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『ハルハルとネコネコ  ―完―』 作者:神夜 / 未分類 未分類
全角15782文字
容量31564 bytes
原稿用紙約46.3枚



     『春に咲く菜の花のように
           〜ハルハルとネコネコ〜』  




     「秋の空の下で」




 あれから三ヶ月経った。
 すべてが終り、そして新たにはじまったあの日から、今日で三ヶ月になる。
 季節が夏から秋へと巡ったその中で変わったことがいくつもある。
 まず、せみの声が聞こえなくなってしまったこと。せみの命は一夏だけ。それは今までもわかっていたのに、今年だけはそれがすごく淋しく思えた。次に太陽が早く沈むようになったこと。夏と比べれば一時間ほどの差がある。気温が下がってしまったのよりも、あの熱い陽射しを心惜しく思う。緑に包まれたこの森林町も変わった内の一つだった。季節が巡る度に姿を変える木々が、深緑から黄葉へと色を変化させた。それも見ていると綺麗に思えるのだが、やはり好きなのは深緑の木々の姿だった。でも、それでもこの町の変化は素晴らしいことで、一緒に歩んで行っているのだと思わせてくれる。それは、本当に素晴らしいことだった。
 そして、春菜は毎朝鏡を見るようになった。家に鏡はあったものの、三ヶ月前までは鏡を見るのが嫌いだった。五百年という月日を経ても何一つ変わることのなかった自分の姿を見るのが本当に辛かった。でも、今は違う。毎日、朝起きて鏡を見るのがこの三ヶ月で習慣となっていた。少しずつだけど変わっていく自分を見るのが、本当に嬉しかったから。
 今日もそうだった。朝起きて、一番最初に洗面所に向った。鏡の前に立ち、そこに移る自分の姿を眺める。鏡の中の春菜は、嬉しそうに微笑んでいる。変化はここにもあった。五百年もの間、伸びることがなかった髪がちゃんと伸びていた。三ヶ月間、髪はずっと伸ばしたままだった。以前は肩に掛かる程度の長さだったが、今はほんの少しだけ長くなっている。このまま腰の辺りまで伸ばしたいと思う。サラサラしたその髪は、少し春菜の自慢でもあった。
 しばらく髪の毛を摘んで指でくるくる回していたが、そろそろ時間だったのでそれをやめて顔を洗った。タオルで顔を拭いてからリビングに向い、朝食の準備をする。長年やっているだけにその動作に無駄はなく、ほんの数分で見事な朝食が出上がる。いただきます、と静かにそれを食べる。美味しい。でも一人で食べるのはやっぱり少し淋しかった。また御馳走して喜んでもらいたいと思う。っと、そんなことを思うと頬が赤くなりそうだったので慌てて首を振ってまた朝食を食べる。
 それを食べ終わると食器を洗って整理しておく。さて、今度は掃除である。もちろん家の隅々まで綺麗にするのが常だ。バケツに水を汲んで雑巾を浸し、力一杯絞って床を拭く。毎日掃除ているだけあって埃などは全く落ちてはおらず、掃除しなくてもいいのではないかとの疑問が浮ぶが、これは春菜の日課であって欠かすことはない。そのまま掃除を続け、すぐさま家全体が元々綺麗だったのにさらにピカピカになった。
 一息付いてから最後の部屋へと足を踏み入れた。不必要な物が何もない、すっきりとした部屋だった。そしてその部屋は、掃除した後の家よりもさらに綺麗にされている。ここは、春菜の兄の部屋だった。昔はここを掃除する度に心が痛んだ。だけど今は違う。もう乗り切れたから。笑っていられるから。だから、ここを掃除するのは本当に心地良かった。
 部屋の中央まで歩み、そこで立ち止まって春菜は微笑む。明るくて元気で、そして優しい、そんな笑顔だ。手に持っていたバケツを床に置き、雑巾を念入りに洗って絞り、それから部屋を掃除する。やはりその作業も無駄がなく、数分で終ってしまう。部屋はまるで新築以上にピカピカで清潔感が溢れていた。やっぱりわたしは兄さんの妹だと春菜は思う。
 掃除はこれで終り。今度は洗濯物だ。しかし一人暮しで毎日洗濯しているのでその量は少なく、これまた数分で終ってしまう。庭に出て洗濯物を干し、次は畑だ。今が夏なら入念に畑の手入れをしなければならなかったが、今は秋で少ししか野菜を育ててはいなかった。だから作業はかなり楽で、見る限りには異常がなく、ただ水をやって終ってしまう。
 しかし一つ一つの作業が数分で終っても、それが積み重なれば時間が過ぎるのはそれなりに早かった。太陽が空に向って大きく昇っている。庭に出てその光で出来る木漏れ日のトンネルを眺める。幻想的な気分になっていたらお腹が鳴った。誰も見ちゃいないのに、春菜は慌ててお腹を抑えて本気で照れたようにあたふたする。それが収まった頃になってようやく春菜は家の中に戻った。
 さっき朝食の準備をしたと思ったらもう昼食の準備。午前中は毎日そんな感じで過ぎ行く。でも楽しいのでそれでもいいと思う。そして春菜はまた無駄のない動作で昼食を作り、それを食べ、食器を洗って整理する。時計を見ると時刻はちょうど十二時を回っていた。
 一番の日課、散歩に出掛ける時間だった。この町は平和そのもので、戸締りなどする必要は全くない。着替えを済まし、麦わら帽子を被ろうかどうかと思ったけど、やはり今は秋なので何も被らずに行くことにする。玄関から外に出るとき、そこに置いてあった一枚の便せんを春菜は手に取った。それを少し見て、春菜は嬉しそうに微笑んだ。
 変化はここにもあった。その便せんの表には綺麗な文字で森林町ではない別の町の住所が書かれており、そしてそこには『萩原祥季様』と続き、裏には春菜の名前。つまり、これは春菜から祥季へと宛てた手紙なのだ。祥季がこの町を離れて一週間ほどした辺りだった。春菜の元に一通の手紙が届く。差し出し人は祥季で、中には汚い字でいろいろと書かれていた。そしてそこからはじまった。一ヶ月に四通、三ヶ月経ったのでこれが十二通目となる手紙だ。春菜と祥季を繋ぐ、形ある物、簡単にいえば文通である。春菜は電話を必要としないため家にそれはなく、しかしそれでも少しでも話をしたい、そう思ってこの手紙を出す、と最初の手紙に書いてあった。その手紙を見た時、本当に嬉しかった。すぐに返事を返し、するとまた祥季は返事を返してくれた。それがずっと続いていて、この手紙がその十二通目なのだ。
 この町にポストはないので、出す場所は公民館だった。そこから隣り町の郵便局へと運ばれ、手紙は目的の場所へと旅立つのである。散歩のコースが多少変わったのはそのためだ。手紙がある時だけは、春菜は一番最初に公民館に向って手紙を出す。それは、本当に、本当に楽しいことだった。
 手紙をそっと両手で胸に包むように添え、春菜は秋の空の下へと歩み出す。
 風が気持ち良い日だった。軽い足取りでテトテトと歩き、木漏れ日の石段を踊るように降りる。砂の道に辿り着くとそのまま公民館がある方向へと体の向きを変え、左右に見える田んぼを嬉しそうに眺める。風が吹く度に田んぼが波打ち、春菜の髪を撫でる。本当に風が気持ちいい。
 あの日、祥季と並んでここを歩いたことを思う。あの時は嫌われたんじゃないかって思って怖くて怖くて祥季と話をすることもできなかった。でも、今となってはそれも素晴らしい思い出だった。そしてあの日の夕暮れと同じようにその道を歩き、便せんに優しく触れた。
 五分ほど行けば公民館が見えてくる。やっぱりここの広場は無意味に広く、その周りをフェンスに囲まれている。夏祭りは過ぎ、もうとっくに整理されているその場所は少し淋しかった。その何もない殺風景な広場の一番奥に一階建ての建物がある。それが公民館だ。砂の道から砂の広場へと足を進め、公民館の入り口へと向った。
 ドアを開けて中に入り、下駄箱に靴を入れてスリッパを履く。ペタペタと通路にスリッパの音を響かせ、誰かいないかと春菜は探し回る。少し探すと人を見付けた。ダンボールと格闘している綺麗な女性。その人に少し近づき、春菜は笑った。
「こんにちわ美香さん」
 その声に気付いた女性――つまりは都会で悪徳セールスをやればかなりの功績を残せるであろう美香はダンボールから顔を上げ、春菜の姿を見るなり嬉しそうに微笑んで立ち上がる。そして何を言うよりも早くに、一瞬で春菜の元まで駆け寄り、有無を言わさずに抱き締めた。
「ハルちゃんかわいいっ! やっぱりハルちゃんを抱き締めるのって心が落ち着くのよねえ。最近はすごく可愛くなっちゃって。恋する乙女はやはり綺麗になるのかな?」
 しかしその問いは春菜に聞こえない。
 毎回毎回、この公民館に手紙を出しに来ると美香と出会い、その度に美香はこれでもかと言わんばかりに春菜を抱き締めるのである。それも中途半端な力ではなく、力の限りだ。だから春菜にしたってたまったものではない。美香は本当に二十よ……十八歳(自称)とは思えないほど力がある。怖い人だ。やはりそれも森林町の御かげなのかもしれない。
 そんな人物に、春菜が太刀打ちできるはずもなかった。いつも息が出来ないくらいに抱き締められ、必死に「やめてください」と言っているつもりなのだが、口から出るのは「うぅ、あぅ、うう」という何とも意味不明な言葉だった。そんな状態がしばらく続くのがいつもであり、美香が落ち着くまではずっと春菜はやりたい放題に抱き締められる。
 やっとこさ落ち着いた美香は、名残惜しそうに春菜から少しだけ身を離し、至近距離から見つめて嬉しそうにうんうん肯き、
「ハルちゃんはやっぱりかわいいね。抱き締め心地も最高だし。こんなんだったらあの子にハルちゃんが汚される前にこのわたしが……」
「美香さん……?」
 春菜のその言葉で美香はふと我に返り、ジュルリと涎を拭いて「なんでもないなんでもない」と首を振った。
 頭の上に「?」を浮べる春菜を他所に、美香はいつも通りの素に戻って、
「それで? ハルちゃん今日はここに何しに……って、野暮だねそれって。あの子に手紙でしょ? 仲が良くて羨ましいわねえ」
 春菜が頬を赤めらせて俯き、それに美香は肩をヒクヒクさせて笑いを堪える。
 春菜自身は気付いてはいないようだが、最近、春菜はよく感情を現すようになった。というものの昔から感情はちゃんとあったのだ。町の人達と接する時だって笑っていたし。でも、それは少し違った。どこかで何かを敬遠しているような、そんな笑みだったのだ。しかしどうだ、あの少し変わった萩原家の孫がこの町に来て、町の人達が何年かかっても出来なかったことをほんの一月程度で成し遂げたのだ。敬遠していた春菜の中の物を、彼は一月で取り払った。想像することしかできないけど、それは、とてつもなく大変なことだったのではないか。もしかしたら、森林町の人達が考えもつかないことがあったのかもしれない。でも、それでいいと思う。切っ掛けは何であれ、この町の人々が大好きなハルちゃんは、本当に笑って、本当にこの町と一緒に歩んで行っているのだ。美香にしたって例外ではなく、それはこの町の大きな一歩だった。
 笑いを噛み殺し、それとなく優しい笑みを浮かべる。気を抜けばまた春菜を抱き締めてしまいたい衝動に狩られる。それも何とか押し殺し、
「じゃいつもの通りでいいのよね?」
「はい」
 肯いて、春菜は便せんを美香に手渡す。その瞬間、美香はその手紙の内容を無性に見たくなる。しかし間違ってもそんなことはしない。それは春菜を裏切る行為だし、そんなものは死んでも嫌だった。それにもし春菜を泣かせでもすればあの警官が黙っちゃいない。どういう情報網かは知らないが、春菜が泣けば恐らく五秒以内にそれを聞き付け、銃を持って瞬間移動でもして来そうである。そうなればもちろん美香の命はない。だから間違ってもそんなことはしないのだ。
 美香は手紙を手に持ち、最後にもう一度春菜を抱き締める。突然そんなことをやられた春菜の口からは、やはり「うぅ、あぅ、うう」というなんとも意味不明な言葉が出る。しばらくそれが続き、美香が正気に戻ってやっと開放された。
 美香が「それじゃこれ出しとくね」と言ってきたので、丁寧に「お願いします」と頭を下げた。軽く美香と別れの挨拶し、体の向きを変えて玄関まで歩み出す。廊下を歩く度にスリッパがペタペタ鳴るが、それもどこか嬉しかった。玄関に到着してスリッパを片付け、下駄箱から靴を引っ張り出してそれに履き替え、数歩進んで秋の空の元へ。
 風が吹いて春菜を包み、秋の香りがした。
 手紙の返事が返って来るのは一週間後くらいだろうか。それまでがすごく楽しみな時間である。自然と春菜は笑い、公民館の広場を嬉しそうに歩んで行く。砂の道に出て、周りに見える田んぼを眺め、そして春菜は散歩をする。それが日課であるのだ。
 季節は巡る。夏が終って秋になり、そして冬を過ぎればまた会える。
 それまでが、本当に楽しい日々だった。
 そして、春菜の散歩は続くのである。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



     「小さな家族」




 それを見付けたのは、散歩を終えて帰る時だった。
 いつもと同じ、いつもと変わらぬ場所を散歩して、そこで会う町の人に挨拶を交わして散歩をしていた。太陽が傾き掛けて辺りが夕日に染まる頃、春菜がそろそろ帰ろうとして帰路を歩いている時だった。この町では割りと家が集まっている場所があって、そこには萩原家も含まれており、見ただけで数軒の家がある。この森林町にすればそれは少し珍しいことだった。
 そしてその数軒ある内の一軒、水上家の家の前だった。家の塀の下で蹲り、じっと何かをしている少年。その子のことを、春菜はすぐに思い出せた。名前は水上雄太(ゆうた)、いつも明るくて元気一杯でこの町を走り回っている小学五年生の男の子である。しかし今、その雄太はまるで戦争で死にそうな兵士の雰囲気を漂わせていた。
 心配に思い、春菜は雄太に近づく。声を掛ける前に、雄太はその足音に気付いて顔を上げた。雄太は春菜を見ると、ポツリと、
「ハル姉ちゃん……」
 春菜は微笑んだ。
「どうしたの? 気分でも悪い?」
 そう問うと、雄太はゆっくりと春菜から視線を外し、やがてふるふると首を振った。
 それならどうしてこんなところにいるのか、そう言おうとして気付いた。雄太は、気分が悪くてここにいるのではなく、もっと違う理由でここにいるのだ。体育座りのように座ったその腕の中に、何かがいた。茶色くて、ふわふわした生き物。
「仔猫……?」
 自然と、春菜の口からそう出た。
 その言葉に雄太は肯く。
「うん……。こいつ、親がいないらしいんだ……。さっき遊んでて見付けて、ごはんあげたら元気になって寝ちゃったけど……このまま放っておいたら死んじゃうかもしれない……」
 そして春菜は理解した。雄太は心優しい少年である。そんな子が仔猫を見付け、そしてその仔猫に親がいないとわかったらどうするか。自分で世話みたいと思うに決まっていた。しかし問題はここからなのだ。春菜の記憶が正しければ、雄太の母親は猫アレルギーだったはず。遊び回って帰って来た息子が猫を抱えて、そして満面の笑みで「猫飼っていい!?」と聞いたらどうなるか。子供にはわからないかもしれないけど、親にしてみれば返答は決まっている。子供なんて世話をするのは最初だけ、だからちゃんと元いた場所に返してきなさい。そう思っても仕方ないのかもしれない。でも、それで子供が納得するわけはないのだ。心優しい雄太にしてみれば尚更だった。
 恐らく、それで雄太は母親と言い合いをし、それでも飼ってはいけなくて、そうなれば根比べと思ってここに座り込んで母親が折れるのを待っているのだろう。しかしそれでも結果は同じだと思う。猫アレルギーの親が、猫を飼ってもいいと言うはずもないのだ。
 春菜は悲しそうに雄太の側に座った。ゆっくりと、
「仔猫、飼っちゃいけないんだ?」
 再度、雄太は肯く。
「……わかってるよ……お母さん、猫がいるとくしゃみが止まらなくなるからダメなんだって……。でも、でもさっ……!」
 雄太の小さな瞳に微かな涙が溢れ、春菜を見据える。
「このままほっぽったらこいつ死んじゃうよ! だからっ、どうしてもおれが……っ! 死んじゃうのは、本当に怖いから、だから、こいつが……っ!」
 何かを言う度、自分の言葉で追い詰められて雄太は泣いた。
 この少年が泣くのを、春菜は初めて見た。いつもは皆の中心に立って、周りに元気を振り撒く子なのだ。その子が、今は泣いている。春菜の心が締め付けられるような感覚があった。
 そしてその泣き声に気付いて起きたのか、雄太の腕の中で寝ていた仔猫がもそもそと動いた。ひょっこりと小さな小さな顔を出し、雄太を見つめ、そして次に春菜を見つめた。じっと春菜を見つめ、やがて助けを求めるかのように、仔猫は「なあっ」と一鳴きした。
 春菜は思う。
 これは必然だったんじゃないかって。でも、それはそれでいいのかもしれない。雄太の想いを無駄にはしたくない。だって、雄太も家族なのだから。
 春菜はまた微笑んだ。そっと泣いている雄太の頭を撫で、
「その仔猫、わたしに任せてもらっていいかな?」
 はっと雄太は顔を上げ、驚いたように春菜を見やる。
「い、いいのっ!?」
「もちろん。だって、この町にいるすべての生き物が、わたしの家族だから」
 すると、春菜の言葉がわかったいるかのように仔猫が突然雄太の腕から飛び出し、春菜の腕へと居場所を替えた。
 それに少し驚いたものの、春菜は優しく仔猫を包み込む。そこから感じる確かな温もりが、本当に暖かくて優しかった。
 春菜は仔猫を抱いたままで、
「雄太くん、仔猫に会いたくなったらいつでも遊びに来ていいからね」
 ぱあっと雄太の表情が明るくなった。さっきまでが嘘のように、雄太はいつも通りの、明るく元気一杯の少年に戻っていた。
「ホント!? これからもまたこいつに会えるの!?」
 春菜は肯く。
「ありがとうハル姉ちゃん! こいつも、きっと嬉しがってるよ! な?」
 なあっ。
 やはり、この猫は人の言葉を理解しているかもしれない。
 それからしばらく雄太と話をしてから春菜は立ち上がった。ふと見れば、さっきまで起きていたのに仔猫はすでに夢の中だった。その無邪気な姿に微笑みを憶え、そして最後に雄太を見た。
「寝ちゃってるから、家に連れてくね」
「うんっ!」
 寝ている仔猫を抱えたままで春菜は歩き出す。
 後ろから雄太が大声で「ありがとうハル姉ちゃん!!」と叫んでいる。振り返って軽く手を振り、そして春菜は帰路に着く。
 夕日はすでに沈み掛けており、辺りが赤色から微かな青色へと変化している。
 腕の中で眠っている子猫は、本当に暖かった。


 この日、わたしに小さな家族ができた。


     ◎


 家に帰って来て、まず最初にダンボールを探した。見付けたそれはちょうどいい大きさで、カッターとハサミで解体して即席の犬小屋ならぬ猫小屋を製作した。リビングにそのダンボールを設置し、底に寒くないようにタオルを何枚か引いてやり、その上に仔猫をそっと寝かせる。
 今日は遅いし、もしちゃんとした家を作ってあげるなら明日の方がいいと春菜は思う。
 仔猫が寝ているのを確認してから外に出て洗濯物を取り入れ、畳んでタンスに整理する。思ったより時間がかかったが、リビングに戻ってもやっぱり仔猫は寝ていた。ダンボールの側にしゃがみ込み、仔猫の頭を優しく撫でる。ふかふかした毛並みが心地良く、思わず抱き締めそうになるが何とか我慢した。ふと、美香もこういう心境ではなかったのかと思って春菜は少し赤くなる。
 そして次は夕飯の用意だった。散歩から帰って来るといつもお腹が空く。冷蔵庫から必要な物を取り出し、手早く料理を作る。その香りが台所からリビングへと広がり、その香りを嗅いで目が覚めたのか、いつの間にか仔猫が春菜の足元にいた。春菜の足に纏わり付き、料理がし難くなる。しかしそれがなぜかすごく嬉しかった。
 料理が一通り出来た後、今度は冷蔵庫から牛乳を取り出してほんの少しだけ温める。実際、春菜は仔猫が何を食べるのかはあまり知らない。それとなく考えると、やはり猫には牛乳ではないかと思う。でも間違っていると心配なので、今日だけはこれで我慢してもらい、明日町の誰かに聞いてみようと考える。
 少しだけ温かくなった牛乳をお皿に移し、料理とお皿を持ってリビングへ。料理の方をテーブルに置き、お皿を春菜のイスのすぐ側の床に置いた。仔猫は最初は不思議がっていたが、お皿に顔を近づけ、くんくん匂いを嗅いでからゆっくりと小さな下でペロリと牛乳を舐めた。そこからはすぐだった。よほどお腹が減っていたのか、それとも好物なのか、仔猫は一生懸命牛乳を舌で飲んでいる。
 その光景を眺めながら、春菜は自分のイスに座り、夕食を食べる。心が弾んだ。隣りに誰かいる、ということが途方もなく嬉しかった。あの時もそうだった。ここで二人でハンバーガーを食べたあの時、本当に楽しかった。やっぱり誰かと一緒に食事をする、ということはすごく嬉しくて楽しいことなんだと春菜は思った。
 春菜が夕食を食べ終わるのと、仔猫が牛乳を飲み干したのは同じだった。春菜が食器を洗っている間、その近くで仔猫は毛繕いをしている。洗い物が終って歩き出すと、その後を仔猫はトテトテと付いて来る。それが無性に可愛くて、すぐに抱き上げて一緒に春菜の部屋へと向った。
 春菜の部屋は少し小さ目で、ベットと最小限の家具がある以外は何もない部屋だった。それでかもしれないが、ベットの枕の側にあるうさぎのぬいぐるみがこの部屋では目立っている。春菜が唯一持っている女の子らしい物だった。
 春菜がベットに座り仔猫を床に置いてあげると、興味深々の様子で部屋を見回してそこら中を走り始める。何か壊されるかもしれないと思ったが、この部屋に割れ物はないので安心だった。そのまま走り回る仔猫を見守りながら、ふと思う。そういえば大事なことを忘れていた。
 ちょうど春菜の側に歩み寄って来た仔猫を抱きかかえ、その小さな瞳を見つめる。
「名前……決めてあげなくちゃ」
 雄太の話ではこの仔猫は今日見付けたらしい。雄太が昼間遊んでいて帰ろうとした時に、道端に倒れていたそうだ。心配して近づいてみるとまだ生きていて、近くの家で牛乳を飲ませてあげたら元気になり、しかしこのまま放って行くことなんて出来ずに家で飼おうとしても親に拒まれ、途方に暮れていたら春菜と出会った、と雄太は言っていた。だから名前なんて付けてはいないだろうし、雄太もその件に関しては何も言わなかった。つまり、まずは名前を決めてあげなければならない。
 目の前にいる仔猫の顔をじっと見つめる。一方の仔猫は不思議そうに顔を傾げて「なあっ」と鳴いた。
 言ってしまえば、春菜にネーミングセンスはないと思う。今まで生き物を飼った憶えはないし、何かに名前を付けたことすらなかった。それでも必死に考え、それとなく名前を考えてみる。小さい仔猫だから『チビ』。在り来たりで却下。そのままで『猫』。何だか可哀想。なあっと鳴くから『なあ』。何か違う。茶色いから『お茶』。……真面目に真面目に。とは言ったものの、どうすればいいのだろう。名前を決めなくちゃ仔猫を呼べないし、せっかくできた家族なのだからちゃんとした名前が欲しいものではある。
 しばらく考えていたのだが、仔猫の方が先に飽きたらしく春菜の腕からダイブしてベットへ着地、そしてふかふかしたベットが気持ち良いのかその上で暴れ始める。その様子を眺めながらまた考える。仔猫に名前を付けてあげたい、だけどいい名前が浮ばない。こういう時はどうしたらいいのだろうと思う。
 そして、ベットの上で暴れていた仔猫はそれを発見する。枕の側に置かれたうさぎのぬいぐるみ。獲物を仕留めるチーターのように姿勢を低くして、春菜がそれに気付いて止めようと腕を伸ばし、しかしその一歩早くに仔猫はベットを蹴った。そのままぬいぐるみの息の根を止めようと襲い掛かる。
 春菜は慌てた。
「こらっ、それはダメだよ!」
 仔猫を止めようとするが、どうやらそれを気に入ったらしくぬいぐるみの耳をカジカジと噛んで離さない。
 どれだけ頑張ってみても仔猫はそれを離さず、結局は春菜が負けてそれは仔猫の遊び道具になってしまった。春菜は心の中で夏祭りで射的の屋台をしていた人(本名は斎藤浩志)に謝る。その時に少しだけ夏祭りのことを思い出して嬉しくなる。そしてそれが突破口となった。夏祭り、つまりは祥季と行ったあの祭りである。祥季は春菜のことを何と呼んでいたのか。少し前に手紙で訊いたことがある。その時の返答はこうだった。『捻り過ぎるのもあれだったし、簡単で呼び易く、そして(ここで消しゴムで消された後があって、たぶん『萌え』と書かれてと思う。どういう意味なんだろう?)可愛かったから』だった。
 捻らなくてもいいのかもしれない、と春菜は思う。取り敢えずそれにしてみて、もっといい名前があるかどうか町の人に聞いてみて、もしそっちの方がよかったら変えればいいのだから。今日はこう呼んでおこうと思う。
 ぬいぐるみが転がって、それを追い掛ける仔猫を抱きかかえる。
 その瞳を真っ直ぐ見つめ、嬉しそうに、春菜はこう言った。
「名前が決まったよ。あなたは『ネコネコ』。わたしとお揃いだね」
 それは、祥季の影響だった。
 でも、それが今、春菜に考えられる一番いい名前だと思う。
 ハルハルとネコネコ。一人と一匹はベットの上で寝転がる。
 ネコネコから感じる温もりは、本当に優しかった。


 この日、久しぶりに温もりと一緒に眠った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



     「春菜は笑う」




 朝起きると、ネコネコが隣りで気持ち良さそうに寝ていた。
 自然と笑みが零れ、起こさないようにそっと頭を撫でた。それから春菜は起き上がり、ドアを開けたままで部屋から出て洗面所へと向う。鏡に映った自分が、いつもより幸せそうな表情をしていることに気付く。やっぱり家族がいるというのはすごく嬉しいことだと改めて感じた。しばらくそうしていたが時間だったので顔を洗ってからリビングへ。いつも通りに朝食の準備を、冷蔵庫から牛乳を取り出して少し温める。良い匂いが漂い始めた頃になって、リビングの開けっぱなしになっていたドアからネコネコが顔を出した。ちょうどその時に朝食と牛乳が出来あがったのでそれを運ぶ。
 昨日と同じように食事をテーブル、牛乳の皿を床に置く。もう慣れたのか、ネコネコは迷わずに牛乳を飲み始めた。その隣りで春菜は朝食を食べる。そのまま静かに一人と一匹の朝食は進む。やはり食べ終わるのと飲み終わるのとは同じで、春菜が食器を洗って整理してから、春菜は日課に取り掛かる。
 その間、ネコネコには遊んでいてもらうことにする。幸いに春菜の部屋のうさぎのぬいぐるみがお気に入りになったらしく、今はリビングでそれと格闘中だ。春菜が掃除、洗濯、畑の手入れを終えてリビングに向うと、遊び疲れたのかネコネコはぬいぐるみを体の上に乗せて床で眠っていた。
 その光景を見ながら、春菜はもう一つやるべきことを思い出した。ペンと便せんを取り出し、テーブルに着く。昨日出したばかりだが、書くことを思い付いたのだ。便せんの表に祥季の住所を、裏に春菜の名前を書き記す。続いて内容に取り掛かる。
 最初の出だしを何にしようかと少し考え、しかし昨日の手紙にそれを書いていたので簡単でいいと思う。春菜はペンを進めた。
『祥季に教えたいことがあってまた手紙を書きます。
 昨日、祥季に手紙を出した帰り道に、雄太くんって男の子と少しあって、仔猫を一匹わたしの家で飼うことになりました。
 今は祥季と一緒に行った夏祭りでもらったぬいぐるみと一緒に眠っています。仔猫を飼ったのって初めてで、すごく可愛いです。
 そこで、祥季に少し相談があります。その仔猫の名前で、何かいいのはありませんか?
 でも祥季が考えそうな名前をわたしは予想してるんですよ。今はその名前で仔猫を呼んでいます。
 祥季ならこう名付けるだろうなあって。
 何だと思いますか? それが少し知りたくて、手紙を書きました。
 祥季が何て返事を返してくれるのか、楽しみです。
 ……手紙を書くと、やっぱり祥季に会いたくなります。
 でも待ってますから。春になって、祥季がここに来てくるその日を。
 それまで、わたしはこの仔猫とずっと待っています』
 そこまで書いて、春菜はふと手を止めた。昨日の手紙にこれに似たようなことを書いたのを思い出したのだ。何だかこれでは祥季に早くこっちに戻って来いと言っているようなものだった。白状するとそう思っているのだが、やはり書くとなると恥ずかしい。昨日出したばかりだし、今日はこれくらいでいいと思う。
 散歩する時に、また公民館に出しに行こう。上手くいけば同じ日に祥季に届くかもしれない。ペンを起き、便せんを整えてから切手を貼った。一息付いた時、何が切っ掛けになったのかは知らないが、ネコネコが突然目を覚ました。ぬいぐるみをその場に残し、リビングから出て行く。不思議に思って春菜はその後を追う。
 するとネコネコは玄関のドアの前でカリカリと引っ掻いていた。外に出たいのかもしれないと思って玄関を開けてやると、ネコネコは一目散に走り出した。庭を超えて石段を下って行く。少し不安に思って急いでその後を追うと、すぐそこから声が聞こえた。
「わあっ! お前、どうしておれが来ることがわかったんだ!?」
 足を止めて見ていると、石段を上って来る少年がいた。それは雄太だった。その腕の中にネコネコを抱えている。
 そして石段を上り終え、そこにいた春菜に気付いた。雄太は嬉しそうに笑い、
「ハル姉ちゃん! 遊びに来たよ!」
 ネコネコが「なあっ」と鳴いた。
 その光景を見ながら、春菜は思う。ネコネコは、雄太が来ることがわかっていたから出たがっていたのかもしれないと。思い過ぎかもしれないけど、そうだと言い切れる自信があった。自分の命を救ってくれた人が、本当に大好きなのだろう。
 雄太が春菜に近づき、ネコネコと顔をくっ付ける。
「こいつ元気になったね! ありがとう!」
 その時だった。石段の下に大勢の人の気配がした。
 春菜と雄太がそっちを見ていると、やがて数人が続々と石段を上って来る。どの人も知った顔だった。全員、この町の人達だったからだ。先頭が美香であり、次が祥季の祖父、つまりは昭蔵。最後が恐怖の交番を取り締まっているヤクザ警官の三人だった。皆それぞれ何かを持っていて、美香は紙袋、昭蔵は馬鹿でかい木の小屋らしき物、警官はびっくりするくらいの量の細々した小物。
 その光景を呆然と眺めていると、最初に石段を上り終えた美香が、
「やっほーハルちゃん! 聞いたよー! 仔猫飼ったんだって? ほらこれ、キャットフード買って来たんだ」
 そう言って春菜に紙袋を手渡す美香。その中には本当にキャットフードがびっしりと詰っていた。この町には売っていない品である。つまり、美香は隣り町まで行って買って来てくれたのだろう。
 続いて昭蔵が、
「今日の朝に雄太の小僧から聞いてのォ、急いで作ったんでちと形がおかしいが、猫小屋だ」
 春菜のすぐ隣りに犬小屋ならぬ猫小屋をどかりと置く。今朝聞いて作ったにしては、そう思えないほどの出来である。まさに職人技だった。やはり筋肉が凄い人に不可能はないのだろう。 
 最後に警官が、
「仔猫のために遊び道具を、と思ってね」
 大量の猫と遊ぶための道具をどさどさと猫小屋の中に放り込む。その拍子で、小物の中のネズミの形をした何かが突然動き出してその辺を走り回る。ネコネコは雄太の腕から飛び出して、そのネズミの息の根を止めようと追い掛け始める。
 そんなネコネコを他所に、春菜は状況がよくわからないとでも言いた気に雄太に視線を向ける。
 雄太はまるで悪戯を明かすような満面の笑みで、
「今日の朝に皆にちょっと言ったんだ、ハル姉ちゃんが仔猫を飼ってくれたって。今はまだ三人しか来てないけど、しばらくしたらもっとたくさんの人が来ると思うよ」
 その言葉に驚き、今度は視線をその三人に向ける。皆、優しい笑みでこちらを見てくれていた。
 唐突に思った。やっぱり、わたしはこの町が大好きなんだなって。やっぱり、この町の人達は本当に優しいんだなって。
 嬉しくて、春菜は笑った。
「皆さん、ありがとう」
 美香は「いいよいいよ」と笑い、昭蔵は「何を他人行儀に」と笑い、警官は「気にしないでいいから」と笑った。
 この町のすべてが、本当に大好きだった。
 その時、ネコネコが春菜の足元に寄って来た。春菜が抱きかかえると、雄太を含めた四人の方へとネコネコの体を向けた。四人がゆっくりとネコネコを撫でる。当の本人は気持ち良さそうに「なあっ」と鳴いた。
 ふと雄太が、
「そういえばハル姉ちゃん。こいつの名前って決めた?」
「うん」
 春菜は自信アリとばかりに肯いた。
「ほう、そりゃ聞きたいのォ」
「聞きたい聞きたい! この子の名前って何て言うの?」
 一呼吸置いて、その後で、春菜は照れたように笑って、そしてこう言った。
「この子の名前はネコネコです」
 一瞬その場がシンとなり、その後でその本当の意味がわかった昭蔵と美香だけがなるほどと肯いた。どういう意味かがわからない雄太と警官だけはそんな二人と春菜を見比べて首を傾げる。
 美香がクスクスと笑って、
「そっか、ネコネコね。あの子に聞いてもそう付けると思うよ」
 昭蔵はガッハッハッハと笑い、
「そうか、ネコネコか! いい名前だ! ハルちゃんも祥季に似てきたのォ!」
 そして出て来た祥季という名前に反応した警官が、
「あの小僧か!! あんの小僧ォにハルちゃんが似てきただと!? っんなことあるわきゃねえだろうっ!!」
 その言葉に昭蔵が反論する。
「何ぃ!? 松本さん、あんた祥季を馬鹿にするのか!!」
 ちなみに警官の本名は松本清隆である。どうでもいいことだが。
 これも余談なのだが、萩原昭蔵と松本清隆は会う度、何かをする度に騒動を起こすのである。しかしそれは喧嘩するほど仲が良いということだった。宴会なんかの時はしょっちゅう二人で吊るんで馬鹿飲みする。だが騒動の時は少し面倒で、本当に地球人かと思えるほどの筋肉質の二人を一般人が止めれるはずもないのだ。その時は町の人達の暗黙の了解で、二人が力尽きるまで放っておくのだ。
 だからこの二人が喧嘩しようとも、春菜と美香と雄太は何事もなかったように会話を続ける。
「ハル姉ちゃん、ネコネコってどういう意味?」
 雄太が不思議そうに聞くと、美香が得意気に笑って、
「それはね雄太くん、青春の証よ」
「せいしゅん?」
「うん、そう。君は見てないだろうけど、実はハルちゃんね、三ヶ月前に大人の階段を登ったんだ」
「み、美香さん!?」
 慌てて美香に詰め寄る春菜。しかし美香は笑って「いいじゃない、本当のことなんだし」と流す。そして雄太はやはり状況がわかっておらず、春菜の腕からネコネコを救出して遊び始める。そんな三人と一匹の隣りではまさに天下一武闘会のような戦いが繰り広げられている。
 やがてそんなこんなで時間が過ぎた頃になって、続々と森林町の人が集まってくる。皆手には何かを持っていて、暴れる二人を透明人間のように無視して春菜とネコネコへと視線を向けて笑う。「ハルちゃーん、差し入れだよー」「それがハルちゃんが飼ってる仔猫?」「かわいいじゃないかい。ハルちゃんにぴったりだ」「あ、これここに置いておくよ」「っにしてもこの二人はまた喧嘩か。好きだねえ」「いいじゃないか、喧嘩するほど仲がいいんだしさ」
 集まった人の数は、ぱっと見てもわからないくらいだった。ほとんどこの町の人全員ではないのだろうか。これだけこの森林町で人が集まることと言えば、正月の集合写真と夏祭りくらいである。それなのに、春菜の家の前にはこんなにもの大勢の人が集まっている。皆が皆、心優しい笑みで春菜とネコネコを眺めている。
 それが、途方もなく嬉しかった。この町の人達は、本当に優しい人達なのだ。けれど、それもそうかもしれない。だって、皆、家族なのだから。
 そして人々が集まればやることは決まっている。この町の一台イベント、大宴会である。
 誰かが持って来た缶ビールのプルトックが開けられる。何を思って用意していたのか、炭や網などという焼肉セットも万事準備である。春菜の家の前で、盛大なる焼肉パーティーが決行された。
 夏祭りと同じくらいに盛り上がるそのパーティー。その人々の中にはもちろん笑っている春菜の姿がある。美香も雄太も大いに楽しんでいる。いつの間にか仲直りした昭蔵と警官が一升瓶をラッパ飲み競争し、周りの人達から歓声が上がった。
 こんなに大勢の人達に囲まれ驚いたのか、ネコネコは一人で春菜の家の中にあるうさぎのぬいぐるみと格闘中である。


 こんな楽しい時間は他にはないと思う。
 この人の輪の中に、あなたがいないのは少し淋しいけれど。
 でもだいじょうぶです。
 わたしは待っています。
 この町の人達と一緒に。
 そして、わたしの新しい家族の、ネコネコと一緒に。
 あなたがここに帰ってくるその日まで。
 それまで、待っています――。


     ◎


 後日、春菜の元へと一通の手紙が届く。
 中には手紙が一枚。
 最初から最後までびっしりと汚い字で言葉が書いてある。
 その後半部分に、こんなことが書いてある。
『へえ、ハルハル仔猫飼ったんだ。見たいなあ。
 でもまあ、これで少し安心したよ。
 もしかしたらハルハルが淋しがってるんじゃないかって心配してたからさ。
 っつても、白状するとおれの方が淋しいんだけどね。
 あー早く春にならないかなあ……。めちゃくちゃハルハルに会いたいよ。
 それに仔猫も見たいしね。
 ……ふむ。その仔猫の名前か……。
 って、こらハルハル、おれをバカみたいに言うなよ。
 おれが本気出せばすんげえ名前が出てくるぞ。
 仔猫……。猫……。ネコ……。
 よし、名前が決定だ!!
 そいつの名前は『ネコネコ』っ!
 ハルハルとお揃いだぜ!
 どうだこのおれのネーミングセンス!
 これを読んで「その名前いい」って喜んでいる春菜の顔が目に浮ぶ!
 それじゃ、ハルハル。仔猫の名前はそれでよろしく!!』


 その手紙を見て、春菜は笑うのである。
 春に咲く菜の花のように、明るく元気で、そして優しい笑みで。


 さて。返事を書こうかな。




 

                          END






2004/05/02(Sun)10:05:30 公開 / 神夜
■この作品の著作権は神夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
これにて『春に咲く菜の花のように』、番外編も完結となります。
もしも皆様が、来年、またはこれから先の春の季節。
野に咲く花を御覧になられたのなら、ほんの少しでいいので思い出してください。
大切な人の笑顔は、明るく元気で、そして優しいんだなって。
それだけ、この作品はいつまでもあなた方の中で続くのですから。
(……自分、何言ってんの!? うぉお、恥ずっ!!)
でも、やはり自分は登場人物が三人以上になると変になります……。その書き方はグリコさんの小説を読んで研究しなければなりませんね……っ。

読んでくれた皆様っ!!ありがとうございましたっ!!
最後ですので、感謝のレス返しは手短で勘弁ッス……!
 晶さん! 卍丸さん! 明太子さん! 氷雨さん! 白い悪魔さん! 飛鳥さん! 緑豆さん! DQM出現さん! 雫さん! グリコさん! 読んでくれてありがとうございましたっ!これからもよろしくお願いしますっ!!

それでは、また別の物語でお会い出来たら嬉しいです!!
今まで本当にありがとうございましたっ!!!

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