- 『頭上にある瞳(SS)』 作者:砌 / 未分類 未分類
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原稿用紙約12.15枚
それは、風に乗って。
果てしない大空の海を渡って。
僕は飛んでいく。
ゆらゆらと。
どこまでも。
僕が空から降りる時、それは風が止む時。
そして、僕は芽を突き出すのだ──。
灰色の人工物がひしめく、塵埃に塗れる街の中。
歩道に一律に並ぶ電柱の陰。
僕はそこに生を受けた。
時折浴びる太陽の光を一杯に吸い込み、
小さくも、懸命に空を見上げ続けている。
たった一度きりしか訪れない僕だけの命を、
僕は精一杯生きている。
風の強い日も、雨の降る日も、
毎日毎日、僕はここで生きていた。
けど、誰も僕には気付いていない。
颯爽と止まることなく紡がれるざわめきの中、
絶え間ない喧騒と、日々の変化の中、
僕は…ふと思うのだ。
この世界には僕だけしか居ない、と。
誰も、僕を見てはくれない。
誰も、僕を撫でてはくれない。
こんなに、懸命に生きているのに。
こんなに、背伸びして空を目指しているのに。
鳥も、虫も、犬も、猫も、人も、
ここに確かに居る僕の姿には、僕だけしか気付いていない。
だから、この世界に僕は一人なんだ。
僕は何のために生を受けたのだろう。
短い命の中で、僕は孤独だけを味わって朽ち果ててしまうのだろうか。
そう思うと……悲しくて、苦しくて、切なくて……。
空に伸びた僕の顔も、いつしか項垂れるように崩れていた……。
「……ほら、やっぱり」
そんな僕の弱々しい姿に、ふと声が投げかけられる。
「こんなトコにたんぽぽ咲いてるよ」
「もう、そんなのイイから行くよっ!」
二人組の学生が止まらない人の波の中、立ち止まり僕を見下ろしていた。
「ここ、陽が当たらないからこんなに小さくなってる……」
膝を崩して僕を見つめる女の子の顔を、僕は見上げることが出来なかった。
「ほらぁ〜!そんなの放っておいて!」
もう一人の女の子がしゃがみこむ女の子の腕を掴み上げ、立ち上がらせる。
「心配したってムダだよ。どうせ、萎れるんだから」
「あっ」
腕を引っ張られながら二人は再び人の波にのまれていく。
最後に見せた女の子の表情。
その内面を見つめる事は出来ないが、
彼女の視線は、僕を励ましているかのようだった。
うつむき、空を見上げる力も徐々に失われてきた。
それが、僕の残り少ない命であると自覚はしていた…。
このまま、僕は消えていく。
消えていくんだ…。
「――大丈夫だよ」
ふと、柔らかな声が聞こえたような気がして僕は目が覚める。
「もう、一人なんかじゃないからね」
力を振り絞り、僕はその声の方に顔を上げる。
そこには睡余も吹き飛ぶような柔らかな光を浴びた、
あの女の子がしゃがんで僕を見つめていた。
「もっと陽のあたる場所に移してあげたいけど、アスファルトが邪魔して移してあげることは出来ないんだ……。
無理に移そうとすると傷つけてしまうから」
女の子はそう言いながら僕の頭を指先で撫で上げた。
ぴくん、と踊る僕の体。
ああ、これが……触れ合う事の感触なんだ。
なんて、心地よくて、気持ちよいものなんだろう……。
「一人寂しく消えてしまうなんて思わないで」
女の子は愛らしい柔らかな口調で僕を包み込んでいく。
「私が……あなたを見つけたから」
こんな僕の姿を見てくれている。
弱りきって、自身に挫折していた自分の姿を。
「僕の背伸びした姿を見て欲しい」
そう思うのは、必然だった。
空を衝くように、ぐんと顔を見上げた僕の本当の姿を見て欲しい。
それが、僕の本当の姿なのだから。
でも、それはもう叶わない。
僕は、命を終えようとしていた。
黄色く咲いた頭花も白い冠毛の実に変わり、
僕は風に乗って再び飛び立とうとしている。
でも、それは僕ではない。
僕という姿をもった、違う僕なのだ。
だからこう思うことも、こう感じることも出来なくなるだろう。
「…また、会えるといいね」
女の子が笑顔で微笑む。
僕は、その言葉に頷くように頭を垂れると、
そのまま吹き抜けた風に乗って放散した。
それは、風に乗って。
果てしない大空の海を渡って。
僕は飛んでいく。
ゆらゆらと。
どこまでも。
僕が空から降りる時、それは風が止む時。
そして、僕は芽を突き出す。
その時には、
どうか、あの子の元で咲けますように。
僕の、姿を見てもらえますように。
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■作者からのメッセージ
はじめまして。
この度、初投稿させて頂きました砌と申します。
どうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
この作品はふと、頭に過ぎった物語を書き連ねたものです。
皆様が感じた感想・批評等残していただけると幸いでございます。