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『散歩   〜三叉路〜』 作者:和宮 樹 / 未分類 未分類
全角9372.5文字
容量18745 bytes
原稿用紙約32.45枚
・一本道



 海岸を歩く。
 海岸の砂浜を歩く。
 海岸の砂浜の打ち寄せた木々の端々でできた茶色い線をなぞるようにして、歩く。

 それが彼の息抜き。

 何の変哲もない、どちらかといえば汚れた砂浜。
 このあたりの名所でもなければ行楽時季ににぎわうような場所でもない。
 けれど彼にとっては特別な場所。
 何に使われていたのかよくわからないプラスチックの管。
 何度も波に遊ばれたためにすっかり角の取れてしまった硝子の欠片。
 近場ではみたことのないコンビニの袋。
 色のあせたジュースの缶。
 台風で海に投げ出され、やがて辿り着いたのであろう大きな灌木。
 雪のように散らばった粉々の発砲スチロール。
 見も知らぬ場所と今はなき時間が”一緒くた”になったこの空間は、どこか現実を半歩ほど踏み出しているかのようだ。
「ん〜いい風だなぁ」
 背骨が、ぱきん、となるくらい思い切り背伸びをする。
 耳の奥がすぼまる感じがして潮騒が遠のく。
「っはぁ……」
 力を抜くと音が再び滑り込んでくる。
 それと同時にねばりっ気を持った海の香が鼻をくすぐり、目を閉じてそれをじっくりと堪能しようとすると、まぶたの上からせわしなく太陽が光を射し入れてきた。
 夏まではあと少しのようである。


 ピンッ  コツン
 大学の授業というのはどうしてこうも退屈なのだろう。
 ピンッ  コツン
 そもそも自分のやりたいことがあるからそれを専門的に学べる学校に入るわけだが、
 ピンッ  コツン
 規定単位を越えなければいけないからどうしても好きでもない科目も受講しなければならない。
 ピンッ  コツン
 試験はあるが、そんなものは写しやら資料持込みやらでどうにでもなる。
 ピンッ  コツン
 だから講義なんて出席するだけ。内容は頭を素通りするばかり。
 ゴソゴソ
 しいて利点をあげるなら、友人達と顔を合わせる場所として役に立つくらい。
 ヒュッ  ビシッ
「ってぇなぁ!」
 振り返り、小声で怒鳴る。
「だって無視するんだもん、萩原くんてば」
「だからって一個まるごと消しゴムなげんじゃねぇ、岬」
 そういった彼の椅子の下には小さくちぎられた消しゴムの欠片と真新しい消しゴムとが落ちていた。
「俺の勉強の邪魔しないでくれるかな? こんちくしょうな岬くん」
 こめかみをひくつかせながら笑顔で抗議する彼の名は萩原楓。
 ゆったりとした長袖のシャツが風にはためくのが好きでよく着るのだが、今日はそれが仇となってシワの部分にやたらと”ゴミ”が溜まってしまっている。
「あらいやですわ萩原さん。ワタクシてっきり居眠りでもしているのかと思って起こしてさしあげてたのですわよ?」
 これ以上ないくらいの満面の笑顔で、しれっと返す彼女の名は岬乙美。
 ジーンズが好みの彼女はいつもパンツルック。勝ち気な眉と髪をおさげに結っているせいでよく男に見間違われている。
 実際性格も男勝りで、いつもこうやってガキ大将のようなことばかりしている。
 けれどそれが人気のもとになっているらしく、男女ともに友人が多い。
 講義が終わると、それまでの静寂はこの瞬間のために我慢していたんだとでもいわんばかりに一斉に声が飛び交い始める。
「岬、岬! 今日午後からの予定は?」
「岬さん、今晩飲みがあるんだけどいかないか?」
「ねぇ、この前いってたアーティストなんて人だったっけ?」
「乙美ぃ」
「岬さん」
「おとちゃん」
「おっちゃん」
「み〜すけ」
 エトセトラ、エトセトラ。
「はいはいみんないっぺんに喋らない。わたしは聖徳太子じゃないんだから」
 なにやら子犬の群とじゃれあっているように見えるなぁ、と思う楓。
 彼はというとその輪に入る気にはなれず教材を鞄に詰め込むと、先ほどまでの彼女とのやりとりなど気のせいとでもいうように、視線を合わせることもなく席を後にした。
 恥ずかしがり屋なわけではない。
 特別嫌いな人間がいるわけでもない。
 しいていうならめんどう。
 楓は乙美のように一度に何人もと会話をするのはおっくうで仕方ないのだ。例えそれが自分に向けられた言葉でなくともやたらめったら耳に声が流れ込んでくることが苦痛なのである。
 どちらかといえばじっくりと話し込むほうが性に合っている。
 教室の入り口で、ちらっと後ろを振り返る。
 彼女たちの周りの空気と自分の周りにある空気とは、なんだか色まで違っているように見えた。

 潮騒というのは胎児のときにお腹の中に流れていた音と似ているのだそうだ。
 だから人は海のことをすべての命の母と位置づけるのかもしれない。
「うちの親の場合は腹の虫の音ってのがあってる気もするけどな」
 胎教にはあまりよろしくはなさそうである。
 うなじを引っ掻くようにして風が後ろに吹き抜けていく。
 歩くのをやめて砂に座り込んでいた楓は意味もないことを浮かべてはかき消し、浮かべてはかき消ししていた。
 それは寄せては返す波のようで、まるで自分が海の一部になったような錯覚を与えてくれる。
「ん?」
 ふと、波打ち際に白い何かが落ちていることに気付く。
「なんだろ?」
 波に気を付けながら拾う。
 白い、手の平にすっぽりとおさまるくらいの大きさの丸い小さな陶器の瓶。
 口は丸く、コルクの栓がしてあり側面には淡い水色で魚を模したイラストが一つほど描かれている。
 チリリカラン コロロン
「なにか入ってる?」
 栓を抜く。
「……っわ」
 潮を煮詰めたような濃い海の香りが鼻をつく。凝縮された時間が固まりになっていたかのようだ。
 中を覗く。
 するとそこにはビー玉が一つ。
 夕陽によく似た朱色のそれは、陽にかざすと不思議と透き通って雲を映し込む。
「こいつは思わぬ拾いモノだな」
 楓はビー玉を小瓶にもどして栓をすると、それを振ってみた。
 チリン チリリン カラコロン
 なにか心の中が澄んでいくような気がする。風鈴に近い音だろうか。
 そういえば風鈴の音は魔除けの効果があるんだったっけか? なんてことが頭に浮かび、笑う。
 これだから散歩はやめられない。
 人にしてみればゴミのひしめく浜かもしれないが、楓にとっては宝の山。
「こういうのも出逢い、っていうのかな」
 人と話しをするよりもこうやって物と戯れているほうが心が和むなんて……
 という思いはあるが、好きなものは仕方がない。
「帰ったら綺麗にみがいてやるからな」
 口づけでもしそうなほど――ほおずりはした――愛おし気に眺めると、それを時折鞄から出して鳴らしつつ楓は家へと向かった。
 
 すべての物事は、海から始まった。
 今日の出来事はまさにそれだったと、楓は後になって思い至る……
 
 

・分かれ道



 楓が去った後の教室。
 乙美はいまだ友人達に囲まれて談話を続けていた。
「そういえば乙美、今日はバイクではきてないの?」
 一人の女の子がそう尋ねてきた。
「うん。いまちょっと整備にだしてて。明日には帰ってくるけどね」
 普段彼女がスカートをはかないのはそれが原因でもあった。
 無類のバイク好きというわけではない。走ることそのものが好きなだけなものだからメンテナンスはいつも業者に頼むようにしている。一度自分でいろいろといじってもみたのだが、完敗。結局業者に家まで足を運んでもらうという事態を経験していたのだった。
 ともかく、バイクに乗る。
 と、いうことでスカートをはかない。
 服も丈夫な物がいいからジーンズ(ライダースーツにもよく合う)。
 髪はヘルメットの跡がついてしまうため、しばっていないと見れたものではない。
 結果、男っぽい風貌になってしまう。
 ちなみに大学内に彼女を慕う”女の子たち”がいるのだが、本人は知らない。密かにサークルもあるらしいのだが、それも非公開。
 それはそれとして、乙美がバイクで来ていないことを知った男達がたちまち口元を緩ませる。
「岬さん。もしよかったら俺の車で家まで送ってあげようか?」
「え? いや、いいわよそんなこと」
 さらりと断る乙美。
「っへ。車なんてだめだめ。岬、俺の単車の後ろに乗っけてやってもいいぜ?」
「う〜ん、遠慮しとくわ。わたし2ケツって好きじゃないの」
 危ないしね、と付け加える。
「よかったら僕と一緒に帰らないかい? 路線一緒だしさ」
「あ〜バスとか電車とか駄目なの。わたし人酔いが激しくて、ごめん」
 その後も数人の男たちが誘いをかけてきたが、そのどれも彼女を頷かせるには至らなかった。
 かわって今度は女の子たちが喋り出す。
「男たち下心みえみえなのよ。それじゃ乙美も警戒するわよ。ねぇ? 乙美」
「あはは」
「でもさ、せっかくだからみんなでどこかに遊びにいきましょうよ」
「その前に食事しましょうよ」
「あ、いや……」
「そうね。どこがいいかしら? でもこの人数だとファミレスくらいしか席とれないかも」
「俺たちはどこでもいいぜ〜」
「馬鹿ね、誰も男達の意見なんか聞いてないわよ」
「あの、実はわたし……」
「ひで〜な〜。まさかおごれなんていわねぇだろうな〜?」
「あ、それいいわねぇ。おごってよ」
「だから、ね……」
「へっ、だれがおまえらなんかに。岬さんにならいくらでも」
「あ、なによそれ? そういうのが下心っていうのよ」
「どう? 岬さん」
「ねぇ? 乙美」
「……わたし、用事があるからいけないんだけど」
 沈黙とは気持ちが沈み込んで黙り込むと書くわけだが、友人達の様はそれをみごとに表現していた。溜息の合唱というのは初めて聴くが、ど音痴な歌を聴かされるよりも気分が滅入ってしまいそうになるもののようである。
 散り散りに帰っていく彼等を苦笑い浮かべながら見送る乙美。
「しかたないよね? 用事があるんだもの」
 申し訳ない気はあるが、それで自分の予定を変更してしまってはいつまでたってもやりたいことができない。自身の意思を押し殺してまで人に合わせるような性格ではないことを乙美はよく理解していたし、友人達もまた理解していた。
「さて、と」
 ちょいとばかし後ろめたい気分を膝小僧のゴミと一緒に振り払い、気付けば一人きりになっていた教室をでる。

 実のところ、彼女だって一人でのんびりと過ごしたいと思うことだってあるのだ。


 砂浜を後にし、海岸線を家に向かって歩いていた楓は自転車くらい買おうと真剣に考えていた。行きはバスに乗ったのだが、帰るときになって財布にお金がジュース代もないことに気付いたのだ。
「今日は一段と陽射しが強い……」
 つい先ほどまでは風が気持ちいいといってはいたが、歩き出すとのんきに「陽射しが」などといってはおれずむしろ「陽刺すぅ! がぁ!!」といってしまいたくなる。
 あいにくと近場に郵便局も銀行もない。
 春着の長袖を肘までまくり、何度も立ち止まっては
 チリリン チリン カラコロ
 と小瓶を鳴らし涼をとる。
「先人の知恵は偉大なり……」
 風鈴によく似た音が身体の熱をいかばかりか拭い去ってくれる。
 中天を過ぎたばかりの太陽はあいかわらず旺盛に照っていたが、歩く気力が少し戻った楓は再び歩き始めた。
 山肌を削って作った道は右へ左へうねりながら碧と青の間を縫って伸びている。
 ずっと先に見える住宅街が山に何度も遮られ、顔を覗かせるたびに心と脚に活力を与えてくれる。まるで”いないいないばぁ”をされているようだ。
 今もまた山で見えなくなっている。もう少しでまたあらわれるはずだ。
 そして、
「ん?」
 開けたと思ったその視線の先にもう一つ楓の目を遮るものがあった。
 さやさやと吹く海風に陽に映える栗色の髪をなびかせてたたずむ一人の女の子。
 薄紅のシャツと白いスカートが朝顔を思わせる。
 チリン
 右手から聴こえた音に、自分が見とれていたことに気付く楓。
「…………」
 歩き出す。
 暑さのせいだったのか、それとも濃厚な潮と木々の香りにあてられていたのか、
「あの……」
 気付くとその女の子に声をかけていた。
 ゆっくりと彼女は振り向き、
「ナンパならお断り……!?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あらあら随分と失礼な反応ねぇ」
 喧騒にほど遠い場所だと声というのはよく響くようで、楓の絶叫はご丁寧にこだままでしてくれた。
「岬!」
 楓が声をかけたその女の子は乙美だった。
「え? なんでおまえがここに? は? スカート? おさげは? いや、そもそもおまえ今日そんな服装だったっけ? あれ? 双子?」
 すっかり混乱してしまった楓は最終的に双子ということで一人納得するのだが、
「違うわよ。岬乙美、本人です」
 その一言で再び疑問符を顔中に貼りつける。
 そんな楓に乙美は一つ一つ説明をしていった。
 バイクが整備にでているので歩きだということ。
 歩きついでにたまには散歩でもしようかと今日は予定してて、気付いたらここに来ていたということ。
 服はいつもと違うことをするからいつもと違う恰好にしようと思ってあらかじめ用意しておいたのを楓が帰った後で着替えたということ。
 髪も同様。せっかくだからおろしてみたということ。
「これで問題は解消したかしら?」
「……はい」
 なぜか直立不動で姿勢を正している楓。
 とりあえず理解はしたらしい。
 が、
「…………だまされた」
 納得はできていないらしい。
「え〜なんで?」
「おまえのそういう恰好初めてみたよ……」
「なによ〜そんな別人みたくいわなくてもいいじゃない」
 楓の困惑した表情にしてやったりな顔をしていた乙美だが……
 ふと呟く……
「やっぱ……らしくない、かな」
「え?」
「な〜んてね。他人の評価なんてどうでもいいわよね。まぁなんてゆ〜の?」
「……そんなことねぇよ」
「え…………」
 そっぽを向き、乙美と目を合わせようとはしないが、けれどしっかりと聞こえる大きさの声でいう。
「ナンパってのは相手がカワイイから成立するもんだろう?」
 照れくさくはあるがご機嫌取りをしなきゃならないほど卑屈な性格ではないので、それは楓の本音。
「……えへ」
 ぶっきらぼうな喋りではあるが、飾った言葉でないことが乙美にはうれしかった。
 下手なお世辞や裏のある言葉は嫌というほど聞かされているだけに、楓のその真っ直ぐな気持ちは乙美の心を打つには十分だった。
 とはいえ、そんなことでときめくほど二人ともウブではないし、なにより今の関係がほどよく気持ちいい。
 ただ、この瞬間……お互いがお互いにとっての特別な友人になったことは意識していた。
「お腹空いた! ご飯おごってよ」
 唐突に楓の腕に飛びつき、自分の腕を絡ませる。
「は?」
 眉はしわを寄せているが、口元はまんざらでもない。
「ナンパしたんだから当然でしょう?」
 いつものいたずらっ子な笑み。
「カネがないからこうして家まで歩いてんだけど」
 いいつつ頭の中では店をリストアップ中。
「バス代くらいは出してあげるわよ。降車場所は銀行前でいい?」
 何料理でもいいわよ、と付け加える。
「……心得ました、お姫様」
 自転車が欲しいのでファミレスに決める。
「じゃ、バス代は3倍返しね。あ、食事代とは別だから」
「…………」
 後で”といち”とかいいそうだな……スパニッシュ系のメシ屋にしとくか、と決定事項にバツ印をつけて修正案を脳内会議にかける。
 結論。
 自転車は来月に持ち越し。

 チリリン チリン カラコロン

 海は数え切れないほどの光の粒を空に投げ返し、風は遠いどこかの土地の砂を運ぶ。
 そして時はいつでも、歩く者たちへ選択肢を設けるのであった。
 


・三叉路



 女性はなぜ甘い物は別腹なのだろう?
 そんなことを、目の前でデザートを満面の笑みで頬張っている乙美の姿に感じる楓。見ていて胸やけがするのは仕方のないことだろうなどとも思ったりもする。
「男は皆そう思うよな?」
「なに?」
「なんでも……」
 気にするだけ無意味なことである。男も女もそういうふうにできているのだから。
(甘い物が嫌いなわけじゃないんだけどなぁ)
 目の前に置いてあるすでに空になった皿を眺める。
 きのこのトルティーリャ。見た目分厚いお好み焼きのようなスペイン風オムレツ。
 ムール貝のトマト煮込み。タマネギとニンニクをオリーブオイルで炒めたものを加えてある。
 パエーリヤ。言わずと知れたスペインの米料理。今日はあさりがメイン。
 その他サラダなどなど……
 そしてデザートにリンゴのコンポート。オーナーが自分知り合いの養蜂園で仕入れているという特製のみかんのハチミツがかかっている。
「よく食べたな……ほんと」
 乙美曰く。
「他人の財布で食べるときは胃袋を二つ三つ増やすのよ」
 実際楓よりも口に入れた量は多い。
 随分と高くついたデートだ。
「それにしても意外だったわねぇ」
 最後の一切れになったリンゴを名残惜しそうに口に運び、ゆっくりと味わってから乙美がいった。
「萩原くんがナンパなんてさ」
 よほど気に入ったのか、容器の底に溜まっているハチミツをスプーンですくおうかどうしようか迷っていたが一応恥じらいは持っていたらしく、思いとどまる乙美。
 楓は子供のような彼女の姿に苦笑いをしながら返す。
「そんなんじゃないさ」
「じゃぁどうして?」
「なんとなくだよ」
――なんとなく
 それ以外の言葉が思いつかない。
 楓自身、らしくない行動だと思って色々と理由を考えてみたが結局はなんの答えもでなかったのだ。
「それって、なに? 運命信じてるロマンチストってこと?」
 言葉だけとってみれば皮肉な響きがあるのだけれど、乙美がいうと不思議とそうは感じない。
 思ったことを素直に口にしているのだろう。薄絹にくるむことをしないというのは、ともすれば不快を与えるものだが彼女の場合はそれをわかった上でいっているために、実のところ細心の注意をはらった言葉でもあった。
 気持ちのいい物言い。
 彼女の口調に対する皆の意見は一緒である。
 楓も同じで、だから顔をしかめることもない。
「運命ねぇ……それって随分と安価な単語だな」
 汗をかいたグラスを傾けてよく冷えた水を一口飲む。
「大体んなもん、ただの出逢いの接点でその先はリアクション……気分次第でどうとでもなるだろう?」
 例えば、ふらっ、と立ち寄った店に気になる置物が売っていたとして、それを買うかどうかはそのときの財布の中身だったり、たまたま気分がイライラしてるから気晴らしにだったり、はたまたもの凄いレアな物だったりなどいろんな、もしくは単純な動機から行動が決まるもの。
 自分とそうでない何かが進む道がたまたま重なったその一瞬を運命と呼んだとしても、その先同じ方向に進むかそれとも通り過ぎるかは自分の意志で決めるのだから、それは運命とはいわない。
 たかがそのほんの一瞬の点にわざわざ名前をつけるというのはなんだかあまりに律儀すぎて、本当に自分が選びたい道を誤ってしまいそうで恐いと楓は思うのだ。
「右か左かどちらかを選択することに理由はないとしても、選んだ道を運命っていう言葉のせいにはしたくないな、俺は」
 いい終わってから、やたら真面目に答えていた自分が照れくさくなったのか横を、フイッ、と向いてもう一度水を飲む楓。
 どうせ乙美はニヤケ顔で自分を見ているのだろうと思ったが、含み笑いが聞こえてくる様子はなかった。
 水を飲み干し、前を向くと、
「萩原くんらしい答えね」
 目を細めて微笑む乙美の顔があった。今までに、少なくとも教室では一度も見たことのない柔らかな笑顔。
(あぁ、自分と似た感性を持った人がここにいる……)
 乙美は胸の奥がくすぐったくなるのを感じていた。
 アンティーク調の店内に不似合いなポップスが流れ、ほどのよい冷気が天上のファンによって微かな風を作って髪を揺らす。

 コトン

 何かが小さな音を立てて二人の心にはまった。
 恋人、ではない。
 親友、と呼ぶほどお互いのことを理解しあっているわけでもない。
 同志、というほどかたっ苦しい間柄でもない。
 友達、それはそうなのだが、しかしそんな当たり前の表現も似つかわしくない気がする。
 おそらくは、
――仲間
 この表現が今の二人の関係にもっとも適した言葉。
「さて、と……いくか」
「そうね」
 
 チリリン

「ん? なんの音?」
 席を立った拍子に楓の鞄から鈴の音のようなものが聞こえて乙美が尋ねた。
「あぁ、今日砂浜で……」
 例の小瓶を鞄から出して見せる。
「もしかするとコイツを拾ったのがきっかけでいつもと違う行動ができたのかもしれないな……? 岬、どうした?」
「…………」
 楓の手の平に乗った小瓶を指さして、口を呆けさせたまま乙美は固まっていた。
「運命って言葉も、意外と……」
 自分の鞄を開けて取り出し、差し出された楓の手の平に並べるようにしてソレを見せる。
「現実味のある単語なのかもね」
 白色で正三角錐の小さな小瓶。陶器でできているらしく、口はコルクで締められている。側面には一つだけ、鳥の羽ばたく絵が描かれていた。
「これって……」
「たぶん……ううん、間違いない」
 形は違うが、材質、デザインの方向性……楓が持っているものと同じタイプの小瓶。
「…………」
「…………」
 会計を済ませて店を出る。
 店内との温度差はそれほどないが日向に出るとやはり少し暑い。
 街並みの隙間に目を凝らすと白く分厚い入道雲が窮屈そうにそり立っており、店を少し離れるとそれまで建物が壁になっていたのだろう、風が肩を撫でるように吹いてきた。
「……っぷ」
「……あは」
「っはははははははははははは!」
「あはははははははははははは!」
 二人して大いに笑った。お腹を抱えて。
 笑い声は高々と薄青の空に突き抜けるようにして舞い上がり、ときどき休憩を挟んではまた上がった。
 ひとしきり終えてもまだ余韻があるのか、瞳の端に涙を滲ませつつ二人は視線を合わせ、
「いきますか?」
「いかいでか」
 歩き出す。
 目的地があるわけでもなく、ただ不思議な巡り合わせを楽しむために。
 歩き出す。
 何かするをするためでもなく、ただ気の向くままに。
 歩き出す。
 ただ足の向くままに。
「ねぇ」
 ふと、思いつく乙美。
「萩原くんってさ、なにかサークルはいってる?」
「ん? いや。これといって興味ひくものなかったからなぁ」
「わたしもなのよね。でさ」
「なに?」
「サークル、つくらない?」
「は?」
「こうやってさ、なんとなくな気分次第の活動するサークル」
「ほほぅ……それってサークルとして成り立つのか?」
「いいのよ。べつに大々的に人をかき集めるつもりなんてないし」
「…………」
「おもしろいと思わない?」
「とりあえず俺はすでにそれに入ってるわけね」
「もちろん。いますでに活動中だもの」
「ま、いいけど」
「あは」
「で? サークル名は?」

 チリリン カラコロ チリン コロン

「お散歩倶楽部」

 いいかげんなサークル発足の瞬間。
 部員はいまだもって二人だけ……


2004/05/06(Thu)00:04:35 公開 / 和宮 樹
http://www.sky.icn-tv.ne.jp/~blueleaf/
■この作品の著作権は和宮 樹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
三話目です。
テーマがあるのかないのかよくわからないままダラダラと話は続きます。
暇なときになんとなしに読める作品であればいいなぁ、と思ったりなんだり……
皆さんは作中のようなこういった偶然、体験したことありますか?
さて、この先どうお話が進むのか……作者本人がよくわかってなかったりするわけですが(駄目野郎)
とりあえず次回は登場人物をもう一人増やそうかな? などと考えております。
それでわまた……(平伏)

読み返していて1点訂正したい部分があったため、内容自体に変化がないものの更新してしまいました。申し訳在りません。
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