- 『八月の夜』 作者:夏目陽 / 未分類 未分類
-
全角1401.5文字
容量2803 bytes
原稿用紙約4.6枚
帰郷したあいつが、いつもの河原で会おう、と約束した。二年ぶりなのに「いつもの」なんて、あいつらしい。私は苦笑しながら電話を切った。あの頃より髪が伸びた自分が、夜の空を見上げていた。
元カレ、元カノ。今はメル友。友だち以上恋人未満。恋人未満兄弟以上。
そんな二人が恋愛ごっこをするのは、やっぱり無理だったんだよな。友だちにもどりたいと先に言ったのは、あっちだったか、こっちだったか。
河原への道は、たった二年で随分と変わってしまった。八百屋さんが潰れてスーパーになったよ。いつもあそこでジュースもらって飲んだっけ。パチンコ屋さんがいつのまにかなくなってた。空き地になってた。あんたが拾ってきたうちのコロも、随分大きくなったよ。話したいこと、いっぱいあるんだ。
卒業してから、一度も会ってなかったね……
からん、ころん。色気のかけらもないサンダルが、アスファルトを蹴って、蹴って、蹴って。
消えかけの電灯が、ぢぢ、と鳴いた。
「よぉ」
いかにも安っぽいTシャツと、トランクスみたいな模様の短パンを履いて、そいつはにっかり笑った。
「締まりのない格好だね」
「それはこっちの台詞なんだけど」
言われて自分の体を見る。高校時代のジャージ。一番楽しかった頃のジャージ。
あんたに会うから、これ着てきたんでしょうが。
「女っぽくねぇ」
「それでいいよ」
あんたのためにいそいそ着替える女じゃないからね。
「よし、んじゃ花火やろ」
奴は勝手に言って、花火と水張ったバケツをどさ、と私の目の前に出した。オーケー、ロケットはあるよね? 問いに帰って来たのは、少しだけ大人っぽくなった笑顔だ。
ぱしゅん、ぱしゅん。ロケット花火を手で持って、Tシャツトランクスの男はおひゃー、と奇声を上げた。つられて私も、らっしゃー! と叫んだ。次々上がっていく火の玉が、星になっていく。きらきら……きらきら。
星になれ、星になれ。私の気持ちも、星になれ。
寂しかったんだよ。
あんたが東京行くって言った時はさ。
私、なんにもわかんなかったから。将来なんて決められなくて、とりあえずとりあえずで地元の大学入っちゃったけど。
うらやましかったよ。連れてって欲しかったよ。
だから帰らないで。このまま「いつもの」河原で一緒に遊ぼうよ。
線香花火があいつの胸元でちらちら揺れた。まだ花火はいっぱいあるのに。
Tシャツの上に咲いた、火。揺れる。落ちる。消える。
「今の火、お前」
小さく笑った声に、胸が痛んだ。ばれたかぁ。
「帰らないでよぅ」
ロケット花火に火をつけて、私は夜空を見上げた。涙がこぼれてしまいそうだったから。
「男には、やることがあるんだす」
「あるんだすか」
わしゃわしゃと、大きくなった手が頭を撫でた。はたちになって、初めて頭撫でられた。
「子どもだすなあ、キミは、いつまでたっても」
「子どもでいいよ。だから行かないで」
声が掠れて、最後の方は発音できなかった。ああ、情けない。泣くまいと決めていたのにな。
「子どもでいたかったなあ」
「子どもでいたかったね」
そしたら私たち引き離されずに済んだでしょ?
自分の生き方、なんて決めずに済んだでしょ?
はたちの二人は、花火をしながらおんおん泣いた。
八月の夜。月はにっこり、星はきらきら。
けれど、私たちは泣いていた。
取り戻せない時間を想って、泣いていた。
-
-
■作者からのメッセージ
小説、というよりも……な作品ですね。読んでくださってありがとうございました。
八月って、一番切ない季節だと思います。
だから好きです。嫌いでもあります。
……宿題は、溜め込んでいた方です。