- 『春風に遊ばれて 【デート編】』 作者:名も無き詩人 / 未分類 未分類
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全角9838.5文字
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原稿用紙約33.7枚
僕には好きな女の子がいる。
その子はいつも笑顔を振りまいていて、みんなから好かれているけど、僕の前では良く怒った顔になる。
けれども、怒った後の悪戯な笑みはどこか僕を安心させた。彼女は僕とは対称的な子だった。
彼女は僕の前に急に現れ。そして、僕の学校に転校してきた。
彼女の髪は深い黒で、見ているだけで吸いよされるくらい深い色をしていた。
その髪が風でなびくと彼女は髪の毛を掻き上げる。その仕草がどこか大人っぽく。
クラスの男子は多々その光景に目を奪われた。ちなみに僕もその一人である。
彼女のあの仕草はドキッとさせられて、僕はいつも顔を紅くしていた。
そんな時は必ず彼女が僕を見て小さく笑うんだ。
結局、彼女は僕の世界の住人となり、僕の心に住み着いた。
そう、彼女、風見優花は僕に取って無くてはならない存在になりつつあった。
あれは、優花が転校してきて初めての休日。僕に取っては人生初めてのデート。
緊張しない方がおかしい。僕はとりあえず、青いシャツとジーパンを履いて誰もいない家を飛び出した。
さて、何故僕が休日からこんなに慌てているのかというと前日の話しに戻る。
僕は授業が終わった後、優花に声をかけて、いつものあの場所へと向かうつもりであった。
しかし、今日の優花はどこか違った雰囲気があった。
「ねえ、大喜君」
優花はポツリと言った。
「どうしたの? 優花」
「明日、休日だよね」
「そうだけど」
「‥‥えっと」
彼女は口が少しどもる。僕はその仕草で優花が言いたい事が分かった。
「そうだ。優花、明日僕とどこか行かない?」
僕の提案に優花は目を輝かせた。
「前に約束したよね。もっと凄い景色を見せてあげるよって。だからさ‥‥」
僕の耳が一気に紅くなる。
「うん! 行こう!」
彼女はそう言って僕の首に飛びついた。僕は更に紅くなるが彼女はお構いなしに笑う。そして、僕も続いて笑った。
二人の会話を聞いていた守は、にやりと口を歪ませて、二人に気づかれないように教室を後にした。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、話しをデートの日に戻そう。小学生ではそんなに遠くへはいけないと思うかも知れないが、そんなことはない。
一握りの勇気とお金があれば、例え小学生だって遠くへ行ける。
僕が今回彼女を連れて行こうと思った場所は、電車で約二時間の所にある。
子どもの国と呼ばれる自然に囲まれた場所だ。
彼女に見せたい景色がそこにある。
その為の準備は万端で、場所も把握済みだし。
どの駅で乗り換えるかも確認した。
あとは、間違えずに行くだけだ。
僕は気合いを入れて駅前のゾウの像へと向かった。
空は晴れており、雲一つなく絶好のデート日和である。
どうやら、僕は天気にも見舞われたみたいだ。
ゾウの前にはすでに彼女の姿があった。
「ごめん。待った」
「うんん。私もいま来たばかりだから」
彼女は帽子のつばを触って言う。彼女の格好は真っ白いワンピース。
たぶん、初めて出会った時の格好だったと思う。
それにあの帽子も見覚えがあった。
「それじゃあ、行こうか」
彼女の手を取り、駅のホームへと向かった。
その二人の影を見ている二人組がいた。
「どうやら、電車を使ってどこか行くみたいだな」
「そのようね」
「しかし、あの二人を尾行するハメになるとは思わなかったぜ」
「‥‥だって守があの二人がデートするって言うから、私気になっちゃって」
「そう言えば、告白のあと、あいつから何か言われたか?」
「‥‥‥うんん」
「そうか、なら俺たちであいつらのデートを妨害するか」
「えっ、でも、それじゃあ、鳴海君に迷惑かも」
「それなら大丈夫だろ。俺たち二人でさり気なくあいつらに接近し、ダブルデートと言うことで近づこう」
「ダブルデート?」
「ああ、大喜と風見。俺と理津子でのダブルデート。
ただし、隙をみて、俺が風見を押さえるからお前は大喜を連れ出して、後は自分でやれ」
「‥‥‥うまくいくかな」
「そりゃ、お前のがんばり次第さ」
「うん‥分かった。私頑張る」
「ああ、がんばれよ」
理津子は小さくガッツポーズした。
「おっ、どうやらあいつら動き出したみたいだな。俺たちも合流しよう」
そう言って守と理津子は二人の後を追った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
電車というのは、男の子に取ってあこがれの一つである。僕も例外ではなく電車は好きだ。
電車の揺れる感覚は心をドキドキさせたり、窓から見える景色は未知の世界を映し出していたり。
そう言った違った景色を見るのが楽しかった。だから、どこか遠くに行くときは電車を使う。
ゴトゴト、規則正しいレールの音が耳を掠めながら、景色を楽しむのはすごく楽しかった。
初めて父に乗せて貰った電車。今はその電車の名前も思い出せないが、不意にその思い出がよみがえってくる。
あのころの父は優しかった。よく大きな手で僕の頭をなでてくれた事を覚えている。
その手はごつごつしていたが、僕に取ってはとてつもなく大きな手に見えた。
電車の中は父と僕以外誰もいなく。貸し切り状態であった。父はにやりと笑い。電車の窓を開けてくれた。
このころの電車は窓が開けられて、外の風を車内に入れる事ができた。
父が窓を開けると、一瞬僕の髪の毛がフワッと浮かび上がる。父はそれを見て笑う。
つられて僕も笑ったと思う。窓の外の景色はめまぐるしく変わる。
それも、一つとして同じ景色はないのだ。一つの景色が終わるとまた次の景色。
次の景色が終わるとまた次という風に、僕を飽きさせなかった。
僕は窓に釘付けになり、夢中で外の景色を眺めていた。
最初は町の景色だったが、だんだんと家の数が減り、気が付くと畑ばかりが目に入った。
誰もいない畑にかかしがポツンと立っているだけだった。
そして、ふと気が付くとすでにそのかかしの姿も見えないほど小さくなっていた。
電車は加速を始め、遂に目の前には大きな森の姿が見え始めた。
僕の目の前には巨大な山の姿が見え、大きな谷が僕の目の前を通過した。
僕はあることに気が付いた。僕の隣にいたはずの父の姿がないことに。
僕は急に怖くなった。窓の外は何故か夜に変わっていた。
闇は僕の顔を映しだし、いたずらな笑みを浮かべる。
僕は走り出そうとした。その時、遠い所から誰かが僕を呼んでいた。
僕はその声に導かれて光の中へと消えていった。
「大喜君……着いたよ!」
優花の顔がドアップで映し出され、僕のほっぺをつまむ。
その顔はどこかいたずら的だった。
「大喜、お前顔色悪いぞ。平気か」
守は心配そうな顔をする。
「鳴海君、大丈夫?」
岡崎が僕の顔をのぞき込む。
「らいじょうぶだお〜」
優花にほっぺを摘まれているので口が思うように動かなかった。
「どうやら、平気そうだな。んじゃ、降りるか」
そう言って守達は電車を降り、僕もそれに続いて降りた。
ホームに降りると、ここはすでに都会ではなく。
木々の香りや花の香りが漂ってきた。
子どもの国は駅から10分程度の所にある。
子どもの国という名前が付けられている通り、この場所は子どもたちに取っての遊び場となっている。
アスレチックや巨大ブランコ、植物園やハイキングコース、それに世界一長い滑り台なんてものある。
言うならば自然を満喫するための遊び場となっているのだ。
「んじゃ、まずはどうするよ」
珍しくやる気満々で守が仕切っていた。
いつもならば、岡崎さんが真っ先に仕切りたがるのだが、今日はいつもより大人しい。
もしかしたら、まだあのことを気にしているのだろうか。
それは、僕たちが電車に乗ろうとしたときの事だった。
「乗ります!乗りまぁ〜す!」
僕たちが電車に乗った後、突然二人組の男女が駆け込んできた。
そして、女の子の方がドアに足を取られ、床に倒れてしまったのだ。
それも、勢いよくだ。端から見たらすごく痛そうに見えた。
それと同時に、目の前にすさまじい光景が。
それは、女の子のスカートが全開にまくり上がって、しかもパンツに可愛らしいクマの絵が描かれていた。
それも、何故かそのクマは眼鏡をかけていて。本当に悲惨な光景だった。
男の子の方は深いため息を吐き、やれやれといった風に首を振った。その顔にどこか見覚えがあった。
「守じゃないか?」
「おお! 大喜じゃないか。それに風見さんも。二人とも奇遇だね」
守は驚いた顔で言った。
「ひょっとして、そこで倒れているのは岡崎さん?」
「ふえ〜ん」
いきなり岡崎は泣き出した。
「よしよし、いい子だから泣きやみな」
そう言って守は岡崎を立ち上がらせる。
「どうやら、怪我はないみたいだ。飴やるから泣くな」
「私、子どもじゃないよ」
そう言って岡崎はさらに泣き出した。守も少し困った顔をした。
そんな時、僕の隣にいた優花が岡崎をぎゅっと抱きしめ、よしよしっといった感じで岡崎の頭をなでた。
岡崎も最初は驚いたがすぐに泣きやみ、涙を拭いて立ち上がった。
「‥‥ありがとう」
ちょっと頬をせめて岡崎はいった。優花は満面の笑みを浮かべた。
「ところで、二人ともどこかにお出かけのようだが?」
守はいきなり僕の顔を見ていった。
「えっと、僕たちこれから子どもの国に行こうと思うんだ」
「子どもの国か‥‥俺らも行っていいか?」
僕は少し戸惑うが。僕が答える前に優花が口を開いた。
「みんなでいった方が楽しいかもね」
それを聞いて守は僕の顔を見てにこりと笑った。
そんなわけで、僕たちのデートに何故か守と岡崎さんが一緒にいくことになった。
なんか前途多難の始まりだと僕は痛感していた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
子どもの国の入口では着ぐるみを着てフーセンを配っている人がいた。
僕らよりも小さな女の子がお父さんの手を握りしめ、にこにこしながらフーセンを受け取っていた。
女の子の小さな手にフーセンの糸を巻き付けて、はしゃいだ。僕はそれをジーッと見つめていた。
「ねえ、大喜君。何ボーっとしてるのよ。早く行きましょう!」
優花は僕の腕を引っ張って入口へと向かった。
「ところで、最初どこから行くんだ?」
「うん。まずは植物園に行ってみようと思うんだけど」
「植物園か……いいんじゃない。理津子もいいよな?」
「私はどこでもいいよ」
「優花はどう?」
「あたしもそこでいいよ」
とりあえず、みんなの意見は一致したので最初に植物園に行くことになった。
子どもの国の植物園は日本でも最大級のテーマパークであり、日本の様々な植物が見られる。
また、今は世界の花の展覧会をしており、お花屋さんでしか見かけることのできない花が見られた。
「うわ〜、キレイな花!」
優花は目を輝かせた。
「オオムラサキ、カリン、フモトスミレ、ヤマザクラ、ニホンタンポポ。へえ〜、結構な種類があるもんだね」
守も感心した様に花を見つめる。
「琢馬君ってあんがい物知りね」
「ああ、俺こういうミニ知識は結構ある方でね。その中でもタンポポには詳しいんだぜ」
「へえ〜、じゃあ詳細を聞かせてよ」
「ああ、いいぜ! タンポポ。日本には約10種類あるが、関東地域ではカントウタンポポが主であり、
俺たちがよく見るのはこのタンポポだろう。頭花は小さく、キク科の花なんだ‥‥」
守は楽しそうに優花と話し始める。
「ねえ、鳴海君、このお花、ピンク色でかわいいね」
僕の隣を歩いていた岡崎さんが低い木を指して言った。
「ああ、僕も花のことは詳しくないけど、たぶんツツジの一種じゃないかな」
「そうなんだ。何か髪留めにしたくなっちゃう」
「うん。岡崎さんなら似合うかも」
僕の言葉に岡崎さんは顔を紅く染めた。いつの間にか優花と守の姿がない。
たぶん、先に行ってしまったんだろう。僕は二人を追いかけようとする。
しかし、その前に岡崎さんの手が僕の腕を掴んだ。
「えっ」
僕は急な事で気が動転する。そして、彼女は顔を伏せて言った。
「鳴海君は……、鳴海君は私の事どう思ってるのかな? あの時の告白の返事が聞きたいの。
本当は返事なんか聞きたくないけど。そうしないと、私不安に押しつぶされちゃうから。だから!」
彼女は伏せていた顔を上げ、真っ正面から僕の顔を見た。
僕は彼女が真剣に僕の事を想っているのが分かった。
そして、僕の答え方一つで彼女を傷つけてしまうことも分かっていた。
あれは父がまだいた頃、父の言葉一つで母が泣いていた事があった。
あの時の僕は何故父が母を泣かすのか分からなかった。
けども、それが悪い事だということだけはすぐに理解できた。
だから、僕は岡崎さんを傷つけてはいけないよう、本当の想いを隠して言う。
「別に僕は岡崎さんの事嫌いじゃないよ………」
僕の言葉と共に彼女の瞳から涙があふれ、地面にへたり込んだ。
僕は狼狽する。彼女の涙が母の涙とダブって見えた。
「……岡崎さん」
「大丈夫、ほっとしたら涙が出てきちゃって。えっへへ、格好悪いね」
彼女は泣き顔で力無く笑った。僕は胸をなで下ろし、彼女を立たせる。
「先に行った二人の後を追おう」
「……はい」
一瞬彼女の顔がかげるがすぐに元に顔に戻った。
こうして、僕は心におもりを抱えて優花達の後を追った。
優花達は次の部屋のベンチに座っていた。守は僕たちが来たことに気が付き、近づいてきた。
何故か守の顔が険しい表情で、僕を睨み付けている感じだった。
この時、僕は何故彼が怒っているのか分からなかった。
いや、もしかしたら、守は僕が岡崎さんを泣かした事に気づいていたのかも知れない。
「大喜、俺達ノドがかわいた から、優花ちゃんと一緒に何か飲み物でも買ってきてくれないか?
この部屋の先に自販機があったからさ。頼むよ」
守は怒るわけもなく。僕にそう頼んで肩を叩いた。僕はその行動にあっけにとられた。
正直言って殴られると思ったからだ。僕はとりあえず、頷き優花と一緒に先の自動販売機へと向かった。
残された岡崎はじっと守を見つめる。
「その顔はあいつに泣かされたな。まさか、あいつがお前を泣かせるとはな。
どうせ、泣き虫のお前の事だから、原因はお前にあるんだと思うが…」
「私、別に泣き虫じゃないよ」
「はいはい、そうですか。ああ、それと俺あの二人の応援をすることに決めたから」
「はあ?」
「だから、大喜と優花ちゃんをくっつける事に決めたからさ。
お前は一人でがんばれ。俺の力を頼らずにしっかりやれよ」
「それってどういう事!」
「どういう事もそう言うことだ。あっ、大喜達が戻ってきたからこの話しは終わり」
守はそう言うと、大喜からジュースを受け取り、プルタブを開けた。
缶ジュースの圧力により、音が鳴った。守はそれをぐいっと飲み干し、一息ついた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
植物園を一通り見終わった僕らは、次の目的地へを決めることにした。
「次はさ。それぞれ別行動しないか?」
いきなり守がそう提案してきた。
「うん。そうだね。僕も優花と一緒に行きたい場所があるし」
「そうそう、今度はお互いに楽しみましょう」
岡崎は少々複雑そうな顔をする。
「理津子もそれでいいだろ?」
守の言葉に岡崎はぎこちなく頷く。
「じゃあ、そう言うことで俺たちは動物園の方へ行くわ。あと、帰りは一緒に帰ろうぜ。
そうだな、五時に子どもの国の入り口でどうだ」
守の言葉に僕は頷く。
「んじゃ、五時に子どもの国入り口でな」
そう言うと守は岡崎の手を強引に引っ張り、動物園の方へと消えていった。
「じゃあ、僕らも行こうか」
僕は緊張したおもむきで、優花の手を取り歩き出した。
優花の手は少し汗ばんでおり、僕の体温より熱かった。
何だかだんだん優花の事を意識しはじめて、呼吸が荒くなってきた。
それに、頬もなぜか熱い。地面に敷き詰められた煉瓦が、僕たちの道を示してくれた。
周りはすでに林に囲まれて、涼しい風が僕の頬を掠める。
「う〜ん。何だか気持ちいい風ね」
彼女は頭の上の帽子を押さえて言う。
「そうだね。この辺は大きな建物もないし、車もあまり通らないから空気が澄んでいるから」
「そうね」
そう言うと彼女は僕の手を放し、手を大きく広げた。それはまるで飛行機の翼のようで。
僕の目にはそう見えた。彼女は風を感じ、目を閉じた。僕も同じように目を閉じる。
真っ暗な闇の中に僕はいた。風が僕の頬をくすぐったのを感じた。
それだけでなく、僕にはハッキリと風の息遣いを聞いた。そうして、僕は目を開いた。
「風を感じられた?」
「うん。感じた、感じたよ」
「‥‥風はね。遙か昔からずっと吹いているの。それはね、これからも変わることはないんだ」
彼女は近くの木陰に座る。僕もとりあえずその隣に座った。
その後彼女は何を思ったのか、僕のまたの間に座り直した。
「‥‥‥」
「大喜君は大人になったら何になりたいの?」
彼女は突然そう聞く。
「笑わないで聞いてくれるかな?」
「あら、私が大喜君の事で笑ったことあったかしら?」
「いや、ないけど」
「だったら問題ないよね」
「うん。実は僕、大人になったら医者になりたいんだ」
「‥‥‥どうして医者になりたいの?」
「一つは母さんに楽をさせたいこと。それと、もう一つは死に直面している人を助けたいんだ」
「‥‥‥うん。大喜君ならきっと良いお医者さんになれるよ」
「‥‥ありがとう」
僕は頬をぽりぽりと掻いた。
「優花は大人になったら何になりたいの? やっぱりお嫁さん?」
「…そうね。昔はお嫁さんになることだったかな。でも、今は違うな」
「じゃあ、今は何になりたいの?」
「うん、立派なお婆ちゃんになりたいかな」
「…お婆ちゃん? そんなの時が経てば嫌でもなるでしょ」
「うん。そうだね」
彼女は頭の帽子を取り去り、僕の胸に背中を押して付ける。
そして、僕の手を取り、自分の胸に押しつけた。
「えっ、優花」
僕はいきなりな事で動揺する。
「大喜君。私の胸どう?」
いきなりそんなことを言われても、僕はどういって良いやら分からず。
とりあえず、率直な言葉を述べた。
「やわらかい」
僕の言葉とともに顎に衝撃が走る。
どうやら優花の頭突きが顎に命中したらしい。僕は急なことでびっくりした。
「大喜君のえっち」
彼女はそう言ってさらに僕の手を胸に押しつけた。
彼女の胸はうちのクラスで一番大きく、そしてすごく柔らかかった。
さわっていて、とても心地よい感じがした。
それと同時に、『ドックン、ドックン』と言う規則正しい振動が手のひらを伝わった。
それは彼女の心臓の鼓動だ。
「伝わった?」
「うん。ドックン、ドックンって脈打ってる。優花の心臓の鼓動」
「私も大喜君の心臓の鼓動聞こえるよ。すごい早さで脈打ってる」
「そりゃあ、そうさ。何せこの体勢だもん」
「あ、大喜君、またえっちなこと考えてるな」
「男はそういう生き物さ」
「まあ、それもそうね。それじゃあ、そろそろ大喜君が見せてくれる景色の場所に行こっか」
「そうだね」
僕たちは立ち上がり、林の奥へと向かった。
林の奥には大きな公園があり、その向こうには大きな湖が広がっていた。
湖では、親子ずれの人達のボートでいっぱいだった。
「見せたかった場所ってここ?」
「うんうん、違うよ。もうちょっと先の丘にある場所」
僕はそう言うと彼女の腕を取り、湖の隣にある坂道を上り始めた。
坂道は急ではないが、整備はされておらず。地面には石や木の枝で散乱していた。
そして、視界が急に開けると、一本の杉の木が立っていた。
「ここが、僕が見せたかった所だよ」
「うっわ〜。空が開けて見える!」
「そうなんだ。この辺まで来ると周りに大きな建物もないからね。空がハッキリ見えるんだ」
僕らは原っぱに寝そべる。白い雲がぷかぷかと漂っている。
「雲ってどこまでも飛んでいけるから良いね」
「確かにね。僕も空の景色を見るときはよく考えるよ」
「私もよく窓の外の空を眺めて、自由な雲が羨ましかった」
「‥‥‥」
「だから、私は雲と一緒に大空を駆ける風になりたかった」
「‥‥‥」
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。だったらその願いはもう叶ったよね」
僕の言葉に彼女の目が大きく開く。
「優花は僕の風さ。そう、僕に春を運んできた。春風」
「‥‥‥」
「君は知っていたかどうか分からないけど。僕は君に出会って本当に良かったと思っている。
今までは退屈だった毎日が、君のおかげで変われた。だから‥‥」
「だから?」
「えっと、うん。僕は君の事が好きなんだと思う。あの場所で出会ったときからずっと…」
僕の顔はたぶん真っ赤になっていると思った。その証拠に頬が嫌に熱い。
僕のその言葉に彼女は何故か複雑そうな顔になる。
「……あたしも大喜君のこと好きだよ」
彼女はそう言って僕をきゅっと抱きしめた。そして、何故か彼女は声を押し殺して泣いた。
「優花…何で泣いてるの?」
僕の問いに答えず。彼女は数分間、僕の腕の中で泣き続けた。
「もう大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
「じゃあ、そろそろ五時になりそうだから、待ち合わせ場所に戻ろうか」
彼女はこくりと頷き、僕らは元来た道を戻り始めた。帰りの道は行きと違い。
淋しい感じがした。それは、終わりへと向かう道。彼女があの時何故泣いたのか分からない。
それはたぶん彼女自身にしか分からないことなのだろう。
僕が何を言っても、それは彼女を慰めたことにはならないんだ。
僕がそんなことをあれこれと考えていると、突然彼女が僕の手を放し地面に倒れた。
それも突然の出来事だったので僕は動転する。しかし、すぐに彼女に駆けより状態を確認した。
彼女は死んだように目を閉じていて、呼吸も微弱だった。
脈も間隔が一定でなく、不正に振動していた。僕の頭に嫌な考えが浮かぶ。
「優花!ゆうか!しっかり!」
僕は大声で彼女に叫んだ。けれども彼女の反応はなく目を閉じたままであった。
僕はとっさに辺りを見回したが、人の気配はない。僕は彼女を背負い、人がいるところまで行こうとした。
そんな時、いきなり後ろに人の気配がした。
僕は後ろを振り向くと、そこにはボロボロのマントと布で顔を隠した男が立っていた。
男はじっと二人を見ていた。
「あの! すみません。彼女いきなり倒れちゃって。入口まで運ぶのを手伝ってくれませんか?」
僕がそう頼むが、男はぴくりとも動かない。
僕はこの男が手伝う気がないと判断して、再び彼女を背負おうとした。
その時、いきなり彼女の体が浮き上がった。いや、男が彼女を抱きかかえたのだ。
「手伝って貰えるんですか?」
僕の問いに男は首を振る。
「お前はもう彼女に近づかない方が良い」
「な、何でですか!」
僕の怒鳴り声と共に、あんなに晴れていた空が曇りだし、雨がぽつぽつと降ってきた。
「…お前は何も知らない」
「僕が何を知らないと言うんですか!」
男は雨から優花を守るため、マントで彼女を包む。
そして、僕の耳元でささやいた。
「いいか、良く聞けよ。彼女はもうすぐ−−−−−−−」
そう言った途端、いきなりの土砂降りになる。男は優花を抱えて、林の中へと消えていった。
僕は何がなんだか分からなかった。雨の音のせいで良く聞こえなかったが、男は確かにこういった。
『−−−−−−死ぬ』と。
僕はただただ、わけの分からぬまま。雨が降る空を眺めていた。
<<春風に遊ばれて 【雨のち涙編】に続く>>
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■作者からのメッセージ
いよいよ、デート編のはじまりだ!!
この物語の大きな分岐点になる所なので私も大ハッスルしております。
ハッスルしているのは良いのですが小学生のデートって
どんな感じだったのかを思想中で。これがまた、難しくて。
でも、小学生の頃は何かとストレートにものを語れるんですよね。
それが純粋で幼稚だけど、何故か頷いてしまう。
そんな説得力があったりします。
やっぱり若い頃の恋は純粋でいいです(笑。
大人っぽい恋よりも新鮮さを感じます。
まあ、後で読み返すと恥ずかしいですがね。
さて、二人はどんなデートを楽しむのでしょう。
二人に取って楽しいデートになって欲しいです。
こんな私ですが、感想、アドバイス、批評等ありましたらください。
第二回あとがき
やっとデート編終わりました。
何だか雲行きの怪しい展開になってきましたが、
いちお次の【雨のち涙編】で春風に遊ばれては終わりです。
二人の物語がどういった最後を迎えるのか楽しみにしていてください。
ちなみに、最後の話は一気に書きたいので、しばらく間が空くと思います。