると、自分たちは口封じのために殺されるのではないだろうか。とにかく、摩奈は怜治についていくことしかできなかった。隆一が助けてくれることを信じて。


 隆一は先ほど倒した男が持っていたM4を手に持ち、コルトガバメントをジーンズのベルトに強引に押し込んだ。ポケットにはサブマガジンをこれまた強引に入れた。動きにくくなっては困るので、大した量ではないのだが。
 トイレを出て少し歩くと曲がり角になる。そこを道なりに左へと曲がると受付のロビーとなる。こういった曲がり角でうかつに飛び出したりすると危険だ。もし敵がいたら一瞬で蜂の巣にされるからだ。そのため隆一は壁に背中をあずけ、そっとロビーのほうを覗き込んだ。敵は6人。一人一人が先ほどの男とほぼ同系統の装備をしている。人質の数はざっと見たところ約100人弱。一通り顔を見たが、その中に摩奈の顔はなかった。
 (どこ行ったんだ、あいつ……)
待っているように言ったのに、いない。摩奈は簡単に約束を破ったりはしないはずだ。
 そんなことを考えながら周りを見渡すと、一つのものが目に入ってきた。摩奈の携帯電話。一週間ほど前に機種変更し、最新機種だと自分に自慢してきたあの携帯電話。ドコモのN900isとかいうやつだ。それはものの見事に大破し、真ん中のところでポッキリと折れていた。
 (おい、まさかあいつ……)
 嫌なことが隆一の頭をよぎった。まさかもう殺されてしまったのか? どこかに連れて行かれたのか? どっちにしろいい状況じゃないことは確かだ。一刻も早くここの人質を救出して、摩奈を探さなければならない。

 サプレッサーによって発砲音を抑えたため、パシュッという乾いた音とともにM4の銃口から弾が発射された。その銃弾は的確に敵の一人の頭部を撃ち抜いた。撃たれた男は何が起きたのかもわからないまま死んでいったことだろう。
 他の敵が仲間の死に驚愕し、何が起きたのかを理解するまでに隆一は曲がり角から飛び出した。横っ飛びしながらM4を乱射した。敵は慌てて銃を構え発砲してくる。隆一の周囲の壁やイスにボスボスと穴が開くが、奇跡的に隆一の体に銃弾は当たらなかった。肩から床に倒れこむ。正直痛いが、そんなこと言ってはいられない。すぐさま中腰くらいまで立ち上がって走る。横を向きながら敵に向かってとにかく撃った。
 「死ねっ!」
前方からそんな声がした。急いでそちらを向くと敵が一人いた。こちらに向かって銃を構えている。このまま撃たれたらまずい。距離はわずか3メートル程度しかない。下手に避けても他のやつに撃たれるだろう。それなら……
 敵が発砲したとき、隆一はその敵の視界にいなかった。病院の床をスライディングで滑り、敵の股の間を通り抜ける。通り抜け終わった瞬間に靴の底でブレーキをかけ、前につんのめる形になった。だがそれが隆一の狙いなわけで、前につんのめった状態から更に前に向かって頭から飛んだ。前方宙返りのような体勢で飛んでいく。頭と足が空中で逆さまになる。体は完全に敵の方を向いている。その状態でいられるのはわずか0,2秒程度だろう。そのわずかな瞬間に隆一はM4を発砲した。先ほどまで前方にいた敵の背中に銃弾の穴があく。そこからは血が流れ出し、隆一が背中から床に落ちるのと同時に倒れこんだ。
 これで2人倒した。残りは4人。立ち上がろうとした瞬間、隆一の目の前のイスが弾けた。敵が雨のように銃弾を飛ばしてくる。咄嗟に隆一は体勢を低くして体を守った。イスの陰からM4だけを覗かせて発砲。といっても人質に当たっても困るので無闇には撃てない。顔を一瞬だけ覗かせて敵のいる方向を確認してまた発砲する。だが、数発撃ったところでマガジンの弾が底をついた。すぐに銃口を引っ込め、敵に気付かれないように反対側へと移動する。敵は、先ほど隆一が銃口を覗かせていたところに隆一がまだいると思っているのだろう。そこへと向かって大量に銃弾を飛ばしていた。
 その間に隆一は腰のベルトからコルトガバメントを取り出した。M4のサブマガジンを入れ替えている時間すら勿体無い。コルトガバメントの安全装置を外すと同時に立ち上がり、発砲。1人、そしてもう1人。確実に急所を撃ち抜くことに成功した。力の抜けた叫び声をあげながら倒れこむ。それに気付いてあとの2人が隆一のほうへと銃口を向ける。そのうちの1人が腰から手榴弾を取り出してこちらに向かって投げてきた。
 隆一は銃弾を避けるためにしゃがむのと同時に、銃を持っていないほうの手で体を支えて回転し、足で飛んできた手榴弾を蹴り飛ばした。手榴弾は出入り口のほうへと飛んで行き爆発。ガラスが割れたり物が飛んできたりしたが、そんなことをお構いなしに銃弾が降り注いでくる。爆風などの振動が体を揺らしたが、びびっている暇は無い。15発装填のコルトガバメントのマガジンが空になるまで全弾発砲。そのうちの数発が敵の体を撃ち抜いた。血を吐きながら倒れ、絶命した。
 コルトガバメントの銃口から煙が上がっている。立ちヒザの状態で隆一はしばらくじっとしていた。敵が立ち上がらない、確実に死んだことを確認するとゆっくりと立ち上がった。
 緊張した空気が緩む。ふぅ、と一つ息をついてM4を拾い上げ、マガジンを交換。空になったマガジンをその辺に投げ捨て、倒れた敵からサブマガジンを頂戴した。
 (俺は、人を殺したのか……)
 確かに、あの航空機ハイジャック事件のときに一人殺している。だが今回はすでに6人殺してしまった。それはどう対処されるのだろうか。この場合きっと正当防衛になるのだろう。だが、人を殺してしまったことに変わりは無い。それなりの罰は受けるだろうし、何よりも奪ってしまった命を一生背負って生きていかなければならないのだ。
だがこいつらは……悪だ。何が目的なのかは全くわからないが、悪に決まっている。そう考えなければやっていられない。隆一は、そう割り切ることにした。
 幸い、あれだけの銃撃戦をやったにも関わらず人質に被害はなかった。それがせめてもの救いだろう。とにかく、内科病棟の一階受付ロビーの安全は確保された。ただ一つの問題は、先ほどの手榴弾の爆破音で他の敵が気付きやしなかっただろうか。もし外に敵がいたら? もし他の場所にいる敵が来たら? そう考えるといてもたってもいられない。100人ほどいる大勢の人質が隠れられるような場所は無い。一番いい方法は、外に出て逃げることなのだろうが、外にもしも敵がいたらまずいだろう。とにかく考えるしかない。隆一は人質全員に大丈夫だ、と呼びかけて座り込んだ。人質たちも安堵の表情を浮かべた。


 「派手にやってたなぁ、おい」
 怜治は笑ってそう言った。確実に怜治は隆一の存在に気付いている。なのにこの落ち着きようはなんだ? この余裕の表情はなんだ? 怜治にとって、隆一は脅威ではないということなのだろうか。摩奈は、怜治の態度や表情に、隆一が無事でいられるかどうか不安になった。
 「あー、もしもし。フジワラか? ああ、そうそう。聞こえたろ? さっきの爆音。ああ、頼むわ。内科病棟の1階だ。じゃあな」
 いつの間にか取り出していた携帯電話で電話をしていた。相手は恐らく、今名前があがった“フジワラ”という人物だろう。怜治の言葉から考えると、そのフジワラという人物に、内科病棟一階の受付ロビーであったであろう戦闘の後片付けでもしてもらおうというのだろう。もしかした隆一を始末しろ、ということかもしれないが、そんなことは信じたくもないし考えたくもなかった。

 「何の話してたんだか気になるんだろ? おじょーちゃん」
 摩奈の心臓がドクン、と波打つ。
 「おじょーちゃんの彼氏、秋山隆一いるだろ?」
 それ以上は、言ってほしくない。いや、言わなくても事は起きるのだろうが……。


 「フジワラっていう元最強の軍人。そいつに世間のヒーロー様を殺してもらおうってわけよ」


 摩奈の頭に、その言葉が響いた。そして隆一の命が危険なのだと、改めて思い知った。


 久しぶりの戦闘。お遊びではなく、殺し合い。それもあの世間を騒がせているヒーローさんだ。相手が高校生だろうと関係ない。目の前に立ちふさがるやつは殺す。そいつが強ければ強いほど、血が沸き肉が踊る。愛用のガトリングガンが蛍光灯の光を受けて鈍く光った。
 「秋山隆一。お前はどんな断末魔を聞かせてくれんのかねぇ……」
 フジワラは、不気味に笑った。












【第五話:秋山隆一vs元軍人フジワラ 〜対峙〜】

 なぜ怜治は携帯が使えた?その答えは簡単だ。今二人は内科病棟から外科病棟へと移る連絡通路にいるからだ。連絡通路は外にあり、屋根はあるがそれ以外に外界と遮断するものは無い。電波が届く、ということだ。携帯をあの場で壊されていなければ、どうにかして怜治の手から逃れてここで連絡することができたのに……。
 
だが、そんなことよりも更に気になることが一つ。
 「元……軍人?」
 摩奈の静かな声が、静かな病院内に響いた。今、怜治は間違いなく“元最強の軍人”と言った。どういう意味で最強なのだろうか。たくさんいる軍人達の中で一番強いということなのか。それとも最強の軍と呼ばれるところにいたのか。それがどうなのかはっきりしてくれないが、これだけは言えた。隆一が危ない、と。
 「心配かい、おじょーちゃん? フジワラは強いぜ。なんたってガトリングガン使ってんだからなぁ」
 ガトリングガン。それは銃身をモーターによって駆動させ、サブマシンガンを凌ぐ連射力を誇る連射式兵器。バルカン砲などもその中に含まれる。不発弾に強く、銃身冷却の面でも優れている。大きくて重いため使える者は限られてくるが、最強兵器の部類の中に間違いなく入るであろう強さを誇る。
 怜治がそう説明してくれた。それは親切心などではなくて、隆一が死ぬ、という不安を植えつけるためだろう。その結果、摩奈は怜治の思惑通り恐怖と不安を抱いた。そんなもの持ち出されたらひとたまりも無い。勝てるわけがないのだ。
 「隆ちゃん……」
 摩奈は両手を祈るように握り合わせた。



 外には敵がいるかもしれない。だからといって敵がいるこの病院内に、100人近い人質を放っておくわけにもいかない。そうなったら、やはり外に逃げてもらって警察にでも連絡してもらうしかない。
 「よし……、決めた」
 そう言って隆一は立ち上がり、恐怖に怯える100人の前に立った。人質達の目線は、自分たちの命を一時的であれ救ってくれた隆一に釘付けになった。
 「みなさんには、これから外に逃げてもらいます。外には敵がいるかもしれません。運動神経に自信がある男の人には、俺が今倒した……」
 そこで一度言葉を区切り、親指で先ほど倒した敵を指した。敵は完全に沈黙し、死んでいるだろう。その手にはM16が握られており、腰には拳銃もある。それを使えばきっと乗り切れるはずだ。
 「こいつらの銃を使って戦ってもらいます。他の人を守ってください」
 その言葉に、人質達はざわざわと騒ぎ出した。怖い、本当に逃げられるのか、なんで戦わなきゃいけないんだ。そんな思いが交錯する。周りの家族や知り合い、友人とそんな会話をするため、隆一の「静かにしてください」という言葉も掻き消されてしまう。
 「お前が守ってくれよ」
 そう聞こえた。誰が言ったのかはわからないが、男だ。確かにそう聞こえた。隆一はそれに対して声を荒げた。
 「ふざけんな……! お前ら何甘えてやがる! 自分たちの命ぐらい自分で守ろうとか思えねーのか? こっちはそこまで余裕ねーんだよ……。摩奈を助けなきゃなんねーんだ!!」
 さっきまで騒がしかった人質達が静まり返る。急に大声を出されたことに対して驚きを隠せない。摩奈というのは先ほど連れて行かれた女の子だろう、とまでは何人かがわかった。その子はきっと自分たちを救ってくれたこの男の彼女なのだろう。そこまで考えた者もいた。なのに自分たちはこの男に、秋山隆一に頼りすぎていた。自分の命は自分で守るしかない。それなのに隆一は自分たちを助けてくれた。自分の命が危険になるのにも関わらずに。自分たちは、甘えていた……。
 そんな中、一人の男が立ち上がった。隆一の目の前を通って、今はもう死んでいる敵の前でしゃがみ込むと、その手に銃を取った。
 「こいつで、この銃で戦えばいいんだな?」
 「ああ」
 M16についているショルダーを肩に掛け、隆一に歩み寄る。そして――――
 「俺は戦うぜ。あんたはあの女の子を助けてやってくれ」
隆一とその男は見つめ合い、そしてハイタッチをした。

 そのあとも数人の男が立ち上がり、銃を取った。一人一人が戦う決心をし、銃の安全装置を外した。合計6人の男に連れられて、100人近い人質達は病院から脱出するための一歩を踏み出した。
 先ほど隆一とハイタッチをした男、森井純也(もりい じゅんや)。彼が隆一の運命を変えるとは、この時点では思いもよらなかった。



 エレベーターを一階に呼び寄せる。人質の一人から聞いた話によると、摩奈はエレベーターに乗せられてどこかに連れて行かれたという。エレベーターの案内灯は二階で止まり、その後動かなかったようだ。この病院は二階から他の病棟に移れる。ということは、摩奈は他の病棟へと連れて行かれたと考えるのが正しいだろう。とにかく今は、二階へと向かうしかなかった。
 ただ、このまま馬鹿正直に二階へと行っていいのだろうか。エレベーターは2つしかない。どちらか片方が動いたのを発見され、四方を壁に囲まれたエレベーターに向かって銃を乱射されたらひとたまりも無い。それこそ、飛んで火にいる夏の虫だ。うかつには近寄れない。隆一は何かを考え、エレベーターをもう一台呼んだ。



 エレベーターの案内灯が二つ、一階に移動した。恐らくどちらに乗っているかを惑わすためだろうが、常識を逸した連射力を誇るガトリングガンの前ではそんなものは無意味なのだ。エレベーターが止まったとき、それが秋山隆一の最後だ。
 フジワラはそんなことを考えつつ、エレベーターへ近寄るとドアに手を掛けて、ガトリングガンを持てるほどのその力を使ってドアを思いっきりぶち開けた。両方とも。これでドアが開く時間を待たずに殺せる。さぁ、掛かって来い。秋山隆一。


 「天下無敵のヒーロー様も、流石に勝てねぇよ」

 エレベーターの案内灯が二階を示す。

 「ガトリングガンを装備したフジワラには勝てねぇ。絶対に」

 エレベーターが二階に迫ってくる音が聞こえる。

 「残念だな、おじょーちゃん。心の中でサヨナラしとけ」

 チン、という音とともに片方のエレベーターが二階に止まった。それと同時にフジワラはガトリングガンを乱射する。撃って撃って撃ちまくった。ガトリングガンの爆音が内科病棟全体を揺らす。
だが、おかしい。秋山隆一の断末魔が聞こえない。秋山隆一の肉が裂け、血が噴出すときのあの音が聞こえない。いくらガトリングガンの音が大きいとはいえ、おかしい。
 そのとき気がついた。片方のエレベーターは止まっているが、もう片方は止まっていない。三階で止まっている。そして二階へと降りてきた。
 (時間差か……!)
 フジワラは再びガトリングガンのトリガーを絞った。また爆音が響き渡る。だが――――
また声は聞こえない。手ごたえが無いのだ。一体なぜ……?
 ガトリングを撃つのをやめて様子を見る。エレベーターは止まったままで、中にあるのはガトリングガンの銃痕だけ。
 (階段か!?)
 階段を見るが、それらしき影も無い。一体、なんなのだ? どこから来る? フジワラがごくりと唾を飲み込みながら階段のほうをじっと見据える。
 そのとき、一度上へ上がり、そして降りてきたエレベーターが一階へと降り始めた。

 「やっぱりいたか」

 その声がフジワラの耳に入った。エレベーターのほうから。
 次の瞬間、フジワラの腹部に衝撃が走った。消音器で極端に小さくされた一発の銃声とともに。
 痛みに耐えてエレベーターのほうを振り向くと、上から降りてきたエレベーターの中には乗らず、その“外側の天井”。そこに隆一の姿があった。簡単に言えば、家の屋根に乗っている感じだ。

 「俺の勝ちだ」
 その声とともに、もう一発の銃弾がフジワラの左胸を貫いた。











【第六話:外側の攻防】

 国立中央病院、駐車場。今のところ敵の姿は見かけない。中央玄関から50メートルほど進み、あと100メートルほど進めばこの病院の敷地からは抜け出せる。だからといってそれで安全になるわけではない。もし敵がこの敷地内にいるのなら、この病院自体から離れなければならないのだ。ただ逃げればいいわけではない。離れなければならないのだ。
 そのことを頭にいれ、森井純也は100人の先頭に立って歩き続けた。時折風や野良猫がガサッと木や草を揺らし驚いたが、何とか平常心を保ち続けた。この状況で平常心を保っていられることは賞賛に値することだ。普通なら頭がおかしくなってしまうだろう。それを純也はなんとか堪えていた。M16を持つ手にも力が入る。汗でトリガーが滑りそうになる。ここまで緊張したのは、21年間の人生で初めてだろう。とにかく、このまま何も無いことを祈るばかりだった。

―――――だが、それも叶わぬ夢だった。
 車の陰から何者かが発砲。純也には当たらなかったものの、銃を持った他のメンバーに被弾し、純也を含め6人のうちの3人が早くも死亡した。頭を貫かれたもの、顔面を壊されたもの、首を撃たれて頭部がコロコロとアスファルトに転がったものもいた。その引きちぎられた首から上を見て悲鳴を上げる人質達。100人の人質はそれぞれが混乱してしまい、わけもわからず走り出してしまった。向かう先は駐車場の出口。つまり敷地からの出口だ。走ったことが幸いする、という可能性も考えられる。だが、人質達が走ろうが走らなかろうが、敵にとっては関係なかった。出口まであと30メートル程度のところを、先頭を走る若い男性が通り過ぎた次の瞬間に、爆音とともに火柱が上がった。
 「……!!」
 爆弾だ。アスファルトのため爆弾の姿は隠れていなかったが、走っていたためにそんなものは目に映らなかった。
 前言撤回。人質が走っても走らなくても関係ないのではない。走ったほうが敵にとっては都合が良かった、ということだ。そのために敵は銃を乱射するのではなくて、たった3人だけを殺したのだ。銃弾がもったいないとでも言うのだろうか。爆弾は目に見えるため避けられたらそれでおしまい。だが銃弾は、どんな動体視力を持っていても見ることができない。だから敵は爆弾を使い、銃弾を温存したのだろう。
 一つの爆発が数々の誘爆を引き起こし、100人いた人質はたったの7人まで減ってしまった。純也以外に銃を持っているのはあと1人。田中敦(たなか あつし)という25歳の男性だけだった。
 先ほどの発砲音からして、敵の1人がどこにいるかはわかった。駐車場に止まっているMAZDAのMPVと呼ばれるミニバン。その影から敵の1人が狙っている。それにすぐ気がついた純也は物影に身を隠した。敵が何人いるのだろう。敵はあと他にどんな武器を持っているのだろう。もしかしたら自分たちはすでに囲まれてしまっているのではないか。様々な不安が純也の頭をよぎる。こちら側で戦える人物は、自分を含めてたったの2人。できれば相手の数がそれより少なければいいのだが、そんなことまずないだろう。とにかく今は、戦うしかない。純也はM16を握り締めた。


 エレベーターが一階に到着する。天井にある通気口を突き破って中に入ると、開きっぱなしになっているドアから降りた。先ほど見たばかりの風景が目の前に広がる。割れた蛍光灯、死んだ敵、そして血の臭い。受け付けロビーに充満した血の臭いは強烈で、鼻にツンと突き刺さってくる。ロビーの中心にでかい空気清浄機でも置いてやりたいくらいだ。あまりの臭いに頭がクラクラするのだから。だが、その臭いの原因は自分が敵を殺したから、だ。殺さずにいればまだマシだったかもしれない。いや、傷つけなければ血の臭いなどしなかったはずだ。自分は人の命を奪ってしまったのだ。自分が、死んだ彼らの人生を、未来を奪ってしまったのだ。
 違う。こいつらが悪い。自分があそこで戦わずに逃げたりしていたら、100人近い人質が死んでいたかもしれない。自分が戦ったから人質には被害がなかったのだ。自分を信じよう。そして今からやるべきことを考えなければ。
「森井……だったか。あの男」
 自分の代わりに人質を守って戦うと言ってくれたあの男。もう死んでしまっただろうか。それとももう逃げ切っただろうか。それを確認するのと同時に、もし戦っている最中ならば加勢する。それが今自分にできることだ。今から二階に戻って別の病棟に移動するのは賢明とはいえない。先ほどのあの男。ものすごい連射力のあの銃をまともに喰らったらひとたまりも無い。エレベーターでも階段でも危険だ。だがそれ以外に二階に行く手段も無い。今はとりあえず外に逃げた人質達を完全に逃がすべきだろう。
 隆一は二つの自動扉を順番に開けて、外へと出て行った。


「フジワラさん、大丈夫ですか?」
敵の一人がフジワラにそう問いかけると、フジワラは片手でOKと合図をして左胸の治療を行った。近くにある部屋から手術用のメスを持ってきてライターで消毒する。それを銃で撃たれた傷に突き刺して銃弾を探す。痛いなどとは言ってられない。もしその銃弾が奥に入ってしまえば、致命傷になる危険もあるからだ。
そもそも、フジワラに痛いという感情はなかった。小さい頃親から酷い虐待を受けていたため痛みに慣れ過ぎてしまい、“痛い”という感情が欠落してしまっているのだ。そんなことが実際にあるのかどうか信じられないが、実際にフジワラはそうなのだ。軍にいたときにどんなことがあっても、フジワラは「痛い」という言葉を一度も発さなかった。武装集団を鎮圧する任務を一度請け負ったときに、敵の銃弾がフジワラの左耳を打ち抜いたときも、どんな時も……。
「これで終わったと……思うなよ。秋山隆一」
 フジワラは34歳だ。今は特に何も仕事をせずに暮らしている。傍から見れば平和な男だろう。だが5年前までは世界最強と謳われたこともあるあのアメリカ軍に所属していたのだ。その中でもトップクラスの怪力を誇り、成績はいつも優秀だった。誰からも一目置かれる人物であったことに間違いはないのだが、人望がなかった。痛みがないため何も恐れないのはいいのだが、それが普通だと思ってしまい仲間や部下に無理なことを命令し、それを実行できなかったものには罰を与えてしまっていたのだ。そしてある時、フジワラは仲間を一人殺した。罰がエスカレートしたことが原因らしい。それが、フジワラが軍を辞めることに繋がったわけなのだ。
 とにかくフジワラに痛いという感情は無い。そして頭に血が上ると、たとえ仲間でも殺してしまうほどの凶暴性を持つ。隆一は最凶の男に目を付けられてしまったのだった。


 二度、三度。銃声が鳴り響く。といってもサプレッサーと呼ばれる消音器によって音を最小限まで抑えられているため爆音というわけではない。だがそんな小さな音も、いくつも重なれば大きくなる。つまり、玄関から出たばかりの隆一にまで聞こえてくるということは、それだけの数の小さな銃声が重なっているということだ。
「やばいな。戦ってんのかよ……」
隆一はM4のマガジンに弾が入っていることを確認してから、銃声の聞こえるほうへと向かって駆け出した。
2004/08/04(Wed)21:37:07 公開 / 紅い蝶
■この作品の著作権は紅い蝶さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ZZ-Mx(ズィーズィーエムエックス)は空想上の物ですので、その辺の理解をお願いしますね^^;


今回はちょっと短いですかね^^;すみません。
謹慎は解けたのですが、謹慎中にできなかったことを色々とやっているために時間がなく、最近は更新することができませんでした。ごめんなさい。

なんだかんだいって、この夏休みは結構忙しいので、更新するのが少し遅くなりますが、せめて4日に一話くらいは更新できるようにがんばりたいと思うので、よろしくお願いします。
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