- 『泡沫(うたかた)』 作者:仲村藍葉 / 未分類 未分類
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原稿用紙約3.7枚
今、僕の為に泣いてくれる誰かはいるのだろうか?
僕は並木道に綻び始めた桜の花を見ながら考えた。
淡い桜の色、咲いても間もなく潔く散ってゆく儚い日本の象徴は、まだ滅ぶ気配はない。
泣いてくれる人は、いる。
僕は未熟児だった。
発達しきっていない肺の所為で小児喘息を起こした事もある。
体調を崩す度に母は泣くのだ。
ただ、それは僕だけの為に泣いている訳じゃない。
生まれて、此処にいる筈だった、僕の兄を想い、涙を流すのだ。
僕の片割れ、僕の兄。
今は、今も、いない。
新たに生まれた尊い生命は桜の様に儚く、僕だけを残し散ったのだ。
今になって思い出したのは、この季節の為だろう。
雨が降ったらしい。
次の日にはいくつも水たまりが出来ていた。
その上に小さな泡が見える。
車か何かが走った為なのか、泡立った理由は判らない。
ただ、時折その泡が音もなく消えるのを見つめていた。
雨。
そういえば、あの時も降った後だった。
あの頃の僕はまだ幼くて。
憶えている事も少ないけれど、確かに存在していた。
小さかった僕は一人、長靴を履いて。
やはりこの川沿いの桜並木道を歩き、遊んでいた。
あの時もまた、水たまりが存在し、その中のはかない泡粒も存在していた。
その時だった。
足を滑らせて、川に身を投じてしまったのは。
雨によって水量の増した川はまるで悪魔の様に僕を飲み込んだ。
あの頃泳げなかった幼い僕は、少しの抵抗を見せ、それ以降は憶えていない。
次に覚えていたことは、病院の天井の白さだけであった。
誰が、僕を助けてくれたのか。
それは誰も知らない。
意識を手放す前に、一瞬だけ誰かが手を伸ばした事も。
僕以外誰も知らない。
その手が僕と同じくらい小さかった事も、
その手がとても温かくて、懐かしかった事も。
今もあの手は兄のものではなかったのかと考える。
生を僕と共に受けると同時に僕と生死を分かちてしまった僕の片割れ。
一度も触れることの叶わなかったその手に触れたのだと、
有り得ない事と知りながら、思い出し、信じている。
この季節が来ると思い出す、儚い生命を桜の様に僕を残して儚く散らせた僕の兄。
きっと、それは。
僕の為に泣いてくれる、桜の様に潔く、儚い、静かに水に溶けてゆく、
泡沫の様な一つの存在。
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■作者からのメッセージ
お題に挑戦しようと書いていたものの、サイトに載せる目処が立たないのでこの場を借りて投稿させていただきます。
ノート1頁程度の掌の小説ですが、何か感じてくれたら幸いです。