- 『shooting star』 作者:daiki / 未分類 未分類
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全角22765文字
容量45530 bytes
原稿用紙約78.9枚
星が輝いている。
昼間うるさかったセミたちも、今はひっそりと息を潜めている。
オレ達は今、神社の裏山へと来ていた。
ここは昔からよく星が見え、祭の後アイツとよく来ていた。秘密の場所・・・である。
なぜ彼女に教えたのだろうか。いや、彼女だったからこそ連れて来た、のかもしれない。
「キレイだね・・・」
そっと彼女が呟く。星に照らされた彼女の横顔は、とても綺麗だった。
でも、それは触れればすぐに壊れてしまいそうな・・・そんな儚い笑み。
その笑みが何を物語っているのか、オレには分からない。だが、1つだけ分かることがある。
もしかすると、彼女は気付いているのかもしれない―――じきに別れが訪れる事を。
彼女がオレの顔を見つめる。その瞳に吸い込まれそうで、ずっとオレも彼女の顔を見つめていた。
そのとき、一筋の光が目に入った。
流れ星。世間一般にそう呼ばれる星は、願い事を叶えてくれるという。
「あ、流れ星・・・」
どうやら、彼女も気付いたらしい。手を前に合わせ、目を閉じて願い事をしている。
「どんな願い事をしたんだ?」
「へへ〜、ナイショ♪」
いつもの笑みでそう答える彼女。そこに、先ほどまでの儚さはなかった。
星が降る小さな夜・・・
そこに、オレ達は並んで寝転んでいる。
夜空を、見上げながら・・・
「Shooting Star」
written by daiki
§
頭上で響き渡る、セミの鳴き声。
誰もいない広い空間。優しく降り注ぐ木漏れ日。
まるで、街から独立したかのような錯覚に陥る。
地獄の階段と恐れられる百段以上ありそうな階段。石造りの社。少し年季の入った鳥居。
そして、周りが背の高い林で囲まれたこの境内は、ほとんどが日陰である。
ここ―――水鏡神社(みかがみじんじゃ)は、避暑の場所にはうってつけだ。
日付は2003年の7月19日。何を隠そう―――今日から待ちに待った夏休みのスタートだ。
オレは高2で、ゆっくりできる夏休みは今年が最後。部活にも入っていない。現役の帰宅部だ。
来年になれば大学受験のことを考えなければならない・・・今から考えるだけでも、憂鬱になる。
初日だし、この夏の予定でも練ろうかと、隣で一緒に寝転んでいる男とここにいるわけだ。
この広い境内も閑散としていて、この場にいるのはオレたち2人だけである。
「雄太(ゆうた)ぁ〜。アイス買いに行かね〜?」
隣でオレの名前を呼ぶのは、杉原 巧。(すぎはら たくみ)
オレの親友だ。いや・・・親友ってのはちょっと恥ずかしいな・・・
とにかく明るいヤツで、かなりテンションが高い。そして、かなりマイペースである。
あまり自分の意見とかを主張しないオレとは正反対。まぁ、だから気が合うんだろうけど。
いつだったか、よく対極にいるヤツのほうが気が合う・・・と聞いたことがある。
だが、そんな巧も暑さの所為で、今日はテンションが低い。
無理もない。今日は確か最高気温が36℃だからな。オレも死にそう・・・
「アイス・・・?コンビニでも行くか?」
「かったるい・・・階段降りるの面倒くさい。暑いし」
―――お前が行こうって言ったんじゃねえか。
「んじゃいいじゃねえか・・・ゆっくりしてようぜ」
「それもヤダ・・・アイス食いたい」
勝手にアイスが出てくるわけないだろぉ〜!!と、心の中でツッコミをいれる。
あえて口に出さないのは、コイツにはそんなこと言っても無駄だからだ。
「つ〜ことで雄太。買ってきてくれ」
「アホか。なんなら、お前が買って来い」
「なんでだよ。オレが買いに行く理由はない」
「それはオレのセリフだっつ〜の!!」
たまに、オレたちはこのような不毛な言い争いをすることがある。
だが、こんな「お金」関係の言い合いになったときは、必ずある方法で決着がつく。
「よし、それじゃジャンケンで決めるぞ。負けた方がパシリ+オゴリな」
「・・・オゴリまで付けてきたか・・・」
ジャンケン。これぞ平等かつ公平で、昔からある簡単にできる決闘。
決闘は言い過ぎか・・・
しかし、望むところだ。今のところ対戦成績はオレの93勝90敗。オレが勝ち越している。
コイツの手は見切っている!!
「「ジャ〜ンケ〜ン・・・ポンッ!!」」
「・・・」
「・・・行ってらっしゃい♪」
結局、巧がパーでオレがチョキ。オレの勝ちだ。アイス一本タダで獲得か・・・ラッキー。
しかも、アイスのほうからオレに食べられにやってくるのか。うむ、さっきのツッコミは撤回しよう。
これで94勝90敗、だな。
「しょうがないな・・・何がいい?」
「ハーゲンダッ・・・ごふぅ!!!」
オレが最後まで言うのを待たずに、巧の右ストレートがオレの腹に決まる。
ちっ、やっぱダメか。そりゃ・・・あの量で300円ぐらいするのは反則だよなぁ。
「冗談だ。ウルトラカップのバニラで頼む」
「了解しました〜」
そう言って、いかにも気だるそうに巧は階段を下っていった。
この階段、降りるのは楽だけど、登るのは死にそうになるんだよな・・・アーメン。
心の中で両手を合わせる。もちろん、冗談でだけど。
サー・・・風が吹いた。ゆっくりと。林の隙間を縫うように通る風。
それがなんとも心地よい。
巧がいなくなっただけなのに、急に境内が寂しくなったように感じる。
「はぁ・・・ま、5分もすれば帰ってくるだろ」
最近になって、この辺りに1つ新しいコンビニができた。
神社から徒歩1分もかからないところにそれはある。彼はそこに向かってるはずだ。
家から一番近いコンビニでも少し距離があったので、そのコンビニにはいつも助けられている。
「・・・静かだな・・・」
実際、セミの鳴き声がおさまる気配はないし、静かだとは言えない。
しかし、すでにそのやかましい音はすでに耳は慣れ、すでに「ないもの」として認知されている。
ふと、一本の大きな木に目が止まった。ご神木―――だろうか。
立ち上がり、何かに誘われるような足取りでそこへと向かう。
それは、風に後押しされているかのように。
それは、セミたちの合唱に惑わされるかのように。
それは、まるで見えない魔力で動かされているかのように。
あるいは、それは運命的なものだったのかもしれない。最初からそうなることが決まっていたかのように。
「へぇ・・・デカイな。何歳だ?この木・・・」
微かに呟き、そのご神木に手を触れた―――そのときだった。
「なっ!?!?」
体に衝撃が走った。例えるなら・・・電流が走ったような衝撃。
ヤベッ・・・意識が・・・
オレの意識は、そこで途絶えた。
ん・・・オレ、一体どうしたんだっけ?
確か、ご神木に触れて・・・それで・・・電流みたいなのが走って・・・それから・・・
・・・思い出せない。あの後、急に意識がなくなったような気がするけど・・・
体を起こす。外傷はないようだ。こんなところで倒れてるのを巧に見られちゃ何言われるか分からないからな。
どれぐらい寝てたんだろうか?巧が帰ってきたなら起こされててもおかしくないと思うんだけど。
一瞬だけだったのか、気を失ってたの。
「あ・・・起きた・・・大丈夫ですか?」
ふと、横から声が聞こえてきた。巧だろうと思って振り向こうとした、が。
・・・巧・・・いつからそんな女の子みたいな声に・・・しかもオレに対して敬語だし・・・
え?―――――女の子?
「・・・誰?」
思わずそんな声をあげてしまう。そこには、見慣れない少女が立っていた。
見た限りオレより年下だろう。長い髪の下のその表情には、まだ幼さが残っている。
「あ、私は望月 優(もちづき ゆう)って言います!歳は15歳で・・・ってそうじゃなくて・・・
どうしたんですか?こんなところで・・・頭でも打ったんですか?」
何故か丁寧に自己紹介を始める彼女。なんだか可愛らしいな。
「いや・・・オレもよく分からないんだよ。このご神木に手を触れた途端・・・なんか電流みたいなのが走ってさぁ・・・意識が飛んじゃったんだよ」
「そうなんですか・・・不思議な話ですねぇ〜・・・」
オレのウソのような話を、疑いもせずに聞いてくれる。
なんだかそれが、心地よかった。
そのとき、ふと頭によぎるある人物の存在。巧だ。
「あ、そういやオレと同い年っぽいヤツが来なかったか?コンビニの袋持ってた・・・と思うけど」
「いいえ、見てませんけど・・・」
「そうか。しゃ〜ねぇなぁ・・・電話で呼ぶか」
なんでオレがいちいち通話料出してまでかけなきゃいけねえんだ・・・?
まさか帰ったわけじゃないだろうな。アイス代出すのが嫌だから、とか。
・・・有り得る。
そう思いながらポケットから携帯を・・・アレ?
もう片方のポケットにも手を突っ込んでみる・・・アレ?
後ろのポケットかな、と思って手を突っ込んでみる・・・アレ?
「ない」
「?」
望月さんが首をかしげる。
「携帯無くしちまったぁぁぁぁ!!!」
「え?」
いくら捜しても携帯が見つかる気配はない。先週機種変更やったばっかりなのに!!
しかも今月発売だった新機種だったのに・・・かなり値張ったんだぞ・・・
・・・仕方がない。この人に携帯を借りて自分の携帯にかけてみよう。誰か拾ったかもしれないし。
見ず知らずの人に借りるのは少し気がひけたが、この場合やむを得ない。
「なぁ、望月さん・・・だっけ?携帯持ってる?持ってたら悪いけど貸してくれないかな?」
「望月さん、じゃなくて優って呼び捨てでいいですよ。多分、私のほうが年下だし。ハイ、どうぞ」
出会ってまだ間もないのに、下の名前で呼ぶのは抵抗があるが・・・まぁ、本人が言うならいいか。
クスクス笑いながら望月さん・・・じゃなくて優は携帯を差し出す。
その携帯には見覚えがあった。2年ぐらい前にオレが使っていた携帯だ。
「んじゃ優・・・でいい?・・・へ〜、懐かしいな。オレも昔この携帯だったんだよ、色は違うけど。しかもキレイに使ってるなぁ〜。新品みたいだ」
差し出された携帯を眺めながらそう答えた。だが、優は何故か訝しげな視線をオレに送っている。
「ん、どした?」
「だって、新品ですもん」
「え、新品?今ならもっといい機種とかあるんじゃ・・・というか、この機種まだ売ってるの?」
すると、優は疑問に満ち溢れた表情でこっちを見ている。
「その機種・・・最近発売されたヤツですよ?」
「・・・は?」
いまいち言っている意味がよく分からない。なんか・・・時代がズレてるかのような会話だな・・・
まぁ、この携帯の扱い方には慣れてるし、ちゃっちゃとかけちまうか。
未だに優は変な目でこっち見てるけど・・・気にしないで置こう。
ディスプレイを覗き込む。そこには、年、日付、時刻が表示されている。
いつも思うことだが、年は必要無いといつも思う。別に知ってることだし。
だが、そこに何か違和感があることに気付いた。
「・・・・・・・・・・」
オレの中の時間が、止まった。
2001年7月19日
ディスプレイには、そう表示されていた。
§
空いた口が塞がらない。なんと口に出せばいいのか分からなかった。
これは・・・俗に言う、タイムスリップってヤツか?
いや、確か科学的に過去に行くのは不可能なんじゃなかったっけ?
というか、オレはタイムマシンも何も使ってないぞ?
近くにドラえもんがいるわけでも、「タイムスリップ〜!!」とか言ってこけるヤツがいるわけでもない。
そもそも、それ以前にタイムスリップなんてのは・・・空想の世界での現象なんじゃないのか・・・?
んじゃ、ここは空想の世界?あ、そっか。オレ、夢見てるんだ。
ギュ〜っと右の頬をつねってみる。・・・痛い。
・・・ど、どうゆうことなんだ!?
でも・・・それなら巧が今ここにいないのも納得できるな。
2001年7月19日の巧は、ここではないどこかにいるはずだし。多分・・・家か?
それに、先ほどまでの時代がずれたような会話も納得がいく。
「あ、あの〜・・・」
頭を抱えてうなだれているオレを不審に思ったのか、優が口を開いた。
「は、はひ?」
思わず声が上ずってしまう。
「どうしました?さっきから・・・」
「あ、あ〜、え〜っと・・・つまりだな・・・」
黙ってオレの次の言葉を待つ優。うう・・・言いづらい。そもそも言うべきかどうかも謎だけど。
というか、絶対信じてくれないだろうな。
「なぁ、優・・・オレが今から何を言おうと、オレを変な人だとか思わないでほしい」
「は、はぁ・・・」
「オレ・・・未来から来た」
「え、え、えぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!!???」
次は優が驚く番だった。・・・というより、驚くか普通?
普通なら、「ウソでしょ?」とか「・・・何言ってるの?」とか言って返ってきそうなんだが・・・
この娘は、見た限り本当に信じているらしい。あぁ、そういやさっきもそうだったな。
純粋なんだな、この娘は・・・この娘の将来をちょっと心配してしまう。
「・・・とにかく・・・もう一回触れば帰れるのかな?」
「でも・・・お話とかだと、大体帰れませんよね・・・」
幸先悪いこと言わないでくれよ・・・
しかし!!これはお話ではなく現実!!・・・現実だよなぁ。
「よしっ、行くぞ」
「は、はい」
優が息を呑んでオレを見つめる。
そ〜っとご神木へ向けて手を伸ばす。そして・・・触る。
が―――何も起こらない。先ほどのような電流も走らない。
「・・・やっぱダメかぁ」
「そう、ですね」
「だぁぁぁぁ!!!!これからどうすりゃいいんだぁぁぁ!!!」
頭をめぐらせ、様々な事を考える。
え〜っと、まず・・・家とかどうすりゃいいんだろ?自宅に帰って過去のオレと鉢合わせ。
―――大パニックだな。
それじゃ・・・巧(昔バージョン)に事情を話して留めてもらう・・・
―――巧(昔バージョン)が大パニックになるな。
旅館に泊まる・・・
―――あぁ、金がねぇ。
野宿・・・
―――死ぬ。
優しい人に泊めてもらう・・・
―――いつ帰れるか分からないのに、それは無理か。そもそも見ず知らずの人を泊めてくれる人なんていないだろう。
オレは今、1000円ちょっとしか持っていないのだ。今日の朝財布に補充したばっかりだからはっきりと覚えている。
さらに、いつ帰れるかどうか分からないという問題もある。
あ〜、どうしよう!!
「あ、あの〜・・・どうしたんですか?」
黙ってオレを見つめていた優が、訝しげに尋ねる。
「ん・・・いや、これからどうしようかなって思ってさ・・・家に帰るわけにもいかないし、どっかに泊まろうにも金がない」
「・・・どうするんですか?」
「それを考えてるのっ」
う〜んと頭を捻る。彼女も、それに倣ってオレと同じように頭を捻っている。
「確かに・・・未来から来たのなら家には昔の自分がいるはずですもんね。鉢合わせしたら・・・ヤバイかも・・・」
「野宿も死ぬだろうな。シラフも金も無いのに・・・無理だ」
「あ」
ふと、彼女が思い立ったかのように顔を上げた。
「ん、なんかいい案でも浮かんだのか?」
「もしよければ・・・ウチ、来ます?」
「・・・はぁ?」
何やってんだろ、オレ。
まだ出会って間もない少女の家に押しかけるとは・・・
しかも、家には誰も居ないときたもんだ・・・
この娘、本当に人を疑わないんだな。オレに襲われるかも、とか考えてないのか?
――――勘違いするな!!断じて襲う気は無い!!!
「へ、へぇ・・・広いな」
思わず嘆息が漏れる。こりゃ・・・かなり広い。
オレの家の5倍はあるな。もしや、優ってお嬢様?
「こんな家に1人で住んでるのか?」
「ええ・・・父は弁護士、母は彼の秘書で、一緒にいます。今は―――2人とも、アメリカにいるんです」
「いつ帰ってくるんだ?」
「分かりません。少なくとも・・・夏休みのあいだは帰ってこないと思います」
「そうか・・・」
ってことは・・・夏休みのあいだずっと2人きり!?
いや、夏休みが終わる前に帰れる可能性がある。いや、そうとは言い切れないけど・・・
それにしても・・・
「・・・」
無言で彼女の顔を見つめる。本当にそんなことまでしてもらっていいのだろうか。
「どうしました?」
笑顔で見つめかえす優。その笑顔には一点の曇りもない。少しドキッとした。
「いや・・・本当にいいのか?泊めてもらって・・・まだオレたち会ったばっかだろ?見ず知らずの人を泊めて不安じゃないのか?それに・・・オレ、ほとんど金ないし・・・」
「でも、私はアナタの秘密を知っている唯一の人物ですよ?それに、部屋なら余ってますし。服も・・・父のでよければ、何着かあります。お金は結構ですよ。それに、私・・・」
そこで一旦言葉を切る優。少し顔を紅く染めて、俯いている。
「?」
「1人でいるのは・・・寂しかったから・・・」
「え・・・?」
思わぬ言葉に、オレの頬も紅く染まるのを感じる。
「だから・・・ね?他に行くところないでしょうから、いいでしょう?アナタも泊まれるし、私は1人で寂しく過ごさずに住む。一石二鳥じゃないですか♪」
先ほどまでの表情はどこへやら、彼女の顔には晴れやかな笑みが浮かんでいる。
オレはふーっと息を吐いた。彼女がそう言うのならばいいのだろう。いや、そう信じたい。
どの道、オレにはどうしようもないのだ。
「ま、そうゆうことなら・・・ご好意に甘えさせてもらおうかな」
「えへへ」
「あ、自己紹介まだだったな。オレは五十嵐 雄太(いがらし ゆうた)。高2だ。まぁ・・・適当に呼んでくれ」
「はいっ♪」
「あ、それと敬語は使わなくていいぞ。あんまり好きじゃないんだ」
「分かりました・・・あ、じゃなくて・・・分かった、よ」
少しぎこちない様子で話す優。そんな彼女が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「ハハハ。よろしくな」
晴れやかな笑顔を浮かべて言う。つられて、彼女も笑いだした。
こうして、未来からやってきたオレと、過去に住む少女――優との不思議な共同生活が始まった。
§
「え〜っと・・・トイレがここで、風呂場はここ」
今は家の中を案内されている。中に入って思ったことだが、やはり広い。
さすがに風呂場は1つしかないが、トイレはこれで3つ目だぞ?
すでに洋室が4つ、和室が5つ、物置部屋も3つ、客間が3つ・・・応接間もかなり広いな。
キッチンとか、全部大理石だったぞ。母さんに見せたらキャーキャーうるさいだろうな。
だが、これでまだ半分しか回っていない、とのことらしい。どれだけ広いんだよ?
それ以前に、広すぎて迷いそうだ。間取り覚えるだけでもかなり時間がかかる。
お世辞にも、オレはあんまり頭がいいとは言えない。
確かに、部屋が余っているということは納得できる。そもそも、余りすぎだろ。
「なぁ、優の家族って親の2人だけなのか?兄弟とか・・・」
「ううん、お姉ちゃんがいるよ。今は・・・どこかの島で医者やってる」
「し、島ぁ!?」
なんつ〜家族だ。そもそも、こんな広い家にまだ中3の女の子を残していくか?
「うん。病院がない島。結構忙しいらしくて、あんまり家には帰ってこないよ。帰ってもお父さんとお母さんがいる可能性、少ないからね」
なるほど、と妙に納得しつつ、少しずつ部屋の間取りを頭に叩き込む。
「じゃ〜ん、ここで最後で〜す♪これが雄太クンが泊まる客間だよ。ここなら布団もあるし、トイレも風呂も近いから迷う事もないでしょ?」
ガイド気分で案内を続ける彼女。そのあたりまだまだ子供だな・・・とか思う。
どうやら、オレの心配していた事はとっくにお見通しだったらしい。
その部屋は和室で、広さは大体・・・5畳といったあたりだろうか。
荷物なしの状態で1人過ごすには、少し広すぎる部屋だと思う。
「そういえば・・・優の部屋はどこなんだ?見当たらなかったけど・・・」
さっきからいろいろな部屋を回ってきたが、1つだけ不思議な点がある。
それは、彼女の部屋がなかったことだ。見た限り、どの部屋も人がいたという感じがしない。
突然、彼女の背筋がピンと伸びた―――明らかに動揺している。
はは〜ん?さては、わざと案内しなかったな?
まぁ、確かにオレに襲われるかも、とか心のどこかでちょっとは思っていても不思議じゃない。
「いいよ、別に案内しなくても。押しかけるわけじゃないんだし」
とりあえず彼女の考えていそうなことを指摘する。
「は、ははは・・・あんまり見られたくないから」
・・・そっちかよ。思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「でも寝るときと勉強するとき以外は応接間にいるよ。そっちにいるほうが多いかも。私の部屋テレビないから」
相変わらず、笑顔を絶やさずにオレに話し掛ける彼女。だが、先ほどまでの笑みとは何か違う。
少し意地悪な・・・もしかして・・・
――――何か、企んでます?
こうゆう場合は逃げるに限る。オレの直感がそう感じていた。
「分かった。んじゃ、オレはこれで・・・」
そう簡単に述べて、背を向けて歩き出した・・・つもりだった。
「まだ終わってないよ♪これから家事の分担も決めないとね〜」
ガシィと、オレの腕が掴まれる。見た目からはまったく想像もつかない、なかなかの怪力だ。しかし・・・
「か、家事ぃぃぃ!!!???」
予感的中。ふむ、やっぱりオレの直感は正しかった・・・ってそうゆう問題じゃないな。
「まず〜、掃除、食器洗い・・・あとゴミ捨ては当然でしょ〜♪あとね、あとね・・・あ、風呂掃除とトイレ掃除もやってもらおうかな〜♪」
そんなことをさらりと言ってのける―――恐いよ、優さん。
「マジですか?」
「うん、大マジ」
途端、何かがオレの中で崩れ落ちた。
「ただで泊めてもらえるとは甘いよ、ゆ・う・た・クン♪大丈夫。料理と洗濯は交代でやるから。料理できる?」
「ま、まぁある程度なら・・・って、洗濯ぅ!?」
せ、せ、洗濯ってオイオイ!?・・・さ〜て干しますかと思ったら彼女の下着とこんにちは・・・
そ、そ、それはヤバイっしょ!?変態のレーテルを貼られかねない!!
明らかに動揺するオレを見て、クスクスと微笑む彼女。
「優さん?それはちょ〜〜〜っと問題アリじゃありません?」
ちょ〜〜〜っとどころではないとは思うが。
「問題?ないよぉ〜」
うわっ、あっさり返された。マジでやらせる気か、この娘は。気付いていないのか?
もしかして、遊ばれてるとか?
「ク、ククク・・・ぷっ、アハハハハハハハハハ!!!!」
突然、彼女が腹を抱えて笑い出した。わけが分からん。
「焦ってる焦ってる!!大丈夫!!雄太クンが思ってるような事態にはならないから♪料理はさっき言ったとおり順番交代だけど、洗濯は各自でやるの」
「な、なんだぁ・・・ビックリした」
ふ〜っと心の底から嘆息する。あ〜、よかった・・・
まだ彼女は笑っている。目からは涙も出ている。
―――なんかムカツクな〜。
「このヤロ〜!!」
「キャ〜〜!!雄太クンが怒った〜♪」
明らかに楽しんでる様子の彼女。キャーキャー言いながら逃げ回っている。
そんな様子を見ていると、自然に・・・
―――まぁ、いっか。
と思えてくる。
家族があまり家に居ない彼女にとって、こうゆう生活は憧れだったのだろう。
そう思うと、なんだかこんなことやってる自分が情けなくなってきた。
「はぁ・・・晩飯の用意でも買いに行くか?」
「うん!!」
・・・新婚の夫婦みたいな会話だな・・・いや、アホらしいから考えるのはやめておこう。
§
「あぁ・・・なんか疲れた」
「多分、慣れないことしたからだね。うんうん」
なんとか30分以上かけて本日の晩飯を完成させることができた。
メニューはカレー。もちろんレトルトなんかではなく、ルーで作ったオレのこだわり本格派カリーだ!!
彼女はそれを美味しそうに頬張っている。オレもそれに倣って、カレーを口に運ぶ。
うむ。なかなか悪くない出来だな。リンゴやハチミツといった具合に、こだわった甲斐があったかな?
「ご馳走様でした♪美味しかったよ」
「お粗末さまです。さて、食器洗ってくるわ」
カチャカチャと彼女が食べた分の食器も重ね、キッチンへと運んでいく。
量はそんなに多くないので、時間はあまりかからなさそうだ。
キッチンに、水の流れる音と、カチャカチャと食器がぶつかる音が鳴り響く。
昔から親にこういった手伝いはさせられていたので、慣れてはいた。
まさか、こうゆうことに役立つとはな・・・
自然と、笑みが浮かんできた。
皿洗いを終え、応接間へ戻ると、優は真剣な表情でテレビを見つめていた。
それは、一昔オレがハマっていたテレビドラマだ。結末もおぼろげながら覚えている。
え〜っと確か・・・宇宙飛行士とその恋人の話だったな。
宇宙を夢見た青年と、それを陰から支える女性。
様々な困難を乗り越え結ばれた二人。そして、とうとう青年は宇宙への切符を手に入れる。
しかし・・・その打ち上げはシャトルの爆発・炎上という最悪の結果を招く。
青年は死亡し、女性は悲しみの中、2人でよく訪れた小さな丘へと登る。
そこで涙を流す女性だが、ふと青年の声が聞こえた。
『生きろ。オレの分も生きてくれ』だったかな?そこで話は終わっている。
当時は中途半端な終わりかただな・・・と思っていたのだが、それはそれで理由があったんだろうと今はそう自分で勝手に決め込んでいる。
優が見ているのはその最終回、しかも拡大スペシャルだ。
そして、今はちょうどその小さな丘のシーン。優は―――案の定、泣いている。
『生きろ。オレの分も生きてくれ。オレたちが生きた証は、消えやしないから・・・』
その言葉が聞こえると共に、エンドロールが流れる。
「うぅぅぅ・・・いい話だねぇ」
どうやら、オレが近くにいることには気付いていたようだ。
「ああ」
「知ってるの?」
「昔、オレも見てたからな。さすがにビデオ録画まではしてないが」
「あは、バレてた?」
いたずらな笑みを浮かべる優。目が少し赤くなっている。
その映像は録画されていたビデオの映像だったようである。最後の部分だけ繰り返し見ているらしい。
7月19日の段階では、すでに新しいドラマが始まっているはずだ。
「くくく・・・変な顔・・・」
「ああ!!笑ったなぁ!!」
ポカポカとオレへと殴りかかる。もちろん遊びなので、あまり痛くはない。
「こら、やめろ!!」
「やめな〜い♪」
そこには、彼女にいつもの笑みが戻っていた。
そして・・・――――
「あ〜〜・・・余計疲れた」
「ハハハ、でも楽しかった〜」
優はソファーの上、オレはカーペットの上で寝転びながら呟く。
天井を見上げると、天窓から微かだが星が見える。
「ねぇねぇ、外出てみようよ」
オレと同じ風景を見ていたのか、優がそんな提案をする。
「いいな・・・ここで寝転ぶのも暑いし。外のほうがまだ涼しいかもな」
「けって〜い♪」
寝転ぶ地面が冷たくて、少し気持ちいい。
オレたちはなぜか屋根へと上っていた。もちろん、これも優の提案である。
空には、幾千もの星たち。
この街はそんなに都会と言うわけではないので、空気はキレイなほうだ。
なので、夜になれば美しい星空たちを一望することができる。
「うわ〜」
こんなふうに星を見るのは久しぶりだな・・・
いつも地上ばかりを見て過ごしてきたオレは、空へと目を向けることはあまりなかった。
こうやって見ると、改めて星はキレイだなって思う。心からの、正直な感想だ。
少し手を伸ばせば届きそうで。
でも絶対届く事はなくて。
小さい頃、網で星を捕まえようとした記憶がある。
「キレイだね〜」
「あぁ。キレイだ・・・」
星空を眺めながら、ふと思った。
現実―――いや、今はこれが現実だが―――・・・元の世界。2003年の世界では今どうなってるのだろうか。
巧はどうしたのだろう?家族は・・・心配してるかな?
あ〜・・・そういえば携帯・・・誰か拾ってくれたかな・・・
「どうしたの?」
「うわっ!」
気付けば優の顔が目の前にあった。逃げようにも逃げ場はないので、思わず凍ってしまう。
「い、いや・・・今向こうではどうなってるかな〜って思ってさ」
「あ、そうか・・・忘れてたけど、雄太クンは未来から来たんだったよね」
――――忘れるなよ。
「忘れるなよ。はぁ・・・それに携帯も心配だしな。高い金払ったのに」
「ふふっ、親とか友達じゃなくて携帯なんだ?」
「ああ。そっちのほうが心配」
「フフフ・・・」
「ハハハ!!!」
2人でひとしきり笑いあった後、訪れる小さな沈黙。
不思議と不快ではなかった。心地のよい沈黙、というのだろうか。
今日は笑ってばかりいたような気がする。久しぶりだと思う。こんなに笑ったのは。
「私ね、ちょっと考えたんだけど・・・」
「え?」
不意に、優が口を開いた。
「雄太クンの携帯が無くなった理由」
「・・・ん?」
「思ったんだけど、雄太クンは2003年の未来から来たんだよね?」
「ああ。それがどうした?」
「もしかしたら、その携帯は、2001年の世界に存在しないものだったから、あの場になかったのかな〜って思ったんだけど」
素直になるほど、と思った。確かにそれなら辻褄が合う。
「それと・・・」
「まだ何かあるのか?」
「雄太クンがここに来た理由なんだけど・・・」
「理由、ねぇ・・・」
そんなものは分からない。ご神木に触ったらタイムスリップした、ただそれだけの話だ。
「もしかしたらね?」
「ああ」
「この時代で、何か・・・起こるはずだったことが起こらなかったから・・・雄太クンは、その矛盾をなくすためにやってきた・・・とか」
「矛盾?」
「うん」
「矛盾、か・・・」
小さく呟いて、自分が体験した2001年の記憶を思い覚ます。
だが、それはひどく曖昧なもので、はっきりとした物がでてくることはなかった。
特に、覚えている限りやり残したこともないハズだと思うんだが・・・
「あ・・・」
「ん?」
「流れ星だ〜♪」
「え?」
暗闇の夜空を切り裂く一筋の光。ほんの一瞬だったが、オレにも見えた。
優は早速手を合わせて願い事をしている。その表情はとても真剣で、思わず見とれてしまう。
「何お願いしたんだ?」
「え〜っとね・・・やっぱ、ナイショ」
「なんだよそれ、ヒデ〜な」
「ふふっ。さ、もう寝よ。もう12時だよ」
「え?」
優が携帯のディスプレイをオレへと向ける。その時計は彼女の言うとおり12時を示している。
そして、日にちは・・・2001年、7月20日。
シンデレラの魔法のように、12時になったらこの魔法も解けるわけではなさそうだ。
「降りよ。冷えちゃうよ」
パジャマ姿にカーディガンを羽織った少女が、笑顔でオレへ話し掛ける。
・・・こんなのも、悪くないな。
少しだけ、そんなことを思った。
§
ジリリリリリリリリリリ!!!!!!!
「うわったぁ!!!な、なんだっ!?」
その言葉と共に、慌てて飛び起きる。
いつもと違う風景。少しずつ覚醒してきた意識と共に、昨日までの記憶も蘇る。
そこには、見慣れない目覚し時計と・・・そして、一通の手紙が置いてあった。
手紙を開いてみる。そこには優のものと思しき几帳面な字が書かれていた。
『雄太クンへ
今日は、朝から塾があるので先に行きます。
朝食は机の上にあるのを電子レンジで温めて食べてね。
あと、知ってると思うけど今日はお祭りがあるの。一緒に行こ♪
だから、出来たら迎えに来てほしいな。あの水鏡神社のところで6時に待ち合わせ。
そのときまで、家で適当にくつろいでてね。外に出たら何かと厄介だろうから。
P.S. トイレ掃除とゴミ捨てやっといてね』
とのこと。オレに拒否権はないのか?
まぁ、泊めてもらってるんだから仕方ないのか。
彼女の言うとおり、あまり家からは出ないほうがよさそうだ。過去のオレと鉢合わせしたら困る。
祭はいいのかよ・・・?
あ、でも2年前の祭のときは確か塾だったから参加していない。だから大丈夫か。
仕方が無い・・・トイレ掃除とゴミ捨て、やっておくか。
その後、トイレが3つぐらいあったことを思い出し、泣きながらオレはトイレ掃除を済ませた・・・
昔の―――2001年から見て、昔―――ドラマの再放送を懐かしく思いつつ見る。
いつの間にか、時刻は5時半を回っている。
「そろそろ行くか・・・」
小さく呟いて、立ち上がった。
歩きながら、昔のことを考えていた。今度の『昔』は2003年から見た『昔』である。
2001年。新世紀を迎えた年。
そんな年に、なぜ勉強しなければならないのかと何度も愚痴をこぼしていたのを覚えている。
塾に行き、学校の補習にも行った。必死に勉強した・・・と思う。
そのおかげで、今の自分がある、ということは認めるが。
逆に今受験生でない立場にたつと、今受験生である人たちが哀れに思えてならない。
無論、優も例外ではない。彼女も何か目標を持って勉強しているのだと思う。
そんなことを考えていると、いつの間にか見慣れた水鏡神社の階段が見えてきた。
約束の時間まで、あと5分といったところだ。彼女はまだいない。
仕方が無い、待つか・・・
迎えに行こうにも彼女がどの塾に通っているのか知らないし、待つ以外にすることはない。
こうゆうときMDがあればな〜・・・あ〜ぁ、あのときMD持ってたらな。
・・・MD・・・?
2年前、お年玉で購入した当時最新式だったMD。
2年前購入した物なので、もし持っていても携帯のようになくなることはなかっただろう。
いや、そうではない。何か・・・何かが引っかかる。
鮮明に蘇る、あの日の記憶。知らぬ間に封じられていた記憶。
2001年のこの日、オレは確か塾だった。そして・・・
夕方の6時ごろ。そうだ、確か6時ごろ。
家を出ようと思ったら、音楽でも聞いていくかと思って一度引き返したんだ。MDを取りに帰ったんだ。
そして・・・そして・・・少しずつ、姿を成す最悪の可能性。
鳴り響くサイレンの音。白い車体。オレも危なかったかも、という小さな感心。
まさか・・・!!!
オレは走り出した。最悪の可能性を防ぐために。
風を切りながら、オレは走った。
何も考えず、ひたすら走った。
何も考えていないのに、体は勝手に決まった方向へと走っていく。
まるで、最初からそう決まっていたかのように。
時刻は6時5分。公園を通り過ぎたときに、時計台を見たのだ。
少しずつ、少しずつあの場所へと近づいていく。
そう――――――――優が死ぬはずだった場所へと。
2年前、塾に行こうとして、MDを取りに帰ったあの日。
自転車を漕いでいたら、かなりの野次馬が集まっていた。
何があったのかということを適当に聞き出す。その人はこう言った。
「交通事故よ。女の子が撥ねられて・・・即死だったみたいよ。しかも轢き逃げらしいわ。ヒドイよね・・・」
そのとき、オレは「もう少し出るのが早かったら、オレが危なかったかも」と思った。
しかし、それは違ったとしたら?
実際は「もう少し出るのが早かったら、その女の子を助け出せた」・・・のだ。
それは可能性に過ぎない。女の子なんていっぱいいる。だが、オレの中では確信に変わっていく。
少しずつ、少しずつその時間が迫ってくる。
すると、遠くに優の姿が見えた。こちらにはまだ気付いていない。
「優ーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「・・・え?雄太クン?」
どうやら、こっちに気付いたようだ。しかし・・・
「止まれ!!止まってくれ!!!!」
「え、何?」
彼女は歩を止めない。それどころか、少しずつ速くなっている。
「ちぃっ!!だから止まれって言ってんだよぉ!!」
彼女が横断歩道へと踏み出した・・・そのとき!!!
ブーーー!!!鳴り響くクラクション。明らかにスピード違反のスポーツカーが彼女へと襲い掛かる!!
「え?キャーー!!!」
「間に合うか!?くそっ!!」
彼女との距離、3メートル。しかし、そのたった3メートルが絶望的な距離に思える。
最後の力を振り絞って、オレは彼女へと飛び込む。腕をいっぱいに伸ばし・・・
―――――いざとなれば、彼女を突き飛ばし、かわりに自分が轢かれる覚悟で。
彼女を抱きかかえ、地面を転がる。優の叫び声が聞こえる。
世界が、暗転した。
「ん・・・ここは?」
オレ、死んだのかな?その割には痛み感じなかったけど・・・ってうわっ!!
目の前には、泣き顔でオレのことを覗き込む優がいた。
「雄太クン!?嫌だ、死んじゃヤダよぉぉ!!!」
「アホォ!!死んでないわい!!」
どうやら、まだ生きてるみたいだ。しぶといな・・・オレも・・・
幸い、足に少し痛みを感じるだけだ。擦り傷ぐらいで済んでるだろう。
気を失ったのは、多分頭を打って脳震盪でも起こした・・・のかな?
それより、目の前で優が何事もなさそうに叫んでいるほうがオレには嬉しかった。
「雄太クン!!よかった、よかったよぉ・・・」
「お、おい・・・」
オレに抱きついてくる優。耳元で、彼女のすすり泣く声が聞こえる。
「大丈夫、オレは大丈夫だから・・・」
「ひっく、ひっく・・・雄太クン・・・」
ふと、なんだか視線を感じて周りを見渡す。そこには・・・
「いぃぃっ!?頼む、優!!頼むから離れてくれぇ!!」
オレたちを取り囲む数十人あまりの野次馬。みんな興味深そうにオレたちを見ている。
すると・・・
「よかったぁ・・・MD取りに戻ってなかったらオレが危なかったんじゃねえか!?」
そんな声が聞こえた。声のした方向を見ると、野次馬に紛れて2年前のオレが覗き込んでいる。
昔のオレから目をそらす。目が合うと何かとヤバイからな。
ったく・・・お前がMD取りに帰るからオレがこんな目に合うんだぜ?
心の中で、昔のオレに向かいそっと呟いた。
§
オレも優も特に外傷はなく、大した異常もなかったのでそのまま祭へと向かった。
唯一、オレのヒザに残された擦り傷には、彼女が持参していた可愛らしいバンソウコウが貼られている。
最初嫌がったんだけど・・・半ば強制的に消毒させられるハメになってしまった。
水鏡神社の倍以上の広さを持つ、この楓陣神社(ふうじんじんじゃ)で年に一度の楓陣祭(ふうじんさい)は行われる。その規模はかなり大きく、他の都道府県からも観光客がやってくることで有名だ。
この大して大きくない街では、唯一の町おこしの手段だと言える。
オレたちは数々の屋台をこなしていった。
たこ焼き、フランクフルト、くじ引き、タコせん、射的、輪投げ、的当て・・・
祭といえばコレ、と言えるような定番のものや、何これ?と言いたくなるような奇妙な屋台もある。
それにしても、毎年のことながらすごい人だ。はぐれそうだぞ・・・
「優、はぐれるなよ・・・」
「う、うん・・・」
彼女の服装は、水色のワンピースといたって普通の格好だ。
周りの人はほとんど浴衣なので、逆に目立ってはいるが。
彼女の片手には、わたあめと、オレが射的で取ってやったウサギのぬいぐるみが握られている。
そして、もう一方の手は・・・
「こうすればはぐれないでしょ?」
「・・・」
オレの右手に、繋がれていた。自分でも顔が紅潮していると感じる。
「あ〜、雄太クン、顔真っ赤だよ〜?」
「うるさい!!次・・・あのフリースロー大会に行くぞ!!」
照れ隠しに、わざと思いっきり大きい声で叫んでやる。彼女はクスクスと笑ったままだった。
「おりゃ!!」
パサッ。ボールがゴールへと吸い込まれる。
オレたちはフリースロー大会へと参加していた。ルールは至って簡単。何本連続で入るか、ただそれだけ。
そのかわり、景品は・・・妙に大きいクマのぬいぐるみ。店で買うとかなり値の張るやつだ。
優がかなり物欲しそうな目で見るので、それを狙って、偽名を使って参加している。
「スゴイスゴイ!!雄太クン、このままいけば優勝だよ!!」
「ハッハッハ!!見たかこのヤロー!!」
「スゴイです!!佐藤雄太選手、10本連続ゴールです!!彼女も大喜びです!!」
――――彼女?
「彼女じゃないっての!!」
「え、は、はぁ・・・失礼しました。あとは一騎打ちの対決です!さぁ、11本目いってみましょう!」
ふっふっふ。自慢じゃないがバスケは得意なんだよ。
中学校時代、「シューター五十嵐」と呼ばれ恐れられていたオレには勝てん!!
高校でバスケやってない理由は・・・単純に、バスケ部がなかったんだよ・・・
あぁ、そうだよ!!部活も調べずに今の高校選んだよ!!悪いか!?
・・・って心の中で叫んでないで集中集中。ゴールへと意識を向ける。
11本目のシュートがゴールへと吸い込まれる。そして相手のボールは・・・
ガン!!あわやリングに弾かれ、あさっての方向へと飛んでいく。
ふっ、リングに嫌われたな。そして――――
「やりました!!佐藤雄太選手、優勝です!!11本は大会レコードです!!」
「どうも〜♪」
「雄太くんスゴイ!!!」
まわりの観衆から拍手と歓声が響き渡る。まぁ、祭の夜はみんなの血も騒ぐんだろうな。
「さぁ、景品はどれにしましょう?」
そう言って、マイクをオレのほうへ向ける。オレも少し照れながら・・・
「コイツが欲しいって言ってるんで、あのでっかいクマのぬいぐるみを!!」
しまった!!思わず口を塞いでしまう。
「ホラ、やっぱり彼女なんじゃないですか〜♪」
「え、あ、彼女じゃないっての!!」
司会者が冷やかす。一発殴ってやろうかという衝動に駆られたが、結局そんな気にはなれなかった。
周りの観衆のテンションも急激にヒートアップする。
優は――――横で照れている。照れてるんじゃないぞ、オイ。
「と、いうことで佐藤選手にはこの人形が進呈されます!!彼女とお幸せに〜」
「だから彼女じゃないって〜〜!!!」
オレの悲痛な叫びは、群衆の中へとかき消された・・・
時計台の針は、10時を示そうとしている。
もう10時になると言うのに、人々が静まることはない。
まぁ、毎年こうなんだけどな。それに、これからが一番のメインイベントだ。
祭と言えばこれしかないでしょう。そう―――花火だ。
10時から始まる楓陣祭最大のイベント、打ち上げ花火。
そして、祭の終焉を告げる、最後の調べ。
適当な場所に2人で陣取ると、寝転んで頭上を見上げる。
そして――――時計台の針が、10時を指す。神社中に鐘が鳴り響いた。
「皆さん!!大変長らくお待たせいたしました!!楓陣祭恒例、大花火大会の開幕です!!」
その言葉と共に、先ほどまでのざわめきも、波のように静まっていく。
これから始まる最後のイベントを見届けるために。
パーン!!!ヒュルルルルルル・・・ドーン!!!
星空を彩る無数の花たち。それは、とてもキレイだった。
赤、青、紫、黄色・・・とても数え切れない色たちのコラボレーション。
そして、頭上に響き渡る、連鎖のように繋がる音たち。
「うわ〜・・・」
優が感嘆の声を上げる。
「キレイだな」
オレも、素直に同意する。この花火は毎年見ているが、まったく飽きない。
それほどまでの魅力を、この花火は持っているのだ。
「た〜まや〜!!」
オレが大声で叫ぶ。その声は、花火の爆発音にかき消される。
だが、優には聞こえていたみたいだ。
「た〜まや〜!!」
彼女もつられて叫ぶ。お腹の上にぬいぐるみを乗せて叫ぶ姿は、とても可笑しい。
「ハハハハ!!!!!」
「え、雄太クン!?ちょっと、なんで笑うのよっ!?」
「おかしいからに決まってるだろ!!」
「おかしいからって・・・ちょっと、それ失礼じゃないの!?」
「ハハハハ!!知らん!!!」
「ちょっと、それヒドイよ!!・・・ぷ、アハハハハ!!!!」
そのまま、オレたちは花火が終わるまで笑い転げていた。
最後の、そして最大の花火が、夜空へと打ち上げられる。
それは、祭の終焉には相応しい花火だった。
――――楽しかった楓陣祭も、あっという間に終わりを告げた。
§
星が輝いている。
昼間うるさかったセミたちも、今はひっそりと息を潜めている。
オレ達は今、神社の裏山へと来ていた。
ここは昔からよく星が見え、祭の後に巧とよく来ていた。秘密の場所・・・である。
なぜ優に教えたのだろうか。いや、彼女だったからこそ連れて来た、のかもしれない。
「キレイだね・・・」
そっと彼女が呟く。星に照らされた彼女の横顔は、とても綺麗だった。
でも、それは触れればすぐに壊れてしまいそうな・・・そんな儚い笑み。
その笑みが何を物語っているのか、オレには分からない。だが、1つだけ分かることがある。
もしかすると、彼女は気付いているのかもしれない―――じきに別れが訪れる事を。
彼女がオレの顔を見つめる。その瞳に吸い込まれそうで、ずっとオレも彼女の顔を見つめていた。
そのとき、一筋の光が目に入った。
流れ星。世間一般にそう呼ばれる星は、願い事を叶えてくれるという。
「あ、流れ星・・・」
どうやら、彼女も気付いたらしい。手を前に合わせ、目を閉じて願い事をしている。
「どんな願い事をしたんだ?」
「へへ〜、ナイショ♪」
いつもの笑みでそう答える彼女。そこに、先ほどまでの儚さはなかった。
「そういえば、昨日の夜も願い事してたな」
昨夜の様子を思い出しながら、彼女に尋ねる。
「うん」
「昨日と同じことか?」
「・・・ううん。昨日とは・・・まったく正反対のこと」
「正反対?意味無いじゃん、それじゃ」
「私にとっては意味あるの!!」
「ふ〜ん、そっか」
それ以来、オレたちは言葉を交わさなかった。理由なんてない。ただ、言葉が見つからないだけだ。
昨日と同じように、2人で一緒に寝そべっている。
優は、オレが取ったウサギとクマのぬいぐるみを大事そうに抱えている。
すると、不意に彼女が口を開いた。
「実はね・・・私、雄太クンのこと・・・昔から知ってたんだ」
「・・・え?」
優は、昔からオレのことを知っていた?どうゆうことだ?
「やっぱり・・・覚えてないよね。小4のとき・・・同じクラスだったんだよ?」
その頃の記憶を巡らす。ダメだ・・・望月優なんて娘、記憶にない・・・
「悪い、思い出せない」
優は気にしてないとでもいった様子で、先ほどと変わらず星を見上げながら続ける。
「そりゃそうだよね・・・私、病弱で学校休みがちだったから」
「・・・あ!!思い出した!!」
その言葉ではっきりと思い出すことができた。
名前までは覚えていなかったが、確かにそんな娘がいたという記憶はある。
「へへっ。思い出してくれた?それでね・・・」
そこで一度言葉を切る優。表情は少し険しくなり、星に向いていた視線はオレの瞳へと向けられる。
「実は、雄太クンって私の初恋の人なんだよ?」
「・・・はい!?」
優の初恋の人がオレ!?いや、ちょっと待て!!それってもしかして・・・告白?
思いっきり動揺しているオレを見て、やはり優はクスクスと笑っている。
「私・・・実は病弱で友達がいなかった。今はすっかり大丈夫だけどね。でもその頃の私は根暗で・・・誰とも話そうとしなかった。でも、ね。雄太クンだけは・・・雄太クンだけは私に構ってくれた」
「・・・」
「それが、嬉しかったの。それが私が恋に落ちたキッカケ♪」
小さく舌を出して、照れくさそうに笑う彼女。オレは何も言うことが出来なかった。
「それで、中学校も私は私立に通うことになったから、雄太クンに会うことはなかった。
だから、すっごいビックリしたんだよ?雄太クンが水鏡神社で倒れてたとき。
正直言うとね、嬉しかった。でも、それとは反対に申し訳なさがこみ上げてきたの。
だから、最初は・・・最初の願い事は、『雄太クンが早く帰れますように』・・・だった。
でもね・・・でも!!!今は離れたくない!!ずっと一緒にいたい!!せっかく、せっかく掴んだチャンスなのに!!雄太クンが助けてくれた時は本当に嬉しかった!!でも、それと同時に雄太クンへの気持ちがどんどん、どんどん・・・もう、どうしようもないぐらいに膨らんでいった!!だから・・・」
最後は、涙声になっていた。オレは・・・オレは、どうすればいいんだ?
時刻はもうすぐ12時になろうとしていた。
「好きだよ。雄太クン・・・」
「・・・」
オレは、なんて答えたらいいんだ?確かに・・・確かに優のことは好き、だと思う。
でも・・・それは、恋愛対象としての「好き」なのか?
そんなことを言われるのは初めてだから、なんて言えばいいのか分からない。
ゴメン、か?それともアリガトウ、なのか?それとも・・・
様々な答えが頭に浮かんでは消える。どれも、この場にはふさわしくない、と思う。
そのときだった。
「鐘の音・・・」
12時を告げる鐘の音が、この裏山まで響き渡っていく。
異変に気付いたのも、そのときだった。
「・・・?」
手の感覚が、消えていく。
手だけではない。足の感覚も消えていく。
自分の手を見ると、手が――――透けている。
同時に、足も少しずつその色を失っていく。まるで、今にもこの場から消えていくかのような。
そうか、そうなんだな。オレの役目は―――終わったんだ。
優が昨日言っていたことを思い出す。そして、全てを理解した。
『この時代で、何か・・・起こるはずだったことが起こらなかったから・・・雄太クンは、その矛盾をなくすためにやってきた・・・とか』
そう。その「起こるはずだったこと」とは「過去のオレが優を救い出す」こと。
だから、オレは優を助けるために未来から呼ばれたのだ。
そして、すぐに消えなかったのは・・・神様からの、ちょっとした贈り物だろうか?
一日遅れのシンデレラの魔法・・・そう考えると、ふっと小さな笑みがこぼれた。
すでにオレの体はほとんど半透明と化している。だが、不思議と不快な感じではない。
オレの心は、満足感・・・そして、充実感で満たされていた。
音のない世界。すでに聴覚は失われつつあった。隣で優が何か叫んでいるが、オレには聞こえない。
「ありがとう・・・じゃあな」
オレは、声にならない声で、そっと・・・呟いた・・・
「!!!」
優の顔が悲痛の色へと変わる。そして―――――彼女の顔が近づいてくる。
オレたちの唇が、そっと触れた。彼女のぬくもりを感じる。彼女の・・・涙を感じる。
わずかに残った感触。それをそっと確かめる。・・・すでに、手は無くなっていた。
彼女は、泣き顔で微笑んでいる。今にも・・・壊れそうな笑みで。
再び、世界が暗転した。
最初で―――そして、最後のキスは涙の味がした・・・
§
今度こそ、オレ死んだのかなぁ?
行き場を失った魂が、そのまま天へと昇天したとか?・・・まさかな。
それより・・・さっきから体が揺れてるような気がするんだけど、気のせいか?
少しずつ、体が覚醒していく。側で、何か声が聞こえる。
「おい!!コラ、雄太!!起きんかい!!何こんなところで寝てるんだよ!!」
「・・・巧?」
ゆっくりと体を起こす。そこには・・・見慣れた親友の顔があった。
「おぉ、目ぇ覚めたか?何こんなとこで寝てるんだ?誰かに麻酔薬でも嗅がされたか?しかもお前、泣いてるし」
そう言っていたずらな笑みを浮かべる巧。
「え?」
目じりを拭うと、そこは少し濡れていた。いつの間にか、オレは泣いていたらしい。
しかし・・・オレは・・・
――――――なんでこんなところで寝てたんだろう?
立ち上がろうとして、ヒザにちょっとした痛みを感じた。
「痛っ・・・」
「ん、どした?」
「いや・・・ヒザが・・・って、なんじゃこりゃ?」
そこには、少し少女趣味なバンソウコウが貼られている。
「ハハハ!!!だっせー!!何、そのバンソウコウ?お前、自分で貼ったのか?」
「アホォ!!んなわけないだろ。・・・いつの間に・・・」
そう言ってそのバンソウコウを引き剥がす。そこには・・・ただの肌があるだけだ。
「・・・しかも怪我してないじゃん、お前」
「いや、確かに今・・・なんか痛みを感じたんだけど・・・ま、いっか。それより巧、アイスは?」
「ちっ、覚えてやがったか。ホラよ。それと、さっき親父に会ったんだ」
「へぇ、なんて?」
「アイスもいいけど、食い終わったら楓陣祭の手伝いに来い、だとさ」
そうか・・・もうそんな時期なんだな。明日はもう楓陣祭か・・・
「分かった。ちゃっちゃと食ってすぐ手伝いに行こうぜ」
「おぅ」
巧を促し、速攻で少し溶けかけたアイスを掻きこむ。く〜、冷たくて美味いぜ!!
アイスを食い終わった後、携帯のディスプレイを覗き込む。
そこには2003年7月19日、13:58と機械的な文字で表示されている。
翌日。楓陣祭当日。例年と変わらず、そこにはたくさんの人が訪れている。
巧とオレは2人で寂しく祭を回っていた。
「ぐぞぉ!!!オレも彼女欲しいぞぉ!!こら、そこベタベタすんなぁ!!」
かなり巧は酔っている。さっき、どこかの親父に酒飲まされてたからなぁ・・・
世話するオレの身にもなれよ、あの親父・・・コイツなんとかならないか?って・・・あれ?
「お、おい・・・巧!?ちっ、アイツどこ行ったんだよ・・・」
少し目を離した隙に、彼の姿はどこかへと消えていた。どこ行ったんだよ・・・?
「・・・まぁいい。1人で回るとするか・・・アイツの世話にも疲れたし」
そして、オレは1人寂しく祭を回ることにしたのだが・・・
なぜだろうか?妙に寂しく感じるのは。それは・・・1人だから仕方ないかもしれないけど。
なんだか、胸にぽっかり穴が開いたような・・・そんな錯覚に陥る。
そして、ひどく懐かしく感じる。一年ぶり、そして毎年訪れているハズの祭なのに・・・
「アレ、おかしいな・・・」
誰かが側にいるようで、誰もいない虚無感。誰かに手を握られているかのように右手には汗が滲んでいる。
「なんでだ、なんでだよ!?」
そんな考えを捨て去るかのように、オレはひたすら歩きつづけた。
何も考えずに・・・気が付けば、裏山に立っていた。
§
星が、輝いている。
空を見上げれば満天の星空。小さな光で満ち溢れたこの広場。
そこには、空を見上げて立ち尽くす1つの影。
影は、オレに気付いてそっと話し掛けた。声が少し震えている。
「やっと、会えたね」
その声。聞き覚えがある。
今、バラバラになっていた記憶の欠片が、急速に型を成していく。
そして、それは―――――
「優・・・」
そこに立っていた人物―――望月 優は、オレに向かって優しく微笑んだ。
「少し、大きくなった?」
「うん。ちょっとだけ背伸びたかな」
「そっか。よく考えたら同い年なんだよな・・・」
「忘れてたでしょ?」
「あぁ。お前があまりにも子供っぽいから」
「あ、ひっど〜い!!」
そこにいるのは、昔と変わらない―――いや、少しだけ大人じみた優。
あのときと同じ青いワンピース。そして、手にはあのウサギのぬいぐるみが握られている。
オレを、優しい笑顔で迎えてくれた少女。
オレを、いつもそのぬくもりで包み込んでくれた少女。
オレを―――――心から、愛してくれた少女。
やっと、オレは気付いた。彼女に対する気持ちを。彼女への・・・思いを。
そっと、彼女を抱き寄せた。今にも壊れそうで、華奢な体だけど・・・
もう・・・離さない。絶対に。
彼女は、黙ってオレの背中に手を回した。強く、強く抱き返してくる。
「優・・・」
「何?」
「オレな、気付いたんだ」
「え?」
「オレは・・・お前が好きだ。たった二日しか一緒にいなかったけど・・・この気持ちは、本物だ。
これからも・・・一緒にいてほしい」
「・・・私もだよ。一緒にいたい・・・」
お互いに見つめあう。オレの瞳には優の瞳が、優の瞳にはオレの瞳が映っている。
そこから、どちらともなく唇を重ね合わせた。2年越しの本当のファーストキス。
涙の味はしなかったけど・・・彼女のぬくもりを感じる。
唇を離したとき、お互いにひとしきり笑いあった。
空には、幾千もの星たちが。そして――――
「あ、流れ星!!」
夜空を切り裂く一条の光。流れ星と呼ばれる・・・願いを叶えてくれる、小さな光。
願いは光となり、その光が・・・オレたちを照らしている。
「何お願いしたの?」
初めて、彼女からオレに聞いてきた。答えはもう決まっている。
「これからも、一緒にいられますように・・・・だよ」
幾千の星たちが、オレたちを祝福している。
そんな、小さな、小さな・・・星降る夜だった。
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2004/03/01(Mon)15:40:44 公開 / daiki
■この作品の著作権はdaikiさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
始めまして、daikiと申す者です。
この作品は某サイトで掲載させていただいている物なんですが、一度自分の実力を計ってみたいと想った為こちらに投稿させていただきました。
まだ、何作かあるんですけどね。
それでは。