- 『生の囁き』 作者:yagi / 未分類 未分類
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全角9844文字
容量19688 bytes
原稿用紙約31.65枚
それは、とある平和な学園でのお話。
「オイ。ナオじゃねぇのあれ」
「んあぁ・・・・・?」
後ろの綾人につつかれて、ナオ、岩井尚は目を覚ました。寝ぼけながら彼が前を見ると、何やらスピーカーから放送がかかってきている。
『文化研究部部長、お話がありますので至急部室までいらしてください。繰り返します・・・・』
ガタアッ!!
「な、なんだ、どうしたよ」
いきなり血相変えて立ち上がる尚に、綾人(あやと)は怪訝な視線を向けた。綾人をよそに、椅子を倒したまま尚はすごい形相で振り返る。
「いつからかかってたあの放送」
「は? あぁ、っと、2、3分前からかな」
「2分!」
まるで頭に雷が落ちたかのようなショックを受けたような顔で固まる尚。尚の様子に訝しげな顔をしながらも綾人は続けた。
「あんまり放送がしつこいんでよ。ったく昼飯中だってのに迷惑だよな・・・・って、尚?」
言いながら綾人は弁当をがっつく。が、綾人が言い終わらぬ内に尚の姿は消えていた。
「文化研究部って何やってんだぁ・・・・?」
そう言って卵焼きをほおばる彼は、自分のすぐ後ろで尚が転んで突っ伏していたよりも次食べるウィンナーのカニ型が気になっていた。
◆
「遅いわ部長! 遅すぎるわ! 栄誉あるこの文化研究部が一大事を迎えているというのに!!」
「まぁ、まぁ。校舎裏に貝塚を発見したと言いながら実はアサリの味噌汁の残骸だったって時より一大事なんですか?」
ベチィッ!
「一言いっつも多いのよあんたは! アサリの貝より一大事よ今日は!」
文化研究部部室。部室とは名ばかりの、宿直の先生が泊まる部屋を占領した部屋だ。入り口にはでかでかと、どこかの道場のように『文化研究部』という看板が貼り付けてある。宿直の先生はそれでも構わずこの部屋に寝泊りしていた。
もちろん、文化研究部なので部屋中にはハニワやモアイ像のミニチュアやら何かのミイラなどが転がっていたりする。生活指導の先生がこれを注意したところ、次の日の昼食に中国漢方薬のトカゲの干物が入っていたり、授業中にどこからか吹き矢にやられそうになったり、ある時は何者かに水をぶっかけられた後、着がえのジャージがインディアン装束にすり変えられていたりした。
犯人は言わずと知れているが、どうやったのか彼らは証拠を残さない。それを恐れてか呆れてか、それ以降注意される事はなくなったとか。
まぁ、そんな事はともかく今まさに文化研究部は佳境を迎えていた。
「これがアサリのような事件だったら次回の部費が大幅ダウンなんだから!」
今期、部費の争奪戦はかつてない激しさを迎えていた。特に海外に飛び回っては変な物をかき集めて来るこの文化研究部は、なかなか先生たちの理解を得られないでいる。部費大幅ダウンはもはや避けられないかもしれない・・・・。
「ごめん! 遅れま・・・・」
「遅いわ!」
バシィ!
勢いよく部室の扉を開けた途端に謝った尚はその瞬間、敢え無く副部長、宇野美津貴(うのみつき)の張り手によって倒されていた。文化研究部ただ一人の男部員、加藤涼(かとうりょう)は横で痛々しげに尚を見やっている。
「部長の法則第七十一条!放送で呼ばれた場合は1分以内に部室に来る事!」
「・・・・・・・・はい・・・・・」
「でも美津貴さん、部長の教室からじゃ早くても2分はかかりますよ・・・・・いえ、なんでもありません」
素直に頭を下げる尚と反論する涼にギロリと一瞥をくれると、美津貴は少し肩をすくめてから仕切りなおした。
「ったく、いい!? 今日はビッグニュースなのよ!」
「美津貴さんはアサリ貝のような的外れな事でさえニュースにしてしまうんですから、ビッグニュースというからにはよっぽどの事なんですね・・・・・」
「しっ! 話の腰を折るとまた美津貴の張り手が・・・」
バチバチッ!
「なんであんたたちはいつも人の話を最後まで聞かないの!」
『すみません』
張り手の跡を増やした二人はそう言いながら頷くと、その場に大人しく正座する。美津貴はやれやれと息をつくと、再び肩をすくめて仕切り直した。
「あんたたちも知ってる通り、今回部費が五十万から五万に大幅ダウンされてしまうかもしれないという、文化研究部始まって以来の大ピンチを迎えているわ」
涼がまた何か言おうと口を開きかけるのを、尚がさりげなく止めながらこくこくと美津貴に頷いて見せている。そんな様子に少し眉をしかめながらも、美津貴は続けた。
「以前までの部費を保つ条件はただ一つ! 【文化研究部として、研究の実績を挙げる事】!」
「実績?」
「実績なら、あちこちに遊び半分の旅行をしながら美津貴さんが買い集めてきた怪しい文化研究対象グッズがあるじゃないですか」
「涼、あれらは研究対象であって研究の実績結果ではないのよ。しかも怪しくないわ」
「おぉ、副部長らしい発言・・・・・」
などと部長である尚が感心の声を漏らしていると、部室の扉が勢い良く開かれた。バコンッと扉を壊しそうな勢いで入って来たのは、ウェーブがかった短い茶髪の女生徒だ。驚いて入り口を見やる三人を見渡すと、にっこりと笑って尚へ手を振っている。
「ハァイ♪ 部長サン♪」
「な、那津・・・? どうしたんだ?」
「文化研究部のピンチに立ち上がってあげたのよん♪」
突然現れたクラスメイト、溝尾那津を見て尚が呆気に取られているのをよそに、美津貴が那津に手を差し出した。
「例の物は?」
「バッチリ♪」
ニカーッと美津貴の言葉に笑顔を浮かべながら、那津は肩にかけていたカバンから一枚の古ぼけた紙を手渡す。
「部長も平凡な性格のうえに平凡な顔立ちなのに、なかなか隅に置けないですね・・・」
何を思ったのか、那津を見ながら涼が小声で呟くのを聞きながら、尚は美津貴に渡された紙へ怪訝そうな眼差しを送った。そんな尚に気付き、美津貴はひらひらと紙をひらめかせながらにっこりと笑う。
「文化研究部、今夜十一時に校門前集合。部員は強制参加だからね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・持ち物はなんですか・・・・・・・・・・・・・?」
もはやこうなってはこれしか聞けない自分に嘆きながらも、尚はおずおずと手をあげていた。
◆
「やめてくれ、頼む、お願いだ! 恐いのやだ!」
「お前俺一人を地獄へ見送って楽しいか!?」
「俺部員じゃねぇんだぜ! なんでんなバカげた事に付き合わなきゃなんねぇんだよ!」
「友達じゃないか〜!」
「黙れ! てか、これをほどけ!」
夜中十一時少し前、夜道でそんな会話が流れていた。たまに近所のおばちゃんに怒鳴られながらもくじけず叫んでいるのは、昼に尚を起こしていた豊田綾人だ。一体何がどうしてしまったのか、その両手はロープで縛られている。そんな逃げ腰な綾人を懸命に引っ張っているのは文化研究部部長、岩井尚だ。
「だいたいサギじゃねぇか! 何が『おもしろいビデオがある』だ!」
「・・・・・・許せ!」
「許せねぇよ!!!」
ぎゃあぎゃあと喚きながらもなんとか綾人を引っ張って、尚は校門前に着く事に成功した。とりあえず綾人は校門につないでおく。とても美津貴の企画した【文化研究部深夜のイベント】に一人で参加する勇気は無かったのだ。オバケ関係が苦手な綾人を連れてくるのは多少気が進まなかったが、尚にとってそれは『やむをえない事』で片付いてしまった。
「あら。部長、綾人君連れて来たの?」
「あ、あぁ、たまには文化研究部のすばらしさを実感してもらおうかと思って・・・」
「う、宇野美津貴・・・・」
美津貴の登場に顔を青くする綾人に気付かず、美津貴は部長の言葉に顔を輝かせた。
「凄いわ部長! やっと目覚めてくれたのね!」
などと涙を浮かべながら力説する美津貴には何も言えず、綾人は密かにしぶしぶと覚悟を決める。と、その綾人の肩にぽん、と後ろから手が置かれた。
「ぎゃああああっ!?」
「な、なんだなんだ!?」
エコーがこだましそうな叫び声をあげる綾人に、慌てて尚が振り返る。と、そこにはきょとんとした顔をした涼と那津がいた。その肩に手をかけた涼は、あまりの反応にただ呆然としている。
「あ、綾人さん・・・・・・?」
「綾人も来てたんだ〜♪ って、綾人?」
「コイツほんとに駄目なんだな・・・・・・・・・・・・・・」
言いながら尚が倒れた綾人に近付く。綾人は泡を吹いて気絶していた。
「ったく、最近の男は弱いわね。部長、綾人君はそこに置いといて、行くわよ!」
「え? いや、ちょっと可哀想だから俺残って・・・・・」
「男ならそれぐらい一人でなんとかしなきゃだめ!」
「綾人ならきっと大丈夫よぉ♪ オバケには弱くても人には強いからぁ♪」
などと口々にはやしたてる女性陣にはさすがに敵わず、尚は諦めて綾人のそばから離れる。哀れ綾人は不気味な校門前につながれたまま、置いていかれる運命となってしまった。
「綾人さん、前にも部長の忘れ物取りに夜の学校に付き合わされて、宿直の先生の懐中電灯にビビッてガラス割りながら猛ダッシュで逃げてましたよね・・・・血流しながら・・・・・・・。かわいそうに・・・・」
涼が綾人をまじまじと見ながら言うが、その顔はあまり綾人を哀れんではいないようだ。
むしろこれからの自分の運命を危うんでいるのだろう。
「さ、行くわよ文化研究部! ギャラリーは減ってしまったけど今夜のビッグイベントはほんとにビッグなんだから!」
「きゃ〜♪ カッコイイよ美津貴〜♪」
「お〜・・・・・・・・」
はりきって歩き出す美津貴と那津の後ろにつきながら、尚と涼はうなだれながらも声をあげるのであった。
◆
「って、裏山じゃないか・・・・・」
ぐるっと学校を回って、集団は学校の裏にある山に来ていた。山と言ってもそんなに大きな山ではなく、小高い丘に森が密集したような感じだ。
「ここに何があるんですか?」
不思議そうに涼が美津貴の顔を見る。普段からキャンプやバーベキューでたくさんの人が訪れているここだ。こんなところに今さら何があるというのだろう。しかし、美津貴は不適な笑みを浮かべ涼へ返した。
「ふふふ、日本文化の真髄よ・・・・・」
歩きながらにやりと笑うと、美津貴は昼に那津からもらった紙をポケットから取り出す。尚が脇からひょいと覗いてみると、よくわからないぐにゃぐにゃした模様と右下に何か文字のようなものが書いてある事しかわからなかった。
「なんだその紙切れ?」
「うちにあったのよん♪ 『孤高の島に生きとし生けた者 その業の下囁くを聞け』って」
「え?」
次第に森の奥へと進みながら、那津がよくわからないことを口にする。薄い月明かりが那津の顔にちょうどかかり、なんか不気味だ。
「・・・・・いたずらじゃないのか? 今時そんな宝の地図みたいなの誰が信じ・・・・・」
「ふむ、『孤高の島』というのは恐らく急速に発展した日本の事ですね」
唐突に涼が呟く。
こいつも文化研究部に進んで入って来た奴だったな・・・・・・。
などと呆れ半分に尚がぽかんとしているのをよそに話はずんずん進んでいった。
「さすが涼ね! んで『業』っていうのはきっと・・・」
美津貴がいきいきと話しに加わる。三人の前をすたすたと歩きながら、尚は辺りを見渡した。
振り返ると少しだけ町の明かりが見える。黒々とそびえ立つ木々でほとんどが遮られているのだが、不思議と月明かりだけは辺りを薄ぼんやりと照らし出していた。もちろん一人ずつ懐中電灯は持っている。美津貴が全員分持ってきたのだ。準備怠り無い。
「・・・・・? なんだこれ?」
ふと、尚が足を止める。目の前には大きな鳥居のようなものが、こけにびっしりと包まれて立っていた。暗いので良く見えないが、懐中電灯でところどころ照らしてみると確かに鳥居のように見える。
「みんな、ここになんかあるぞ・・・・・・」
言いながら尚は振り返った。声につられて呼ばれた方も振り返る。
「こんなところに神社なんてありましたっけ・・・・・?」
「地図通りね。ここに入るのよ」
二人の返事が返ってくる、が・・・・・
尚が、引きつった表情で口を開いた。
「な、なぁ、那津は?」
「え・・・」
言われてきょろきょろと辺りを見渡す二人。しかし、懐中電灯の明かりはどう見ても三つしか見当たらない。
「帰ったんじゃない?」
やれやれ、と肩をすくめながら美津貴が困ったような声を出す。その言葉に男二人はただ口を開けて唖然とするしかなかった。
「違いますよ美津貴さん! いなくなったんですよ、探しに行きましょう!」
「そうだぞ美津貴! いくらなんでもこんなとこで一人っきりなんて寂しすぎる!」
急いで反論するが、そんな二人に美津貴はぎろりと視線を向ける。
「ここまで来て何言ってんの! 小さい時から知ってるけどあの子なら大丈夫よ。ほら、何馬鹿みたいな顔してるの!行くわよ!」
そう言ってずかずかと暗い鳥居の中へ進んでいく美津貴。その後を尚がしぶしぶ着いて行く。
「ぼ、僕は彼女を探しに行きます!」
いきなり涼が、尚と美津貴の背後で大声を上げる。思わず二人とも飛び上がりながら、怪訝そうに涼の方へと振り返った。
「な、どうしたんだ、涼?」
「あの子なら大丈夫だって・・・・」
美津貴がやや不機嫌そうに口にするが、涼は本気のようだ。懐中電灯を持っている手を硬く握り、振り返る。真っ黒な森に。
「彼女だって女の子なんです! こんなところに一人にしてはおけません!」
やおら熱血そうにそう叫ぶと、涼は本当に走って行ってしまった。残された二人は茫然とその後姿を見送る。と、尚は突然気がついた。
美津貴と二人っきりになってしまった・・・・!
皆さんはこのときの尚の気持ちがわかるだろうか。この恐怖心。学校の理科室に一晩泊まるよりも恐いだろう。
「やれやれ・・・・突っ込み役がいなくなっちゃったわね。まぁいいわ。行くわよ部長」
肩をすくめて尚の手を引っ張っていく美津貴。鳥居をくぐり、どんどん奥に入って行く。涼が突っ込みということは美津貴は自分がボケだと知っていたのだろうかなどというどうでもいい事しか頭に回らなくなってきた尚は、ただただ美津貴に手をひかれるままついて行った。
「あら・・・?」
しばらく歩いたところで美津貴が立ち止まる。鳥居をくぐってきた先には、小さな祠(ほこら)があった。石を積み上げてできたような、今にも崩れてしまいそうな祠だ。
「ここね!!!」
「ここ!!??」
美津貴の言葉に蒼ざめながら返す尚。それもそのはず、祠は人一人がやっと通れるくらいの広さの上に、中は真暗だった。懐中電灯を当ててはみるものの、その光は奥に届く前に暗闇に呑み込まれてしまっている。
「な、なぁ、美津貴。ここに一体なにがあるってんだ?」
祠の周辺をライトで照らしながらおずおずと尚が美津貴に声をかける。美津貴は祠と、手に持つ古ぼけた地図に交互に光を当てながら答えた。
「那津が言ってたでしょ?」
「え? あの、孤高のなんたらってやつか?」
「『孤高の島に生きとし生けた者 その業の下囁くを聞け』よ。それが一体なんなのか、これから私たち文化研究部が解明しに行くってわけ!!」
力をこめて力説する美津貴に、尚はまたしても不安がよぎる。
結局、一体何があるのかはわかっていないのだ。もし本当に地図が本物で、呪われたりでもしたらどうするのだろう。
美津貴なら、呪いのかかった自分を学校の先生にこれみよがしに見せ付けるだろうな。
「部長? 行くわよ?」
「あ、あぁ・・・」
尚の気持ちを知ってか知らずか、美津貴は果敢にも祠の中へ入って行く。もちろんここで逃げる事も可能だが、そこまで尚は薄情ではなかった。美津貴の後に続き、祠に入る。
中は真暗だった。
「美津貴・・・・? もう少しゆっくり歩かないか?」
懐中電灯がやっとのことで照らす美津貴の後姿に、尚がおずおずと声をかける。この暗闇のせいで、恐怖と緊張は極限にきていた。
「あら、行き止まり・・・」
突然、美津貴が立ち止まる。行き止まりという言葉にほっとしつつ、尚は美津貴の肩に手をやる。引き返そう、と言おうとしたときだ。
「部長・・・・・・・・」
美津貴が、前方にライトを当てたまま呟いた。
「ん? さぁ、もう戻ろうぜ。こんなとこに今時なんかあるはずが・・・・」
「すごいわ!!! 見て!!!!!」
尚の言葉を遮って、美津貴は歓喜の声をあげた。瞬時に嫌な予感が頭をよぎる。
「な、なに・・・・・??」
「ほら!!」
狭い通路の中で、美津貴が尚に前を見せようとわずかによける。突き当りを目にした瞬間、尚は絶句した。懐中電灯に照らされていたのは・・・
「ミイラよ!!! 凄いわ、大発見じゃない!!!!」
はしゃぐ美津貴に、今にも気を失ってしまいたいと願う尚。しかしそんな願いとは裏腹に尚の頭は完全に覚めきっていた。
「美津貴、明るくなってからまた来よう!!」
昼に太陽の光がここまで届いてるのかどうかなんて問題はおいといて、とにかく尚はここから一刻も早く逃げ出したかった。が、美津貴はそんな尚に振り返ると冷たく言い放つ。
「明日になって誰かに先を越されてたらどうするの!? 帰りたいなら部長一人で帰って!!」
「んな事言ったって一体誰が先を越すんだよ!?」
「越されてからじゃ遅いのよ! 私はこれを絶対持って帰るわ!」
美津貴の発言に、尚は凍りついた。冗談ではない。神社の中にあるものを持ち出すなんて・・・・・いや、そもそもミイラを運ぶなんて!
「考え直せ美津貴! バチがあたるぞ!」
「部費には変えられないでしょ!」
暗い祠の中に、二人の叫び声が不気味にこだまする。そんな事はお構いなしに、美津貴はミイラを触ろうと手を伸ばした。
「やめろ美津貴!!!」
尚が叫ぶ。と、その時だ。
なんとミイラがぼんやりと青白く光だし、ふわふわと浮き始めた!
「ぎゃあああああ!!!」
「・・・キレイ・・・・」
まちまちな感想を述べつつその場に立ちすくむ二人をよそに、ミイラはその場に立ち上がった。何をするでもなく、じっとこちらを向いている。
顔をひきつらせる尚と目を輝かせる美津貴に向かって、ミイラはおもむろに口を開いた。ギチギチと口の腐った肉が開く音が生々しく聞こえてくる。
『生とは何だ』
低く静かな声が、祠の中に響いた。
「え?」
美津貴がまともに返事を返す。ミイラは美津貴へ顔を向け、もう1度言った。
『お主らにとって生とは』
「生・・・?」
考え深げに、美津貴がうつむく。映画ではあるまいに、こんな状況でなぜ美津貴がこんなに冷静でいられるのか、尚には大変疑問であった。
『生とは?』
もう1度声が響いた時だ。突然尚の背後でガラガラと何かが崩れる音がする。
「うあっ・・・・・」
苦々しげに尚が振り向くと、そこは瓦礫で半分以上が埋まっていた。やばい。今回は本当にやばい。
「部長! なにしてんの、一緒に考えて!」
「それどころじゃないだろ!?」
「それどころよ! 文化研究部が潰れてもいいわけ!?」
クワッと、美津貴が般若のような顔をして尚に怒鳴る。
なんて事だ。俺はミイラと鬼に今にも殺されそうだ。
「き・・・・き・・・・・」
ミイラよりも美津貴が怖いのか、はたまた美津貴の言う事に納得したのか、尚もぶつぶつと考え始める。
『生とは何だ』
再び声が響くと、また尚の後ろで祠が崩れる音がした。どうやら尚と美津貴を急かしているようだ。
「生・・・・」
美津貴が唸るように呟く。と、突然、美津貴の後ろにいた尚が美津貴の肩をガシッとつかんだ。
そして狭い通路の中で美津貴をなんとか脇に押しやると、青白く光るミイラに向かって、あらん限りの声で叫ぶ。
「モンシロチョウだ!!!!!!!」
ぽかん、と尚の顔を見る美津貴に、しーんと静まり返る祠内部。
と思ったが、いきなりミイラがガラガラと崩れ出した。
「あぁぁ!!! 部費が!!」
慌ててミイラに駆け寄る美津貴。美津貴の悲痛な叫びも虚しく、ミイラはあっと言う間に風化してしまった。
「なんて事してくれるの部長!!」
本気で半泣き状態になりながら、美津貴は尚に非難の声を浴びせた。
一方、尚は立ったまま気絶していた。
◆
「ったくよ、二度とごめんだぜ。あんなのは・・・」
夜中4時頃の文化研究部部室でそうぼやいたのは綾人だった。腕まくりしたシャツと腕は泥にまみれていて、その手首にはロープのあとがまだしっかり残っている。
「でも助かりましたよ。あんな瓦礫の山の中に二人が埋まってるなんて普通気付きませんからね」
暖かいお茶をすすりながら綾人に答えたのは涼だ。同じく泥まみれである。
「結局、何が見つかったの?美津貴♪」
那津が隣に座る美津貴へ声をかけている。あの探険の途中、寒くなってきた那津はひとり引き返して上着を取りに行っていたそうだ。涼はジャンバーを羽織って帰ってきた那津と校門前で会ったらしい。綾人を叩き起こし、美津貴たちの後を追いかけたという事だ。
「日本文化の大切な遺産よ・・・・・・」
涼がいれた暖かいお茶をすすりながら、美津貴はにやりと笑いながら呟く。その笑いに寒気を覚えたのは綾人だけだった。
「じらさないで教えてくださいよ美津貴さん!こっちは命の恩人なんですから!僕らが行かなかったらあの瓦礫の中、固まった部長と死ぬまで一生を共にしたかもしれないんですよ!?」
涼の言葉に、さすがに美津貴が顔をしかめる。那津と綾人はくすくすと笑うばかりだ。
「マジで・・・・・・一体何があったんだよ」
綾人が苦笑を浮かべながら、立ったままの尚の顔を見る。尚は何も答えない。
「ダメね〜・・・・・・気付くまでそっとしておいてあげましょ♪」
尚は未だに立ったまま硬直していた。よっぽど怖かったのか、その顔は驚愕したまま固まっている。綾人が苦労してここまで運んできたのだ。
「まぁ、いいわ! 全てはうまくいったのよ!」
「うまくって、何か実績はあったんですか?」
満面の笑みをこぼす美津貴に、涼が心配そうに聞く。これで実績があがらなかったら、文化研究部は存続の危機だ。
しかし、涼の心配顔をよそに美津貴は懐をごそごそ探る。全員の視線が、思わずそっちへ寄った。
「じゃーんっ!」
言いながら、美津貴が勢いよく取り出したそれは、ミイラの腕だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
「すごい美津貴♪!」
「そんなものがあったんですか!! 味噌汁の貝とは雲泥の差ですね!!!」
白目むいて倒れる綾人はほかっといて、那津と涼が歓声をあげた。
もちろん、これだけで実績だとは言えなかったのだが。
◆
かくて、文化研究部の部費ダウンは免れた。
「ミイラの腕なんて、他にも似たようなのあったんじゃないか?」
あれから2日後、尚が校長に呼ばれて校長室に行くとやけににこやかな校長が、自分のふさふさの髪をなでながら部費は削減しないと言ってきた。
「そう? 立派な文化研究じゃない」
こともなげに言い放ち、美津貴は部室に数多くあるコレクションの整頓を続ける。
「そういや、涼は?」
部室には尚と美津貴しかいない。美津貴は手を休める事なく、今度は本棚から何かを探している。
「さぁ・・・・・・今日は占いの館に行くとか言ってたけど」
「何してんだ・・・・・・」
ハニワの頭をごしごし磨きつつ尚がぼやく。と、美津貴が元気に振り向いて自分のカバンを手にした。
「今日は帰っていいかしら? 部長?」
よっぽど部費継続が嬉しかったのか、笑顔の美津貴が尚に言う。
「あぁ、いいよ」
「じゃあ、また明日〜!」
勢いよく扉を開けて下校する美津貴。そんな彼女のカバンから、ひらりと一枚、何かが尚の方へ舞い降りた。
「あ、美津貴落し物・・・・・・」
呼ぶが、美津貴は既にそこにはいなかった。仕方なしにそれを取って自分も帰宅の準備を始める。
「・・・・・・・・・・・・・・・ぷっ」
美津貴の落し物を目にした尚は、思わず吹き出していた。
映っていたのは、禿げた校長の頭と、風で飛ばされたカツラだった。
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■作者からのメッセージ
初投稿って緊張しますね。(汗)
これは友人たちと同じタイトルで書いた、ギャグ短編です。
いろいろ突っ込みどころ満載かと思いますが、読んでいただけると嬉しいです。
よければ、何か一言くださると飛んで喜びます。