- 『Days 0-4』 作者:道化師 / 未分類 未分類
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全角5668文字
容量11336 bytes
原稿用紙約18.2枚
糸は一本なのに、心があるがため複雑に絡み合ってしまう
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私には親友がいる。名前は春日妙子(かすが たえこ)。
彼女は天使の輪っかができるくらいの美しい黒髪を持っていた。さらさらとなびく髪の隙間から見える白い肌、きらきらとした瞳は多くの人々をひきつけた。幼稚園の頃から人気があった彼女だったが、中学に入り、皆の心に「彼氏」「彼女」「キス」などという単語が浸透してきたためか、彼女の人気に拍車がかかった。
私たちの家は近かったので、幼・小・中と一緒に通っている。私は彼女ほど美人ではなかったので(まあそれほど不細工でもなかったが)いつも彼女の影のような存在であった。だが、私はそれを嫌に思ったことは無い。あくまでも他人から見た自分が影であるのであって、自分たちから見れば、お互いは光であった。
私たちは今、中学3年生である。学年の中で続々とカップルが増えてきた。やはり先輩がいなくなっただけ気が楽なのだろうか。
しかし、そんな中でも私たちはお互いフリーであった。皆は、妙子に彼氏がいないことを不思議に思ったが、私はそうは思わなかった。彼女は誰よりも純粋で、一途である事を私が一番良く知っていたからだ。
ただそれは私にとって、なかなか苦しいものであった。
-1-
「リー、ねぇ宿題やった?」
妙子がぱたぱたと音を立てて私に向かって走ってくる。ちなみに私の名前は高杉里奈子(たかすぎ りなこ)というのだが、何故か皆リーと呼ぶ。
「やってないや」
私は枝毛を見つけるのに真剣だったため、軽く返事をした。
「やってないや、じゃないよ!? はやくしなよ」
妙子お得意の素早いツッコミがはいる。やっと枝毛をつかんだ手をさっと振り払い、妙子は私のノートを開いた。
「妙子もやってないんでしょ? 人のことばっか言うなや」
「いいから、早くやるよ」
全く持ってやる気の無い私に付き合ってくれないのが、妙子だった。彼女は一生懸命に数学の教科書に向き合っていたが、しばらくして机の上に伏せた。
「あーもう。こんなのわかんないよ」
そしてすぐに諦めるのが、妙子。仕方が無いので、私は教科書をじっと見つめ答えるのだった。
「だから、この縦をxにすると、横は……」
妙子はへぇと何度も言いながら、頷いていた。とある番組を思い出した。私は、かりかりとそれをしっかりとメモする妙子を見た。
「できたぁ、ありがと。リー」
ざわざわと教室がにぎやかになりはじめた。昼の休憩がそろそろ終わる時間である。
「あ……」
妙子が静かに声を発したのを、私ははっきりと聞いた。妙子の視線の先には、背の高い男子が映る。彼は、モテる。この一言で、どんな顔をしているのか想像して頂きたい。
「やっぱ、カッコいい」
参考までに言うと、その男子の名は山内鷹(やまうち たか)という。名前負けしてないところがすごいなと私は思う。
「よかったじゃん。顔見れて」
もう少女漫画の主人公のような瞳をしている、妙子に向かって言った。妙子は軽く頷いて席に戻っていったのだった。
先生が教室に入ってきて、授業が始まる。ちょうどさっきの問題は、妙子が当てられた。そんな姿を見つめながら私は思うのだった。妙子がずっと前から山内のことが好きな事、妙子の後ろの席でにやにやしてる山田は知らないんだなと。
妙子の好きな人は、私しか知らない。
「あった」
静かにしなければいけない図書館で、思わず声を上げてしまった。やばいと思ってあわてて口を塞ぐ。その本は、どこかの誰かが長い間所有していたがために、私がずっと借りられなかった本であった。わたしはウキウキで、その本に向かって手を伸ばそうとした。が、
「……とっ、とれない」
自分の短い手に苛立ちを覚え、こんな所に本を置く職員を本気で恨んだ。
「くそっ……」
その時ひょいと、手が出てきた。その手は、今私が取れなくて困っている本をいとも簡単にとった。私が顔を見るとそいつは。もう察しがついたと思う。私以外は。
「――山内!!」
また、大きな声を出して睨まれた。山内はそんな私をすこし笑ってから、本を差し出した。いいひとだ、そう思った。少女漫画の主人公に申し分のない相手だなとも思った。
「どっ、どうも」
少し頭を下げた。私は男子と話す事がそう得意ではなかったので、ちょっとどもってしまった。
「――ゴキブリと私。お前変な本読むんだな」
私は上手い返し言葉が見つからず、困った。きっと妙子ならこんな時、軽く明るく返事をするんだろうなと思った。いや、そもそも妙子はこんなツッコミされないと思うが。
「はは」
そう返すので精一杯だった。山内はじゃあと言って去っていった。そして、ちょっと止まった。
「それ、前借りてたの俺」
「は?」
彼はカッコイイ後姿で歩いていった。私にはしっかりと「ゴキブリと私」という文字が見えていた。主人公の友達くらいに格下げかなと感じていた。 私はその時多分、気持ちの悪い笑みを浮かべていたんじゃないだろうか。
私もきっと、山内鷹という人物が好きなんだと思う。LikeかLoveかは自分でも良く分からない。
私の好きな人は、私しか知らない。
-2-
ちょっとばかり前の事だ。妙子は頬を真っ赤にして、私に話してくれた。
「私、山内が好きなんだ」
こっちまで恥ずかしくなるくらいだった。
「頑張れ」
私はそんな台詞を吐いた。それは本音でもあり、嘘でもあった。妙子は好きになった理由を嬉しそうに話していた。私は微妙な気分で妙子の話を聞いていた。
ここで、さらに昔にさかのぼりたいと思う。
私が小学6年の時の話だ。私たちのクラスは毎月くじ引きで席替えをしていた。その時私と山内は4回連続で隣の席になった。なんだそんなことか、と思われるかもしれないが、私が好きになり始めたのはそれがキッカケである事は間違いないだろう。
隣の席に4回もなると色々と話をする。何度か勉強も教えてもらった。それから……
「リー、リー? 聞いてるの?」
「えっ、何」
急に現実に引き戻された。そういえば今は自習の時間だった。
「だからぁ、山内にメルアド聞こうかなって」
まあとりあえずは私のほうが片思い期間が長いということである。
「ふーん……って、は?」
「やっぱり何事も行動しなきゃね」
そう言って妙子はプリントに向かい始めた。私もプリントに向かった。が、内心はそれどころではなかった。
そんなこんなで放課後がきた。私は一人玄関で妙子を待つ。妙子は不安と緊張が入り混じった顔をしていた。そんな妙子を励ましたのは、親友・リーである。
「やった、やったよ!! リー」
スキップと駆け足を足して二で割ったような華麗なステップ。その様子で結果がどうだったのかわかる。
「早速メール送ろ。あーなんて送ろうかな」
はしゃぐ、笑うそんな妙子に私はつられる。ちょっと悔しいなと思いながらも、私は下駄箱から靴を取り出す。
「――?」
私の泥だらけの靴の上に、真っ白な封筒が置いてあった。まさか、このシチュエーションは……
“春日さんが好きです 山田一平”
おい、野球少年、下駄箱間違ってるぞとツッコミをいれてからそれを妙子に手渡す。
「タエにだよ? コレ」
「んっ、いらない」
妙子は、はやくはやくと言わんばかりの動きをしていた。私ははぁとため息をついて、急いだ。
こんな妙子が羨ましくて仕方が無い。
「やっぱ私もメルアド聞けば良かったかな」
2日間。そう私はそんなにもそのことについて悩んでいたのだ。ベッドでゴロゴロと転がりながら携帯片手に唸っていた。
「おう」
その手の中で携帯が震えだした。
“春日妙子”
私はそのメールを読んだ。その日はメールを返さなかった。
“山内に告った。OKだったよ!! 嬉しいよぉ!!
ああもうサイコーすぎて、眠れない”
-3-
次の日の妙子はものすごくテンションが高かった。
「今日から一緒に帰るんだ」
一瞬私の顔がぴくっと動いた。妙子に悟られなかったかと少し心配だったが、気づいていないようだったのでよかった。
「――へぇ、良かったじゃん!!」
私は良き親友のために、良きリーを演じた。
「うん」
屈託の無い笑顔。私の心は痛む。
窓ガラスに映る笑顔の自分が空しく見えた。
図書館は落ち着く。今日からは妙子とは帰れないので、私はゆっくりと本が読める。
室内は静かなのに、外ではざあざあと雫が落ちる音がする。少し土臭いにおいがする。6月という季節を感じた。
本を読んでも集中できず、私の頭の中はあの二人の事で一杯だった。今更ながら思うのだが、彼への気持ちはLoveだったらしい。嗚呼こんな言葉思うだけでも恥ずかしい。好きだなんてよく本人目の前にして言えたよな、と思った。
ぱたんと本を閉じた。そうだこの時点でもう決着は着いているじゃないか。選ぶのは彼。うじうじして負けたのは私だ。もう諦めよう。
こんな気持ち、消耗品だ。
“グッバイ、私の青い春……”心の中でそう呟いた。
「あ、リーじゃん」
この声は紛れも無く妙子の声。私はけじめをつけた。ファイトだ自分。
「おう、妙子。どうよ?」
今日は妙子の笑っている顔しか見ていない。
「え〜うん。うん」
うん、としか言ってないがとにかく幸せらしい。そして妙子の後ろから誰かが近づいてくる足音がした。
「どうも」
山内は少し頭を下げた。私もそれにつられて頭を下げる。
「あっ、私ちょっと本返してくる」
そう言って妙子は返却所へ行った。山内と私は向かい合ったまま、二人きりだ。なんとも気まずい空間である。
何度かこういう機会を夢見た事もあった。我ながら少女チックだなと思い恥ずかしくなる。だが今、決着を着けた時にこんな機会設けられても困る。
「……あ、知ってるよな? 俺と春日の事」
どうしようかと戸惑っていたので、彼が話をふってくれたことはありがたかった。――いや、ありがたいのか?
「まあ……にしても両想いだったんだね」
私は勇気を出して聞いてみた。なんだか自分で自分の心を痛めつけているようだった。ゴメンよ。
「――うーん、そうでもないかな」
「――は?」
ひっくり返った声が出た。なんだその返答は。
「いや、言うなよ。別に嫌いじゃなかったけど、恋愛感情的なのは無かったってことかな。でも告られて嬉しかったし、こいつ好きかもって思ったから付き合う事にした」
「ふーん」
冷静っぽく見せた。妙子が戻ってきたので、二人はバイバイと言って去っていった。取り残された私はただもんもんと一人悩んでいた。
確かに両想いというのは珍しいのかもしれない。もちろん山内もこれから恋愛感情をもっていくのだと思う。というかそう思いたい。だが、そんな気持ちで付き合ってもいいのだろうか。これは流行の一歩後ろを歩く私だからだろうか。
中途半端に彼への思いをしまったため、綺麗に彼に幻滅することもできず、だからといって前ほど好きに思う事もできず、心に何かが渦巻いていた。
「雨かぁ……」
何故か私は泣いている。
前ほど好きじゃないなんて、嘘だった。
-4-
夏休みを目前にした、7月のある日の事だった。私は体育大会の応援を考えていた。私はじゃんけんで負けてしまったので応援係というものになってしまった。その上運が悪く、山内鷹も応援係だった。私たちは皆が競技の練習に励む放課後、グラウンドから聞こえてくる仲間たちの声を聞きながら教室で作業をしていた。
私が黙々とプリントを作成している時、ふいに山内が言った。
「――俺ってそんなに適当かな?」
私は手を止めて山内を見た。山内の少し黒く焼けた肌が眩しかった。
「なんでそんな事聞くの?」
山内はぽつりと言葉を落とした。
「タエに言われた」
妙子と山内はもはや公認カップルであった。誰もが二人に憧れていた。
「うん。ちょっと適当かな」
私はためらわずに言った。悪いかなとも思ったが、のろけに対する意地悪をしたかったのかもしれない。しかし、山内は真剣な表情だった。のろけではなく本気で悩んでいるようだった。
「……まぁ、でもしっかりしてるんじゃない?」
彼を元気付けようと思った。私の中の優しさとかじゃなく、多分同情。
「最近のタエ怒りっぽいんだよね。メールとかすぐ返さなかったりするとさ。それで挙句の果てにその台詞だよ。まいっちゃうよ」
耳を塞ぎたい気持ちだった。泣き言なんて聞きたくない。
「でもいいじゃん、愛されてて」
何とか自分を支えて私は言った。妙子は山内オンリーであった。山内が他の女子と話していると腹を立てていた。今回応援係で二人っきりなのも、もしかすると私だから許されたのかもしれないと思う。
「愛っていうか、俺がタエの所有物みたいだ」
さらに続ける山内に段々と怒りを覚え始めた。安易な気持ちで付き合うからいけないんだ。
「なぁ高杉、タエになんか言ってやって?」
なんだか良く分からない。私の中のもやもやがここぞとばかりに出てきた、そんな気がする。
「――嫌だよ。だいだいアンタ勝手すぎるんだよ。そんなうじうじしてさ。いい加減にしてよ。私こそ上手く利用されてるじゃん。誰にも泣き言言えずにアンタの事諦めた、わた……」
はっと急いで口を塞ぐ。何年に一度起こるくらいの大爆発。その口調は静かだったが、重みがあった。山内は驚いた顔をしていた。
私は馬鹿だ、馬鹿だ。
家に帰ると真っ先に布団にもぐった。自分が言おうとした台詞を思い出した。忘れたいと思った。時間を戻して欲しいと思った。
「あ〜もう」
行き場の無い後悔はイライラとなって自分を襲う。私はカレンダーを見て思った。あともう少しで夏休みだ、と。
「1ヶ月もすればあんな事忘れるよね」
刻、一刻と迫る夏休みを私は他の誰よりも待ち望んでいた。
だが忘れていた。私と山内は応援係だったのだ。
長い長い夏休みが始まる。
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2004/04/04(Sun)00:59:52 公開 / 道化師
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