- 『プラスティック・ソウル 【完全版】』 作者:小都翔人 / 未分類 未分類
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全角16001.5文字
容量32003 bytes
原稿用紙約56.15枚
”これはロックンロールではない!!大量虐殺だ!!” 〜 デヴィッド・ボウイ 『Diamond Dogs』 より 〜
第1話
− 橋倉智也 −
S署からの通報を受けた俺は、早速現場に急行した。
今朝未明、若い男性の全裸死体が、コンビニエンスストアの配送員によって発見されたのだ。
現場は繁華街のすぐ近くということもあって、人で賑わっていた。
野次馬をかきわけ、警戒ロープの側まで歩み寄る。
一人の制服警官が、俺を制止した。
「こらこら!勝手に入っちゃいかん!! 」
俺は警察手帳を取り出した。
「本庁捜査一課の橋倉だ。ホトケさんは? 」
「はっ!失礼しました、橋倉警部!どうぞこちらです!! 」
若い制服警官は慌てて敬礼すると、ロープを持ち上げて俺を通した。
若い、十代と思われる男性が、無残にも全身を血に染めて倒れていた。
鋭利な刃物で無数に刺されたらしい。
「死亡推定時刻は? 」
監察医と思われる、白衣の男性にたずねた。
「まだハッキリとは言えませんが・・・・・・、昨夜の午前1時から2時までのあいだでしょうね。 」
「死因は・・・・・・見てのとおりかな? 」
「出血多量によるショック死でしょう。どれも致命的なほど深い傷ではないのですが・・・・・・なにしろこれだけの刺し傷ですからね。 」
俺はセブンスターを取り出すと、火を点けた。
− 加納雅 −
「み・や・び・ちゃ〜ん!! 」
アタシは、急に後から声をかけられてビックリした。
振り返ると、仲良しのユリが笑顔で抱きついてきた。
「やっぱり先に来てたんだ〜!みやびちゃん早〜い!! 」
「だって最近、人が増えてきたじゃん?だから早く来て、イイ場所とらないとさ! 」
ここは新宿のとある路上。
アタシとユリは、ここで行われるストリート・ミュージシャンのライヴを毎週観にきている。
アタシはユリの事を、16歳だという事くらいしか知らない。
ユリもアタシの事は、年齢−17歳−くらいしか知らないだろう。
あくまで2人の関係は、ここで行われるライヴを通してのみの友情だ。
深く知らないだけに、とても楽しい関係・・・・・・。
少し寒いけど、ユリと話してると暖かい気分になる。ユリはバッグから缶ビールを2本取り出すと、1本をアタシにくれた。
時間は7時少し前。もうすぐ”彼”が現れる頃だ。
今夜のライヴも、きっと盛り上がる!!
− デニス・ブラッド −
男は地下鉄の駅を降りると、足早に歩き出した。
擦り切れたリーバイスに、Shottの黒皮のハーフコート。サングラスを掛けた肌は褐色だ。
肩には、大きなギターケースを提げている。
男は口笛を吹きながら、いつもの場所へと急いだ。
「寒いな・・・・・・。 」
今夜は一段と冷え込んでいる。これだけ寒い中、人は集まってくれているだろうか?
彼の名前は”デニス・ブラッド”。国籍はアメリカ合衆国だ。
幼い頃から父親の仕事の関係で、世界のあらゆるところで暮らしてきた。
この日本で生活をしていたのは、彼が13歳から15歳までの多感な頃だった。
本国での挫折。そして彼は再び来日した。
今の彼は、新宿を拠点に活動するストリート・ミュージシャンだ。
週末で人の多い新宿の街を10分ほど歩いた頃、目的の場所が見えてきた。
今夜は彼の予想以上に、多くの人が集まっている・・・・・・。
− 加納雅 −
「キャー!! 」
ユリの歓声におどろいて後を振り返ると、遠めにデニスの姿が見えた。
スラリと伸びた長い脚と腕。髪はいつものようにドレッド・ヘアを色とりどりに染めている。
「デニス〜!! 」
まわりの女の子たちが、一斉に声をあげ始めた。
アタシも心臓がドキドキしている。デニスのライブの前はいつもこうだ。
わずかに残っていたビールを、一息に飲み干した。
デニスが笑顔で手を振っている。アタシも大きく手を振り返した。
もうすぐライヴが始まろうとしている!!
第2話
− 橋倉智也 −
俺は現場捜査に当たった、S署の担当刑事に質問した。
「遺留品は何か見つかったか? 」
「いえ。ガイシャはご覧のとおり一糸纏わぬ姿で転がってましたし、周辺にも何も手がかりになりそうな物は見つかっておりません。 」
俺はガイシャをまじまじと見つめた。
全身が血にまみれているが・・・・・・美しかった。体中に刻まれた、無数の刺し傷。
しかしその顔は、まったく傷つけられていなかった。
死んでもなお、美しい少年・・・・・・。
彼を殺害した犯人とは、どんな人物であろうか?
− デニス・ブラッド −
彼は歓声に包まれながら、人ごみを割って入ってきた。
プロでもない、ストリート・ミュージシャンとしては相当な人気だ。
彼のクルーらしき若い青年たち−みな、いかにもミュージシャン志望といった格好だ−が、機材をセットする。
彼は煙草を咥えながら、ギターのチューニングを合わせていた。
今夜のセット・リストを確認する。彼のオリジナル曲を中心に、構成されている。
「デニス!OK! 」
クルーらしき若者の一人が声を掛けた。
彼はニッコリ笑って親指を立てると、咥えていた煙草の火をブーツの底でもみ消した。
「OK!Let’s Go! 」
重いギターの音色(トーン)が鳴り響いた・・・・・・。
− 大野圭吾 −
俺はデニスのサポート・メンバーだ。
デニスは最高だ!!今まで接してきたミュージシャンの中で、一番素晴らしい。
音楽的にも最高だが、人間的にも最高だ!!
とはいっても、プライヴェートの彼についてはほとんど知らないのだが・・・・・・。
俺も含めてサポート・メンバーはみな、デニスの事を尊敬している。
元々はみんな、彼のファンだったのだから。サポート・メンバーをやっているのだって、彼から頼まれたわけではない。
誰もが自然に集まってきたのだ。
それだけ彼の音楽、そして彼そのものには人を惹きつける”何か”がある。
今夜も彼のライヴに、誰もが熱狂している。
俺の見てきたライヴの中でも、今夜のパフォーマンスは最高じゃあないかな?
おっと、デニスが一息入れるところだ!!飲み物の用意をしなければ・・・・・・。
− 加納雅 −
「あ〜!ホント最高だったねぇ〜!みやびちゃん!! 」
ユリは興奮してはしゃいでいた。アタシもかなり興奮していた。
「やっぱりデニス最高!! 」
2人でコンビニに立ち寄り、缶入りのカシス・ソーダとカンパリ・オレンジを買った。
このコンビニは、未成年でも平気でアルコールを売ってくれる。
まぁ、新宿の中心地ならどこでも売ってくれると思うけど。
「カンパーイ!! 」
都庁の前の石段に腰を下ろして、アタシたちは乾杯した。
今夜のライヴは本当に最高だった。やっぱりデニスはすごいミュージシャンだ!!
しばらくユリと談笑していた。遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
サイレン音は徐々に近づいてくる。
「なにか近くであったのかなぁ? 」
ユリがアクビまじりに言った。
遠めにいたサラリーマン風の男たちが、がやがや話しながら近づいてくる。
その中の一人が、アタシたちに声をかけてきた。どう見ても酔っているようだ。
「お〜、おねえちゃんたち!!こんな時間にこんなとこ、うろついてたら危ないよ!今も物騒な事があったばかりなんだからさ!! 」
「さっきパトカーのサイレンが聞こえたけど、何かあったんですか? 」
アタシはその男にたずねてみた。
「うん。何でもさっき、中央公園でホームレスが殺されてるのが見つかったらしいよ。 」
第3話
− 痩せた白人男性 −
「はぁはぁはぁはぁはぁ・・・・・・。 」
早く手を洗わなければ。そして全身にシャワーを浴びて、この身を清めなければ。
また一人、世の中のゴミを始末してやった。汚らわしいゴミを・・・・・・。
− 加納雅 −
「こわ〜い!そういえば、この前もこの近くで人が殺されたよね〜! 」
ユリが大げさに体を震わせながら言った。
たしかに・・・・・・2週間くらい前だったかな?この近くで、アラブ系の男性が殺された事件があったっけ。
体中をメチャメチャに刺されて殺されてたって。まだあの事件の犯人も捕まってなかったな。
あの時もユリと一緒だった・・・・・・って事は、ライヴを観たあとだったんだ。
「物騒だし、寒いからそろそろ帰ろうか? 」
「うん!そうだね。みやびちゃん、またね! 」
アタシは中野のアパートに帰った。
アルバイトを掛けもちでやっての東京一人暮らし。狭いアパートだ。
それでもアタシには居心地の良い場所。両親と喧嘩して実家を飛び出してから、もうかれこれ1年近く経つ。
アタシはシャワーを浴びて体を暖めると、ベッドに横になった。
今夜のデニスのライヴを思い浮かべる。
はじめてデニスのライヴを観たのは、ちょうどアタシが東京に来て半年ほど経った頃だった。
アルバイト帰りに通りがかった路地に、人だかりが出来ていた。
気になって見にいくと、背の高い外国人ミュージシャンが歌っていた。それがデニスとの出会い。
最初、音楽的にはそれほど興味がわかなかった。
演奏を終えたデニスが、ふと、曲間に話したこと。それがきっかけだったのだろう。
彼は”かつての自分は虐げられていた”といった内容の話しをした。それで日本に来たのだと・・・・・・。
彼の、黒い肌のせいだったのかもしれない。それ以上は、教えてくれなかったけど。
アタシもかつては、いじめられっ子だった。
中学生の頃、クラスの大勢の男の子たちにからかわれた。制服を脱がされかけた事もある。
女の子たちはみんな、ただただ笑っていた。誰も助けてくれなかった。
アタシが、変わった子だったからかもしれない。
両親もアタシが幼い頃は優しかったが、だんだん成長するにつれて冷たくなっていった。
両親のあいだにも、諍いがあったのかもしれない。寂しい家庭だった。
一人っ子だったアタシは、中学を卒業すると同時に家を飛び出したのだ・・・・・・。
− 痩せた白人男性 −
世の中で最も優れた人種は白人だ!!
俺は、その中でも神に選ばれた絶対的な男だ!!
人間にふさわしくないモノたち、それを始末する権利があたえられている。
神が俺に与えた力。
俺はこれからも害虫駆除を続ける。そう、俺はエクスターミネーターだ!!
黒人も黄色人種も、みんなぶっ殺してやる!!
− 大野圭吾 −
デニスのライヴがおわって、俺たちはみんなで打ち上げに繰り出した。
行きつけの居酒屋だ。・・・・・・デニスは今回も来てくれなかったが。
みんな盛り上がって、楽しかった!
来週末もまた、デニスのライヴがある。
それまで頑張って、アルバイト、アルバイト!!おっと!ギターの練習もしなきゃな!
明日の夜もたしか、昔のバンド仲間と飲み会だ。昼はバイトだから、練習はできないか・・・・・・。
よし!ちょっと疲れてるけど、今夜は明け方までアコースティック・ギター弾きながら、デニスばりに路上ライヴでもやったるか!!
俺だって、ちょっとしたテクニシャンなんだぜ!!
第4話
− 橋倉智也 −
鑑識の結果、被害者の若い男性の右手から、被害者の物ではない毛髪が発見された。
それ以外にわかった事といえば、この遺体が死後、この場所に運ばれてきたという事。
死因は出血多量によるショック死である事。
凶器は刃渡り15cm程度の、鋭利な刃物であると思われる事。
刺し傷は、全部で16箇所であった事。
刺されていた個所は、胸部、腹部、背部、右腕、右大腿部であった事。
年齢は推定で15歳から20歳くらいまでである事。
生前の身長は164cm前後。体重はおよそ48kg前後である事。
「男としては小柄で、かなりの細身だったようだな・・・・・・。 」
俺は報告書を読みながら、つぶやいた。
ここ一連の”新宿連続殺人事件”と同一人物による犯行であろうか?確かに手口は似ている。
今までの被害者は、フィリピン人女性、イラン人男性、日本人の男性浮浪者、若い日本人男性・・・・・・。
なにか規則性があるのか?ただ無作為に、被害者を選んでいるのか?行き当たりばったりの通り魔か?
俺は所轄の刑事たちとともに、被害者の身元割り出しに全力を注いだ。
− 痩せた白人男性 −
今夜の俺の心は、まだ猛り狂っている。
このままではおさまりそうもない。
シャワーで汚れた”物”を洗い流したばかりだが、まだこの時間でも腐った虫どもが、街を我がもの顔で闊歩しているかと思うと・・・・・・。
神の声が聞こえてくる!!
『薄汚れた害虫を排除せよ!!』
− 加納雅 −
なかなか寝付かれなかった。ライヴの興奮が残っているからかな?
明日のバイトは何時からだっけ?
アタシはベッドから起き上がると、バッグの中から手帳を取り出した。
手帳をパラパラめくって、今週のアルバイト表を見る。
「あ!アタシ、明日は休みだったんだ。 」
なんとなく脱力した。これなら何も、無理に眠ることはない。
アタシはパジャマの上に薄手のコートを羽織ると、テレビの前に座った。
パチパチとチャンネルを変える。・・・・・・面白い番組はないみたい。
「こんなときには、外の空気を吸いに行こう!いや!いっそ賑やかなところに行ってみよう! 」
アタシは思い立つと、急いで服を着替えはじめた。
髪をセットし簡単にメイクをすませると、アパートの下に留めてある自転車に飛び乗った。
ふたたび新宿へと向かって・・・・・・。
− 大野圭吾 −
「う〜、寒い! 」
俺はだんだん、寒さと眠気におそわれてきた。
せっかくのストリート・ライヴだったが、もう聴いている人は誰もいない。
「まぁ、この寒さにこの時間じゃあしゃあないかな! 」
ライヴをはじめたばかりの時間に、女の子の三人組がくれた缶コーヒーは、もう凍らんばかりに冷たくなっていた。
俺はギターをケースにおさめると、上着をひっかけた。
「帰るべ帰るべ! 」
新宿なら、繁華街の中心に行けばタクシーが止まっている。
まぁ俺の家は早稲田だから、歩いて帰ったって良いわけだけど。
ポケットからマルボロを取り出し、火を点けた。その時、俺の事をじっと見つめている白人の男に気が付いた・・・・・・。
− 痩せた白人男性 −
こんなところに”騒音”を発する、薄汚い虫がいやがった。
見るのも汚らわしいが、世界のためだ。神の声は絶対だ!!
俺が駆除してやろう・・・・・・。
第5話
− 加納雅 −
自転車に乗りながら、頬に当たる風はとても冷たかった。
中野から新宿までは、自転車を使えばそう長い距離ではない。
アタシは東京に来て一人暮らしをはじめたばかりの頃、すぐにノイローゼになった。
理由はわからない。急な環境の変化に体が、そして精神がついていけなかったのかもしれない。
毎日、自分が死ぬことばかりを考えて、実際に死んでしまいそうで・・・・・・怖かった。
それが新宿という街で働き、新宿という街で過ごすようになってからピタリと治ってしまった。
この街にはいろいろな人たちがいる。
水商売の人、風俗関係の人、キャッチの人、外国人、そして・・・・・・あまり大きな声では言えない人・・・・・・。
誰かと親しくなっても、必要以上にお互いの事を干渉しないですむ街。本当の自分をさらけ出す必要もない。
この”新宿”という街にいると、とてもラクなのだ。何かをしていても、何もしていなくても精神的にラクなのだ。
新宿に着いたアタシは、歌舞伎町を迂回して人気のない雑居ビルの裏手を目指した。
いつも自転車を留めておく場所だ。あまり人通りの多いところには、置かないことにしている。
以前、盗まれたり壊されたりした事があるからだ。
− 大野圭吾 −
俺の事を見ていた白人の男は、微笑みながらゆっくりと近づいてきた。
アメリカ映画で観るような、とても親近感をおぼえるような笑顔だ。
「少しだけ見ていたけど、なかなか良い演奏だった。 」
俺はその外人が、日本語を流暢に話せる事に少しおどろいた。
「ど、どーも。 」
俺が答えると、大きな手で握手を求めてくる。俺はその手を握り返した。ひんやりと冷たい手だった。
「もう、今夜の演奏はおしまいかな? 」
「ええ。ご覧のとおり、あなたの他に誰もいませんし。だいぶ寒くなってきましたしね。 」
白人の男は、大げさに残念そうな身振りをして見せた。
「そいつは残念だ。個人的に、とても興味があったんだが・・・・・・。 」
俺は笑いながら問い掛けた。
「こういう音楽がお好きなんですね。今まで、そんなに誉められた事ないから・・・・・・。 」
白人の男は、真顔になって切り出した。
「私は、音楽ビジネスで働く人間だからね。良い音を聴きわける、自分の耳には自信があるつもりだ。 」
俺は、少なからず動揺した。
「そんなに、俺の音楽も悪くないって事ですかね? 」
「もちろんだ!まだまだ荒削りだが、磨けば光り輝くセンスを持っているよ! 」
俺はすっかり、寒さなど感じなくなっていた。男の言葉が、俺を興奮させていたのだ。
「もう今夜は帰るのかな? 」
「あ、ええ。そろそろ切り上げるつもりだったんですけど・・・・・・。 」
俺は何かを期待していた。白人の男は、少し考えるように顎をなでてからこう言った。
「少し、君の音楽について話さないかな?わたしが奢るよ。 」
− 痩せた白人男性 −
あいかわらず、馬鹿な国民だ。
この国の人間は、外国人に誉められると何でも信じてしまう。
この男に神の鉄槌を!!
− 大野圭吾 −
白人の男に連れられて、もうだいぶ歩いたところだ。
てっきり飲食店の多い、歌舞伎町や三丁目あたりに繰り出すのかと思っていたが違うらしい。
もしかしたら、行きつけの隠れ家的なバーでもあるのだろうか?
男は黙ったまま、黙々と歩いて行く。俺も黙ってついていく。
しばらく歩いた。もうすっかり、人通りの無い路地裏に着いていた。
俺は急に尿意をもよおした。男を呼び止める。
「ちょっとすいません!トイレに行きたくなっちゃって! 」
男は振り返ると、睨みつけるような表情を見せてこう言った。
「もうすぐ着くが、それまで我慢できんかね? 」
俺はなんとなく、不安な気分に襲われた。今夜はこのまま、帰ったほうが良いのでは?
「あ、いや!どうせ誰も見てないから、そこのビルの裏で失礼しちゃいますよ! 」
俺は雑居ビルにはさまれた狭い路地で、ビルの壁にむかって用を足した。
「!!! 」
背中に鋭い痛みを覚えた。今まで味わったことの無い、鋭く冷たい痛み。
「おぉぉ・・・・・・ぐっ!! 」
また、別の個所に激痛が走る。今度は先ほどよりも、ハッキリとした感覚が脳に伝わった。
「ぅぅぅ・・・・・・ごほっ!! 」
俺は背後を振り返った。目の前に、白人の男の狂気に歪んだ顔があった・・・・・・。
− 加納雅 −
自転車を留めて鍵をかけたとき、何か物音が聞こえた。
誰か、人のうめき声のようだった。酔っ払いかな?
自転車を置いて歩き出そうとしたとき、また先ほどと同じようなうめき声が聞こえた。
それに続いて、ドサリという何かが倒れるような音も。
アタシは気になって、音のしたほうに歩いていった。どうせ酔っ払いが寝込んでしまったのだろう。
でもこの寒さでは、朝までに凍死してしまうかもしれない。
雑居ビル隣接する、せまい路地だった。
「あ!! 」
なにか、人間のような物が倒れている。そして、細かく震えていた。
そしてその側に、背の高い男が立っていた。アタシに気が付いたらしい、こちらを振り向いた。
白人の男だ。目が合った!!
アタシは慌てて駆け出すと、急いで自転車の鍵を外して飛び乗った・・・・・・。
第6話
− 痩せた白人男性 −
見られた?逃げられた?誰だあいつは!!
− 加納雅 −
「はぁはぁはぁはぁはぁ・・・・・・。 」
ようやく家にたどり着いた。途中、あやうく車と接触しそうになった。
アタシは部屋に入ると、服も脱がずにベッドにもぐり込んだ。
さっきのは何!?人殺し!?倒れていた人、死んだのかな!?
どうしてアタシ、警察に通報しないんだろう・・・・・・。
でも、ただの喧嘩だったのかも。倒れてた人も、怪我をしただけかもしれない。
それに、もしかしたら暴力団関係のいざこざだった可能性だって・・・・・・。新宿だし。
だとしたら、そんな事に余計な首をつっこみたくない。
体が震えている。何にそんなに震えているのか、アタシにはわかっている。
あの、倒れてた人の側に立ってた外国人。あの人の顔・・・・・・あんな表情する人を、いままで見たことが無い!!
こ、怖い・・・・・・。
− 痩せた白人男性 −
・・・・・・とりあえず、ゴミの始末は済んだ。ああ、頭にまたあの”ノイズ”が響いてきた。
早く家に帰らなければ・・・・・・。体を水で洗い清めて・・・・・・そして・・・・・・。
− 加納雅 −
数日が経った。
アタシはあの後、警察にも通報しなかったし誰にも話さなかった。
新聞やテレビニュースを見たけど、なにもあの夜に関係ありそうな事件は出てこなかった。
やっぱりただの喧嘩だったんだ。倒れてた人も、怪我をしただけだったんだ。
暗くてよく見えなかったけど・・・・・・よく見えたのは、あの外国人の顔・・・・・・。
あの顔だけは、今も忘れられない。ゾっとするような目・・・・・・。
プルルルルルル・・・・・・。
バイト中に、携帯が鳴った。
アタシはちょっとトイレに行くふりをして、ロッカールームに入ると、電話に出た。
「もしもし。 」
「あ〜、みやびちゃ〜ん!今バイトぉ? 」
ユリからだった。
「うん。バイト中なんだけど、ちょっとだけなら大丈夫。なに? 」
「今週の金曜日も、デニスのライヴ行くでしょ? 」
「う、うん。 」
アタシは、はっきりしない返事をした。デニスのライヴには行きたかったが、なんとなく新宿に行く事がためらわれた。
「ユリも行くんだけどさ〜!そういえば知ってる? 」
「なにを? 」
「大野くん、行方不明なんだってさ! 」
「大野くん? 」
「うん!ほら!デニスのサポートやってた、元気のイイ子! 」
思い出した。何度か話しをした事もある。
たしかミュージシャン志望で、自分でもたまに路上ライヴをやるって言ってた。
「行方不明? 」
「うん。他のサポートやってる友達から聞いたんだけど、この前のデニスのライヴの後から全然連絡が取れないんだって! 」
アタシはなんとなく胸騒ぎがした。理由はわからなかったけど・・・・・・。
「でも、デニスのライヴはやるんだよね? 」
「うん!それは大丈夫みたい。・・・・・・まぁ大野くんって、前にもたまにフラっと旅に出ちゃった事とかあるみたいだし、
他の子たちもあんまり心配はしてなかったみたい。 」
アタシは電話を切ると、バイトに戻った。
− デニス・ブラッド −
彼はギターをケースに納めると、バスルームでシャワーを浴びた。
シャワーを全身に浴びながら、先週のライヴ内容を思い出す。
今夜は先週以上のパフォーマンスを見せるつもりだ。セット・リストを頭の中で整理する。
彼の唇から、かすかに口笛のメロディーが流れる。
午後5時40分。
あと1時間と少しで、ライヴ開演だ!!
あの子は今夜も、来てくれるだろうか?
彼はシャワーを浴び終わると、クローゼットから今夜の衣装を引っ張り出した。
第7話
− 橋倉智也 −
数日間の捜査の甲斐なく、我々は犯人逮捕に繋がる手がかりも、被害者の身元すらも見つける事ができなかった。
被害者の少年の手に握られていた1本の毛髪・・・・・・それこそが唯一、救いの糸のように思われた。
その毛髪には、明らかな特徴があったのだ。
白みがかった金髪。人工的に着色された物ではない。
明らかに外国人の、白人男性の毛髪であるという調査結果が出ていた。
我々は外国人犯罪者に焦点を絞り、懸命な捜査を続けた。
犯人と被害者の少年との接点、それは一体何であったのか?
− デニス・ブラッド −
彼のライヴは今夜も大盛況だった。
ファンキーなリズム、ソウルフルな歌声に、観衆は酔いしれていた。
ドレッド・ヘアを振り乱し、ギターをかき鳴らす。
歓声は夜の新宿の路上を、熱く揺らしていた。
「ウォォォーー!! 」
最後の曲が終わったあと、彼は大きな雄叫びをあげた。観衆もそれに応える。
これまでにないほどの盛り上がりのうちに、ライヴは終演となった・・・・・・。
− 加納雅 −
デニスのライヴが終わった。今夜は先週以上に凄いパフォーマンスだった。
ユリは終始、キャーキャー騒いでいた。
アタシもライヴに集中しているつもりだった。でも、心のどこかで落ち着かない自分がいた。
終始、誰かに見られているような不安な気分。もしかしたら、この前の夜のあの男がどこかで・・・・・・。
アタシはユリに声をかけた。
「ねぇ、ユリさぁ。今日、これからどうするの?よかったら、アタシの家に来て飲まない? 」
こんな事をユリに言うのは、はじめての事だった。なんとなく、一人で帰りたくない気分だったのだ。
「ごめーん!みやびちゃん!あたし今夜、彼氏と約束しちゃっててさぁ。 」
ユリは、いかにも申し訳なさそうに手を合わせた。
「ううん!イイの。こっちこそ急にごめんね! 」
しばらくして、ユリは彼氏に合うために池袋に向かっていった。
アタシもそろそろ家に帰ろう・・・・・・。
− デニス・ブラッド −
ライヴを終え、彼はいつものように静かに余韻を味わっていた。
サポート・メンバーたちが、次々に笑顔で声を掛けてくる。しかし、彼の耳には届いていない。
手渡された缶ビールを無言で飲みながら、煙草に火を点ける・・・・・・。
見渡すと、多くのファンの子たちが彼に近寄ろうとするのを、サポート・メンバーたちが笑顔ながらに制止してくれている。
ライヴ後の脱力感から、視界がぼやけてくる。
・・・・・・煙草の煙の中に、あの子の姿が見えた。いつも、ライヴに来てくれているあの子・・・・・・。
あの子の後姿・・・・・・。帰ろうとしているのか?
彼は立ち上がりギターケースを肩に担ぐと、煙草をブーツで踏み消して歩き始めた。
− 加納雅 −
人波をかきわけて、アタシは大通りに出た。
少し風が出てきたようだ。コートの襟を掻き合わせて、足早に歩く。
これから寒くなりそうだ。早く家に帰ろう。
コツコツコツコツ・・・・・・。
背後から、アタシのブーツとは異なる足音が近づいてくる・・・・・・。
アタシは少しドキドキした。でも、まだこの時間では他の人の姿もチラホラ見える。
アタシは少し歩調を落とすと、思い切って後ろを振り返った。
「あ! 」
思いがけない人が、アタシに近寄ってきた。
「デニス!? 」
デニスは少し恥ずかしげに肩をすくめると、丁寧な日本語で話しかけてきた。
「あ、いつも見に来てくれてるよね?俺のライヴ・・・・・・。 」
「あ、はい!毎週、楽しみにしてます! 」
デニスの表情はサングラスのせいで良くわからなかったが、どことなく照れているように感じられた。
「まさか、声をかけてもらえるなんて思ってもいませんでした! 」
アタシの声は弾んでいた。さっきまでの不安げな気持ちは、すっかり吹き飛んでいた。
「今夜は、もう帰るの? 」
「あ、ええ。そろそろ帰ろうかなって・・・・・・。 」
「よかったら、その・・・・・・少し飲みに付き合ってくれないかな? 」
アタシは驚いた。でも嬉しかった。
「あ、はい!少しだけなら・・・・・・。 」
− デニス・ブラッド −
彼は自分でも思いがけない行動に、内心戸惑っていた。
”確かにこの子の顔は、以前から知っている。いつもライヴを見に来ていたから。”
”でも何故俺は、この子を飲みになんか誘ったんだろう?”
”今まで、こんな事をしたことなんて・・・・・・ライヴの後に誰かを誘った事なんて無かったのに・・・・・・。”
第8話
− 橋倉智也 −
俺は特別捜査室の中で、今回の事件に関するファイルをもう一度読み返していた。
数日にわたる疲労と寝不足のせいで、眼の奥がズキズキと痛んだ。
ブリーフケースから頭痛薬を取り出すと、飲みかけだった冷めたコーヒーで流し込んだ。
この数年間、いや数十年間、どれほどの量の頭痛薬と胃腸薬を飲んできただろう。
広げたファイルに肘をつき、目頭を押える。頭がふらふらして、少し吐き気を感じた。
俺は椅子に深くもたれると、しばらくジっと眼をつむっていた。
少しずつ体が重くなり、ウトウトし始めた時だった・・・・・・。
「橋倉警部!!橋倉警部!! 」
一緒に今回の捜査を担当している、S署の山中刑事が息せき切って入ってきた。
俺は思わず飛び起きた。
「どうした!!何かみつかったか!! 」
「被害者に、深い関係があると思われる夫婦が来ております!! 」
「何だって!! 」
「その夫婦は今回の事件の被害者が、自分たちの息子ではないかと申しております!!それに、持参した写真が被害者と瓜二つなんです!! 」
俺は上着を掴むと、特別捜査室を飛び出していた。
− 加納雅 −
デニスが、アタシの隣りを歩いている。いまだに信じられない事だ。
どうしてアタシなんかを誘ってくれたんだろう?デニスはずっと黙ったまま、歩きつづけている。
聞いた話しでは、デニスのサポートやってる子たちでも、プライヴェートでデニスと飲んだ事は一度も無いって・・・・・・。
何を話せば良いんだろう?やっぱり音楽の話しかな?
デニスもお酒が好きなんだ・・・・・・。
アタシはちらりとデニスの横顔を見た。サングラスの奥の瞳は、何を見つめているのだろう。
− デニス・ブラッド −
彼は自分の起こした行動に、内心困惑していた。
”本当に、なぜ俺はこの子を飲みになんて誘ったんだろう?”
”ライヴ以外のところで、誰とも交渉を持たなかったこの俺が・・・・・・。”
”一体この子と、何を話すというのだろう?”
しばらくして、彼の体が小刻みに震えだした。
”ああ。頭が重く、目の前が暗くなってきた。”
”ま、まずい!!何てことだ・・・・・・。また、あのノイズが聞こえ始めている!!”
”あぁぁ・・・・・・。は、早く・・・・・・い、家に戻らなければ・・・・・・。お、俺が・・・・・・。”
− 加納雅 −
デニスの足が止まった。アタシも、デニスに合わせて歩みを止めた。
「どうしたの? 」
デニスは応えない。両手で頭を押えたまま、苦しげにじっとしている。アタシは心配になってきた。
「頭が痛いの?大丈夫? 」
「ぁぁぁ・・・・・・。 」
みるみるうちに、デニスの体が小刻みに震え始めた。
「ちょ!ちょっと!本当にどうしたの!?デニス!! 」
アタシは誰かを呼ぼうと思い、まわりを見渡した。しかし、誰の姿も見えなかった。
どうしよう!?病気!?発作かなにかだろうか?それとも、デニスはなにか”クスリ”でもやっているのか?
しゃがみこんだままのデニスの肩をさすりながら、アタシははっきりした声でたずねた。
「デニス!どうすれば良い!?救急車呼ぶ? 」
「あぁ・・・・・・。い、いえに・・・・・・。 」
「え!?なに!? 」
「す、すまないが・・・・・・い、家まで・・・・・・連れて行ってくれないか? 」
「うん!デニスの家って何処? 」
「す、すぐ近くだ・・・・・・。 」
デニスは頭を押えながら、ふらふらと立ち上がった。
アタシはデニスに肩を貸しながら、ゆっくり歩き始めた。長身のわりには、意外と重さを感じなかった。
デニスの住むマンションは、キレイだが小さなワンルームだった。
アタシはデニスの体をソファーに落ち着けると、キッチンにあったグラスに水を汲んで持ってきた。
「はい!お水。 」
アタシはデニスの肩を擦ると、グラスを差し出した。
「ぅぅぅぅぅぅ・・・・・・ぁぁぁ、あああああぁぁぁぁぁ・・・・・・!!! 」
「キャーッ!! 」
ガチャーン・・・・・・!!
アタシはデニスの腕に払い飛ばされた。とてつもなく強い力だった。
「デ、デニス!? 」
デニスはソファーから、すっくと立ち上がった。サングラスが床に落ちた。
アタシを見下ろすデニスは、先ほどまでとはまるで別人の男だった・・・・・・。
最終話
− デニス・ブラッド=痩せた白人男性 −
こいつだ!!こいつだ!!この前の夜、俺を見ていたのは!!
− 加納雅 −
「ウ、ウォォォーーー!! 」
デニスが壊れていく。この男は誰!?
アタシの脳はパニックを起こし、立ち上がる事すらできなかった。
「ち、畜生!!畜生ぉぉ!!何で俺はまた、こんな”ブラック”の真似なんぞを!! 」
多重人格者!!
アタシはしゃがみ込んだまま、じりじりと出口に向かって後ずさっていった。逃げなきゃ!!
その時とつぜん蹴りが飛んできて、アタシの鳩尾を直撃した。
「ぐっ・・・・・・!!ゲ、ゲホッ!! 」
苦痛に体を蝦反らせる。見上げると、そこには狂気の眼差しがあった。
アタシは何かを言おうとした。しかし、何も言葉が口をついてこない。
男は先ほどの取り乱しようとはうって変わって、冷静な口調で切り出した。
「お前が見なければ良かったんだよ!お前は別に、駆除するつもりはなかったのに。お前は・・・・・・俺に似ているからな。
お前には俺と、同じ匂いがする。 」
何を言ってるんだろう?この男は!?
アタシは必死に立ち上がると、よろよろと出口をめがけていった。
「グッ!! 」
背中に熱を感じたかと思うと、次に鋭い激痛が襲ってきた。
「あ・・・・・・。 」
振り返ると、男の手に握られたナイフが見えた。ルームライトに照らされたナイフは、紅く染まっていた。
アタシはその場に、どさりと倒れこんだ。
「お前はもうジ・エンドだよ。冥土の土産に俺の話しを聞かせてやる。 」
そう言いながら男は手を頭上にもって行くと、自分の毛髪をむんずと掴んだ。
次の瞬間、アタシの胸に何かが飛んできた。ドレッド・ヘア!!
男を見ると、それまであったドレッド・ヘアの下に、短く刈ったブロンドがのぞいていた。
「なかなか良くできているだろう?それにこの肌!特殊な染料を使っている。水や汗では簡単に落ちない、特別な染料だ。
俺が・・・・・・俺が俺でなくなるとき・・・・・・、こんな物を全身に塗りたくりやがる!!いまいましい”ブラック”に真似て!! 」
「な、なんで、そんな・・・・・・。 」
「黙って聞け!!お前だから話してやってるんだ。お前といると、不思議と思い出す・・・・・・。 」
アタシは男の唇を見つめていた。どこか遠くから、声が聞こえてくるようだった。
「・・・・・・俺の生まれた家は裕福だった。祖父さんが資産家だったからな。しかし、俺の両親はクソったれだった!!
俺は幼い頃から、両親に虐待を受けつづけたのさ・・・・・・。虐げられた俺は孤独だった。友人は、養護施設に入っていた
黒人少年ただ一人。俺は常に、人の目を忍んで暮らしてきた。学生時代に、その友人の影響で麻薬とブラック・ミュージック
を覚え、すぐにのめり込んだ。そして、いくつものライヴハウスに立った。俺の夢・・・・・・それはソウル・ミュージシャンになる事
だったんだ。・・・・・・しかし、成功しなかった。それは俺の才能以前に、俺が”ホワイト”だったからだ・・・・・・。それからは、
大量のドラッグが俺の魂を支えてきた・・・・・・。 」
男は語り終えた。アタシはじりじりと逃亡のチャンスをうかがっていた。
一瞬、男が背を向けた。今だ!!
アタシは痛みをこらえて立ち上がると、玄関まで踊り出た。しかし・・・・・・。
痛みは感じなかった。ただ”残念”な気持ちが、胸を締め付ける。アタシの右脇腹に、ナイフが突き立っていた。
男はアタシに顔を近づけると、キスをした。男の唇は、プラスティックのような感触だった。
「そろそろ終わりにしよう。Baby・・・・・・。 」
アタシの視界が徐々に掠れてきた。アタシ死ぬのかな?
最後に、最後に、お父さんとお母さんに謝りたかった・・・・・・。お父さん、お母さん、ごめんなさい・・・・・・。
− 橋倉智也 −
「ま、間違いありませんでした・・・・・・。あれは、あれは私たちの息子です・・・・・・。うっ、ぅぅぅ・・・・・・。 」
俺は言葉に詰まった。しかし、刑事としての責務を果たさなければならない。
「・・・・・・お気の毒です。心中お察しいたします。とてもお辛いでしょうが、わたしは刑事として幾つかお聞きしなければなりません。 」
「・・・・・・は、はい。 」
「まず、息子さんのお名前は? 」
「息子の名前は、加納雅です・・・・・・。 」
「かのう、まさし? 」
「はい、そうです。高校に入ってすぐに学校を辞め、家を飛び出しました。まさか、まさか、こんなひどい事に・・・・・・。 」
加納雅の母親は、ワっと泣き崩れた。父親があとを引きとって、話しをつづける。
「わたしたちがいけなかったんです。わたしたちは、息子にどう接して良いかわからなかった。戸惑っていたんです。
あの子は、小さいときから他の子たちと違っていました。性的障害を持った子だったんです。息子はよく言ってました。
”アタシは男の体に閉じ込められた、女なんだ!!”って・・・・・・。 」
そうだったのか。あの美しい少年は・・・・・・。
「息子は家を出て以来、音信不通でした。噂で、都内に住んでいるとは聞きましたが。それが、あの日の深夜、急に電話が
かかってきたんです。 」
「電話? 」
「ええ。携帯電話でしょう。確かに息子の声で・・・・・・”ごめんなさい”と・・・・・・。その後、息子以外の男の声が聞こえて、
ひどい雑音とともに切れてしまいました。 」
その電話の内容をいま聞く事ができたのであれば、犯人への重要な手がかりが掴めたかもしれない。
「わたしたちは不安になりました。虫の知らせ、とでも言うのでしょうか?数日後、警察に捜索依頼を出しました。
それで、この事件を知らされて・・・・・・。 」
加納雅の父親は、必死で涙をこらえながら話しをつづけている。
「あの子の死に顔・・・・・・とてもキレイでした・・・・・・。あれだけ刺されながらも。・・・・・・きっとあの子はどんなに苦しくても、
たとえ死ぬとわかっていても、顔だけは傷つけられたくなかったのでしょう・・・・・・。顔だけは、必死で守ったのでしょう・・・・・・。 」
俺は、どう言葉をかければ良いかわからなかった。刑事として。いや、人間としても・・・・・・。
「刑事さん!!どうか、どうか、あの子を殺した犯人を捕まえてください!!絶対に、絶対に、捕まえてください!! 」
加納雅の父親は、俺の手をギュっと握り締めた。俺の拳に、熱い涙が伝わり落ちた。
「わかりました!!必ず、必ず、犯人を逮捕するとお約束します!!わたしのこの手で!! 」
− デニス・ブラッド=痩せた白人男性 −
ハァハァハァハァハァ・・・・・・。
ま、また、また神の声が聞こえてくる。神の声が俺を突き動かす。
”腐った害虫どもを駆除せよ!!”
俺の体内の血液が沸騰する。そして、アドレナリンが全身を駆け巡る・・・・・・。
「次は!!・・・・・・次はお前を殺してやる!! 」
− END −
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2004/04/05(Mon)09:30:54 公開 / 小都翔人
■この作品の著作権は小都翔人さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
すみません!!
パスをわすれてしまって更新ができず、続きを含めて新規投稿させていただきました。
今後、注意しますので(汗)
ちなみに一人称と三人称とを使い分けているのは意図的です。
今作では細かく分類すると、3つのトリック(というか仕掛け)を使っています。
そのうち2つは、1つのメイン・トリックの隠し蓑です。
その1つを見破られてしまったら、この小説はアウトですね(大汗)
※修正・加筆して”完全版”としました。