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『ナナの生き方 2』 作者:笑子 / 未分類 未分類
全角7818文字
容量15636 bytes
原稿用紙約25.3枚
ナナ、生きるってこういうこと

 はじめて二人が出会ったとき      部屋の片隅で
 あなたと話をして           あなたが嫌いでした
 まだまだ子供で            世間を知らない私を
 初めて甘やかさずに私に接した     あなたが嫌いでした  
 怖くて震えていた私に         あなたが言ったこと
 慰めるのではなく           突き放すでもなく
 当たり前なのだと           誰もがそうなのだと
 顔を上げた私に            初めて微笑んでくれたあなたが
 その日から              私の目標になりました
 あの日のあなたの微笑みは       いつまでも忘れません
 あなたが死んで 私も死んで      思い出とともに滅んでも
 この空が赤くなり           星がきらめいて 
 次の日はまた青くなって        それが永遠に繰り返していく
 それがあなたが私に          残してくれた宝物なら
 あの空の青さを            私は忘れません



1 出会い
 
 その日、屋敷は九条家のご令嬢、九条ナナの誕生日パーティーの最終準備のため朝から大騒ぎだった。ナナの父源三は現村中内閣の経済省大臣であり、母早苗(さなえ)はN・Yに本店を持つ大手商社の一人娘だった。両親の英才教育のもと幼いころから日舞にバレエ、ピアノ、英会話をこなしていったナナは22歳になるころには典型的なお嬢様へと成長する。だれもが彼女を幸福者だと羨んだ。年を経るごとにナナの心を徐々に大きな不安が占めつつあることに、両親とたった一人の兄章吾(しょうご)を含め気づく者はいなかった。

「頼む! 雄一(ゆういち)! 一緒にパーティーへ来てくれ!」
 川崎信二はこの日、朝から夕方にかけてたった一つの頼みごとを、友人に全身全霊をかけてお願いしていた。
「一人で行けばいいだろう……。大体、僕は彼女に招待されてないし、彼女と口を聞いたこともない。招待されたのは信二なんだから、信二が自信を持って行けばいいじゃないか」
 雄一はいい加減うんざりして、信二と距離をつくり、リュックにノートをしまい始めた。二人は東京の私立K大の工学部の4年生で、昨日から実験のため大学に泊り込んでいた次の日のことだった。
「お前だって、ナナちゃんかわいいねって言ったら、そうだなって言ったじゃねーか!」
 信二は再び雄一との距離を詰めて、今度は逃げられないようにリュックをはしっとつかむ。
「何年前の話だよ……それ」
「ごまかすな! お前の好みを俺はちゃんと把握している! ナナちゃんは明らかにお前の好みだ!」
「お前……彼女が好きなんじゃないのか?」
「だって! 俺みたいな庶民が一人でナナちゃんのパーティーへ行ってみろ! 笑いもんにされるじゃねーか……」
「お前のどこが庶民なんだ。月50万も親から仕送り受けてるくせに」
 雄一がリュックをつかむ信二の指をぎりぎりと引き剥がす。いてっと悲鳴を上げて信二は手を離した。
「そんなレベルの家じゃないんだよー。頼むよ、庶民代表……俺と一緒に笑われてくれ!」
 信二はパンッと手を鳴らして両手を顔の前でこすり合わせた。
「笑われるのが嫌なら行かなければいいじゃないか……」
 雄一はため息をついた。
「……これを見てくれ」そう言うなり信二はきりっと姿勢を正し、椅子に直る。
 雄一はちょっとびっくりしてその様子を見守った。
 信二はズボンのポケットの中をゴソゴソと掻き回し、やがて小さな青いケースを取り出した。
「これって……」雄一は思わず息を呑む。
 信二は真剣に頷いてそのケースを開けた。中には小さなダイヤのついた金色のリングがキラキラとその存在をアピールしている。
「一生の頼みだ、雄一。頼む」
 さすがにそれ以上、雄一は信二の頼みを断る事が出来なかった。

 ナナの誕生日パーティーは予定通り盛大に行われた。まず彼女の両親がパーティー開始の演説をし、その後彼女が壇上で感謝の言葉を述べ、それが終わると真っ白なテーブルクロスの上に、雄一が一生縁のなかったであろう料理の数々が何人ものボーイの手によって運ばれた。
 信二といえば、壇上を降りたナナのほうをチラチラと見てはもじもじしていた。
 彼女は白いサマーロングドレスにピンクの花をあしらい、長く黒い髪をゆるく結って肩に流していた。
「おい、演説はもう終わったぞ。いけよ」雄一は笑いながら信二の背中を押した。
「だっ駄目だ……ナナちゃん、可憐過ぎる……。俺なんかが近づけるオーラじゃない」
「指輪まで用意して何言ってるんだ。向こうだって同じ人間なんだから、引け目に感じることはない」
 雄一はすっかり引け腰になってしまっている信二の腕をつかみ、彼女に近づいた。

「わわわっ。雄一、頼む、ちょっと待ってくれ……」
「誰が待つか。お前は時間があればあるほど逃げ腰になるタイプだからな。今日、俺が誰のために庶民代表と笑われたと思ってる? ほら、俺を結婚式に招待するんだろ? 決めたことは実行して来い」
 そう言って雄一はにやりと笑った。
「わ……わかった……」
 信二は冷や汗を浮かべながらも襟を正し、ナナのところへ歩いていった。その少し後ろを雄一が続く。
「ナ……ナナさん」信二は乾いた声で後ろから彼女を呼んだ。
 後ろに垂らされた長い髪がふわりと揺れ、フラワーコロンの香りとともに小さな白い顔が振り返る。ぱちっと開かれた瞳が信二をじっと見つめ、それからゆっくりと微笑んだ。
「川崎さん、来て下さったのね。ありがとうございます。今日はゆっくり楽しんでらしてね」鈴が鳴るような声だった。
 エンジェルというものが本当にあるのなら、きっと彼女のような容姿をしているのだろう。少なくともこの瞬間、信二はその妄想を固く信じて疑わなかった。
「あ……は、はい」間抜けな返事を返す。
 しかしナナは誰かに呼ばれ、会釈をするとそっちへ行ってしまった。
「バカ、追えよ」呆然と立ち尽くす信二の背中を雄一が慌てて押す。
 しかし信二は動かない。雄一は眉をひそめ、信二の顔を後ろから覗き込み、はっとした。
 信二の顔は、燃え盛る太陽の如く真っ赤だった。
「雄一……俺はやるぜ。男を見せてやる……」
「待て。そのやかんのような顔で行くのはまずいんじゃ……」今度は雄一があせった。
 信二は雄一を無視して歩き始めた。一直線に、彼女に向かって。

「ナナさん!」

 その大声に、会場内はシーンと静まり返った。雄一は耳を覆いたい衝動に駆られる。
 びっくりして立ち止まったナナに、信二は堂々と歩み寄る。
 そしてスーツのポケットの中をゴソゴソと掻き回し、それを取り出した。
「川崎信二、あなたが好きです! 俺と結婚してください!」
呆気にとられ、息を呑む会場。小さな口をぱかっと開き、驚きを隠せないナナ。真っ赤な顔をして小箱を差し出す信二。そして心の中で絶叫している雄一。
 その間は残酷なほど長かった。
 そしてその間を破ったのは、他の誰でもないナナの一言、いや一笑だった。

「……ふふっ」

そのまるで小悪魔のような笑い声に、はっと信二は顔を上げる。
「ナ……ナナさん?」
「ふふふっ……ふふっ……あははっ……」とうとうナナは腹を押さえて笑い出した。
 雄一は驚きのまなざしでナナを見つめていた。
「信二さん、あなた私の何を知っているっていうのよ?」ナナは一しきり笑った後、信二を嘲笑するように見上げて言った。
「俺は……」信二は面食らったようにうろたえる。
「私を誰だと思っているの? 身の程をわきまえなさい!」リンとした声が会場内に響く。
 信二の身体がびくっと震えた。誰もこんな展開を予想しなかった。雄一でさえ、最悪でも困ったようにごめんなさい、と断られるくらいだと思っていた。
 何も言い返せないでいる信二を、ナナは更に畳み掛ける。
「あなた、家柄はどの程度でいらっしゃるの? 学校にはいくら寄付金をなさって? 大学の成績は? もちろん英語にフランス語、ドイツ語に中国語は話せて? 私と結婚するってことがどれだけ重大なことか、あなたわかっているの?」
 信二はいまや、気力で涙を堪えている状態だった。
 力の抜けた指先から、ポロリと小箱が転げ落ちる。
 ぱかっと開いた小箱から、ダイヤのリングがちらりと顔を覗かせた。
 ナナはその指輪に目を留める。
「あなた、まさかこんな小さな石ころを私の指にはめるつもりでしたの?」
 決定的な一言だった。
 くすくすっと周りから笑い声が起こる。
 信二は恥ずかしさと怒りで失神しそうだった。そして、怒りで実を振るわせた男がもう一人いた。

「そんなの、全部君自身の力じゃないじゃないか」

 この中で信二の味方をしようとする者は恐らく、彼一人だった。会場内にいる誰もがその声がする方向に目を向けた。
 ナナもその声を発する人物をまっすぐに見据える。
「何ですって?」ナナの眉がぴくりと動いた。
「家柄も、学校に寄付金を払っているのだって君の両親だろう? それに、信二は英語とドイツ語は話せるよ。フランス語と中国語は話せないけど、スペイン語でなら本が書ける」
 信二は目を見開いて雄一を見つめた。
「……あなた、名前は?」ナナは目を細めて聞いた。
「堀田雄一」雄一はまっすぐにナナをにらみ返す。
「そう、雄一さん。では、お聞きしますがあなた、私と信二さんが釣り合うと思って?」
「思わない」雄一は即答した。
 ナナがそうでしょう、と深く頷く。
「君に信二はもったいない」雄一の一言に、周りで悲鳴が起こった。
 ナナの目が、怒りの色をおびた。他人にここまでこけにされたのは初めてだ、とそのオーラが強く物語る。
「あなた、私を侮辱しているの!?」
「僕は誰も侮辱なんてしない。僕の言葉が侮辱に聞こえるのなら、それは君の心にやましいことがあるからだ」
 ナナは唇をかんだ。
「私を馬鹿にして! 黒沼!」彼女が呼ぶと、一人のタキシードを着た初老の男が姿を現わす。
「彼をお家までお送りして!」
「かしこまりました」
「悪いけど、僕はバスで帰るから結構だ」
 雄一は近づいてくる黒沼を威圧するように言った。
「バス? バスですって?」ナナは思い切りバカにしたような笑いを漏らした。
「さすが、信二さんのご親友は違うわね。もしかしてここにもバスで来たのかしら?」
 信二はうつむいたまま動かない。
「君、バスに乗ったことあるの?」雄一は尋ねるように言った。
「あるわけないでしょう」ナナはそれを鼻で笑う。
「バスがどんなものか知ってる?」
「知らないし、興味もないわ」
 そこまで聞いて、雄一は初めてにっこりと微笑んだ。
「何よ」ナナはその理由がわからず、不快感を顔に出す。

「人間として一番恥ずかしいことはね」雄一は微笑を絶やさない。
「知りもしないものを初めから馬鹿にしてかかることだよ」

 ナナの顔が引きつった。雄一はナナに一瞥をくれると信二の腕を引いて出口に向かう。
「待ちなさい!」後方からナナの声が響く。
 雄一は軽く顔だけ振り返った。
「私をコケにしたこと、絶対後悔するわよ!」
 ナナの声は怒りのあまり掠れていた。
「後悔させるのは君の力? それとも君のご両親の力かな」
 雄一はそれだけ言うと、さっさと会場を後にした。
 嵐が過ぎた後のパーティーは、ほどなくして以前のざわめきを取り戻す。
 ただし、ナナの心に吹き荒れた嵐は止むことがなかった。
 堀田雄一、何度もその名前を心の中で繰り返す。

 ―――堀田雄一なんて大っ嫌い!

 それが、ナナの雄一の第一印象だった。

2 ナナの賭け事

 たった一言が 私の全てを縛り付けた
 たった一言が 私の全てを解放した
 

「雄一、昨日はすまなかった」
 翌日の朝、信二は机の横で雄一に土下座した。
「何で? 別にお前は悪くないだろう」
「俺のために、ナナちゃんと喧嘩なんてさせてしまって……」
 そこまで言って、信二は目に涙を溜めた。
「お前のあそこまで言われてまだ“ナナちゃん”と呼べるタフさには正直脱帽だよ」
 もうすぐ授業が始まる。雄一は教科書を広げて今日の範囲を確認し始めた。
「俺が、ショックで落ち込んでさらには怒り狂って、最終的には情けなさのあまりに涙を流さなかったとお前は思うのか?」信二の声は多少、芝居がかっていた。
「いや……」雄一は微笑んだ。
「で、俺が感謝の言葉ではなくここまで謝っているのにはな、ちゃんと理由があるんだ。こら、授業どころじゃないぞ。ちゃんと聞け」
 そう言って信二は雄一の蛍光ペンを取り上げる。
「何だよ。試験近いんだから邪魔するなよ……」
 雄一は蛍光ペンを取り返そうと手を伸ばした。

 そのとき、教室内がざわめき立つ。
 二人は顔を見合わせてその中心へと目を向けた。
「あー……説明する手間が省けてしまった……」信二がぽりぽりと頭を掻く。
「な、何で彼女がここに……?」雄一が信二の腕をつかんだ。
「彼女の負けず嫌いとプライドの高さは天下一品だから……」
 そんな間にも、彼女は軽やかに、しかし威厳の満ち溢れた足取りで二人のところへ、いや、堀田雄一のところへ歩いてくる。
 ナナは綺麗に梳かれた髪をおろし、オレンジの花を飾っていた。昨日の真っ白なサマーセドレスとはうって変わり、明るいオレンジ色のすましたスーツに身を包んでいる。スカートからは細く伸びた白い足が仁王立ちになっている。

「堀田雄一」

 凛と鳴る鈴の音が、今は攻撃の色を帯びて雄一に食って掛かる。
「何」雄一もその剣幕に警戒を示し、思わず声が低くなる。
 教室中の視線が二人に集中した。
 
「今度の中間テスト、私と勝負なさい」

 シーンと静まり返る教室内。ポカンとした顔をする雄一。心の中で絶叫し、顔を覆っている信二。
「何故?」雄一は驚いた表情で彼女を見つめた。
「昨日あなたが私を侮辱したからよ。あれだけ大口叩いといて、まさか逃げたりしないわよね?」
 そう言ってナナはふふんと鼻を鳴らす。
「あー、そういうこと……」
「それに、テストで親の力は関係ないでしょう?」
 ナナはにやりと笑って雄一に詰め寄った。
「確かに……」
「決まりね。今からテストが楽しみだわ。では御機嫌よう……」
 唐突ににこりと微笑むと、ナナは雄一にくるりと背を向けた。
「もし、負けたら罰ゲームとかあるの?」
 雄一がその背中に問いかける。
 ナナは顔だけ振り返って微笑した。
「そんなものいらないわ。あなたが私に負けた。それで十分よ」
 そう言ってナナはさっさと教室を出て行ってしまった。

「…………」
「……雄一、すまん」再び手を合わせる信二。
「なんか、負けたら悔しいね」雄一はそう言って微笑んだ。
「お前は絶対負ける」信二が即答した。
「何故?」雄一が眉をひそめる。
「ナナちゃんは1年から4年の今に至るまで、テストで100点以外を取ったことがない」
「…………」
「お前が全力を振り絞って最高でドロー。だがお前にそれができるか?」
「何だ、彼女努力家なんだね。ただのお嬢様だと思ってた」
 雄一はうんうんと頷き、テキストにマーカーを走らせた。
「注目すべきところはそこかよ」
「さて、いい機会だから俺も真剣にテストに取り組む事にするよ。ほら、信二邪魔するな」
「取る気か? オール100……」信二が目を見開く。
「もちろん。でも、努力することが大事。これは逃げのセリフだけど……。精一杯やるよ」
 雄一がそこまで言ったところで、教授が教室に入ってきた。

 九条家の屋敷では、今日も夜の晩餐が行われていた。夕食の席にはナナの父源三の知人が、本人が留守にもかかわらず、ともに食事を取ることになっていた。
「あれ? 母さん、ナナは?」
 章吾がナナのいない席を見てつぶやく。
「テストが近いんですって」早苗が微笑む。
「だからって……食事まで別にすることはないじゃないか」章吾がさみしそうな声を上げた。
「絶対に負けなれないテスト、らしいわよ」
「どうせいつも満点しか取らないのに……」
「ナナの好きにさせてあげなさい。それより、あなたのほうは最近どうなの?」
 二人の前に、ボーイがディナーを運ぶ。大きな白い皿の上に乗った鱸は、ナナの好物だった。
「そうそう、それで忘れてたけど来週、お祖父さんに呼ばれてN・Yまで行ってきます」
 章吾はナイフとフォークで鱸を綺麗にわけた。
「まあ、それはおめでとう。頑張ってお父様の跡を継げるような働きをしてくださいな」
「努力するよ」
 章吾は鱸を一口食べた後、グラスに入った赤ワインを一気に飲み干した。

 深夜2時。ナナはまだ机の前にいた。

 ―――あの男にだけは負けられない。

 ナナは時計で時間を確認する。あの男も今、必死に勉強しているのだろうか。

 ―――完璧を目指すだけ。いつもどおりやれば、100点以外取るわけないんだから。

 なぜか胸いっぱいに不安が広がった。あの男に負けると思ったわけではない。

“それって、全部君自身の力じゃないじゃないか” 
“人間として一番恥ずかしい事はね、知りもしないものを初めから馬鹿にしてかかることだよ”

 まるで君は世間知らずだ、と言わんばかりの口ぶりだった。
 ナナはその言葉、表情を思い出して歯軋りする。今まで、誰一人としてナナを馬鹿にするような発言をした人はいなかった。自分をライバル視してくる者との勝負には尽く勝ってきた。家柄も、金も、学歴も、成績だって。九条家の令嬢として恥ずかしくないように、兄にも負けない努力をしてきた。
 ナナは強くシャーペンを握り締める。

 ―――あなたに、私の何がわかるって言うのよ。

 その日、ナナは朝まで机にかじりついて勉強した。
 
 それから一週間後、とうとうナナのプライドを賭けた試験が始まる。

 
 中間試験の当日、ナナはフラフラした足取りで食事の部屋に入った。ただし、勝利を確信する表情を携えて。

「ナナ! 顔色が悪いわよ、ちょっと……勉強のしずぎよ!」
 早苗はびっくりしてナナに駆け寄った。
「平気よ、お母様。今日でもう終わりだから……あとは試験を受けるだけだもの……」
 ナナは母の手をやんわりとはらう。
「ナナ……もしかして、負けられないってあのパーティーの男性のこと?」
 はっとナナは顔を上げた。やっぱり、と早苗は厳しい顔をする。
「あんな男の言葉を一々気にしてはいけません。ナナが九条家の長女として、十分に頑張っていることはこの母が保障します」
「わかっているわ。……だからこそ、あの人には負けたくないの。俺が間違ってた、ってあの口から言わせたいの」
 ナナは唇をかみ締めた。
「……わかったわ。そこまで言うのなら私も何も言いません。でも、九条家の長女として勝負するのだったら、負けは許しませんよ」そう言って早苗は自分の席に着く。
 ナナはそんな母ににこりと微笑み返した。

「九条家の名にかけて」

 それは私の誇りか
 それは両親の誇りか

 ―――考えたくない。だってそれが、私を形成している全てのような気がして。

 ナナは大きく息を吸い込んで、不安に高鳴る心臓を落ち着けさせた。






つづく





2004/07/21(Wed)01:19:18 公開 / 笑子
■この作品の著作権は笑子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今日は一日中パソコンの前に坐ってました(暇人といわれてもきっと頷いてしまう)。
2、更新させていただきました。ちなみにちょっとタイトルが変わってたり。本当はもうちょっと溜めて更新したかったのですが、これからマンション帰って3〜4日(大した事ないじゃん)こちらの更新が出来ないと思うと・・・ポチッと更新ボタンを無性に押したくなりまして(笑)。
私的に次回がちょっとした山場かな、と。じゃあ今回はなんなのさ、といわれると、富士山3合目くらい、としか言いようがないのですが・・・。

感想、ありがとうございます。SS読んでくださった方でも、嫌がらずにまた読んでくださってとても喜んでおります。
叱咤激励大歓迎ですので、何か疑問、不満等々ありましたら気安く書いてくださるとうれしいです。これからの参考にさせていただきます。

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