- 『ANGEL RE:BIRTH <序話〜第三話>』 作者:BEDA / 未分類 未分類
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<序話>
『その世界』には、古くから伝わる伝説がある。
かつて、『その世界』に『闇』の力が筺びったとき、『その世界』を統括する唯一神・アルティアによって、7人の平和の使徒が生み出された。
これが後に『天使』と呼ばれる存在である。
彼等は、アルティアより与えられた聖なる力により、世界各地で魔を払い続け…長い、長い死闘の日々の末に、ついに『闇』の首領を打ち破ることが出来たのだ。
その、自分たちの命と引き替えに…。
後にこの戦いは『聖戦』と称されるようになり、同時に『天使』は後の人々に伝説の英雄として崇拝の対象とされた。
歴史上の偉人が死んだあとになって英雄扱いされる。よくあることではないか。
そう。
『天使』も、『闇』も、完全に消滅した…はずだった。
しかし、その『聖戦』から5000年が経ち…。
再び歴史上に『天使』の名があがることになろうとは…。
今ではないとき、ここではない次元。『その世界』の名は、アルテナ。
<ANGEL RE:BIRTH>
<第一話>
「はい、今日の授業はここまでです。起立、礼!」
一面が白で統一された、落ち着いた雰囲気の教室で、今まさに授業が終わったところだった。
礼が終わってそそくさと教師が出ていくと、生徒達は皆、HR(とはいっても、実際にそう呼ばれるものではなく、あくまでも意味上の定義としての名称なのだが…。)が始まるまでの少ない時間を、ひたすら授業の復習に費やしている。
雑談をしようとする者など、誰1人いない。
それだけに、教室を包む空気は「緊張」の一言に尽きるものだった。
授業が終わってから10分程が立ったであろうか、ガラガラガラ、というやけに乾いた音と共に、ようやく担任の教師とおぼしき壮年の男が入ってきた。
ぐちゃぐちゃになった茶色の髪に、目の大きさの二倍はあろうかという眼鏡が、その男を実に滑稽に見せる。
「ええと・・・・・。」
担任が穏やかに口を開くと、生徒達の手が一斉に動きを止めた。
「皆さんご存じの通り、明日からは夏休みになります。休業中の課題は朝配っておいたプリントに全て書いてありますので、よく目を通しておいて下さい。それでは、今から名前の順に一学期の通信票を返していきます・・・・・アラン・アズモフ!」
「はい」
リズム良く、かつ無機質な担任の声に、生徒達は1人ずつ、教卓へ通信票を取りに行く。それが延々とくり返されていく。
やがて、教室にいた生徒20人全員が通信票を受け取ると、担任は大きく息をつき、二度話し始めた。
「いいですか。皆さんは王国内から集められた精鋭です。この夏休みをいかに過ごすかが、今後の成績を、そして皆さん自身の将来を左右していくのです。分かりましたね?それでは、二学期にまた会いましょう…さようなら!」
「さようなら」
ここではたいていこんな感じでHRが終わる。
担任が出ていくと、教室から愉快そうな会話が封を切って溢れてゆく。
こうして、生徒達の学友との語らいが始まるのだ。
アルテナに存在する四つの国。
そのうち、世界の北西に、中世ヨーロッパを思わせるような封建社会の国家があり、その名を『グローディア王国』と呼ぶ。
そもそもグローディアの誕生はおよそ2000年前に遡る。
当時アルテナ西部を支配していた『神聖アルティア帝国』から、1人の騎士が蜂起する。
彼こそが後のグローディアの初代国王となるグローディア1世である。
彼は、「神による支配ではなく、人の王による支配を」というスローガンを掲げ、多くの人民の賛同を得た。
そしてついに神聖アルティア帝国から独立し、建国したのである。
現在、グローディア王国は善王・アヴァルス5世のもと、実に理想的な治安を守っている。
政治犯に寛容であったり、犯罪撲滅に力を尽くしたり、弱者貧者を救済する法律を作ったりしてきたのが大きな原因だろう。
そんな彼は、国民から「王の中の王」と慕われ、絶対尊敬の対象となっている。
また、アヴァルス5世は学問をかかんに奨励した。
その結果、将来の優秀な頭脳を育てるため、王都グローディアに建立されたのが、この『王立総合学術院』である。
ここには、熾烈な入学試験をくぐり抜けた、文学、考古学、生物学、天文学、芸術学など、各部門のエリート達が集められている。
入学に必要な年齢などは特に定まっておらず、10歳にも満たない者や、70歳以上の老人まで、その年齢層は幅広い。
そんな学術院の中でも最高の頭脳を誇る学部がある。
〜『魔法学部』〜
アルテナに蔓延する『マナ』と呼ばれる自然魔力。
『マナ』について研究し、自在にその力を引き出す『魔法<エルマナ>』を会得する。そのために設立された学部である。
実際、魔法学はあらゆる分野との融合が可能であり(例えば、魔法と機械を融合させた魔機械の製造など)、国の研究に対するシェアは最も高い。
当然、そこに集められる学生はエリート中のエリート。
まさに『国内最高の頭脳』といえよう。
…と、ややこしい話が続いてしまったようだが。
教室の一角で、ブロンドの髪を背中まで伸ばした少女と、フクロウ頭の青年が話を弾ませていた。
「…それでね、うちのお母さんが心配性で、3日に一通ぐらいは手紙が来るのよ。全く、うっとうしいったらありゃしない…。」
「まあ、それも愛情だと割り切れてしまえば楽なもんさ…なあ、ラウル。お前もそう思うだろ?」
そう言って青年は、今だ机の上で復習に没頭しているライトブルーヘアーの少年に話を振った。
「…へ?」
ラウル…そう呼ばれた少年は、目も口もまん丸になった状態で動かなくなった。
しばしの間のあと、ラウルの目が垂れ、照れくさそうに口が開いた。
「ごめん、聞こえなかった…ハハハハハ」
頭を右手で掻ながらき、無垢な笑いをラウルは二人に見せる。
「全く、お前は相変わらずすごい集中力だな」
ラウルの反応を見て、フクロウ頭の青年・ラザードがあきれるような仕草をしてみせる。
同時に、少女・エルザはラウルに見えないようにプッと吹き出していた。
「もう休みなんだから、少しは勉強から頭を離したらどうだ?」
ラザードはうっすらと笑みを浮かべながらラウルを諭す。ラウルはあまり気が乗らない様子だ。
「でも…。」
「故郷に帰るんだろ?」
「あ、ああ…。」
「俺もついて行ってやるよ。どうせ俺の村はお前の村の先だからな」
ラザードの言葉に、ラウルは彼ををありがたく思うことを禁じ得なかった。
なぜなら、ここから故郷の村・シャルルまでは丸3日かかり、その旅路には、いわゆるモンスターの類も襲いかかってくる。
いくらエルマナの扱いに長けたラウルといえども、1人で旅をするのはあまりにも危険というわけだ。
「…ラザード、いいのかい?」
ムダな質問と分かっていながらも、ラウルは念を押す。
「そんなこと、いちいち聞くな」
黄色いくちばしの目立ったその顔は愉しさに満ちていた。
それを見てラウルがようやく重い腰をあげる。
「そうと決まれば、早速準備…だろ?」
二人はお互いを見つめ合い、大きく頷き合った。
その後2人はエルザに別れを告げたあと、城下町の道具屋で帰路に必要となる物を買い込んだ。
食料、水はもちろんのこと、エルマナを使った際に消費する精神力を回復する薬等も、適度な量を買い込んでおいた。
これで旅路には困らないだろう、と思われる。
「久々だな、この町を離れるのも…。」
二人は今、城下町の入り口にあたる所に立っていた。
町の方を見返すと、商人達の威勢のいいかけ声や、子供達の戯れる声などがかすかに伝わってくる。
「しばらくはこの王都ともお別れだな」
「ああ」
「なあ、ラウル。『彼女』のことは気にならないのか?」
「…言うなよ」
ラウルは頬を赤らめた。
「ハハハ…まあいいけどな。どうせそのうち…。」
「そのうち?」
「…いや、やっぱり止めておこう」
「何なんだよ…。」
ラザードにいぶかしげな視線を送りながらも、しだいに町の外の方に目を向けていく。
「まあいいや。行くか」
そしてラウル達は街道の第一歩を踏み出した。
その遙か彼方にあるのは、愛すべきシャルルの村。
だが、ラウルは知るよしもない。
この時にもゆっくりと、しかし着実に運命の歯車が回り続けていたのを…。
そして、その歯車に自分が巻き込まれることになるのを…。
<第二話>
草原に切り開かれた街道に、夜のとばりが降りようとしている。
エサを追い求めて駆け回っていた小動物たちも、すでにその体を休め、なかには巣に戻り、家族でのふれあいを楽しんでいるものもいた。
昼間やかましく騒いでいたバッタやトンボたちの鳴き声も、もはや全く聞こえない。
そんな実に風流な街道の中を、ラウルとラザードの足音だけが、トン、トン、と規則的に響いていた。
「なあ…ラザード、夜が近いし、今夜はもう休まないか?」
ラウルは、汗ににじんだ額をぬぐいながら、ふとそんなことを漏らしてしまう。
ふと見上げると、そこには、空を覆っていたオレンジ色のベールが少しずつめくれていき、次第に姿を現す星々の姿があった。
「そうか、お前は疲れてるのか…。」
ラザードはククッ、とあざけた笑いをした。
「何だよ、人の苦労も考えないで…。」
不満たらたらの声色を放ちながら、ラウルはこれまでの旅を思い返す。
街道には当然宿場町があり、そこで宿を取りながら徒歩してきたわけだが…。途中、魔物との戦闘が絶えなかったのだ。
別にそれ自体は大した問題ではない。
問題は、魔物の数が増えていることだった。
少なくとも、去年の夏休みに帰郷したときよりは多くなっている。
当然、戦闘も大変なものだった。
倒せない相手では決してない。
簡単な魔法の一発や二発を浴びせれば、たいていの魔物は追い払えてしまう。
加えて、ラウルには杖による護身術が、ラザードには剣術の心得がある。
だが、何しろ数が多い。
その分体力と精神力を大量に消費する。
それゆえ、薬や食料も予想より多くの量が必要となってしまったのである。
「悪いけど俺はまだまだ元気だぞ?」
しばし回想にふけっていたラウルの気を引きつけるように、ラザードは言葉をつないでいく。
「フクロウはもともと夜行性だからな。俺にとっちゃあ、昼間よりも夜の方が目がさえるってわけだ」
「いいねえ、フクロウの獣人は…。」
ラウルは襲ってくる眠気をこらえながら、少々の皮肉をこめて返した。
その様子に軽くしびれを切らしたのか、ラザードは急に背中の翼をはためかせ始め、5メートルほど垂直にあがっていった。
「ほらほら、ここからお前の村が見えるぞ?」
「え?」
その言葉にやや驚くラウル。
だが、ラザードの双眼には、確かに村の姿が小さく映っていた。
「ここからなら、歩いてあと3時間ぐらいか…。」
「全く、君の目の良さには僕も感服だよ」
ラウルは空中に羽ばたくラザードを見上げながら、今度は純粋な褒め言葉を彼に向けた。
しかし…。
ラザードは笑み一つすら浮かべず、ひたすら目線の先を凝視している。
「…どうした?」
いつになく真剣な横顔を眺めながら、ラウルは自分の脳内から小さな不安がくすぶり始めているのを感じていた。
(まさか…。)
そんな言葉がラウルの脳裏をよぎったとき、ラザードのくちばしが、小刻みに振るえ始めているのに気が付いた。
そんななか、放たれた言葉は…。
「村が…燃えている」
「え…?」
ラザードの口から放たれた言葉が、一瞬、ラウルには理解できなかった。
「燃えているんだよ、お前の村が…!」
だが、そのフリーズした思考回路は、ラザードの念押しによって徐々に解凍されてゆき…やがて、脳内にある一つの結論を導き出した。
「な、何だか分からないけれどとにかく急ごう、ラザード!」
「おう!」
ラウルは袋に詰めてあった最後の気付け薬を一気に飲み干し、長旅で疲れ果てた体に鞭を打って走り始めた…。
人情溢れる住民が農耕と牧畜で暮らす、辺境の村・シャルル。
この村はいつも、田舎臭くてのどやかな雰囲気に包まれている。
夜になれば、道に人はほとんどいなくなり、家族達は皆家の中で、その日のことをおもしろおかしく語り合うのだ。
だが、その夜だけは異質だった。
夜の闇に包まれるはずの村は赤々と燃える炎に包まれており、家屋が次々と焼け落ちてゆく。また、住人の悲鳴が所々からあがる。まさに阿鼻叫喚だ。
『キシャシャシャシャ…。』
「た、助けて、くれぇーーーーー!!!!!」
商人とおぼしき小太りの男が、いくつもの黒い影に襲われていた。必死に逃げる男だったが、やがてその二の腕を、どす黒い手につかまれてしまう。
瞬く間に、男は全身を影に蹂躙された。
「ああ、うああ…。」
その目に涙を浮かべ、あえぐ男。もはや死は目前と悟った者の末期か。
次の瞬間、無情にも男の体はこの世から消滅した。
「まったく、どうなってやがる…。おい、そこのお前も早く逃げろ!」
筋肉隆々の中年男が、影の襲撃からまだ生き延びていた村人達を、村の外に逃がし始めた。だが、決して安全とは言えない。
彼の名は、エドガー・クレメンス。ラウルの父であり、同時にこの村にある格闘道場の最高師範である。
彼の開く道場は王国内最大規模であり、剣術、弓術、格闘術を目指す弟子500人が鍛錬に励む、いわば戦士養成所だ。ここの道場から王国軍に排出される者も多い。
今、その弟子達と師範達の活躍によって、女子供を始めとした村人の約9割が影の軍団から命を逃れることができていた。そして道場の者達は村の出口に集まり、影軍団の殲滅を試みようとしていた。
「よおし、これでだいたいは逃げてくれたか…ここからが正念場だ!この影共を一匹たりとも村の外に逃がすんじゃねえぞ!」
『オーーーーーッ!!!!!』
エドガーのかけ声と共に、弟子達がいっせいに雄叫びを上げる。炎にも増して殺気立った蒸し暑さが、戦士達を取り巻いていた。
その時だった。
「おーーーーーーーーーーい!みんな、大丈夫かーーーーーっ!!!!!」
街道の方からこだまする少年の声。
あまりにも聞き覚えのある声に1人の少女が振り向いた。白い体毛に包まれ、ルビーの丸い双眸が印象的な、ウサギ姿の獣人だ。
「ラウル!ラウルなの!?」
「アンジェラ!!!!!」
少女−−−アンジェラの呼びかけに、ラウルは疾走しながら必死に答える。彼女との距離はまだ50メートルほどある。それでもラウルは息を切らしながら走り続け、アンジェラのもとにたどり着いた。続いてラザードも空中から降りたってきた。
幼なじみの生存を確認できて、内心ほっとするラウル。だが、疲れを顔に見せることなくさらなる言葉を振り絞る。
「一体、これはどういうことなんだ?」
「そんなの、わたしの方が知りたいわよ!突然黒い影達が空から振ってきて…。」
『シャーッ!』
アンジェラの言葉を遮るかのように、背後から影が一匹襲いかかってきた。
「あ、危ない!」
「分かってるわよ…弧月閃!」
アンジェラは振り向きざまに、左足を軸にして回し蹴りを放つ。その右足は、名の通り月の弧のような軌跡を描き、目にもとまらぬ速さで黒影の体に深々と突き刺さった。
『ギャァァァァァ…。』
急所をつかれたらしく、影はその力を失い、黒い霧となって霧散してゆく。
「話はあと!今はぐずぐずしていられないわよ!」
「そうみたいだな」
すでに他の所でも影軍団との交戦が始まっている。それを見た三人は、いったん顔を見合わせてから、いよいよ臨戦態勢に備えた。
日々鍛錬にはげむ道場生達は強かった。数え切れない程の影軍団を、まるでハエを退治するかのように次々と撃退していく。
気が付けば、影軍団の数もまばらになっていた。
…勝利はもう、目前だった。
しかし…。
ボワアアアアアアアアアア!!!!!
『ぎにゃああああああああああ!!!!!』
突如現れた巨大な焔。それは瞬く間に道場生の約半数を包み込み、塵一つ残さず焼き尽くしてしまった。その中には、戦士達を最前列で率いていたエドガーの姿も…。
「と、父さ…。」
後方にいたラウル達は炎に呑まれずに済んだが、あまりの惨状にことばを失っていた。
やがて、炎の向こう側から大きな影が揺らめきながら近づいてくるのを、ラウル達は見ていた。次第にその姿が鮮明になってゆく。全身を紅蓮の炎に包んだ、大人の2倍はあろうかという背丈の巨人だ。
『…。』
やがてその巨人の口が静かに開く。
『我が名はベリアル…万物を焼き尽くす者なり…。』
<第三話>
夜の闇に映えて、炎の輝きが一層怪しさを増してゆく。
それに加えて火の粉が次々と空へと昇る。
まるで炎に焼かれた生命たちの魂が天に導かれ、召されていくようであった。
その、すべての元凶は、今もなお燃え続ける村に鎮座する、この、煉獄の巨人に他ならない。その存在は今や、ラウルの目の前に迫っていた。
「何のために」
ラウルの口からは、静かな、それでいて激しい怒りを伴った声が出ていた。そして、ラウルは目の前にいる魔神・ベリアルに向けてキッと顔を上げ、さらに声を荒げて言った。
「何のために、こんなことを…!」
大きく見開かれたラウルの瞳には、囂々と燃える村の炎が映っていた。
『…何を憤怒しておるのだ、人間』
対するベリアルの言葉には、当然謝罪の気持ちなど微塵もこもっていない。むしろ、ベリアルはまるで虫ケラを見ているような目をラウルを向けていた。
『人の命はいつか終わるもの。それが今日終わっただけのことではないか…ハッハッハ…。』
邪悪な笑いだ。まるで、全ての生きとし生けるものを蔑んでいるかのようである。
その様子に、ラウルが心の中で必死に押さえていたものがついにあふれ出した。
「…許さない、お前だけは…。」
ラウルの足が、一歩ずつ、一歩ずつ、ベリアルの方へと動いていく。
「ラウル、やめろ!そいつはお前のかなう相手じゃない!」
「そうよ!あんた、ここで命を捨てるつもり!?」
慌ててラザードとアンジェラが制止にはいるが、それでもラウルは歩みを止めない。ラウルがベリアルに近づいて行くにつれ、その足跡からあがる白い熱気の量が増していく。
『我に刃向かうか…ならば…小僧、貴様にも死あるのみだ!』
野太いうなり声と共にベリアルが右腕を掲げると、そこには灼熱の炎をまとった巨大な剣が現れていた。その剣の周辺の空気は陽炎のように揺らめいており、威力のすさまじさを感じさせる。
その剣が、今ゆっくりと、振り下ろされる。
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
それでもなお、水系の魔法を伴いながら、ベリアルに突進するラウル。
「ラウルゥッ…!」
アンジェラは、もはや目を当てることすら出来ていなかった。両手で押さえる双眸からは、二筋の光るものが白い頬を伝っていた。
ラザードですら、ラウルの死を覚悟していた…。
が。
ガキイイイイイイイイイイン!!!!!
ベリアルの剣が最後まで振り下ろされることはなかった。
白く光り輝く陽光の剣に受け止められていたのだ。
だが、ラウルではない。
剣の持ち主は、黄色と茶色をベースにピシッときめられた冒険者の衣装、均整の取れた顔立ち、そして短い金髪をウェーブ状に固めた、いわゆる二枚目の青年であった。
「…!」
驚きながらラウルが顔を上げると、すぐそこに剣の熱気が襲ってきていた。慌てて顔を引っ込める。
「…大丈夫か?」
「え?」
ラウルの耳には聞き慣れない声。声のした方に視線をやると、青年の無骨な表情が目に飛び込んでくる。ラウルが感謝の言葉を放とうとすると、青年は静かにラウルを腕で退けるような仕草をした。それに従い、青年に軽く頭を下げたのち、アンジェラ達の方へと避難した。
あとには、巨人と青年のただ二人が、お互いの剣を交えたままの格好で硬直していた。
『貴様…誰だ』
青年を見下ろしているベリアルの声には、怒りの中に驚きの感情が含まれていた。
「汝…我を忘れたのか?」
『…何だと?』
若い外見に似合わぬ古風な口調から繰り出された青年の言葉が、ベリアルの剣を握る手を少しばかり緩めさせた。ベリアルの体をまとう炎の揺れが大きくなる。それにいつの間にか、ググッ、というくぐもった音と共に、陽光の剣の方が灼熱の剣の方を押し上げていた。
「ふん…あれから汝がどうやって蘇ったのかは我には解せぬが…。」
そう言い放つと、青年は後ろに素早くジャンプし、ベリアルとの間に広い間合いを取って構え直した。すさまじい力で受け止めたのにもかかわらず、光をまとう青年の剣からは、ベリアルと剣を交えた跡が全く残っていない。
そして青年は、自らの懐から、金色に輝くロザリオを取り出した。
「…この大天使・ミカエルを覚えておらぬとはな!!!!!」
パァァァァァン…。
ミカエルと名乗り出た青年の咆哮と共に、ロザリオが、そして彼の体全体が黄金の光に包まれる。激しい光がそのシルエットを映し出す。すさまじいエネルギーが彼の身にまとう物を全て吹き飛ばし、はだけた背中から肉が盛り上がって、やがてそれは4枚の大きな翼となって開かれた。次第に光が収束してゆき、彼の体を包んでいく。
光が完全に廃れた跡…。
黄金の翼を生やし、さらに輝きを増した光の剣を携えた男が…。
もはや潰えたと思われた『天使』が、そこにはいた。
「あ…。」
その様子をまじまじと見ていたラウルは、いつの間にか自らの襟元を握りしめていた。その手を顔の前に持っていき、手を広げると、そこには青みを帯びた十字架のペンダントが炎の光に照らされてあった。
(色は違う…でも、形は全く同じだ…。)
そのペンダントは、去年、15歳の誕生日に、父親からもらったものである。その時の父親の言葉が脳の中であぶり文字のように浮かび上がる。
(それは必ずやお前の力となるだろう。常に肌身離さぬようにしろ)
ラウルは父親の忠告通り、今までそのペンダントを携帯し続けてきたのだ。
「おい、ラウル…それは…。」
ラウルが回想にふけっていると、ラザードの驚きを隠さない声が聞こえてきた。
…彼の右手にも、ロザリオが握られていたのだ。黒みを帯びたメタリックカラーのものだ。
「ラザードも、持っていたのかい?」
「ああ。これは親父の形見だ…。」
「それ、わたしも持ってる!」
アンジェラもそこに割り込み、4本指の白い手をラウルの目の前に差し出す。その手には暖かみを帯びた紅のロザリオが…。
「これは、まさか…。」
ラウルの頭の中でニューロンがフル稼働し始める。そして、ある一つの推測、しかも限りなく確信に近い物が出された…。
その時だった。
『させぬ…させぬぞぉぉぉぉぉ!!!!!』
ラウル達のロザリオに感づいたのか、剣を投げ捨てたベリアルが、両手に巨大な火球をまといながらこちらに突進してきたのだ。
「きゃあっ!?」
アンジェラが短い叫びをあげるが、もはや避けられる余裕はない。
しかし…。
−正義の剣よ、その力を持って、悪しき者を罰せよ−
天まで届かんばかりの光の刃がミカエルの剣に宿り、それが勢いよく振り下ろされる。地を裂くような衝撃が村全体に襲いかかる。それを避けようとベリアルは体を横に飛ばし、焼け崩れかけている家屋に突っ込んだ。
「何をつったっているのだ!ベリアルは、ロザリオを持つ者…つまり汝らの命を狙いに来たのだぞ!」
遠くからミカエルの叫びが聞こえる。本来はショックを受けるべき内容の言葉にもラウル達はもはや動揺していられなかった。
「なら、どうすれば!?」
「今から汝らのロザリオの力を解放する!その力で戦え!」
「戦えって言われても…ちょっ!?」
言葉が終わらないうちに、ラウル達のロザリオは激しい光を放ち始めた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
「おわぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼等の叫びをかき消すかのように、光の轟音が強烈さを増してゆく…。
青、赤、黒、三色の光がやんだとき、そこには新たな3人の天使が現れていた。
蒼い翼を広げ、まるで大教会の司教を思わせるような、青と白を基調とする服を身にまとい、そこには大きな十字架が刻まれている。さらに右手には天使をかたどった杖を握っている。『ラウルだった』ときには16歳の少年だったが、この男は25歳前後の知識ある賢者といった感じだろうか。
叡智と理性を司る天使、ラファエル。
獣人だったアンジェラの面影はもはや皆無に等しい。エメラルドの瞳を輝かせ、艶やかな真紅のロングヘアをなびかせる、女神のような天使がそこにはいた。赤を基調にしたドレスには、ラファエルと同じように十字架がかたどられている。背中に生やす真紅の翼が、彼女を一層神々しく見せる。
愛と豊穣を司る天使、ガブリエル。
ラザードもアンジェラと同じく人間の姿になっていた。ネイビーブルーの長髪に黒を主体としたコートのような物を身につけて、漆黒の翼を携えている様は悪魔を思わせるが、他の二人と同じ所に刻まれた十字架が、それを否定している。ノコギリ状になった刃が不気味さを醸し出す。
死と戒めを司る天使、ルシフェル。
そして、正義と懲罰を司る天使、ミカエル。
今ここに、真の意味での『聖戦』が、再び始まった。
<続く>
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2004/03/28(Sun)18:49:18 公開 / BEDA
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■作者からのメッセージ
ここら辺でおわかりになったかも知れませんが、一応、RPGテイストの変身ヒーロー&ヒロインものを目指してます。
実際にどうなるかは分かりませんが…。