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『ゴミ拾いの人【読みきり】』 作者:蘇芳 / 未分類 未分類
全角1507.5文字
容量3015 bytes
原稿用紙約5.45枚

複雑に軌道を変えながら吹く風が、ごおと鼓膜を打ち震わせる。
見ているのは月と星だけ。
少年はビルの屋上にいた。
ビルといっても高くはない。せいぜい七階くらいの高さ、だが、人が死ぬには十分過ぎる。
少年がフェンスを乗り越え、あと一歩踏み出せば落ちるほどの所に立つ。
ビル風に体を煽られながら、少年は町の夜景を見つめていた。
どのビルにも明かりが灯り、忙しく動き回る人が見える。
少年が靴を揃えて脱ぎ、両手を一杯に広げる。
「この世界に、美しい死を」
少年が足を一歩踏み出すと、体は地面に吸い寄せられて落ちていく。
飛び降り自殺というのは、落ちる前に失神してしまうらしい。
それは恐怖で失神してしまうという。
だが少年の心に恐怖はなかった。みるみる内に近付く地面、だが、スローモーションが掛かったように遅く感じる。
少年は笑っていた。眼を見開き、スローモーションで近付く地面を凝視しながら。
重力加速によって、まるで地面に吸い込まれるようにして衝突。
風に煽られて逆さになった体は、頭から地面に当たった。
首から上が完全に砕け散り、地面に美しい紅い花を咲かせる。
それだけに留まらず、落下の衝撃で折れた背骨が背中の肉を突き破って、外に飛び出した。
骨と肉の潰れる音が大きく響き、通行人から悲鳴が上がる。
もし、少年の頭が残っていたら、それはきっと笑顔だったろうな。

―この世界に、美しき死を。



昨日から、食事を一口も食べていない。
先程まで狂いそうなほどの空腹感が体を支配していた。
今はそれもない。ラクな気分だ。
男は口元を僅かに歪めると、口を大きく開いて指を口腔に突っ込んだ。
指が根元まで、いや、それさえも越えて。
喉の奥底まで二本の指を入れても尚、これでもかと奥へと入れる。
やがて込み上げる嘔吐感。指を引き抜き、吐瀉物を便器の中へと流し込む。
「うっ…!! ゲホッ! ゲホッ!……」
胃の中に残っていた少量の消化物と、大量の胃液。
それが渾然して一気に体外へと流れ出る。
「はぁ、はぁ…」
男が青褪めた顔を、天井から吊られたロープへと向ける。
―首を吊ると、垂れ流しになる。
男の頭にあったのは、それだけだった。
男は口元を拭うと、天井から吊られたロープへと歩く。
ロープの下にはイスが置かれていた。男はそのイスの上に立ち、ロープの輪に首をかける。
男の顔は笑っていた。
「この世界に、美しい死を」
男がイスを蹴り飛ばす。派手な音とともにイスが倒れる。
男は悶える事もせず、ただ顔に笑顔を貼り付けていた。
脂汗がふき出し、顔が蒼白になってゆく。
だらしなく小便を漏らし、目がぐるりと白眼になる。
窓から差し込む光に、首を吊った男が照らされていた。

―この世界に、美しき死を。



きっと人間は、死ぬ時が一番美しいんだ。
大勢の人に看取られながら。たった一人で誰にも看取られる事無く。
原形も留めぬほどグチャグチャに。原形を留めたまま美しく。
薬でボロボロになりながら。老衰で眠るように。
人間は死ぬ瞬間が美しい。切望という名の花を咲かせ、この穢れた世界に別れを告げる。
そして僕は、彼等、彼女等の遺した物を拾っていく。
それはさながら、ゴミ拾いのようだね。
でも僕は欲張りなんだ。強欲なんだ。
だから皆には、もっともっと遺してもらわないと。
ああ、新しい御客様が来たみたいだ。
「ようこそ、今日はどうのような死を?」
「惨たらしく…皆に見せつけるように」
嬉しい注文だなあ。
この御客様には、たくさんの物を遺してもらえそうだ。
「ならば線路に飛び込みましょう」
血が派手に散って、体が粉々に弾け飛ぶ。
そして悲鳴があがって、それは美しいよ。きっと。


―FIN―


2004/05/31(Mon)23:14:03 公開 / 蘇芳
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■作者からのメッセージ
サイコスリラーを書こうとしました。
たぶん失敗ですよね…。
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