- 『スターダスト最終話』 作者:森山貴之 / 未分類 未分類
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全角12905文字
容量25810 bytes
原稿用紙約38枚
「最近、流れ星が多いな」
そんな会話が世界の人々にささやかれるようになって早一週間。ニュースでも取り上げられ、世のカップルや天体観測を趣味にする人を空に没頭させたこの出来事は、この後の試練の狼煙に過ぎなかった。
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リスキー
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「……おい、なんだ?これ」
いつもの様に衛星から送られてくる火星方面の画像を処理していたマウザーは目を疑った。左手に持っていたコーヒーの入った紙コップを床に落とし、次の拡大画像を見た瞬間、彼はコンピュータールームを転がるように飛び出し、所長室に走った。人の出入りが激しい時間だったため、途中何度も人に激突しそうになり「どこ見て走ってるんだ!」と何度も同じ台詞を背中に吐かれた。しかし一度も目もくれずに人の間を縫うように走った。そして目的の場所に着いたマウザーはノックもしないで所長室のドアを開け放った。
「ん、何事だ?」書類から目を離さずに、ここNASAの所長ウィリアムは口を開く。
顔に深いしわを持つ五十代の男だ。
マウザーは肩で息をしながら上官であるウィリアムに敬語を使うのも忘れて言い放った。
「隕石群が地球に向かっている!それも百メートルの奴が四桁台でだ!」
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「正確な数は不明ですがおよそ……千五百といった所です。被害範囲は予測落下地点のロサンゼルスを中心に六千キロに及びます。つまり、我が国の国土の半分。いや、全体に及ぶかも知れません。落下までの時間もあと一ヶ月しかありません」
隕石群の画像や参考資料をスライドで説明し終わり、会議室には重い空気が流れた。マウザーはスライドの電源を切り、ディスプレーに映る大統領に「なにか質問はありますか?」と尋ねた。
「……その百メートルの隕石ひとつでどの位の被害がでるんだ?」
「直径二千四百メートル。深さ四百メートルのクレーターができます」
「そんなにか……」と、うめく大統領にマウザーは強気に言った。
「大統領。核の使用を許可してください」
それを聞き、周りがざわめく。なにもかもいきなり過ぎる……この隕石群発見も、この男も……。呆れたと言わんばかりに全員がため息ずく。
「何か対策を講じることができるのか?」
半分わらにもすがる思いで大統領が言うと
「はい。もっともシンプルで困難な案ですが、先ほど決定したプランです。宇宙で奴らを、向かい打ちます」
「つまり?」
「隕石群が接近してくる方位にありったけの核弾頭とミサイルを撃ち込み、大気圏で燃え尽きる程の大きさに変えてしまうのです。成功率はフィフティ・フィフティですが」
話を聞き一瞬考える素振りを見せるが、大統領はオーケーを出した。
残り一ヶ月。彼等の戦いは始まった。
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マルチプル
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「アルファ2発進よーい!」眼前に広がる水平線を見つめながら、F16の操縦席に座るノーサーは操縦桿を握り直した。
「アルファ2了解。アルファ1発進十秒後に続く」
「アルファ1、テーク・オフ」ノーサーの左前のF16が轟音を引き連れて、この空母ポーターから発進した。それを見送り彼は機の発進のため、テール・ノズルに餌をやった。ノズルは喜び勇んでキー―ンと甲高い鳴き声発した。この瞬間が、彼の楽しみであった。
「よしっ!アルファ2、テーク・オ」
「待てノーサー!!」
操縦桿を引こうとしていた彼は瞬時に手を離し、背もたれに倒れこむ。
「……だぁーーー!!クソッ!何なんだ!?」ハッチに八つ当たりしながら、彼は通信機のマイクに怒鳴る。するとハッチをノックする音が聞こえた。
「んっ?」ノーサーが上を見ると、そこには全身黒ずくめの男がいた。そして彼はしかめっ面で呟いた。
「]ファイル?」
「違う。NASAだ。お前に話があるんだと」そう言い、通信はプツリと切れた。
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同時刻。
「目標照準!発射!!」その掛け声と同時に二十メートルほど離れている車が爆発、炎上した。
「ガウマン少佐!どうですか!?」空になった筒を捨てながら、迷彩服を着た男が言うと「こんなもん、か」と同じく迷彩服のガウマンは呟いた。
「よーし。あと五発試射したら撤退だ」
ここは郊外の射撃訓練所。ガウマン達は補給された武装の訓練にきていた。また、当然ながら射撃訓練所内は関係者以外立ち入り禁止なのだが……
「なあ、だれかヘリをチャーターしたのか?」彼等の頭上には一機のヘリが滞空していた。ガウマンは横にいた兵に「スピーカーとさっきのロケット持って来い」と命じ、程なくしてきたロケットランチャーを右手に、スピーカーに声を通す。
「誰の了承えてそこにいる!十秒で返答がない場合は撃ち落す!」
「少佐、いいんですか?」兵の一人が不安そうに言うが、ガウマンは「答えなきゃ英語の通じない奴だ。そんな奴がここにいる時点でおかしい」とランチャーをさげなかった。
「ブロット准将に了解は得ている!こちらはNASAのパーマーだ。同行を願う!」
ヘリのから応答に全員が首をかしげた。
「NASA?なんでまた」
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さらに同時刻。
薄暗いちょうど体育館位の大きさの広場に、マシンガン、G3A4を持った六人の男がいた。市街地を想定して作られた訓練場らしく、あちこちに半壊した塀や建物が並んでいた。そしてその半壊した建物の影から一斉に標的の板が現れた。男達もまた一斉にG3A4のトリガーを引き、フルオートで標的を一瞬の内に破壊して見せた。
硝煙が立ち込める中、次の標的が現れない事に気づき「なんだ、もう終わりか」と
ちらほら聞こえる中、一人の男の無線が鳴り響いた。
「デニスだ。もう演習は終わりか?」
「いや、あんたにお客だ。なんと天下のNASAだ」
それを聞き、デニスと名のった男はため息をつき「チャ―リ、冗談はよせ」と言う。が、
「本当だ!今そっちに向かってる!」と興奮しながら答えた。
「分かった分かった。後でたっぷり聞いてやるから早く再開しろ」さすがにデニスも呆れて言うと、通信を切る。
「まったく…なに言うかと思えば」
呟き、標的が一切出てこない建物を蹴る。もしかしたら機械が誤作動して、標的が出てくるかも知れない。そんな当てのないことを考えていた時、
「デニス=ハーツだな」
後ろから声。デニスが振り向くと、そこには黒ずくめの男がいた。
デニスは暫し相手を見つめ、弱々しく言った。
「あ……俺、なんかしました?」
残り三十日。役者は揃った。
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スペシャリスト
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「早いな。もう集まったのか」
廊下を歩きながらウィリアムが呟く。それを聞きマウザーは「なにしろアメリカの命運がかかってますから」と書類の束から目を離さずに答える。
「陸、空、海から選抜した者です。命令とあれば徴集は簡単です」
「そうか」
会議室に到着すると、ドアをノックなしで開けて中に入った。会議室には既に集まっていた十数名の軍属の男が肩を並べていた。
「おはよう諸君。ここの所長のウィリアムだ。おそらくなにも伝わらんままここに連れてこられただろうから、これから質問タイムに入る」
ウィリアムが言うとちらほらと手が上がり始める。彼は一番前の男をあて、質問を受けた。
「あー、空軍所属のノーサー軍曹です。なぜ自分たちはこの天に最も近いNASAに徴集されたんですか?」
少々ふざけが入ったノーサーの質問に、ウィリアムは苦笑しながら答える。
「いい質問だ。では短刀直入に言う。実は昨日、隕石群が地球に接近している事が判明した。しかも衝突まで残り三十日程度だ」
全員の顔が引き締まる。そんな光景を見てマウザーは改めて危機感を認識した。
「君達にやってほしい事は二つある。ひとつは宇宙に行き、核弾頭発射管を組み立ててセットする事。そしてふたつめは発射することだ。見てのとおりここはNASAだ。核弾頭などの兵器の知識が豊富な飛行士などいない。現場で一発でも誤爆すれば全て終わってしまう。そこでだ。君たちに時間の許す限り訓練し、宇宙に行ってもらう。しかし危険な任務だ。はっきり言うと君たちに命をくれと言ってるも同じ……そう簡単に決めれるはずもない。そこで今日はこれで解散し、明日ここにいる者を宇宙に送る。ただ、誰かがやらなければアメリカは滅びるかもしれない。その意味をよく考えて行動してくれ。以上解散」
ウィリアムは言うと早々とその場を後にした。
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デニスはウィリアムの話の後にすぐ妻の待つ家へ来ていた。
「デニス!早いわねどうしたの!」妻の二ールに迎えられ「帰ってきた」と言う安心感がデニスの口元を緩ませた。
しかし、デニスはすぐに緩んだ口元を元に戻し二ールと向き合う。そんなデニスを、彼女は幾度となく見てきたため、すぐに顔を曇らせ呟いた。
「…また任務?」
「ああ。しかも今回のはすぐには帰ってこれない。最低でも一ヶ月。もしかしたら……帰ってこれないかもしれない」
「そんなこと言わないで」
二ールは目に涙を溜めながら言う。過去にこの言葉いい、生死の境を彷徨った事があるため、彼女には「大げさな表現」とは思えなかった。デニスはそんな彼女を見て言葉を付け足した。
「大丈夫だ。必ず帰る」
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いくつもの十字架が並ぶ中に、ノーサーは立っていた。目の前の十字架に向かい、彼は話始めた
「ビックニュースだ。俺は宇宙に行くぜ。やる事はかったりーけど、うまくいけば英雄にもなれる」
言いながら花を添える。色とりどりの鮮やかな花が、包みから溢れていた。
「自慢しとけよ。俺がそっち行っても英雄と呼ばれるようにな!」
笑みを浮かべ親指を立てると、彼はもときた道を戻り始めた。
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薄暗いバーのカウンター席にガウマンはいた。グラスに入っているスコッチを飲み干し、バーテンダーに話し掛ける。
「なあ、そこのボトルの注いでくれ」
「これを?あんたいっつもこれ見て酒飲んでたろ。『金がない』いってさ」
バーテンダーはボトルを手に取り「のむのか?」と確認する。
「おうよ。我慢は体に毒だ。頼むよ」
ガウマンはグラスを掲げて言う。そんな彼を見てバーテンダーは「お前まさ
か、死ぬ気か?」などと笑う。ガウマンもまた「まだまだやりたい事は山ほどあるんだ。死ぬかよ」と笑って見せた。
バーテンダーがグラスに指定されたボトルの酒を注ぎ、ガウマンに差し出す。
「最高の味だぜ。そいつは」
「ああ。そうでなくては困る」
言うと、ガウマンはグラスの酒を飲む。
「最高だ」彼はグラスを見つめ、呟いた。
残り二十九日。決意は固まった。
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セカンド
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デニス達の訓練は着々と進んでいた。基本的な宇宙遊泳の方法や酸素タンクの取替え方。そして弾頭発射管の組み立て手順などの説明後の水中訓練が、彼等に第一の問題をあたえた。予定では彼等は、十基の発射管を五時間以内に作らなければならないのだが、仮想だが無重力という未だ体験した事のない条件、そして動きが多少でも制限されてしまう宇宙服での作業とあって、初めは一基に三時間という予定時間の半分以上を消費してしまい、さらにフレーム接合に欠陥が四箇所あり、発射など不可能だった。しかし彼等はタフだった。流石は各軍事訓練を通りぬけた先鋭だけあって、一週間でなんと二時間半の短縮に成功したのだ。デニス達は、確実に宇宙飛行士に近づいていった。
そんな中、マウザー率いる調査班は地球に接近中の隕石群の調査中、ある疑問に達した。それは『なぜこの隕石群は地球に向かっているのか』という原点に帰す疑題だった。太陽系外から来たのならもっと早くに分かるはずなので、調査班のパーマーは「火星付近の小惑星群から飛来してきているのでは」と述べるが、何かが地球側に向けて力を加えない限り、その小惑星群からの飛来はまず有り得ないと断言できた。しかし現に接近している。マウザーとパーマーはもうお手上げ状態だった。
そしてそんな彼等にもうひとつの問題が降りかかった。それはシャトル打ち上げ前夜に、マウザーが打ち上げの記録整理をしているとき発見された。通常、人工衛星やシャトルの打ち上げ記録には打ち上げ日、目的、積荷や機体のデータなどが細かく表記されているのだが、この作戦の前に打ち上げられた人工衛星には、何も表記されていなかった。誰に確認をとっても首を傾げ「さあ?分からん……」と皆口をそろえていった。本来ならば徹底的に調べるべきなのだが、明日は早くもデニス達を宇宙に上げなければならないため、それは叶わぬものとなった。
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「臨時ニュースです。今朝方NASAが『アメリカの不特定多数の地域に向け隕石が向かっている』と発表しました!会見によると今日午前十時よりヒューストンの打ち上げ場にて大統領がアメリカ全土に向け演説すると共に対策チームが隕石落下の阻止のため出発するとの事です。繰り返しお伝えします。今朝方……」
テレビはその話題の一点張りで放送していた。どのチャンネルをまわしても同じ事しか言わないため、事情のわからない子供たちは大いに暇な時を過ごしていた。
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「どうだね英雄達。調子は」
マウザーがヘルメットを手渡しながら言う。
「胃に穴があきそうだ」
デニスは呟き、ヘルメットを受け取る。顔は流石に強張っていた。
「なんとかなるさ」
そう言い煙草を右手に、ヘルメットを左手で受け取るノーサー。
「ベトナムよりマシだろう。楽勝だ」
古株を思わせる頼もしい返答をするガウマン。
外ではもう大統領が演説を始めていた。集まった約一万人の大衆を前に堂々語る姿をみると、改めて一国を背負っている者の風格はすごいと感じられた。
「よし!出発だ!」
マウザーが言うと目の前の扉が開く。そして「彼等が英雄と成るべき者達です!」と大統領の言葉の後、人々の期待の声が真っ直ぐ耳に入った。ノーサーは煙草を掲げて見せ「俺等って知らんうちに有名になってるなぁ」としみじみ言った。
ブルーのミッションスーツに身を包み、シャトルのタラップへと歩いていく総勢二十人の飛行士達。大統領は彼等をたたえ、大衆はその姿を目に、心に焼き付ける。ある者は泣き、ある者は微笑み、ある者は苦笑した。
「デニス、帰ってきてね……」
「頼んだぞ、英雄」
「ガウマン、やっぱり死ぬ気か?」
シャトルに着くと二手に分かれてそれぞれのシャトルのタラップを上り出す。ガウマンとデニスが一番機。ノーサーが二番機に乗る配置で決定していた。
シャトルの中に入り、それぞれヘルメットをかぶせてもらい、固定ベルトをがっちりと着けられる。それが終わるとスタッフはシャトルを降り、ハッチが完全に閉められる。
「打ち上げまでのカウント・スタート。残り三十秒」
パーマーがカウントを始める。ノーサーは合わない歯ぐきに初めて恐怖が現れていることに気づいた。
「残り十五秒」
ガウマンは自分が昔ベトナムに行くときと同じ心境にある事に懐かしみを感じていた。
「残り十秒前。九、八、七……」
二ール、必ず止めてみせる。デニスは堅く心に誓った。
エンジンが起動し始めて、コックピットにも振動が伝わってくる。そして、
「一番機発射」
メインブースターが火を噴き、ゆっくり上昇していく。シャトルは無事に発射を完了した。司令室では歓喜の声が響き渡る。
「二番機の発射も成功です!」
「よし諸君!まだまだ始まったばかりだ。気を抜くな!」
ウィリアムが言うと誰にうつされたのか全員が「イエス・サー!!」と叫んでいた。
「こちら一番機『マーチ』現在秒速十一・二キロメートル!重力を振り切る!」
「こちら二番機『ポップス』秒速十一・二キロメートル突破!宇宙の旅の始まりだ!」
シャトルは炎と煙に後押しされ、地球を旅立った。
残り二日。希望が力となった。
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スペース
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「ヒューストン、こちら『マーチ』予定ポイントに到達。これよりミッションに入る」
「こちらヒューストン、了解」
「さて、諸君。無重力にようこそ」
一番機のリーダーである宇宙飛行士のマッドが言うと、各自ヘルメットを宇宙服にロックし始める。訓練項目に入っていたため、全員がスムーズに事を済ませた。そして全ての用意が整った八人がエアロックルームに入り、最終チェックを済ませた後、エアロックは解除され、彼等は宇宙に出た。
「……すごいな」
デニスは地球に手を伸ばす。そして手を握り、地球が手に納まるのを見て思わず笑みをこぼした。
「デニス!さあ仕事だ!」
無線から聴こえてくるガウマンの声にはっとし、後ろを向くと、もう二番機『ポップス』のメンバーと合流して機材や核弾頭が格納されている人工衛星に向かっているところだった。慌ててデニスは姿勢制御スラスターを起動させ、後を追いかけた。
彼等が来る一週間前から打ち上げられていた資材格納衛星には、今回の作戦に不可欠な新型核弾頭十基が格納されたものが一基に、発射管のパーツ、信管、発射信号発信機などが格納されたものが一基に、スペースシャトルやデニス達を守るための厚さ百ミリのチタン製の板と、予備の酸素ボンベやシャトルの予備パーツ、燃料が格納されたものが一基の計三基がそこにあった。
まずはシャトルと人工衛星を守るための壁を作る作業から始まった。といっても、両サイドに位置固定用のブースターを取り付け、システムを起動させるだけなので、一時間で完成させる事ができた。
次に控えていたのは核弾頭発射管の組み立てである。最も重要で、最も迅速に、最も正確に作成しなければならないため、この作業が今回の作戦の中での山だった。ひとつのチームが五基ずつ担当し、それぞれがたくされた仕事を慎重に進めていた。
今までなんの問題なく事が進んでいる……ガウマンに嫌な予感が走っていた。
残り四十二時間。困難は足音を忍ばせていた。
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スターダスト
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宇宙には音がない。その理由は単純に音を伝えるものがない真空だからだ。音というのは元を正せばただの振動で、その振動が空気や水などを伝わって人の耳の中の器官で信号に変えられ、我々が音と認識する。しかし宇宙では上でも述べたとおり、最も重要な音を伝えるものがないため、どんな事があってもその静寂は揺らぐ事はない。
それが、彼等を追い詰めた。
「……くそ!」デニスがチタン製のシールドの影で呟く。
初めに気づいたにはマッドだった。さっきまで何ともなかった人工衛星のソーラーパネルに、なぜか罅が入っているのだ。そしてその罅はしだいに増えていく。
「まずい……全員聞け!【スターダスト】だ!!」
無線の回線をオールにして叫ぶ。しかしそれが彼の最後の言葉だった。飛んで来たテニスボール位の隕石にフェイスカバーを破壊され、外と体の中の気圧に差が生じて、内側から裏返したように全身が裂け、凍りついた。幸いだったのは、マッドが感じた痛みが一瞬だったのと、誰も彼の死に様を見ていないことだった。そしてそれを聞いた彼等は弾かれたように機材や自分の身をシールドの内側に滑り込ました。
【スターダスト】とは、彼等が宇宙に飛び立つ前から懸念されていたもので、その正体は直径が一メートル未満の低速な速度の隕石群の事だった。これは、地球なら大気圏で燃え尽きてしまうので問題ないが、宇宙で活動するデニス達にとってそれは『隕石』というより『弾丸』と呼ぶにふさわしいものだった。
「信号発信機は!?」
ガウマンがデニスに問うと「三番シールドの内側だ!こっから二十メートル離れてる隣のやつだ!」と言い三番シールドを指差す。
「……補助ブースターが一基やられてる。長くは持たん」
「どうする!?」
こうしている間にも次々隕石は飛来し、チタンをへこませている。迷っている暇はなかった。
ガウマンは漂っていたチタンの板を掴むと三番シールドの方を睨む。デニスが「なにするつもりだ!」と聞くと「発信機を取りに行く。あれが壊れたら今までの苦労が水の泡だ」と答え、姿勢制御スラスターを起動させ、隕石が飛来してくる方に板を持ち、全身が隠れたのを確認すると、前に前進して行った。核弾頭の発射を総括している装置は、今まさにアメリカの命運を左右する、最も権力のあるものだった。大小様々な隕石がチタンにぶつかるのだが、一切音はしない。ただただ自分の荒い息づかいのみが耳に届く。そして三番シールドに着き、信号発信機を手に離れようとしたその時、横のシールドが限界に達し、穴が開いた。飛んで来た隕石を間一髪でかわし、すかさずチタンの板で身を守りながらデニスのいる二番シールドに向けスラスターを起動させた。
「ヒューストン!発射まであと何分だ!?」
「こちらヒューストン!あと五分辛抱してくれ!」
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「……だそうだ!後五分このデカブツを守るぞ!」
ノーサーがガウマンとヒューストンのやり取りを聞き、二番機『ポップス』の面々に告げる。彼等が守っているもの。それは通信機能が拡張された三基の人工衛星のひとつだった。これは発射時の正確な瞬間をデニスに伝えるために必要なものである。発射の誤差は予定時間プラス一秒が許容範囲で、もしもこれより早ければ後方の隕石が消滅しきれない。もしも遅ければ両サイドの隕石が消滅しきれない。よって、ヒューストンから来るカウント・ダウンを聞かせなければならないため、この人工衛星は死守しなければならないのだ。
「左に寄ったぞ!右を起動させろ!」
ノーサーが怒鳴ると技師のトニーは有線携帯パネルを操作し、右のブースターを起動させ、バランスを保つ。彼等が操作しているシールドは四番配置のもので、先ほど隕石に五人の命と共にブースターの制御パネルを無にして行った。気の良い奴ばかりだった。しかし涙する余裕もなくこの作業ににあたっていた。
「ああ!!くそっ!」トニーが悪態をつく。ノーサーが「どうした!?」と聞くと彼はパネルを掲げ「接続端子がやられた!コントロールが利かない!」と泣きそうな声で言う。絶対絶命とは、まさにこの事だった。ノーサーはどうするのかトニーに尋ねると彼は「俺が今から接続してくる!」といい、外部接続パネルに向かう。何度か彼に隕石がかすめていったが、きわどい所でかわし、端子を接続する。
「よし!やったぞ!」トニーがノーサーの方を見てガッツポーズをしてみせる。しかし、その直後彼の背後のシールドに穴が開き、そこから飛んで来た隕石に頭を吹き飛ばされた。ノーサーが叫ぶがすでに宇宙の藻屑と化した彼に声は届かなかった。涙をこらえ、再び傾いたシールドを携帯パネルで修正する。そのときだった。
「こちらヒューストン!発射まであと一分だ!」
オペレーターが言うと、残ったポップスの乗組員は少なからず緊張した。
「残り三十秒!」
デニスが信号発信機の電源をいれ、発信トリガーに指を掛ける。
「残り十秒!九、八、七、六、五、四、三、二、一!」
「くたばれ」
デニスはトリガーを引いた。
瞬間、光の矢がごとく煌々と光りを放ちながら十基の核弾頭は発射された。秒速三十キロメートルというすさまじいスピードで隕石群に向かう弾頭は、数十分後、着弾した。
残り四十時間。白き軌跡のをまとわせ、希望の矢は放たれた。
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ソリューション
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「着弾確認!偵察衛星からデータ転送開始」
偵察衛星が起動し、収集したデータが送られてくるまでのこの一分が、マウザー達にはひどく長く感じられた。そして、
「な……」
送られてきたデータは、まさに最悪のシナリオ。
「さ…三個残ってる」
オペレーターがうめくように言う。マウザーはすぐに「落下地点を予測しろ!」と言うが、すぐに動ける者は少なかった。しばらくしてようやく司令室が機能し始め、数分後、パーマーがマウザーに結果を報告した。
「一つ目は衝突ルートを外れている。二つ目はサハラ砂漠のど真ん中。だが、三つ目は頑固者でな。真っ直ぐロサンゼルスに向かってる」
報告を聞き、マウザーは頭を抱えた。落下の時間は最も人が集まる午後。しかも正確な落下地点が把握できないため、避難の場合はロサンゼルス全域の人々を避難させなければならなかった。
「軍に連絡して避難の準備をしろ。あと、ガウマン達に伝えろ」
マウザーは椅子にもたれ掛かり、ため息をついた。
どうにもならない。絶望を感じた彼は目を閉じた
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失敗の連絡の入った彼等は次の策を練っていたが、発射管が無いため余った核弾頭も発射できなかったため、手段は一つしかなかった。しかし、その考えを持つ者は幸か不幸か、ただ一人だった。
行動を起こすなら今だ。ガウマンはハンドガンを握り締めた。
「全員、ポップスに移れ」
それを聞き、今や半分となったメンバーが振り返る。皆、驚愕に満ちていた。
「ガウマン、何だって?」デニスが恐る恐る聞くと「何って言った通りだ。さっさと降りろ!」と声を荒げた。彼等は従うしかなかった。
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「くそ!ガウマンのヤロォ!何考えてんだ!」
ノーサーが腹いせに機密ドアを蹴飛ばす。総勢九名のメンバーはブースターを起動させ離れていく一番機マーチの姿を見ながら同じ気持ちでたたずんでいた。
あのガウマンがなぜ……
答えは、分からなかった。
そんな中、NASAと回線を開き今起きた問題を報告していたノーサーが、突然言った。
「なんだ?頭がいかれちまったのか?少佐さんよぉ!?」
「何!少佐からか!?」
デニスが尋ねるとノーサーは回線音声をスピーカーに流した。そこからはガウマンの笑い声が聞こえ、「その威勢の良さ、忘れるな!」といってきた。ノーサーはそれを聞き首をかしげる。さっきとまったく違う態度に、ガウマンの意図はさらにわからなくなった。
「マウザー、きこえてるか?」
ガウマンはNASAに回線をつなげ、呼びかける。
「マウザーだ。なんだ」
「あんたが解けなかった隕石郡接近の理由、教えてやる」
「何?」
マウザーは耳を疑った。なぜ彼がそれを知っているのか、見当がつかなかった。
「始まりは四ヶ月前。俺はペンタゴンからある指示を受けた。もちろん極秘扱いでよ、俺に新型核弾頭のテストしろって言うんだ。しかし脱原発のこのご世代。地球上での実験はまず無理。そこであいつらが出した案はこうだ。『地球の大気圏外での核実験』まあこれならばれるこたぁない。なにせどんなに目が良くても、あそこまでは見えないからな。んで、多分あんたも見ただろう打ち上げ記録。改ざん者はペンタゴンの誰か。詳細は一切無かったろう」
「あれか……」
マウザーは夕べのおかしな打ち上げ記録を思い出す。
「あれに俺は試作分の十五基を乗せて打ち上げ、火星方面に向けて発射した。そして見事成功。シュミレーション以上の威力が証明された。だが、それが仇となった。おかげで隕石郡がそのショックウェーブでこっちに飛んでくる始末。ペンタゴンはそれが分かったらすぐに偽造工作を初めてな。ぎりぎりまで時間を稼いだらしい。なあ、なんか馬鹿らしいよな。国を守るための兵器が、その国を危機にさらしてるなんてな。んで、俺は神のくれた罪滅ぼしのチャンスを無駄にしないために、ここにいる」
「オイ……あんたまさか」
ノーサーがはっとして問いかける。ガウマンは再び笑い、言った。
「任せろ。あれは俺が止めてくる。お前等は……」
「待て、オイオイ待て!やめろ!一人でかっこつけんじゃねぇ!!」
「生きて帰れ。以上、交信終了……」
回線は、一方的に切られた。ノーサーはその場に泣き崩れた。
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一体何時間経っただろうか?
彼は目の前のディスプレーに映る隕石を見据えながら思う。時計は持ってきてなかったし、見る気もしない。ガウマンは目の前のスイッチを押す。すると、隕石と自機の衝突までをカウントしたタイマーと核弾頭の爆発までのカウントが同時に起動した。
隕石衝突まで残り二十時間。
自機衝突、及び核弾頭爆破まで残り一分
彼はひどく落ち着いていた。
「【スターダスト】星屑か……お前にゃ似合わんよ」
呟くと、ズガンという轟音と振動。おそらく周りに浮遊している一つにぶつかったらしい。
「だぁー!悪かったよすまん。貶してすまなかった!頼むから邪魔しないでくれ!そうだ、取引しよう。お前は地球に落ちて終わりなんてごめんだよな?だったら俺が今からずらしてやるから、お前も協力してくれ!まだ宇宙の旅したいんだろ?させてやる。だから俺以外誰も死なせないでくれ!」
ガウマンが懇願すると、振動がやみ、真っ直ぐ進路が取れるようになった。
まるで、目の前の隕石が、手を貸してくれているようだった。
残り十秒。
彼は思った。
―――満足か?―――
「ああ。素晴らしかった。満足だよ」
自問自答し、彼は笑った。
残り三、二、一。
瞬間、眩いばかりの光りが見えた
奇跡は起きた。
「ガウマンがやりました!ロスに向けて進んでいた隕石が、衝突ルートから外れました!成功です!やった!」
オペレーターが何度も手を握りながら叫ぶ。そしてさらに、
「二番機ポップスの着陸を確認!」
英雄は、約束を果たした。
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出発の時と同じように大勢の人々に迎えられ、デニス達は地球に降り立った。歓声に包まれながらデニスは空を仰ぎ見、言った。
「やったぞ…少佐が救ったんだ…俺たちも、この人々も」
「だな。ありがとよ、少佐」
デニスが振り向くと、そこにはノーサーがいた。彼は軽く笑い、後ろを指差す。そこには、二ールがいた。彼女はデニスに抱きつき、ノーサーは「バカップルにはかなわん」と仲間と笑いあった。
隕石落下阻止。英雄達はここに生まれた。
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2004/06/30(Wed)16:18:24 公開 / 森山貴之
■この作品の著作権は森山貴之さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
これでスターダストは終わりです。最後まで書けたのは読んで下さった皆様のおかげです!
では感謝を込め返信開始!
村越さん、ああ!確かにそうですね。なんかタイムラグがない……ここはNASAの不思議さを入れたかったんですが、もう少しうまく表現できれば。自分の勉強不足でした。すいません!
卍丸さん、ほんとにありがとうございます!考えに考えた場所なんでホント嬉しいです!しかし良いですよね……アルマゲドン。あれだけで三回泣けますからね。
オレンジさん、期待に添えれたでしょうか?一応困難な場面作りは徹したつもりです!
エテナさん、読みが鋭いですね。実は(ブレーキ音、その後ドンという鈍い音)…なんですよ。期待に添えるよう頑張ります!
神夜さん、お供しますよ!地上の恐怖を味わせてやりましょう!(壊れ気味)
きつねうどんさん、隕石でした。初めはエンジントラブル考えてたんですけど構想の段階でカットしてしまいました。
ニラさん、短くても読んでくれたんですから自分嬉しいです!ありがとうございます!
皆さん読んで下さって重ね重ね有難うございます!次回作もできましたら一読お願いします!なるべく早く完成させて、早めに投稿したい思ってます!最後にもう一度だけ打たせてください。有難うございます!
題名表記のため再度更新。すいません!