- 『貴方の愛し方。 ―瞳の場合―完結』 作者:梓 / 未分類 未分類
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全角3466.5文字
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原稿用紙約12.25枚
貴方が、今日も人盛りの多い道を歩いていたとします。
その道の真ん中に、一つの杖が、杖があったとします。
この物語は、その杖を拾った人達の、運命を変える物語です。
STORY*ONE*
―瞳の場合―
「ぁあっ!!遅刻!!!やばっ・・・・・・。」
使い慣れた目覚まし時計のベルを素早く止め、お気に入りのピンクのパジャマから、この春決まった就職先の幼稚園へと向かう用意をした。
この春高校を普通に卒業し、地元での一人暮らしを始めたばかりだ。
私、佐倉 瞳。普通のお金持ちでも貧乏でも無い親に18年間育てられ、普通に昨日、誕生日を迎えた。普通の女だ。
朝飯を食べずに、ドタバタと玄関を出る。住んで2ヶ月のマンションの階段を軽快に降りる。遅刻するとは思えない足取りで。
歩きなれた道を通るとそこには、カップルがたくさんいた。
「イチャついてんじゃねーよっったく。」
そう言いながらも羨ましいと思うのは人間の本能だ。私だって先月まで彼氏がいた。忘れられない、大好きな、笑うと笑窪のできる彼氏。
でもカレは死んじゃったんだ。オートバイの事故で。私のデートの待ち合わせ先に向かう際、帰らぬ人となってしまった。
私は彼に溺愛していた。彼も私を溺愛していた。だからもう、彼がこの世界からいなくなった以上、私に『愛する』という権利はなくなってしまったんだ。権利がない以上、私にできることは、街のカップルに暴言を吐くこと。
そんな懐かしくもない、記憶に新しい出来事を振り返りながら、また歩き出す。
また、道を歩いていると、今日は珍しく人気の無いいつもの道だった。
私が気づいたのは、道の真ん中にある、茶色く寂びれた杖があった。
「シンデレラの杖かよ・・・・・・。何じゃこりゃ。」
思わず杖を手にする。まさにシンデレラに出てくる魔法使いのお婆さんの杖のようだった。
私は鞄に入るサイズだったので、思わず杖を鞄に入れてしまった。いや、入れたから、私の人生が変わるとは思っても見なかった。この時は。
幼稚園は私のオアシスだった。私の担当するうさぎ組は元気いっぱいの男女29名。毎回毎回ハラハラさせられる子供たちを私は死んだ彼へと重ねて見ていたのかもしれない。
もうすぐある運動会の準備やミーティングを終え、今日は珍しく電車で帰った。また電車内はイチャついてるカップルでいっぱいだ。あぁ今日もまた体力的に疲れているこの体に、カップルという精神不安定剤を体内にぶち込まれた気がする。
終着駅で降りて、家に向かう。
今日は園児の面倒を見て疲れたというよりも、カップルを見て腹が立って気が疲れたといった感じだった日。
ふと、ある事に気がついた。鞄に入れっぱなしの朝の杖の事を。
「この杖勢い余って持ってきちゃったよ・・・・・・。」
杖を右手に持ってみる。ブンブンと振りながら、目を閉じる。
「彼に逢えたらなっ・・・・・・。」
そう口に出した瞬間、不思議な光が私を包んだ。その光が消えた瞬間に、とても有り得ない事が起きたのだ。
「瞳・・・・・・。」
目の前に、がっちりした逞しい男がいた。その男は、私の死んだ恋人だった。
「寛之・・・・・?何でココにいるのよ??」
嬉しい気持ちと、寛之が此処にいることの不思議さが私の思いを複雑にさせた。
「帰ってきたんだよ。瞳の元へ。」
その一言、その一言が私のカップルへの暴言が今、大変済まないと思った瞬間だった。もう寛之は死んでなんかいないんだ。生きてるんだと思う希望が。胸に光を差し込んだ。
「寛之・・・・・・会いたかった。もう遠くに行かないでよ。」
「出かけようか。」
寛之は私の投げやりの言葉に答えはしないでいた。
「何処に出かけるの?もう夜中だよ。明日仕事休みだけど・・・・・・。」
寛之は私の覚えていた寛之だった。大好きだった寛之。
「デートだよ。湘南の海行きたい。俺、瞳と待ち合わせしてたんだけど俺の不注意で事故で、デート行けなかっただろ。行こう?」
これは夢だと思った。でも夢だと思えない現実があるんだ。
「うん。行こう!!バイクなら外にあるよ。」
「よしっ。」
そう言った寛之は、私をありったけの分抱きしめてくれた。
私も力の無い腕で抱き返した。
―これから、取り戻せなかった時間を二人で過ごせるんだ―
その希望とは裏腹に、気がかりだったことがあった。
寛之に抱きしめられたとき、寛之の鼓動が聞こえなかった事。
「行こうか。」
肌寒く、桜散るまだ皐月は。出逢いにしては遅すぎる季節だったけども。
寛之に再び巡り合えたことは、一つの幸せなんだろうか。
忘れ掛けていたあの声。私は今まで忘れ掛けていたんだ。
バイクに乗った。エンジンをギュルンと掛ける。
「しっかりつかまれよ!」
寛之の声に私はただ。
「うん。」
と言うしかなかった。
バイクで見る周りの風景は、一人で乗るバイクの景色とはまた違った。顔全体に包帯を巻かれて、それを馴染みの看護士が優しく取ってくれたようだった。
「ねぇ寛之・・・・・・。」
「ん??どうした?」
緊張した。何で恋人に質問するだけで緊張するのだろう。
「あのさ、寛之って先月死んだよね??」
一瞬、空気が乱れた。私の一言で。だけど寛之は丁寧に答えてくれた。
「神様が与えてくれたんだ。」
「え?何を。」
「地上から、お前の恋人がラックという杖を使って願い事をした。その願い事とは瞳が俺に会いたいと言う事で、ラックの杖の願いは神様も敵わない力。だけどその願いが叶うのは1日だけなんだ。だから俺は瞳の元へ現れた。信じてくれる?」
「あの杖・・・・・・?!ラックっていうんだ。」
凄いと思った。これが祈りってモノなんだ。ラックが私と寛之を出会わせてくれた。そう話したころにはもう既に湘南へ来ていた。
白波が薄く、少しずつ濃く、岸辺へ流れ出る。
二人で歩く白浜。まだ海の家なんて立っていない、砂のお城もない皐月だった。途端に雨がサーサーと降ってきた。小雨だった。
「降ってきちゃったなぁ。ヤベェ」
「何が??」
「俺、神様に雨が降ってきたら天国へ戻る時間だって言われてんだよ。」
―何それ。信じらんない―
「待ってよ!!私を一人にしないでよ!!聞いてる?!」
「聞いてるよ。俺だって瞳と別れたくないよ。」
「じゃぁっ・・・・・・」
「駄目なんだ。」
酷い仕打ちだと思った。もう逢えないんだ。私はさらに寛之に聞く。
「でも、もう一度あのラックを使ったら会えるんだよね??」
答えは良いものではなかった。
「あの杖は一人につき一生に一回しか使えねえんだよ。」
「何で・・・・・・??」
こういうときって、凄く悲恋というのだろう。ラックをもっと上手に使えば良かった。その時私はふと思った。一生を捨てた。
「じゃあ私、この湘南の海で死ぬから。」
死にたかった。死んだら一生寛之に会えると思った。
「馬鹿!!止めろよ!!」
私は海の深いほうへ、深いほうへ。足を運んだ。
寛之は必死に私を止めようと手を引っ張る。寛之の体は、もう時間なのか薄れていった。
「待って、瞳。今しか渡せないものがあるんだ。」
寛之はそう言って、右手に握っていたものを私の食い止めていた手に渡す。
その贈り物とは。
―結婚指輪だった―
寛之は、
「これ、あの先月のデートの時渡そうと思って渡せなかったんだ。」
私は、言葉が出なかった。死のうと思った自分が馬鹿らしく見えた。
「俺、もう行かなきゃ。指輪を渡せなかったっていう未練が無くなって良かったよ。じゃあ。」
「ごめんね・・・・・・。」
寛之は、不思議な光に包まれて消えていった。そっとその光は小雨の上がりかけた空の雲の切れ間に入っていった。
ただ私の右手にあった指輪がキラリと私の涙で光った。
―それから―
私は今でも尚、幼稚園の先生を続けている。あの幻のような出来事。今日もまた皐月に晒されている。
左手の薬指には指輪。
よく親に、
「ちゃんと結婚する相手いるなら紹介しなさいよ。」
何て。もうこの世に居ない人を紹介する義理なんてない。
未亡人ではないけれど。未亡人のような私の夫はこの指輪だ。
「あのラックに感謝しないとなぁ。」
思わず鞄にしまっていた杖を探す。
「あれ??ない??嘘・・・・・・」
杖は跡形もなく消えていた。だけどそれを追求する事はしなかった。
しないほうがいいのだ。きっとあの杖は、また違う人に愛する喜びを与えているんだろう。
今日もまた何処かで。
不思議な光に包まれている人がいるんだ。
貴方の愛し方。―瞳の場合― 完結
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2004/05/03(Mon)20:13:41 公開 / 梓
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■作者からのメッセージ
2話完結編の短編小説です。人の過去の欲望や希望、哀しみを杖が叶えてくれるという話です。
感想お願いします。
この話、―瞳の場合―が終わったら、また違う主人公でこの杖が出てくる話を書きたいと思います。