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『恋が恋でなくなった日 〜連続通り魔暴行事件・上〜』 作者:石田壮介 / 未分類 未分類
全角13916.5文字
容量27833 bytes
原稿用紙約39.7枚

 少年はパイプ拵えの椅子に座っていた。目の前の学習机に両肘をついて、こちらを睨んでいるのだ。その皺の寄り具合は般若のようであった。への字に曲がった唇は、幼い子供が泣く前兆のようで、いじらしくも見えた。
 少年は中学生であろう。制服を着ている。また、彼の周りには同じ型の椅子と机が等間隔に整列していた。ここは教室のような場所だった。ただ、教室のような・・・と言った通り、ここは教室ではなかった。白い壁がある。四隅の一つを曲がる。また白い壁がある。二つ目、白い壁。三つ目・・・。黒板も窓も、出入り口も何もない。真っ白な壁。見つめれば見つめる程、ここが異空間である事に相違なかった。



 、、、という絵を吉祥寺の小さなギャラリーに持ってきたのは、酒井美酔(さかいびすい)と名乗る三十代位の男だった。彼は酷い夕立の中、絵を持って現れた。そして、何も言わずにダンボールで厳重に保護された絵を取り出した。
「この絵を飾ってほしい」
 唐突にそう言われて、店員は戸惑った。
「どちら様ですか?」
「酒井美酔。画家だ」
「はぁ・・・」
 店員はいよいよ困窮した。それと言うのも、彼の格好が酷くみすぼらしかったのである。まるで、貧民街の浮浪者だった。嗅覚を働かせてみると、ジュースやらコーヒーやら皆混ぜこぜにしたような匂いがして、嘔吐感を覚えた。乞食だ。きっと気でも触れてしまったのだろう。
 彼は申し訳なさそうな顔を作って、申し訳ございませんがと、断ろうとした。すると、酒井は飾るだけでいい!と物凄い剣幕で怒鳴った。その脅迫めいた迫力にすっかり圧倒されて、彼は閉口してしまった。なんだ?この強盗は、とよく解らない言葉が頭の中を巡った。酒井は三白眼を作って睨んでいた。有無も言わせない感じがして、店員は震え上がった。気まずい対峙が数十秒続いた。
「・・・分かりました」
 暫しして、店員は承諾した。彼の個人経営だったし、ここに長居されて、面倒な事な思いをするよりはマシと考えた訳である。ややともすると、命が危ない。
「著者はどちら様で?」
「さっき、名乗っただろ」
 酒井びすいと書く。美酔の漢字が解らなかったから、嫌味を込めて、平仮名で書いたのだが、酒井は何も言わなかった。
「作品名は?」
「ホテルに行かない?」
 ホテルに行かない?、と書いた。書いてから、体が疑問に震えた。
「ありがとう」
 酒井は書いたのを見届けると、頭を下げた。そうして、生暖かい夕立の中へと消えていった。彼は訳が解らず、その背中を呆然と見送っていた。はっと我に返って、彼に誘われたのだろうかと何度も考えた。
「絵のタイトルだよな・・・」
 変な汗をかきつつ、彼は自身に言い聞かせると、その悩める少年の絵に、ホテルに行かない?と題名を添えて飾った。



 〜ホテルに行かない?〜



 一、オカマ事情


 彼は天才だった。今時の高校生にしては異常だった。彼は今、図書室でドフトエフスキーを訳しながら、読んでいる。傍らに辞書はない。必要ないのである。いや、それよりもどうして翻訳本があるのに、そんな面倒をしているのか。それは自分で訳して読む方が正確に伝わるからだ。彼はそんなポリシーを持っていた。尤もな気がしないでもない。
 高校の図書室は放課後の光を浴びて、静かな温かさが彼を包んでいた。ざわざわと初夏の風が葉を揺らしている。少し離れたグラウンドから、野球部かなんかの元気に溢れた声がガラス越しに聞こえる。グラウンドの隅に何故か運梯がある。彼は頭が熱を帯びたのを感じて本から目を離した。明晰な彼も、訳しながらは疲れると見える。骨休めに景色を眺めた。自然と物珍しい運梯に目が向いた。スキンへッドのクラスメイトがハリネズミ頭のクラスメイトと運梯で、騎馬戦をやっている。カニバサミで落とそうとするのを蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた勢いを利用して、ドロップキックを直撃させた。スキンヘッドがしりもちをついて、腹を押えた。相当痛いに違いない。

「馬鹿だな」

 彼は呟いた。そうして、偏差値38じゃ無理もない。と付け加えた。程度の低い話をするが、この学校は偏差値38なのである。まあ、俗世間で言う馬鹿学校である。不良とか、登校拒否とか、そう言った鼻つまみ者が、掃き溜めの如く、ここへ集うのである。彼自身もその一人であった。しかし、彼は偏差値が全ての男であった。そうして、偏差値が最も平等であり、これ程、道理に適ったものはないと信じていた。何故なら、勉強すればしただけ、高評価を確実に得られるのである。あとは、こびもへつらいも裏工作も何もいらない。オシのように黙って授業を聞いておれば良い。実に簡単な作業だ。くだらない。
 彼は、これから来るであろう、社会での理不尽をも全て看破していたのだった。そうして、如何に扱えば上がれるか、そんな作戦をいつも立てていた。そんな風に、彼は物事を見通す能力に優れていた。
 運梯の二人がこちらを見ている。にやにやしている。大方何をたくらんでいるのか、彼は察した。
 彼は書物を片付け、校舎を駆け出ると、待ち侘びたかのように二人に出迎えられた。

「初老、おせ〜よ!」

 スキンヘッドが言った。初老と言うのは彼のあだ名で、本名は酒井淳と言う。考えてる事柄がやたら先の話ばかりなので、頭だけがじじぃになってしまったんだと言う具合につけられた。要は爺くさいと軽蔑しているのであるが、存外本人は気に入っていた。歳を取っているように見える方が、彼には喜ばしいと感じられた。早く一人前の大人になりたいと言うのが、彼の第一目標なのである。初老とは、なんて良い響きであろうか。まるで、一流作家みたいである。と、夢想しては将来作家にでもなろうかしらんと気違いみたような飛躍もするのであった。

「ところでさ、頼みがあんだけど」
「どうせ、ナンパだろ?」
「おおっ!話が早いね〜!いよっ!天才新入生!」
「さすが、学年トップ!」

 二人はバラエティ番組のような盛り上がりで、彼を持ち上げた。くだらないなと彼は思った。どうして、そこまで女に飢えているのだろうか。彼は彼らの渇望を経験の少なさと好奇心から来るものだと解釈していたが、こうまで酷いと獣じみていて、希薄な人生を送っているように見えた。

「面倒くさっ」
「まあまあまあまあまあ!そう言わないでさ」
「たまには息抜きした方がいいYO!」
「そうそう!人数足りないんだよ、頼む」

 そこまで聞いて、酒井はぷっと笑ってしまった。ナンパに人数が関係あるのだろうか。矛盾を堂々と言うスキンヘッドが可笑しく思えた。そうして、ボールみたいな頭が汗ばんで、陽光の光でミラーボールみたいにキラキラ輝くのを認めて、いよいよたまらなかった。

「ナンパに人数関係あるのかよ!」
「へっ!?」
「あ、いや、スリーオンスリーだよ!スリーオンスリー!」
「そうそうそうそう!」
「酒井君は、難しいところでウケるね!」
「コーショーな笑いだよ、コーショーな」
「必死だな」
「そ、そりゃ、人数足りないから」

 スキンヘッドは頭の汗を払った。ぴちゃっと飛んだ。彼は彼なりに必死だった。スキンヘッドは宮沢と言うのだが、宮沢と、ハリネズミの石塚は、どうにもナンパが下手なのである。声をかけても全く止まってくれない。ササッと二三歩横に避けられて、完全無視されるのである。酒井は入学当時に彼らを見つけて、原因が思い切りの悪さと、笑顔の気色悪さだからだと客観的に知っているのであるが、敢えて教えなかった。何度も頼まれに来られるのも、うざったかったが、この退屈な高校生活を紛らわすにはお誂え向きかとも思われたからだ。しかし、ナンパもやり尽くした彼にとっては、それも退屈と変わらなかった。宮沢達は酒井のナンパのうまいのを頭が良いからだと思っていた。
 宮沢と石塚は必死の形相である。微かな沈黙が生まれた。無い知恵を総動員させているのだろう。酒井はにやにやした。二人にしてみれば、はっきり言って今日は寝たいのである。欲望が苛むのである。どうしたら、彼からの援助を受けられるか、如何に心証をよくするか、そこに集中されていた。

「いいよ」

 酒井は沈黙を破った。意表をつかれて、二人は間の抜けた声をあげた。先にも言ったが、酒井にとって、退屈しのぎだからである。

「や、やった!勝ったぞぉ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「さっさと行くぞ」
『はい!隊長!』

 ナンパの場所は、毎度のアーケードと決まった。と言うより、この町でできる場所と言えば、そこのアーケードしかなかった。山間にあるこの小さな町は、デパートと言うものすらない。細かく言えば、三階建て以上の建物がないのである。ただ、駅前に商店街が、起伏の激しい山肌に貼り付けたようにあった。
 彼らは、若干急な坂道をだるそうに登りながら、目ぼしい女の子を探した。曇りガラスの天窓から、昼下がりの陽光が神秘的に差し込んでいた。農家の軽トラックが何台も往来していた。魚屋の前で、井戸端会議が開かれていた。野良猫がその傍らで、ご飯を貪り食っている。帰宅中の女子高生はいないものかと、辺りに目を光らせた。特に宮沢と石塚は獣のような鋭さだった。しかし、一向に見つからない。一回りしようと隣の通りを下ったが、小学生しかいなかった。皆、寄り道をしているのだろう。酒井は思った。女子高生が寄り道もせずに帰る方が珍しいものだ。この商店街には、娯楽というものが全くなかったのである。
 もう一度、一番大きな通りの坂道を登った。忍耐のない彼らは、既に悄然として、帰ろうという気で一杯になっていた。なぁ、帰らないかと宮沢が酒井に提言した時、ふと目の前に三人組を認めた。制服から、隣町の高校だと知れた。

「帰るか」
「いやいやいやいや!ちょっと待ってくれ!待ちたもー、酒井君!」
「三人組ではないか!」

 宮沢と石塚は今までの、のろのろした足取りは夢か幻か、物凄い勢いで駆けていった。酒井もこれには不意を食って、慌ててついていった。

「ねぇねぇねぇ!」
「どこ行くの?今、暇?」

 例の気色の悪い笑顔で二人は立ち塞がった。相手はビクッと震えて、二歩程さがった。三人とも一様に目を大きく見開いて、怯えた表情をしていた。気まずい沈黙が流れる。酒井は、慌てて前に躍り出た。これ以上、こんなくだらない捜索を続けさせられたら、たまらないと思った。幸い、彼女たちは足を止めている。巧く話せば、全然大丈夫なパターンだ。
 酒井は咄嗟に眉間に皺を作った。

「そんな、怯えた表情しないでください。はいはい、そこ他人のフリしな〜い!」

 と、陽気に言ってのけてから、ぱぁっと爽やかな笑顔を向けた。突然の個人攻撃にすっかり我に返った三人は、あははと愛想笑いをして、俄かに場が和んだ。酒井は更にギャグを重ねた。自分の言葉に答えた狐目の女の子がリーダーだと瞬時に察した。そうして、リーダーと話しつつ、それでいて時折、ぼうっとしている残り二人にツッコミやら冗談を入れて、丁寧な言葉遣いで遊びませんかとお願いした。相手は快諾してくれた。宮沢と石塚は呆気に取られて、その一部始終を見ているのみとなった。酒井の方はデートが成立すると、飄々としてなんでもないという風な顔をして、二人を見た。尤も、彼にとってはなんでもない事に違いはなかった。そうして、彼自身の心の中で、またくだらないなと呟いていた。単純で、浅はかな気がした。少しばかり、社交的な面を見せて、おどけて見せればすぐに尻尾を振る。この行動が甚だ不快だったのである。のみならず、彼女らがこれを出会いと言って、恋愛だの、ときめきだのと言う。とんだ妄想だと思っていた。この三人組も、今から何処かへ遊びにいって、そうして送るという名目で、帰り際に宮沢と石塚の手に汚されるのだ。この三人もそれを密かに望んでいる。会って、遊んで、やる。これのどこらへんが恋愛だと言うのだ。馬鹿馬鹿しい。
 六人は狐目の提案で、カラオケに行く事になった。商店街から外れた田んぼのど真ん中に、百円で一曲歌える場所があった。道中で六人は大分打ち解けた。
 狐目のリーダーは、相田幸江と言った。長い茶色の髪をかき上げるのが癖で、笑い方が特徴的だった。何とも発音し難い声で笑うのである。一番背の高い女は、石川美代子と言って、身長を聞いたら174センチもあって驚いた。今時の女子高生のように男言葉を使わない慎ましい女性だった。口に手を当てて笑うところ等に至っては、随分と古風な感じを受けた。良い家柄なのかも知れない。もう一人は、眼鏡をかけた余り冴えない女の子だった。横江ゆりと言った。俯き加減で無口であった。自分から話しかけるのが苦手と言うよりは、酷く緊張しているようだった。どうしようかと話に加われないでいる姿を認めて、余り経験がないと酒井は推察した。
 カラオケボックスに入ると、石塚がトップバッターでサザンを歌った。彼の十八番なのである。宮沢がメロンソーダを6つ注文した。女性陣が不平の声を漏らしたが、いいからいいから!と強引に押し切った。何故か、宮沢は入ると必ずメロンソーダを注文するのだ。理由はよく解らないが、大方縁かつぎか何かだろう。

「ほい、メロンソーダ」
 本物の初老の爺がメロンソーダを6つ置いていった。

「ありがとぉ!しょろぉぉぉぉっ!それじゃ、君の瞳に!」
『かんぱ〜い!』
 六人は同じ色のグラスをぶつけ合った。石塚は歌いながら、軽くぶっつけた。
「いやぁ、出会えてよかった!本当にありがとう!」
 暑苦しい宮沢に辟易して、妙な静けさが支配した。とことん空気の読めない男であった。石塚は自分のプライドに賭けて、一人歌に集中していた。
「本当にそう思ってるのぉ?」
 狐目の相田が空気を察して気遣った。
「え?いや、感謝してるよ!なぁ、酒井!」
「ん?」
 酒井は前にだらんと足を投げ出して、億劫な顔をして答えた。
「あら?ノリ気じゃないみたい」
「別に・・・」
「いやいやいやいや!そんな事ないから!」

 鋭い指摘に、宮沢は狼狽するばかりであった。そんな必死な様は酒井を少し微笑ませた。
 多少興に乗ったので、石塚に続いて、酒井が歌った。酒井も大分歌の上手な男であった。また彼は演歌から、アニメソングまで網羅していた。宮沢は彼と二人で小銭を持ち寄り6時間耐久レースをやってみたところ、ジャンルがあんまりにバラバラなのに度肝を抜かれたのだった。店を出る頃には、なんで、そんな歌知ってるんだよ。が口癖になっていた。それ程、レパートリーの多い男なのであるが、別に興味があってこれだけの歌を覚えているわけではなかった。これもまた、彼にとっては退屈な仕事なのである。社会で上にのし上がる為に必要だから、技能として覚えているのであった。
 酒井は歌い終えると、どかっと座って気だるそうな顔をした。

「じゃ!次あたしの番ね!」

 と、快活な声で相田が選曲して、歌った。うぇ〜い!と不必要に宮沢達が盛り上がった。174の石川は小さくなって、ぱちぱちと盛り上がった。横江もはにかみながら、遠慮がちに盛り上がった。そうして、ぐるぐると順々に歌を歌っていった。途中で宮沢がメロンソーダを一気飲みするという荒業に出た。メロンソーダが空になると、待ってましたと言わんばかりに、石塚がチューハイを鞄から取り出した。酔わせてゲットしようと言う心算であろう。
 酒が出た瞬間、相田の目が細く光った。石川も慎まし気に見えて余念の無い眼差しで見渡した。そうして、アイコンタクトを交わした。作戦の魂胆が余りに見え見えだからである。そろそろ帰ろうと言う相談に見える。やがて、彼女達はちょっとお手洗いへ、と言って出て行った。後を必死に追うように横江も出て行った。雲行きが芳しくないと酒井は思った。

「おい、ちょっとまずくない?」
「ん?初老、どうした?」
「いやいや」
 酒井が深刻な顔をして言うと、二人も真剣な面持ちに変わった。
「そうか、おまえもそう思うか」
 と、勿体ぶった口調で宮沢が口を開いた。さすがにこれ位は理解したかと、酒井は少し見直した。
「そうだよな。いくら恥ずかしいって言ったって、歌ってほしいよな。石川さんにさ」
「そうじゃないよ」
「いいんだ!初老!そんな気遣いは無用!俺が必ずや彼女の美声をここで聞かせてご覧に見せる!」
 酒井はにやにやして、それきり黙った。どんな滑稽が待ち受けているのだろうかと、面白く思えたからである。
「石川さんは、なんで歌わないんだろう?」
「きっと、恥かしがり屋さんなんだ」

 宮沢と石塚がそうこう話していると、三人が戻ってきた。彼女達は忙しい様子を気取る訳でもなく、至ってトイレから戻ってきた風に席へ腰掛けた。それから、酒井の予想を裏切って、ビールを開けた。酒井は非常に冷めた眼差しでそれを見つめていた。
 酒井は漫然とモラルについて考えていた。本当のところ、この世の中にモラルなんて在りはしない。重罪である殺人だって、戦争になればひっくり返る。その時に一番強い奴が決めるものだと彼は即座に結論づけていると、不意にとんとんと肩を叩かれた。石塚だった。外へ出ようと言うのだ。

「ちょっとトイレに行ってくるわ!」
 宮沢が言うと、三人は外へ出た。石塚も少しにんまりした表情をしている。我討ち取ったりと言った感じか、宮沢も石塚も勝ち誇った表情をしている。
「どうよどうよ?」
「どうって、いけるんじゃないのぉ!?」
「酒井君的には、どうよ?」
 酒井は退屈そうな顔をしていた。別に、と一言言ったぎりだった。
「じゃ、誰が良かった?俺はこう見えてな、石川さんが良いなぁ」
「おっ!てっきり相田さんかと思ってたんだけど、意外だね」
「だろだろ!あの慎ましさが、たまらん!」
「初老は、どうよ?」
「誰でもいいよ」
「じゃ、俺相田さんもらっていい?」
「ああ」
「よっしゃ!決まり!石塚が相田さんで、初老が横江さん」

 宮沢はそう満足気に言うと、部屋へ戻ろうと扉へ手を賭けたが、ぐいっと引き込まれて、勢い良く突っ伏した

「あら、ごめんなさい!」
「宮沢ぁ!浮かれすぎだぞぉ!」

 石塚が指差して、馬鹿笑いした。出てきたのは石川だった。彼女は、例の口に手を当てたポーズをして、彼を案じているのだった。宮沢は、ばっと跳ね起きて見せると、大丈夫。ノープロブレムだよぉ。とハイテンションにそう言って、彼女に道を開けた。石川はその毎度の気色悪い笑顔に少し辟易していたが、そんな場合じゃないと思い出して、ちょっとお手洗いをと俯き加減に言うと、早足に去っていった。

「イイ!彼女はイイ!」

 後ろ姿を見つめながら、宮沢は感嘆の吐息をついた。酒井は取り合わずに彼女がトイレに行く姿を、図らずも見つめていた。しかし、そこで奇妙な違和感を彼は感じ取った。遠近感というか、何かそんな違いなのだが、それが何であるか、よく解らない。単なる眩暈であろうか。酒井は額を押さえて考えた。名探偵の如き渋面でその疑問に取り組んだ。無我夢中の余り、おい、戻ろうぜ。と宮沢に言われて、ようやく現実に引き戻された。折角出くわした不思議な感覚に水を差されて、酒井は気分を害した。退屈が漸く紛れそうな予感がしたのである。

「俺も、用足してくるよ」

 酒井は幾分不快な顔をして、伝えて、トイレの道すがら、考えに考えた。用を足したくなったのは本心だが、ゆっくりと個室に篭って考えようかという気持ちでもいたから、どちらが目的なのか、よく解らなくなっていた。明晰な彼の頭脳はあれこれと推察が持ち上がるが、どれもしっくり来なかった。彼の頭脳は記憶力にも、物事を本質を見透かす目にも優れているが、推理はとんと苦手なのであった。
 コンコンと内心もどかしさの中で、酒井はドアをノックした。ノックが返ってくる。ため息をつきながら、早く終われよという気分で待っていたのだが、一分経っても二分経っても出てこない。聞き間違えかと思って、もう一度ノックした。するとまた確かな音が返ってきた。マジかよ、と一言呟いて、落ち着かない様子でトイレの前に並んだ。待たされるストレスの余り、尿意が急に酷くなったようだった。推理どころではなかった。早く出てきてくれ、男の癖になんで長いんだ。と、心の叫びが彼の体中に響いた。気が付くと、もう十分位経っている。大きい方かよ!と呟いて、背に腹はかえられないと感じ、止むを得ず、女子トイレで用を済ました。出る時に、一歩進んだ彼もさすがに緊張を隠せなかったが、幸い誰もいなかった。
 部屋に戻ると、帰りの支度をしていた。だいぶ日も沈んできたし、門限もあるから、という事だった。

「俺たち、送っていくよ」

 宮沢が申し合わせた通りに言った。相田は含んだ笑みを称えて、ありがとうと礼を言った。くだらない暗黙の了解だと、酒井は気だるげにその一連を見つめていた。

「あ、石川さんは?」

 宮沢はごくさりげなく気にかけている顔をして言ったが、内心渇望しているのが容易に見て取れた。なんとも下品な男である。しかし、相田も横江も気にする風でもなかった。その様子から、段取りは組んであると知れた。すると、スリッパの騒々しい足音が聞こえて、ごめんなさいと、石川が勢い込んで戻って来た。彼女はメイクに手間取っていたらしかった。全然構わないよ、と宮沢も石塚もすかさずフォローに入った。もう後は行くだけなのだ。軽くご機嫌を取っておけばいい。そんな具合なのである。

「石川さん、送ってくよ」
「相田さん、送っていっていい?」

 彼らは急かすような口調で、彼女達の手を取った。相田が石川と横江に耳打ちした。何を伝えたのか知らないが、どちらにしたって、くだらない用件には違いないだろう。石川は、うんうんと頷いて了解したような感じであった。横江の方は、吃驚して、相田の方を凝視した。しかし、間隙を与えず相田がどういう魔法の言葉をかけたのか一言耳に添えると、腑に落ちない様子ながら、承諾した。酒井は、やれやれという気分になった。きっと、自分の帰る横江という女は全くこういう経験がないのだろう。お金やら、なんやらで交渉する術も知らないであろう。下手をすると、これから何をするのかも解ってはいないかも知れない。面倒くさい。
 会計を済ますと、三人はこれも段取り通りなのだろう。皆別々の道を歩いていった。宮沢は恐らく、モーテルにでも行くのだろう。石塚は差し当たって、田んぼの真中にある児童公園あたりだろうか。落ちかけた夕日が最後の力を振り絞って、朱色の力強い光を放った。心なしか、ロマンティックに演出された形になって、下品な宮沢も、格好良く見える。
 酒井は横江の手を、小学生がフォークダンスをするような嫌々な手つきで握りながら、どこまでも続く田んぼの道を歩いた。電柱の影が道路に濃い模様を作っていた。横江は俯いたまま、気の乗らない足取りでついてくる。なんで、さっきからこう苛々する事が続くのだろう。酒井は心で嘆きながら、因果について考えていた。良いことの後には、悪いことがくる。なんか、良いことがあったろうか。いつだって、退屈だった。不公平だ。何度も不公平だと言う結論に辿り着いて、いよいよ気分が滅入ってきた。横江は何も喋らない。このまま帰して、さっさと家に帰ろうかという気持ちで一杯だったが、何もしないで帰る事が後でいかに馬鹿にされるか、彼は自覚していた。あの宮沢達によってこの段取りが組まれたのである。収穫なしとなれば、笑い者である。優等生に賭けて、それだけは避けねばならないと酒井は思った。頭の良い人間と言うものは、少しでも欠点があるとそこに付け込まれるものである。そうして、嫉妬から、勉強しかしていないお坊ちゃまだと勝手に決め付けて、侮られるのである。ナメられてはならない。ナメられぬ為には、完璧であらねばならない。
 酒井はピタっと立ち止まった。唐突な出来事に横江はひっと声をあげた。

「おい!」
「は、はい!」
「俺が嫌いか?」
「い、いえ、そんな」
 横江は顔を困窮で歪めて、眼鏡を糺した。
「じゃあ、キス位いいだろ?」

 酒井は言ってから、少し強引だったかなと思った。しかし、いけると言う自身はあった。横江は少し躊躇していたが、震えた声で承知した。徐ろに酒井は顔を近づけた。彼女の肩は凍え死ぬんじゃないかしらんと思える位に、震えていた。ゆっくりと爆弾でも解除するかのような緩慢な動きで唇と唇の距離が縮まっていく。酒井は、キスをしたら帰してやろうと思った。後は、誇張でも何でもすればいい。ところが、後ほんの一寸というところで、横江はばっと後ろに身を逸らした。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「おまえさ、こういう経験初めてだろう?」
 横江は眼に涙を溜めつつ、こくこくと首肯した。
「ごめんなさい。やっぱり、私出来ない」
「いや、別に良いけどさ。出来ないなら、初めからこんな事するなよ」
「ごめんなさい!」

 彼女は平謝りに謝った。そして、涙が堰を切って顔中涙まみれの顔で酒井に許しを乞うた。一方、唐突に泣かれた酒井の方はすっかり持て余して、とりあえず涙ふけとハンカチを渡して、近くの公園のベンチに座らせた。夕日がいよいよ山の稜線に差し掛かり、顔を隠さんとしていた。急な角度で当てられた光は、ベンチと二人を巨人にした。
 横江は落ち着くと、その黄昏を暫く遠い目で見つめていた。酒井も何か言ってやりたい気がしたが、言葉にならず、黙っていた。

「私、友達が欲しいんです」
「友達?」
「本当の友達です」
「友達って、相田さんと、石川さんがいるじゃん」
「果たして、本当の友達でしょうか?」
「ん?」
「じゃあ、酒井さんの友達は本当の友達?」

 そう聞かれて、酒井は弱った。恐らく、彼女の言う友達と言う観点で言うならば、間違いなく宮沢や石塚は友達の範疇に入らないであろう。酒井にとって、彼らは暇つぶしに過ぎず、見下しきった対象だからである。また他の連中も友達と呼べるような奴はいない。それは断言できる。しかし、酒井にとって弱ったのはそこではなかった。彼自身にとって、友達というものは、互いに或る利益が存するからこそ、成立し得る関係だと心得ていた。あいつはファミコンを持っているから、遊ぶ。俺は面白いからあいつに呼ばれる。という具合である。酒井は一歩進んだ男である。ビジネスにとって、ギブアンドテイクは基本だと思い、仕事をする者はそこに彼女の言う友情等、介在させる余地を与えてはならないと思っていた。人生を生き抜く上でそれで充分だと思っていた。どうせ人生は苦しいんだ。孤独なんてなんでもない。しかし、目の前にいる彼女にそれを言えば、寂しい考えの持ち主だと思われるのは必至であった。ここは気遣ってやるのが、妥当と考えたのである。しかし、そういう思想なものだから、そう簡単に巧緻な言い回しが思いつく訳もなく、ただただ弱るばかりなのであった。

「いないんですね」
「勝手に決め付けるなよ」
「私と友達になりませんか?」
「ん?本当の友達ってやつ?」
「はい」
「ん、別に良いけどさ」
「ありがとうございます!」

 横江は満面の笑みを称えて、頭を下げた。これは面白い事になったぞと、酒井はニヤリと微笑んだ。これもまた、本当の友達ではないのだろう。と彼は自覚した。しかし、どうせバレやしないだろうし、これはこれで妙味を味わえばいいと、割り切った。

「でも、本当になれんのか?」
「なれますよ!私とあなたなら!実は石川さんも、本当に理解してくれる人を探しているんですよ」
「理解かぁ。宮沢は無理だな。男女の仲は特に」
「男女?」
「ああ、二人で帰ったろう?」
「あ、実は・・・石川さん、男なんですよ」
 沈黙した。
「え?」
「ごめんなさい。石川さん、本当は男なんです」
「え?」
「石川さん=男です」

 酒井の麻痺した脳内はやっと機能した。そして、全てが合点が行った。何故、トイレが長かったのか。出たくても出れなかったのである。何故か、酒井に女装がバレるからである。その証拠に女子トイレが空いていたし、自分の方が先に帰ってきた。違和感を感じたのは、彼女がブルーの男子トイレのドアを開けたからだ。
 酒井は思わず、オオプスと唸った。

「でも、彼女は心の芯まで女性なんです。だから、学校側もセーラー服での登校を許可したんです。その苦労を解ってあげて下さい」
「そうだね」

 酒井は何も言えなかった。横江はその後も先ほどまでの無口が演技だったかのように、ベラベラと饒舌を振るった。そうして、家の前の角で二人は別れた。横江は晩御飯でも食べていったらどうかと勧めたが、酒井は断った。

 翌朝、酒井は教室の入り口に注目していた。言うまでもなく、宮沢のすっかり意気消沈した顔を見逃さん為である。石塚にもその事実を知らせて、今か今かと一緒に待ち侘びた。しかし、八時半を過ぎても来なかった。ショックの余りに自殺したのであろうか。二人は少し心配になっていると、二時間目になって彼は登校してきた。非常に疲れた足取りで入ってきた。が、彼らの予想をはるかに裏切って、明朗な笑顔だった。これはどうしたものか?と、二人は驚愕した。講師が小言を言おうとした。それを宮沢はまるでそこに何もないかのように、鮮やかな無視をくれてやって、石塚の隣に座った。

「どうだったよ、男の世界は?」
「良かったよ。最高だった。石川君は男だから、扱いがうまいんだよ。あれは、やみつきになるね。いや、マジで石塚も経験した方がいいよ」

 酒井と石塚はこの瞬間、友達をやめようかと思った。



 二、連続通り魔暴行事件


 五件目の被害が起こったのは、夕方から振り出した小雨がだんだん過激になって、大雨と化した梅雨時のある晩だった。
 錆付いた古いアーケードは強風に煽られて、どこからかバタンバタンと怪しげな音を奏でている。タンポポの黄色い街灯が今にも消え入りそうで、さながら幽霊屋敷のようであった。喫茶店のシャッターが少し開いていた。やがて、雨から逃げるかのようにガラガラっと最後のけたたましい音をたてて閉店した。店が全部閉まって、すっかり物静かになってしまうと、通りは天窓とトタンを打ち鳴らす天空からの寂しげなリズムだけとなった。
 そこに原付が二台、ライトを点けたまま駐車してある。すぐ側には長い金髪の不健康な位に白い肌の男と、そりを入れたヤンキー気取りの男がしゃがみ込んでいた。そのまたすぐ側には、ビールやらチューハイやらが十数缶散乱している。ごにょごにょと小声で話していたのが、急に大声になって俄かに騒々しくなった。

「俺は最強だぁぁぁぁぁっ!」

 叫びだしたのは、金髪の男である。指にメリケンを嵌めて、威張っているのである。大分酒が回ってご機嫌のようだ。ヤンキー気取りも、打ち震えたように歓喜を満面にたたえている。覆面の何を恐れる事があるか。俺達は、30人を越すグループなんだぞ。と、自身を得たところなのである。覆面とは連続通り魔犯の事である。この覆面と言う奴は、彼らにとって近頃少しく恐怖の存在だったのである。何故ならば、覆面はおかしな事に、ヤンキーばかりを付け狙う。そうして、いつも油断した隙に奇襲をかけ、幹部とリーダーを完膚なきまでに打ちのめし、去っていく。覆面しているから、当然何者かは解らない。こうして、現在4グループが醜態を晒していた。次あたりで狙われるのは、このグループではないかと目されて、恐怖の余りにヤケ酒に走っていたところである。
 突然、ガタっと大きなポリバケツの倒れる音が響いた。二人はビクッと震えて、慌ててそちらを見た。青いポリバケツが薄暗い光を受けて鈍い色を放っている。ただ、強風で倒れただけと見える。二人は男としては、恥かしい程大きな安堵をついた。二人は顔を見合わせて生還の微笑みに喜び興じた。しかし、金髪の男が瞬きをした一瞬に、そりの男が妙な顔をしているのに不思議に思った。そして、そりの男がずるずると横へ倒れていく姿を見て、はっと戦慄が背筋を走った。膝蹴りによって、彼は後頭部をやられたのだった。
 金髪はゆっくりと顔を上げる。まさか、と否定と揺ぎ無い現実を幾重も繰り返しながら見上げる。

「おまえがリーダーか?」
 覆面だった。
「ひぃぃぃっ!」

 ・・・全治二ヶ月である。
 その男は決まって雨の日に現れた。その男は決まって血の雨を背にして去った。そうして、完膚なきまでに叩きのめされた男の額には「偽者」という張り紙が張られていた。何者かは解らない。まだ捕まっていない。いつしか、ぱったりと止んで、迷宮入りした。男は伝説の人となった。それが、酒井淳の中学三年生の本性である。
 始めに言ったが、彼は天才だった。そして、中でも珍しい天才だった。普通の天才はスポーツ万能と来るところである。そして、普通の天才は喧嘩はやる時はやる程度の強さである。しかし、彼の場合はずば抜けて強かったのである。武道を学んでいたわけではない。それなのに、拳は歯をぶち砕き、蹴りは膝をへし折るのである。この才能を彼は、変わった形で使った。彼は自らを「最強」等と名乗る輩を非常に軽蔑していた。そうして、最強を名乗る輩に洩れなく鉄拳を加えた。また50人を1人で倒したとか、ヤクザの事務所に乗り込んでケリをつけたとか、そういう無茶苦茶な武勇伝を語る奴にも加えた。浅はかな事を言う連中が、許せなかったのである。ぼこぼこにして意識を失ったところへ、「偽者」という張り紙を張る。それが悪趣味ながら、彼の日々の楽しみであった。勉強は高校の彼と違って、全くしていなかった。したところで、将来何の役に立つであろうか。彼には勉強の意義が全く無いように思われたのである。買い物の計算に二次方程式使うか?が口癖であった。
 喧嘩をやめた理由は、よくは解らない。また彼自身もよく解っていない。面白くなかったから、或いはこれだけやって覆面を誰一人引っぺがすことができなかった世の連中の低能さに飽きた。大方、そんな辺りだろう。彼が高校生になって気でも違えたかのように無心に勉強を始めたのは、単に興味の矛先がずれた程度に過ぎない。
2004/05/19(Wed)04:15:53 公開 / 石田壮介
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■作者からのメッセージ
やっと、書き込めた笑
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