- 『噂のあの山 [前編]』 作者:千夏 / 未分類 未分類
-
全角6028文字
容量12056 bytes
原稿用紙約18.7枚
●俺
2008年。春。
俺の名前は望月優介。この地をこよなく愛する・・・わけでも無いが、人並み以上には(老人ほどではないが)気に入ってる高校3年生だ。
高校3年にもなるとみんな進路などで忙しくなるが、俺は心配要らない。というのは、家の雑貨屋を手伝うということである。
ほとんど趣味に近いその店は、お袋の手作りの小物や親父の描いた絵などを置いている。俺は家庭科のようなものは嫌いじゃないので手伝うことにした。それに絵の勉強をさせてもらって小物の作り方(主に裁縫)を教えてもらう。まさに一石二鳥ってやつだ。
そんな俺にも悩みの一つや二つくらい、ある。それは、彼女ができないことだ。
何気にモテる俺は、何回も告白される。まあ当然と言えば当然だ。裁縫もできて絵も上手い。その上根暗なわけでもなく話しやすく、趣味のわりに美形。モテるのも当たり前だ。だが、残念なことに好みの子には告白されないのである。俺の好みを教えよう。まず、一人でも生きていけそうな感じ。でもやっぱ俺がいないとダメなんだな、っていう風で、うるさすぎない。つまりは、よくある女の子のグループに自分からは入らないようなクールな子というわけだ。そういう子はほとんどいないものなのである。
●噂
(マジでー!?私も行かなきゃ!)
最近女子の間・・・男子にも広まってきている噂がある。内容なこんなものだ。
学校の近くに「絶対に恋人が見つかる山」がある。今の時代、山はコンクリートの道が頂上まで続いているのに山道を歩いて頂上まで行かなければいけない。頂上には絶対に異性がいて、その人と恋人になれる。異性が少なすぎたり多すぎることも何人か居る場合もあるらしいが、それはごくたまにいる運の悪い奴ということらしい。
と、こんな感じのものなのだが、はっきり言って俺は、興味が無かった。もう一度繰り返そう。興味が無かった。無かった。かった。
つまり、最近ちょっと気になっていたりする。もちろん証拠(と言えるか分からないもの)があるから気になっているのだ。そりゃあ理由も根拠も無い話に耳を傾ける俺ではない。
今までずっと親友をやってきた竹下亮という奴がいる。亮は彼女がいないのが不思議なくらい良い奴なのだが、俺と同じ理由で彼女がいなかった。
そんな亮にも先日、彼女ができたのである。隣りのクラスの三波夏菜。彼女はなかなか可愛くて、以前から亮のことを意識していたらしい。でも気弱な彼女は告白できずに悩んでいた。考えたすえ山に登ったところ、亮も初めて登った日に、彼女と出会ったのだという。
なんてメルヘンチックな噂、とバカにしていた俺も親友が言うのだから信じられずには居られなかった。登る気はまださっぱり無いけれど。
●「絶対に恋人が見つかる山」
「なあ、優介。お前も一度でいいから山、行ってみろよ。一度でいいから」
「本当だよ。望月君、可愛い恋人見つかると思うよ?」
最近、俺は邪魔だと思いつつも亮と三波さんの会話に入っている。話す人はいるが、話が合う人は亮くらいだからだ。三波さんとも意外に俺は気が合うことも知ったのだが。俺には今理想のカップルである。亮と三波さんは。
大分前からなのだが、俺たちの話はあの山に占領されている。信じない俺と、信じる二人。圧倒的に押されるのは俺なのだが、俺は断固行こうとは言わない。それはなぜか。疲れるからだ。こう見えて俺は面倒臭がりなのだ。
今思うと、亮と三波さんはよく山なんて登る気になったなと思う。だって二人ともどうにかして恋人が欲しいというわけではなさそうだったし、何より本人がそう言っているのだ。
「うんまあ。暇つぶしに山行って?で恋人ができるかもしれなくて?一石二鳥だろ」
「私も暇つぶしだよ。だって恋人が欲しいなんてそんな思ってなかったもん。ただあの山登れば良い人に会えるって・・・ねえ」
こんな二人を見ていると、山登りなんてどうって事無いと思われるが、それは間違いだ。山登りほど面白くないスポーツは無い。少なくとも、俺には。そりゃあMDでも聴いていれば良いかもしれないが、それだと山の良さはいまいち分からない。
とにかく、俺にとってあの山は邪魔なだけでしか無い。今のところ。
●くるり
(ピピピピピピピ)
頭の上で小さいようで意外に大きい、目覚まし音が部屋に鳴り響いた。時計の針は10時を指している。今日は土曜だ。そして俺の口から出た非常識な、でもどうしようもない言葉。
「10・・・。早起きー・・・」
最近は土日は暇な日が多い。受験はしない。遊ぶ相手もいない。でも勉強だけはなんか嫌。こんなこと言ってられるのは今だけだろう。だからこそ言うのだ。今だけってのを存分に楽しむ。
ベッドの上で寝返りをうった。暇な土曜日。何かしなくてはいけないことを頭の中で浮かべ、口に出した。
「店番、作りかけのぬいぐるみ、店番、勉強・・・は、嫌、店番・・・店番」
店番しか頭にないのかと自分に尋ねる。そして、ないんだよなと考える。
とりあえずベッドから出た。タンスから服を適当に選び出し、着崩れなんて気にもせずにパパッと着た。
俺の家は2階建てだ。俺の部屋は2階。隣りの部屋は材料が置いてある(もちろん店用のだ)。1階はキッチン、親の部屋2つ、居間、洗面台等々。そして1階の隣りには店がくっ付いてるのである。家と店は繋がってるので家のものを店に持っていける。あと忘れてはいけない作業場。これがないと何処で作業するんだって感じだ。作業場は店と家の間らへんにある。店から家はこれを通っていく。
うちが営んでいるこの店には、一応名前がある(当たり前だが)。
名前は「くるり」。母が言うには、くるりと店内見渡せばすぐに欲しいもの見つけられるようにという意味らしい。センスないと思うが、女性客には可愛いと評判なのだと言う。実際のところ、聞いたことはないが。
俺はとりあえず店に行った。
●店内の両親
「おはようございます。あ、いらっしゃいませ」
店に入ると両親じゃない。店員だ。我が家では店にいる間は上下関係や何やらを大切にしている。もちろんタメ口(いわゆる家で話す時の言葉)はダメ。客がいない時は別だ。今は客が・・・1人、2人、3、4人。
俺は母親の傍へ行って耳元でささやいた。
「どう?売れてる?」
母は店員の顔で小声で返事をした。
「そうね。さっき女の子のグループが来ていろいろ買って行ったわよ」
今は店の中に俺の作ったものはない。勉強中だからだ。たまに置かれることがあるが、上手くいった時だけなのである。
俺は店員らしく客の見ていないところの小物を整理した。
そうこうしている間に人がどんどん減っていった。減っていく内にもう客はいない。多分、もうすぐ昼だからなんだろう。いつもは昼に起きるので朝食はとらなくても良いのだが、少し腹が減ってきた。俺は両親に言った。
「ねえ、昼飯つくってくる。何が良い?」
俺は大体予想がついている。だが一応聞くのだ。こういう時は大抵、こう返って来る。
「なんでも」
そら来た。予想的中。当たっても嬉しくもなんともないのが少し悲しいが、これ以外の返事は滅多にないのだ。
俺は何も言わずにキッチンへ行った。
●毎日の朝食
俺は何のためらいもなく冷蔵庫から材料を取り出した。ネギ、肉、卵、桜えび、その他諸々。そして炊飯器からはご飯。いや、炊飯器からそれ以外のものが出てきたら困るのだが。
俺は卵を炒めてから他の材料をほとんど入れて、ご飯も入れた。もう大体の人が分かったと思うが、これはそれだ。チャーハン。昼食の定番と言えるだろう。
火を止めて食器棚から皿を取り出す。4枚。フライパンの中身を3枚の皿に均等に盛っていった。
「やっぱり余ったな」
予想通り余ったチャーハンを4枚目の、盛っていない皿に全部入れた。4枚目の皿がいちばん山盛りになった。
今度は食器棚の引き出しからスプーンを取り出す。おぼんの上に2つ皿を置いて、布巾1つ、スプーン2つ、つまりは2人分の昼食を置いたってわけだ。
おぼんを持って店のほうへ行った。作業場を通って、作業場の机の上におぼんを置き店内に入った。
丁度2人の女性客が帰るところだった。
「ありがとうございました」
2人が帰るのを見送ると、俺は言った。
「メシ、できたよ」
「ああ、ありがとう。チャーハン?」
分かっているくせに、母が聞いた。
「うん。そう。それ以外は俺作るの時間がかかるから」
●強引な野郎
2人が食べている間は俺が店番をすることになっている。しばらく椅子に座っていた。
俺は誰も来ないので小物を整理しようと思い、立ち上がった。
するとドアが開いた。
「いらっしゃいま・・・亮!」
影が大きかったので男性客だなとは思ったが、亮とは思ってもみなかった。亮は手をひらりとして見せ、「よお」と挨拶した。
「よおじゃねえよ。何しに来たんだ?」
「ああ。優介今日暇?今から・・・。それか明日」
いきなり来てなんだ、と思ったけれど、口にはしなかった。ガン付けられると思ったからだ。
「今日は無理。明日は多分平気だけど・・・なんで?」
亮は曖昧な返事を返した。
「ああ?なんだって良いだろ。じゃ、明日朝来るからな、早起きしろよ」
そう言い残すと、亮は帰っていった。
まるで嵐のようだった。・・・今の例えはけっこう合ってるな思った。
昼食を食べ終わった父が入ってきた。
「今の誰だったんだ?来てすぐ帰ったみたいだけど・・・」
俺はただの友達だと返した。「ただの」かは別として、友達なのだから。
俺は今日1日ずっと店番をやった。
●これから
(ピンポンピンポン・・・ピーンポーンピンポン)
うるさいチャイムの音で俺は仕度のスピードを早めた。
今日は朝から両親一緒に買い物に行った。布とかを買ってくるらしい。なので今は家に俺1人。バカでかいチャイムの音を聞いているのも俺1人ということだ。
大体の仕度(と言っても着替えたりするだけ)が終わってから俺は玄関に行き、ドアを開け放つ瞬間、言った。
「うるさい!親いたらどうするんだよ!」
相手は分かっている。
「ゴメンゴメン。なんか言われたのか?」
亮だ。別に誰もいやしないが、普通、常識だろう。迷惑なことをしないというのは。
「両親2人ともいないけど、ピンポンは1回で分かるから」
亮は笑って「そうか。それもそうだなー」と言った。呑気な奴だ。
俺は「ちょっと待ってて」と言って、財布を持って薄い上着をはおった。
鍵を閉め外に出る。
「さて、と。お前、昼飯代ある?」
亮が言った。俺は財布をポケットから取りだし、中身を見た。
「えー、と。500円玉が8枚ある」
「考えにくいが意外に金持ちだな。4000円もあれば俺の分も・・・」
睨んでやった。亮はすかさず「ウソですウソです!ウソだって」と弁解した。俺はしょうがないなと、話題を変えた。
「亮、これからどこ行くんだ?」
亮はきょとんとした様子でなんてことないように言った。
「噂のあの山」
俺は「おい!」と怒鳴った。山だと?疲れるだろ!
●友達
俺は「嫌だ」の連発で、亮は「行こう」の連発だった。
「あのさあ!なんでそんなに行きたくないんだよ。優介彼女欲しくないんか?」
うっ・・・。痛いところを付かれた。なぜなら、俺は疲れるという理由で今までいかなかったからだ。けれど、最近気が付いたことなのだが、どうやら俺は彼女が欲しくないらしい。
「・・・俺さ、多分今、彼女欲しくないんだよ」
亮は「は?」と首をかしげた。
「今は、亮とかとバカやってるほうがいいんだよ。高3にもなって訳分からないけど」
亮は少し真面目な顔になって言った。
「そんなの友達感覚で付き合えばいいじゃん。そういうのを分かってくれる人見つけてさ。それに、山登ったっていい奴いなければそれでいいんだよ。・・・三波と俺だってそんな感じなんだし。って言うか、三波だってけっこう気にしてるんだぜ?望月君は彼女いないの不思議だなー。可愛い子見つかるといいのにね、って」
俺は少し間をつくって、亮がなにか言うのを待った。が、俺のほうを見て黙っている。俺は言った。
「しょうがねえな!」
亮は笑って、「電車で山の前まで行こうぜ」と言った。俺は少し気恥ずかしく、なんとなく亮のほうを見なかった。
山へ向かう。
●噂のあの山
「でけえだろ!」
山の前に立ってまず第一声がそれだった。亮が言うには、
「いや。でかくないだろ。山とか行かない優介にはでかく感じるんだよ。登れるって。普通な」
らしい。やはり反論できず、俺はしぶしぶ山を見上げた。亮が言った。
「優介、どうする?俺も着いて行こうか?」
俺は少しためらったが、「いいよ。俺が行くから」と言った。
そして何気ない話をしてからとうとう山に登ることにした。
「じゃあ・・・亮、ここまでサンキュ。行くよ」
亮は微笑んで言った。
「ああ。じゃ、がんばれよ。時間制限ないからどんなにゆっくりでもいいんだぞ。っていうか、運動神経いいお前には楽勝だろうよ。それに三波も登れるくらいだし」
俺と亮は笑って、亮は電車に俺は山に、それぞれ向かった。
●
「けっこう簡単に登れるんじゃないか?これって」
最初に登り始めてそう言った。普通、そう言うと簡単に登れなかったりすると思うのだが、本当に簡単に登れてしまった。・・・いや、それが嫌なわけでは全然ない。むしろ、良かった。ただ、疲れるからという理由で登らなかった俺は、なんだったんだろうっていう・・・。
今俺がいるここは、頂上だ。霧がかかっているらしく白っぽい。はっきりはよく見えない。ここにはベンチがあって、公園の様だ。だが周りを見渡すと、小さな家や、大きな空が見える。
人がいないので少し待ってみた。
「いないわけないんじゃないのか・・・?」
そんなことを呟いたその時、かすかに声がした。
「・・・れたー。っていうか人、いないの?」
「・・・ないみたいだね・・・るって聞い・・・けど」
所々聞こえないが、どうやら二人らしい。しかも女。やっぱり女。
俺はそ知らぬふりして声の方向へ向かってみた。影が近づく。
「あっ!」
先に女の、派手な格好をした方が言った。
「どうもー。もしかして、噂とか聞いてきた人?私たちそうなんだー。あ、私、明美。この子は舞。可愛いっしょ!」
一人でずらずらと述べてきた女、明美。の前に、噂聞いてきた奴以外だったらどうするんだ。・・・聞いてきた俺だけど。
「や、ども。俺も聞いてきた一人だけど、実は誰とも付き合う気ないんだよね」
この2人じゃ付き合いたいと思わない。こんなに正反対な2人が今までどうやって付き合って来れたのか、少し不思議に思う。
「なんだー。そうなの。・・・ま、会ったらまたヨロシクね!私が明美でこっちが舞。東高の3年生でーっす。じゃ」
そう言うと明美の方がまたずらずらと述べて、霧の向こうへ言ってしまった。結局、舞の方は何も言わずに。
俺はとりあえず家に帰ることにした。もう会いたくないとも、少し思った。
-
2004/07/17(Sat)19:28:13 公開 / 千夏
■この作品の著作権は千夏さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
かなり遅くなりましたが、この物語を前編と後編に分けることにします。
次回は後編ってことで・・・
だって長いと読む気なくすじゃないですか。一応後編にも軽く説明いれとくし・・・。
さて、山登っちゃいましたー!こんな展開、予想してた人いるんですかね;;
まあ、一人ぐらいはいることを願いつつ。
それでは、後編で会いましょうvv
(なんか妙なテンションでごめんなさい・・・)