- 『<雄太くん大追跡!>読みきり』 作者:葉瀬 潤 / 未分類 未分類
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原稿用紙約12.9枚
AM7:30。月曜日。山田家の朝。
泊まり込みの仕事から解放され、母の智子が帰宅した。玄関を開けて、自分の帰りを待っている三人の子供たちに声をかけた。
「ただいま! 貴方たちお母さんがいないからって、夜更かししたんじゃない?」
笑いながら、智子が靴を脱いだ。まぁ、年頃の子供たちを持てば、夜更かしなんて当たり前かと、自分の発言のおかしさに笑った。子供たちもそう言ってくるのではないかと耳を澄まして待っていたが、一向に返事は聞こえなかった。不思議に思った智子が、子供たちのいるリビングへと歩いた。
智子は衝撃を受けた。ちゃんと朝食がテーブルの上に並んでいるではないか。いつもはめんどくさいといって、カップラーメンで済ませている我が子たちが、味噌汁と白御飯とサラダを作っていた。智子は感動して、足元で倒れている子供たちに目をやった。朝に弱いからって、まだ眠っているのねと微笑み、娘二人を叩き起こした。
「由香? 裕子? 早く起きなさい!」
眠っているというより、ぐったりしている感じだった。娘たちは気絶していた。顔が歪んでいる。
部屋の中には酷い異臭が漂っている。まさかガスが漏れているのではないかと、智子が慌ててキッチンに走ったが、ガスはきっちりと閉めている。
「ねぇ、一体何があったのよ?」
早く娘たちを起こさないと、学校に遅刻してしまう。智子は娘たちが気絶した部屋を見回した後、すぐに悲鳴を上げた。
「ゆ、雄太がいない!!」
智子は急いで家中を探した。かくれんぼ好きな末っ子が隠れそうな場所をくまなく探した。押入れの中? トイレに立てこもり? 風呂場で溺死? 小学5年生になる雄太に限って、まだ非行は早いわなんて、ちゃっかりタンスの引き出しを開け、通帳の中身をチェックした。
智子は愕然と、床に膝を落とした。顎ががくがくと震え、もう一度家の中の状況を把握した。
帰ったら娘たちが気絶。息子の雄太の姿がない。争った形跡もなく、朝食がちゃんとテーブルに乗っている。
「もしかして……誘拐?」
智子の顔は青ざめた。警察に110番しなくては。智子は肩にかけてあった鞄から携帯を取り出し、助けを呼んだ。
「あの、もしもし。帰ったら息子が居なくて……はい、まだ幼い子供なんで、多分誘拐なんです……はい、わたしも近辺を探してみます」
警察が動いてくれる。携帯を切り、智子は動揺する気持ちを抑えて、家を出た。学校へ登校する子供たちの姿が、雄太と重なり、智子の目からまだ早い涙がこぼれ落ちた。
「雄太、どこにいるの?」
智子は辺りを見回しながら、雄太の安否を心配した。
一方の国道沿いの交番。今日も一人の警官が、派出所から町の安全を守っている。ふと、警官が目に止まったのは、パジャマ姿で町をうろうろしている少年だった。ここでどうしたのと声をかけるのが自分の職業だ。胸を張り、目の前を通り過ぎようとする少年に声をかけた。
「僕? もしかして迷子なの?」
腰を下ろし、少年と目線を合わせた。少年は今にも泣きそうな声をあげて、
「あのね、僕のお姉ちゃんたちが……」
そういいかけると、警官の意識が遠のき、アスファルトにそのまま倒れた。少年――雄太は一瞬驚いた顔をして、すぐさまそこから走り去った。警官もまた気絶した。それまで雄太が通った道には、人が転がっている。ただ気絶しているだけだが、道路を車で走る人から見たら、異様な光景なのだ。 まるで通り魔にでも襲われた現場だった。正義感ある運転手は走り去る少年に不審を覚え、携帯を使って警察に通報した。
「……桜木町で人がたくさん倒れています。ちょっと怪しい少年が居るんですが……えと特徴は……」
少年をよくみようと運転手が窓を開けた。
車からクラクションが鳴り響いた。周りで信号待ちしていた車からは、うるさいぞと罵声が飛んでくるが、クラクションが一向に止まないでいる。携帯を握り締めたまま、正義感ある運転手は気を失い、顔がハンドルに倒れた。
AM8:00。警察が動いた。大通りにサイレンが鳴り響いた。
雄太がその光景に足を止めていると、通報を受けた警官が、急ブレーキを踏んだ。車の窓から顔を出し、警官が少年に声をかけた。
「君は山田雄太くんかい?」
それまで無表情だった少年が、大きく頷いて返事をした。ほっとした警官は無線を通して、署に連絡をした。
「桜木町四丁目で少年を発見しました。どうやら誘拐ではないらしいです。……はい、一人です……」
無線を切り、警官は車から出た。雄太はなんだかそわそわしていた。辺りを見渡し、その顔はどこか青ざめていた。首を傾げた警官は少年の視線の先を追った。さっきまでスムーズに走っていた車が渋滞を起こして止まっていた。クラクションがあちこちで鳴り、運転手たちは顔をハンドルに押し付けて、みんな気絶している。
歩道に目をやると、通行人は自分と少年を除いてみんなアスファルトの上で気を失って倒れている。園児も学生もサラリーマンもOLも主婦も主夫もご老人たちも。朝のうるさい雑音が、車のクラクションしか聞こえない。
すっかり動揺してしまった警官が、雄太を見下ろすと、その瞳は怯えていた。
「一体、何があったんだ?」
「……お巡りさん。僕どうしたらいいの? このままじゃ……」
「大丈夫だよ。そうだ! ここは大きく深呼吸して、落ち着こうか?」
そう少年には笑ってはいるが、警官の内心はバクバクだった。
もしかしたら、原因は目の前の子供? そんな考えがあったりなかったり、目の前が暗かったり明るくなったり、警官の意識が朦朧と、少年をみつめた。
あ。もしかして……。無垢な瞳が自分を哀れに見ている。警官は、人々が気絶した理由が分かった気がした。それを署に早く連絡しなくては。そして、この子の母親に知らせなくては。車に戻ろうとして振り返ったときだった。
「ねぇ。なんでみんな僕の前で倒れるの?」
少年は問う。警官は気絶した。
智子は確実に雄太に近づいている。その根拠はなんなのかと聞かれれば、適当な直感なのだ。
人々が倒れ、車が渋滞を起こし、それは一つの道のように続いている。気を失った通行人の中から息子の小さな体型を恐る恐る探しながら、智子は朝の町を歩いている。家に残してきた娘たちのことも心配だが、家を飛び出した息子のほうが百倍心配なのだ。
「雄太! 雄太!」
呼ぶ声は、国道から鳴り響くクラクションによって掻き消されていく。
雄太はとりあえず逃げる。別に捕まってもいいが、まるで犯罪者を追うような警官たちの気迫に押されて、100m15秒の足で逃げている。
「なんで? 僕なんか悪いことしたの?」
息を切らし、呼吸がだんだん荒くなる。
後ろを走っていた警官が突然次々と倒れていく。何十人という人数が一瞬で、静けさに変わる。雄太は唖然として、立ち尽くしていた。バンという音が、雄太の足元をかすめた。上を見上げると、ビルの屋上からこちらに狙い定めているショットガンと男がいた。
うめき声を上げ、雄太はまた逃げ出した。
上空からはヘリコプターが追跡している。物事を飲み込めていない雄太にとって、もう走るしかなかった。荒くなる呼吸。気絶する人々。走る少年雄太。息子を探す母。
さきほど倒れていた警官が奇跡的に目を覚ました。意識がはっとして、すぐに体を起こした。少年の姿はなく、どこか遠くの上空ではヘリコプターのプロペラ音が聞こえてくる。警官の顔に一筋の汗が流れた。状況がすでに大規模になってきている。焦る。
「このままでは、あの少年が……」
急いで無線をとり、警官は伝えた。
「今すぐ少年の確保と、母親とあるものを用意してください!」
AM8:20。智子は時計をみた。間に合うかな。こっちもある意味焦っていた。
携帯から警察の方から連絡が入り、息子を確保したという一報が入った。 確保? それはまるで容疑者を確保したと同じ響きではないかと、息子の扱い方に不満を抱いた。
「とりあえず、今から桜木町一丁目に来てください!」
ここから走ると相当な距離だった。タクシーを拾いたいところだが、あいにく車が渋滞していて、そんな状況ではなかった。
困った智子が、ふと視線を投げた方向に自転車が置いてあった。他人のものだとはわかっていても、今回はほんとに緊急なのだ。そう良心のある自分になんとか言い聞かせて、智子は自転車に乗った。
そして、全力疾走で歩道を駆け抜けていった。
AM8:30。智子が到着。機動隊がガスマスクをつけて待機していた。 智子もまた近くにいた警官に、ガスマスクをはめられた。
「ちょっと、貴方たち! 息子が何をしたっていうのですか? ただ家にいないから探してほしいと言っただけなのに、なんで息子が倒れているんですか?!」
雄太は眠っていた。やすらかな顔で、寝息をたてている。一人の警官が、智子に事情を話した。
「このままでは被害が拡大するので、麻酔を打ちました」
「なぜ、こんなものを被っているのですか?」
智子はガスマスクを指差して、聞いた。説明されるより早く、違う警官が、智子に「あるモノ」を渡した。
智子はきょとんとした。目をぱちくりさせて、言葉に詰まった。
「あの、これ……」
「何言ってるんですか? はみがきですよ。ちゃんと歯磨き粉もつけているので、安心してください!」
「…………」
機動隊が見守る中、智子は膝元で眠る雄太の口の中を磨いた。歯茎を磨いていると、少し顔を歪め、寝返りを打ったりしていた。
智子は息子の黄ばんだ歯をみて、納得した。
たまに娘たちが、「雄太の口が臭い」などと呻いていたが、その臭さがここまで人を気絶させる臭いになるとは、誰も想像付かなかっただろう。歯磨きさえちゃんとしていれば、こうも大げさな事件にはならかった。半分呆れて、半分ほっとした。なんせ久しぶりに息子の歯を磨くのだから。
「もしかして、胃が悪いのかしら?」
あとで病院に寄っていこうと、智子は思った。
AM8:50。ヘリコプター・警官・機動隊撤退。人々は目を覚ます。
遠くのほうで学校のチャイムが鳴っている。
「あーあ。やっぱり遅刻しちゃった」
そう呟くのは智子だった。時計を気にしながら。
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2004/06/04(Fri)16:50:24 公開 / 葉瀬 潤
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■作者からのメッセージ
初めて恋愛から抜け出したジャンルを書きました。。書き上げた後はけっこう緊張してます!
もう最初から最後までおちゃらけてます。。
これを書くきっかけをくれた弟に感謝しています。ありがとうね。
なんじゃこの作品は?!(怒)と思った人がいたら、ビシバシ言ってください。。
ちょっとへこむかもしれませんが、初の試みです。