- 『蝿ガール』 作者:律 / 未分類 未分類
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趣味は何ですか?と聞かれたらイラスト描くこと。とか、
読書。 とか笑顔を浮かべて答えるけど、
私の本当の趣味はもっと歪んだもので、誰にも言えない。
今日、職員室で同じようなことを聞かれた。
志望校の決まらない私にクラス担任は「貴島の趣味はなんだ?」って。
「イラスト描くことです」
じゃぁ、そっちの方向に進んだらいいじゃないかペラペラペラペラ。
私は担任の上下左右に変幻自在に動く口を見て、
(気持ち悪)と心の中で悪態をついていた。
もちろん話なんて聞かずに。
「聞いてるか?貴島」
「センセ、何言ってるんですかぁ。聞いてますよ」
これ優等生な表の私。ニコリ。
(聞いてねーっつうの、うわー、口、気持ち悪い)
これ邪悪な裏の私。ニヤリ。
こんな私が大嫌い。
教室に戻って自分の席に着くと、クラスメイトが私を囲む。
「優等生の貴島さんが職員室に何の用?」
と悪態じみたことを言うやつもいれば、
「エンコーしちゃったんでしょ?可愛いからねー」
とか低レベルなことを言うやつもいる。
でも私は、そんな奴らにも笑顔ひとつ崩さずに
「進路のことで呼び出されただけ」と答える。
こんなことでね、こつこつと築き上げた私の清楚なイメージを
あっさり壊してしまうのは、あまりにも馬鹿らしいから。
何でそんなイメージを築き上げてきたの?って聞かれたら、
私はその理由を説明できない。しいて言うなら生きる知恵だ。
例えばこれは、カメレオンが状況に応じて体の色を変化させたりするのに似ている。
私は小1から、高3まで、状況に応じて色を変えてきた。
色を変えながら自分の身を守ってきたのだ。
そして気づいたら今の色に落ち着いたというだけで、
もしかしたら今まで築き上げてきたと思ってきたものは、
ただそこに行き着いただけだったのかもしれない。
だから私は今日も明日も私を守るために、この色のままでいるのだ。
でも表でいるのはそれなりにリスクを伴う。極度のストレスだ。
そしてある日、私はストレスの発散法を見つけた。
それが本当の私の趣味。
私は家に着くなり階段を駆け上がり、
全開にしていた自分の窓を閉め、カーテンをシャーっと引いた。
薄暗くなった部屋にわずかだけど夕日のオレンジが漏れている。
「今日は何匹入ったかな?」
ブォーン。ブォーン。ブォーン。
携帯のバイブのような音を鳴らして3匹の蝿が飛んでいる。
私は殺虫剤を片手にぎゅっと握り締めた。
次の瞬間、私は表の仮面を脱ぎ去る。
「ひゃひゃひゃー!逃げても無駄だ、バーカ」
私は笑いながらいながら彼らを夢中で追い掛け回し、
殺虫剤を思いっきりかけまくった。
快感。本当に快感。
これが私の本当の趣味「殺虫剤をかけてじわじわ苦しむ蝿を見ること」だ。
蝿はときどき壁にぶつかり、苦しみながら部屋中を飛び回っている。
今、まさに私の目の前でひとつ(正確には3つ)の命が消えようとしてるのだ。
これはある種のホラー映画に似ていた。アドレナリン大放出のスリル。
殺虫剤をかけ終わった私は今度は苦しんでいる蝿を目だけで追う。
眼球をぐるんぐるん回しながら。
このときの私を客観的に見たら、
たぶん担任の変幻自在の口より気持ち悪いだろうな、って思う。
でもいいんだ。誰もこんな私知らないし、見せないし。
ひゃひゃひゃ。
ひゃひゃひゃ。
やがてポトリ、ポトリ、ポトリと絨毯の上に仰向けになって蝿が堕ちる。
もうその姿は、ただの命の容器。命の殻とも言うべきか。
ここに魂が入っていないだけで、もう蝿は動かない。
少しだけ怖くなるけど、それもまた醍醐味だったりする。
「明実、ご飯だよー」1階からお母さんの声が聞こえた。
「はーい、今行くー」私は蝿をティッシュで掴み、ゴミ箱に捨てて
カシャリとまた表の仮面をつける。
本日のストレス発散完了。
次の日の1時間目の休み時間に今度は英語の教師に呼び出された。
「課題のノートはいつ提出してくれるのかな?」
あ。これは本当に忘れてた。
「今日の6時間目までに出してね」
冷たい温度の言葉に、はい、とだけ返事をして職員室を出て
教室に戻ると例によってクラスメイト達が興味津々で寄ってくる。
「またなんかやっちゃったわけー?」
「今日こそエンコーでしょ」
相変わらず、馬鹿のひとつ覚えみたいに昨日と同じような事言ってる。
タメ息を出したい気持ちを抑えて、
「英語の課題、提出し忘れちゃったんだ」
私は最高の営業スマイルを浮かべた。
何人かの男子が落ちた。何に?恋に。チョロイ。チョロイ。
そして私はまたストレスを貯める。
心の中では「ウザいから近寄るな、喋りかけるな」とか思いながら。
ふと気づいた。
こいつらは蝿以下だ。
蝿でさえ私のストレスを発散することが出来るのに、
こいつらはむしろ私にストレスをもたらす元凶なのだ。
そう思うと、急にクラスメイト達の苦痛で歪む顔を見たくなった。
一体どんな顔をするんだろう。
その日は5匹の蝿にクラスメイトの名前をつけて、いつもより多目の殺虫剤で苦しめた。
本当は少ない量でじわじわと苦しめるのがいいんだけれど、
大量にかけて一気に殺すのもなかなかの快感だ。
次の日は再び担任に呼び出された。
「進路決まった?」
「いや、まだです」
趣味がイラスト描くことなんだろ?だったらそっち方向に……ペラペラペラペラ。
やっぱり口が気持ち悪。
一通りの話が終わり、職員室から解放された私は
今度は教室の扉の前で深呼吸した。
(またあいつらが近寄ってくるんだろうな……)とか思いながら。
案の定、教室に入り、自分の席に座ると「職員室の常連ね」というやつもいれば、
「今度こそ、今度こそ、エンコーでしょ?」と聞いてくるやつもいる。
やっぱり私は笑顔を崩さずに「違う、違う、また進路のことで呼び…」
そこまで言ったら聞きなれた音が聞こえた。
ブォーン。ブォーン。
このケータイのバイブみたいな音。
ブォーン。
誰かが言った。
「やだ。蝿」
私の眼球がピクピクと痙攣する。
ヤバイ。いつものクセで眼球を回しそうになる。
私は必死で両手を覆って顔を隠した。
「どうしたの?貴島さん」
「どうしたの?」
クラスメイトが私の顔を覗いてくる。
そんなことより私は蝿の音が気になって仕方がなかった。
ブォーン。ブォーン。
ブォーン。ブォーン。
私の中で何かが弾けて割れた。
それはたぶん表の仮面だった。
「ひゃひゃひゃー!」
高い声をあげて笑った私は眼球をくるくると回した。
「逃げても無駄だぞ、蝿!」
そう言いながら机に上履きのまま乗り、隣から隣へと飛び移る。
クラスメイトが私をギョとした顔で見ている。
これが本当の私です。見てください。ちゃんと見てください。
私は泣きながら高い声をあげて笑い、心の中でそう叫んでいる。
さぁ、目を逸らさないで。私はおまえらが思ってるような女じゃないの。
私だって表の仮面を脱ぎ去りたいのだ。
ありのままの私を受け入れて欲しいのだ。
でもいつからか、築き上げたイメージに苦痛を覚えて、
こんなふうに蝿を殺すことでしか心のバランスを取れなくなっていた。
本当の姿をさらけ出して早く楽になりたいという気持ちと、
本当の自分を見せるのが怖いという気持ちが交差してる。
そんなことを妄想をしながら、私はクラスメイトの「貴島さん、大丈夫?」の声に
「うん、平気だよ」と額に汗を滲ませながら、また営業スマイルで答えてる。
気を抜いたら今にも妄想が現実になって、
眼球、くるくる回しながら蝿を追いかけてしまいそうだった。
まぶたの裏で眼球がくるくると動いている。
あぁ。私は醜い蝿と自分をダブらせていただけなんだ。
蝿を殺すことで醜い自分を一瞬でも殺したつもりになってただけなんだ。
誰か私を止めて。
「貴島さん、顔真っ青だよ」
「大丈夫、本当に大丈夫だから」と表の私がニコリ。
(うるせーよ、早く私から離れてよ)と裏の私が悪態をついてる。
今日も家に帰ったら蝿を殺そう。私に似た醜い蝿を。
おわり
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2004/04/22(Thu)17:17:46 公開 / 律
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■作者からのメッセージ
思いついたものを一気に書いた作品です☆
読んでくれた人、それぞれが何か感じるものがあったら嬉しいです♪