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『庭の桜の木の下で』 作者:律 / 未分類 未分類
全角4246文字
容量8492 bytes
原稿用紙約14.25枚
 桜は嫌いだ。だから私は春が嫌い。
 でも母はもっと嫌い。大嫌い。

 まだ私が幼い頃、縁側に座り庭の桜を見ていた私の横に座って母は
「杏は桜好きなん?」と聞いた。
「好きやで。だって綺麗やんか」
 春の風に桜の木がさわさわと鳴って、花びらの雨を降らせた。
 母は言った「なんで桜の花びらが薄紅色か知ってる?」
「知らん」と私は足を振りながらにこにこと答えた。
「あんなぁ、桜の木の下には死体が埋まってんねん」
 母は私を怖がらせようとしてわざと声のボリュームを絞り耳元でささやいた。
「昔からの言い伝えよ。桜は死んだ人の血を吸ってんねんで」
 おかげでとても怖くなった。
 あんなに綺麗な桜の下に死体が埋まっているなんて、と
 そのギャップにとても悲しい気持ちにもなった。
「そんなん嘘や。杏は信じへんで!お母さんの言うことなんて信用せえへんもん」
 そのあと母は笑いながら「杏は怖がりやなぁ」と言って台所へ行ってしまった。
 私は一人残され、枝や葉の影が映っている桜の木の乾いた根元を見ていた。
 あの下に死体がおる?そんなん嘘や。おるわけないやん。
 でもほんまにおったらどうすんの?亡くなったおじいちゃんの死体とかおるかもしれん。
「ちょっと、ひとりにせんといてよ!」
 私はお母さんの背を追いかけた。

 そのときから私は桜を綺麗だとは思わなくなった。いや、思えなくなった。
 それは勿論、母からの「死体が埋まっている」という言葉のせいなのだけれど、
 今でも呑気に花見をしている人を見ると苦笑いをしてしまう。
 死体の上でお酒を飲んで御飯を食べている人たちは墓場で宴会を開いているようなものだ。
 私は桜並木で宴会を開いている大人を 見るたびに思っていた。

 今思えば母は私に夢も希望も与えなかったように思う。
 例えば私はかなり早い段階でサンタクロースはいないと母に告げられた。
 私の父が生きていたなら状況は少し変わっていたかもしれないけれど、
 とにかく母は私に淡い幻想など見せてはくれなかった。
(そういえば戦隊ヒーロの中には人が入っていると教えてくれたのも母だった)

 ではなぜ、私がそう簡単に母の言うことを信じていたかというと、
 子どもだったということもあったし、
 大きくなってからわかったことだけれどサンタクロースも戦隊ヒーローも
 彼女の言っていることは間違えではなかった。
 桜についても私は根元を確認していないわけで、決して全否定できない。
 絶対!とは言い切れないのだ。

 問題。
 幼い頃、夢も希望も与えられなかった子どもはどのように成長するでしょうか?
 答え。
 中学で非行に走る。“私の場合は”だけど。

 そう。私は中学でいわゆる不良少女になった。これはある種の母親に対する反抗だった。
 周りの子達は教師や大人、社会に反発をしていたけれど、私の敵はただ一人。母親だった。
 母のおかげで私は現実を受け入れるのが上手になって
 母のせいで私は夢を見るのが下手になった。

 例えば好きなアイドルがいたとしよう。
 同年代の女の子は目を輝かせ、そのアイドルを見ながらキーキーと猿みたいに騒ぐ。
 でも私はそうゆうアイドルを見て、「こいつだって糞するのにね」と思ってしまう。
 そうゆうときは少し悲しくなる。

 だから私が中2の春。母が余命3ヶ月を宣告されたとき、私は「ざまあみろ」と思った。
 母は寝たきりになりながら、庭の桜を見て「綺麗ね」と言った。
 私はキレた。
「ふざけんのもいい加減にしてや。私はあんたのせいで大好きだった桜を綺麗だと思えなくなったんやで」
「杏はちっちゃい頃から桜が大好きやったもんなぁ」
 母はげっそり痩せこけた頬に皺だか笑窪だかを浮かべ、天井を見ながら微笑んだ。
「そうや!それなのに、あんたが桜の木の下には死体がおるゆうから、うちは……」
 私は布団の上から母の腹を叩いた。
「そんなら掘ってみたらええ」と母が言った。「あの桜の下、掘ってみたらええ」
「何度も掘ろうと思うたよ!でもトラウマや。怖くて掘られへん!全部あんたのせいやで」
「杏は弱虫やな。小さい頃よう思い出すわ」
 子ども扱いされていると思うと、腹が立った。
 私はもうあの頃とは違う。
 学校ではクラスメイトが怯えるくらい危険な存在になったし、先生も殴った。
 警察にだって何度も補導された。
 もうあの頃とは違う。
「そこまで言うなら掘ったるわ。どうせ死体なんておらん!」
 母は黙っている。
「おまえの死体を掘った穴に埋めたるわ」
「お母さん嬉しいわ。なんやわけのわからん石の下に埋められるより、桜の木の下のほうがええ」
 今のうちつよがりを言ってろ。

 私は母が日に日にやつれていくのを黙って見ていた。

 そのあいだ私は相変わらず学校でクラスメイトを殴ったり、他校の生徒と喧嘩をしたり
 万引き、カツアゲ、売春。なんでもやった。
 母を困らせるためになんでも。

 そして3ヶ月経った3月の日曜日。
 母は静かに息を引き取った。
「杏、一人で頑張るんやで」
 最後まで私を子ども扱いしながら。

 私はスコップを持ってきて桜の木の下に穴を掘り始めた。
 冷たくなった母を埋めるために。
 空には丸い月が出ていて星が輝いている。
 そういえば「月に兎なんておれへん」と言ったのも母だった。

 穴は雑草の根っこやら桜の木の幹やらで最初は掘りづらかったけれど、
 コツを掴めば、わりと楽に掘ることが出来た。
 スコップが茶色くしっとりと湿った土を捉えて、どんどんと穴を広げていく。
 しかしいくら掘っても、いくら掘っても死体などでてこなかった。

「ほら、見てみ。死体なんてあるわけないやろ」
 私は母を見てそう叫んだ。
 今、私は桜の死体の呪縛から解き放たれたのだ。
 そう思った瞬間、スコップの先にかつんと何かがあたる感触があった。
 石?
 違う。
 もっと違う何かだ。
 私のわきの下を冷たい汗がわき腹にかけて流れていく。
 私は焦りながら穴を掘る手を早めた。
 死体のわけあらへん。死体のわけあらへん。と自分に言い聞かせるように呟きながら。

 そして出てきたのはやはり死体ではなく、銀色の煎餅の缶だった。
 蓋はガムテープでぐるぐる巻きにされていて、
 中に土や小さな虫など異物が入らないように細工されている。
 私はその蓋に被った土を軍手の手で掃いながら、ゆっくりとそれを土の中から取り出した。

 そしてガムテープを力づくで剥がし蓋を開けると、1通の便箋が入れられていた。
「なによ、これ」
 軍手を外し、便箋の中の手紙を取り出して広げた。

『杏へ』

 母の文字だった。

『薄れつつある意識の中で、これを書いています。
 お母さんはもう長くないと思うから、杏に言いたかったこと。言えなかったこと。
 照れくさいから手紙にして、こうして杏に伝えますね。
 杏はね、父さんとお母さんの間にやっと出来た子どもやった。
 お母さんはなかなか赤ちゃんを授からなかったから杏を妊娠した時にはね、すごく嬉しかった。
 そのあとすぐにお父さんは交通事故で死んでしまったから、
 母さんは杏を一人で育てることになってんけど
 杏の寝顔を見て、この子だけは絶対にどんなことがあっても守らなあかんって思ったのを
 今でもはっきり覚えてる。
 杏が非行に走ってしまったんは、きっとお母さんのせいやね。ちゃんとわかってるよ。
 お母さんは臆病やから、杏に傷ついて欲しくなかった。
 サンタさんがいないと知ってガッカリする杏を見たくなかった。戦隊ヒーローも同じ。
 そして桜のことも、桜が大好きな杏がいつかそうゆう言い伝えがあることを知ってしまうのが怖かった。
 母親失格だと思います。
 謝っても許せるもんやない。
 だからお母さんは自分が憎まれることで、その償いをしようと決めました。
 そして今に至ります。きっとお母さんと杏は世界で一番仲の悪い親子やね。

 さて。お母さんはこれから頑張ってこの手紙を埋めに行かなくちゃいけません。
 体がちょっと心配。
 杏はすぐにカッとする子だから、「掘ってみ」って少しはっぱをかければ、
 上手く掘ってくれるでしょう。

 御飯はきちんと自分で作って食べるんやで。コンビニ弁当ばっかじゃあかんで。
 女の子なんだから洗濯物もちゃんとするように。
 皺だらけのブラウスで学校行ったら男の子にモテへんよ(笑)
 お風呂も部屋の掃除もゴミ出しも、今度から一人でやるんだよ?出来る?
 出来るよね。だって杏はもう大人になったもんなぁ。
 最近は胸も膨らんできて顔だって美人になってきたもん。お母さんにはわかるよ。

 生まれ変わっても、杏の母親になりたいです。

 最後に照れてしまうから幼い頃、よく遊んだ“反対ことばの国”で……』


 私は反対ことばの国のことを思い出した。
「杏。反対ことばの国しよっか?」
「なにそれ?」
「ただ言葉を反対に喋るだけの遊び」
「面白そう。やるー!」
「じゃぁ……今日はとてもいい天気じゃないね。杏も反対言葉で答えるんやで?」
「ほんと、いい天気じゃないね」
 そして私とお母さんは顔を見合して笑う。
 まだお母さんと仲良かった頃に、よく遊んだ遊び。

 そして手紙の最後はこうやって結ばれていた。

『杏なんて世界でいちばん大嫌い。宇宙でいちばん大嫌い。愛してない。全然愛してない。母より』

 私は気がつくと涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「こんなんずるいやんか……」
 私はスコップを地面に叩きつけて、青白くなって寝ている母に駆け寄る。
「なぁ、聞いてんの!こんなんずるいやんか!起きろ!逃げるの?ずるいよ!」
 そうやって私がいくら母を叩いても彼女は二度と目を覚まさなかった。

 私は泣きながら桜の木の下に母を埋めた。
「ごめんね」と何度も呟いて。

 4月。
 今年の庭の桜は綺麗に咲いた。
 いつかの母の言葉を思い出す。

「なんで桜の花びらが薄紅色か知ってる?」
「知らん」
「あんなぁ、桜の木の下には死体が埋まってんねん。桜は死んだ人の血を吸ってんねんで」


 母なんて大嫌いだ。

                       
                                                                    
                                
2004/06/12(Sat)02:26:15 公開 /
■この作品の著作権は律さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ふと書いた季節外れの短編小説です。
この桜の木の噂はよく耳にしますよね☆
個人的に親子愛の話は好きです。
感想頂けたら嬉しいです♪
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