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『カワイソウナカワイイボウヤ』 作者:バニラダヌキ / 未分類 未分類
全角4874.5文字
容量9749 bytes
原稿用紙約15.85枚


 ……はい。
 そうです。僕です。
 岡崎君の事? はあ、そうですよ。高校時代、彼の組の学級委員長をやってました。
 ええ、友達でした。たったひとりの、って言ってもいいかな。
 はあ、東京からわざわざ、こんな田舎の大学までいらしたんですか。
 ええ、知ってますよ、子供向けの、あの、いわゆるオカルト雑誌でしょ。
 まともに読んだことないけど、あ、ごめんなさい、ええ、知ってます。
 コーヒー? 僕はコーヒーは嫌いだな。紅茶ならいいですよ。
 あそこの角の喫茶店なんかどうですか。ええ。
 おーい、君たちも、いっしょにどう? うん、岡崎君のこと聞きたいって。
 ……おやおや、血相変えて逃げちゃいましたね。ええ、僕はかまいませんよ。
 もう別に内申書にも関係無いしね。


 ほら、おいしいでしょ、なかなか。
 そうです。あらましは、そんなとこです。こんな田舎じゃ、めったにない大事件でしたからね。
 新聞にも、全国版まで、随分詳しく載りましたよね。
 ……今になって考えると、岡崎君のやった事ってのは、もちろん行為としちゃ許すわけにいかないけど、心情的にはなんとなく解る気もするんです。ええ、そりゃあ悪い事ですよ。
 でも、完全に頭がおかしかった訳でしょう。
 僕だって、受験受験のあんな時期にまるきり頭がおかしくなったとしたら、何をやりだしたかわからない訳で、そのとき何をするか、まあ、状況によっては、ああいう事しないとも限らないわけですよね。
 でも僕なんか、家の事考えると、やっぱり出来ないだろうけど、彼の場合、ほら、あれだったでしょ。
 そうです。なさぬ仲、ってやつ。ええ、暮らしそのものは良かったですよ。
 この町では一番裕福にしてたんじゃないかな。
 グランドピアノなんて代物が昔から置いてあったのも、こんな地方都市じゃ、あそこんちだけですしね。
 でも、親父さんのしごとが、ほら、あれでしょ、駅前の裏通りの。
 そうそう、夜だけはやたら色とりどりで明るくて、昼間はというと、薄汚いだけで。
 まあ、そのためだったのかどうか、僕にはわかりませんけど、確か小学校の五年の夏休み。
 そう、僕、岡崎君とはその頃からいっしょだったんです。
 その夏、夜中に突然彼のお母さんが、ええ、新しいお母さんが来る前の、本当の母親のほうですね、
 そのお母さんが、ポリタンク持って道に飛び出してきて、なにやら大声で喚き散らしながら、
 タンクの中身頭からかぶって……。
 もう知ってますよね。そう、ガソリンだったんです。
 実はそのとき、僕、彼といっしょにいて、見ちゃったんですよ。本当です。
 ちょうどその晩、ほら、あそこのお薬師様で、縁日やってたんです。
 ほかのみんなといっしょに夜店見て遊んで、帰る道がいっしょだったから、二人で帰って来てね、じゃあまたねって、言おうとしたとたん、火だるまの……これ、もういいですよね。
 とにかく、人間があんな得体の知れない声出せるなんて、今でも信じられないくらいで。
 それに、火だるまになってからあんなに長いこと走り回れるってのも……。
 ええ、ショック受けてましたよ、岡崎君。そりゃ当たり前でしょう。
 でも、その後、案外、特に変わったわけじゃなかったですね。
 夏休み明けにも、僕たちとは前と同じようにしゃべってましたしね。
 ……こんなこと言っていいかどうか、実は、かえって気が軽くなったようにも見えたんですよね。
 というのは、その本当のお母さんって人、昔からちょっと、おかしかったんです。
 ヒステリーのうんとひどいのって言うか、ちょっとした事で、訳がわかんなくなっちゃうんですね。
 外に出ちゃあ、あることないことしゃべってまわったり、お父さんともしょっちゅう喧嘩してたらしいし、彼自身、顔にひどい痣を作って学校に来たこともあったし。
 やっぱり、元来、そんな血が、彼に流れていたからなんでしょうかね、あれは。


 紅茶、おかわりしていいですか?
 ああ、どうも。
 どこまで話ましたっけ。
 そうそう、で、それだけなら、案外うまく行ってたと思うんですよね。
 お父さんも、仕事はあれですけど、いい人ですからね、気持ちの方は。
 でも、やっぱり一人で暮らせる人じゃなかったんですね。ああいう仕事してるくらいだから。
 いえ、新しいお母さんが悪かったとは思いません。
 遊びに行ったとき、何度か会いましたけど、駅前のあんなとこで働いていたにしては、品も良かったし、優しかったし。
 まあ、ああいう仕事の男性が見栄も含めて選んだんだろうから、当然と言えば当然でしょうけど。
 むしろ、岡崎君の方が、他人行儀に意識しすぎてたんだと思います。
 僕だったら、嬉しがって甘えちゃうところだけど。だって、まだ若いし、きれいだし。
 でも彼の場合、やっぱり、ほら、前のお母さんのことなんか、いろいろある訳でしょう。
 素直に甘えられなかった気持ちもわかりますよね。
 ……うーん。事件そのものの心当たりですか。そうですね。実は、あるんですよね。
 新聞にも書いてなかったから、彼自身、しゃべらなかったらしいけど。
 彼が急に無口になったのが、確か中学三年の時で、新聞見た限りじゃ、あれを始めたのも、その頃だったって言うでしょ。そうなんです。
 高校受験の事でみんな煮詰まっちゃってた頃だから、たしか秋口です。
 土曜の午後、彼が映画に行こうって言ったんです。すごく面白い映画がかかってるからって。
 僕もちょうど憂さ晴らししたかったところなんで、誘われるままついてったんですけど、ほら、駅からここまでの途中にあったでしょう、市役所んとこの、あの映画館。
 いや、ロードショーのほうじゃなくって、あの二階に、小劇場ってのがあったんです。
 ええ、おととしつぶれちゃったけど、古い洋画を二本立てでやってたとこ。
 そうそう、そんな感じです。あの、汚い、学校の物置みたいな感じのところ。あそこに連れてかれたんです。
 やってた映画がですね、いいですか、題名は忘れちゃったんですけど、こんなサイコ物の洋画だったんです。
 母親に溺愛されて育った少年がいるんです。
 溺愛っていっても、いわゆる猫っかわいがりじゃなくて、きわめて厳格な過保護、っていうのかな。
 で、その母親は、女の子ばかりの寄宿学校の校長先生をやってて、近ごろの若い娘はスベタばっかりだ、そんな愚痴ばかりこぼしてるんですね。

     だからお前は、うちの学校の生徒なんかに興味を持っちゃいけない。
     まあそれぞれ取りえはあるかもしれないけれど、完全な娘なんて一人もいない。
     お前の嫁は、絶対私の眼鏡に適う娘を探して……

 そんなことを息子に毎日毎日言ってるわけです。
 そのうち、寄宿舎の娘が、ひとり、またひとり、行方不明になって行く。
 厳しい寄宿生活が厭になって、逃げ出したんだろうって、最初はたかをくくってるんですが、そのうち、息子の挙動がどうも怪しくなる。
 で、最後に、その母親が、息子の後をつけて屋根裏の一室に忍び込むと、息子は明るい声で、

     ほら、お母さん、いつもお母さんが言ってたとおりのお嫁さんを、紹介するよ。
     頭は性格のいいジェーン、メリーは腕が上品だって、母さんいつか言ったよね。脚は……

 ……顔色、変わりましたね。
 そうでしょう。岡崎君が捕まったっていう新聞読んだとき、すぐ思い出したんですよ。
 岡崎君の場合、たぶんお嫁さんのほうじゃなくて……そう、お母さんのほうだった訳ですけど。


 紅茶、もう一杯いいですか。話してると、喉が乾いちゃって。
 あ、どうも。
 現場、ですか? ええ、それも知ってます。そう、もう見てきたんですか。あそこの廃工場の、裏山でしょう。
 ええ、子供の頃、仲間とよく遊んでました。岡崎君も、いつもいっしょでした。
 あの頃から、あちこちにありましたよ、粘土を掘り出した後の、洞穴ですよね。
 ええ、どれもかなり奥が深くて、探検のしがいがあったし、粘土持って帰って、いろいろ遊べたし。
 でも、あんな市街の目と鼻の先で、どうしてそれまでみつからなかった訳ですかね。
 だって、もう三年も続いてた訳でしょう。六人も行方不明になっていた訳でしょう。
 これはどう見たって、警察の怠慢ですよね。
 ええ、それはわかりますよ。
 みんな駅前のあそこらへんで働いてた女なんでしょう。
 そう、言わば彼の新しいお母さんの、仲間って訳ですよね。
 あれって、ほとんど県外から流れてきたひとばかりらしいですからね。
 不意にいなくなっても、誰も気にしない。
 そもそも、あんな不潔な場所があるからいけないんだ。
 その頃の僕たちの学校だって、良くないやつが急に増えちゃって、
 たいていあそこんとこの息子や娘ですよ。まあ、これは余談ですけどね。
 はじめのうちに発見できてれば、少なくとも、三浦さんだけは死なずにすんだんだ。それがくやしいんですよ。
 ええ、三浦さんも、子供の頃から知ってます。
 昔から、彼女、岡崎君に同情的で、中学の頃なんか、誰にでも彼女が彼に惚れてるの、わかりましたもんね。
 でも、岡崎君のほうは、当時はさっぱり気にしてませんでした。
 あんな可愛い子なのに、まあ、彼の気持ちは、あの頃から別の世界に行っちゃってたのかもしれませんね。
 でも、もし岡崎君があの頃から三浦さんに心を開いてたら、今度のようなことは起こらなかった訳ですよね。
 実際、見つかる半年前から、犯行のほうはやめてたって言うし。
 ちょうどその頃から、三浦さんと彼がいっしょに歩いてるのを、僕も何度か見かけてるし。
 岡崎君も以前よりは明るくなってたし。
 ……だから、結局、最後の犯行だけは、僕としては、信じたくないんですよね。
 でも、やっぱり、彼は根本的に、気が狂っちゃってたんでしょうね。でなきゃ、あんな可愛い子を……。
 え? あの噂ですか。
 三浦さんを襲ったのは、岡崎君じゃないって言う?
 まさか。信じません。だって、僕は正気ですよ。
 ええ、荒らされた三浦さんの部屋に、古い頭髪や、腐った皮膚が残ってたって言うんでしょ。
 それぞれ違う人の、違うところの。
 馬鹿馬鹿しい。信じやしませんよ。
 え? 正式に確認されてたんですか。……それは、知らなかったな。
 そう、そのとおりでしょう。あの映画みたいなもんですよ。岡崎君が置いたんでしょうね。
 もしかしたら、自分を失っているうちに、自分であれをかつぎ出して、動かしたりしてたのかもしれない。
 もうひとつの噂? ええ、それも知ってますけど。
 あの晩、三浦さんの部屋から逃げた人影を追いかけて、警察の人達が、あの廃工場の裏山にはいったときの事でしょ。
 どこかから、かすれた、女の声みたいなのが聞こえる。
 ささやき声のようでもあるし、子守歌みたいにも聞こえる。
 警察の人達が、足音忍ばせてたどって行くと、あの洞穴の中から、くりかえしくりかえし、聞こえてたっていうんでしょ。
 女の声で……カワイソウナカワイイボウヤ、って。
 しかしね、いくら子供だましの、ごめんなさい、低年令層向きの記事でも、せめて、『それは狂った彼自身が、彼自身を慰めていたに違いない』とかなんとか結ばなきゃ、今時、子供だって、そんな絵空事信じやしませんよ。
 え? その時、岡崎君は横で気絶してた?
 誰に聞いたんですか、そんな事。
 なんだ、あのお爺さんですか。
 だめですよ。
 あの人、あの事件の後、すぐに警察を定年退職して、それっきりぼけちゃってるんだから。


 ……ちょっと、世の中、おかしいですよ。
 そのうちみんな、岡崎君みたいになっちゃうんじゃないですか。
 岡崎君、やっぱり、一生出てこれないんでしょうね。
 ……残念だな。偏差値だって、僕と同じくらいあったんですよ。


 国立、確実だったのに。



                   <終>
2004/05/05(Wed)06:02:55 公開 / バニラダヌキ
■この作品の著作権はバニラダヌキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
進行中のが何も終わってないのにアレなんですが、ちょっとご意見をお聞きしたくて、アップします。
完全に自分以外の性格の第三者による一人称で、しかも複雑なホラーを客観的に間接的に語らせる、という実験なんですが、問題は、これで他の人に話を理解してもらえるか、という点なんです。
旧作ですみませんが、ご意見いただければ幸いです。
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