- 『スタッカート』 作者:Laplace / 未分類 未分類
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原稿用紙約6.1枚
「留学奨励プログラムを受けると風の便りで聞いたのですが、真相は如何なのでしょう!?」
彼が教科書をマイクに見立ててきいた。
彼女は一瞬硬直したのち、
「ヒント、ダブルベース」と言った。
「ということはソフトボール関係なのですね?」
「その2、鱒」
「鱒とは川魚ですね。ソフトボールとどういう関係が――」
「その3、Cb」
「ごめん、ギブアップ」
彼はお手上げのポーズ。
彼女は勝利のため息を吐くと、
「ええ、是非、そうしてください」と言った。
「いつもの穴があるとこで?」
「うん」
二人は音楽室にいた。彼女は片手に弓を持ち、彼がコントラバスを用意するのを待っている。
「で、今日は?」
「ベートーベンの七重奏曲」
「あー、鼻から牛乳の人か」
彼女はくすっと笑うと、曲を奏で始めた。
室内に重低音が満ちる。
「――――留学」
一瞬、旋律が乱れた。
「えーっと、まずかった?」
彼は口調とは裏腹に真摯な表情で聞く。
「別にそういうことは」
彼はやや思案した後。
「ヒントのさ、CbってContrabassの略かなーと、言ってみる」
「当たり」
「うぁ、てことはダブルベースは、ベースですか?」
彼女は黙って微笑を浮かべ、彼は額に手をついてうな垂れた。
「……鱒は?」
「鱒はベース奏者が夢見る室内楽、この前聞かせた」
「ははっ、ほとんどネタバレだったわけだ」
「その4、私」
彼女は演奏の手を止めている。
「…………何処に?」
「ウィーン」
「へえ、いつ?」
「一週間後」
「そっか、おめでとう」
彼は笑顔で祝福の言葉を述べる。
「うん」
彼女もただ静にうなずく。
「一週間かー。その間は暇?」
「準備とか色々忙しいけど、暇」
「そうか、そうか……じゃ、空港で」
「うん、空港で? ……えっ? 何処か行くとかしないの?」
「して欲しいわけ?」
「特にそういうことは」
「そーいうわけで、いつも通りにいこう」
彼女は呆れのような笑顔をしていた。
――出立前、関西国際空港。
「いってきます」
「いってらっしゃい。じゃなくて、ちょっと」
彼が彼女に手招きをする。
彼女は少し首を傾げて「何?」という顔で近づいてきた。
彼は彼女の両肩をがしっと掴んで、
「さきに言っとく、ごめん」
唇を奪った。
「…………っ!?」
彼女は驚きに目を見開きなすがままにされる。
道行く人が「ひゅーー」などと言ってはやし立てる。彼は一頻り蹂躙した後、彼女を解放した。
「――その、なんていうか、俺のファーストなんで責任とってください」
彼女は呆けている。彼は赤面中だ。
「ファー、スト、って、私も。ていうか、凄かった」
何処と無く彼女の口調がたどたどしい。
「さくらんぼで練習したからね」
「さくらんぼ……」
彼女は確かめるようにつぶやき、
「うん」と満面の笑みで、
「じゃ、いっていきます」と言って歩いていく。
「責任は?」と彼女の背中に彼が声をかけた。
彼女は手をひらひら振って、
「了解」と言った。
彼女の到着時刻は疾うに過ぎていた。彼は、まだ来ていない。彼女はロビーで独り彼を待つ。
「まだかな……」
彼女の独白は辺りの喧騒に紛れ雑然としたさまを思わせる。
「いや、本当遅いね」
「そうそう、もう何やってるんだか。約束の時とかもいつも30分は遅刻して……」
「本人は悪いと思ってると思うよ」
「どうだか」
どちらからともなく失笑が漏れる。
彼女は後ろに振り向いて、
「ただいま」と言った。
「おかえり」
彼は以前とまったく変わらない出で立ちで立っている。
「変わってないね」
「まーね」
彼女は「はい」と言って荷物を差し出す。
「遅刻者には罰です」
彼は彼女の目が笑ってない笑みを見て、渋々ながらも受け取った。当然、彼の両手は塞がる。
彼女は彼の両肩をがしっと掴んで、
「責任を果たしてあげます」
唇を取り返した。
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■作者からのメッセージ
彼のキス後の展開に悩んでおります。あっさり過ぎやしないかと。
短いですが、批評感想頂けますと幸いです。