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『殺人鬼の愛し方 序章〜三話(完結)』 作者:晶 / 未分類 未分類
全角16819文字
容量33638 bytes
原稿用紙約50.4枚


   序章


 四月十一日、妹が死んだ。心臓が抜き取られたまま公園に放置されていた。
 空白になったその部位を眺めながら、何の変化のない自分がいた。一体どちらが空白なのだろう。
 自身を揶揄(ヤユ)するような言葉は溢れても、感傷や、哀悼、それらをごちゃ混ぜにした涙なんてものは、一滴もなかった。

 
               1/転向生


『愛を騙(カタ)り、友情を騙って、人生を語る。さて君は何を騙ってくれる? だけど、その前に僕の物語を騙ろうか。おい待ちなよ。おいおいそれはないだろう? 席を立つなよ。いいから黙って聞きやがれ』


 天気予報士のお姉さんは「曇りのち血の雨、所により肉片を含むでしょう」なんて気の利いた台詞を吐いて無かったはずだが、さてこれはどういう了見だろう。世の中、判らないことだらけだが、人はソレを視界の端にすら留めない。常識の牢獄に永住し、世間という看守に監視されても平気な面構えでのうのうと生きている。が、非現実を緩んだ頬に叩きつけられ、喉元に突き刺されたら、少しは疑問を鋏むだろう。それとも恐慌に陥るかな。まあこの時点の、この思考論理で僕はもう、ちょっとズレた奴なんだが……
 さてと。
 目の前の、何と表現するか血飛沫と共に夜空から降ってきた――生憎地面から生えてきたのではない――出来立ての暖かい生手首を拾い上げてみた。ちなみに右手のようだ。シニカルに初対面の握手が出来そうだ。
「さて、これは警察に届けたら一割もらえるのかな?」
 僕のこの態度も一種の逃避症状なのかもしれないが、相も変わらず二階建てアパートの屋上から流れ落ちる血をつぶさに眺めながら、まだ柔らかい掌をぎゅっと強く握る。
 左手だったならば、さよならの握手ができただろうに。
 ばいばい見ず知らずの死んだ人、だ。
 勝手に死んだと決め付けて、僕はその手首の処遇を少しの間、逡巡する。辺りを見回しゴミ箱を発見した。どうやらカラスの暴虐非道の被害は受けていないようだ。清潔で非常に結構なことだ。頭の片隅で、この物体Xをゴミ箱にバスケットよろしくスリーポーイントシュートと洒落込むべきかと、他愛も無い雑念が浮遊する。確か左手は添えるだけで、膝はリラックスだったか……
 だが薄ら寒い街灯の光の中で、一際高く響く足音が聞こえた。僕は仕方なく辺りをもう一度確認すべく、頭を巡らせた。
 人影だ。そいつは僕のほうに、鼻歌交じりのリズムに乗りながら、足取りも軽やかに近づいてくる。知り合いだった。少しの御幣と抵抗があるが知人だ。人生は最悪で、小説より奇なり。つまり最悪は最高と隣り合わせにあるのが人生だ、と意味不明なことを考える。
 そいつは僕の前方五メートルの位置で立ち止まり、やあと片手を挙げ話し掛けてきた。その少し遠い微妙な間合いは何だろうか。
「ここ、君の自宅かぁな? こんな所で会うなんて奇遇だぁね。奇遇というより予定調和か因果律といったほうが、見栄えもするし、運命的でロマンティックかもしれないねぇ。こんばんは、心の友の谷崎透夜君。今日はまたいい天気じゃぁないか。月がよく見えるし、月もこちらを見てくれてるさね。思うんだがね、世の中、月や太陽には隠し事はできやぁしない。というわけで、君は今、後ろに何を隠しているのかぁな?」
 よく喋る奴だった。
「黙りなよ。転校即日の奴相手で、心の友にはなれないよ。君は大いなる勘違い野郎か?」
「勘違い? 人の心が完全に分からないなら、全ては勘違いではないのかぁな? だけどオレには一つ真実があるねぇ。真実は心に一つあればいいさね。それはね、君だよ、心の友。オレは転校初日にして透夜君に惚れたんだぁよ?」
 よく喋る変人だった。
「うぅーん。黙ってるってことは、アレかい? 君もオレに惚れたのかい? それなら拍手、喝采、大祝祭だ。玉砕、粉砕、大爆砕だぁね。死んでもいい心地だよ。ところで、話を戻そうか。そろそろ紆余(ウヨ)曲折するのも飽きた頃だしね。オレが気になるのも納得済みなの筈さね。だって透夜君、君が後ろに隠しているのは、人の手じゃないかぁな? しかもよく判別がつかなかったが、シュートフォームに入ってなかったかい? いやいや、いい構えだったさね。君はバスケ部ではないはずなのにねぇ。吹雪も厳しい北海道に住む進藤君の家のように、才能とは埋もれ易いものだぁね」
「黙れ変人。人のこと言えた義理じゃないけど、言わせて貰えば、この僕が友達だって? 莫迦を言うな。回れ右して、人生見つめなおしやがれ」
 僕の優しい忠告に、やはりコイツは聞く耳持たず、可愛らしいニコニコとした笑顔で高い声音を発した。
「透夜君が持ってるのはやはり、人の手なのかぁな?」
「アンタが持ってるのは、血の付着したナイフだね」
 暫し沈黙。しかし沈黙に如何ほどの価値があるのだろう。無駄な空白。迷いと停滞。
 簡単な構図だった。つまり僕は、第三者から見れば、第一容疑者以外の何者でもないが、犯人から見れば、目撃者以外の言葉は当て嵌まらない。僕の世界は曖昧で観念的だけれど、いつだって目の前は明瞭だった。
 僕と他人の間には、普遍の溝がある。干渉できないし、されもしない。
 法則ですら縛れない。
 明瞭であるし愚鈍でもない。
 帰結するところは、
 ズレ。
 沈黙には価値は無い。だから僕は義務感から口を開いた。
「アンタが殺したんだ」
 義務感。そう……義務感だ。会話を続けなくてはいけない義務感。クラスメイトとしての義理と下方置換してもいいかもしれない。恐怖は微塵もない。頭の天辺から爪先までスキャンしても見当たらない。殺人者を前にしても谷崎透夜は一歩も引けを取らない。
「そう、オレが殺したぁよ。屋上には元人間だった物体があるよ。オレは死体という言葉が嫌いだぁね。便利な言葉だけど、死という概念は生きている物しか内包してないと思うんだぁよ。だから、死んだ人間は、死体じゃなくて物体だぁね。そこに死と言う言葉を使うのは間違ってるだぁろ?」
「何で殺したの?」
「透夜君、君やっぱり淡白だぁね。そこがまたそそるんだけど……。痛い。痛いよ。よしたまえ。石を投げつけるのは反則だ。何だかイジメられっ娘の気分だぁよ。理由? 理由かい。聞いてどうするのかぁな。警察に電話か、それともオレを非難するのかぁな。君に罵倒され中傷されるのは、何だか別世界の扉が開けそうだから遠慮しようじゃぁないか。理由は至って簡単簡潔だぁね。つまりコレは転入試験だぁよ」
 変態にクラスチェンジした。
「ふうん。で?」
 どうやらここに来て、やや僕の義務感は失われつつあるようだった。面倒臭い気分が肺から蔓延(マンエン)しかけて、溜息と共に非難の声?を発しそうになるのを我慢する。
「で、つまりアノ学校は、そう言う所なんだよ。学びの舎で何を学ぶって? 社会に役立こと以外にないだろう。社会に役立つ殺しだぁよ。入試には色々な形式が採られるけれど、君のようにペーパー試験で合格は稀だぁね」
 自分の通う学校の驚愕の実態を聞かされても、やはり僕は「ふうん」と胡乱(ウロン)というよりは、寧ろ興味の対象外として愛想の無い相槌を返した。
「透夜君のことは色々調べさせてもらったぁよ。身長170センチ、視力は両目共に2.0で、体重とスリーサイズは……、おっとコレは口外無用だね。オレだってバラされたくはないからねぇ。でも君は痩せてるし、スタイルもいいと思うさね。あと目と髪が赤いのは――――」
 尚も長々と無駄に頼んでもない口述をたれる相手に、僕はとりあえず肺に2000ml程の空気を吸い込んで、
「うるせぇ!」
 僕は相手の長ったらしい発言を塞き止めるべく、近年珍しく大きな声を出した。別に感情的になっているわけではなく、有効手段として活用したまでだ。効果はあって、相手は口を噤(ツグ)む。怒るかなと思ったが、その目は期待に満ちてるように爛々として見える。
「ああ、煩い奴だな。最初に訊いておくべきだった。アンタのペースに乗せられて、話に付き合ってたら埒(ラチ)が明かない。さあ、はっきり言ってくれ。用件は、何だ?」
「せっかちは、殺しの次に大罪だと思う。今思ったぁね。泣いちゃうぞ? そんな君は世間様に後ろ指刺されるだけならいざ知らず、オレに後ろナイフを刺されるさね」
 転校生は自身の言葉を少し反芻(ハンスウ)してから、鋭い瞳と薄い唇を吊り上げた。そして弄んでいたナイフを僕へ向ける。
 ナイフがギラリと夜に底光りするような、冷めた熱を帯びて、不吉で不気味に輝く。
「ふむ。一つテストをしようかぁね。オレが今からナイフを投げるから君はそれを防いで欲しい。さて心の準備はいいかい。心しなよ、心の友。下手を打ったら死んじゃうからね」
 問答無用のようだ。こちらが何かを言い返す前に転校生は行動に移す。有言即実行。
 僕は、小さく振りかぶる転校生を見ながら、もっと小さく嘆息した。
 目標は分かっている。下手に避ければ怪我をする。だが如何に防ぐか。
 折角の好機だから何もせず死んでもかまわないが……
 妹の後を追うってわけじゃないんだけど。
 思考は数瞬を要し、だが転校生の動作は一瞬だった。
 ナイフが煌(キラメ)いた、ように見えた。雷光一閃。
 沈黙。
「アハハハ。いや凄いね。お見事、お見事、心の友。亀の甲より年の功。年の功よりも他人の手の甲って感じだぁね。うんやっぱり君はイイ感じだねぇー。惚れ惚れするよ」
「僕は、心は脳にあるって思うんだけど、アンタはやはり妄想追求者(ロマンティスト)だね。なあ、アンタばかりの主義主張だと、いい加減家に帰らせてもらうよ。転校生、そろそろ話せよ」
 転校生は僕の言葉の何処かに引っかかりを覚えたらしく、小鳥のように小首を傾げる。
「それは吝(ヤブサ)かでないが……、あー、えー、おほんおほん。まあ根本的な問題なんだけどね、心に響く根幹であるだけに、やはり最重要項目だぁね。記号としての自分という認識は真実の自分を曇らせるものだから……、いや単刀直入、一刀両断に行こうさね。オレの名前を一度たりとも口にしてないがぁ、透夜君、至極当然知ってる、よね?」
「忘れた」
「君、飼い犬に『待て』をしたまま放置するのとか大好きだぁろ。神楽真偽。真偽って書いてマギって読む。用件を言おうか。オレは君に忠告をしに来たんだぁよ」
 神楽が爪先を何度か地面にトントンと叩いた後、一変して真剣な表情を作る。作ることで、自分が如何に真摯に僕のことを心配しているか主張しているのだろう。
「さて、透夜君。君は人生の岐路に立っている。大きな大きな分かれ道だ。進めば戻る道は一本たりとも存在しやぁしない、棘々で、険難で、狂っている人外の道だぁよ。未知と言ってもイイ感じだぁね。君の人生は、君の人格を除けば、至ってまともな平々凡々に、特売の家電製品よりも並々在り来たりに、お手頃に存在してきたけれど、ここからが君の物語だ。主役の晴れ舞台だぁよ。さて、君は三つの選択肢を認識すべきだぁねー。一つ目が、アノ学校を止め日常の常識に戻る。二つ目は、捨て鉢に学園生活をエンジョイする。そしてラスト。言わずと知れた、ここで死ぬ」
 他人が決めた選択肢? そんな物に言う事は決まっている。決まりきっていて笑っちゃうね。ナイフの突き刺さった他人の手を投げ捨て、だから僕は神楽の瞳を視線のナイフで貫たまま口を開く。切り裂け。
「全部却下」
 ガゴン。
 ゴミ箱に消える。

              2/故意人


『言葉で表せない感情? なんて素敵な言葉だろうね。莫迦を言うな。何にでも使うんじゃない。嘗めんなよ。日本語学べよ。それともホントに分からないのかな。だったら初心な君に教えよう、それは――』




「やあやあ、ここが君の根城かい。オレはここに呼ばれた一番目の心の恋人だと感涙に咽(ムセ)び泣いちゃうさね」
 なんで友から恋人にランクアップしてるのだろうか。神楽は脱いだ靴を揃えてから部屋に入って、ちょこんと正座している。意外に礼儀正しい。周囲のノッペリとし白い壁を眺めては嬉々としているようである。僕は唯一汚れている流し場の包丁やらキッチンナイフやらを片付けにかかる。包丁は閉まって、キッチンナイフはっと……。
「うぅーん。見所ナッシングだぁねー! ほら君もオレと一緒に親指たてなよ。うわっ。中指立てるのはどうかと思うよ? 酷いや。折角二人分注いだお茶を、一つを流しに捨てるのはぁ勿体無いさね」
「君に出すお茶は無くなったんだよ。恨むんなら僕以外に八つ当たりしてくれ」
「なら、透夜君が口を付けたそのコップをよこせ」
「うるさい。敷居をまたがせたんだ、いいから洗い浚い話しなよ。真面目に」
 僕の静かな声に、神楽は畳の上で正座するのを止め、足を崩す。かしこまる演技は止めたらしい。
「先程の目といい、透夜君にそんな熱視線を浴びせられると、ハートも射抜かれる気分だぁよ。ゾクゾクくるよ。元々、君に奉げているんだけどね、再度惚れ直したって感じだぁね。痺れるねぇ。……いや本当に足痺れそうでね」
 頬を薄紅に染め照れ笑いをする神楽を横目に、リサイクル店で三百円だったちゃぶ台の上にコップを二つ置く。神楽の正面に座ると、奴はわざわざ僕のコップに手を伸ばすので、脊髄反射で撃墜しておいた。
「さり気なく優しくて、容赦なく厳しい。そこはかとなく素敵だぁね。素敵ついでにコップの中身をエタノールに注ぎ替えてくれるならもっと、ひゃあ!」
 僕は神楽の口に無理矢理コップを押し付けて、お茶を嚥下(エンカ)させる。少し咽(ムセ)てるようだが、自業自得だ。
「未成年は禁止だよ。発育が悪くなると、神楽さん、困るでしょ?」
「身体的な悪意ある発言は些かオレも傷つくよ? オレはまだ蛹(サナギ)だぁね」
「一生蛹のままでいやがれ」
 どうも身体のことは禁句ギリギリの線だったらしい。多少本気でイジケけかけた神楽を僕はすかしつつ、僕は自分のコップには口を付けずにいた。
 何時以来だろう。
 こんなに人と会話したのは。避けられていたのか? 違う。避けてきたのだ。僕が自身の意思で。世界がそうなるように。
 例外?
 土足で僕の心に這いずってくる奴がいるとはね。匍匐前進の無様だ。
「で、アノ学校はどういうところ?」
「アソコはね、治外法権区域なんだぁよ。殺しも御法度じゃあない。ところで日本を牛耳ってるの何だと思うさね?」
「国民」
 即答してみた。
「うわっ。そりゃそうだね。真偽ちゃんびっくり。民主主義国家なんだからその通りだぁね。ああ、だけど真実は違う。魔術士が支配している。勿論魔術師は人間だぁよ。世に出回ってる魔術書で、『断罪の書』や『死体咀嚼儀典』なんて耳にしたこはないかぁな? 格位順に挙げると、第一格火神、第二格皇、で第三格が草薙、八咫(ヤタ)、八尺瓊(ヤサカニ)。最近じゃあ御剣ってぇのが旬だぁね。第四格から第二格に昇格したさね。言っとくけど、第二格から別格なんだぁよ。それに二階級特進は死んだって意味じゃあない」
「ふうん、で?」
「オレが殺したのは、魔術士だぁよ」
「じゃあ、神楽は最近流行の国家に楯突いて自己満足畑の人間?」
「いやね、魔術師ってのは探究心の塊で、即物的なこととはあんまり興味ないから、要するに根暗で引き篭もりのオタクライフというわけだぁよ。俗世界と関わりあいをもうとしない、完全秘密主義だぁね。でも偶に、やっぱり毛色の違う阿呆がいるんだぁね。快楽殺人、殺人快楽。虐殺万歳の輩が魔術士とあっちゃあ、普通じゃ手に負えない」
 瞬時に僕は神楽の断片的な情報を組み合わせて、何とはなしに溜息を吐いた。
「成程ね。魔術士を殺せる人間を育成するのがアノ学校ってわけか。腑に落ちない点は、魔術師の異常者は魔術士が殺ればいいだろう……、君、魔術士?」
「違う違う。オレは一般人だぁよ。魔術士同士だと、どうも被害が大きくてね。街一つがなくなった時だってあったんだぁよ。あいつ等莫迦(バカ)だから。マジで莫迦だぁよ。だから一番安全な方法、暗殺という手段が採られたわけだぁね」
「ふうん」
「釣れないねぇー。オレは君の心の一本釣りを狙ってるんだけど、うぅーん。君は喜怒哀楽をちゃんと表現できるのかぁな? 君は世界に何も望んでないのかぁな? 魔術士の話なんて眉唾にしか聞こえない筈さね」
「質問は一つずつ。僕は僕だ。世界も常識も関係ない。僕は一人で事足りてる」
「魔術師がいても暗殺者が眼前に居ても興味ないってことだぁね。世界に無関心たぁ寂しくないかぁな?」
「知らない」
「……ふふ。可愛いね、君は。ここの屋上で鎮座してる元人間は、オレの入試試験の相手さね。最近新聞の一面を賑わす心臓蒐集(シュウシュウ)の話は知ってるかぁな?」
「知らない」
 ウソだ。知っていた。
「もう十件に上るんじゃないぁな。まあオレはその犯人を、まず背後から心臓一突き、右手首右足首切断、袈裟切り、腹部殺傷、左股から膝に掛けて滅多刺し、首、後頭部、左腕上腕って感じだぁね。内臓脳漿ぶちまけて、徹底的に完膚なきまでに殺してやったんだけど、残念ながら相手は二人組みでねぇ。一人逃げられたぁよ」
「神楽さんが僕を殺したいような雰囲気だったのは?」
「転入試験はその魔術士二人を期日までに殺すこと。でも期日は明日までさね。もう一つの裏口方法が正面切って稀代のホープを殺すことだぁよ」
「ふうん」
 ガチャン。
 テキトーな相槌と同時に神楽が動いた。
 零れた液体がちゃぶ台から滴って畳に染みを広げる。正面には、正確には眉間の間にナイフが固定されていた。ちゃぶ台の上から神楽が僕に声をかける。優しく蕩けるように甘く、無慈悲に紡ぐ。だけど僕はポケットの固い感触から手を離した。
「だから、死んでほしい。綺麗に殺してあげるよ」
 神楽は微笑みを咲かせ、ナイフを眉間から鼻筋、唇、喉元、鎖骨、肋骨そして心臓まで、緩々(ユルユル)と愛情を込めて這わせる。ナイフの冷たい無機的な感触さえも、愛情で誤魔化そうというほどに熱く、ただ熱く、熟れた熱を込めて、神楽は僕を見据えていた。
「と、その前に訊きたいんだが、君は気付いていたね。ポケットに忍ばせたぁナイフが証拠だぁね。だけど、ここに来て無反応とは一体どういった思惑かぁな?」
「別の考えが浮かんだからね。例えば――」
 ちゃぶ台の上から猫のようにしな垂れかかる神楽に、僕は無造作に手を伸ばす。神楽の首に手を回し、抵抗できないよう力強く引き寄せた。
「ひゃっ、危ない!」
 縺れるように倒れこむ僕たち。別のところで乾いた音がする。視界の端にナイフが柱に突き刺さっていた。咄嗟に神楽が投げ捨ててくれたようだ。
 眼は閉じるべきだと考える。これは儀式なようなものだ。厳正に静粛に執行すべきだ。
 だが歯と歯がぶつかる。不躾で、不恰好で、無茶苦茶だ。
 まあ、こんなものだろう。
 拘束を解くと、神楽は後ろに跳び退った。ほこりを払い、僕は立ち上がる。
「君はクラスメイトを平気で殺すけど、正真正銘心の恋人を殺す? 僕のファーストを奉げたんだ。これで気は変わらない?」
「…………はうぅ」
 酒気を帯びたように顔を真っ赤にして、神楽は気怠い吐息を洩らした。口を何度か開閉して、その後、深呼吸。
「透夜君は、い、異性に対して、もう少し、慎重、に、なるべきだぁね。強引なのも、良く、ない。お互いの諒承と信頼とがあって初めて、初めての…………あうぅ」
 部屋の隅でしどろもどろになって焦る神楽を背後に、僕はすまし顔で後片付けに取り掛かる。
 沈黙。
 沈黙は……、あれ?
 こんなにもオカシサが喉に痞(ツカ)えるような感覚に、僕は噛み殺したような笑みを、ついうっかり晒してしまった。
 三日月を傾けたように、口の端を吊り上げて、嗤(ワラ)う。
 僕は神楽に歩み寄る。少し怯えたように神楽は、乾いた笑みを綺麗な顔に貼り付けた。僕は神楽の細く捥(モ)げてしまいそうな首にそっと手を伸ばした。
 一歩も動けない。
 意志の力で捻じ伏せて目標を代え、僕は神楽の艶やかな髪を掬った。
「じゃあ、その魔術士追いかけよう。僕を殺す選択をしたぐらいだから、困難の待ち受け間違いなしだろうけど、死ぬときは一人じゃないから」
「コイに恋するお年頃だぁね……。今、少しだけオレは自分の気持ちが理解できたぁよ」
 僕はそっと壊れないように、震える神楽に唇を遭わせた。
 鼓動は聞こえない。
 二人とも。
 無様に生きる。
 指の隙間から砂が零れ落ちるように。
 幾つもの自分の感情を流して。
 奈落へと落ちていく。
 嗚呼、それはまるで……
 休まずに足掻く、
 囚われの贄
 喰らわれる餌。
 だが、僕は僕だ。
 谷崎透夜はただ生きる。



『肉片を集めれば体の出来上がりで、夢の欠片を集めれば心の出来上がりだ。二つ併せれば人間だね。だったら僕は、この僕こそは………………』


          3/真実、偽造、或いはキョウフ


 遅咲きの桜道を、真偽が息を僅かに弾ませて走る。僕は舞落ちる花弁を呆と目で追っていた。だが、それも視界から瞬きする間もなく次々に消え失せる。
 木漏れの月明かりは儚く、とてもじゃないが暗がりを見通せない。だが真偽は逃した魔術士の血痕と血の匂いを頼りに足を止めることなく走り続けていた。人間鍛えれば嗅覚だろうが視覚だろうが、常軌を逸するものらしい。僕はというと……
「真偽、桜は桜だよ。木の根を掘っても何も出ない」
「台詞の先読みは頂けないねぇ。その心は?」
「死体が一番確実に埋まってるのは、墓の中や家屋の下だよ」
「うぅーん。桜を美の総称、死体を犠牲と仮定するなら、自然の美は、人間の醜悪の部分とは懸け離れた場所にあって、人工物の美こそ、犠牲は付き物ということかぁな?」
「五十九点」
「でも、透夜君。そんな格好言っても締まらないさね」
 僕もそう思う、とは口に出して言わず、胸中で留めることすらなかった。僕の思考は実のところ別にある。
 僕は真偽に負ぶさっていた。つまり、そこまで肉体能力の差が歴然としてるわけだ。客観的に見ると無様だが、この際諦めよう。というか、実はどうでもいい。
「変なところ触ってもいいんだぁよ?」
 後頭部、殴ってやろうかと、雑念が一瞬掠める。
「こことか?」
「そこ、お腹だぁね」
 言ってから真偽は小首を三度傾げる。ふわりと髪の匂いが僕の鼻腔をくすぐった。
「……うん? うん? うぅーん? うん。当て付け!? 今の当て付け!?」
 喚く真偽の背中で、僕は微かに息を吐くと小鼻を神楽の肩に擦り付けた。やはり血の匂いがした。
「重い?」
「生よりは重いねぇ。でも死よりは軽い」
「生を蔑視して、死を神聖視するのはどうかと思う」
「両者に価値を見出してないの困りもんだぁね。それとも保留してるのかぁな?」
 僕は真偽の問い掛けに応えずに両目を閉ざした。瞼の裏の黒と赤をごちゃ混ぜにした映像が点滅を繰り返す。だが、それも次第に黒一色にうつろう。穏やかに凪ぐ風に身を委ねれば、後は光の残滓すら闇に敵わない。夜切る神楽の足跡が耳朶(ジダ)にリズムを刻む。暗くなる。何処までも。永遠よりは短いが、それでも時間は引き延ばされていく。埋もれるながら下降する。意識の淵へ、このまま何処までも沈んでいきたい。
「眠たいのかぁな? 今日の追跡は止そうかい?」
 僕は、その言葉に頭を上げ、神楽の耳元に唇を寄せる。
「……本当は、魔術士なんてどうでもいいんだね」
 僕の甘い囁きに一瞬だけ、ほんの刹那の時間、神楽の呼吸が乱れた。僕は笑みを奥歯で噛み殺し、
「ちょっと我慢して」
 神楽の白露の首筋に犬歯を突き立てた。皮膚が破れ、血がぷつりと滲み出る。喉を鳴らして僕は嚥下した。成る程、僕も立派な変態だ。
「痛い。そしてくすぐったいねぇ。吸血鬼の真似事かぁな?」
「他人の一部を取り込みたいって想うのは変かな?」
「いいや、いいや。断じて否だ」
「死体は屋上に放置?」
「放置も放置。警察を気にしてるのかぁな? だったら杞憂だぁね。オレを監視してる先生方がぁきっと処理してくれるだろうねぇ」
 アノ学校の先生君主達だろう。殲滅光臨。先生横暴。非道で火道。枯葉で山を放火。腐った蜜柑は唾棄。脱落は没落。なんて面白みにかける言葉が、消えていった。
「何先生?」
「さあ? 校長に監視役がいるって告知されただけだからねぇ。でもオレに気配を全く感じさせないたぁ、かなりの手練れさね。逆に魔術士二人組みは阿呆だったぁよ。のこのことオレを尾行してるんで、魔術を行使するいとまも与えず瞬殺だぁね」
「一人逃した」
「あうぅ。魔術師に一度警戒されると厄介だぁね。間合いが十分あってこその魔術だからねぇ」
「最初から顔を知ってたの?」
「うん? そうだぁよ。校長から貰った写真あるよ。見る?」
「必要ない」
 僕はすげなく呟いて、周囲を見渡した。見知らぬ場所だ。隣町まで来てしまったのだろうか。濁った川のせせらぎが聞こえる。静謐な悲鳴と言い直した方がマシかもしれない。誰も気付かない。否、自分ごとではないのだろう。彼らの世界というのは、自分の目の留まり感じられる範囲を指す。堅牢にして厳格に、常識と良識に縛られ、成り立っている。脱線しても逸脱はしない。別格はあっても破格はない。所詮は、意思疎通のできる代物ばかりだ。
 そんな答えなき愚考を中断する機会として、真偽が立ち止まった。
「名残惜しいがぁ降りてくれないかぁね。後ろ髪引かれる想いたぁこの……、あ、あいたたた。後ろ髪引っ張るのは君らしくない。髪は大切なんだぁよ? 髪は女の神だぁよ。血の臭いが濃厚だぁね。多分奴さんのお膝元だぁよっ!」
「真偽の鼻は犬なみだね。アノ学校を卒業したら何処の狗になるの?」
「君の狗になるよっ」
 神楽は勢いよく駆け出した。猪突猛進(チョトツモウシン)バカだ。一拍も置かず僕は後を追うが、五歩進んだところで、二十メートルは離され、そのまま神楽を見失う。
 川辺へと下りて行く。
 先ずは乾ききれない血がべっとりと付着した右足があった。太股から切断されている。次に左手を落ちていた。僕はソレを拾い上げ、力強く水面へ投げ付けた。何処かで飛沫が上がるのに目もくれず、数メートル先の真偽へと近寄った。
 少し困ったように真偽は僕に視線を合わせた。
「死んでたぁよ。コイツが件(クダン)の片割れさね」
 赤い斑のパーカー姿の男が倒れている。左胸が切り裂かれていた。肋骨が覗いてる。それから心臓が無かった。僕は男の顔を覗き込んで観察をする。この世に怨恨を残して死んでいった形相だった。或いは、絶望か。
 右股は綺麗に切断されていた。得物は何だろうか。左足首も消えうせている。ここに至るまでには其れらしきものは無かったが、大方、鬱蒼とした茂みにまぎれこんでるのだろう。腹部からは臓物が力なく食み出している。精緻な描写は避けておこう。胴体と首は薄皮一枚で繋がりを保っており、首が九十度に傾いていた。右肘から先も消失。左肩より先は比較的健在で手には確りと刃渡り二十センチもある軍用ナイフらしき物を握っていた。銃刀法違反だ。
 僕は空を仰ぎ見た。棚引く雲の端が淡く光っている。滲む。
 何処までが本当で、何処からが嘘なのか。全てに境界線なんて存在しないのかもしれない。
 偶然と必然の差は何なのか。
 だけど、僕は感慨なく口を開いた。躊躇(タメラ)わない。
「本物が殺した、というわけだ。見覚えある顔だよ。コイツ、隣のクラスの担任だったかな」
 僕は肺から蚕のように言葉を紡ぎだすと、薄く笑った。真偽が小さく口を開いて驚いたフリをしている。
「真偽、硬貨とか持ってる?」
「うん? この非常事態にジュースでも買うのかぁな?」
 僕は、訝しげに差し出せれた硬貨三枚を受け取ると、一枚を天高く投じた。
「うわぁ……。さしものオレも唖然だぁね。何がしたいのかぁな? お金は、粗末にしてはいけないものベストテンに常にランクインしてるんだぁよ」
 真偽が背後で何か不平を洩らしているが、気にせずに硬貨を拾いに向かう。音からして路上に落ちている。見付からなくてもいい。だが簡単に発見してしまった。硬貨に目を遣り、そこで一つ嘆息した。
 始まりは常に億劫(オックウ)だ。終わりは失望が付きまとう。どれもこれも、一律に空虚な物語で満たされている。つまり生き死にに意味は空っぽということだ。ただそこに在るだけ。在るというの不適切だがこの際、少しの御幣は否めない。だから言及しても、ただ完結に導くだけだ。そこに僕の善も悪もない。ちっぽけな正義や義務もない。これは単なる偶然と気紛れの産物だ。
 さて、恋人と愛を騙ろうか。
「真偽。これは全部偶然なの?」
「サイコロの目が一を百回続けて出したらそれは必然だぁよ。偶然なんて一つもない。実のところ理路整然とした必然だけさね。だからこそ、コイツがここで死んだのも、決定事項さね。天命が尽きたんだぁよ。目的人物を補足したんだから、どうしたものかぁね?」
 何気ない装いで真偽は僕に問いかける。
「偶然や奇跡は確立の問題さ。死ぬのも確立だよ。人は死ぬべくして死ぬんじゃなくて、ある日突然、デットエンドだ。風前の灯火よりもあっさり掻き消える。君が殺し損ねた偽者が、本物に殺された。でも偶然はね、大抵必然の落とし児だ。正直に答えて真偽。校長からの転入試験の話は本当?」
「本当だぁよ」
「そう、でも君は校長が君を騙したのに気付いた。当然だよね。まあそれは後で話すとして、監視役なんて居ないんだろう。そこに居る死体、合わせて二人が犯人役兼監視役ってところかな。これも君は気付いていた」
 神楽は黙祷じみた静聴で僕に応えた。
「校長の目論見はある程度予想はできるけど、知ったことか。当面の事象を完結させようか」
 僕は何処かに腰を掛けたいような衝動に駆られたが、生憎辺りには、適材は無く、その場に立ったまま話を続けた。
「僕には真実と偽造の違いなんて良く解らない。ただね、なんとなく君の行動の思考論理だけは解ったんだ」
 熱意も誠意もなく、僕は神楽に告げる。告別式のように悼むことさえない。平滑に神楽を見下ろす。
「不在証明(アリバイ)。世界中でただ一人のためだけの、ね。自惚れかな?」
「そう。でも騙されてくれなんだぁね。君と恋人になるためには必要なことだと思ったんだけどね。アハハハ。流石に陳腐だったかぁな? 思い付きの突発的は愚の真骨頂だぁね」
「そうだね。ハートコレクターさん」
 完結へと向かう。
 転がり落ちて。
 止まりはしない。
 何かに衝突して砕けるまで。
 破片には何も含まれない。
 蒸発する物語。
「さっきみたいに真偽って読んで欲しいさね。オレは透夜君の汚名も知ってるよ」
 意味なんて見出せない。意味なんて、そもそもが空虚だ。空っぽの容器に中身を継ぎ足したところで、いつかは零れる。
「君は嘘を吐いた。だから気付いたんだよ。バレバレなんだよ。もしかして殺傷する部位は気にも留めない? 死んだ順番がそもそも逆じゃないか。さっき余計な左手を見つけたよ。血痕も、ここから僕のアパートまで逃げた奴がつけたものだろうね。それに異常殺人者なんて変態は、独りで行動すると思うよ。だって其れは世界が閉じた人の行動だ。世間様の常識なんて適用できない不適合な生命。群れをなさない、偏愛者だ。真偽もその口?」
「さてね。どっちだっていいさね。君の言を借りるなら、オレはオレだぁよ。君が思った以上でも以下でもない。そして思った通りでもない」
「お互い複雑なお年頃だ。……少し歩こうか」
 僕は致命的に真偽に背を見せ歩き出した。警戒の色は見せない。用心する必要すら皆無だ。真偽は、まだ僕を殺さない。殺すなら如何な時でも殺せたんだから。黙って真偽はついてくる。僕は先程のように縷々と語るのには慣れていない。僕は、よく自分で理解の及ばない疲れから、肩で嘆息した。
 桜道に戻る。月下繚乱。舞い降る桜花。人気のない異世界。醜悪は存在しなかった。今は二つ。桜は何色に染まる?
 困った。時間は十二分に経過している。これ以上は引き伸ばしても意味があるのだろうか。ここなら僕の死に場所として打ってつけだろうが……。僕にはどうやら運が無かったらしい。仕方が無いので始めようか。
 僕は振り向き、ずっと離れた真偽に一つ頷く。
 殺人開始。
 神楽がナイフを投擲した。煌くこともなく無音で迫るナイフに僕は素早く右手を翳す。その手に吸い込まれるナイフは、突き刺さる寸前に澄んだ音を立てて弾かれた。
 間髪を置かず二投目のナイフが襲い来る。真偽は幾つナイフを隠し持ってるのだろうか。僕は、余計なことを詮索する一方で左手を翳していた。これも先程と同様の末路を辿る。
 真偽は警戒の色の示すが、それよりも行動派なのだろう、僕に向かって走り出した。暗闇の中、真偽の動きは最早、補足できない。人間離れした俊足だ。
 接近戦は不利。遠距離戦も不利なんだが……。
 微かに風が揺らいだの感じた。何処からともなく致死的な間合いまで侵入される。切迫される。だが微塵の躊躇もなく僕は、後ろに自ら倒れこんだ。
 真偽のナイフが空を切る。頭を路上に強かに打ちつけたせいで、目の奥にチカチカと光点が瞬く。息が詰る。痛みに顔を顰めるのは避けたが、咳き込むのは避けようがなかった。真偽は僕の側面に佇んでいた。
 この時点で、僕はチェックメイトされた。打つ手なし。打開策は無い。真偽が長い肺から空気を全て出しつくように息を吐いた。深い溜息ではなく、単に軽い運動の後の呼吸調整なのかもしれない。
「透夜君、どうやってナイフを防いだのかぁな?」
 勝者の余裕と違う、曖昧な笑みで、真偽はしゃがみ込んで僕に尋ねてきた。
「ジュースを買うよりは有効な使い方だろ?」
 真偽は、一瞬詰ったように息を途切らせ、それから笑った。
「そりゃそうだね。命を二回分買えれば大儲けだぁよ。でも君の能力も関与してるんだぁろ、透夜君? それとも心無き物体(ハートレスワン)って呼べばいいかぁな?」
 僕はその問いには応えない。答える必要性もここではない。僕は黙って、真偽を見下ろすように見上げた。
「じゃあ、死んでくれるかぁな?」
 何のためになんて聞かない。真偽も理由を語ってくれない。それがこの二人での暗黙の了解だった。理由なんてものは後から付属して、空蝉のようなにしか思えない。ずっと空っぽだ。
 しかし、真偽は僕の上に覆いかぶさってきた。
 というよりは、力が抜けて倒れてきた。嗚呼、畜生、僕の勝ちだ。真偽が掠れた声で何か呟いていた。
「おやぁ? あれ? あれれ? 視界が横転するねぇー。あー、そうか……、君、お茶に、何か、仕込んだ、ね。だから、無理矢理、飲ませたのか……。君の、慧眼(ケイガン)、には、恐れ入るねぇ…………」
「うん。僕が死んでも其れはソレでよかったんだ。でも、もう完結だ」
「じゃあ、オレが死のう……」
「知らない」
「君、凄く…………」
 ぐったりと弛緩して、真偽はそのまま寝息を立て始めた。だけど心臓の音がしない。
 嗚呼、やっぱり、

 彼女には心臓がなかった。

 例えばブリキのロボットが心を求めて放浪した。例えば他人の心に嫉妬した魔女が他人の心臓を抉りぬいた。心の在りかは、さて何処なのだろう。実のところ、肉体に心は宿らないで、遠く別次元に置き去りにしたまま、人は、世界に具現してるのではないか。だから心と体の繋がりは、時に希薄に、そしてジレンマが発生する。酷く陳腐な考えが脳裏に浮き沈みを繰り返す。どうしてだろうか。僕は汚名通りの人間なのに。目の前の彼女と見比べるとこの上ない皮肉だ。自分の心に忠実に殺人をする彼女が羨ましくもある。彼女には、ブレーキが壊れて、ついでにきっとエンジンと一緒に幾つかの部品が欠落してしまったんだろう。心がないのはどっちだろう。自分のことを振り返る。韜晦(トウカイ)の人生だった気もするし、剥き出しだったかもしれない。ただ、どちらにしろ心なんてものは僕には存在しない。在るのは思考論理だけだ。と、思い込でいるだけかもしれない。
 さて、取り止めがないが、後日談を語ろうか。
 失望は絶望の前触れであるわけではない。予兆は裏切られ、見解は覆される。失望は、次に繋がるための苗床の肥料というわけだ。ただ、発芽の種があるかどうかは本人次第だ。勝手に落魄(オチブ)れろ。
 何て体たらくな終着。
 二つの黒い瞳が僕に固定されていた。顔の下半分は布団に隠れている。何も話し掛けてこないので、僕のほうから真偽に声を投げ掛けるべく、本を閉じた。
「おはよ、キスしたほうがいい?」
 爽やかな笑顔で言ってみた。
「……けっこうさね。うん、でも君が一もなく二もなく是非ともと仰るなら、藪から蛇がでようが、狼が出ようが、吝かでない。オレは一向に気にも留めないし、留めないどころか大歓迎を通り越して半狂乱だぁね。阿波踊りと見せかけてタップダンスだぁよ」
 くぐもった声でよく聞こえないが、起きたても相成って少し狼狽気味だ。よく意味が把握できないが、兎も角、オデコに一撃必殺をお見舞いしておいた。
 透き通った白い肌がほんのり朱に染まる。
 それから不満っぽく頬を膨らませる。デコピンはお気に召さないらしい。
 真偽の肌は、病的な白さとギリギリ崖っぷちで違う。だが健康的には至極見えない。
 彼女は額に手を当てて、何やら深刻に考え込んでいる。その間に僕は、お茶をコップに注いできた。人心地ついたらしく、彼女は敷布団から半身を起こして僕を睨め上げた。
「どうして君は自然なのかぁな?」
 僕はお茶を一口啜ってから口を開いた。彼女も僕に倣ってお茶を飲む。
「恋人に挨拶するのは変なこと? ちなみにもう夕方だ」
 真偽が黙っているので、僕は立ち上がってカーテンを開けた。真っ赤に輝く夕日が差し込む。雲一つない赤天の空。目を細めて僕は直視した。まだ目に痛い。染みる。
「どう言えば真偽は納得するか考えたんだけど……」
 振り返り、僕は微笑んで彼女に向かって言ってやった。言い放つ。
「許す」
「嘘吐き。言葉の意味判ってる?」
 優しい嘘は厳しい現実よりも甘美で、そして希望に満ちている。密室の中のおもちゃ箱。いつか気付く。自分は閉じ込められたのだと。だから僕は、凍傷のように何も感じなくなった心で彼女に告げようと思う。世界が終わったのだと同義の意味を。
「ズレって分かる?」
「君の能力の話かぁな? 君は物体をズラす能力者だ。だけど、一体、お偉方から物体操作と同一視されてないのか不思議だぁよ」
「違うんだよ。大きな勘違いだ。僕がズラすのはもっと最大の根本だよ。世界を歪ませる能力。無闇に使えば世界は滅びるかもしれない能力だ。もう既に世界は綻び始めている。さっき実感したしね」
「怖いことサラリと言わないでくれないで欲しいさね。ソレって運命を変えてしまうってことかぁな? 運命論の肯定に基づく能力かぁな?」
「知らない。存在には軌跡が在ってさ、それを僕はズラすんだ。どうズレるかは判らない」
「…………」
「賢しい君だ。もう気付いたかもしれないけど、今の君が存在しているのは僕のせいだと思ってる。君はズレてしまったんだってね」
「オレがね心臓を集めだしたのは、何も自身の心臓を喪失したからってわけじゃぁないんだよ。別に意味なんてない、ただの気紛れさぁね。最初は校長の、あのアマの命令だったんだけどね。ちなみにオレを一度殺したのは校長さね。でもって、今回も殺そうとしたんだぁよ。あわよくば君も殺っちゃえって感じだったぁね。君は危険すぐりとかうんぬんかんぬん」
「うん。そうか」
 僕は曖昧に頷いてみせた。嘘に塗り固められた真実は、果たして人なる身に見分けがつくのだろうか。全てに理由があるわけじゃない。でも人は理由をつい求めてしまう。だって安心するから。
「でも、オレはソレが悪いことだって知っている。くだらない常識で罰せられるということも判る。でも君は、それなのに君は……。オレは君の妹を殺したんだぁよ? オレは君を騙して、ぬけぬけと側に居座ろうとしたんだぁよ?」
「僕に言えることは、君と僕の出会いはズレてしまったんだ」
 多分これからも徐々にズレは酷くなる。それがどんな結末と完結を導き出すのかは知る由もない。だが、それでも僕は周囲を歪ませながら、自身を保つため自分は空っぽになって生きていく。
 歪曲の中心は、僕自身なんだから。
 全てが一から十まで、狂う。
 ズレる。
 何もかも。自身でさえ。
 僕の世界と、真偽の世界。
 色も、音も、感触も、
 一つの重なってないのかもしれない。
 本当はいつ二人は出会ったのか。
 ふと疑問に思った。
 真偽がどうして僕に人目で惚れてしまったのか、という所に着眼すれば、多分間違いなく、それは想い違いか、或いは防衛本能だろうか。だって僕に対して一番に感じるべき感情は――
 結局この物語の意味は何だったのか。
 騙ったところで価値は皆無。
 黙って噤んで、目を瞑り、鼓膜を切り裂き、脊髄を凍らせる。
 僕は拒絶も許容もなく、中庸ですらなく、ただ有ることさえできないのだろうか。
「透夜君にとってオレは何なのかぁな?」
「恋人以上、親友未満。んで妹の仇だから、誰にも譲れない」
「オレはね……、オレは笑って許してくれる君が怖いよ」
「秘蔵の大吟醸、飲む?」
「大好きだぁよ」



2004/04/16(Fri)18:47:39 公開 /
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■作者からのメッセージ
さっそく二作目です。実はImmortal Loveよりも前の段階の作品ですが。だいぶ感じが違うし、ちょっと言い回しが独特です。ちょっと説明がくどいと思われるかもしれません。好き勝手書いてしまったかもです。
判り難いし伝わりづらいと反省しています。
最後まで読んでいただいた方、途中で飽きた方も感想いただければ幸いです。
漢字に一応振り仮名つけてみたんですが、製作者の主観なので、そこは必要ない、むしろこっちがわからんぞ、みたいなことあると思いますがご容赦を。
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