- 『どこかの世界の中で 1〜3(終)』 作者:藤崎 / 未分類 未分類
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全角8774.5文字
容量17549 bytes
原稿用紙約32.85枚
1
直接の理由はなんだったか覚えていない。
ただその瞬間、少女の頭の中の“何か”が音をたてて切れたのだ。
それは、長い時間の積み重ね。
大体、この学校の入試を受けると決めたところから、その不満は蓄積されていたのだ。
なんとなく周りに流されて、入試を受けることにしてしまった自分。
高校に行きたいという強い希望があるわけでもなく、かといって就職という道は自分にはない。
どうすればいいのか分からずに、少女はこの学校を受験した。
無事合格したものの、慣れない環境は少女にとって、ストレスそのものだった。
知り合いの少ない、勉強中心の進学校。
学校の建つ場所は街から外れ、初詣の時くらいしか賑わうことのない大きな神社の近く。
彼女が望んだものは、こんな窮屈な環境ではなく、悠々と自分を出すことのできる、恵まれたそれだった。
ただ、楽しくやりたかっただけなのだ。
自分に無理をすることなく、今までと同じように。
だがそれは、叶わなかった。
少女は決して、内気なわけではない。
気取っているわけでも、お高く留まっているわけでもなかった。
だがしかし。
周囲の生徒は、彼女に違うものを感じたのだ。
少女は美しかった。
漆黒の髪、大きな瞳、長くカールした睫毛、整った輪郭。
そして少女はそれを知っていた。
自分の容姿が恵まれているということを。
だが、だからどうしたというわけではない。
自分の美しさに気付いていないような演技もしなかった。
かと言って、鼻にかけることもしなかった。
ただ、知っていただけだった。
少女は頭が良かった。
勉強ができるという意味ではなく(もちろん勉強もできたが)、生きるうえで、頭が良かったのだ。
そしてそれを、彼女は知っていた。自分の頭がいい事を。
成人すれば、それは大きな力となったことだろう。
自分のもっているものを知っているというのは、時として無敵の力となる。
だが、不幸にも。
彼女の周りにいたのは幼子だった。
たかだか十数年しか生きていない、それなのに自分の周りに在るものが世界の全てだと思っている、少年少女達だった。
そして彼らは驕(おご)っていた。
自分こそが、世界の中心にいるのだと。
制服姿の少女は、校舎の屋上に立っていた。
黒い瞳は、黒い一日の終わりを静かに告げる、真っ赤な球体を見つめていた。
飛び降りれば、間違いなく怪我をするであろう高さ。
下手をすれば……死ぬ確率さえ高くなる高さ。
少女は見つめていた。
夕日により、紅く染められた世界を。
オレンジ色の光の中に存在する、誰もいないグラウンドを。
そして想像する。
この世界を一層彩る、自分の血色を。
長く伸ばした髪がばらばらと散り、朱色の空間に投げ出される、無防備な自分の姿を。
さぞかし絵になることだろう……などと、他人行儀な考えと共に。
恵まれた容姿や頭脳があれば、その人がしあわせになるわけではない。
それは、彼女がそれを生まれ持ったがために用意された環境だった。
そう考えれば、彼女は不幸だ。
根拠のない、無意味な敵意。
それは伝染するものらしく、日に日に量は多くなる。
頭のいい人間は、自分に向けられた感情が手に取るようにわかるものだ。
だから少女は、それに気付かずにはいられなかった。
加えて、繊細な子だった。
だから、耐えられなかった。
いくら頭が良くても、結局は少女。
自分を守るすべを知っていても、それを実行するのには大きな勇気と体力がいる。
もういいやと、自暴自棄になる自分に気付く少女。
彼女はわらう。
嘲笑に近い笑み。
嘲(あざけっ)ているのは自分なのか、それとも子供すぎる学校の生徒達なのか。
もはや彼女の中に、考えるという思考は存在しない。
もう、いいや。
ふわり、と。
少女の体と制服が、中に舞おうとしたその瞬間。
バタン……
屋上へ通じる扉が、勢いよく開かれる。
「………」
「………」
両の手を後ろの金網にかけていた少女は振り返る。
屋上へ現れたのもまた、少女だった。
背中の真ん中辺りまで伸びた、ウエーブがかった亜麻色の髪。
秋だというのに、キャミソールを着てその上に、薄い半そでを羽織っているという出で立ち。
さわやかな色のスカート。
屋上の少女二人は、秋の風に吹かれていた。
亜麻髪の少女は、黒髪の少女よりも年上に見える。
黒髪の少女を見ても、大して驚く様子を見せず。
逆に、黒髪の少女のほうが驚いているようだった。
「………」
「………」
二人は暫し、見つめあう。
そして、先に動きを見せたのは、亜麻髪の少女のほうだった。
彼女は手にした文庫本を開き、閉められたドアに寄りかかって読み始めた。
「………」
唖然とする黒髪の少女。
二人の間を、相変わらず風が吹きぬける。
黒髪の少女は、ぼんやりともう一人の少女を見つめていた。
「死ぬの?」
黒髪の少女を見ることもせず、亜麻髪の少女は言った。
目は、本の文章を追っている。
「………」
「死ぬ気がないのなら、そんな風に誰かが止めてくれるのを未練たらしく待っているのは止めたら?」
冷静な声が呟く。
その言葉は、黒髪の少女に向けれらているようでもあり、また独り言のようでもあった。
「………」
ぐっと詰まる黒髪の少女。
わたしは……、誰かに止めて欲しかったの?
自答自問。
答える声はない。
「そうやって、迷ってること自体が“誰かが助けてくれる”っていう甘えなのよ」
容赦なく、亜麻髪の少女は呟く。
「死にたいと本気で思ってるわけじゃないのよ、あなたは」
「………」
少女二人の髪を、秋風が撫でていく。
真っ赤な球体は、地平線に吸い込まれようとしている。
オレンジと紺のグラデーションは、すでに出来上がっていた。
座り込み、本を読む少女。
金網の向こうから、彼女を見守る黒髪の少女。
「あなたが死のうが死にまいが、あたしには全く関係ないことだから、勘違いしないでね。あたしは別に、あなたに生きて欲しいわけじゃない。でも、死んで欲しいわけでもない。……あたしには、関係のないことなの」
静かな空間だった。
亜麻髪の少女の意識は、黒髪の少女に注がれていない。
彼女は一体、何をしにこの場へ来たのだろか。
「わたしは……」
黒髪の少女が口を開く。
だが、亜麻髪の少女は全く反応しない。
血色で彩るに、絶好の色だったその世界はただ薄れ……。
少女は、力が向けたように座り込む。
「わたしは……」
風の中に、黒髪の少女の声が消えてゆく。
2
うずくまった黒髪の少女。
側にいるのは、読書に精を出す、亜麻髪の少女。
二人の関係はなんだろうか。
偶然に出会った赤の他人には変わりないのだが、彼女達の間には暗黙の了解のようなものが流れていた。
初めて顔を合わせた二人にもかかわらず、だ。
「……帰るところが、ないの」
コンクリートに吸い込まれそうなささやきは、亜麻髪の少女の耳に届く。
「………」
そしておもむろに立ち上がり、亜麻髪の少女は口を開く。
「なら、ウチに来れば?」
何故自分がこんなことを続けているのか、少女には分からない。
その家は、海を背景に建っていた。
今は朱色に染まった海が、白い建物をより際立たせている。
亜麻髪の少女は、入っていった。
黒髪の少女も、彼女に続く。
整えられた庭、秋の花々が、夜に向かって花びらを閉じようとしていた。
表札を見なかったことに気付く。
大体、そんなものが掛かっていただろうか?
何一つ言葉を交わすことなく、彼女達は歩いてきた。
黒髪の少女は亜麻髪の少女について来ただけなので、ここまでの道は分からない。
正直言って、ここがどこなのかも分からない。
だが、死のうとしていた自分だ。
どうなっても構わなかった。
まだ、生きたいと思ってるわけではない。
なのに何故、彼女について来たのかと問われても困るが。
そして目の前を歩くのは、少女。
危害を加えられる心配はないと思った。
玄関の扉を開け、家の中に消えていく亜麻色の髪。
黒髪の少女は少し戸惑った後、やはり彼女のあとに続いた。
薄暗い玄関。
そこに在るのは、二人の少女の靴だけだった。
他には、誰も住んでいないのだろうか。
少しだけ、黒髪の少女は鳥肌を立てる。それが寒いからなのか、何かわからない恐怖を覚えたからなのかは、少女には分からない。
亜麻髪の少女が電気のスイッチを入れる。
浮かび上がる階段。
そして少女は上って行く。
黒髪の少女はそれに続く。
不思議と、匂いのしない家だった。
普通人間が住む家には、生活の合間に発生する、その家独特のにおいというのもが存在する。
ところがこの家にはそれがない。
ぽっかりと、虚無が口を開けているようだった。
「こっちよ」
二階に着いたらしい亜麻髪の少女は、階段を登り途中の黒髪の少女に声をかける。
慌てて上る少女。
廊下がある。
北側にドアが並んでいる。
亜麻髪の少女は、その扉の一番奥の前で立ち止まる。
コンコン
小さなノック。
黒髪の少女には返事が聞こえなかったが、亜麻髪の少女は遠慮なく取っ手を引いた。
部屋に入った少女を見たが、黒髪の少女は後に続かない。
「なにしてるの」
そのうち、少女が顔を出す。
「早くいらっしゃい」
「………」
黒髪の少女は歩み出す。
そして微かに緊張する。
誰もいない部屋を相手に、誰がノックなどするだろうか。
あの部屋の中には、誰かがいる。
黒髪の少女は、それを恐れている自分に気がついた。
十歩も歩けば着く距離。
だが、その廊下は長く感じられた。
黒髪の少女にとってはもちろんだが、亜麻髪の少女も同じように感じている。
スローモーションのような彼女の動きに、微かな苛立ちを隠した視線を送る。
目の前にたった黒髪の少女に一瞥をくれ、部屋に入るよう促す。
「………」
沈黙の空間。
奥にはパイプベッド、向かって右には本棚、その隣には机。
左側にはクローゼットがあり、他には兄もない部屋。
そしてそこには、少女と同じ漆黒の髪をした少年が――いや、青年が――ベッドに寄りかかるようにして座っていた。
端整な顔立ち。
片膝を立て、その上に片腕。
少女を見上げる瞳は、茶色がかった黒。
「こんにちは」
低い、心地いい声。
「こんにち……は……」
恐る恐る挨拶する、黒髪の少女。
感じていた不安を忘れるほどに、目の前の青年は整った顔をしていた。
美しいのとは、少し違う。
「じゃぁ、あたし下にいるから」
「あぁ。ありがと姉さん」
その言葉で、後ろに人がいたことを思い出す少女。
気付いて振り返ったときには、亜麻髪の少女はドアを閉めて出て行くところだった。
「姉……さん……?」
「そう。彼女は俺の姉」
「………」
その言葉に、とてつもない愛おしさと、どうしようもない憎しみがこもっているように感じたのは……気のせいだろうか。
「まぁ、座ったら?」
指し示す先は、フローリングの床の上。
「床暖房」
笑う青年。
その場にそっと腰を下ろす、黒髪の少女。
「そんなに警戒しないで……って、無理か」
言われて気がついたのだが、この部屋にいるのは、彼と少女だけ。
だが下には姉、ヘタなことはできまい。
「あの……」
自分が何故こういう状況に立たされているのか分からない少女。
さっきまで死のうとしていたのが、……まるで幻のようだった。
自分の想像を、現実の事として記憶にとどめる。
そんな感じ。
「俺はかいり。こういう字」
少女の不安に気付くはずもなく、青年は机の上のペンを取り、さらさらと丁寧な字を滑らせる。
櫂裡。
「あんたは?」
「あ、……なつき、です……」
渡されたペンを握り、櫂裡と名乗った青年の文字の隣に自分の文字を滑らせる。
夏樹。
「で?」
「で? ……って」
ワケが分からず、問い返す。
「あんたも、死のうとしてたんだろ? 理由は?」
「…………」
あっけらかんとしたその態度に、少女は戸惑いを隠せない。
亜麻髪の少女が言ったのだろうか。
「あの……その前に」
「ん? 何か訊きたい事がある?」
「はい……」
「いいよ。でもこちらもその前に。……いい?」
言って、タバコを取り出した。
「はぁ、どうぞ」
慣れた手つき。
取り出したタバコを口に銜え、ジッポで火をつける。
二本の指に挟まれたタバコ。
どこか遠い目。
口から灰色の煙。
空気に溶けていくそれ。
夏樹は、全てをぼんやりと見つめていた。
整った顔立ちの人がタバコを吸うのは何故かとても綺麗に見える。
見ていて、気持ちいい。
見とれる夏樹に、櫂裡はおもしろそうな笑顔を向ける。
「吸ってみたい?」
意地悪げな顔。
「………」
少女は少しの間黙りこくった。
そして。
「冗談だよ」
「欲しいです」
笑った顔は、スッと引っ込む。
「ほんとに?」
「はい」
「でも、吸ったことないだろ?」
「………」
でも何故か、吸ってみたいのだ。
「夏樹さん、いくつ?」
「十五」
「未成年め」
言いつつも、櫂裡はタバコを取り出す。
「櫂裡さんは、おいくつなんですか?」
「俺? いくつに見える?」
手渡された細長いものを手に、夏樹は答える。
「ん〜……二十歳くらい?」
「うん、いい線いってる」
「と言うと?」
「十九」
ジッポの、音。
「自分だって未成年じゃないですか」
「まぁ、事実上はね」
「……?」
火のついたタバコ。
少女にとっては、初体験だった。
口に銜えて、息を吸う。
(!?)
「………げほっ……っ…ごほっ……こほっ……っ……」
肺に入ってきた煙に、苦しいほどにむせ返る少女。
「俺も最初はそうだったよ。そして旨くもなんともない」
少女を目に、すぱすぱと吸う青年。
「……ごほっ……確かに、おいしいものじゃないですね」
どうにか立て直した少女は、それでも呟くのがやっと。
口の中が煙たい。ただ、それだけだった。
「気が済んだ?」
「………」
青年は、灰皿に灰を落とす。
少女は困ったように灰皿の淵にタバコを置く。
「いいよ、旨くなかったんだろ?」
青年は少女の手からそれを取り、すりつぶすように灰皿に押し付けた。
「寒い?」
「……大丈夫です」
正直に答える少女。
「…………」
暫しの沈黙。
長い黒髪が、窓から入る夕陽に照らされ、薄く輝く。
そして同じく夕陽に反射され光るのは、少女の涙だった。
「……っ……」
青年は黙って見守り続けた。
「……っ………、っ……」
少女は涙を流し続ける。
しょっぱい液体が、彼女の頬をつたう。
タバコ三本分のニコチンが青年の身体の中に納まった頃。
少女はようやく顔を上げた。
「わたし……もう嫌だって思ったんです」
真っ赤に、腫れた目。
目の前にいる人間が赤の他人だというとは、もはや彼女の頭にはなかった。
否、だからこそ、話す気になったのかもしれない。
自分の名前以外を知らない他人だから。
そしてもう二度と、会うことのない人であろうから。
「学校が……嫌で……いやで、もう……どうでもよくなって……」
「うん」
教室の中で聴こえる、コソコソした嫌な声。
自分に向けられた視線。
形には残らない、心に開く穴。
「それで……誰にも言えなくて……だって言うのは……かっこ悪いことだと思って……」
「それじゃ、今の夏樹はかっこ悪いの?」
「…………」
黙って頷く。
光が、段々小さくなっていく。
日が、
沈む。
「……俺はそうは思わないよ。今の夏樹は、きっと今までで一番いい顔してるよ」
「……っく……っ」
しゃくりあげるように、声を殺す少女。
「死のうと考えるくらいならさ、先にもっと出来ることがあるよ」
「でも……でも嫌だったんです。……誰かに、わたしのこと……わかってもらえるとは思えな……っ」
ずっと逃げていた。
怖かったのだ。
周りにいるのは、自分を理解してくれない幼子ばかりだと思っていいた。
だから、心の底では彼らをバカにしていたのかもしれない。
避けていた。
人と深く関わるのを。
怖かったのだ。
自分を知られてしまうということが。
「そんなに難しいことじゃないよ。……そうやって、声を殺してもすっきりしないからさ。大声上げて、泣くっていうのも、時には必要なんだよ」
「…………っ」
下のリビングで文庫本を読んでいた亜麻髪の少女の下に、黒髪の少女の泣き声が聞こえた。
3
死ぬっていうのはさ、俺にしてみれば、“逃げ”でしかないよ。
どんな理由があるにせよ、それは“逃げ”でしかない。
全てを放棄するわけだからね。
青年の声が、耳元で響く。
どちらか二つを目の前におかれて、どちらかを取れって言われたら、『どっちでもいい』って答える人がいる。
でもそれは、選ぶことを放棄してるから、……やっぱり逃げだと思うよ。
そりゃ、時にはそれも必要だとは思うけど、そればっかりじゃ前に進めない。
立ち止まってるだけじゃ、当然だけど進めない。
でも周りはどんどん先に進むよ。
だから、余計に辛くなる。全部が嫌になる。
だから、動かなくちゃ。
時々立ち止まってみるのも必要だけどね。
低く響く彼の声を耳元に、少女は泣いていた。
そうして涙が引っ込んだとき。
もう、何が哀しいのか分からなかった。
なにが嫌だったのか、どうして自分が死のうとしたのか、分からずにいた。
そしてただ、……死なないで良かったと、思っていた。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる少女に、青年は笑いかける。
「俺は何もしてないよ。でも、どういたしまして」
ふるふると首を拭く少女。
自分にとって泣ける場所を与えてくれた彼は、何もしてくれなかったわけがない。
玄関先。
亜麻髪の少女は来たとき以来目にしていない。
「それじゃ」
「うん。学校、楽しくなるといいな」
数十分前。
少女が気がつくと、朝日が差していた。
少女は、泣きつかれて眠ってしまった。
起きたら、朝になっていた。
青年は気付いた少女に笑いかけ、少女をここまで連れてきた。
歩く後ろ姿は、亜麻髪の少女のそれに、よく似ていた。
「はい、ありがとうございます」
「………」
少女はくるりと背を向ける。
もう、大丈夫だと思った。
そっと、肩に触れるもの。
「一歩踏み出したら、振り返らないで。見えなくなるまで、……家に着くまで振り返っちゃダメだよ」
「……はい」
答えながら、おとぎ話のようだと思った。
浦島太郎は、玉手箱をもらったっけ。
真っ直ぐに前を見つめる。
もう、大丈夫だと確信が生まれる。
空の色がこんなにも明るい。今まで知らなかったことが、次々見えてくる予感がした。
そして少女は駆け出した。
きっと輝きが広がる、自分自身の新しい世界へと。
少女が帰った後。
青年は、静かに家の中に戻る。
そして電気を消し、二回へ上がる。
自分の部屋。
窓辺に寄りかかる、亜麻髪の少女。
「姉さん」
ぴくりと反応する彼女の肩。
でも、振り向く気配はない。
「姉さん」
少しだけ歩み寄り、もう一度呼びかける青年。
だが、やはり反応がない。
「……煌(かがや)」
「………」
くるりと振り向く彼女。
「なぁに?」
青年の腕が、彼女の背に回る。
「カイ……」
短いキス。
「……ねぇ、俺なにかした?」
「……どうして……?」
「怒ってるみたいだから。……今回彼女を連れてきたのは、あなただったよね……?」
複雑な表情。
声の中に在るのは、どうしようも隠し切れずにいる愛情。
「……櫂裡が言ったこと、本当に櫂裡が思っていることなら、……あたし達も、逃げたことになるよ」
「……きこえてたのか……」
「答えになってないわ」
「俺は、嘘は言わない」
青年の腕の中で、顔を背ける少女。
「……ね、あの子……あたしにとっての櫂裡みたいな存在が、現れるといいわね」
青年の腕から離れ、少女は亜麻色の髪を翻す。
「………姉弟で?」
青年が呟く。
「…………」
「ごめん」
低い声。
よく聞けば、少女と同じ音質の声。
「恨んでる? 俺のこと」
「……そういう風に見える?」
「…………」
逆に聞き返す少女に、戸惑いを隠せずにいる青年。
彼女は苦笑する。
「あたしは……櫂裡と同じ気持ちだよ……」
腕を伸ばす。
長い指が、青年に、……触れる。
「櫂裡と一緒にいられれば……。櫂裡は違うの?」
「俺は……」
そっと少女を包み込む青年の腕。
「煌さえいれば……他に何もいらない――……」
力強い腕。
静かに、目を閉じる少女。
この身体には、あたしと同じ血が流れてる。
少女は、震える胸の内を悟られないように、青年の胸に顔をうずめた。
その家は、海を背景に建っていた。
今は空色に染まった海が、白い建物をより際立たせている。
そしてふいに、その家は揺らぐ。
まるで幻のように。
そしてゆっくりととけていく。
周りの景色に同調するように。
蒼の海にとけるように……。
窓際には、二つの影。
同じ血が流れる二人の、影。
その二つをも飲み込むように……。
その家は、周りの景色の中に溶け込んだ。
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2004/04/13(Tue)17:17:10 公開 / 藤崎
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■作者からのメッセージ
きゃーε=ヾ(;゜ロ゜)ノ 白雪苺さんの言う通り、姉です、ごめんなさい。
そんなわけでおしまいです。……中途半端だ! そんなわけあるか! と感じる方もいるでしょうが、藤崎の中では、この話はこれで終わりです。……ですが、この二人の少年少女について、詳しく書きたいなぁと思っていたり。