- 『僕は死神−2』 作者:ヤブサメ / 未分類 未分類
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原稿用紙約24.2枚
「謎に意味を持たせるのは人だ」
そいつは最高に狂っていた
「人は意味もなく謎に執着する」
人として呼んでもいいのか疑問に思うくらいだ
「人は単純には生きられない。生きることを悩み、死ぬ事を考える―」
いや、実際奴は人ではなく化け物と呼ぶのが相応しかったに違いない
「さて」
目の前でギレ言を綴る彼を僕は―
「君はどうする」
決まってる
「私を殺す?」
その通り
目が覚める。
清清しい―と、いうより相変わらず山積みにされた本の山のおかげでむさ苦しい朝を迎えた。
体内時計が正しければ、今ちょうど朝日が昇ってきた頃だ。
「久々に寝た」
三日半ぶりに。
僕は小さく呟き、上半身だけ起こす。そして、ふと疑念に思う。
―体が重い?
低血圧、と言ってしまえばそれはそれで終りなのだが今日は妙に、特に右手の辺りが異常に重い。
こういう時は、大抵視覚を利用すれば原因が分かるというものだ。
案の定、僕が右手を持ち上げると一緒に黒色の毛並みの小猫が腕に絡み付いて上げられた。
眠たそうに小さな口を大きく開けて黒猫は欠伸をする。
その仕草は可愛いと思えなくもないが、とりあえず腕からは離れて欲しいものだ。
「離れて」
なんて言っても通じるわけもなく、猫は器用に腕に掴まったまま右手(右足か)で目の辺りを掻いていた。
「おはよう!」
仕方なく僕がため息ついたとき、玄関のドアの軋んだ音と共に下の階住人、もとい早矢仕 草子さんの元気な声が耳に響いてきた。猫が僕の腕から離れる。たぶん驚いたからじゃない。毎度の事だから退避したんだ。本の山が崩御する。そしてそれに埋もれる僕。
「あら〜?」
草子さんは頓狂な声を上げた。
「あんただけ?」
本の山から顔だけ出た僕は黙って頷く。
「あの、草子さん」
「ん?」
部屋を見渡す草子さんに、声をかけてみた。
「本が邪魔だからって、切り崩していくの止めてもらえません?」
「そうねえ」
草子さんは両肩に垂らした長い髪をかき上げながら
「ねえ、あなたって目の前に壁があった時、どうする?」
「それって、占いかなんかですか?」
とりあえず答える
「脇を行きますけど」
「私は吹っ飛ばすわ」
あ、成るほど。あなたに切り崩すな、って言う僕が無茶ですか。
「分かった?」
「分かりました」
ならよろしい、と満足げに微笑む草子さん。とりあえず立ち上がる僕。頭に載っていた本が落ちる。
「ところで朝食作ったんだけど、食べる?」
「・・・いただきます」
僕は本を踏み分けて先に玄関から出て行った草子さんの後を追った。
僕は死神。“死んで生きてる”人を殺すのが仕事だ。
「どう思う」
メガネのように石でできた橋桁を降ろす橋の上、人が行き交う中で横にならんで立つ2人の姿があった。
2人とも同じ黒スーツを着込み、片方は黒髪を侍のようにまとめた少女、もう1人は短い白髪の少年だった。下を見下ろす2人の視線の先には1人の男の姿があった。黒スーツに身を包んだ短い黒髪の男は、行き交う人の足に踏まれ―正確には透けているのだが―目を見開いたまま空を見つめたまま仰向けに倒れていた。
「あなたの思っている通りです」
白髪の少年は答えた。白髪の少年も行き交う人の体が通り抜けていた。
「あんたと同じ“式神”ってこと?」
「その通り」
白髪の少年は頷く。
「ともかく」
少年は倒れた男の側で屈むと、その口に手を入れた。
男の体は石橋に溶け込むように消えた。
「“餓鬼”の仕業でしょう」
手を叩いて立ち上がりながら、少年は言った。
「あ、そういえば」
草子さんは自分の部屋のドアノブを握ったまま思い出したように言った。
「静さんが来てるのよ」
「静さんが?」
僕は思わず声を上げた。
「何?あんた家賃滞納してるわけ?」
静さんというのは、この鳥山アパート(今はペンキが剥がれて烏山アパートになっているが)の管理人である。家賃を滞納しても怒らないが、三時間は延々と説教を聞かせてくれる中々厳しい女の人だ。別に、静さんに家賃滞納とか後ろめたい事があるわけではないが、こんな朝に他の住人の部屋に来ているのは大変珍しい。
「いや、別に何にも・・・」
僕はとりあえず否定しておく。
「そう?」
草子さんはドアを開けた。居間との間に短いフローリング張りの廊下を挟む玄関。自分と同じ部屋の作りだが、玄関が広々としてる事に少し感動したりする。
「失礼します」
挨拶をして、僕は部屋の中に上がる。
「おはよう」
短い黒髪の女性。居間には草子さんの言ったとおり、静さんがいた。
「おはようございます」
挨拶を返しながら、僕は青のプラスチック製の丸い少し洒落た卓袱台を挟んで正座をして座る前に座った。
「さて、朝食、朝食」
そんな僕の傍らを楽しそうに呟きながら草子さんは台所に入っていった。
「珍しいですね」
「何がだ?」
僕は尋ねてみる。
「いや、静さんが草子さんの部屋にいる事がですよ」
静さんはそれを聞いて、しばらく沈黙して、そして真顔のまま言った。
「そのうち珍しい事でもなくなる」
それを聞いて疑問符を浮かべる僕。
「それってどういうこ・・・」
「はいはい〜朝食!」
尋ねる前に、草子さんの声がそれを遮った。
答えの聞けぬまましっくりこない僕を尻目に草子さんは次々と器を置いていく。
米の入った茶碗。豆腐とワカメといった具の入った味噌汁(ちなみに赤味噌)。ふむ、なかなかスタンダートな和食だ。
そして、草子さんが座り3人で卓袱台を囲んで言った。
「いただきます」
もちろん手の平を合わせて。こういう挨拶が大切なのだと、静さんに2時間説教された結果だ。
「ところで、静さん」
僕は茶碗を片手に持って静さんに尋ねた。
「さっきのことって、どういうことなんですか?」
「ん?さっきのこと?」
静さんが反応するより早く草子さんが反応した。まあ、静さんがこれから来るってことは草子さんも事情を知っているはずだから草子さんに尋ねてみる。
「静さんが毎日朝食を食べに来るって事がどういうことなのかなって」
「ああ、それね」
草子さんが答える傍ら、静さんは黙って味噌汁を啜っていた。
「家賃を払えないから、代わりにこれから毎日朝食を作るってことで同意したの」
・・・絶句する僕。笑顔で言う草子さん。
「なるべくお金で返済する努力をしてくれ」
静さんはそう言ってご飯を箸で口の中に入れた。
家賃を毎日朝食作るだけで了承した静さん。努力をしてくれと言うだけで相変わらず寛大な心だ。でも、草子さんは性格から本当にこれからずっと朝食を作るんだろうな。
そんな事を心の中で呟きながら、僕はご飯を口の中に入れた。
「ん?」
味噌汁を啜っていた草子さんが声を上げた。
目線の方向を追ってみると、そこには短い白髪に黒スーツに身を包んだ福村 和彦の姿があった。
「あーふく・・・」
右手を上げて挨拶をする福村に挨拶を返そうとする草子さんの僕は口を慌てて塞いだ。
「ん?どうした?」
空になった器を置いて、尋ねる静さん。
「え、いや、別に」
結構狼狽してた僕だけど、とりあえず草子さんの口から手を離してドアの外に出た。
福村のことを静さんに感づかれた色々まずいのだ。静さんには見えていないが故に。
ドアを閉め、僕と一緒に出てきた福村は言った。
「ケンさん、ちょっとまずい事になったんですよ」
福村は白髪を人差し指で掻きながら言った。
「餓鬼が出ました」
それを聞いて、僕は目を丸くしてしまった。そして、驚いて尋ねた。
「ガキって、何?」
式神になる人間は大抵精神の正しいものを選ぶ。その中で、同業者殺しに走った式神を餓鬼―まあ、簡単に言ってしまえば“裏切り者”ってことらしい。
「それで」
風の吹き付けるビルの上、僕は双眼鏡を覗いたまま福村に尋ねてみた。
「何でこんなとこに来なきゃいけないんだっけ?」
双眼鏡にはちょうど通りを通る人の流れが見えた。
「決まってるでしょ」
福村は相変わらずの笑顔のままで答える。
「その餓鬼を捕獲するためにですよ」
「複眼は?」
それがですね、と口ごもる福村。
「複眼を使うと、相手にも自分の位置がばれてしまうので・・・」
それで逃げられたら元も子もないか。
「まあ」
福村は言った。
「今回は順子さんが囮になってくれてるから早めに捕まると思いますけどね」
井上 順―自分の同居者であり同業者だ。
こうして遠くで見張っていると言うのにも、ちゃんと理由がある。
複数だと相手は警戒して寄ってこないかもしれない。だから、1人だけ“餌”となって餓鬼を釣るのだ。
今回は餌は順だ。
「そういや順は?」
「松岡さんの所に寄ってから来るそうです」
松岡 敬三―アーケードの中にある骨董屋の主人だ。情報とか、“少々”物騒なものは大抵ここで仕入れてくる。まあ、大方餓鬼についての情報を聞きに行ったのだろう。と、なると当分来ないな。松岡さん、話長いし。
「ま、釣りはポイントを定めひたすら待つ、か」
僕は小さく呟いた。
四方向へと十字に伸びる通り。
その西側、両脇に並ぶ店舗の1つに骨董屋があった。
外にまではみ出して木製の七福神などの骨董品が置かれていた。
「相変わらず暇ね」
外の喧騒な雰囲気とは反対に、骨董品の置かれた静かな店の中、長い髪をポニーテールに纏めた少女―井上 順はカウンターの上で呟くように言った。
「僕は烏みたいな男さ―烏は群れをなさない鳥なんだ。1人で暇している方がいい」
それを聞いて、右目に単眼鏡を付けたぼさぼさの茶髪の若い男は笑いながら言った。その右手には先に小さな針のついた割り箸―男は、その先についた針で金色の腹を開かれた懐中時計の歯車を弄っていた。
「ま、それ故に暇な時間が多いのが好きってわけでもないんだけどね」
そう言いながら松岡 長は単眼鏡を外すと、天井に吊るされた裸電球に向けて懐中時計を翳す―開かれた時計の腹に飛び込んだ光で影となった歯車や細かい部品が透かし彫りのように綺麗に映し出された。
「それで“餓鬼”の話だったね」
松岡はペン立てから先の小さなマイナスドライバーを取り出すと再び時計を机に置いて弄くり始めた。
「今の所、その餓鬼によって殺されたのは君たちの仲間だけのようだ」
松岡は言った。
「まだ、“生きてる人”が殺されたって話は聞いていないね。今回の餓鬼は珍しく、もしくはまだ、“生きてる人“に憑依していないらしい」
「それって、余計にタチが悪いじゃない」
井上は目を細くする
「うちの福村にしか、始末できないってことでしょ?」
「福村君の腕なら、“餓鬼”の1人や2人簡単に始末できるよ」
「それはそうかもしれないけど」
井上は松岡に背を向け、カウンターに寄りかかる。
「式神が1人やられてるんだし―少し、ね」
「人間不安を完全に取り除けない生き物だからね」
松岡が言った次の瞬間、時計の小さなバネが弾けて飛翔する。松岡が左手を伸ばして、握る。
再び開かれたその中には、弾けたバネがあった。
「まあ、福村君1人っていうのは不安かもしれないけど―それを克服するのも大事さ」
「機械弄りは、度胸ってやつ?」
そうそう、と松岡は満足げに頷いた。
「今回は情報が少なくてね―君達に協力できないのが残念だ」
「別に、大丈夫よ」
さてと、と井上は呟いて開かれた出口に向かう。
「失礼したわ」
「いつでも」
出口から出て行った順子に松岡は手を振って挨拶を返した。
「ふう」
人の流れの中、店から出て大きく井上は溜め息をついた。
「さてと、仕事仕事」
そして、何かの呪文のように呟くと東側の通りを歩き始め、足を止めて振り返る。
絶え間なく歩き去っていく人たちの姿があった。
井上は再び歩き始めると通りから逸れて脇道に入った。
そして、しばらく歩いて止まると言た。
「いい加減、ばれてる事に気付いてるんでしょ?」
「あれ?ばれてた?」
頓狂な声が井上の耳に届く。
井上が振り返ると、そこには長い金髪の若い男がいた。
「一癖二癖ありそうな女だな」
赤の派手なシャツの上からたくさんのポケットの付いた黒のベストを羽織り、ぶかぶかの膝頭まで隠す裾の黒の半ズボンを履いた男は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「まあいい」
そして太ももに右手をやって
「あんたが俺の復活祝だ」
次に真っ直ぐと刃の伸びた、つや消し黒塗りのナイフを握って、男は井上に向かって駆けた。
井上は右腕と左腕を振り上げて、下ろす。男が足を止め、体を仰け反らせた。
風きり音をたて桃形の、簡単な取っ手のついたナイフが居酒屋のプラバンを突き破り、もう一本は男の頬を掠めて木に突き刺さった。
「へぇ?」
頬に一筋の赤い線を残したまま、男は立ち上がると意外そうに声を上げた。
「あんた、可愛い顔してるくせになかなか怖いもん持ってんな」
「女はね」
井上はスーツの下に右手を入れると、次に出てきたその手には銀色に輝く、針のような刃のナイフが握られていた。井上はその切っ先を男に向けると言った。
「いろいろあるのよ」
「おー怖」
男は茶化すように両手を上げた。
「しかし、あんたと殺り合うには、ちょっと厳しいな」
そして血を拭うと、右手のナイフを居酒屋の気の柱に突き立てた。
「せっかく生き返ったばかりなんでよ、もうちょっと長生きしてえんだ」
男が言う。
疑問符を浮かべる井上の前で、男はそのナイフに足を掛けると屋根の上に昇りあがると
「では」
と適当に敬礼をしてそのまま姿を消した。
井上は小さく舌打すると、食べ物の模型の置かれたショーウィンドウに向きあった。
「福村」
「・・・やっぱり僕もばれてましたか」
そう言いながら、ショーウィンドウの中から福村は姿を現した。
「いやー囮上手くいきまし・・・」
「そんなことはいいから、あれって餓鬼なの?」
井上は福村の声を遮った。
「う〜ん、違うと思いますよ」
福村は前髪を右手の人差し指と親指で挟んで擦り合わせて手まぜをする。
「たしかに、生き返ったとか何とか言ってましたけど、ナイフじゃ式神は殺せませんし」
まあ、と
「餓鬼の件は重要ですが、彼も恐らく『依頼』にあたる人物なんでしょう」
福村の話を聞いていた井上は店の柱に突き刺さったままのナイフに歩み寄ると、その柄を握って抜いた。
そして、少し木屑の残ったそれを見て呟いた。
「ま、男だからアイツの仕事か」
「へくち」
くしゃみがでた。日が沈み、店の灯りが目に痛く、いい加減寒くなってきた今日この頃。
僕は1人、居酒屋の並んだ通りを歩いている。
ついさっきまでいたはずの福村は今は居ない。
囮だとか言って、井上も姿を見せない。
じゃあ、自分は何をすればいいのか
「家に帰る」
それが行き着いた結論だったりする。
十字に交わった通りからは幾つもの小路が延びている。人気の無いその通りを抜けて帰ろう、と思ったのはたまたまだった。そう、たまたまだったのだ。
金髪の、若い男の人だった。少なくとも、黒スーツを着込んだ僕よりはお洒落な格好をしているその半ズボンの足元には、女の人。喉元を切られ、妙な方向に折れ曲がった首の断面図をこちらに見せて倒れていた。僕は、黙ってそれを見つめていた。
「男には」
金髪の男は―おそらく足の下の彼女を切ったものだろう―黒ずんだナイフをこちらに向けて言った。
「興味なんて無えんだけどな」
「僕だって」
通り魔には
「興味ないよ」
僕がそう言い終えるのと、男が間合いを詰めてくるのはほぼ同時だった。
男が右腕を突き出す。僕の鼻元目掛けてやってくるナイフの切っ先があった。
このまま突き刺さるのは、ちょっと嫌だ。ならば首を傾けてやればいい。
ナイフが空を切る。
突き出された男の右腕
僕はその右手の手首を右手を握る。
引けばこけるだろう
開いた左手で鳩尾に一発もあり
ただし、それは相手がそのままの体制であった場合だ。
男の左手が僕の眉間目掛けて動く。
ただの拳だけならまだマシだが
その手にはしっかりと握られた銀の一線が見える。
こけさせる前にそれは刺さるだろうし
鳩尾を入れても同様だろう
「ち」
無様に舌打ちをして、僕は左手を前に、右手と交差させるように上に突き出した。
痛い
刃は僕の左手の甲を破り、骨に突き刺さって止まった。
血は流れない。元々そんなもの通ってないから。
続けざまに男は蹴りを繰り出してきた。
膝蹴りとか、そんな格好いいものではなく
ただ、振り上げて、急所を狙うだけのために
このまま組み合った体制なら確実に喰らう。
なら、先に離れてやればいい。
体を後に倒す。
男の体が僕の上を回転して飛び去る。
腕が、離れた。
そして、男が受身を取ってナイフを突き出したのと、僕が懐に手を入れて拳銃を構えて振り返ったのはほぼ同時だった。
「やるねえ」
「それほど」
喉元にナイフを突きつける金髪の男と、そいつの額に拳銃の銃口を押し付ける僕。
もしここに、他人がいたらすごい微妙な構図になっていることだろう。
―不死身の通り魔と死神がであった瞬間だった。
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2004/05/06(Thu)23:25:23 公開 / ヤブサメ
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■作者からのメッセージ
落ち着いてみよう―という事で大幅に書き直してみました。