- 『Make you happy  -君を幸せに-   1〜21』 作者:村上 沙咲 / 未分類 未分類
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 原稿用紙約183.5枚
 1
 
 奏と初めて会ったのは、オレの家の人数が減った年だった。
 あの時からオレは成長できているんだろうか。奏はオレと出会って良かったのだろうか。
 
 
 その日の朝は寒かった。いつものようにアイツと顔をあわせないように玄関から出た。
 外は引き締まるほどに冬の空気を感じる。息が白くなって消えていく。
 また今日もガッコか、つまんねー。足先にあった小石を蹴り飛ばした。
 それは隣の新築の家の前まで飛んでいった。
 「・・・」
 その家にはまだ人が住んでいなかったはずなのに、
 門の辺りにオレと同い年ぐらいのヤツが立っていてオレの蹴った石を見ていた。
 「おまえ、ここに越してきたの?」
 オレが言うと、オレん家の方を見てそいつが答えずに言う。「そこの家?」
 「うん」
 「学校行かなくていいのか。この辺は遅いの?始まるの。」と尋ねられたので、
 「いや、オレだけ。遅刻して行くんだ。」と答えた。
 何も言わねーからオレはそいつの家をぼけーと見ていた。きれいな家だな。新しい家は。
 オレの家はオレか菜美子が掃除するけど、あんまきれいじゃない。
 アイツのせいで。
 「杉崎小学校?」
 「え?あ、うん。そう。」いきなり言われたんで、そいつの顔を見た。
 オレも一応ランドセルはしょっていた。
 そのときじっくり見たけど、そいつが男なのか女なのか分からなかった。
 髪は短いけどすげー色白で、冬でも日焼けしてるオレなんかとは全然違った。
 「なんだ、分からなかったんだ、行き方。連れてってよ。あ、ちょっと待って。」
 と言って家の中に入っていった。あ、やっぱり転校生か。
 近いうちに隣に越して来るんだろうとは思っていた。引越しのトラックとか来てたし。
 同い年くらいの子供がいるとか詳しいことは知らなかった。
 
 しばらくすると中からそいつとも一人出てきた。「?」きょうだいかな。
 もう一人の方は髪の長い女の子だった。
 「んじゃ、連れてって。」さっきのやつが言った。
 「うん・・・」そんでオレは案内することになった。
 
 寒い道をゆっくり歩いていった。もうすぐ9時になるがそれは気にしない。
 オレは一言もしゃべらないその女の子を見ていた。
 同じく色の白い印象だった。薄茶色い長い髪が肩の下まである。
 「おまえ名前は?」と、男(?のような気がしてきた。)の方が聞いてきた。おまえって言ってるし。
 「祐介。梶浦(かじうら)祐介。」
 「ゆうすけ?何年?」「五年。」
 「一緒かー。俺はー、
 (あ、やっぱ男か。)
 葵。」
 「あおい?女みたいだな。」
 「そうか?」と不思議そうに言う。だって珍しくないか?
 「んで、こいつは奏。」と葵が言った。
 「かなえ?」何だまた珍しい名前だなあ。
 「ちがー、かなで。」
 「かなで?」聞いたことない名前だった。
 奏の方は何も話そうとしなかった。ただ、葵の陰に隠れて歩いてついてくるだけだった。
 なんだかさみしそうな表情だった。寒さに消え入りそうだな、と思った。
 
 
 二人は双子だ。二卵性らしいが色素の薄いとこや、きれいな顔立ちはよく似ていた。
 性格はまったく別だった。てか、葵はマジ何でも出来る。勉強も運動もトップってな感じ。
 ちょっと?とろい奏をいつもかばってた。
 奏はよく苛められた。多分日本語に慣れてないのもあったのかもしれない。
 かなりの人見知りで、葵以外とはあんまり口も利かなかったし、今にも泣きそうな感じだった。
 二人は、父親が死んで母親の実家に住んでいたのだが、何か問題があったらしく今は母親と三人で暮らしている。
 母親はほとんど家にいない仕事をしていて、いつも海外だそうだ。
 越してきてしばらくは、奏は本当に俯いてばかりだった。
 
 中学に入るころには奏ともかなり話すようになってた。
 家が隣同士奏もオレには葵と同じくらい信用をおいてくれているようになってた。
 「祐介」
 葵も奏も初めからオレのことを下の名前で呼んだ。
 やっぱニューヨーク育ちだからだろうか、最初はちょっと「おー」とか思ったけど、親しみがあっていいじゃん、てか、奏にそう呼んでもらえるのは嬉しかった。
 だからオレも最初から呼び捨てだ。
 まー、慣れたダチなんかは女でもオレは呼び捨てにされるのがだいたいなんだけども。
 「今日は部活あるの?」
 「んあ、さぼる。バイト。」オレは中一のときからバイトしている。まー中学生にはたいした収入はないが。
 一刻もはやくアイツのいない世界に行きたかったからだ。
 「一緒に帰ろう。」奏は話すとき必ず目を見る。
 「んー」オレは少しそらす。
 奏とはよく一緒に帰った。奏の入ってる吹奏楽部はあんまり活動してないのと、オレはほとんど部活をせず、金を貯めていたせいだ。
 バイト先が家の近くだったから中学からバイト先まで二人で歩く。
 「祐介、体育祭何に出るの?」
 「3000メートル。出るかわかんねーけど。」正直学校なんて辞めたかった。
 行事ですら最近面倒くさい。早く働きたかった。でも義務教育はしゃーない。
 「えー、いっぱい走るやつだねぇ。」
 「一番なげーよ。たりい。奏、何か出んの?」
 「うん・・・」
 と下をむいてしまった。奏は運動が苦手だ。はっきり言ってとろい。
 ちょっと体が弱いらしい。今もまだ残暑暑い中長袖を着ているのは、紫外線に弱いからだ。
 きつく日光を浴びると肌が痛くなるのだ。透き通るように白い肌は汗もあんまりかかない。
 「じゃんけんで負けちゃって。」
 「まじで?」ひどいクラスだ。
 「で、何?種目は。」
 「クラス対抗リレー?っていう・・・
 「えっ?!あれ200は走んじゃん!」しかも速いやつが出るのがお決まりみたいな。男女別ではあるが。
 「そうなの?」奏がスムーズにバトンを渡せるとは思えない。
 「んー。」代わりに走ってやりたい。
 
 
 
 2
 今日は数学のテストが返ってくる。嫌だなぁ・・・。
 「奏っ!」
 「あ、宮っちゃん。」いつも宮っちゃんは私に話しかけてきてくれる。祐介とも仲がよくって、私の一番の友達になった。
 「何点だった?」
 「うん、37点だった。」と答えた。
 「37?」ポンポンと私の肩をたたいてつづける。
 「仲間だねっ。」ふふ、と笑う。
 そして一緒にお昼を食べる。誰かと一緒に食べるのは楽しい。一年のときは宮っちゃんと同じクラスになれなかったから最初ずっと一人だった。でも、祐介が誘いに来てくれた。祐介はあんまり学校に来たくないみたい。もっとアルバイトをしたいって言ってたなぁ。
 「奏―、」玉子焼きをほおばりながら宮っちゃんが言う。
 「明日さ、一緒に買い物に行かない?」
 「買い物?」
 「うん、私プレゼント買わなきゃなんなくてさ、一緒行こーよ。もうすぐ遼平の誕生日だし、奏もなんか買ってあげたら?」
 「段ちゃんに?」
 「そそ。」
 宮っちゃんのいう遼平っていうのは、私の中では段ちゃんの事で、私は苗字をとってそう呼んでいる。段ちゃんは小学校の頃祐介とよく一緒にいた。だから私も知ることができたんだけど、中学になってからは段ちゃんは結構一人でいることが多かったから、何となく気になって目で追ったりしてた。なんだか寂しそう・・・。私は一人でいるのが怖いけど段ちゃんはどうなんだろう、と話してから宮っちゃんはよく段ちゃんの話をもちかける。
 「でも、もらってくれるかなぁ。」
 段ちゃんは私が話しかけても答えてくれない。
 「やれば喜ぶって。」と、宮っちゃんは笑う。
 
 「やめとけ。」
 段ちゃんのプレゼントのことを言うと葵はそう言った。
 「あんなん相手にすんな。」
 「・・・」葵と段ちゃんはすごい嫌い合ってる。段ちゃんの葵も同じくらい成績がいいから張り合ってるんだって祐介は言ってたけど。ほんとどうしてなんだろう。
 「おまえ、アイツが好きなわけ?」
 「え?」
 「段垣のことが好きなのかよ。」
 「あ、う、・・・うん。」と答えたら、すぐに、
 「やめとけって。そらただの同情。気になんのはあいつが一人だからなんだろ。そーゆーのは好きじゃねんだよ。」
 葵はいつも私をかばってくれて、守ってくれる。思ってることとかもわかってくれる。私は同情してるのかなぁ。
 
 
 「うあ、っっかんねぇ。」
 「だから、この公式使うんだってばよ。」
 「しらねー。もー、どうでもいい。」
 「おまえ、今度赤点だったらやばいって言われたんだろ。」
 祐介はそのままテーブルにつっぷしてしまった。
 「いいのか、学年下になっても。」葵が言う。
 「・・・」
 眠いのかな。祐介はこの前追試をさぼったから特別にテストをすることになってる。私は葵に勉強を教えてもらって何とか追試で合格点がもらえた。今日は祐介が葵に勉強を教わりに来てた。勉強するときはいつも祐介が来て、三人でリビングのテーブルでやる。勉強は苦手だけど、この時間は好き。お母さんが出張のときは祐介がときどき三人分の夕食を作ってくれる。
 祐介の家はお母さんがいないので、いつも食事は祐介が作って洗濯は菜美子がしてる。菜美子は祐介の妹でひとつ下なんだけど、私なんかよりずっとしっかりしてる。葵に頼ってばっかりの私とは違う。
 「奏、夕飯の買いものいかね?」つっぷしてた祐介が起き上がった。
 「うん、行く」祐介と買いものに行くのは久しぶりだなぁ。
 「んじゃ、いこーぜ」
 
 いつも学校へ行くみちを途中で曲がって、スーパーへ行く。少しずつ寒くなっていく風が冬の訪れを感じさせる。小学校へ行くとき毎日通った公園を通り過ぎて、私はいろいろ思い出していた。日本に来たばっかりのときは本当に寂しくて、葵がいなっかったらどうなっていたんだろうと思う。あのころは葵と祐介以外の子と話せなくて、いつも笑って楽しそうにしてる祐介が羨ましかったな。祐介はいつもみんなに囲まれて人気者で、一緒にいると私も嬉しい気持ちになれる。
 「追試って難しかった?」
 祐介はいつも、財布だけを持ってそのまま手をポケットにつっこんで歩く。
 そんな体勢から少し前かがみに私の方をのぞき込んで話す。
 「うん、よくわかんなかった。」
 「そか。」
 「ぎりぎりで合格にしてあげるって、おまけしてもらったよ。」
 「まじで?オレはダメだろうなー、かんなり目ぇつけられてるし。」
 「そうなの?」
 「んー。ダメだろうな〜。合格できねーかも。」
 「え?そしたらどうなるの?」祐介といる時間が減るのかなぁ。それは嫌だな。
 「や、何とか進級するし!しないと一年多くまた勉強しなきゃなんなくなる!!」
 「うん、そうだね!」
 良かった。
 「今度は一緒のクラスになれたらいいね。」
 「そうだな。」と、祐介は答えてくれた。少し上を見て。
 
 
 
 
 
 3
 今日はアイツが朝からいなかった。どうせ昨日飲んでそのままどっかにいるんだろう。
 玄関を開けて外に出る。あ、なんか寒ィ。マフラーしてくりゃよかったかな。めんどくせえな。ま、いっか。
 そのままいつものように待ってた。
 奏と葵が引っ越してきてから、オレたちはいつも一緒に登校していた。二人が朝オレんちに来る。このおかげで出席日数が足りてる。
 今日は奏がいなかった。
 「れ?奏は?」
 休みか?奏はオレみたくサボリじゃないが、ときどき学校を休む。
 「二日目。」葵はそう言った。
 「は?」
 「生理痛。」
 「あー、・・・なん、・・・・そっか。・・・」
 そういや前もなんか腹痛で休むっつってたな。休むくらいの腹痛ってどんななんだろう。
 いないといつもと違う。一人分の足音のない朝。そういやいつもオレの左側にいたな。鞄を左に持って。
 
 その日の授業中にいねむってオレは夢をみた。まだ母さんが家にいたときの夢だ。オレはいつも兄の明浩の後をついて遊んでた。菜美子が泣いて後をついてくる。母さんに言われて剣道を始めて。いつも何をしてもオレの上を行く明浩を追い越そうと頑張った。もう道場も行ってないが、おかげで部活こそ出てないが剣道はそこそこ強くなった。今はバイト三昧だが。アイツに金を出してもらうのだけはごめんだ。学校の授業費とかもいまだに母さんが支払ってくれてる。明浩にも母さんにももう4年会ってない。
 「梶浦!」
 「あ?」
 「教科書ぐらい出せ!!」怒って先生が言う。
 「ああ。」
 ぼーっとしてた。ったくうるせーな。何言ってんだかさっぱりわかんねーし。今日は試験やらなきゃなんねーし。あーー帰りてぇ。昨日はバイトかなり疲れたし。奏何してんだろ。寝てんのかな。授業が終わると奈央がやってきた。
 「奏どしたの?」
 奈央は幼馴染みたいなもんだ。奈央とオレと遼平とで、小さいときはよく遊んだ。奈央は奏と仲良くなった。奏が奈央以外のやつといることはまずない位に。
 「腹痛いんだって。休み。」
 「なんだそうなの。ね、奏あれからプレゼント買いに行った?」
 「プレゼント?」
 「遼平にあげるやつ。この前一緒に行ったんだけどさ、買わなかったんだよ。」
 「何で奏が遼平にプレゼントなんかやるわけ?」
 「誕生日じゃん。」
 「誰の?」
 「あんたバカ?遼平に決まってんじゃん。」
 「・・・」そういやそうだっけか。って知らねーけど。ってか、
 「何で誕生日プレゼントなんかやるんだよ。そんな仲良くねーじゃねーか。」
 「あー、仲良くはないけどね。ま、遼平があんなんだからさ。」
 なんで“あんなん”にプレゼントやんだよ。どっからそうなるんだ?だいたい奏が遼平と話してるとこなんか見たことないし。
 もしかして。え?まじで?・・・・
 「奏、遼平が好きなのか?」
 「何?妬いてるの?」
 「奏がそう言ったのかよ。」
 「気になるみたいだよ。」そう言って奈央は嬉しそうににやつく。
 「宮―、」向こうで誰かが奈央を呼ぶ。
 「あー、行くー。」
 「ほんじゃね。奏によろしく言っといてね。」
 ・・・。まじでか?何?オレ、ショックなんだけど。今はもうオレでも遼平とそんな口利かない。あいつは賢いし、親は病院を経営している医師だ。毎回追試の留年が危ういオレなんかとは別って感じだし。奏は遼平が好きなのか?好きじゃなきゃ気にしねーよな、フツー。えー!
 オレは何か混乱してた。授業前のザワツキが遠くに感じる。
 分かってる。なぜそうなるのか・・・。わかってるはずなんだ。
 その日の試験は何とか解いた。わからない問題だらけでオレは逃避して窓の外を見ていた。遼平がいた。今日はバスケ外か。あいつもあんまり部活はしてない方だったよな。珍しいな。よく一緒にサッカーだのバスケだのやったのになぁ。・・・。そのとき遼平をすごく遠く感じた。
 
 「おはよう、祐介。」
 次の日奏はいつも通りにオレにそう言った。顔色がまだ少し悪い。
 「はよ。」
 “遼平のこと好きなのか?”って台詞が頭のなかでオレを苦しめる。
 相変わらずわけの分からない授業を終えると、放課後奏がオレのとこへ来た。
 「祐介、今日アルバイト?」
 「や、今日はない。」
 「そうなんだ、じゃあ一緒に宿題しよう。」
 「あ、あー・・うん。」
 オレは一人ではまず宿題なんてもんに手はつけない。ノートすらとってないし。第一教科書なんて置きっぱなしだ。新品同様。でも今日は持って帰るか。
 帰り道奏に合わせてゆっくりとしたペースで歩く。そうやって歩いてると疲れた日のバイトや毎日のメシ作ること、アイツを避けること。そんな煩わしいものを忘れることができる。なんとなくなんだけど。ふと奏を見る。白い肌がそっとマフラーに包まれて、長いストレートの茶色い髪がふんわりと歩く度に流れる。奈央や最近の女の子がするようにスカートを短くしたりはしてない。膝頭の辺りをプリーツが囲んでる。じっと見てたもんだからふいに目線が合った。あ・・・・、
 「あ、葵は?」
 「部活だよ。」
 「あーそっか。ふーん。」何言ってんだオレ。
 「・・・・」
 「奈央がさ、・・・」
 「宮っちゃんが?」
 「言ってたんだけど・・・・」
 「うん。」
 「遼平にプレゼント買ったの?」
 「あ、買ってないよ。渡すか決めてなくて・・・。」
 「・・・・・・そっか。」
 そのまま歩く。オレはポケットの中で右手を閉じたり開いたりしてた。
 「何で迷ってんの?」
 「うん・・・。嫌われてるから。話しかけても避けられちゃうし。」
 遼平はオレが話しかけたら話ぐらいはするけどなぁ。なんでだろう。確かに無愛想ではあるけど。何で奏にそうなのかは分からない。あいつは親に医者になれって言われるのが嫌で、反抗しだしてからはときどき見下したみたいな表情はする。遼平も親が嫌いなんだな、とよく思った。
 が、今は遼平の気持ちはどうだっていい。オレは奏がほんとのトコ遼平を好きなのか知りたかった。
 「遼平が好きなのか?」いつの間にか汗ばんでいる右手を強く握り締めた。
 「え?・・・・」
 そして奏はちょっと考え込んだがすぐ答えた。
 「うん・・・。」
 ・・・・。まじで?
 オレはなんか自分が分からなかった。もやもやして、憤りさえ感じていた。グッと熱いものが心臓の辺りから広がっていく。
 息苦しい。のどの奥が痛い。
 
 オレハ?
 
 オレは奏が好きだ。
 
 
 
 
 
 
 
 4
 祐介のこの前の試験は散々だった。おかげでレポートを手伝わされる羽目になっている。というか俺が書くようなものだが。
 奏は隣の部屋でピアノを弾いている。奏はピアノを昔っからやっていて、緊張するからと言って発表とかの場には出ないものの、かなり上手いと思う。奏の唯一の得意分野は音楽とか美術だ。俺は夏休みのドリルをやる代わりに奏に絵の宿題をやってもらってた。
 
 祐介は全然集中してない。せっかく教えてやっているのに。ま、初めからやる気ないのは見てとれるが。出さないと留年なのだから仕方ないといった様子だ。
 正直俺は祐介がいて良かったと思う。俺がいつもしていた奏のフォローを祐介がしてくれる。こいつと仲良くなって奏も父さんが死んだショックから立ち直ったようなものだ。実際前ほど泣かなくなったし、笑うようにもなった。祐介があんなだからか、奏を苛めていた奴も祐介が睨みを利かせると大人しくなった。
 そして俺はいくらか自由になったと感じていた。こーゆー喧嘩っ早くてバカだけど、気軽で明るい奴が奏には合っているとは思うが。祐介が重荷に感じないのなら。
 祐介は奏が細い指が滑らかに鍵盤を打つのを眺めていた。
 聴いたことのあるクラシックが空間に流れる。
 さっきから頬杖をついて奏を見ている。なんとなく気があるのは分かっていた。
 「おまえさ、」
 「え?」
 「どこがいいわけ?奏の。」
 「・・・・・。」
 「好きなんだろ。」
 進まないレポートに目をやりながら答える。
 「ああ、好きだよ。」
 奏と違って曖昧な返事ではない。いつも単純明快なやつだな。ときどき突発的な行動に出たりもするが。
 「どこがいいわけ?」
 「どこって?」
 「すぐ泣くし、一人じゃ何もできねーし、手はかかるし、バカだし。それに・・・」
 祐介は聞いてないのか、奏を見ている。シャーペンを弄びながら。そして呟く。
 「たださ・・・・・」
 「?」
 「何か・・・一緒にいたいなぁって・・・・・思う。」
 「・・・・・。」
 「それだけ。」
 ・・・・・・・・・。
 結構本気と見た。
 
 夜俺は外に出る。母さんが海外で働くことが多いため俺と奏は二人で暮らしているようなものだ。別に生活に不満はないが、これといった面白みの感じられない鬱屈から逃れるため、夜遊びなんてものをする。俺は言っては何だがバカではない。上手く賢く世渡ってるつもりだ。適当に数字さえ出しておけば誰も疑ったりはしない。奏が寝たのを確認して俺はいつもの場所へ行こうとした。
 物音がした。
 「どこ行くの?」
 靴を履こうとしたとき、奏が階段を下りたところにいた。
 「起きてたのか?」
 「うん・・・。どこか行くの?」
 「ああ。」
 「・・・・・。」
 玄関を開ける。
 「待って!」泣きそうな声で呼び止める。俺の腕を掴む。
 「・・・・。」
 「一人は嫌だよ。」目に溢れんばかりの涙を溜めている。
 奏は夜一人でいられない。父さんが死んだ夜たまたま一人で家にいたからだ。俺が高熱をだして母さんに連れられて病院に行った夜に父さんは倒れた。
 母さんはそのまま俺を連れて父さんのいる病室へ向かった。死を告知され呆然とする母さんを今でも忘れられない。
 奏は次の日の朝になるまで一人でずっと泣いていた。やっと鳴った電話の知らせは大好きだった父さんの死を伝えるものだった。
 俺はどうしていいかわからなくなる。必死でしがみ付く奏を振りほどくことができない。
 俺はその夜から出歩くのを止めることになる。
 奏は俺がいなきゃとか思っていたけど、助けられてるのは俺の方なのかもしれない。
 奏の手をとって戻る。
 「ごめんね。」
 「・・・・・。」
 
 「俺がさ、」
 「うん。」
 ホットミルクを飲みながら奏が相槌を打つ。寝付けなくて二人して起きている。明日は日曜だからまぁいいだろう。
 「いつも出てってたの知ってた?」
 テレビの光だけが部屋の輪郭を捉える。少し俯いた奏の表情。
 「ううん。」
 「そうか。」
 「おまえもさ、もうちょっと自立した方がいいよ。」
 「・・・・・・。」
 「一人でいるって意味じゃなくてさ。」
 かすかなテレビの音と暖房の音が夜の部屋を浮き立たせる。
 「誰かがいないと駄目なのもわかるけど。」
 「・・・・うん。」
 俺もコーヒーを啜る。古いモノクロの洋画を眺めながら。
 「俺だって一人で生きてけるわけじゃないし。」
 字幕がなくても内容はわかるがその文字を何となく目で追って続けた。
 「ただ、自分を認めてやればいんだよ。」
 「うん?」
 わかってない様子。
 ま、いいか。そうしてその映画を見終わるまでリビングにいた。
 「寝るか。」
 「うん。」
 俺は立ち上がってコップを持っていく。奏も同じようにしてついてくる。疎ましいと思うこともあったけど、もし奏がいなかったら俺はかなりひねくれてただろうな。
 段垣のようにだってなってたかもしれない。俺は嫌さが似てるからあいつを嫌うんだろう。
 家庭の事情なんていろいろある。表に出しはしないけど、祐介だってかなり悩んでるだろう。自分の家族のことを。
 ふと、今日祐介が言ったことを思い出す。
 『何か、一緒にいたいって思う、それだけ。』
 ・・・・・。
 「奏、」
 「?」
 「祐介のこと好きか?」
 「え?」
 「祐介と一緒にいたいか?」
 「うん。」
 奏は笑ってそう言う。
 「葵も祐介もみんな一緒にいたい。」
 ・・・・・。
 「そっか・・。」
 祐介、前途多難と見た。
 
 
 
 
 
 
 5
 朝起きたらアイツが台所にいた。
 なんでこんな朝からいるんだ?オレは無視して飯を作る。もちろん菜美子とオレの分だけ。
 「菜美子は?」
 ・・・・。
 無視する。
 アイツは短く舌打ちをした。
 しばらくして菜美子が部屋からおりてきた。
 「・・・・・。」
 菜美子も驚いている。
 淡々とそのまま飯を食っていたらいきなりアイツが言った。
 「引っ越すからな。」
 ・・・・・・。
 何ほざいてんだ?
 「この家は一年間人に貸す。」
 「は?」何言ってんだ?
 「何それあたしらも行くわけ?」
 「そうだ。」
 ・・・・・!ざけやがって!
 「ざけんな!オレらはおまえと一緒に生活なんかしてねえ!お前一人で行きやがれ!」
 オレがそう言った瞬間にアイツは立ち上がってオレのむなぐらを掴み上げた。
 くそっ!腕を振り上げる。
 「うっ・・・!」
 オレが殴りかかろうとすると逆に腹を思いっきり殴られた。10センチ以上高いヤツにまだ力で勝てない。
 「お前が一人で生きていけんのか?どこに住むつもりだ?あ!?」
 「!」
 言い終わらないうちに床に突き飛ばされる。
 「文句言えた立場かよ。」
 しゃがみ込んでオレを見下ろしながら煙草に火をつける。
 オレは生活力のない自分を散々恨んできた。この期に及んでまた、こいつの言いなりになるのか?
 焼印を付けられないうちに立ち上がってオレは思いっきり強くドアを閉めて家を出た。
 
 「くそっ・・・!」
 あ、菜美子置いてきちまった。大丈夫かな。ま、オレのように殴られたりはしないだろう。菜美子は熱血なオレと違って冷静だ。
 「痛ぇ・・・。」
 オレは何度もアイツに殴られた。明浩が母さんと出てってからアイツの的はオレに変わった。うまく逃げて関わらないように生活していたんだが。
 いつか殴り殺してやる。
 
 
 祐介め・・・・。一人で逃げやがって。
 あたしは学校の準備をして家を出た。あー何か、奴の様子からして今回まじで引っ越さなきゃならないかも。
 「あ、菜美子。祐介は?」
 あたしが行こうとしたら奏がいた。
 「あ、奏。」
 「まだ寝てるの?」
 「やー、ちょっと飛び出して行っちゃって。」
 「?」
 「親父とやらかしてさ。」
 「・・・・。」
 奏は心配そうな顔をする。
 「大丈夫だよ。たいしたことないから。そのうち戻ってくると思うし。」
 「何があったの?」
 ・・・・。
 「うん・・・。家引越すかも。」
 「え・・・?」
 とりあえず二人で歩き出した。
 「引越しするの?」
 「う〜ん。わかんないけど。」
 あたしだってしたくないよ。
 「横暴だからね。」
 「・・・・・・。」
 奏はちょっと放心してる。
 「葵は?」
 「あ、先に行ったよ。」
 「そっか。一人で待ってたの?」
 「うん・・・・。」
 あたしは前から思ってたんだけど、奏って祐介のこと好きなんじゃないかな。やっぱ。いつも一緒にいるしね。両思いだと思うんだけど。
 なんで付き合わないかな。祐介がはっきりしないのと奏が鈍いからかも。
 「どこへ引っ越すの?」
 「あー、分かんない。聞いてない。」
 「・・・・・。」
 あー、なんか奏の表情が暗い。泣きそう。
 「いつ引っ越すの?」
 「あ、それも知らないや。ごめんね。家を貸すとは言ってたけど。」
 奏は心ここに非ずって感じになってしまった。
 ごめんね。あたしにはどうすることもできない。
 今の祐介もきっと。
 
 
 その日一日オレは圭一の部屋にいた。アイツと離れた場所にいるために。
 「そんで飛び出てきたわけ?」
 煙草をふかしながら圭一は言う。
 「んー。」オレはベットに横たわって返事をする。
 圭一はオレの前のバイト先の奴で、高1だ。高校に入ってから一人暮らしをしている。
 今のバイトを紹介してくれた奴だ。普通なら中学生にできないところを圭一が知り合いのトコを教えてくれた。オレは今のバイクとかいじってるバイトが好きだ。
 「で、引っ越すのか?」
 ・・・・・。
 「一年したら戻ってこれんじゃねえの?」
 だいたいなんで引っ越すんだか。アイツが何して働いてるかなんて知らない。
 「わかんね。・・・・・・・。」
 圭一は煙を吐く。煙草臭い。
 「煙草やめれや。」
 オレがそう言うとフーっとオレに煙を吐き出して腹をゴツく。
 「誰の部屋だと思ってんだ?」
 「いっ・・いてぇ!腹殴られたんだっつの!」
 「ああ、わりぃ。」
 煙草の灰を灰皿に落とす。
 「でもお前ほんと煙草嫌いだよな。」
 ・・・・・・。
 嫌いだ。オレは絶対吸わねえ。吸いたくもねぇ。明浩はアイツに何度か煙草の火を押し付けられてた。家に吸殻があるとオレは無償に腹が立ってすぐにすてる。
 オレんちはアイツのせいで煙草臭い。
 「大変だな、お前も。」
 オレはそのままその日は圭一の部屋に泊まった。
 
 次の日の朝、川沿いの通りを流れと同じ方へ進みながら家の方へと向かった。
 何とかひとり立ちできないか、と何度も考えたけど、何か浮かんでは常識に拒まれて打ち消される。一年もどこかに居候するわけにはいかないし。オレだけ何とかなっても菜美子をアイツと二人にはできない。母さんは家庭のある人と再婚したし。学費をいまだに払ってっもらってるのにこれ以上迷惑はかけられない。
 「はあーーーー。」
 でかいため息をついてたら後ろから肩を叩かれた。
 「どこ行ってたんだ?」
 「何だ、葵か。」
 「奏なら良かった?」
 「いや、そうじゃないけど。」
 「引っ越すんだって?」
 「知ってんの?」
 「奏が菜美子から聞いたんだと。」
 「あぁ、そうか・・・。」
 「で、ほんとに越すのか?」
 「わかんねってば!」
 「・・・・・。」
 つい強い口調になってしまった。
 「あ、わり。」
 「いや、いいよ。」
 ・・・・・。
 道路に氷が張っている。今日も朝から冷え込む。学校行かなきゃな。進級は何とかできそうだし。義務教育もあと一年だ。オレは高校へ行ったらもっと金を稼いでアイツとは別のところに住む。バイトも増やす。メインは今のバイトだが。バイクも欲しいしな。
 でも引っ越すとなると辞めなきゃなんねえのかな。どこにいくのかもわかんねぇけど。
 
 「奏は?」
 もうすぐ家を出る時間帯だ。
 「心配してるよ。」
 「そうか・・・・。」
 奏とも会えなくなるかもしれない。
 
 「あ。」
 空から雪が舞ってきた。
 
 オレはまだ14歳だ。一人じゃ生きていけない。
 
 
 
 
 
 
 
 6
 私は苛められて帰った日の夢を見ていた。
 葵につれられて、目をこすりながら帰ってきた私を見てお父さんが言う。
 「奏、どうしたの?」
 「苛められたんだ。」
 何も言えない私の代わりに葵が言う。
 お父さんは私の頭を撫でながら、泣いた私をなだめてくれた。
 「大丈夫。大丈夫だよ。」
 そう言って抱きしめてくれると自然と涙が止まっていった。
 「辛かったね。」
 「・・・・っく。  ・・・うん。」
 「でも、誰かを憎んではだめだよ。」
 「うん。」
 お母さんが、
 「何言ってるのよ。それだけじゃだめよ。」
 「でも、祥子さん、・・・」
 お父さんはお母さんを名前で呼んでいた。お母さんはお父さんを遮って続けた。
 「奏、負けたら駄目だからね。強くならなきゃ!」
 
 強くならなきゃ・・・・・
 
 目を覚ます。今まで見ていた夢が天井の白さへ代わる。
 ・・・・・・・・・。
 ベットから下りて窓の外がいつもと違うことに気づくと、奏はカーテンを開けた。
 窓の外は雪が積もっている。外は白く霞んだ世界になっていて、本当の姿を覆い隠している。
 
 祐介が引っ越すことになった。
 それも大阪に・・・。四月から祐介はいなくなる。
 遠いところへ行ってしまう。
 ・・・・・・。
 寒いなあ。真っ白だなぁ。
 隣の家を見ながら今までにない心もとなさを感じていた。
 
 「奏、30分だぞーー。」
 下で葵が呼んでる。行かなくちゃ。
 そしていつものようにご飯を食べて、準備をして家を出る。なのに何でだろう、いつもと違う。
 ちょっと待ってたけど祐介は出て来なかった。
 「呼んでこいよ。俺先に行くわ。」
 「え?行くの?待たないの?」
 「いいからお前一人でいけよ。」
 何でなんだろう?
 「じゃな。」
 葵はそのまま先に行ってしまった。
 私は祐介の家のインターホンを押した。
 ・・・・・・・・。
 反応がない。どうしたのかな?まだ寝てるのかなぁ。
 ノブを回そうとしたら中で大きな音がした。何かが倒れるような音だった。私がドアを開けてみると鍵がかかっていなかったのでそのまま中に入った。
 「お前はまだガキなんだよ!」
 そう叫ぶ怒鳴り声が聞こえた。私はびっくりして玄関のところで立ち止まった。
 祐介が口元を押さえながらこっちに歩いてきた。
 「あ、」
 ・・・・・・。
 「奏・・・・。」
 私に気づくと祐介は私の腕を引っ張って外へ連れ出した。奥の方で祐介のお父さんの姿が見えた。見たのは2度目だった。背が高くて顔が祐介と少し似てた。話したことはない。
 
 「あ〜。痛ってえ・・・。」
 ・・・・・・。
 祐介は口から血が出てた。口の横が切れてる。すごく痛そう。
 「あ、だいじょぶだから。痛いけど。」
 「大丈夫じゃないよ・・・。血が出てるよ?」
 「マジで?・・・・・あ、ほんとだ。」
 私がハンカチを探そうとすると
 「あ、いい、いい。」
 そう言って祐介は手で拭った。
 「な、奏―。」
 「?」
 「今日サボってどっか行かない?」そう言う祐介の表情は見えない。
 「え?どこ行くの?」
 「学校じゃないトコ。」
 祐介は膝に手を片手を置いてかがんでいた姿勢から立ちあがった。
 「な?」
 「うん。」
 
 祐介と私はいつもと反対の方向へ歩き出した。積もった雪を踏みながら。
 「祐介・・・・。」
 「んー?」
 「血、止まった?」
 ときどき手を傷のところへもって行く祐介が気になった。
 「う・・・ん。大丈夫だよ。」
 ・・・・・・・・。中が切れてるんじゃないかなあ。話しづらそうだった。
 「最近アイツ朝から起きて家にいんだ。」
 祐介は話し始めた。アイツっていうのはきっとお父さんのこと。葵に、そのことは突っ込むなって何度も言われた。わたしはただ黙ってゆっくり歩きながら話を聞いた。
 「なんであんな奴と血が繋がってんだろうっていつも思う。
 母さんが出てったのもアイツのせいだし・・・。断ち切れるなら断ち切りたい。
 アイツに養ってもらうのが嫌でさ、必死にバイトして。・・・・・・・・・・・。
 早く一人立ちしたい。」
 祐介は落ち着いて話していたけど悔しそうに手を握り締めてる。
 ・・・・・・・・・・。
 「でも実際それは無理でさぁ・・・・・・・・・。」
 祐介が目線を上へやったから私も上を見た。雲が流れてる。白い風景に青い空が綺麗だな、と思った。
 「海見に行かね?」
 「海?どっちにあるの?」
 「電車で行こう。」
 
 私は知らなかった。電車で20分程で近くの海まで来れた。
 空はもう晴れて、雪が溶けかけてきらきら光ってた。
 冬の海は寒くて、私たちは海岸のコンクリートのとこに座って一時間くらい話した。
 いつものようにクラスの子のことや、葵や宮っちゃんのこと、テレビの話。私のピアノの話。祐介が剣道で段を取ったときの話。いっぱい話した。知らなかった祐介のこともいっぱい知った。楽しかった。祐介といると時間が経つのが早いなぁ。
 「腹減ったなあ。」
 そろそろお昼になる。外にいてもそんなに寒くない。
 「うん。そうだねぇ。」
 「そろそろ戻るか・・・・。補導されたらめんどくさいし。」
 私たちは制服だった。
 「うん。そうだね。」
 
 帰りの電車の中。昼過ぎの電車は空いていた。日差しも心地良く入って来て私はうとうとしてた。
 「な、奏・・・。」
 ・・・・?
 祐介がこっちを見てた。
 「あーー、」
 ?
 「えー・・・・・・。」
 「どうしたの?」
 「や、何でもない。」
 「?」
 「ありがとな、今日は。」
 「付き合ってくれて。」
 「うん。楽しかった。」
 
 祐介と二人で出かけたのは初めてだった。
 でも祐介は引っ越してしまう。
 
 
 
 
 次の月の末、祐介は遠いところへ行ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 7
 オレが引っ越す日、奏は泣いていた。
 
 オレはそのとき初めて、自分が誰かに必要とされてると感じることができたのに。
 
 もうその奏は側にいない。
 
 
 新しい生活が始まった。オレの越した先は大阪でも田舎の方で、前いたトコよりもバイトが探しにくそうだった。小さなアパートを借りて住むことになる。アイツはやはりいないことが多かったからまだ良かった。しかし、かなり狭い。学校も遠い。買い物に行くのもスーパーまで歩いて10分以上かかる。チャリを買わないとならないかも。
 ぼーっと買い物袋を提げたまま慣れない道を歩く。にしても何もないからなあ。とりあえず早く電子レンジが欲しい。冷蔵庫しかないし。テレビはこの際諦めよう。
 家電製品は全て家と一緒に貸すのだと言う。その金で何をするんだか。
 
 そして四月になりオレは新しい学び舎へ・・・・。学ぶ気はねーけど。
 始業式に参加し、教室で軽く紹介されて一番後ろの席へ座る。
 「なあ、お前名前何やったっけ?」
 隣のやつが話しかけてきた。
 関西弁だ。当たり前なんだが。
 「梶浦。」
 「へー。・・・おれは橋本。」
 「澤田には気ぃ付けた方がええで。」
 と、さっきオレを教室まで案内した担任の名前を出した。
 「なんで?」
 「あいつ変なやつやからな。目ぇ付けられたらやりにくいねん。」
 確かに第一印象はいけすかねーやつだったけど。初日にいきなり生徒から注意を受けるようなやつが担任とは。ついてないな。
 「何されんの?」
 と聞いたらその澤田が教室に入ってきた。
 「座れよー。」
 と授業が始まる。
 あ、教科書まだ無い。どうすっか。別に読まないからいらないけど怒られるかな。つか、いらねーもん買うのは惜しい。まだバイトもみつけてない。
 「見したろか?」
 さっきのやつ、あ、橋本。橋本が言ってきた。いいやつじゃん。
 「おう、サンキュー。」
 オレはガガーと机をひっつけた。
 
 「こら!音たてるな!!」
 「は?」
 ムカツク。いーじゃねーか別に。でも、もめるのが面倒くさいから黙ってよう。オレもカシコクなったじゃん。と怒りを抑えたとたん、
 「転校生、12ページ読んでみろ。」
 は?何でいきなりオレ?しかも“転校生”って。名前さっきお前が紹介したんだろうがよ。忘れたとは言わせん。
 わざとか?
 受けて立つぜ。苛め教師。オレの成績は下がんねーはずだ。一番下だろーからな。
 「はいよ。」オレは立った。
 オレは教科書を借りて読もうとした。12・・・。12・・・・。・・・・・。
 12?
 なんだこのページ。単語ばっかじゃねえか。これ読んでなんか意味あんのか?
 静まりかえった教室。皆オレを見てる。
 はっはっは。なーーーん。こいつマジオレを的にする気か。暇なやつめ。
 オレは下手な発音で意味も分からない単語を無理やりカタカナに直して読んだ。めっちゃ速く読んだ。
 「もういい!」
 ふてくされた顔で澤田が言う。・・・・・。勝った!
 当てたのはお前だろーが。バカめ。オレは座った。すると橋本が
 「お前下手やな。」
 「まあな。」
 「でもやるなあ。」
 ははは。あーーーー。何か面白いことないかな・・・・。
 
 
 「梶浦君。」
 休み時間、オレの席の横に一人の女の子が来て言った。
 「机新しいの来とるんやって。代えたい?」
 「あー、あるなら代えて。」
 この机相当ボロい。
 「ほなついてきて。うち一人やったら持てへんから。鍵借りてん。」
 そう言うので用具室らしきとこへ案内される。その子について廊下を歩く。ショートカットで快活そうな後ろ姿だ。
 「学級委員てやつ?」
 「そうやで。何、あんたんトコおらんかったん?」
 「や、いたけど。」
 親切だなーと思って。
 「あんた、背ー高いなあ。あんま並ばんどって欲しいわ。うちチビやから。」
 そういうその子は確かに背が低かった。奏といるときより目線が下になるなあ。
 ・・・・・・。
 奏と比べてしまっている。
 「何センチなん?」
 「え?」
 「背ー。」
 「ああ、ちゃんと覚えてない・・・。」
 「180あるん?どうやったら伸びるん?」
 こっこだわるなあ。そんな悩んでんのかな。
 「え、さあ・・・・。てか、80はない。」
 「ふーん。」
 そして机を運び出す。
 「オー、新品じゃん。」
 「・・・・・。」
 「じゃん、て変やで。」
 「は?」
 「語尾が変や・・・・。」
 何だと?
 「おかしいのはそっちだろ。」
 「だろ!?・・・・。やーー、だろって聞き慣れんわ〜。気持ち悪いわ〜。」
 「気持ち悪い〜?」
 ・・・・・。何を言うか。変わったやつだなこいつ。関東から来たんだから当たり前じゃねえか。
 「こっちが標準語なんだってばよ。関西弁が邪道。」
 「まー、そう怒らんと。」
 お前が文句言うからじゃん。と思ったけど黙っておいた。言っても無駄な気がする。
 「あ、部活は入るん?」
 「入る気はないけど入るなら剣道部。」
 「ないで、そんなん。」
 ・・・・・。そうか、4クラスしかない学校だしな。人数少ないとあんま部活ないのか。どーでもいいけど。
 
 教室へ運んでいると澤田がいた。・・・・・。
 「転校生、後で職員室に来いよ。」
 ・・・・・・・・。
 そう言い残し歩いていった。
 
 「何かしたん?」
 「何もしてねーよ。あいつってやな奴?」
 「かなり。」
 ・・・・・・・・・。
 
 あーーーーー。何かいいことねーかなあ。
 
 
 
 
 
 
 
 8
 四月になって、祐介が越してった。隣の家はまだ誰もいないようだ。にしても奏にこうも落ち込まれると俺までなんか気が重い。奏は何とも気落ちした毎日を送っている。仕方ないだろう。いつも側にあって確認できていたものを失くしてしまうのは、人間にとって何より辛い事なんじゃないだろうか。それなら最初から無ければ良い、でも求めずにはいられない、という歌詞は山ほどある。そやそうだ。人間は幸せが日常にあると、大事かどうかの確認を怠り、無くして初めて気づく。そして無いものを欲しがる愚かな動物。俺だってそうだ。奏も例外ではない。ただ、損失から立ち直るかどうかは本人次第なんだ。
 
 「奏、」
 「・・・・・・・・・。」
 「奏!」
 はっと目が覚めたかのように反応する。
 「な、何?」
 「宮原と遊びに行くんだろ。もう11時だぞ。」
 「あ、ほんとだ。」
 「早く行けよ。」
 「うん。行く・・・・・。」
 リビングでぼーっと考え込んだ顔をしてた奏は、定まらない目線で鞄を持って出かけようとした。
 「車に轢かれんなよ!」
 「うん。」
 ・・・・・・・。
 「じゃあね。」
 ドアが閉まる。・・・・・・・・。
 大丈夫だろうか・・・・・。
 TELLLLLLL・・・・・・・・・・
 「あ。」
 中で電話が鳴った。俺は受話器を取りに行った。
 「もしもし、福島です。」
 『あ、葵〜?』
 げ。
 「何?」
 『ふふっ。来週にそっち、帰るからぁ。』
 「え?」
 『何よう・・・。奏は?』
 「出かけてる。」
 『そうなの、奏にも言っといてね。お土産買って帰るから。楽しみに待ってなさいね。』
 ガチャッ・・!
 ツーツーツー・・・・・・・。
 いつもこうだ。母さんはいきなり行って、突然帰って来る。今回は電話があるだけましか・・・。
 ま、奏が喜ぶだろう・・・・・・。
 
 
 
 宮っちゃんとの待ち合わせはこの駅なんだけどなぁ。まだ来てないなあ。私が携帯電話を買えばいいんだけど。まだ買ってないからなあ。こういうとき欲しいと思うけど、私あんまり使わないだろうからなぁ。
 駅にはたくさんの人がいる。皆何か目的を持ってすれ違っていく。こんなにたくさんの人がいるのにここにもう祐介はいないんだなぁ。こうして宮っちゃんとの時間や葵がいるときは寂しさを忘れられるけど・・・・・。一人になると不安になる。やっぱり祐介は私の近くにいてくれてたんだって、そう思った。
 「奏!ごめん!遅れたー!」
 宮っちゃんが私を見つけて走って来てくれた。待ってた人が来ると、どうしてかな。遅れて来てくれても嬉しい。
 「今日はさ、買い物じゃなくってカフェに行ってみない?」
 「カフェ?」
 「そー。流行のカフェでまったり話すの。行こっ!」
 「うん。」
 私はいつも誰かに決めてもらってるな。こういう風に引っ張ってってくれる人といると安心する。でもそれだけじゃダメな気もする。
 意見とか言えたり輪の中心になる人ってすごい。そういう風になれたらな、っていつも思う。
 
 宮っちゃんと入ったカフェはすごく落ち着いたインテリアで、私たちは窓際に座ることができた。
 私も宮っちゃんもデザート付のランチセットを頼んだ。
 「調査したんだー。この店は安くてゆっくりできる、ずっといてもいいって書いてあってさー。」
 「すごいね、おいしそうだしね。」
 きれいなレイアウトのメニューには他にもたくさんのおいしそうなケーキや、ドリンクも多く載っていた。
 「ね、奏―。好きな人いる?」
 「好きな人?」
 「うん。」
 「いるよ。」
 「えっ!誰?遼平?」
 「うん。段ちゃんも葵も、宮っちゃんも、・・・・・」
 「ああ、なんだ。そうじゃなくてさー。前遼平のこと気になるって言ってたじゃん。そーいうの。」
 私は何度も宮っちゃんに同じ質問をされたことがあるんだけど、何が違うのかまだ分からない。みんな好きだから欲張りなのかな・・・。
 「まだ気になるっしょ?」
 「え?」
 「遼平のこと。」
 「うん、やっぱり一人でいるよね。強いよね。」
 「わたし彼氏と別れちゃってさ、・・・・」
 「え?」
 宮っちゃんはその彼氏の人の話いつも楽しそうにしてたのに。私は会ったことないけど、年上だって言ってた人だよね・・・。
 「ふっ・・・・。」宮っちゃんは諦めたように笑った。
 「暗くなんなくていーよ。もういいのよ。私は。当分は一人身でいて女を磨くの。」
 ・・・・・・・。
 そして私の手を取って言う。
 「だけどね、恋愛話が周りにないとつまんないの。だから、」
 「失礼致します。ランチセットになります。」
 食事が運ばれてきた。
 「あ、おいしそう。」
 宮っちゃんはおしぼりを取り出しながら続けた。
 「だからね、奏の恋愛を応援するから。何でも言ってね。」
 ・・・・・・。恋愛ってよく分かんないんだけどなあ。
 「協力するのも女を磨きます。」
 「うん・・・・。」
 「って書いてあったんだ〜。」
 宮っちゃん雑誌が好きなんだなあ。
 
 
 そして宮っちゃんと一日しゃべってた。
 誰かと一緒にいて、そのあと一人で帰るのって寂しいな・・・・。明日も会えるんだけど。宮っちゃんとクラス離れちゃったし・・・・・・・。葵とは同じクラスにしてもらえないみたいだし・・・。
 帰り道。暖かくなった空気がしっとりとした香りで包んでくれる。学校への通り道。
 いつも一緒にいたのに・・・・・。
 
 あ。
 ・・・・・・・・。段ちゃんだ。
 前の方で段ちゃんが歩いているのが見えた。
 どこかへ行ってたのかなぁ。
 私は追いついて呼び止めようとした。すると足音に気づいて段ちゃんが振り返る。
 「・・・・・・・。」
 「段ちゃん、今帰り?」
 段ちゃんは何も答えない。スタスタと歩いて行くからそのままついていった。
 歩くの速いなあ。
 「何だよ、何か用?」
 「ううん、そうじゃないけど。」
 何か話したいなぁ。段ちゃんはどうしていつも一人でいるんだろう。
 「ついてくんなよ。」
 ・・・・・・・。
 「段ちゃん、あ・・・・、」
 えっと
 「寂しくないの?一人で。」
 何も答えない。私はついて行くのがやっとで横に並べない。
 「ね・・・」
 いきなり、段ちゃんはばっと立ち止まった。
 「俺、お前ら嫌いなんだわ、だから二度と話しかけんじゃねえ。」
 ・・・・・・・。
 そう言ってまた歩いて行ってしまった。私はついて行けなかった。立ち止まったまま動けなかった。
 
 
 
 9
 最近アイツがオレのいつ時間にいることが多い。そしてお互い機嫌が悪く、時にののしり合いになる。そして殴られる前にオレが部屋を出る。
 そして、外に出てバイトを探している日々が続いた。中学生というだけで雇ってくれない。
 あーちくしょー。なるべく母さんが振り込んでくれる金には手をつけたくない。こうなったら年をだますか・・・・・。
 
 学校ではここんとこずっと澤田の標的になってる。まじ、しつこい。たいしたことじゃないんだが、やり口が気に食わない。ねちねちと遠まわしにオレにストレスを溜めさせる。はっきり言って限界に近い。暑くなってきた上にストレスまで溜まって、イライラすることこの上ない。
 殴ったらだめかな?退学かな?
 と、橋本に言うとやつは
 「当たり前やん。」
 ・・・・・・・・・。
 「確かに腹立つわなぁ。」
 そんな一般的なもんでない。
 「あいつ死なないかな。」
 「恐ろしいこと言いなや。」
 や、まじで消えて欲しい。死ななくともオレの目の前には現れないで欲しい。
 「まー、あいつはお前みたいなやつが気に入らんのやって。苛められっ子タイプって感じやしなぁ。」
 「オレは苛め役ってこと?苛められてんのはこっちじゃんかよ。」
 「誰に苛められてとん?」
 オレ達のそばに学級委員のあの子が来て言った。れ?名前何だっけ?にしてもこの子興味津々といった顔だ。そして橋本が
 「さ・わ・だ」
 「ああ、なんや。先生な。まーあいつはしゃーないわ。」
 いやいや、そんなんで片付けられても。困ってるんだって、オレ。その子はあごに手を持っていって考える仕草をした。
 そしてオレの方を見てにやにやと笑いながら自分の席へ帰って行った。
 ・・・・・・・・・・・。
 「あの子変わってるよな。」
 「渡辺?」
 「ああ、渡辺さんての。何か変ってね?あの子。」
 「渡辺賢いんやで。クラスで成績が一番のやつが学級委員なんやって。この学校。」
 「へー。」
 
 
 昼休みオレは昨日アイツがいたことやバイトが見つからない苛立ちや、ムカツク先コーのことを考えて窓から外を見てた。ああ、いい天気なのになんでこんなオレはイライラしなきゃなんねんだ?
 「何、怖い顔しとん?」
 ・・・・・・・・。
 振り向くと今時の雰囲気の女の子がじっとオレを見てた。誰だっけ。オレは名前をほとんど覚えてない。
 「いや、別に。」
 その子はオレのまえの席に座った。
 「梶浦君て、彼女おるん?」
 「え?」
 唐突な。なんだ、一体。
 「いや、いない。」
 そうゆう存在がいたことはかつてない。
 「そーなんや。ほんなら、好きな子は?いてる?」
 ・・・・・・。
 いる・・・・・、よな。
 好きだもんなぁ。
 てか、なんでこんなこと言わなきゃなんないんだ?話したこともないのに。
 言う必要ないか・・・・。
 「なんで?」
 「えー、おるんかなぁ、思て・・・・・。おるんやろ?」
 回りくどいのは嫌いだ。いるって言えばいいか。いるんだから。なんか追求されそうだ。
 「ああ、いるよ。」
 そう言うとその子はじっと考え込んで、
 「・・・・。このクラスの子?」と聞いた。
 「違う。前住んでたとこの子。」
 「・・・・・・・・・。そーなんや・・・・・・・。」
 椅子に手を掛けながらその子は髪を何度手でといていた。そうなんだよ。
 「あたし・・・・・・、」
 とその子がなにか言いかけたとき、
 「梶浦!ノート出・・・・・」
 橋本が来た。オレとその子を見て不思議そうな顔をする。
 「あ、あたし行くわ・・・・。」
 と言って立ち上がり、橋本の横を通り過ぎてどっかへ行った。
 ほ・・・・・・。なぜか落ち着いてる・・。
 「ノートがどした?」
 「何話とったん?」
 「え?」
 いやに真面目な顔つきで言う。いつもへらへらしたイメージなんだが。
 「相川と・・・・。」
 「ああ、なんか質問されただけ。」
 「・・・・・・・・・・・。」
 ・・・・・・・・。
 「ふーん・・・・・・。あ、ノート出せよ。昼休みまでやで。」
 「え?何の?」
 「英語。提出せな怒られるで。」
 えっ・・・・。まじかよ・・・・。そういや何か言ってたなあ。何もやってね。英語っつったら澤田じゃん。ノートを出さないと呼び出される。
 「写す?」
 「おう!サンキュー!」
 と、橋本のノートに手を出そうとするとパッと上に上げられた。
 「やっぱ、止めた。自分でやってみ。一回ぐらい。」
 「なんだよそれ。」
 「お前も澤田に打ち勝ちたいやろ。ならば己の力でやらねば・・・・。まだ時間あるしな。」
 「はあ?」
 「とりあえず、貸したらへん。」
 「ケチ。」
 
 そしてオレはやる羽目になる。あーー、わかんねー。うーーーー。葵さえいりゃーなあ。
 オレは勉学の提出関係は皆葵のを写していた。あいつは自分のノートを出し惜しんだりせず、誰にでも貸してやってた。勉強も教えてくれたし。ああ、いい奴だったのに。ほお杖をついて問題と格闘してると委員長の渡辺が来た。
 「がんばっとーなぁ。」
 ちらちらオレを見る。なんだあ?
 ・・・・・・・・。
 「ふふふ・・・・・・。」
 またしても不敵な笑みを浮かべてオレを見る。困ってんだけどな。
 「ノート見せてくんねぇ?渡辺さん賢いんでしょ。」
 と、ねだってみると腰に手を当てて自慢げに言う。
 「まあな。うちのん写したら完璧やぁ。」
 「おお!」
 褒めねば!
 「条件によっちゃあ見せたってもええで。」
 「何?」
 すると内緒話をするかのようにオレの耳に手を添えて小さな声で言った。
 「さっき、相川さんと何話してたん?」
 なぜ小声にする必要があるのかよくわからない・・・。
 「それ、教えてくれたらうちもええこと教えたんで。」
 「まじ?ノート見せてくれる?」
 「見しちゃるで〜。」
 うきうきした顔つきでそう言う。面白いな、こいつ。
 「で、何話してたん?」
 
 オレが内容を説明すると、渡辺はクックックッと笑って
 「やっぱりな、あーおもろ。」
 「で、いいことって?」
 するとまた耳打ちをして
 「橋本は、相川さんが好きなんやで。」
 ・・・・・・。
 「これ常識。」
 「へー。・・・・・。」
 それでなんか勘違いしてオレにノートを貸してくれなかったのか・・・・・・。
 「梶浦君も大変やなぁ。ふふふ・・・・。うちはネタ好きやから見とっておもろかったわ。あんたの周りはネタ多そうやわ。また提供してーや。」
 大変だねと言う表情じゃないぞ。その顔は。てか、オレネタかよ。
 「まあ、いいや、ノート見せて。」
 「ああ、ちょっと待ってや。」
 そして一番前の自分の席へ行ってノートを持って来た。
 「はい。完璧やでー。」
 受け取ろうとすると。またしてもパッと上にあげられ、
 「ありがとう、は?」
 ?・・・・・・・・・・。
 「あ、ありがとう。」
 「ん。ええで。」
 がめついな・・・・・。
 と渡されたノートを見ると、きれいな字で“渡辺あきら”と書かれていた。
 「あきらって名前?」
 「そうやで。かっこえーやろ。ひらがなってとこがミソやねん。」
 「はぁ・・・。」
 パラパラと中をめくる。バカなオレが見てもわかる完璧な出来栄えだった。葵といい勝負かも。
 「おっすげー。まじエライんじゃん、渡辺さん。」
 「ふっふっふ。もっと言っていいよ。」
 ・・・・・・・。
 やっぱ変だ、こいつ。面白いからいいけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 10
 奏が泣いて帰ってきたときはどうなるかと思ったが、ちょっと不安定な奏を察したのか、母さんが今回はかなり長くこっちにいてくれている。奏は何で泣いていたのか問い詰めても言わなかったが、まあ、元気になったからいいとしよう。
 「葵〜!」
 キッチンから母さんが呼ぶ。俺はリビングにいるんだからそんなでかい声出さなくても聞こえるっての。
 「何?」
 また何かやらかしてるようだ。はっきりいってこの家にまともに料理ができる人間はいない。祐介はすごいよな。まともな料理をいつもちゃんと作ってた。
 「本取って。そこの。・・・違うっ!その隣!」
 何でこんないっぱいあるかな・・・・。しかも素人用じゃないだろう、この題名は。買った方が楽だし、家の場合外食の方が安くつくんじゃないか?見たこともない食材を買い込んできてどっさりと並べている。
 「何、これ?」
 「イタリアンよ。」
 変な臭いが漂っている。これは食べ物の臭いか?
 「味見して。・・・ほら。」
 小皿に少し取り手渡す。・・・・・・・。
 「どう?五つ星レストランの味でしょう。」
 「マズイよ。食えなくはないけど。」
 「なっ!・・・・・・。」
 すると悟ったように、
 「子供にはこの味が分かんないのよね・・・・。」
 ・・・・・・。何を言うか。
 「あ、何作ってるの?」
 母さんの趣味で着飾られた奏が来て言った。母さんは服のデザイナーだ。もちろん女物なわけで、小さい頃は奏とお揃いで服を着せられ、女の子とよく間違えられたという嫌な思い出がある。
 「変なもんだよ。」
 「おいしいのよ。食べましょ。」
 
 そして食卓を囲む。マズイけどまぁこうやって家族で一緒に食えるんだからいいか・・・。
 「それにしても祐介君がいればね〜。料理してもらえたのに。」
 祐介は何度か母さんと会ったことがある。その度になんか作らされてたような気もするが・・・。
 「どこへ行ったんだっけ?」
 「大阪だよ。」
 「そうなの。ま、日本なんだから、私よりは近いわね。」
 ・・・・・・・・・・。ま、それはそうだが。
 「会おうと思えばいつでも会えるわよ。」
 「うん・・・・・・・。」
 奏はポツリとそう言った。
 
 
 
 暑くなる前にと言って、お母さんは仕事へ戻って行った。寂しくなるなぁ。でも、もうすぐ夏休みだし、きっと楽しくなるよね・・・。去年の夏休みは何をしてたんだっけ?
 あ、そうか・・・。祐介のバイト先を見に行ったり、・・・・・・。あ、それにピアノで難しい曲を練習したり、宮っちゃんと泊りがけで遊びに行ったりしたんだったなぁ。今年は勉強しないとダメだろうなあ。進路調査で宮っちゃんの言ってた高校を書いたら、もっと頑張らないと無理だって言われちゃったし・・・・・・・・。葵とは同じとこなんて行けないし、高校へ行ったらみんなばらばらになるのかな・・・・。
 ・・・・・・。嫌だな・・・・・。
 
 「奏―、遼平と何かあった?」
 放課後教室に残って期末試験の勉強をしてたら、宮っちゃんが急に真剣な顔でそう言った。
 ・・・・・・・。
 「避けてるよね・・・・。」
 「う・・・ん・・・・・。」
 そうかもしれないって思ってたけど、直接嫌いって言われてすごく悲しくかった。お前らってのは多分葵と私のことなんだろう・・・・。だから葵にもそんなこと言われたなんて言えなかった。
 「なんで?」
 「嫌われてるから・・・・・。」
 「・・・・・・・。」
 宮っちゃんは考えた顔をしてこう言った。
 「あいつ、ひねてるだけだよ。素直じゃないし、プライドが高いから、何か孤高の状態なだけだって。ほんとは寂しいんだよ。」
 「ココウ?」
 「ま、カッコつけてるだけってこと。奏の癒しによって救われるのよ・・・・。」
 うっとりとしてうなずく宮っちゃん・・・・。そんなわけないよ。
 「私に誰か救えたりしないよ・・・・・・。」
 「・・・・・・・・。」
 「そんなことないって!私だって奏に癒されるもん。」
 「え?」
 「奏って天然だから、一緒にいると落ち着くの。うん。」
 「テンネン?」
 「まーまー。とりあえず、恋は辛いものなのよ。だから欲しくなるの・・・。」
 ・・・・・・・。
 「ドキドキするでしょ?」
 「ドキドキ?」
 「そう。なんか近くに来ると目を向けちゃったり意識したりするのよ。」
 「うん・・・・。」
 「応援するから!頑張ってよ!」
 肩をバンっと両手で叩く。
 「う、うん・・・・・。」
 恋なのかなぁ・・・・。確かにつらいけど・・・・・。
 
 
 宮っちゃんにああ言われてよく考えてみた。つらいけど、もしこれから私が頑張ることによって段ちゃんと仲良くなれたら、それがいいなって思った。恋っていうのはよくわかんないけど、意識してるのは自分でもなんとなくわかる・・・。葵を見るのとは違う感じ・・・・?なのかな。それでいいのかな?わかるようになるのかな・・・。
 私がそう言うと、葵は
 「何で仲良くしたいわけ?なんかメリットあんの?」
 と不機嫌そうに言った。
 「まあ、お前が好きっつんならそれはそれで他の誰が何言ったって意味ないんだけど。・・・・。ただ、俺はあいつ嫌いだし。まあ、それとは関係ないけど。・・・・。
 俺に何か言えってんなら、・・・・・・」
 「何?」
 「や、いい。お前のことなんだし、お前がやりたいようにやれよ。それも経験になるんじゃねえの?お前はもっと人と関わった方がいいし。」
 「そうか・・・・・・。」
 「たださ、・・・・・・・」
 「うん。」
 「傷つけられたら・・・・・」
 ・・・・・・・・。
 「慰めてやるよ。」
 
 
 
 次の日の朝起きて、俺はなんかつじつまの合わないようなすっきりしない気分だった。
 俺何応援してんだ?まるで告白するみたいじゃんか。そうじゃないよなぁ。なんであーゆー話になってるんだっけ?てか、よく考えると宮原が煽ったんじゃねーか?告白しやしないだろうな。ってかまじに好きなわけ?どこが?あっいかん・・・・。・・・・・・。個人的感情は置いておくとして、奏本人いまいち分かってないと思うのは俺だけか?
 
 朝、そう思いついたのに、直前になって試験がーとか言って慌てる奏に勉強を教えたりしてたら話す暇もなくて、俺たちはそのまま学校へ行った。
 
 
 
 
 
 あのとき、あの朝、俺が言っておけば・・・・・。
 このあと後悔するなんて、そのときはまだ全然分かってなかった。
 これほど悔やむことになるとは思いもしなかったんだ・・・・・。
 
 
 
 
 
 11
 一時間目から英語のついてない日。いきなり英単語テストとかやらされてるオレ。もうすぐ試験も始まる・・・。意味を書けだのスペルを書けだのと問いただしてくるその紙を睨みながら、何だってオレはこんなことしてんだ、と頭にきて考えるのもめんどくさい。
 澤田がオレの横を通る。オレがチラッと目をやると、あざ笑うかのように見下している。あげくオレの鞄のすそをさりげなく踏んで行った。
 ムカツクーー!あーもー、ぼこぼこにしてやらなきゃ気が済まねぇ!!何かいい方法はないだろうか・・・・・。
 そのことを渡辺に言うと
 「はーん・・・・。そうやなぁ・・・。」
 考え込む。いや、まじで考えてくれ!
 ネタが欲しいのか、渡辺はここんとこよくオレと橋本の会話に混ざる。
 「階段から突き落としせば?」
 と横から橋本。
 「オレが?」
 「もち。おれなわけないないやーん。」
 「見つからないか?」
 「誰もおらんとこでな、バーン後ろから倒しちゃればええやんか。」
 人事だと思って・・・。
 「あほ。退学になるで。そんなことしたらー。」
 「そやそーかーははは。」
 いや、笑い事じゃないし。オレが橋本に目をやると憮然とした表情で目をそらす。その光景を見て渡辺が嬉しそうにオレを見る。何を考えてんだか。
 
 
 帰り道、この前高校生と偽って面接したバイト先から電話がきた。菜美子が新機種に替えていらなくなったという携帯をもらって初めてのコール。
 「おお。」
 携帯があって良かった。菜美子がどうやって手に入れたかはこの際気にしないとしよう。
 「あ、はい、・・・・・・、分かりました。」
 何とか採用され、オレは明日からバイトに行けることになった。
 一人笑っていると後ろから足音が近づいてきた。
 「梶浦君。」
 ・・・・・・・。えっと、・・・・あ、相川さんだ、相川さん。
 「何笑っとん?」
 「いや、ちょっとな。」
 学校のやつには言わないほうがいいだろう。ばれたら辞めなきゃならなくなる。
 「梶浦君の家こっちやったんやなあ。」
 「あ、うん。」
 オレの半歩後ろをついてくる。この辺に住んでるのだろうか。
 「あたしもこっちやねん。」
 「へー。」
 「梶浦君、部活入ってへんやんか、いっつも何しとん?」
 「え?バイト探・・・・、あ、いやいや何もしてねーよ。飯作るだけ。」
 「・・・・・。自分で作っとるん?」
 驚いた顔してオレを見る。
 「家母親いねーから。」
 妹はいるが。菜美子はあんま作らない。だからオレがやるしかなくて、できるようになっただけだ。
 「あ、・・・・・・。そうなんや・・・。」
 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 シーンとする。う〜ん。何か会話がもたねぇ。沈黙がこんなにもバツの悪いものなのか、と初めて分かった。こんなことなかったなあ。
 そのまま何も言わず交差点のところでお互いの帰り道が別れる。
 「あ、じゃあね、あたしこっちやし・・。」
 「おう。」
 曲がろうとしたら、
 「あ、梶浦君!」
 振り向くと少しはにかんで鞄を両手で持ちながら言った。
 「また、一緒帰ろな。」
 ・・・・・・・・。
 そしてパタパタと走って行った。増えてきた蝉の声に紛れてオレは思い出してた。いつもあった言葉を。
 
 
 ――― 一緒に帰ろう --――
 
 
 
 
 
 
 今日は試験が三つあった。どれもあんまり分からなかった。平均点が取れるのは音楽と英語が時々・・・。何でこんなに難しいんだろう・・・・。
 私はまだ新しいクラスに馴染めないでいた。今日はもう終わりだから宮っちゃんのと帰ろう。と思って宮っちゃんの教室をのぞいてみた。
 宮っちゃんはいなかった。ホームルームは終わってるのになぁ。部活に行っちゃったのかな。私の部はテスト期間はないけど、宮っちゃんの入ってるバスケ部は強いから、テスト期間中でも、試合前だと練習があった。葵はいつも友達と帰るし・・・・・。
 ・・・・・・・・・・。一人で帰ろう・・・。
 影がすごくくっきり出る日差しの強い昼下がり・・・・。私は長袖の中に手を隠して歩いた。暑いなあ。でもやけると痛くなっちゃうからなあ。下を向いて帰ってたら、後ろから来る人影が私の影に重なりながら前へ進んでいった。
 「あ、段ちゃん!」
 顔を上げたら段ちゃんだった。つい声をかけてしまった。
 「部活は?」
 ・・・・・・・・・。隣に並んでみた。
 「話しかけんなっつったじゃん。」
 「ごめん。でも段ちゃんと話したいから・・・。」
 「・・・・・・・。何で?」
 いつものように平然とした表情で言ってきた。
 「な・・・・、仲良くなりたいから・・・・。」
 何だか緊張していた。怒られるかな・・・・。嫌いな人に言われても困るかな・・・。
 段ちゃんはやっぱりそのままの表情で、
 「へぇ。・・・・」
 そしてしばらく歩き続けた。私は段ちゃんの後をついて行く。もうすぐ段ちゃんの家。何度か前を通ったことがある。
 ドサッ・・・
 前から自転車が通り過ぎようとしたときに、私は緊張していたので、避けようとして鞄を落としてしまった。自転車が軽く曲がってそのまま後ろへ消えていった。
 鞄を拾おうとしてしゃがみ込んだとき段ちゃんが言った。立ち止まって、私が拾うのを見下ろして。
 「お前さ、」
 「え?」
 拾って立ち上がる。
 「俺のこと、好きなわけ?」
 ・・・・・・・。
 なぜかのどの奥が痛くなって答えられなかった。苦しい感じがした。段ちゃんは立ち止まったまま私を見てる。表情は見えない。私が下を向いてしまったから。
 「来いよ。」
 「え?」
 ぱっと私の腕をつかんで歩き始める。
 どうしたんだろう?私はそのまま引っ張られて、早足の段ちゃんの後を追うように歩く。
 ・・・・・。
 「段ちゃん・・・・?」
 「俺が好きなんだろ?」
 「・・・・・・。う・・・・・・ん・・・・。」
 段ちゃんは私の腕をはなした。そして立ち止まった。いつの間にか段ちゃんの家の前だった。ポケットからカードを出して門を開ける。
 すごいなぁ・・・・・・。コンクリートでデザインされた、その大きな家の中に入っていく。
 ぼーっと家を見て立ちつくしてる私を見て振り返る。
 「何してんだよ、ついて来いよ。」
 「あ、うん・・・・。」
 なんだか分からないけど、話してもらえるようになったのかな・・・?
 「入れよ。」
 「うん・・・・。」
 
 広いリビングに通される。私の家のリビングの3倍くらいある。きれいに掃除されてて、インテリアもどれも高そうだった。祐介が「あいつん家はすげーんだぜー」と言ってたのを思い出した。
 段ちゃんは鞄を机に置いて、ドサッとソファーに座り込んだ。
 「座れば?」
 私は言われるまま、段ちゃんの向かいの席に座った。きっとすわり心地のいいソファーだったんだろうけど、そのときの私は何だかこわばってしまって、よく分からなかった。
 「きれいな家だね・・・・・。」
 段ちゃんは何も言わない。ただ座ったままこっちを見ている。強い目線と合わせるのが恥ずかしくて、手をソファーについて、目をそらした。
 
 いきなり、段ちゃんが立ち上がってこっちに来た。
 ・・・・・・。
 私の横に手をついて、顔を近づけてきた。
 私はすごくびっくりした。心臓がドキドキしてた。どうしたんだろう?
 そして、右手で私の耳の下から髪をかき上げるようにして触れてきた。
 ビクッとなって体中に力が入る。
 じっと目を見つめられる。
 私は動けなくなってしまった。心臓がさっきよりも早く動く。
 「段ちゃ・・・・・」
 段ちゃんの唇が私のそれと重なる。口を割って舌が入ってきた。
 「んぅ・・・・・・!」
 私はあわてて段ちゃんを離そうとした。すると段ちゃんは私の手首をつかんではずす。
 そのままソファーの上に押し戻され、段ちゃんが向き合うように倒れこんできた。
 顔がほてっていくのが分かる。緊張して何が何だか分からなかった。
 
 そして段ちゃんは私の服を脱がす。
 !
 「や、・・・・やめて・・・・!」
 手の自由が利かないように押さえつけられる。
 「段ちゃん!・・・・・・!」
 私はどうすることもできなかった。
 
 「や・・・!嫌!段ちゃん!・・・・・・!」
 
 
 
 
 
 やめて・・・・・!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 12
 ドアの開く音がした。昼にテストが終わったはずなのになかなか奏が帰ってこなかったので、心配していた。
 「おかえり。遅かっ・・・・・」
 俺はドアを閉めた。
 「どした?」
 奏はぼろぼろと涙をこぼして泣いている。この前とはまた様子が違う。
 「な・・・・。」
 何だか服が乱れている。
 涙を拭こうともせずただ泣いていた。
 「何があった?」
 「ふ・・・ぅっ・・・」
 奏はすがるようにして俺の肩にもたれかかってきた。
 とりあえず座らせて話を聞くことにした。まだ涙はとまらない。かすかに震えている肩に手を乗せると、ビクッと反応した。
 俺はパッと手をどけた。
 「奏・・・・?」
 何も話さない。
 そうして奏は顔をふせて泣き続けた。
 
 宮原に電話してみるか・・・・・。
 俺は隣の部屋へ行き携帯を取り出した。
 TELLLLLLLL・・・・・・・・・・・
 『はいはい。』
 「宮原?」
 『あれま、葵か、あ!明日の理科のね、実験のやつなんだけどさぁ。』
 なにかノートらしきものをめくる音がする。
 「あーー、明日教えてやっから!それよりさ、今日奏と一緒に帰った?」
 『え?ううん。私部活あったからさあ。・・・何?まだ帰ってこないの?』
 「いや、そうじゃないけど・・・・。何かあったみたいでさ。」
 『・・・・・・・。何かって?』
 「ま、いいや。そんだけだから。じゃな。」
 ガチャ・・・・
 知らないか・・・。一人で帰ったんだろうけど・・・。
 
 奏の横に座ってみる。何とか涙は止まったみたいだった。
 「大丈夫か?」
 「・・・・・・・。」
 奏は、コクリとうなずいた。
 「目、腫れるぞ。」
 髪が前に落ちてきて表情が見えない。目元の髪を後ろへやる。
 ・・・・・・・・え?
 首筋に内出血の跡がある。
 服が乱れてるのがなぜなのか分かった。
 俺は許せなかった。
 
 「誰にやられた?」
 「・・・・・・・・。」
 奏は何も言わない。
 
 「いいから言え!」
 俺の大きな声に奏は体をこばわらせた。
 奏の腕に手をかけて問う。
 「知らない奴か?」
 「・・・・・・・・。」
 いや、知らないような奴にそう簡単に犯されるか?学校から家への帰り道はそんなのがいたことはない。奏だって昼過ぎに学校を出たはずだ。道にはまだたくさんの人がいる時間帯だ。それにまだ外は日がある。
 じゃあ、知ってる奴か?だとしたら学校関係か?奏に話しかける奴か、奏が話しかける奴・・・・・・・。そして奏が名前を言おうとしない奴・・・・・
 
 「段垣か・・・・・・?」
 「・・・・・・。」
 目を合わせようとしない。
 俺は携帯を取り出して、宮原にもう一度電話した。
 宮原はすぐに出た。
 『ちょっと、勝手に切ってー。奏大丈夫なの?』
 「段垣の番号教えて。」
 「・・・・・!」
 『え?何?遼平の?』
 「ああ。」
 すると奏が俺の手をつかむ。すがりつくように抵抗して、力を入れて首を横に振った。
 「やっぱり、あいつか。」
 「・・・・・・・・・。」
 俺は言いようのない怒りが込み上げてきた。
 
 『ちょっと、葵〜!』
 
 許せない。
 
 
 
 
 
 
 夏休みになってオレはずっとバイトばっかしてた。澤田と会わずにすむからいい。アイツはまた、新たな賭け事にはまったのか、最近見てない。
 しかし家にいてもすることもないから、こうやって金を稼ぐというわけだ。
 いつからだろう、何かをずっとやってないとなかなか落ち着けなくなったのは。ただ家にいるのは暇すぎて仕方がない。かといって宿題なんてする気はない。今年は葵がいないから、仕方なく、仕方なく・・・・・金を払って、渡辺に写させてもらうことにした。金額が少なかったものだから、何かしら漬け込もうとしやがる。バイト先が知れたら冷やかされるに違いない。
 ああ、明日は登校日か。んなもんいらねーのに・・・。
 
 バイトの帰り、アパートの前に橋本がいた。前に一度来ただけなのによく覚えてるなー。相川さんのなんやらがあってから、橋本はよくオレを渡辺のネタにさらしたりした。
 正直、ムカついた。
 「橋本。」
 いつからいたんだろう。何か表情が暗かった。
 「お前、やけたんちゃう?」
 「ああ、そうか? てか、どした?待ってた?」
 「・・・・・ああ。」
 橋本はそのまま塀にもたれたんで、オレもその横に肩をもたらせた。
 「何?」
 「あーーー、・・・・・・。」
 ・・・・・・・・。何か言いたそうなのが分かる。
 「おれな、・・・・」
 「んー。」
 なかなか言わない。
 「家入るか?ちらかってるけど。」
 「いーや、ここでえーわ。」
 「そう・・・・・・。」
 何だ?早くしてくれ。
 「おれ、相川に告ってん。」
 ・・・・・・。
 何て言っていいかわからねぇ。何でそんなことオレに言うんだ?
 「で?」
 「・・・・・・・・・。」
 もうだいぶ日が沈んできてた。腹も減った。あ、冷蔵庫の中からっぽかも。買い物行かないと・・・・・。
 早くしてくんねーかな。
 
 「フラれたわ。おれ。」
 ・・・・・・・。
 「相川、好きな奴おんねんて。」
 ・・・・・・・・。
 「誰かは言わんかった・・・・。」
 ・・・・・・・・・。
 オレは何も言わなかった。
 すると橋本は「よっと」と軽く言って、一歩前に出た。
 「お前ええ奴やからな。」
 「は?」
 そして、ポケットに手を入れて下を向く。
 「憎めへんわ!」
 ・・・・・・・・・・。
 「ほんな、またな。」
 橋本は帰って行った。
 
 オレは橋本を誤解してたかもしない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 13
 「俺のこと好きだっつーから、してやったんじゃん」
 
 段垣はそう言った。俺は殴った。何を背負っているのか知らないが、他人を傷つけることで憂さを晴らそうとしたに違いない。奏は段垣を分かろうとした。そんなやつを汚して、こんなことを言うやつは許せない。なぜ奏がひどい目に遭わなければならないのか。どうして、奏がそんなやつの被害者に・・・・・。
 
 奏はあれから夏休みになってもどこへも行かず、ただ家にいた。ピアノもあんまり弾かない。曲を鳴らし始めたかと思うと、いつの間にか音が止み、鍵盤に手をのせたままただ楽譜を眺めている。そんな光景をよく見る夏だった。
 宮原も心配に思い毎日のように家へ来てくれたが、以前のように笑うことはなくなった。宮原には話は伏せてある。何にも聞くな、とだけ言っておいた。
 今日も宮原が来たので、俺は出かけた。
 隣の家に、誰かがときどきいるのをみかけるが、ほとんどいない。
 ・・・・・・・・・。
 祐介がいたら、奏はこんなことにならなかったんじゃないだろうか・・・・。
 と無駄なことを考えながら、歩く。
 
 奏はまた、笑うようになるだろうか・・・・・・・。
 
 
 
 
 
 登校日。暑い日差しの合間に雲が現れては流れ行く。そんな天気の日だった。ざわめきを抑えるかのように澤田が入ってきて、いくらかの宿題を提出してみんな部活に行ったり、帰路についたりした。
 俺は相川さんに呼び出された。橋本がチラッとその様子を見てたようだ。「ちょっと・・・」と手まねきされ、人の少なくなった教室から抜け出す。
 誰もいない渡り廊下で軽く腰をかけて並ぶ。
 「ごめんな、時間ある?」
 「ああ、大丈夫」
 下をみつめたまま数分・・・。話を切り出せないでもどかしそうに首を動かしたりしてた。
 「あ、・・・・あのな」口を開く。「あたし・・・な」
 何となく言おうとしてることはわかってた。渡辺が何やら遠まわしにいつも突っ込んでくるし、実際よく話しかけられていたから。この前の橋本の行動もあったわけだし。
 遠くで掛け声や、ボール乾いた音がする。オレは黙って聞いた。
 「梶浦君のことが好きな・・・・んや」
 肩まである髪が表情を隠していたが、下唇をかんでいるのがわかった。オレは好きなんて言われたことなかったから、その言葉が歯がゆく耳に響く。
 「好きな人おるいうてたん、まだ好き?」
 ・・・・・。好きなんだろうか・・・。会わないとわからないという思いもある。でも今もしそばにいたらオレはきっと好きだって言う。そう感じた。片思いってやつでも。
 「好きだな・・・」
 「・・・・・・」相川さんはふっと横を見て言う。「そうかぁ」
 「んー」
 生暖かい風が通り過ぎる。
 「でも、会えへんのやろ?ずっと思うだけなん?」
 「わからない」本当に気持ちさえよくわからないのかもしれない。「でも」
 「でも?」
 「会えるような気もする」
 「えー、そうなんや」
 だいぶ会話も楽になってきたのか、相川さんは足を交差させて、ふーと息を吐く。
 「好きやからやって。それ」
 ・・・・・・・
 そうなのか?ただの希望かもしれないし、この先どうなるかはわからない。
 「その子は彼氏おるん?」
 「え?さあ、今は知らないけど」
 「・・・・・そうなんや」
 相川さんは動かしてた足を止めて、少し黙った。
 「その子のことずっと忘れられへんの?」
 「え?」
 「絶対忘れられへん?」
 「や、忘れはしないだろうけど・・・・・」
 何だ?忘れるわけないじゃん・・・。
 「あ、あたしのこと嫌い?」
 「え?」
 「どう思う?」
 何か顔つきが真剣になってる。こっちを見ていきなり言うものだからびっくりした。
 「嫌いじゃないけど・・・・・」
 「あたしとは付き合えへん?」
 「え?」
 「梶浦君がその子のこと好きでも、会えへんし、そばにおられへんやん。あたしは近くにおれるし、付き合ってくうちにその子より好きになってもらえるかもしれへんくない?」
 ・・・・・・。そ、そんなことあんのか?てか、なんつー積極的な・・・。
 「可能性はないん?」
 そう、腕をつかんで言われた。どうすりゃいんだろう?オレはこんなときの対処の仕方なんて知らないぞ・・・・。
 「な、何の可能性?」
 「今は、彼女やなくてえーねん。いつかそうなるかもっていう可能性」
 ・・・・・・・。彼女ってもんがいたことないからわかんねんだけど。付き合うってもんもはっきり言ってわかんねーし・・・・。どうすれば、とオレが上を見て考えてると、次々に言ってくる。
 「もっと、知りたいんや。梶浦君のこと。友達やなくって。」
 「なんで?」
 「だから、好きやから!」
 ああ、そうか。
 「彼女にはまだなられへんかもしれんけど、付き合って、あたしのこと考えてみてくれへん?」
 「付き合うって・・・・・。どーすんの?」
 「えっ・・・・・」
 相川さんは真っ赤になって下を向いてしまった。あ、やばかったか?そーゆー意味じゃないんだけど・・・・。
 「だ、だから、もっと話したり、お互いのこと知ったり、なあ・・・・・」
 「ああ、そうか。」
 「ええの?」
 「え?」
 「付き合ってくれる?」
 「あ〜・・・・」
 別にそれいままでとそんな変わんねーと思うけど・・・・・。
 「あたし、努力するから!」
 なにやら、意気込んでる様子。
 「へ?」
 スカートのポケットからなにやら取り出す。「携帯教えて?」
 「え?あ、ああ・・・・・・」
 番号を教える。
 
 「ほな、あたし部活あるんやけど、梶浦君は?」
 「え、ないよ・・・。」
 「そっか、ほんなら、また連絡するわ!よろしくなー!」
 と手を振って去って行った。
 
 付き合うことになったんだっけ?オレはいまいち分からずにいた。オレはいつも深く考えない。なるようになれ、と生きてきた。いい加減だし無茶苦茶だ、と葵によく言われた。奏には祐介みたいになりたいと言われた。
 
 
 
 
 こうやって奏のことを思い出してることが十分気持ちの表れであったのに、その頃のオレは何も気づかずに、ただ思い返してるだけだった。
 大阪に引っ越す前のオレに、もっとしっかりした自覚があれば、奏の未来は変わっていたのだろうか・・・・・。
 今となってはもう分からないことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 14
 「もうちょっと頑張らないとなー」
 職員室は独特のにおいがする。私は先生の前ではっきり話せない。実力テストの結果があんまり悪かったものだから、志望校の事で呼び出された。勉強はしたんだけどな・・・。なんでだろう。試験中頭の中がぼうっとしてあんまり書けなかった。これじゃ、宮っちゃんと同じ高校に行けない。
 「まー、まだ時間はあるから、こつこつ勉強して頑張れよ」
 「はい」
 ドアを閉めて教室へ戻る。休み時間のざわめきが怖い。自分だけ浮きだってる気がする。早く授業が始まらないかな・・・。ただ座って教科書を開く。そうすれば少しはみんなと同じになれる。
 「福島さん」
 同じクラスの子が話しかけてきた。宮っちゃん以外の子が話しかけてくれることはあんまりなかったから、びっくりした。
 「来週の日曜って空いてる?」
 日曜なんて、私何してるんだろう・・・。思い出せない。何をして過ごしてた?
 「ね?」
 「え?」
 何か言ったのかな。わかんない。
 「合コンがあるんだってば。福島さん彼氏いないっしょ?」
 「ゴウコンって?」
 「え、だからぁ・・・」
 
 
 「え?お前なんでそんなもんに誘われてんの?」
 「足りないんだって」
 「行くのか?」
 「ゴウコンってなんなの?」
 説明されたけどわかんなかった。なんだかこのごろ誰かの話とかうまく理解できない。
 「コンパじゃんか。男と女が、会って知り合うんだよ」
 「ふーん」そうなんだ。何でそんなことするんだろう。「なんでそんなことするの?」
 「さぁ。出会いが無いからだろ?中学生がするもんかは知らねーけど」
 そうなんだ・・・。
 「お前、行ってもさー、話さないだろうし・・・。やめとけば?知らないやつと話すのも大事かもだけど、今の奏には重いだろ」
 「うん・・・」重いのかな・・・。よくわかんないな。でも知らない人と話すのは苦手だからなぁ。
 食べながらぼんやりそんな話をしてた。葵はほんとによく気づかってくれる。私はそんな葵に甘えてしまう。
 「お前、ちゃんと食えよ。」
 「あ・・・・・・・、うん」
 なんだか食欲がない。食べたくないよ・・・。
 「・・・・った?」
 「え?」
 「テストだよ。お前西高に行きたいんだろ」
 「うん・・・・。頑張らないとダメだって」
 そうか、と短くつぶやいて葵は食べ終わった。私も片付けようとする。
 「まじ食ってないじゃん。・・・・・・・・。大丈夫か?」
 「え?」
 「食欲ないのか?」
 「うん、でも大丈夫だよ」
 
 
 大丈夫。何もない。何も・・・・・。
 
 
 
 
 
 大丈夫ではなさそうだ・・・・。ここんとこ奏は空ろだ。話も素通りすることが多い。これはまじやばいかもしれない。試験どうこうより、奏自身が・・・・。
 2学期が始まってから悪くなる一方だ。学校へは行くが、やはりぼーっとしてる。段垣に会わせないようにしないと・・・・。無意識に避けようとしてストレスが溜まってるのかもしれない。
 「おし、んじゃ、勉強するか」
 頑張れないやつに頑張れと言ってはならないように、顔色が悪いとか言わない方がいいだろう。そのうち戻ると思うんだが・・・・・。俺にはこれ以上どうしようもない。双子だからって代わりに生きてやることなんてできないんだ。
 「うん・・・・」
 
 「だから、Xをこの式に当てはめてだな・・・・・・」ノートを指差しながら奏の一番苦手な数学に取り掛かっている。「わかるか?」
 「う・・・・・・・・・ん・・・」
 いつもながら曖昧な返事。シャーペンは俺のしか動かない。集中してない・・・・。高校行けるんだろうか。これで・・・・・。
 でも怒っても逆効果だろうし・・・・。
 「奏」
 「・・・・・・・」
 聞いてない。ノートに目を落としてはいるが見ていない。
 「か・な・で!」
 「!」
 ぱっとこっちを向く。
 「聞けよな〜」
 「あ、ごめん」
 かろうじて流すことができたが、苦しい。悲しみがふわふわと伝わってくる。きっと教室で周りになじめてないんだろう。気落ちした様子で周囲も引いているのかもしれない。いじめなんてことは中学入ってからはないが、人見知りがひどいから、落ち込むと周りに恐怖を感じるようだ・・・・・。宮原が同じクラスならよかったのに・・・。
 そうゆうときに、何にもしてやれない自分が苦しい。学校でずっと一緒にいるってのもどうかと思うし・・・・・。いてやれればそれがいいが、限界がある。
 ・・・・・・・・・。
 「奏?」
 寝てる・・・・。何だか精神的に疲れてるようだ。
 
 
 
 
 
 今日は朝からちょっと立ちくらみがした。やっぱりご飯食べなきゃダメだなぁ。でも無理に食べようとすると気持ち悪い・・・・。あ、今日体育がある。嫌だな。もうすぐ体育祭もあるし、また何かにでなきゃならなくなったらどうしよう・・・・。
 そして、今日も時間が過ぎていった。お昼休みに宮っちゃんが来てくれてご飯を食べたけど、私はほとんど食事がのどを通らなかった。何でこんなに苦しくなったんだっけ?いつからだったっけ?
 「奏、午後一緒だよ、体育。合同」
 「あ、そうなんだ」
 よかった。
 「じゃさ、後で来るからー」
 「うん」
 
 暑い・・・。体育祭の練習・・・・・。外はすごく暑かった。整列してるとなんだかぼうっとしてきた・・・・・。日差しが降り注ぐ・・・。音が遠くから円を描いて飛び込んでくる。
 並んでタイムを計る順番を待つ。
 あ・・・・・。
 段ちゃんがいる・・・・・。あれから話してない。葵も何にも言わない。久しぶりに見た気がする・・・・・。
 そうか、合同だもんね・・・・・。
 体がこわばる・・・・・。自分が汗をかいてるような気がする。
 あのときのことを思い出す。
 いつも思い出しそうになったら忘れようとするのに、そのときは段ちゃんの姿を見たせいか、頭の中で勝手にリピートする・・・・・。
 ・・・・!嫌だ・・・。嫌だ。・・・・・・。
 痛かったことや、段ちゃんの冷たい表情がよみがえる・・・・。
 怖い!怖いよ・・・・!
 思い出したくないのに!
 
 「次っ!」
 私は立ち上がった。
 「・・・・・!」
 地面が近づいてくる・・・・・。
 
 その後のことは覚えてない。
 
 
 ただ、すごく胸が苦しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 15
 夏休みの残り、相川さんから何度か出かけないか、と電話で誘われたが、オレはみっちりバイトをしてたんで、全部断った。
 
 
 「相川と付き合っとるってほんま?」
 橋本がじっとオレを見てそう言った。
 「え?何で知ってんだ?」
 「まじ?付き合っとんや!!」
 「いや、よくわかんねーけど」
 橋本はちょっと放心していた。付き合うって言っても別にときたま電話がある以外は何も変わらないが・・・・。
 てか、付き合ってんのか?
 「梶浦、速いな〜あんた。うちあっかんわ。」
 と、渡辺がやって来た。今日は体育祭だ。オレはまあ、走ることは速い。
 「何?なになに?何話してたん?」
 場の雰囲気を読み取ったのか、目を輝かせて聞いてきた。こいつ・・・・。
 「何もねーよ」
 「嘘、なー、橋本、何話しとったん?教えてーな」
 「・・・・・・・・・・。いや・・・」
 「何よ?はっきりしーひんなぁ!相川さんのこととちゃうん?」
 なぜ知っている!
 もろそんな顔をしてたんだろう、渡辺はにやにやとしながら
 「何で知っとんって?」
 「あ、・・・ああ」
 「みんな知っとるで。女子は特に。噂をなめたらあかんでー。怖いで〜。あんたら付き合うとるんやろ?夏休みから」
 「夏休みから?」
 橋本が驚いたようにオレを見る。いや、何かそんなんじゃないんですけど・・・・・。
 「そうやで〜。八月の半ばという情報があるんやで。告ったんは相川さんでー・・・・」
 べらべらとじゃべる。橋本の顔つきが暗くなる・・・・・。
 「ちょー!お前なんでそんなこと知ってんだ?」オレは渡辺を制して言う。
 「きーてんもん」
 「誰に?」
 と、オレと橋本の声がダブる。
 「女子のみなさんにー。で、どこまでいったん?」
 「はあ?」
 渡辺はオレの隣に座る。応援の声に紛れながら会話を続ける。
 「てか、梶浦、相川さんのこと好きやったん?」
 痛い。痛いとこ突くな・・・。オレ自身好きでないやつと付き合うやつを軽蔑してたのに・・・・。何か考えると自分がその立場な気がしてきた。いや、嫌いじゃないけど、ほれてるわけじゃないから・・・・。
 オレが黙ってると、渡辺は「ま、どーでもえんやけどな」といってそらした。そしてグラウンドを見つめる。
 なんだろう、オレって自分に後ろめたいことがあるようなやつじゃなかった気がするのに・・・・。
 「ほな、うち本部行かなあかんから、バイバーイ」
 と言って、去っていった。一体何しに来たんだ。
 「梶浦・・・・・」橋本がグラウンドを見つめたまま話す。「お前、好きやんな」
 「あ?」
 「相川のこと」
 ・・・・・・。これはやばい?何かオレ嘘つきたくない性だから・・・・。嫌われても仕方ないか。
 「正直わかんねぇ。ただ、付き合ってくれって言われただけ。」
 「・・・・・・」
 「返事もしたかどうか覚えてない」
 そう。覚えてないんだ。
 「なんや、それ。ほんまに付き合っとんか?」
 「だから、わからねぇって」
 「告白されたんやろ?」
 「あ?・・・・・そうだなぁ・・・・」
 「返事してないんか?」
 「いや、そうじゃないけど、なんか一方的に話が進んだんだって」
 「何やねん、それ!」
 「知らねーって!」
 つい強い言い方をしてしまった。
 「・・・・・・・・・」
 「何もしてねーよ。別に。付き合ってみてくれって言われて、番号教えただけだ・・・」
 「・・・・・・・・」
 
 その日はその後ずっと、オレはなんかもやもやしてた。橋本は悪くない。なぜかずっと口を利かずにお互いに距離を置いてた。なんでこうなったんだっけ?
 「深刻?」
 「うわっ!」
 渡辺が下からオレの顔を覗き込んでた。
 「・・っくりさすなって・・・・」
 「ははは、あほ顔〜」
 「いんだよ、あほだから」
 というと、まあ!といった顔で手のひらを口に当てる。おかしなやつ・・・・・。
 「橋本と喧嘩したん?」
 「そうかもね」
 「で?あほの梶浦君は何あほなことしたん?」
 「あほあほ言うなよ」
 「だって、あほなんやろ」
 「んーバカの方がいいかも・・・」
 「こっちではあほがほんまのあかんやつを指すんや。バカはまだえーねん」
 「なんだ、そりゃ」
 「そななっとんねん」
 「へー」
 「で?何で喧嘩したん?」
 「喧嘩っつーわけじゃないけど・・・・」
 「ほな、何なん?」
 「・・・・・・。なんだろ」
 「はっきりせんなー。以外やなー。梶浦ってもっとはっきりしたやつやと思うとったわ・・・」
 「そうか?」
 「うん。買いかぶったかな」
 ・・・・・・・・。何か痛い・・・、それ。オレ自身についてオレが痛い・・・。あ、わけわかんねー。
 「渡辺―!」
 先生が渡辺を呼ぶ。
 「あ、うちいかな。ほなな。ま、はっきりしーや」
 「んあ・・・」
 そして渡辺はテントの方へ走っていった。
 
 
 ・・・・・・・・・。
 何かしっくりこない。相川さんと話すか。オレやっぱいい加減なやつになりたくないし・・・・・。付き合うってのはやっぱ好きだから、なわけだし。オレが好きなのは相川さんじゃない・・・・。
 
 
 片づけをしてた相川さんを呼び止める。
 「今日、一緒帰らねぇ?話あんだけど・・・」
 「え?うん!」
 嬉しそうな顔をみると罪悪感みたいなのがよぎった。
 
 
 「やー、うれしーなぁ。いっつもあたしから誘っとったのに。梶浦君いっつも部活やないのに早よ帰ってたし・・・・」
 「ああ、バイトしてんだ。オレ」
 「そーなんや!え?なんで?全然知らんかったわー!」
 「ちょっとな。家庭の事情。欲しいもんもあるし・・・・」
 「へー」
 嬉しそうにオレの横を歩く・・・。オレのどこが好きなんだろ?そんなこと聞く資格ないけど・・・。
 「あのさぁ・・・」
 「うん」
 「オレと相川さんて付き合ってるんだっけ?」
 「・・・・・・・。何?急に。付き合ってるんやんか」
 「や、ごめん。そうか・・・。うん」
 「嫌なん?」
 「そうじゃないって。ただ、はっきりしてなかったからさ・・・。オレの中では」
 「・・・・・・」
 「でさ・・・・・・オレやっぱ・・」
 ちらっと横を見る。うつむいた表情から痛みが感じ取れる・・・・・・。
 ああ、傷つけたか?何でだ?でも、だって仕方ないじゃん。嫌ってるってわけじゃないのに、付き合うっていうのを断るってのは何でこんな痛いんだろう。つーか、オレ最初から曖昧だったんだよ。それが一番ダメなんじゃんか。だからこーゆーことを言わなきゃならなくなったんだ。
 「やっぱ、付き合うってのさー、オレにとってそれは・・・・なんつーか・・・・」
 う・・・・。言い訳がましい自分が嫌だ。
 「あーーーー」
 オレはポケットの手を突っ込んでぐっと力を入れた。そして立ち止まった。
 「ごめん。好きじゃないと付き合えない」
 「・・・・・・・・」
 
 自分の愚かさが人を傷つける・・・・。罪悪感をひしひしと味わう。
 でももっと考えて、もっと苦しまなくてはならない。傷ついた方はもっと嫌な気持ちになってるはずなんだ・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 16
 病院のにおいはいつも慣れない。閑散とした空気の中は漠然と白が広がっている。ときどき医者や看護の人が往来する。俺は母さんが来るのを待っていた。
 俺一人では手続きもままならない。奏はまだ寝ている。いきなり倒れて病院へ運ばれた。症状はまだ分からないが、調子が悪かったことを一番そばで感じていたのに、かばえなかった。入院するまでになるなんて、思いもしなかった。
 
 「奏?」
 気が付いたみたいだ。点滴の管が刺さっていて痛々しい。
 「大丈夫か?もうすぐ母さんが来るから・・・」
 「ん・・・・・」
 顔色が悪い・・・・。
 「あれ?・・・どこ?」
 「病院だよ。お前、体育の時間にぶったおれて救急車で運ばれたんだ」
 「病院?」
 「入院するだろうって」
 「・・・・・・・」
 呆然として奏が天井を見つめていると、ばたばたと足音をさせて母さんが病室に入ってきた。
 「奏!」
 「お母さん・・・・」
 「大丈夫?何でこうなったの?」
 母さんはだいぶ慌てている。飛行機の中でもそわそわしていたんだろう。寝てないんじゃないか・・・。
 「医者が話があるって。保護者の人じゃないとダメだって」
 俺は奏に聞こえないように母さんに言った。
 その後母さんが医者と話した。何だか心配だ。何で症状を本人に言わないのか・・・。ただの貧血とかではないのだろうか・・・・。
 
 「葵」
 奏が寝てる間に廊下に出て、母さんは俺に話した。何だか気分が悪い。母さんの表情が暗い・・・・。
 「なん・・・・・、奏悪いのか?」
 母さんは落ち着かない様子で少しずつ話した。
 
 どうやら、奏は父さんと同じ心臓の病気らしい。父さんは生まれつき心臓が弱く、その病をわずらったまま死んだ。奏は父さんのように慢性的なものでないにせよ、遺伝的にその病気を受け継いでいたらしい。遺伝による発生率は少なく、生まれたときから分かるものではないらしい。奏の場合、精神的なものが要因であるという。
 「大丈夫よ・・・。症状は軽いの・・・。精神的に安定して、激しい運動したりしなければ、今までと何も変わらないらしいわ・・・」
 そう言う母さんの顔は大丈夫といった感じではない。まるで自分自身に言い聞かせるように腕を支えながら震えていた。
 
 体が切り取られたみたいだ・・・。母さんも俺も、父さんが死んだことを思い出さずにはいられなかった。
 
 何で奏が?
 いや、大丈夫だ。激しい運動なんてしなければいいし、精神的なものなんて状況を変えればなんとかなる・・・。俺がフォローする。不安にさせなければいいんだ。
 奏は死んだりしない。なんてことない。
 
 俺も自分自身に言い聞かせた。不安と、俺がしっかりしないと、という気持ちが交錯する。
 
 
 母さんはしばらく仕事を休むことにした。奏には病気のことは伏せてある。一週間ほど入院して、奏はいつもの生活に戻った。大丈夫だ。
 大丈夫――。
 
 
 
 
 
 
 「三者面談?」
 オレは放課後澤田に呼び出された。
 「あとはお前だけや。プリント読まんかったんか?」
 そんなもん読むかよ。
 「いいから、親に希望の日にちを聞いてこい」
 三者面談なんてするかよ。冗談じゃない。
 「オレはいいです。高校行くかもわかんねーし」
 「何言うとんや。お前にやって親がおるやろ」
 何だ、その言い方。ムカつく。
 「来られへんのやったら、先生が行ってやろう」
 「進路のことなんかオレが決めるからいんだよ」
 「何や、その言い方は。お前はそんなんやからあかんのや。今時中卒で就職なんか無いからな」
 うるせーな。オレが何しようと関係ない。何でいちいちお前なんかに言う必要がある。ましてやアイツなんかに話すものか。オレは何とかして働く。高校に行っても仕方ないし、もし前のバイトに戻れたら、正社員で雇ってもらえるかもしれない。オレは戻る。中学を卒業するまでだ。とりあえず金を貯める。なんにせよそれからだ。
 「オレのことは放っといていいすから」
 オレは無駄に会話してこれ以上ムカつかないように職員室を出ようとした。すると澤田はぼそっとオレ聞こえるように言った。
 「あんな親じゃな・・・・」
 ・・・・・・!
 「んだと?!」
 オレは澤田のとこへ行き、むなぐらをつかもうとした。
 が、そのとき後ろからぐっと手首をつかまれ、寸前のところで止められた。
 「センセー、資料できました」
 と、澤田にプリントの束を渡しながらオレの足を踏むのは渡辺だった。
 「いっ・・・・・!」
 いてえ!
 「ほな、はい、行こか、梶浦君」
 オレは手首を無理やり引っ張られてそのまま職員室をあとにした。
 
 「何すんだよ!いってえなー。お前思いっきり踏んだだろ?」
 「あほ」と渡辺はまた同じ足をふんずけやがった。
 「てえな!やめれ!」
 「あんたが悪いんやろ〜」
 「なん・・!あのヤローが・・・・・・」
 オレはその続きを言えなかった。何でオレは腹をたてたんだ?皮肉なヤツの言い方にムカついたのは確かだが、アイツのことで何でオレが怒らなきゃならないんだ。
 よく考えりゃ、言わしときゃいい。オレとアイツは何も関係ない。そうだ、関係ないんだ。
 そう思いたかったはずなのに・・・・・・。
 「梶浦ん家、親どんなんなん?」
 「え?」
 「何かあんの?」
 こいつほんと遠慮とかないなぁ・・・・。ま、いいけど。
 「お前、いつからいたわけ?」
 「高校行かへんの?」
 と、唐突に質問ばっかしてくる。聞けよっての。人の話。人のこと言えないけど。
 「たぶんな」
 「ふーん」と階段を上り終えて、教室に入る。
 「どうやって働くん?」
 渡辺は一番前の自分の席に座り、ようやっとオレの手を離した。
 「どうやってって?」
 「何かコネあるん?」
 何でんなこと聞くんだ・・・・・。
 「ねえよ、そんなん」
 「・・・・・・・・」
 渡辺は相変わらずの意思の強そうな目でオレを見る。そしてこう言った。
 「あんた、甘いんちゃうん?それ」
 ・・・・・・・・・。何で説教なんかされなきゃならないんだ?
 「何が?」
 「無理やん。そんなん。それに、何か家庭であるんか知らんけど、先生殴ったって何もならんで」
 とサラリと言い放った。
 ・・・・・・・・。
 そんな確信的なこと言われたって、どうしようもないもの抱えてんのは分かってんだよ。オレが一番何もならないって分かってんだよ。
 でも、そうするしかねんだよ。オレはアイツと生きたくねんだよ。ムカついたら殴りもすんだよ!
 「お前みたいな優等生には分かんねんだよ!」
 渡辺はそれ以上何も言わなかった。
 オレは席に戻って鞄を持ち、教室を出た。
 午後の授業のチャイムが鳴る。
 オレは学校を出て、苛立ちを抱えたまま歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 17
 あのとき入院してから、葵も宮っちゃんも、ほんとにいつも一緒にいてくれるようになった。
 でも、私のために、二人が無理をしてないだろうか・・・・・。そう、お母さんに言うと、
 「いいのよ、葵はたった一人の兄弟なんだし、宮原さんもあんたの親友なんだから。お互いに助け合ったらイイの」
 「う・・・・ん・・・・でも・・」
 お母さんも、もう何ヶ月かこっちにいてくれてる。仕事をこっちでやれる分だけにしてるんじゃないかなぁ。寂しいのは嫌だけど、迷惑をかけたくないよ・・・。
 「お母さん、仕事は大丈夫なの?私きっと大丈夫だから・・・・アメリカに・・」
 「だあいじょーぶだって。今こっちに仕事があるのよ。お店を出す友達がいてね、結構忙しいのよぅー」
 ・・・・・・・。そうなのかなあ。
 何だかやっぱり・・・・。・・・・・。心配されてるのがわかる。
 私がしっかりすればいいんだけど。今、どう変わったらいいのかなんて分かんないよ・・・・。
 それにときどき不安になるのを隠せない・・・・。いつまた、胸が苦しくなって意識がなくなってしまったらどうしよう、って思う。
 でも、そんなこと言えない。これ以上心配かけたくない・・・・。
 
 「奏、期末の勉強してんのか?」
 バサッとテキストを広げて葵が言った。
 「最後だぞ。内申に書かれるのは」
 葵がよく教えてくれるから、最近志望校の合格率が安定してきた。
 西高に行けたらいいなぁ。
 
 
 
 
 
 
 オレは最近むしゃくしゃしてた。澤田との三者面談はせずにすんだが、進路は定まらない。
 学校では渡辺と気まずい。あんな風に言うつもりはなかったが、つい抑えられなってしまった。けど、向こうも無神経だったと思う。
 
 「うん、祐介?あーー、何か機嫌悪い。やっぱり高校行く気ないみたい……」
 菜美子が電話で誰かと話している。
 「さあ?知らないけど。そうなの?……うん。うん、……じゃ」
 ピッ
 「誰と話してたんだよ」
 バッと菜美子が振り向く。何か慌てている。
 「何?いたの?びっくりするじゃん!」
 「つか、お前、誰にオレのことなんか話してたわけ?」
 「友達」
 ……。んなバカな。
 「嘘つくなよ」
 「嘘じゃないよ」
 オレは軽く菜美子の手をひねりあげた。
 「いた!痛い、痛い……」
 「誰だよー」
 「分かった、分かった。言うから放してよ」
 「誰?」
 「お母さん」
 ……。
 「お前連絡取ってたのか?」
 オレはもう何年も会ってない。話すらしてない。菜美子が連絡を取ってたなんて気づきもしなかった。
 「うん。でもこっち越してからだよ。電話したのは初めてだし」
 「会ったのか?」
 「会ってないよ」
 「でも、何で……」
 「電話かかってきたんだよ。家の電話に。何で番号を知ってるのかは知らない」
 「で、何て?」
 「心配してるみたいだね。何年も会ってないし。祐介と私に負い目があるみたいだよ」
 ……。
 学費の納入の際、オレ名義の通帳にいつも母さんからお金が振り込まれていて、それをアイツが勝手に使っている。それしか知らなかった。何で……。電話番号をアイツが教えたりしたんだろうか?それとも母さんが調べたんだろうか?
 「祐介と話したいって言ってたよ」
 「何で?」
 「高校には行って欲しいみたい。学費はちゃんと貯金してあるって言ってた」
 ……。
 「またかけるって」
 
 オレは高校に行く気がなかった。はっきり言って時間と金の無駄だ。でも働くにはやはり高校は卒業しなければ、まず雇ってもらえないだろう。どんなに知り合いのバイト先でも、そこの親父さんも高校は卒業しろと言っていた。そういえば、圭一もいろいろ迷って行くことにしたんだっけなぁ。
 高校行きながら働くのが一番いいか……。定時制とかもあるし。
 母さんに負担をかけたくないけど、母さんが望むならわざわざ負い目を背負う人生を送ることもないか。
 これといった得意な才能なんてオレにはないし。学ぶ気はないけど、選択肢が広がるかもしれない。
 でも、問題はオレが高校に受かるか、だ。はっきりいって落ちること間違いない。どんなバカな学校でもだ。定員割れでもしてない限り。
 
 そしてその数日後、アイツがいない時間を知っているのか、菜美子が教えたのか、オレが一人でいるときに母さんから電話がかかってきた。
 オレは何か変な感じだった。ずっと話してなかったからか、母親という気はするが、何だろう。怒りなんてないけど、とにかく変な気分だ。
 母さんが言うのはこういうことだった。
 前いたとこの高校に行け、と。アイツはどうやら本当に一年間あの家を人に貸してるようで、きっと戻るだろうから、と。
 オレが母さんに進められてやった剣道で、推薦?みたいなのを受けれるらしい。段は取ったが、ぜんぜん練習なんてしてないし、竹刀も持ってない、それに部活をする気はないと告げると、やりなさい!と勢いよく言う。あんた受験勉強もできないんだし、そこの部の顧問に知り合いがいるから、と言われた。
 そや、勉強するより楽だが、部活で成果とか出す気はないんだが……。それにバイトもしたい、と言うと、そんなのしなくていい!と叫ばれてしまった。
 そう言ってくれると嬉しいが、やはりバイトはしようと思う。
 明浩しか連れて行けなかった母さんの後ろめたい気持ちも分かるが、オレは働くのが嫌いではないし。バイクも欲しいし……。
 
 『じゃあね、ちゃんと受けるのよ?』
 「え?あ、ああ。多分ね」
 『たぶんじゃないの!ちゃんと話もしてあるから大丈夫よ。もし越してこなくっても、こっちに住めるようにするわ』
 「まじで?」
 『うん。だから、今度送る願書にちゃんと書いて。受験して。また連絡するから』
 ……。
 『じゃあね……』
 
 というわけで、オレは高校へ行くことになりそうだった。
 母さんがオレのこと考えてくれてたと思うと嬉しい。小さいときは何でオレや菜美子をアイツのもとへ置いていったのか?という思いもあったが、今オレは理由を知った上で、仕方なかったんだ、と思うことができるようになってる……。
 悪いのはアイツだ。
 
 ただ、ほんとに戻ることができるのだろうか?アイツと住む生活が続くのだろうか?
 
 悩みは尽きない。
 
 
 
 
 
 
 
 18
 受験が始まって皆進路を決め、うちも行きたい高校に合格した。
 卒業が近づいてきてた……。
 
 「梶浦、戻るかもしれへんのやって」
 橋本がいきなりそう言うてきた。
 「戻るって?」
 「こっちの高校へは行かへんゆうことや」
 な、なんそれ。そんなんどないでもええし。勝手にしたらええわ。うちに言わんでもええっちゅうねん。関係ないもん。
 「なん、その顔〜」
 「は?」
 「そんなん知るかって顔しとるで」
 はっ!腹立つー!橋本なんぞに見抜かれとーないわ。
 「橋本、よかったやん」
 「何で?」
 「相川さんにもっかい告白しんか」
 「ばっ!おれはもう振られたんや!それに梶浦がおらんくなってもよーないわ!」
 「ふーん」
 何やねん。赤くなって。ほんまはまだ相川さんを好きなくせに。梶浦が振ったんもうれしいくせに……。
 
 あ、……。な、なんか…、うち……。
 今かなり嫌な感じ?うわ〜嫌な感じやわ。よどんどるわ。また人を傷つけそうやわ。
 何でうちはこんなんなんやろ。
 
 梶浦また転校するんか……。あ、でも高校行くんやっても中学はこのまま卒業したら、転校にはならんか。
 こないだの傷ついたよなぁ。何か言うてしもてん。めちゃくちゃやん、だって。あれで殴ったって何になるん?損するだけやん。
 悪いやつのために自分のことを考えんと、ただ怒りぶつけて加害者になったて意味ないねん。
 そんなん許せへん……。
 
 「あきら、卒業式の練習の準備行かなあかんのんちゃうん?」
 「ああ、うん」
 ほんま忙しいわ。せっかく推薦で受験クリアしたのにゆっくりできひんわ。
 うちは急いで体育館へ向かった。したら梶浦が職員室から出てくるところに会った。チラッとこっちを見た。
 「……」
 何で職員室いてんやろ。やっぱ引っ越すからその関係やろか。
 「梶浦」
 うちよりもかなり背の高くなった身体をこっちに向けて振り向く。ほんま背―高いやつ。羨ましいわ。
 「引っ越すん?」
 「……」
 ほんまあの時からまともに会話してなかったから何か、返事が遅いと不安になる。
 「まあね」
 とだけ言うて梶浦は階段の方へ歩いていった。
 何や、無愛想なやつ。…………。うち謝るべきなんかな……。でも梶浦の捨て台詞も腹立ったんやけどな。うちそりゃあ優等生やけど、嫌味っぽいやん、あの言い方。
 ふっ……。いやいや、そんな皮肉言われたってうちは気にせーへんもん。優等であって何が悪いねん!
 …………。ああ、また嫌な感じやわ。こんな自分を何とかしたい。
 
 そして卒業式の日になった。
 うちは贈品を取りに行く役やった。
 ハラハラと微妙な桜が舞って、そんな辛気臭い雰囲気嫌いやのに、なぜか寂しいとか思てもた。新しい生活が始まるだけやのに、何が悲しいのか。友達やっていつでも会えるし。これから入学まで遊べるやんか。せやのに……。なんでやろ。
 何度も練習したのに足取りが重い。
 定番の歌なんかが流れると、そこかしらですすり泣きが聞こえる。
 やめやめ!何で泣くかな?周りに飲まれてたまるか。悲しなんかないわ!うちは高校生活をエンジョイすんねん!何も思い残すこともなく過ごしたし!後悔とかやり残しなんかあらへん。
 
 皆泣くなや……。
 
 「あきらー、アルバム書いてー」
 「あ、うん」
 そしてそこいら中でシャッターの音や、花束の贈呈なんかが始まる。外はまだ寒いなぁ。
 うちも後輩から花やらプレゼントをもろたりした。
 昼前には、ざわめきは少しずつ消えていった。
 
 うちは生徒会に用があって、最後になるだろう教室へ入って行った。
 さすがにもう誰もおらへん。
 ああ、うちなんや素直やない中学生やったわ。ほんでもって色気も何もあらへんかったなぁ。
 高校では頑張るかな。
 はっは!うちが本気になったら何でもできるしな!
 …………。
 何でほな本気にならんかね。必要ないんかな。
 ま、そのうち分かるようになるんやろ……。
 
 「わ!」
 校内から出ようとしたとき誰かとぶつかった。うちは手を着いたけど、こけてもた。
 「痛いなぁ!」
 「あ、ごめん」
 その言葉は関西のイントネーションやなかった。
 だから聞いたとたん誰かすぐにわかった。
 「梶浦!まだいてたん?」
 「ん、ちょっとな」
 無愛想にうちを起こす・・・・。はだけた制服が覆いかぶさる。
 何やこいつのこの学ランは。
 「何それ、ボタンほとんどないやんか」
 「ああ、欲しいって言うからさー」
 何ぃ・・・。にしてもこんなにかいな。
 「第二は相川さん?」
 「いや、知らねーやつだよ」
 えー!
 「よーそんなんに渡すなぁ」
 「別にどうせもう着ねーし」
 ・・・・。どうでもええんか。
 にしても、しゃべり方がやっぱ、なんかまだこいつ根に持っとんのか。目を合わせようとせーへん。
 「帰んの?」
 「ああ」
 「あ、そう」
 何聞いてるんやろ、うち。当たり前やん。
 「じゃな」
 梶浦は歩いて校門へ向かう。
 
 何か、このままやったらすっきりせーへんような気がした。
 うちは梶浦に・・・・
 
 「梶浦!」
 思ってた以上にその呼び止めた声が大きかったから、自分でもびっくりした。
 「・・・・・・」
 謝りたいんや!
 
 「ごめんな!」
 梶浦はちょっと驚いた感じで立ち止まったままこっちを見てた。
 「オレも、悪かった!」
 離れた位置から梶浦も叫ぶ。何か、うち泣きそうやった。
 そんでそのまま遠ざかる・・・。
 
 最後にうちは進んでく梶浦に言った。
 「頑張れよーー!」
 
 遠くで手を振る梶浦が見える。
 
 素直に生きようと思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 19
 卒業式が終わった。無事に受験にも合格できて、なんだかほっとしてる・・・。
 ぱーっと遊びに行こう!と宮っちゃんが言ったんだけど、宮っちゃんは部活での送別会を忘れてたみたいで、何度も「ごめんね!」と言ってついさっき戻って行った。
 私は、帰り道に桜の木を見つけたからふっと立ち止まった。
 そういえば、ここの公園はよく通ってたのに、桜の木があることに気づかなかったな。
 
 私は誰もいなかったから、ブランコに座って桜の木を見上げていた。
 
 もう卒業なんだなあ。中学も終わり……。
 高校へ行ったら葵はもう違う学校だな。宮っちゃんとも同じクラスになれるかわからないし、すごく不安だよ……。
 
 空はすごく青くて、雲がゆっくりと流れていく。私はもっとしっかりしなきゃだめなんだ。今一人でいるのだって、人との関わりが少ない証拠だよ。みんな後輩や友達に囲まれてたなぁ。
 私はもっと人と打ち解けないとだめだなぁ。怖がってたって仕方ないんだけど、どうしても自分から話しかけられないよ・・・・。
 
 時間の流れが遅く感じる。ほのかに暖かい風と、桜の香りが周囲を包むから、・・・・・、だから、頑張ろう。きっと大丈夫。
 大丈夫だよね。
 
 
 
 
 久しぶりの風景だった。懐かしさとは違うけど、何だか嬉しい心地がする。荷物は明日届く。
 オレはまたアイツと暮らすわけだが、高校に行くことになったのは良かったのだ。と、そう思えるようにしたいと思う。
 母さんのためにも。無駄にはしたくない。勉強する気はないけれど、就職に生かせたらいいと思う。
 向こうよりもいくらか暖かかった。オレは昨日だったが、どうやらここは今日卒業式のようだ。
 買い物の帰り、花束をもったやつを何人か見かけた。
 思い出す、というほどでもないが、前に歩いた道を淡い気持ちでたどる。家の鍵を手にして。
 いつも横切っていた公園を通り過ぎようとした。
 卒業証書らしき筒をもった子が目に入る。
 ブランコに座って下を見ていた。
 
 ・・・・・・・・。
 奏・・・・?
 
 
 
 
 ぼうーと目線を地面に落としていたら、足音が近づいてきた。
 私の前に影ができた。
 その人影は私の前でぱっと止まった。
 
 「奏」
 
 え?
 
 
 見上げると、祐介が立っていた。
 
 
 「祐・・・介・・・・・」
 ?
 私寝てるのかな?
 なんで・・・・・。
 
 「久しぶり・・・・・」
 ・・・・・・・。
 祐介がしゃべってた。
 祐介だよね?戻って・・・・・
 心がすうっと今までにない感覚で埋め尽くされる。
 
 「祐介・・・・、戻って、・・・戻ってきたの?」
 「ん・・・・」
 祐介だ。
 「こっちにいられるの?」
 「ああ、いられるっつーか・・・・、うん、そう」
 
 
 
 
 
 「わ、どした?」
 奏は涙をこぼした。
 「奏?」
 「え?・・・・・あ、」
 奏は涙を拭う。
 
 オレは、確かな感覚を意識していた。
 胸の辺りが急に息苦しくなる。
 
 何か言おうとしたんだけど、その言葉が出てこない。
 ただ見上げる奏を見ていた。
 目が合っていることに気づいてオレは恥ずかしくなる。顔が熱くなる・・・・。
 「!」
 次の瞬間ブランコは前後に揺れる。
 ・・・・・・・・。
 「奏・・・・・・」
 奏はオレに抱きついてきた。身を任せるように顔をうずめて。
 オレの腕は奏の横でどうしていいかわからないまま、そこにある。
 
 「祐介・・・・」
 オレは今までになくドキドキしてた。
 
 そして奏は震えるような声でこう言った。
 
 「もう、遠いとこ行かないでね・・・・」
 
 苦しさと嬉しさ、もどかしい何かかこみ上げてきた。
 オレ、オレは・・・・
 
 「一緒にいて・・・・」
 
 
 
 
 信じられなかった。祐介が戻って来た・・・・・。
 これは夢じゃないよね?
 ここにいるのは・・・・・
 
 「うん・・・・・」
 
 確かに祐介なんだよね・・・・?
 
 「いるよ・・・・・」
 
 
 
 
 二人は並んで歩き始めた。
 「祐介、背伸びたね」
 「そう?」
 「うん。前は祐介の顔が横にあったけど、今は首のとこが見えるよ」
 手を横にして祐介の横へ合わせてみせた。
 「そ、・・・・・・・か」
 「うん」
 奏は笑っている。
 「奏・・・・、」
 祐介は何かを言いかけて止まる。
 「髪伸びたな・・・・」
 「うん」
 
 
 そのとき、暖かいものが、確かにそこにあった。
 
 
 それは永遠ではないこと。
 
 
 まだ誰も気づいていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 20
 オレは高校へ行くことになった。
 新しい春は、嬉しいものだった。ただ、大阪にいるときよりアイツが家にいることが多いのを除いて。
 「よかったぁ」
 奏が隣にいる。ブレザーの制服がよく似合っている。
 「祐介と同じ学校で」
 その正直な?と、とっていいよな?発言はしみじみと嬉しかった。こういう普通は恥ずかしい?と思われるセリフをオレに向けてくれる奏を大切にしたいと思う。
 まぁ。奏自身はオレが思うような感情を抱いてるかどうか分からないが。これから時間を共有して、オレは奏を……
 「何考えてんだよ」
 葵が後ろからこづく。
 「え?」
 「てか、お前よく受かったな。高校」
 「ああ、推薦だよ。剣道の」
 「は?剣道?お前そんなもんしてたわけ?」
 葵はこの辺りでは一番の進学校の制服を着て言う。
 「まあな。ずっと前にな」
 「へ〜」
 
 「祐介!?」
 「あ、宮っちゃん」
 「あんた、何でいるの?」
 言ってくれる……。奈央は人のことを思いっきり人差し指でさして声をあげた。
 「しかも、それ西高の制服じゃん!」
 「お前一緒なわけ?」
 奏と同じ制服のようだが、明らかにスカートが短い。また一段と。
 「・・・・・・」
 聞いてんのか。
 「戻って来たわけ?」
 「そうだよ」
 奏が答えた。
 「へーーー!知らなかった!よかったね、奏。てかいつから?」
 その“よかったね、奏”という発言がオレにとっても、すげー嬉しかった。
 「ああ、三月の〜・・・・忘れたし。まー、戻ってきたわけ」
 「はーん」
 そして駅に着く。
 「あ、俺反対だし。じゃな」
 葵は反対のホームだった。高校からは電車通学になる。まあ、オレは原付の免許を取ったら、それで行くつもりだが。
 
 「祐介、あんた、よく受かったね。私結構勉強したんだけどー」
 奈央が皮肉そうに言う。
 「コネだから」
 「えーー!なにそれ?なんであんたにそんなのあるわけ?」
 「あるんだよ」
 奈央はほうけていた。仕方ないか。自分で言うのもなんだが、オレはまじでバカだからな。
 やっぱ部活やんなきゃかなぁ。バイトできるだろうか。早く頼みに行かねーと。
 
 「祐介、何組?」
 「5、だな」
 「・・・・・・」
 「宮っちゃんは?」
 「3−。奏は?」
 「6・・・」
 「あー、何だ別んなっちゃったね」
 奏はなんだかすげー悲しそうな顔をしてた。クラスなんか気にすることねーのに。やっぱ心細いんだな。前も、クラス替えの度にこうやって聞いてきてたっけ。
 「隣じゃん。オレいつでも行くし。心配すんなよ」
 「ほんと?!」
 そう言う奏の表情が予想外のものだったから、ちょっとびっくりした。そんなに嬉しいことか?
 「ああ」
 「ありがとう」
 ・・・・・・・。純粋に笑った顔。いつもこの笑みに救われてた気がする。なんでか、奏でないとダメなんだよ。オレの場合は。
 でも、そんな礼を言われるほどのことじゃねーんだけど・・・。ま、いっか。オレも嬉しいし。
 
 そして入学式を終えて、教室へ行った。転校したときとはまた違った新鮮味がある。
 あ、オレ6番じゃん。いつも5より前だったのに。ってどーでもいんだけど。
 奏、ちゃんとやってっかなぁ。
 ・・・・・・・。そういや、遼平のことまだ好きなのかなぁ。ま、あいつはどっかいい高校行ったんだろうけど。つきあったりはしてないよな。春休み奏はそんなそぶり見せなかったし。遼平の話しなかったよなあ。・・・・・。
 
 ホームルームが終わって、今日はもう帰れるようだ。オレは部活の見学なんかにゃ行く気ねーし。バイト先行くかー。
 と、扉の方へ行くとオレが出るのを防ぐかのように、誰かが立っていたのにぶつかった。
 「よう」
 「あ?」
 目の前には金髪で眼鏡をかけたへらへらした男が立ってた。
 「梶浦祐介?」
 は?何でこいつオレの名前知ってんだ?てか、金髪目立ってるし。
 「だったら何だよ?」
 「・・・・・・・・」
 そいつはまじまじとオレのことを見て、ふっと下を向いて笑った。何だ、気持ち悪ぃな。
 「俺、剣道部の主将ね」
 ・・・・・・。ああ、何だ。そうか。
 「はいはい」
 オレはそいつをどけて出ようとした。したら急にそいつが後ろから絞めてきた。
 「わ・・・・・!何すんだよ!」
 オレははずそうとしたが、そう簡単にはできなかった。くっ・・・・!こいつ!
 「わっ!」
 いきなりそいつはぱっと力を抜いたんで、オレは前のめりになった。
 「お前、何忘れてるわけ?」
 ・・・・・・?
 何言ってんだこいつ。変なや・・・・・
 「あ!」
 オレはその顔に見覚えがあった。髪の色や声は全然違っていたが、確かにこいつは・・・・・この感じは・・・・・
 「え・・・・・?なん・・・・・・」
 「やー、まじ悲しいね。オレは」
 「明浩?」
 オレがそう言うとそいつはにやっと笑ってこう言った。
 「後で死刑な」
 そして歩いて行った。その台詞は、よく明浩が母さんに叱られたとき、オレの告げ口を戒めるために耳打ちしたものだった。
 ・・・・・・・・・。
 「まじで?」
 
 「祐介、どうしたの?」
 はっと我に戻ると、奏が立ってた。
 「え?」
 「帰る?」
 「んあ・・・・・・・うん」
 まだオレは動揺していた。明浩は、母さんは、この辺に住んでたのか・・・?
 
 「祐介、部活は入るの?」
 「え?あーそーだなー。入んなきゃかも・・・」
 いろんなことを考えながら校門まで歩く・・・。
 バシッ!
 「てっ!」
 頭を何かでたたかれたようだ。
 「お前、帰る気かー」
 振り返ると、明浩がいた。竹刀を持ってオレをにらむ。隣にいる奏に気づいたようだ。
 「・・・・・・。彼女?」
 へらへらと笑っていやがる・・・。こんなんでよく主将が務まったもんだ。
 バシッ!
 思ってたことが顔に出たのか、容赦なくたたく。
 「何だよ、一体」
 「おめーは部活だろ」
 「部活?もう入ったの?」
 「うん、そー。こいつね、やんなきゃならないんだよ。早速なんだけど」
 「はあ?何で入学式からそんなことやんなきゃな・・・」
 バシッ!!
 「何言うか」
 「痛いって!」
 「・・・・・・・。」奏もびっくりしてる。
 「ほんじゃね。ごめんね」
 淡々とそう奏に告げ、オレは拉致された。
 母さんが言ってた知り合いって・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 21
 高校に行くのは不安だったけど、祐介がいてくれるから嬉しい。また、隣に住むことになって本当に良かった。
 前みたく、いつでも会える距離にいて欲しい。一緒に学校へ行って、一緒に帰りたい。
 ずっとこのままいて欲しい・・・・。
 
 
 入学式の日、祐介とまた帰れると思ってたけど、突然祐介は誰かに連れられて、体育館の方へ行ってしまった。
 ・・・・・・・・・。
 私も部活入ろうかな・・・・。そうしたら一緒に帰れるかも・・・・。
 「かーなーでー!」
 「宮っちゃん」
 「あり、祐介は?」
 「部活に行っちゃった」
 「え?何、もう?」
 「うん」
 「へー。剣道かな?」
 「ケンドウ?」
 「そ。あいつ剣道強かったんだよ。前は」
 「ケンドウって?」
 「知らないの?中学にもあったっしょ?ほら、面とか胴とかやってるやつ」
 メントカドウって何だろう・・・・・。祐介が部活やってるの見たことなかったなぁ。
 「・・・・。そうなんだ。分からないけど・・・・・」
 「あー、私も何か入ろっかな・・・。奏何か部活する?」
 「うーん。どうしよう」
 校門のところで、いろんな部活の人がさっきから勧誘していた。私も入った方が、祐介や宮っちゃんと帰れていいかなぁ。でもこんな動機じゃちゃんと続かないかもしれないし。もっとよく考えよう。
 「吹奏楽とかは?」
 「うん・・・・。でもピアノってあんまりいらないから・・・」
 「そうかー。じゃさ、今度は何か運動部に入れば?なるべく楽なので」
 激しい運動しちゃだめなんだよね・・・・。
 「楽なのなんかあるかなぁ」
 「そっか〜。・・・・。ないかー」
 私も運動が得意だったらなぁ。祐介なんか何でもできるよね。宮っちゃんもそうだし。葵もマラソン以外なら何でもできる。スポーツも勉強も。
 「あ!マネージャーは?」
 マネージャー?
 「それ、何するの?」
 「あー、でも外でやるのはきついかもね。要するに雑用だしぃ。でも、事務的なことだから楽っちゃ楽だよ。それに出会いが豊富」
 「出会い?」
 「奏―。高校はそのためにあるんだかて!ガンバローね!」
 「そうなんだ・・・・」
 
 
 そして電車に揺られて、宮っちゃんと話しながら帰った。
 「ただいま」
 「おー。あれ?祐介は?一緒じゃなかったのか?」
 「うん。部活に入ったみたい。宮っちゃんと帰ってきたよ」
 「部活?あいつもうバイトしないのか・・・」
 ・・・・・。どうなんだろ。その話はしてないなぁ。
 「良かったな」
 「え?」
 「祐介が戻ってきて」
 「うん」
 「お前また笑うようになってほっとしたよ」
 「え、私笑ってなかった?」
 「自覚してないだろうけどな」
 ・・・・・・。そうだったんだ。知らなかったな・・・・。
 「お前さ・・・・」
 葵が急に見ていた新聞を閉じて、何か言おうとした。
 「?」
 「・・・・・・。いや、いいわ」
 ・・・・・・?何だろ。
 「あ、母さんもうすぐアメリカ戻るってよ。大丈夫だよな?」
 「え?」
 「いなくても」
 「うん・・・・・・」
 そうか、もう行っちゃうんだ・・・・・。
 
 
 
 
 きっと大丈夫だろう。祐介がいれば。何か悔しいものもあるが、奏が元気になって良かった。段垣のことも忘れるぐらい幸せになってくれたらいい。大げさだが。
 奏の精神的な弱さを救ってやれるのは、きっと祐介が一番だ。そう思う。
 病気も心配してたが、あれ以来何も起こらないし。
 にしても、段垣が俺と同じ高校なのは、いいのか悪いのか。視界にも入れたくない。が、近くに住んでるんだし、奏だって駅なんかで会うこともあるかもしれない。ま、学校で会わなくていいのはいいんだが。
 祐介には、夏に段垣とあったこと言わなくてもいいか・・・・。言ったら暴力沙汰になるだろうしな。奏も祐介に知られたくはないかもしれないし・・・・。
 まぁ、もし二人が付き合うこととかになれば、そんときお互いの間で話すことになるんだろうし。俺がいちいち考えなくてもいいだろう。
 つっても、祐介がまだ奏を好きなのか分からないし。どっちも鈍そうだし。どーなんだろ。
 奏はピアノを弾き始めた。結構久しぶりに聞いた気がする。落ち着いた音色である。
 ま、別にこのままでいんじゃん・・・・。
 ぴたっと音が止まる。
 「・・・・・・・・」
 「どした?」
 「部活って何時まであるのかなぁ」
 「え?」
 「祐介、遅いね」隣の家を見て奏が呟く。
 ・・・・・・・。
 「お前・・・・」
 ガタッ
 「あ、祐介だ」
 軽く走って隣へと向かおうとする。
 「ああ、おい!」
 「?」
 「飯作ってって言ってこいよ。今日母さん遅いってさ」
 「いいのかなぁ」
 「いいから。言っとけよ」
 「うん。わかった」
 そして嬉しそうにドアを開けて出て行った。
 ・・・・・・・。
 「祐介のこと好きなんだろ」って言葉を言おうとしたが、聞いても「うん」って言うだけだろう。
 前はどっちかっつーと祐介が一方的な感じだったけど、今は逆かもな・・・・・。
 離れて大事さに気づいたのか、考え方が変わったのか・・・・・。ただ単に感情の幅が広がったのか。
 奏の祐介に対する思い入れは、以前のような友情じゃないと思う。
 人間の心理なんてはっきりと断言できないが、純粋な奏には裏なんてないだろう。
 好きだから、一緒にいたい。それだけらしい。
 
 こうやって思考を繰り返して、いざ自分の感情を交える人間関係に対峙すると、何重にも裏をかくような俺には真似できそうにないな
 
 
 
 
 
 
 つづく
 
 
 
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■作者からのメッセージ
 やっと高校へ……
 だんだん恋愛に傾いてきた?かもしれません。
 書くのが楽しくなってきました!
 
 
 主人公は梶浦祐介。
 今のところラストは19歳の予定です。
 
 
 いろんな人々の視点で物語は進みます。
 恋愛、学生生活、家族関係などの問題・・・
 嬉しいこと、悲しいこと、投げ出したいこと、
 そして、大切な人。
 
 いろんな日々のなかで
 あなたが幸せにしたい人は誰ですか?
 
 
 主な登場人物
 
 梶浦祐介
 福島奏
 福島葵
 宮原奈央
 段垣遼平