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『子供の夜 大人の夢  五章』 作者:星月夜 雪渓 / 未分類 未分類
全角4817.5文字
容量9635 bytes
原稿用紙約14.5枚
四章:過去、因果、再始動。

真理:理を肯定し、更に詳しく認識した複雑化の理。また、数多くある理の中で、絶対に正しい理。生物界総てに通じる、真の理論。前者は理をつきつめたもの、後者は自然に生まれ既に浸透しているもの。


 夜、見事に静まり返ったその時。かすかに身じろぐ奇獣に近寄る影があった。酷く怯えた様子で、だが歩み寄るその影はまだ小さな女の子だった。自分のした事がどれほどのことだったのか、今ようやく悟ったような――そんな表情が月に照らされて露になる。

「……あなた…まだ生きてる?」

 村の真ん中で倒れる奇獣に、小さく声をかけた。奇獣の顔と思われるところで座り込み、その巨躯を撫でた。奇獣は視線を少女に向けるだけで、何も言わない。不安げに問う少女に向けたその視線だけで、少女は何が言いたいか分かった。まだ
生きてる、と生への執着が見て取れた。
 少女は再び問う。
――早くしなきゃ、このコ死んじゃう……!

「ねぇ、私のこと、わかる?」

 焦りながらも真実に触れないように問う。奇獣はまたも視線を向けただけだ。さっきと同じ意味の視線を。
 どこか懐かしさが感じられるこの奇獣の正体が、少女には既にわかっていた。い
や、わかっていたのだが少女は自分の中で出た答えを信じようとはしなかった。それはとても恐ろしく、また罪深い真実だったからだ。
 震えながらも、少女は三度問うた。

「――貴方…、“メリィ”……なの?」

 頷かないで、と思いながらその返答を待った。答えを出すまでの本の数十秒が少女にはどれほどの時間に感じられただろうか。そして奇獣が少女を見ると、今度は口をかすかにあけた。いや、それがほんとうに口と言えるものなのかはわからない。だが既に腐りかけた牙がかろうじて生える部分を、かすかに上下させた。それは人間で言う――『発言』だった。
 みるみるうちに少女の表情が強張っていく。自分を責めずにはいられなかった。この奇獣の正体がはっきりした。少女は涙を流す以外のことが考えられなかった。憐れみではない、れっきとした後悔と自責と嘆きの涙。

「ごめん……ごめんね――! 私がヴィオネスに嘘をつかなければ――…! ごめ
ん…ごめんね……!!」

 少女は涙を流して奇獣――メリィにほお擦りした。それでメリィが戻ってくるわけではない。ただ、ただ、謝ることしか出来ない自分に、少女は苛立ちを感じ始めていた。
 その言葉に安堵を感じたのか、奇獣は半開いていた瞼を下ろした。口らしき部分も最早動かない。屍と化した“大親友”に、少女は涙を流すばかりだ。そしてすっくと立ち上がり、家へと駆け出した。何かに怯えたような表情をして、“何か”から逃げるように走り出した。

『逃がさないよ、メリアフィート』

 夜闇に響く少年の声。月光を背に浴びて、鋭いその瞳で少女――メリアフィートを射抜く。口元に笑みを浮かべながら倒れる“奇獣”を、踏みにじった。
 
**

「――してやられたよ、全く」

 ……
 ………

**

 レオとべレジナで出会ってから一夜が明けたその日。二人は先日聞いた心当たりを訪ねることにした。まだ奇獣の屍が残るその村の住人で、幼い少女だと言うのだが――大層臆病で、人前に出ることが少ないという。
 
「……別に奇獣に精通してるわけじゃないんでしょ?」

 レオが聞く。少女の家を訪ねる途中で、ふと思ったのだろう。リリスは自分より背の小さいレオを見下ろし、答えた。

「昨日聞いた話じゃね。でも、とっても可愛くて優しい少女なんだって。――惚れ
るなよ?」

「んなッ! 誰が!」

 慌てるレオに微笑みながらリリスは目的地へと向かう。隙あらば記憶を盗もうとしている事は昨夜から分かっていることだ。
 昨夜、同じ宿にとまったのだが、レオは懲りずに忍び込んで記憶を盗もうとした。勿論リリスはお見通しで、レオをベットにしばりつけて眠るなど、お互い楽しく話してはいるが信用していない。

「メリアフィートちゃんだっけ? 前に一度奇獣を庇ったっていう…」

「らしいな。奇獣を庇うってだけで異端と結びつける村の人も短絡思考だと思うけどね」

「あの奇獣が出る前に友達が消えたんでしょ? 可哀想だけど、疑われて当然かもしれないわね」

 それで二人の会話は途切れた。村人が奇獣を移動させるために右往左往している姿が視界に入る。喧騒まがいのものが村中を包んでいるかのように朝から騒がしい。
 あ、とレオが指をさした。つられてリリスも指をさした方向を見やると、目的地であるメリアフィートの家が見えた。

「んで。あの家に住んでいるメリアフィートっていう女の子が奇獣を庇ったっていうから、今回の奇獣事件もなんらかの関係があると思った…ってことか?」

 見上げるレオをリリスは見返す。

「ええ。そうよ? 疑う者は総て見ておかなきゃね。――それが私のやり方でもあるから」

 そうか、というとレオはリリスの先を歩く。後を付いていくかのように続くと、メリアフィートの家はもうすぐそこまで近づいていた。
 周りの家からしてみれば立派な二階建て…いや、屋根裏部屋つきの家のようだ。普通よりも大きく広そうなメリアフィートの家のベルに手を掛けると、リリスの胸中に躊躇いが生じた。何か、嫌な気配がしてならなかった。その様子にレオは首を傾げたが何も言わずにただリリスを見つめるだけだった。
 この村の奇獣の屍からも同じような気配を感じたことがあった。だけど懐かしいような、一度も感じた事の無い世界のもののような、とにかく説明が出来ない、説明しようものならば必ず矛盾が生じる感覚だった。
 震える手でベルを鳴らす。
 はい、と若々しい女性の声が扉の内側から聞こえた。そしてしばらくしないうちに声の主が顔を出した。まだ十代後半だろう。綺麗な女性だった。凛とした顔が嫌でも印象に残る。

「あ、あの、メリアフィートさんはご在宅でしょうか?」

「……どちら様ですか?」

 決して嫌味などではないだろう。にっこりと笑って問うその姿にレオは見とれているようだ。

「えっと…旅のものです。私はリリス。この男の子はレオ。――メリアフィートさんに会いたくて……」

(おい、敬語間違えてねーか?)
 レオが呟く。思わず驚いた目でレオを見た。
(この際どうでもいいじゃない。私敬語苦手なのよ)
(なら最初っから普通にきいてればいいのにな……)
 うるさい、といわんばかりの視線を送ると、女性に視線を戻した。何か申し訳なさそうな表情で女性は口を開いた。そして信じられないことを、口にしたのだ。

「えっと…メリアフィートは私ですが?」

「え?」

 思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。聞いた話と、今つきつけられている現実とのギャップ。二人の脳内は一瞬で混乱を極めた。

「え――えぇ?!」

「私に何か御用が…?」

「いぇ……あの…なんでもないです!」

 何をどうしたらいいのかわからなくなり、リリスはそういうと来た道を走っていってしまった。レオも同じ様にしてリリスの後を追うと、その場に残ったのはメリアフィートと名乗る女性だけだ。にんまりと不気味な笑みを浮かべると、重々しく扉を閉めた。


――家の中から漂う、腐臭を逃がさないかのように。



五章:退去、そして真実は逃げ惑う

別世界考察:まず、『夢の世界』の概念から変えてもらわなければならない。夢を『自分自身が作り出した、自分だけの世界』ではなく『もう一つの現実』と考えてもらう。もうひとりの自分が生活している、もう一つの現実だ。眠る事であちらを覗くことができる。
 別世界に行くには『行動』と『方法』が必要である。“眠る事で夢を見ることができる”という『方法』、“眠る”という『行動』。別世界を挙げたらきりが無い。先にあげた夢の世界、“死ねば天国や地獄に行く”という『方法』、“死ぬ”という『行動』が揃って初めていける『死後の世界』、“文字を読む”という『方法』、“読む”という『行動』が揃っていける『空想の世界』(ここでは童話や小説などの本を指す)などなど……。沢山ある。
 
 上記を踏まえた上で別世界考察を述べる。
 先にあげた世界は個々に独立しており、世界と世界の区切り目は先にあげた『方
法』と『行動』が揃って初めて通ることができる。場合によっては『覚悟』もそろえなければならない事がある。例えるならば『死後の世界』は“痛み”という『覚悟』が必要だ。尋常ならざる“痛み”を受け止める『覚悟』が必要になる。――それは今は置いといて…。
 『夢の世界』と現実世界の区切り目を越える――現実世界から夢の世界へ向かうとき――眠りがパスポートのようなものとなると考える。
向こうからこちらへ帰るときのショックで夢の世界のことを忘れるのだろうと考え
る。

 つまり、あちら…別世界の区切り目を越える『方法』と『行動』さえ伴えば――時には『覚悟』も必要だが――別世界へいける、ということ。それは動物界も自然界の深くも同じことが言えるのではないだろうか。



「何よ…ッ! 立派…な成人だっ……たじゃない!」

 目一杯走った所為で二人の息は荒い。途切れ途切れに無理矢理言葉を紡いだリリスをレオはねめつけた。

「んな…こと言ったってなぁ……。村人が嘘ついてるとも…思えないしな……」

「じゃあ何? 同姓同名の別人?」

 呼吸が整って、リリスはレオを見返した。深呼吸して次第に動悸が治まるのを待った。そして言葉をちゃんと口にできるようになったのを確認すると、レオは言葉を返す。

「てことになるんだろ? ――例えば、俺らがメリアフィートさんを訪ねることが既にメリアフィートさんに漏れていたとする。んで、冗談混じりであんなことが…できるか? 無理だろうな。さて…どうしようか……」

「どうしようもこうもないでしょ。べレジナは不可解な点が多すぎて、逆に真実を掴むことが出来なくなってる。一旦離れた方がよさそうね」

 さぁ、と風が流れた。優しさや、暖かさといったものが含まれている気がした。
――それがリリスが生み出した願望なのかどうかはわからないが。
 レオは憎たらしいほどに晴れ晴れとした空を仰いで溜息をつく。奇獣がはびこるようになる気がするのは何故だろうか。こんなに綺麗な村に似合わない屍を見た所為なのだろうか。――どっちにせよ、レオには判断できない。
 逡巡してから、レオは口を開いた。

「一旦離れるって…何処へ?」

「そうねぇ。城下町に戻りましょうか。色々あって忘れてたけどあそこには資料館があるのよ。小さいけどね」

「ふぅん。そこで何調べる気?」

 言われて、リリスは指を一つずつ折り始めた。

「えっと…まず人語を話す奇獣についての過去文献、奇獣が出たってことは動物界の方に異常があるってことだから動物界のことをもう少し知識として蓄えておきたいし……。後は諸詮索室で“メリアフィート”について調べようかしらね」

 にんまりと笑ってレオを見下ろす。一方、レオは首をかしげて問い返した。

「『諸詮索室』?」

「知らない? まぁ人の過去を洗いざらい調べてくれるところ。秘密絶対厳守ってところなんだけど…その存在自体が矛盾してるものよ」

 それだけいってリリスはレオの先を歩き始めた。目指す先はリリスがべレジナに来る前にいた城下町。今から行けば昼ごろまでには間に合うだろう。
 雲がゆっくりと流れていく。それを後押しするように風が吹いて、通っていく人々の髪を掬い上げた。べレジナへ向かう人々が多々いる。さまざまな表情で、見てて飽きないな、とりリスは思った。勿論、そんなことを考えながらもレオへの警戒は忘れない。

「なんかいやな予感がするんだよなー…」

 レオのそんな呟きは、誰も聞かない。
 そしてそれは、後に予言と化す。




2004/04/25(Sun)19:29:32 公開 / 星月夜 雪渓
■この作品の著作権は星月夜 雪渓さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
タイトル間違えたかな?(オイ とおもいつつ久しぶりの投稿です。なんだかそうしているうちに前の分が消えてしまったようなので、また新規で続きを載せる事にしました。違反でしたらすみません;;

前回までのあらすじ(?)を此処に載せておきます。こんな小説ですが、読んで下さってありがとうございます。感想、批評などをお待ちしております。
*****
 理を解する者――<理解者>。理解者であるリリスはべレジナに出現したという、『人語を解する奇獣』を見に行く途中死刑囚レオに出会う。レオは記憶をプレートとして盗み、記憶を捏造する技の持ち主。だが、リリスに施した捏造が失敗し、「死刑囚だということをばらされたくなければついてこい」とリリスに脅迫され、例の奇獣が出たという村、べレジナへ。
 一方、『万物』と名乗るヴィオネスと名前を共有したメリアフィートは恐ろしさのあまり共有するとき思わず友人の名前『ベリィ』を使ってしまう。その結果例の奇獣になり……。
*****
 …て感じです。
*少し訂正しました。
 
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