- 『世界の終わりへの片道切符―第一話〜最終話』 作者:繭 / 未分類 未分類
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全角6053文字
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原稿用紙約21.35枚
『世界の終わりを目前に、人と人は信じあえているのだろうか?』
何時も。
何時も、そのことばっかり考えていた。
寂れた公園の錆びたブランコをこぎながら、空を紅く染める夕焼けを見つめていた時。
学校の帰り、静寂に包まれた舗装されていない土の道を歩いている時。
ふと、考えてしまう。
『世界の終わりを目前に、人と人は信じあえているのだろうか?』
その答えを教えてくれた人はいない。
これからも、その答えを教えてくれる人はいないだろう。
――そう思っていた。
第一話
「…うっ! 雪羽ってば!」
肩が揺さぶられるのを感じ、私はむくりと顔を上げた。
「ど…こ……?」
私は、ゆっくりと目を開けた。天井は白く、明るい蛍光灯が点いていて、ずっと瞑っていた目がチカチカした。
ガタンゴトン。
私が眠っていたのは、電車の中であることに気づく。
ガタンゴトン。
窓の外を見ると、外は薄暗く、月がひっそりと浮かんでいた。
乗車客は私と、肩を揺さぶり私を起こしてくれた瑤子しかいなかった。
瑤子とは中二になった今年、初めて同じクラスになったのだが、趣味などで意気投合し、すぐに仲良くなってしまった。
瑤子は、肩までのストレートの髪で、顔は切れ目できつい感じがするが、中々整っている。ちなみに得意科目は英語。
「まったく雪羽ったら…。次で降りるんだよ!」
私の左隣で、瑤子が苦笑しながら言った。
瑤子は学校の制服である、黒のセーラー服を着ていた。私も同じく制服を着ていた。
「あーゴメン、ゴメン。…ところで、私達どうして電車に乗っているんだっけ?」
その私の言葉を聞いて、瑤子は苦笑いを通り越して呆れかえった顔になってしまった。
「学校終わってから、ちょっと遠出して買い物しに行ったの」
瑤子は足元に置いていた、ピンクに紫色の英字のロゴがついたブランドの大きな袋を持ち上げた。
ああ、そうだったけ。私は今日の出来事を思い出す。
今日はセールがあるからといって、瑤子と学校帰りに遠めの町のショッピングモールに行ったのだ。
私の足元を見ると、瑤子と同じブランドの袋があった。
しっかり買ってんじゃん、私。
と、そこで車内に機械的な声のアナウンスが流れた。
『次は柏葉ー。柏葉ー』
「雪羽、準備しよっ」
瑤子はそう言うと、ブランドの袋を肩に掛け立ち上がった。
私もつられて立ち上がり、ドアの前に寄りかかった。
外はさっきより暗くなっていた。制服の袖をまくり、灰色の安っぽい腕時計を見ると、七時過ぎを指していた。
もう、こんな時間なんだ…。
『柏葉ー。左側のドアが開きます。ご注意ください』
私と瑤子は電車から降りると、ホームで別れた。瑤子は、「また明日ね」と言って手を振りながら去っていった。
学区外に住む私は、電車を乗り換えて柏葉から三つ駅を越えた風見ヶ丘という駅まで行かなければならないのだ。
ホームには、私以外の人は居らず、早々に閉まってしまった売店のシャッターが虚しく見えた。
暫くすると、オレンジと緑のかぼちゃみたいな色合いの電車がホームに入ってきた。
私は、その電車の開いたドアに足をかけた。
そこで、私は出逢う。
唯一答えを教えてくれた、あの人に。
第二話
これまた車内はガランとしていて、乗客は一人しかいなかった。
その乗客は十七か八ぐらいの青年で、さらさらの黒髪で色が白く、細身の体を制服であろうシャツとエンジ色のネクタイ、黒のズボンで包んでいた。
青年は一番端の席に、何をするわけでもなくボーっと座っていた。が、私が乗ってきたことに気づくと、視線を落とした。
私は、青年の座っている席の向かい側に座った。
特にすることも無かったので、天井からぶら下っている、パステルカラーの女性向け雑誌の広告を見ることにした。
しかし、首が疲れるのですぐに止めた。首を元に戻した時、青年と目が合った。
「君、いくつ?」
青年は、おもむろに口を開き、そこまで低くないアルト程の声を発した。
「は? 私…ですか?」
これは新手のナンパだろうかと思ったが、無視するのも気が引けたので、とりあえず妥当であろう返事をした。
「この電車内に、他に話かけられる人はいないだろう? 生憎、僕は独り言は趣味じゃないんでね。―それとも君、霊感強いとか?」
青年は微笑を浮かべながら言った。
こういうヤツ、嫌いだな。
「今年で十四です。ついでに霊感ありませんっ」
思ったよりも怒った言い方になってしまったが、別に構いやしないだろう。悪いのは、そっちなんだから。
「十四ってことは中二かぁ…。こんな時間まで何してたの?」
淡々と青年を質問してくる。
「塾です」
咄嗟に嘘をつく。
それより、お前こそ何してたんだよ。青年を少し睨んだ。
「あー! 今、お前こそ何してたんだよって思ったでしょ?」
青年の優しい目つきが、尋問をする人のような、どこか厳しいものになった。
「僕は、コ・レ」
青年は自分の足元を指した。さっきまで気づかなかったが、そこにはギターか何かのケースがあった
「ギター?」
ケースは黒く布製で、肩に掛けられるようなのだった。
「ご名答。エレキギターさ。こう見えても、バンドやってるんだぜ」
青年は嬉しそうに、ギターケースを撫でながら言った。
バンド……。エレキギターだし、ロックでもやっているのだろうか。
青年の顔は申し分なく格好いいと思うが、どちらかというと読書をしてそうな清楚な感じだったので、意外だった。
「あ、最後に質問。君の名前は?」
青年は、ギターケースを背負い立ち上がりながら訊いてきた。
青年は次の駅で降りるのだろうか。青年に気を取られていて、アナウンスを聞いていなかった。
「村上雪羽」
私の声に被さるようにドアが開いた。
「ユウちゃんね。僕は、川崎心哉。…ま、もう会うこともないっか」
そういい残して青年は電車を降りた。
『風見ヶ丘ー。風見ヶ丘ー。間もなくドアが閉まります』
同じ駅かよ。
カワサキシンヤ。
第三話
そんな訳で、第一印象はサイアクだった。
というより、また次の日に逢うとは思わなかった。
「やあ。まさか、本当にまた会っちゃうとは。運命ってやつ?」
そう言って青年―川崎心哉は、顔に似合わず豪快に笑った。
土曜午後の、駅前の洒落た喫茶店。
店内はこぢんまりとして狭く、薄暗い中、ぼんやりとした淡いランプの下アンティークな骨董品が並び、片田舎に居ることを忘れさせてくれるこの喫茶店は私のお気に入りだ。
いつものように、年季の入った木製のカウンターの一番端の席で、カモミールティーを飲みながら買ったばかりの文庫本を読んでご満悦だったのに。
ギターケースを担いだ川崎心哉は、私の隣に座りやがった。
「じゃあ、私の運命の歯車はぶっ壊れているんですね」
私は文庫本から目を離さずに、動揺していることを悟られないように言った。
「ユウちゃんさー可愛い顔して口悪いよね」
「すみませんね」
昨日の二の舞にならないように、冷静を心がけた。
「ねーなんか食べない? 勿論、おごるよ」
白地に『MENU』とだけ金箔が押された、質素なメニューを開きながら川崎心哉は言った。
今日の川崎心哉はさすがに制服じゃなかった。
英文がずらりと書かれた白のTシャツの上に、ギンガムチェックのシャツを羽織り、だぼっとした紺のズボンを履いていた。
「スコーン食べたい」
開かれたメニューの中で、一番安いものを言った。
「スコーンでいいの? ケーキとかあるよ」
と、川崎心哉は困ったように言ったが私は無視した。
応答が無いと分かると、川崎心哉は店員を呼び、スコーンと苺タルトを注文した。
私が無視したせいだろうか、川崎心哉は黙っていた。会話の無い二人の間に、バッハの『ブランデンブルク協奏曲』の軽快なメロディが流れた。
沈黙を破るかのように、私は口を開いた。
決して期待していない。決して正解を求めていない。
只、この人の答えが知りたかった。
「世界の終わりを目前に、人と人は信じあえているのだろうか?」
文庫本を閉じ、川崎心哉の黒々とした瞳をみつめて訊いた。
川崎心哉はその黒々した瞳を大きく見開き、驚いたようにしていた。
――あぁ、こいつもやっぱダメ…か。
答えられる人など、きっといないのだろう。
私は肩を落として、文庫本を開いた。
どっか、私は川崎心哉に期待し、正解を求めていたのかもしれない。と、その時、
「ノーだよ」
川崎心哉のアルトの声が私の頭の中に響いた。
“ノー”と言われたのは、初めてだった。
それからは、世界の終わりなんかよりあの人のことばかり考えていた。
否、世界が終わってもあの人さえいてくれればよかった。
第四話
「な…んで?」
止めようとしても、声が震えてしまう。
とっくに他界した偽りだらけの両親、卑屈な生き方しかできない大人達さえも“イエス”と言ったのに。
私の目の前にいる川崎心哉は“ノー”と言ったのだ。
―何で?
それしか頭にない。
私は、安心していたのだ。
両親だって、大人達だって、つまらない事を考えている私を満足させる為に“イエス”と言うことを知って。
『世界の終わりを目前に、人と人は信じあえているのだろうか?』
誰一人、真剣に考えたりしていなかったのだろう。
そんな事を考えるのは、時間の無駄だと思ったのだろう。
でも、もういい。
だって“ノー”と言ってくれた人がいるのだから。
例え、理由がなんであろうと。
「何でかって? そんなの決まっているじゃないか」
そこで一旦、川崎心哉は言葉を切る。
私には、店内に響くBGMも、他の客の話声も聞こえなくなった。
聞こえるのは、川崎心哉のアルトの声だけ。
川崎心哉は、睫毛の長い二重の目を一瞬閉じると、そのまま口を開いた。
「今の世界を見てみろよ」
……なっ。
もう少しロマンチックな答えが返ってくると思っていたのだが。
川崎心哉が言ったのは、半分クイズのような答えだった。
「それ…どういう―」
「だからさ、今の世界はちょっと些細な事でも因縁つけて、すぐ戦争。そんなの信じあえていない証拠じゃないか」
私の言葉を途中で遮り、川崎心哉は冷たく言い放った。
「でも、いざ世界が終わるとなったら―」
「疑って、傷つけあって、また疑って…。ちっとも信じあえていないじゃないか。―いざとなったら? そんな、あまいもんじゃない。余計悪くなるだけだよ」
川崎心哉は、また私の言葉を遮った。そして目を開き、つけ加える。
「―もしかしたら、世界を終わらせるのは信じあえない気持ちなんじゃないのかな」
ああ。
これが、私の求めていた答えだ。
ああ。
私がずっと探してきた“ノー”の答えだ。
ああ。
否定的で、人の汚い部分を指摘した答えだ。
ああ。
私は、やっと答えに巡り逢えたのだ。
「あ…ゴメン。言い過ぎちゃったね。……ほら、スコーン来たし食べよう」
川崎心哉は、黒いシャツに白いエプロンを着けた茶髪の女の店員が運んできたスコーンを私に差し出した。
白いお皿の上には、きつね色に焼きあがったレモン半分位の大きさのスコーンが二つのっていた。側に、ブルーベリージャムと、バタークリームも添えられていた。
ふと、隣を見ると、既に川崎心哉は、大きい苺と甘ったるそうなクリームがかかったのタルトを、銀色に光る長めのフォークで食べていた。
いただきます。
心の中でそう言って、まだ温かい一つのスコーンを手に取り、食べやすいサイズに千切った。その千切ったスコーンに、金のバターナイフでジャムとクリームを丁寧に塗り、口に運んだ。
スコーンを飲み込み終わると、私は、タルトを食べることに集中している川崎心哉に言った。
「ありがとう」
川崎心哉は、タルトを食べていた手を止めずに、顔だけこちらに向けた。
川崎心哉は、嬉しそうな、困惑したような、曖昧な表情をしていた。
別に、“ノー”の返事をありがとうでも、美味しいスコーンありがとうでもなかった。
何がありがとうなんだか、よく分からなかったけど良かった。
なんとなく、良かった。
最終話
その後、お互い何も話さないまま店を出た。
外はからっとした晴天で、青い空には羊雲が浮かんでいた。
「ごちそうさまでした」
後から店を出た川崎心哉の方を振り返って、そう言った。
言った私が驚く程、明るい声だったと思う。
「どういたしまして。それじゃ、今日練習あるから」
柔らかく微笑みながら、川崎心哉はギターケースを担ぎなおして、私に背を向けた。そして、狭いアスファルトの道路の白線の内側を歩いていった。
―また、会えるといいな。
だんだん小さくなっていく川崎心哉の背中を見つめながら、私は思った。
話したいことが沢山ある。
とっくに他界してしまった両親のことや、瑤子のこと、学校のこと。
くだらない話も、真面目な話も、沢山ある。
そして、その全てに川崎心哉は答えをくれるのだろう。
川崎心哉さえ居れば、どんな辛いことだって乗り越えられる。
そんな気までしてきた。
と、その時。
キキーッ。
嫌な音がした。
とても嫌な車のブレーキ音がした。
咄嗟に川崎心哉が歩いていった道路の方を見る。
そこには、大きなボンネットの白い車が停まり、人だかりができていた。
「急いで救急車呼べ!」
「息はまだあるのかっ!?」
まさか。
そのまさかだった。
人だかりに近づいてみると、人と人の隙間から白いボンネットの前に血溜まりと一人の青年が倒れているのが見えた。
その青年は川崎心哉だった。
さっきまで一緒に喫茶店で、世界の終わりについて語り合った川崎心哉だった。
「う……そ…」
吐き気が込み上げてくる。
喉の奥が、目の奥が、鼻の奥が熱くなっていく。
人だかりから少し外れた所に、黒いギターケースが放置されていた。
私はそのギターケースを拾いあげた。
跳ね飛ばされた衝撃で、ここまで飛んできたのだろう。
私は、意外と軽いギターケースを抱きしめた。
ギターケースには、川崎心哉のぬくもりが残っている気がした。
涙が止め処もなく溢れてくる。零れた涙は、ケースに染み、広がっていった。
遠くで、耳障りな救急車のサイレンが聞こえてきた。
私の世界は終わったのだ。
川崎心哉を失って、私の世界は終わったのだ。
『ミュージックスクールcoda』
木製のカントリー風の看板には、黒のゴシック体でそう書かれていた。
「ふぅ」
私は、一息ついて、木製で中央にガラスが張られた重そうな扉を開く。
肩には、あの人のギターケースを担いで。
ここが、私の新しい世界の始まりだ。
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2004/05/07(Fri)16:23:14 公開 / 繭
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■作者からのメッセージ
お見苦しい点が、いくつもあるかと思いますが、最後まで読んでくださった方がいましたら本当に有難うございます。ここで書くべきことではないかもしれませんが、各キャラの名前は雪羽(ゆう)、瑤子(ようこ)と読みます。
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かなり無理矢理な終わり方に思えてしまうかもしれませんが、ラストは最初から決めていたものです。未熟者なりに、皆さんの感想やアドバイスによって頑張ることができました。本当に、読んでくださった方々、感想を述べてくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。