- 『浄化の呼び声』 作者:ティア / 未分類 未分類
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全角9018.5文字
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原稿用紙約29.05枚
――――ちゃんと見ていますか? ええ、私です。クリスティンです。あなたの母親です。
その歪んだ目は今、文字を写しているはずです。
あなたは今、笑ってますか? それとも泣いていますか? 怒っていますか喜んでいますか苦しんでいますか驚いていますか寂しいですか、恨んでますか。
しかし聞かずとも私にはわかります。だってあなたは心の無い人形なのだから。
そうでしょう?
あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは薄汚い人形 あなたは――――
手紙を破り捨てた。
毎日飽きもせず送られてくる手紙。感心します。
そして未だに意味も無く生きている私にも感心するばかりです。
……普通の少女でした。
遠い昔の話です。
その頃の私は本ではなく友達に囲まれていました。泥まみれになることを喜んでいた愚かしい日々。
その日々も長くは続きませんでした。
私の家は今にもつぶれそうな家、それに耐えられず両親は私を何の迷いもなく、心の無い研究者に売り飛ばしてしまいました。
狭い暗いトラックの荷台に押し込められた恐怖、今でも鮮明に覚えている。
「お母さん、お父さん」と何度も手を振って泣きながら叫び続けたけど、両親は私に手さえ振りませんでした。
唯一、お兄ちゃんだけがトラックを泣きながらおっかけてきました。弟が小さくなっていく姿も未だ張り付いて離れず。
それから……。
私は……。
………………。
「ギィィィィィ」
さびた扉が開く音がしました。
「よし、誰もいないな……」
忍び足でこの館に入ってくる男がいます。もちろん知らない人です。
私の耳はこの館中の全ての音を聞きます。私の目は館内全てを透視し全ての真実を写します。
その能力を「人間じゃない」と言われても否定はしません。自分自身認めたことです。
私はイスに座っているだけ。無表情で無感情で無言で全てのことを見通せます。
私の館に侵入してきた男、泥棒です。
彼は玄関近くにある金目の美術品を手当たりしだい掴み取ります。困った顔をしているのは盗むもの全てにホコリがかぶさっているからでしょう。
すきの無い身のこなしで階段をあがり、こちらへ来ます。さあ私の部屋はもうすぐです。おいでなさいおいでなさい。
「お、なんだ人いるんじゃん」
彼は私の部屋へと来ました。泥棒は始めてみましたが館の主を前にして、こんなに堂々とは普通しないでしょうね。
「かーっ、広いねこの部屋、しかも周りに本だらけ。金目の物は〜っと……」
私の目の前で部屋の広さに目をやり、ニヤニヤしながらあたりを物色し始めました。
しかし、すぐに彼の下品な笑い顔は消えかわりに疑るような顔でこちらへ近づいてきます。
「おい、お姉さん。止めないの? 見たらわかっけど俺は泥棒なんだぞ?」
それから沈黙が続きます。
「? 返事しねぇなら、本当に盗ってくからな。いいんだな」
彼は私に指を指しながらはき捨てました。
そして、私の視界で意気揚々と金品を物色し自分の懐へ納め続ける。
「じゃあな。これは冗談やシャレじゃなくマジだからな。マジ盗っていくんだからな。あとで返せって言ったって聞かねーからな」
おかしな泥棒ね。部屋の入り口で立ち止まり何度も私にしつこく迫ります。
重そうな足をようやく動かし、彼は私の部屋をあとにしました。
部屋をあとにしただけです。この館から出ていません。なぜか廊下で立ち止まりウロウロしています。
すると、彼は私の部屋へ逆戻り……全速力で走ってきました。
彼は盗んだものを、乱暴に床にたたきつけました。きっと怒っているんでしょう。
なぜ怒っているかわかりません。なぜ引き返してきたかもわかりません。
「ぶ、不気味なんだっつーの! お前なんでだ? なんで止めない?」
私は受け答えない。ただ慌てた様子の泥棒を見つめるだけ。
……不思議そうな顔で近づいてくる。
「あんた……? ? ? いや、どうみても人間だよな……。まさか息をする人形ってわけじゃあ……」
「……よく見ると、あんた美人だしちょっと失礼……」
何を思っているのか……私の胸に向かって彼は手を伸ばしてきます。
私は彼の手を叩き落とす。
「いたっ!」
驚いた表情でこちらを見直すと共に、泥棒は口元に笑みを浮かべる。
「なんだ、あんた、やっぱ生きてる人間なんじゃねーか。……ははは、そうだな……そうだよな……。なんか気が紛れた。今日は何も盗らずに引き返すとするよ」
そういって、私に背を向け軽快な歩き方で部屋を出て行こうとする。
途中、こちらを振り返りこう言った。
「明日またくるわ。何も盗めなかったからな。また明日も盗みに来るとするよ」
翌日、彼は本当にやってきた。
わからない……。単に私は人とのふれあいが少ないだけかもしれないけど。
彼の昨日の行動……一晩考えたけど答えとしては私の頭でも浮かび上がらなかった。
「あい、予告どおり盗みに来ましたよ〜」
笑顔で彼は泥棒しに来たと言った。
しかし、何を盗むわけでもなくまっすぐに私の方へ向かってくる。
「しっかし、真昼間だってのに暗い部屋だなぁ。窓もうちょっと置いたほうが良いんじゃない?」
まるで友達のような喋り方……。
「あんた、名前は?」
「ああ、悪い。普通自分から名乗るのが礼儀だよな。俺の名前はコトロ。泥棒という世間からはみ出した連中の一人なんだ」
……その後も聞きたくも無い自己紹介をはじめ、終わったと思うと「あんたの名前は?」と壊れたようにしつこく問いかけてくる。
無表情で無言、無感情。今までこんな私にここまで語りだす人なんていただろうか。
いいえ、話しかけるどころか私を不気味がり周りの人々は私を避けるばかり。
だからこそ、この館に今まで閉じこもった……。
世間からこうやって身を隠さなきゃ生きていけない。人に近づこうとすれば私の何かが傷ついていく。
「……リネア……。」
私はつぶやくように言った。
何日……何年ぶりだろう。口を開いたのは……。自分の声を忘れそうにまでなっていた。
「おっと! なんだよ、あんた喋れるのか!」
彼は驚きと共に大声で笑い飛ばした。
「俺、自分のこと、てっきり喋れない奴相手に必死こいてる男だと思っちまったじゃねえか。はははっ」
………………。
「ああ、まあ……リネアか。良い名前だな。うん。 ところでお前はいつからここに住んでんだい? 何の目的で? これだけ凄い館に一人って事はただのお嬢さんじゃないんだろ?」
この人……変。
15年……久しぶりにいらついてきた。無表情でいらつく私が人のことを変というのも何か間違っている気もします、が、彼は何を考えているのか全くわからない。
「出てって」
目と目をあわせ私は彼を離さない。
「キッツいな……じゃあ、もうすぐに帰っけど、これだけ教えてくれ。なんでアンタそんなに無表情で無愛想、無感情で無言なんだ?」
…………。
「私は……。人形。小汚い薄汚れた人形。感情なんて必要ない」
彼に言い放った後初めて気づいた。
自分を人形と認めてしまっている事に。
それまで私は否定し続けた。自分は何変わらぬ普通の人間だって事を信じ続けた。
私は人間として生まれた、人間として育てられた。少し狂っただけ……私を動かす歯車が少し……狂った……だけなのに。
そうよ、あの日違法な人体改造を私は受けた。
売り飛ばされ生きるすべを失った私は、主の意思に従うしかない。
怖い……。今でも思い出しただけで身が震える。死臭で満ちた研究室、私はそこで人として大切なもの全てを失った。
代わりに得た超身体能力、超越した頭脳……、これらにいったい何の意味が。
私は普通でありたかった。だから……。
研究所を……。私の能力で……。研究所を……。
でも、何一つ迷わず多くの血の上に立ってしまったこと……。そのときから、もしかしたら私は人間じゃないってこと……。
認めて……。
「もしもーし?」
泥棒が霞んだ目に映る。
「まあ、アンタ確かに人形みたいだ。顔立ちだけな……」
「世界にはお前よりもっと無愛想でムッサイ奴がいるもんだぜ、何一つ喋らない奴だっている。でも全員人間だ。……迷うなら自分の胸に手を当ててみな。」
……励ましているつもりなのでしょうか。ああ、一人になりたい……。 早く……帰って。
「私は死を待つ。この館と共に音も立てずに崩れ去り滅び行く存在……これ以上、私に」
「ああ! そうだわかった。 ンじゃあこの館を俺が毎日手入れしてやるよ、したらアンタ不死身だ。ハハハハッ」
……私は彼を睨み続ける。最初から最後まで同じ表情で無言のまま。
「ハハッ……。……ああ、わかってるよ、帰るぜ。今日のところは……明日も邪魔するけどな」
背を向け手を振る。私に手を振っているの?
館から彼が出て行く音がした。響く……違う、大扉のさびた音じゃない。これは私の音。
私はそっと手を胸にやった……。聞かないふりして彼の言葉、気にしてたんだ……。
鼓動……確かに今でも……。
翌日彼は来なかった。いいえ別に待ってなんか無い。
彼が再び私の家に訪れたのはそれから3日後の雨の日だった。
2つの気配、見透かせば泥棒ともう一つ小さな……。
……猫?
「よう、来たぜ! 実はな、一人じゃ寂しいと思ってさ、ちょうど捨て猫拾ったもんだからアンタ育ててくれよ」
私は相変わらず無愛想な表情をしているのだろう。目に映ったのは黒……いいえ、白猫。泥だらけな薄汚れた猫。
泥棒の手の中でやわらかい鳴き声を出している。
「ちょっとコイツ、汚れてるから綺麗に洗ってくるわ。洗面所どこだ?」
…………。
「……ああ、わかった。じゃあ、勝手に探すっから。ちょっと待っててくれ」
そういい残すと彼は部屋を出て廊下をあわただしく走り抜けた。
目を閉じると彼らを映し出すビジョンがセットされている。廊下を右に左に……。洗面所とは逆方向に進んでいる。
……どうして彼は私にかまうのだろう……。
数分後、泥棒と白猫が廊下をびしょぬれで走ってる姿が見えた。
「おい、まて! ちびねこ! まだ体拭いてないぞ!」
私の耳じゃなくても館中に聞こえるような大声で彼は猫と遊んでいるように見えた。
「はぁはぁ……おまたせ……、猫って結構すばやいもんだな……ははは」
私に言いながら彼は部屋の扉をバタンとしめた。
そして力尽きたようにその場にペタッっと座り込んだ。猫をなでながら。
「名前つけたぞ。テトラだ。いい名前だろうリネア。お前も可愛がってやれよ.。 よかったなーテトラ、お前は運がいいぞ。こんなでけー館に住めるんだ」
……だめ、本当にこの人の考えていることはわからない。
「ねえ……」
私は重く口を開いた。
本当は人と話すなんてこと、したくはないのだけれどこんな泥棒の姿など、もう一秒も見たくはない。
「私の機嫌をとっても何もでないわ……。この館の物がほしいなら全部持っていけば良い。…………お願いだから猫と一緒に……消えて」
私が言い終えると泥棒の表情は少し硬くなり彼は抱いてたそっと猫を放した。
腰を上げこちらへ一歩ずつ近づいてくる。
「はは、悪いけど帰るわけにはいかないなぁ……。あんたの事、ちょっくら調べさせてもらったからねぇ」
…………。
「アンタ、15年前、違法軍事ラボで実験台になっちまったんだろ。実験の内容は詳しく書かれてなかったけど人の心を根本から変えちまうんだってな」
「……だから、何?」
「俺はそんなかわいそうなアンタを救いたいんだ。ま、過去のことに深入りする気はねえが何で実験台なんかになったんだ?」
……それから私は自分が売り飛ばされたこと、毎日牢獄のような場所で暮らしてきたこと、そして実験のこと、なぜか思い出したくないことを全て彼に話した。なぜだろう……。自分でも……わからない。
でも、話したことで少し気が楽になった気がした。
自分の境遇を可哀想と思ってもらおうとはしない。けど、真剣に聞いてくれる泥棒さんのおかげで少し足元が軽くなった気がした。
「最初、俺と同じようなもんだったんだなぁ、アンタ」
彼は目線を中空へとやりながらボソボソと言った。
どこが同じ? あなたは泥棒というだけでいたって普通……私は……。
喉元までその言葉が出るんだけど、飲み込んでしまう。
「俺も昔、売り飛ばされた。……まあもっともアンタみたいに悲惨な場所にじゃなく金持ちのボンボンのトコに養子でな」
「んでまぁ、早くに育ててくれた両親が事故で死んで……。それから会社ついだんだけど、ヘマやらかしまくってあっというまに倒産。あれには我ながらあきれるを通り越して大笑いだったな」
……それが本当だとしたらまるで私とは違う。何もかも。
「まあ、そういうことだ。似たような生い立ちのアンタを放っておけないんだ」
……なぜだろう。
最初の私なら間違いなく迷惑と考えたことだろうけど……今はなぜかそうは思わなくなった。
「俺の考えてること、わかるか?」
わかるわけない。彼の考えなど。
少し二人の間に沈黙が続いた。その間はどこからともなく猫。テトラの鳴き声がするだけ。
私は喉元の声を搾り出す。
「……いいえ」
すると彼の硬い表情はいっぺんして笑顔になる。
「だろっ?! わかるわけねぇよ!」
……からかってるのかな。
「だって俺だって人間だからな。お前がどんなに凄い能力でどんなに凄い頭脳を持ってても他人の考えてることなんて、ぜぇぇぇったいわかるわきゃねえんだ! もちろん、俺もアンタの考えてることはよくわからん!」
強い口調で私に言った。
…………。
――――まあだからこそ人と接するのは難しいともいえるし、逆に楽しいともいえる。
――――アンタはまだ人と接する楽しさを知らないんだ。
――――だから、これから俺が毎日アンタの心のリハビリをしてあげるから毎日ココ、来るからな。
私の目は彼をとらえてはいるけど彼を写してはいない。無意識な中で彼の声だけが頭の中で回転する。
考え事をしています。彼はなぜここまで私にかまうのか。
……もしかしたら答えなんてないのかも。彼が言うように人の考えを完全に理解することは……どんな頭脳の持ち主にもできないのかも……。
1日。2日。3日。1週間。1ヶ月。
時間があっという間に過ぎていく
何かが消えていく。彼と接した時間の中で、私を縛っていた暗い何かが綺麗になっていく気がした。
私は今まで一人でいることを望んでいた。でも、それは違った……。
ただ、望んでいるフリをしていただけなのかも。本当は誰かに触れていたくて……必死だったのかも。
テトラ。そうね、この子もそう。私と同じ。
最初はまるで汚い猫だったけど、あっという間に綺麗になって。私の心もこの子と同じでどんどん洗い流されている。そんな気がします。
不思議だな、あの人。
2ヶ月が過ぎた頃、私は彼と普通に会話ができるようにまでなっていた。
いいえ、表面ではただそれだけ。相変わらずの無表情、無愛想、無感情、抜け落ちたのは無言の一つだけ。
でも、とてもうれしいと心の底から思っている。
次第に彼がやってくると自然と笑みがこぼれるまでになった。
そんな私を彼は笑ってくれる。私もそれにあわせて笑い声をあげる。
彼がいないときも猫のテトラが私に笑顔をくれる。精一杯の愛らしさで私の表情は緩んでしまう。
無表情、無愛想、無感情、全て少しずつだけど私の中から消えていった。
本当に楽しいといえる日々が続いた。ただ死を待つだけの私に笑顔をプレゼントした泥棒。
でも、楽しさを引き裂くような日はとうとう来てしまう。
その日、いつもどおり彼は私の元へやってきていつもどおり自分のことを語り始める。
たいして面白くないような内容でも自然と笑みがこぼれてくる。
しかし、突然として私の笑みは消えた。恐怖が襲ってきて表情が凍りついた。
「大変! テトラが!」
私はそう叫んでイスから立ち上がった。
しかし、イスから一歩踏み出しただけで私の足はガクンと折れその場へ倒れてしまった。
15年イスに座ったままの状態は私の足を衰えさせていた。
「おい、どうした?!」
慌てた様子で彼が私の元へ寄る。私はその体制で歯を食いしばりながら叫んだ。
「テトラ! テトラが! 早く、早く廊下に!」
彼は言われるがまま廊下へ駆け出した。
私が透視能力の目でみた先。そこにはテトラが血を吐き倒れる姿が、映っていた。
震えてるの? 私は、今、震えてるの……。
テトラを抱きかかえ部屋へと彼は戻ってきた。
もう……彼の顔つきで全てわかった気がした。
「ダメ……だった。テトラ……、……」
彼は涙を流していた。聞いたことの無い消えかけるようなか細い声、息の詰まったような声を出しながら彼は泣いていた。
彼は抱えてた猫の温もりを探すように体中をなでていた。
「冷たい……」
私の頬に冷たいものが感じられた。
なんだろう……。止められない……。この流れてくる冷たさと心の脱力感、いったい何なんだろう……。
そんな私を見て彼は泣きながらも口元に震えながら笑みを浮かべた。
「なんだ、お前……泣けるんじゃんか……」
泣く? ……私は、泣いているの。
だとしたら泣くというのは……こんなにも、辛いことなんだ……。
「はは……なんで……、なんでお前泣いてるんだ?」
私の視界はにじみ歪んでいた。泣いている。なぜ泣いている。
私は小さくわからないとつぶやいた。大粒の涙を流しながら。
「俺、わかるぞ。……お前、テトラのこと、大切だったからだよ……、俺だって、そうだからな」
ふと彼の方へ目をやり目を凝らすと、彼の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
それと同じように、彼の声もまた震えて小高い聞いたこともない声だった。
その間にも涙は私の頬を伝う。
……ああ、私も彼と同じように……、泣くことができてるんだ。
1時間後、彼の手によってテトラは土に還されたようだった。
病気だった。
ここ数日テトラの様子がおかしいのは知っていた。でも、私の部屋に入るとテトラはまるで元気なフリをしていた。
私と彼とで広い部屋に2人きり。落ち着きを取り戻した彼が沈黙を破った。
「……人間って馬鹿なんだ。目の前にある大切なものが……わからないんだ」
「失ってから、その大きさに気づいて、後悔して……泣いて……」
私は彼の言葉をイスに座りながら聞いているだけだった。
でも、初めて彼の言ってること、わかった気がする。
「でもさ、悲しみを超えられるから……強くなれるんだ。だから……」
そこで彼は口を閉じた。口は閉じても後は目で、何かを語りかけるかのように私を見つめてきた。
それから、また月日は流れ、季節が巡った。
同じ季節がまたやってきた。
あの日から私は彼から手助けをしてもらい、少しずつ少しずつ、少しずつ歩けるようになった。
まだぎこちないけど、立って歩いたのは本当に久しぶり。
今、私は歩いている。自分の力だけで。
…………。
お別れはやってきた。
「本当に……行っちゃうの?」
「ああ……、いつまでもここにいるわけにはいかねぇからな。アンタはもう強くなった、自分の足で未来を歩いていけるだろ」
「でも……、待って……。私、アナタに何も……」
すると彼は口元に笑みを浮かべ手を広げてこう言った。
「なぁに言ってんだ。アンタの笑顔と泣き顔で俺の盗賊袋はいっぱいだ。もう入りきらねえさ」
……私はそれから何も言えなくなった。いいえ、本当はもっと言いたいことがある。
だけど、言葉にできない……。
もどかしい……。私が黙って床を見つめていると、急に彼は私の手をとり、手のひらを広げ何かを手渡した。
「ホラ、このペンダント、アンタにあげるよ。なんか辛くなったらそれ見て思い出してくれな」
彼は私と目をあわせながらそう言い、彼の手でゆっくりと私の手のひらを閉じた。
「ンじゃあ、そろそろ行くわ。……別れが辛くなる」
彼は私に背を向けてそう言った。
彼はそのまま手を振った。彼に対し何のお礼もできなかったけど、私はすぐに彼の背中に向けて手を振り替えした。
扉から彼は出ると夕焼けの日と共に消えてしまった。
また、視界がにじんできた。
ああ、また泣いているのかも……。
でも、不思議……、泣いているのになぜか、うれしくて……。
チャラと音がたった。彼から渡されたペンダントの音だ。
私は手で涙を拭き、手のひらを開きペンダントを見る。
……? このペンダント。見たことある気がする……。遠い昔に、私がまだ普通の少女だった頃に。
すぐに私はペンダントのパッチを開き、はめ込まれた小さな写真を見たとたん、心臓を貫かれたかのように驚いた。
その写真にはモノクロで2人の子供が写っていた。兄と妹。楽しそうで笑顔で写っている。
……思い出した。
この写真の妹は……私だ。
そして、この写真に写った男の子。かすかにあの泥棒に面影が残っていた。
「お兄ちゃん!」
すぐにペンダントを握り締め、玄関を飛び出した。
光の洪水がいっぺんに私を襲う。16年ぶりに外の世界へと出たのだ。
最初、外の世界がまぶしくて目を開くことすらできなかったが、次第に目をうっすらと開くことができた。
しかし、視界にはあの泥棒さんの姿は無かった……。
次の日、なぜかリュックに道具を詰め込んでいる私がいた。
決心。揺ぎ無い決心が私を動かしていた。
リュックを背負って、首にペンダントをかけた私はもう一度外の世界に飛び出した。
朝日が私を包み込む。さわやかな風がそそぎ、私は自然と笑みをうかべた。
そのときには私の心の中のどす黒かったものは完全に消えていた。朝の日差しが残った黒さも全て洗い流してくれた。
私は旅にでる。
兄との再会を、祈りながら。
新しい呼び声を、聞きながら。
Fin
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■作者からのメッセージ
久しぶりの投稿です。
なにぶんさらっとしか読み返していないので誤字脱字があるかもしれません。(見つけたら修正します)
批評と感想お願いします。
しかし、自分の作品の白猫って必ず死ぬなぁ(苦笑)