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創作小説 投稿掲示板『登竜門』 『無題』
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- 『無題』 作者：狂都大学文学部 / 未分類 未分類
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全角3909文字美とは。性欲の延長である。
容量7818 bytes
原稿用紙約12.8枚
いまはもう記憶の底に沈んだ硝子片のように朧げなあの事件。今の私がそれを
思い出すことは困難であるし、もしかしたら夢なのかも知れない。だが私の性癖
にくっきりと歯型を遺して…それは…直ぐに去って行った。今でもやはり信じら
れない。だが一部一部鮮明に…それは残る。
尋常高等時代の私は、ひねくれものではあったが皆と同じくあかるい奴らだった
。唯時々私はふかく思案に耽ったり、美しいものをみるとそこから動かなかった
りするという難癖があった。だから友達は少なかったし、卒業前は気付けばいつ
も一人だった。
そんな私が薬師院への進学を決心した頃の話だ。
「あのね、二階堂、来月学校に軍人がくるだとさ。」
「ぐんじん…?」
「うんにゃ。軍楽隊が来るだとさ」
日だまりの中で蝶の死骸を凝視していた私に、挨臭い鼻垂れの男子がにゃっと微
笑んで言った(こいつの父親はたぶん空軍だったような気がする)
「おみゃあ楽器好きだろ。喜べよ」
鼻垂れはそう言うとケラケラ笑って走り去った。
確かにいつも私は行進曲やらオーケストラの類を父のレコードで聞いていた気が
する。家は倉持の小金持ちだったので、私はそのような興味を持てたのだ。オー
ケストラの楽器を全て言えるのはクラスの中で音楽院に進学希望の女子と、私だ
けだった。もっともその女子は私の様に硫酸銅と緑青の違いなんて述べることが
出来なかったが。
鼻垂れの話が真実である事は、先生の口で証明された。
「つぎの月曜日の午前は、陸軍予備校の学生音楽隊の皆様が演奏会を開いて下だ
さいます…」
ぼんやりとそれを聞きながら、私は窓の外を眺めていた。レコードで聞いたティ
ンパニの音が、耳に強く残る。
軍楽隊か…
二拍子以外に、彼等に要求するものはないと私は決め付けた。それは銅の化合物
が青色以外の何も色気を示さないのと同じであった。
多分その日の空は曇りで、雨をじっとり含んで灰色だった。私は雨が好きだ…寒
くなるからだ。
月曜日は直ぐに来た。
記憶が不鮮明になっても…あの空だけは忘れない。焼け付き、不快な日差し。私
が一番嫌いな、秋晴れ。ああ暑い。一年の半分が梅雨で、もう半分が秋雨だった
らよかったのに。わたしは太陽にガンを飛ばしたが、眩しいそれはいともたやす
く私を説き伏せた。太陽は強いよ、そうだよ。だからもういいさ、私なんて。そ
の頃全校生徒は講堂に詰めこまれて、カーテンを凝視していただろう。今か今か
と待ち侘びて。だが私は講堂にいなかった。私は軍楽隊を聞きたくてしようがな
かったはずである。生まれて初めての生の楽団である。行かないはずはなかった
のだが、なぜか私は人っ子一人いない校庭で太陽と喧嘩していた。それだけは鮮
烈に覚えている。何時間も日なたを見たり、日蔭と日なたを見比べたりしていた
。また死骸を探してみたり、あてどなくふらついていた。何万年もの、鮮烈な幻
の中で、何時間も、灼熱の幻の中で。だからあれは幻だったのかもしれない。だ
が幻にしてははっきりとしすぎているし、悲しいことに現実だとするとあれはぼ
んやりとしすぎていた。鮮烈で灼熱の、私の夢かもしれない。だが目覚めた痕跡
はどこにもない。
日なたにいると、キイキイ音がした。カミキリムシが、足元に落ちていた。斑の
衣裳をきて、日なたをうごめく。
私はそれを手に取り、乱雑に投げた。不器用な斑は、残暑をきってよたりと飛ぶ
。追い掛ける私。斑は随分衰弱していて、子供の足で追いつけた。またぽとりと
地に落ちキイキイ悲鳴を挙げる斑を私は蹴り上げて、残酷な空中に復帰させた。
しばらくして、斑は息を引き取った。斑は私を見て、キイキイなきながら引きと
った。睨んでいて、それでこそ虫は誰も憎まないだろう。彼等はいつ死ぬか人間
より解らないのだ。その点で悟りを得ている。死骸は高貴で、遺さず蟻に献上さ
れる。
私はその輪廻を思いながら、気付いたら中庭にいた、講堂裏だ。その時、気流
だろうか、例え様もない熱風が私のすねに当たったのを覚えている。暑いわ…わ
たしは木陰に逃げた。講堂裏は大きなたぶの木が植えてあって、まだその葉はさ
んさんと木漏れ日を編んでいた。そしてその周りにも大樹が点々と木陰を編んで
いたのだ。私は大樹の一つに身を隠しその熱風を払った。ここは涼しい。木陰は
建物の影より涼しいのを知っているかな?葉の蒸散作用が働いているのだ。涼しい
。私は、あのたぶの木よりはずっと小さいコナラの木の影にいたんだと思う。だ
がそれも確かではない。そして、ほぼ機械的に、背にしていた木の方へ振り向い
た。たぶの木の陰に気配を感じたのだった。毛穴が少し開くように。私は息を殺
してゆっくりと振り向いた。視覚は緊張のため殆ど無くなり、ただ耳だけが冴え
る…演奏は終わったようだ。ああ。私は何をしていたのであろう… 衣擦れの音が
した。遂に視覚が戻ってきた。想像してみたい。青々と影を作るたぶの木、足元
にはさっきまで生きていた巨大化した蚊のような斑の死骸。耳を壊す残暑の蝉と
ともに、額を流れる一筋の汗。日な
たは小島の様な木陰を遮る海の様にたゆたっている。そしてたぶの木の小島の中
に…影の幕の中に包まれていた
軍服を着た一人の、女。
汗が地面に落ちた。
美しかったのだ。
漆黒の詰襟に錦糸の肩飾で、腕章に金の半分西瓜(遠くからだとそう見える。テ
ィンパニイなのだが)金ボタンはなく、裏留め式らしい。白い手袋をくわえて涼ん
でいた。黒と金のまばらが美しさを引き立てていた。統率の黒に軍刀の金だ。あ
れは。彼女が女ということは直ぐに解った、男子には不自然なその胸の膨らみと
、少し悩ましげなその顔。だが本人としては男に近づきたかったのかも知れない
。まず背が高かった。肩につくかぎりぎりまで切った髪。エラの少し出たキリリ
とした顔立ちに、薄い眼鏡をかけていた。私の中のなにかが、ゆっくりと膨張し
てゆくのが解った。それは熱を持ってじわりと、内側から肌に近づいた。それは
私を内側から辱めて、私の胸や、足の付け根に変な感覚を起こさせた。熱い。私
の中になにかが生まれた。なんなんだろう。ああ彼女を見ていると。おかしくな
ってくる。下半身が、浮き立つような、開くような。彼女は美しかった。たおや
めぶりの女らしさが黒い軍服に縛られていて、それが頬の紅となって溢れ出して
いる。彼女の首筋を、頬を、私の視線が舐め回している。まだ彼女は涼んでいる
、それほど熱い演奏だったのか?
ギリンガムのティンパニイか?熱い。カミキリムシの呪言が聞こえる、私は一旦視
線を外した。溜息をつきながら、青空を眺める。熱い。
熱くて、死にそうだ
衣擦れが聞こえた。私は嫌な予感を感じて、急いで振り返った。それは崩壊しか
けた私の性(さが)を崩壊させてしまうなにかだったはずだ。私は恐くなった。だ
が直ぐに振り返りたかった。
きっとそれは、本能というものだろう。
私は、気付いたら凝視していたのだ。
熱かったのかもしれない、彼女は軍服の裏留を外していた。そして、彼女は周り
に人がいないか見回して(そのとき私は鳥肌が出ていた)軍服を、ゆっくりと脱い
だ。汗のしみた黒い布を私は見ていた。永遠の時間がそこで流れた。女は白く眩
しいYシャツを下に着ていた。残暑の九月。熱いはずである。だからといって、あ
なたは曝すのですか?この私に。その肌を。そしたらわたしは本当に変人になって
しまう。その瞬間に。熱くて、熱くて、蝉が鳴いているこの九月に。そしてつい
に、熱かったのだろうか。女はついに上半身を露にして、白い手袋を扇のように
して仰いでいた。私は無音を心掛けていたが、その羞恥と統制の狭間にたゆたう
軍楽隊の女の、木漏れ日を受けた半裸に思わず息を音立てた!
彼女が目を細める。
書くまでもない心臓の音が、今更激しくなる。
軍人が、その透き通った低い声で、コナラの木を見据えて言った。
「見たね。」
何万年も、そこで時が停まっていたんだと私は信じる。
体中の血液が、透明になった気がした。
何万年も
灼熱で鮮烈の
幻の中で。
彼女は私を睨んでいた。静寂が訪れてもう千万年は経ったのかも知れない、数え
切れないほどの年が、ゆっくり、ゆっくりと流れている。まだ少女の紅をのこし
た、乳房に当たるあの木陰よ。お前はいつになったら老いるのか?
冷たい風が、吹いた。
「なんだ。女か」
彼女は言った。
私と、その軍服の君を縛り付けていた糸が、一瞬で切れた。彼女は少し笑って、
素肌の上に軍服を羽織った後、私の元にゆっくり近づいていった。するとあたか
も姉妹が如く、語りかけた。
「あたしね、軍楽隊で小太鼓やってるのさ。聞けなかったのか、お前さん迷子か
ね、それとも…音楽は嫌いかね。」
私は答えなかった。
私は直ぐに、真っ赤な顔をして走り出した。
私は許されたのであろうか?脇目も振らず走りながら思った。そのまえに私は罪
を侵したのであろうか?十才の頭でそれを考えるにはぎりぎりだった。私はあの女
に…乳房を、脇腹を、そして腕を見られた女に…罪を犯し、そして許されたので
あろうか?そして私は何故許された、私は女だからか?女だとそれは許されるのか?
なぜだ、そして私は彼女に何を思ったのか、あの下半身を襲った。快感とも恐怖
ともつかない…
私は。どうなってしまっただろう。
あの女は、私を許した。女だからだ。
だが彼女は知らない。
…女でさえ、私のような罪人が、含まれていることを!
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2004/07/19(Mon)18:24:17 公開 / 狂都大学文学部
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