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『ライフゲーム<2>』 作者:rathi / 未分類 未分類
全角25452.5文字
容量50905 bytes
原稿用紙約91.2枚
1−2 〜思いは変わることなく、ただ続く〜

・9月2日(火)

「朝ー!起きろー!!」
遊奈の声が聞こえ、目を覚ます。
声しか聞こえないということは、今日はあの『目覚ましセット』は持ってきてないようだ。
「ん・・・、今行く」
半分も開かない目を擦りながら答える。
「ちゃんと起きなさいよ。二度寝は禁止だからね」
それだけ告げ、部屋から出て行った。
時計を見るとまだ7時丁度だ。
・・・少し早めだな。
布団を直し、再び眠りの中へと落ちていく。

バタバタバタ!
何かスゴイ勢いで音が迫ってくる。
一体何なのだろうか?
「起きろー!馬鹿兄ーー!!」
ガンガンガン!!
思わず両耳を押さえながら飛び起きる。
結局、『目覚ましセット』で起きることとなった。



「ハァハァ・・・、間に合ったな・・・」
「全く、お兄ちゃんがもう少し早く起きてれば余裕持って来れるのに」
屈み込んで息を切らしている俺とは対照的に、遊奈は息切れの一つもしない。
「じゃ、放課後ね」
「お、おう・・・」
遊奈は疲れの微塵も感じさせずそのまま自分の教室へと向かっていった。
・・・超人か?あいつは。
自分の妹に妙な疑問を抱きつつも自分の教室へと向かう。

疲労しきった足に鞭打って階段を上り、何とか自分の教室の廊下まで辿り着いた。
さっさと教室に行って休みたい・・・。
ダッダッダッ!
軽快な足音が聞こえる。
いつもなら『それ』が近づく気配に気づくはずなのだが、疲労からなのか探知が出来なかった。
「朝からだらけてんじゃねーぞ!馬鹿勇也!!」
その声に反応する前に首筋に凄まじい衝撃が走る。
えぇ、そりゃーもうすごいね。
昔の漫画みたく目玉が飛び出たと思ったよ、本気でさ。
そのまま気を失うように地面に張り倒された。
「あ・・・、やば・・・」
「この・・・、馬鹿力女ーー!」
直ぐさま起きあがり、那緒に食って掛かる。
「おっ、生きてる生きてる。さすが無駄に頑丈」
「頑丈とかそういう問題じゃねぇ!弱ってる俺になんて事しやがんだ!!」
「弱ってる?あたしにはあんたが寝坊して急いで走ってきて、ただ単に疲れているようにしか見えないけど?」
ぐうの音も出ないほど完璧な反撃だった。
俺はただ、「・・・はい」と静かに頷くことしか出来なかった。



「・・・は!?」
気が付けばお昼休み前の鐘が鳴り響く。
本当に、『気が付けば』だった。
まるで気を失っていたかのようなくらい、朝教室に入ってきてからの記憶がない。
「・・・もしかして、やばいか?俺?」
前にテレビで見たことがある。
夢遊病にも似た病気で、自分が何時、何処で何をしていたかを覚えられなくなる病気があるとか。
「・・・んなわけないか」
ただ単に、朝走ってきたから疲れただけだろう。
「何一人でブツブツ言ってんのよ、気持ち悪い」
いつの間にか那緒が直ぐ側に居た。
「癖だ、こればっかりはどうしようもない」
「昔っからそうだったわね。根暗に見えるから直しとけって前にも言ったのに」
「余計なお世話だ。それよりなんか用か?」
昨日と同じように不機嫌そうな顔をしながら、背を向けたまま廊下に親指を向ける。
「なるほど、葵姉か」
それで合点がいった。
ただ、腑に落ちない事は、何故那緒が不機嫌なのか?
という疑問だった。
質問したい衝動に駆られたが、那緒の不機嫌な顔見ると質問することは生命の危機に瀕する気がしたので
止めておくことにした。

「さぁ行くよ」
廊下に出ると、有無を言わさず袖を掴んでどこかに引っ張って行こうとする。
「葵姉・・・、切羽詰まってるのは分かるが、せめて用件ぐらい話してくれ」
用件は聞かなくても分かっている。
昨日と同じ手伝いだろう。
それ以外考えられなかった。
「勇が思ってる通りよ、さぁ行くよ」
そう言うと、再び袖を引っ張る。
「葵姉・・・。せめて考えさせてくれ」
「分かった。早めにね」
そう言いながらも袖から手は離さなかった。
だーかーら逃げないっての。
さて、どうするべきか・・・?


まぁ、手伝う事にしておこう。
「・・・ん?」
また何か違和感を感じる。
昨日と同じ時間、同じような場面でだ。
「どしたの?変な顔して?」
「いや・・・、何でもない」
昨日と同じような返事をする。
「手伝うことにするよ、他にやることも別段ないしな」
「さすが勇ね。連続して手伝ってくれるなんてさ」
葵姉は笑う。
それは、ひまわりのような温かい笑顔だった。
こんな笑顔を見れるならば、お昼時間ぐらい安い代償だと思う。
「じゃあ・・・」
「まずは弁当を回収してきてからな」
葵姉が俺を引っ張って行こうとする前に、葵姉が掴んでいた袖を軽く引っ張り、取り外す。
掴まれていた部分だけ、妙に丈が長くなっていた。

相変わらずどこか不機嫌そうな那緒を避けつつ、弁当を回収して葵姉の所へ戻る。
「じゃあ行こう」
案の定、袖を引っ張りつつ生徒委員室へ行くことになった。
もっと袖の丈が伸びるんだろうなぁ・・・、そんな事を思っていた。



葵姉は二度ノックする。
「はい、どうぞ」
その声が聞こえてから生徒委員会室の扉を開ける。
忙しさからなのか、テーブルの上には書類が散乱していた。
テーブルの真ん中辺りに悠子は座っていた。
「やっ、悠ちゃん」
「あ、夢路先輩。こんにちわ」
わざわざ椅子から立って深々とお辞儀をする。
きっと親が作法とか礼儀に厳しい人だったんだろうなぁ・・・と、勝手に想像する。
「ほらほら悠ちゃん、書類片づけてさ。御飯にしましょうよ」
「そうですね。お腹減りましたし」
乱雑としか言い様のないまとめ方をして隅っこの方に寄せる。
昨日と同じ席に座り、各々の鞄から今日のお弁当を取り出す。
俺は昨日と同じ柄、青と白のチェック柄だ。
葵姉も昨日と同じ青い布生地。
悠子は・・・、やはりドカベンだった。
どうしてもツッコミたい俺は葵姉に視線を送る。
だが、言葉無く首を横に振る。
そんな・・・、あんまりだ。
こんなに『おいしいボケ』が目の前にあるというのにツッコミが出来ないなんて・・・。
「あれ?食べないんですか?」
悠子はパカっとお弁当の蓋を開ける。
中身は・・・、鶏肉の唐揚げ、牛の角煮、ハムの厚切り、etc・・・。
肉、肉、肉・・・。
昨日に引き続き肉づくし。
御飯を抜かせば肉のみだ。
弁当屋の肉弁当だってここまではなるまい。
もう一度葵姉に視線を送る。
だが、やはり言葉無く首を横に振る。
ちくしょう!頼むからツッコミをさせてくれ!!
「「いただきます」」
そんな願いも空しく、昼食は始まった。



「これ番号順に並べといて」
葵姉から乱雑にまとめられた書類を渡される。
右端に書いてある番号を見ながらバインダーにまとめていく。
「次はこれ、同じく番号順にね」
さっきよりも多く、さらに乱雑にまとめられた書類を渡される。
これもさっきと同様に番号を見ながらバインダーにまとめていく。
「そんでこれ、文化祭に呼ぶお偉さん方のリストね。向こうにその人達宛てに書いた
 便せんがあるんだけど、足りない人が居ないかどうかチェックして」
葵姉は棚の上にある小さな箱を指さす。
棚から下ろして中身を見ると、立派な封筒に入った便せんがこれまた乱雑に入れてあった。
一度箱から全部出し、便せんの名前を確認しては顧客リストにバツ印をつけ、確認した便せんは箱に戻すという作業を繰り返す。
全部チェックし終わると、一人だけバツ印がつかなかった人がいた。
「葵姉、一人分足りない!」
「マジ!?悠ちゃん、お願い!!」
「はい!」
俺から顧客リストを受け取ると、雑貨入れのような箱から便せんを一つ取り出す。
悠子は腕まくりを一つし、筆ペンを握る。
「勇!こっちもお願い!」
「まだあんのか!?」
結局お昼休みだけでは終わらず、20分程遅刻する事に
なった。(もっとも、後で葵姉が先生に手伝いの事を伝えたのでお咎めはなかった。)



「ふぅ・・・」
お昼の疲れが残っているのか、ため息が一つ出た。
今はもう放課後。
授業は何とか寝ずに済んだ。
いつもの通り、校門で柵に寄りかかり遊奈を待っていた。
校門からは次々と家路へと急ぐ生徒が出て行く。
一人で黙々と歩いていく人。
集団でどこに行こうと相談しながら帰る人達。
恐らく付き合っているであろうカップルが手をつないで帰る人達。
本当に様々だ。
皆帰る中、一人佇んでいると不思議な気分になる。
例えるなら人が真っ直ぐ『何か』に向かって歩いている中、ただ自分一人はそこに佇んでいるのだ。
周りの人達は俺のことなど気にも留めず、ひたすら『何か』に向かって歩いていくのだ。
それでも俺は佇む。
何の意味があるかは分からないけど、そうなのだろう。
遠くから遊奈の声がした。
顔をその方向に向けてみると、ゆっくりと歩いている遊奈がいた。
「はい、お待たせ」
「はい、待った」
「変な返答」
遊奈は何かに気づいたような素振りを見せる。
「よだれの後があるよ?」
「へ・・・?」
虚をつかれたようにポカンとなる。
毎回この質問をされているのにも関わらず、いざ言われると理解するのに時間がかかる。
そこで今日の振る舞いの結果が無意識の内に出てしまうのだ。
「今日は居眠りしなかったみたいだね」
「まぁな。そうそう寝てらんないよ」
遊奈は胸ポケットから手帳のような物を取り出す。
何かを探しているのかパラパラとページをめくる。
「3回中1回は必ず反応するみたいだけど?」
手帳を覗いて見ると、カレンダーのような物に○と×がつけられていた。
恐らく×が居眠りをしていた印だろう。
昨日の所に×印がついていた。
「・・・そんな事までメモするな」
「私的には楽しいから気にしないの」
そう言いながら遊奈は今日の所に丸印をつけた。



「お風呂空いたよ」
ぺたぺたとスリッパを鳴らしながら居間に入って来る遊奈。
タオルを忘れたのか、髪はまだ少し濡れたままだった。
「分かった。今入る」
見ているようで見てなかったテレビを消す。
着替えを取りに一度部屋に戻ってからお風呂に入った。
「ふぅー・・・」
じじい臭いかもしれないが、お風呂はやはり熱い方が良い。
上がった後も体がポカポカしているのが嬉しい。
「ふぅ」
きれい好きという訳ではないがお風呂は毎日入る。
一日の流れみたいなものを崩したくないからだ。
ほどよく温まったところでお風呂から上がる。
緑色の長タオルで濡れた体を拭いている最中にそれは聞こえた。
「きゃーーー!!」
悲鳴だ。
家のお風呂は外に近いから外の音も良く聞こえるが、今のは確実に家の中から聞こえた。
つまり遊奈しかいない。
「遊奈!」
長タオルを腰に巻きながらお風呂場を出る。
場所はどこだ?
「いやー!!」
再び悲鳴が聞こえる。
その悲鳴のおかげで場所が特定できた。
「遊奈!返事しろ!!」
悲鳴が聞こえた場所、台所へと急ぐ。
「遊奈!」
台所に着くと、ぺたりと地面にしゃがみ込んでいる遊奈が居た。
一定の方向を見たままガタガタと震えていた。
「しっかりしろ!」
肩を揺さぶり、正気を取り戻させようとするが、依然一定の方向を見たまま動こうとしない。
視線の先が気になり、俺も遊奈と同じ方向を見る。
俺は戦慄が走った。
そこには悪魔がいた。
「ご、ご、ご・・・」
正確には、『遊奈にとっての悪魔』がいた。
遊奈にとって最も忌むべき存在。
「ゴッキャーがいるよう・・・」
ゴキブリである。
もはや遊奈は半泣きで、腰も抜けたようで立てないでいた。
ゴキブリを退治しないと、遊奈はいつまでもこのままの状態なのだ。
近くにあった新聞紙を丸め、ゴキブリに向かって構える。
足音と気配を完全に殺し、ゆっくりと忍び寄る。
射程距離内に入り、撃墜体勢に入る。
鞘に収めるように構え、居合い抜きの如く素早く攻撃する。
だが、気配を察知したのか風の流れを読んだのか、攻撃ポイントから逃げられ、外す。
黒い弾丸のような速さで地面を這う。
追撃を加えるがちょこまかと動くため、なかなか当たらない。
突如ゴキブリの動きが機敏になった。
まるで何か目標物を見つけたかの如く、何かに向かって這い続ける。
その方向の先には遊奈が居た。
「ぎゃーーー!!」
真に迫った悲鳴を上げる。
距離にして後2m弱程の距離まで接近していく。
もう一度居合い抜きのような体勢をとる。
これを外せばもう後はない。
「せいッ!」
パァン!
澄み渡るような音が響き渡る。
手応えは・・・あった。
「うわ・・・」
確認すると、グロテスクとしか言い様のない姿で潰れているゴキブリがそこにいた。
急いで手に握っていた新聞紙を捨て、床で潰れているゴキブリを雑巾で拭き、その雑巾も捨てた。
そうした後処理を済ませた後で遊奈を正気に帰す。
「遊奈、ゴキブリはもういないぞ」
「・・・いないの・・・?」
『いない』という単語には反応したが、それでもまだ呆けたままだった。
「もう・・・いない」
自分に言い聞かすように繰り返す。
「こ、怖かったよ〜・・・」
悪魔が過ぎ去った喜びからか、へたり込んだまま俺に抱きついてくる。
「はいはい、大丈夫大丈夫」
慰めてやるように頭をポンポンと撫でるように叩く。
普段は全く隙を見せない完璧人間に見える遊奈だが、この時ばかりは『妹』に見える。
兄らしい役目を果たせるのは、今のような場合くらいだ。
正直、情けなく感じる。
「ひっく。あのね、喉乾いたから水を飲もうと思ったんだけどね。ひっく。何か居たように見えたからね。
ひっく。黒い、黒いゴッキャーがいてね。ひっく」
半泣きになりながらも事の経緯を解説する遊奈。
「分かった分かった。ゴッキャーならお兄ちゃんが退治したからな」
「うん・・・。ありがと、お兄ちゃん」
兄として頼れる部分がこれしかないとしても、こんな遊奈を見ているとそれでもいいかと思えてくる。
普段とは違い、か弱く、儚く感じさせる。
「でもね、お兄ちゃん」
「なんだ?」
兄らしく構える。
遊奈は一度涙を拭う。
「その格好はないでしょ?かなりギリギリだよ」
「あ・・・」
忘れていた。
急いで出て来たものだから、長タオル一枚を腰に巻き付けているだけだった。
幸運だなと思えたことは、ゴキブリとの戦闘中にこのタオルが落ちなかった事か。
「格好悪い」
遊奈のこのセリフにはズンと胸に刺さる物があった。
確かにこの格好で助けに来ては、兄としての威厳もクソもない。
やはり、俺は情けない。
「早く服来てよ!それじゃ変態だよ!!」
なんかもう、トドメだったな。
その言葉は。
全身が重くなるのを感じながら着替えがある風呂場へとのそりのそりと歩く。
「・・・ありがと、やっぱり頼りになるよお兄ちゃん」
遊奈が何やらボソリと呟く。
「何か言ったか?」
「早く服来て置きなさいって言ったのよ。風邪ひくよ?」
「へ〜い・・・」
なんだか非常に情けない気分になりながら風呂場へ行き、着替えた。



9月5日(金)

昼休みを告げる鐘が鳴り響く。
「うぉッ!?」
寝ていたせいかその音に驚く。
幸い先生は居らず、一部の生徒から冷たい目を受けるだけですんだ。
二時限目までは記憶があるのだが、昼休み前の授業、つまりは三時限目の記憶はない。
つまりはまぁ、居眠りということだ。
「・・・ちッ」
誰かの舌打ちが聞こえた。
見れば、すぐ横に来ていた那緒だった。
「お前・・・、今の舌打ちはなんだ?」
「別に・・・」
よく分からないが言い知れぬ恐怖感を感じた。
起きなかったら、絶対『何か』をされていただろう。
無論、打撃系。
「・・・・・」
口を横一文字にしたまま眼鏡越しに俺を睨む。
「何だよ・・・」
「来てるわよ」
「・・・え?」
それだけ言い放って元の場所へと戻って行った。
一瞬意味が分からなかったが、それがすぐに葵姉ということに気が付いた。
鞄を持って廊下へと向かう。
「おっ、勇。来たの・・・」
「さ、行こうか」
葵姉の姿を確認して直ぐに生徒委員室へと向かう。
「ちょ、ちょっと!何でそんなに急ぐの!?」
葵姉を無視するようにスタスタと早歩きで進む。
これ以上袖を掴まれたまま生徒委員室に行くのは癪だからだ。
「この・・・、待ちなさい!」
ダンッ!
地を蹴る音が聞こえた。
何事かと思い振り返ると、葵姉が低空で飛んでいた。
「うぉッ!」
腰辺りを抱くようにタックルしてきた。
総合格闘技でやる胴タックルとよく似ている。
慣性の法則とでもいうべきなのか、そのままの勢いで受け身を取ることも出来ず前につんのめる。
「よっしゃー!捕獲!!」
猪か何かを捕獲したような喜びようだった。
「・・・・・!」
葵姉とは対照的に俺は鼻を押さえたままのたうち回る。
「ほらほら、立って」
鼻を押さえたまま立ち上がる。
強打しただけで骨まではいっていないようだ。
「さぁ、行くわよ」
よく分からないが葵姉の意地なのだろうか?
やはり俺の袖を掴む。
葵姉に袖を掴まれ、袖が伸びきることは宿命と思うほかないのだろうか?



放課後、いつものように校門で待つ。
「ご苦労様ね」
いつの間にか那緒が来ていた。
いつもなら遅く帰っているのに珍しいものだ。
「まぁいつものことだけどな」
「ふ〜ん・・・、妹思い?それともあんたの事だからやましいことでも考えてる?」
「馬鹿か、お前は」
「小遣いが少ないからこういう事で点稼いで後でねだるとか?」
「・・・有りかもな」
「やってみたら?遊奈ちゃんあんたには甘そうだから」
「馬鹿言え、『駄目』の一言で一蹴される」
「そう?物は試しよ。そんでお小遣い上がったら私に奢って」
「・・・お前に奢る意味が分からん」
「気にしたら負けよ」
「気にしなかったら駄目だろ」
中身のない会話を続ける。
こいつとこんな馬鹿な話合いは久々だ。
少し、嬉しい。
「さて、行きますか」
「おう、じゃな」
「小遣いアップ頼んでみなさいよ」
「断る」
「アハハ、じゃーね」
手をヒラヒラと振りながら足早に帰っていた。
直後、遊奈が来た。
「あれ?今誰か居なかった?」
「あぁ、那緒が居た」
「帰ったの?」
「お前が来る少し前にな。入れ違いと言ってもいいくらいだ」
「ふーん・・・」
最後のセリフはどこか意味深に聞こえた。
何か思い当たる節でもあるのだろうか?
「まぁいいや、帰りましょ」
「そうだな」
のらりくらりと歩き出す。
少し歩いてから那緒の提案を実行に移してみた。
「なぁ遊奈。お小遣いをもう少しアップしてくれないか?」
「駄目」
ただその一言で一蹴された。
ほらみろ、俺が言った通りじゃねーか。
那緒の馬鹿野郎。



風呂も上がり、あとは寝るだけとなった。
「おやすみー」
欠伸を噛み締めながら階段を上ろうとすると、遊奈に呼び止められた。
「あ、お兄ちゃん。明日ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「ん〜・・・、構わないぞ。特に予定はないしな」
「そう、良かった。じゃあおやすみなさい」
「おう」
ベットに入り、数冊マンガ本を読んだ後、襲い来る睡魔に身をゆだねて寝た。



9月6日(土)

時計のアラームが鳴り響く。
壊すような勢いでアラームのスイッチを切る。
時刻は10時。
大きな欠伸を一つしてからベットから出る。
適当な服装に着替え、一階へと下りる。
洗面所で適当に顔を洗った後、台所へ行く。
首を左右に振らし、背筋を伸ばして気合いを入れる。
「おし、やるか」
フライパンに油を引き、ガスコンロに火をつける。
フライパンが温まる間に冷蔵庫からパンを4枚ほど取り出す。
トースターにパンを2枚入れ、スイッチを入れる。
2個卵を取り出し、フライパンに2個とも卵を割って落とす。
ジュワーという音が台所に響く。
冷蔵庫からベーコンを取り出し、卵と一緒に焼く。
フライパンに水を少し入れ、蓋を閉める。
ガシャンという音と共にパンが飛び出る。
2枚皿を用意し、パンを乗っける。
頃合いを見計らいフライパンの蓋を開ける。
「・・・あら?」
白身の端っこ部分が焦げていた。
ベーコンに至ってはスナック菓子のようにカリカリになっていた。
・・・何で要領よくやっているつもりなのに焦げてしまうのだろうか?
遊奈のように半熟目玉焼きを作れた試しは一度もない。
やはりそこは『慣れ』の差なんだろう。
一応それっぽく皿に装ってから遊奈を呼ぶ。
「遊奈ー!朝飯出来たぞー!」

「「いただきます」」
パンの上にちょっと焦げた目玉焼きとカリカリに揚がったベーコンを乗せてかぶりつく。
遊奈も同じ食べ方だ。
「ん・・・、カリカリだね・・・」
何とも微妙な味の評価だった。
不味い、というわけではなく、かといって美味い、というわけでもない。
「いいんじゃない?これはこれで」
文句なのか褒めているのかやはり微妙な表現をしながらもぱくぱくと食べていく。
俺もパクつくが、遊奈の料理と比べれば天と地の差だ。
料理は全て遊奈が作った方が良いのだが、休みの日だけは俺が作ることになっている。
平日、学校があるのにも関わらず炊事洗濯をこなす遊奈を休日くらい休ませてやろうと思い、遊奈に提案してこうなった。
洗濯までは手は出せないが、朝ご飯と掃除くらいは出来る。(朝ご飯といっても今のような物しか作れないが。)
まぁ結局は昼飯以降は遊奈が作ることになるのだが、それでも遊奈は随分と喜んでいるようだ。
「「ごちそーさま」」
さして美味くもない朝ご飯を食べ終わる。
食器をまとめ、台所へ持って行く。
食器洗いも勿論俺がやる。
食器の片づけが全て終わり、居間へと戻る。
「ご苦労様〜」
ソファーにごろんと寝転がり、テレビを見ながらだらけていた。
遊奈がこんなだらけ方をするのはこの時ぐらいだろう。
「そういえば、買い物はいつ頃行くんだ?」
「ん〜・・・、そうだな〜・・・。午後からでいいんじゃない?」
「そっか、まぁその方がゆっくり買い物出来るしな」
俺もソファーに座り、ニュースやら何やらを見て午前中を過ごした。



「なぁ遊奈・・・、これは何かの嫌がらせか?」
「ははは・・・」
「もう既に両腕がダルいんだが・・・」
「ほら、ファイトだよ」
「なんだかなぁ〜・・・」
今、俺の両腕には2リットル入りの醤油とサラダ油、それぞれ2本ずつある。
計8リットル、半分にしても4リットル、つまり4キロが片手にかかる。
「安売りだからって何もこんなに買わなくても・・・」
今日俺を買い物に誘った理由は、お店で『お一人様1つ限り』セールをやっていたからだった。
そのセールの対象商品は醤油、サラダ油などなど。
で、今回買ったのはさっき言った通りの品々。
おかげで鉄アレイを持っているような気分になる。
「お前は軽そうで何よりだ」
遊奈の持っているのは、その時一緒に買った魚やら肉などの食材のみ。
重さにすれば1キロもない。
「まぁまぁ、たまにはいいじゃない」
遊奈は軽快そうにステップまでする始末。
「・・・あれ?あそこに居るのって・・・」
古ぼけた古本屋に差し掛かった辺りで遊奈が何かに気づき、立ち止まる。
俺も眼を凝らして見ていると、店内に葵姉が居た。
同じコーナーをあっちに行ったりこっちに行ったりと、何かを探しているように見えた。
「あれって葵姉ちゃんだよね?何してんだろ?」
「そりゃ古本屋に居るんだから本を探してるんだろ」
「そりゃそーか」
しばらく外から店内を眺めていたが、やはり葵姉は何かを探すように同じコーナーにずっと居た。
どうしようか?
・1


「・・・あ?」
今、『何か』が眼に映った。
ゴミでも入ったのだろうか?
「・・・どうしたの?不抜けた顔してるけど・・・」
「いや、眼にゴミか何かが入ったみたいでな」
何となく眼が痒くなり、一度眼を擦る。
「どうするの?葵姉ちゃんが居るけど・・・」
遊奈にしては妙な質問だった。
礼儀には結構うるさい奴で、知り合いに会ったら大体は挨拶の一つもするはずだ。
「ん〜・・・、何か探しているみたいだし、邪魔しちゃ悪いだろ。それに・・・」
両手の買い物袋を上げて見せる。
「さっさと家に帰りたい」
「そうだね、邪魔しちゃ悪いもんね」
これは正直な感想だった。
かれこれ20分近く、計8キロもある買い物袋を持って歩いているのだ。
肩も限界に来ているし、そして何より指が痛い。
その事を踏まえれば、自分が発した言動に何ら不思議はないハズだ。
けれど・・・。
「ほら、ボーっとしてないで帰りましょう」
「あ、あぁ・・・」
遊奈に催促されてようやく動き出した。
自分の言動に妙な引っかかりを覚えながらも、家路に着くこととなった。



再びあの夢を見た。
だが前とは随分と違っていた。
青一色だった点は、様々な色を帯び、大きさもそれぞれ違っていた。
顕微鏡で見た単細胞とよく似ている。
赤い点が何かに向かって動き出す。
その先にはゴミのような点があった。
赤い点がそのゴミの点に辿り着くと、ゴミの点は消えた。
周りを見渡すと、同じような現象があちこちで見られた。
逆に、ゴミの点に辿り着くことが出来なかった点達は、次第に動きが鈍くなり、やがて消えた。
そこでこれが何なのかが分かった。
『エサ』だ。ゴミみたいな点はこの点達の『エサ』なんだ。
『エサ』を食べることが出来なければ死ぬ。
当たり前だが、どの生命にも課せられた原始的な死。
それを克服出来る生命など有りはしないだろう。
この単細胞のような点達は、『エサ』を食べ、自分と同じ色の点を増やし。
逆に『エサ』を食べられなかった点達はやがて弱り、消えていった。
まるで弱肉強食の世界。
強きモノは生き、弱きモノは死ぬ。
俺が生きている世界と何ら変わらない。
顕微鏡のレンズ越しに見ているようなこの小さな世界は、根本的には俺達の世界と何ら変わらない。
俺は、原始的な『生と死』が繰り返されるこの世界をずっと眺めていた。



1−3 〜選べぬ『選択肢』〜

9月11日(木)

朝のHRで担任が偉そうに語る。
担任の頭に朝日が反射して眩しい。
「え〜、みんな知っての通りあと一週間でテストが始まる」
……そうだっけか?
通りでみんなピリピリしてると思ったよ。
「赤点が多い人はよく勉強しておくように。今までの得点を総合して赤点だった者は進級できないので
 要注意しておくように」
先生がこちらをちらりと見た気がした。
視線も含め、俺を名指して呼んでいるような気がしてならない。
「……赤点大王」
ぼそりと誰かが呟く。
振り向くと右斜め後ろの席に座っている那緒が、頬杖をついたまま呆れた様子でこちらを見ていた。
「今回は何個取る気?」
「うるせー。今回は取らねぇよ」
「前回もそう言って、3つも点数が赤かったね」
一撃必殺だった。
それだけで、もう返す言葉が無くなった。
「こら勇也!後ろ見てないで前を向きなさい!!」
担任が目敏く後ろを向く俺を見つけ、注意する。
……なんだか、もう踏んだり蹴ったりである。



例の如く葵姉が迎えに来て、なぜか袖を掴んで生徒委員室へと向かう。
いつものように書類整理をしていると、葵姉が思い出したように俺に告げた。
「勇、あんた明日からこっちに来なくていいわよ」
「なんで?」
「テストが近いでしょうが。ただでさえあんた赤点が多いんだからさ。留年しちゃうよ」
「えぇ!?夢路先輩赤点が多いんですか!?」
皆が皆、赤点赤点と俺に言う。
言われる度に結構グサりとくるものがあるんだよなぁー……。
「だ、だったら葵姉達は勉強しなくていいのかよ」
無謀と分かっていたが一応反論してみる。
「私平均90点オーバー。学年10位以内にはいつも入っているよ」
「えぇ!?すごいですね葵先輩!私なんかいつも10位台ですよ」
目の前では優等生オーラ全開の二人が居た。
二人とも同時に妙な目線を俺に送る。
それは『次はあんたの番』と言っているようだった。
「……平均50点くらい」
葵姉が大きなため息を一つ。
「悪かったな!ついでに言うと前回は赤点3つですよーだ!!」
皆にこうも赤点赤点と言われると、もうどうでもよくなってくる。
なんかもう壊れてきた。
「はいはい、悪たれないの」
「あれ?でも赤点3つあるのに平均50点なんですか?」
計算が合わないことに首を傾げる悠子。
「こいつの事だから物理と数学で得点を稼いでいるんでしょ。で、悪いのが英語と国語」
さすが葵姉というべきか。
俺のパターンをよく分かっている。
「本当は出来る子なのにねぇ……」
再び大きなため息を一つはく。
「……そんなセリフ止めてくれ」
酷く惨めな気分になってきた。



「一週間でテストだね」
遊奈と帰っている途中でも言われた。
いい加減そのセリフも聞き飽きた。
そしてこの後言われるセリフももう聞きたくない。
「お兄ちゃん、今回は……」
「遊奈、もう勘弁してくれ……」
「……まだ何も言ってないよ」
自分の言葉を遮られたことが気にくわないのか、不機嫌気味に言う。
「朝からみんなにそればっかり言われてるんだ。せめて遊奈だけでも言わないでくれ」
耳にタコができるくらい『赤点』というセリフを聞かされた。
本当にもう、げんなりしてきた。
「自業自得でしょ。そんなに言われて悔しくないの?」
「そりゃ悔しい」
「だったら勉強したら?」
「そりゃ性に合わないな」
遊奈は大きなため息をはく。
「それじゃどうしようもないでしょうが、全く」
「全くだな」
「留年してもいいの?私と同じ学年なんて嫌だよ」
「む……、確かに。そりゃ洒落にならんな」
遊奈に言われて初めてそれに気づいた。
妹と同じ学年なんて本当に洒落にもならない。
「今更ことの重大さに気づいたって顔してるね。遅すぎ……」
再び大きなため息をはく。
「今週の休みの2日間、みっちりと勉強尽くしにすれば今までの分を取り返せるでしょ」
「勉強尽くし……」
その言葉を聞いただけでも頭が痛くなってきそうだ。
「分かった?」
「う〜ん……」
留年するのは絶対に避けたいところだが、それ以上に2日間も勉強尽くしというのも絶対に避けたい。
「なぁ遊奈、ここは一つ……」
「分かった!?」
顔は笑顔のままだが、おでこ辺りに怒りマークが付いているのが見える。
こうなった遊奈は恐い。
逆らえば、家でまともな生活が送れるかどうかすら危うくなる。
「……分かりました」
渋々ながらも承知することにした。
2日間、しかも休日を利用して勉強尽くしとは……。
考えただけでも頭が痛くなる。
でも、本当に頭が痛くなるのはその2日間なんだろうなぁ……。



9月13日(土)

起床、時計を見れば朝8時。
遊奈特製の『目覚まし時計』で目を覚ますハメになるかと思ったが、意外なことに自分で起きた。
2階から降りてくる途中、『目覚まし時計セット』を持参した遊奈と会った。
俺が自力で起きたことに驚いていた。
……もしかして危険を察知して起きたんじゃなかろうな……。

「では問題。この英文を訳して」
遊奈が俺の英語の教科書に書かれている英文を一つ指さした。
そこにはこう書かれていた。
『He cooked the fish that I bought in a the store with in the day and ate.』
俺が見たのは宇宙語の類だと本当に思った。
なんか久々に英語と直面した気がする。
しばらく考えた後、「……彼は魚を料理した?で、その日に食べた?」
見知った英単語を繋げて適当な文にしてみた。
「ん〜、惜しいね。正解は『彼は店で買った魚を、その日の内に調理して食べた』でした」
「なるほどな」
「で、次の問題ね。はい」
続いて指さされたのは、『I did it to see a the movie with him.』という英文。
「私は……、映画を見に行った彼と?いや違うな……」
奇妙な唸り声をあげながら暫し考える。
「私は彼と一緒に映画を見に行った……?」
「正解!なんだ、基礎は忘れてないんじゃない」
「おうよ、ようやく脳が動き出してきたぞ」
「お、調子に乗ってきたね。んじゃ次はこれかな……?」
朝食を食べ終わった後、遊奈と一緒に今で勉強することとなった。
『一緒に』というよりは『遊奈に教わっている』と言った方が正しい。
兄が妹に教わるというなんとも屈辱的な事だが、それはしょうがない事なのかもしれない。
俺とは違い、中学の時から10位以内を常にキープ。
しかも学年トップも何回かある。
「なんでこうも出来が違うんだろうなぁ……」
ため息混じりに愚痴を語る。
「愚痴ってないでほら次。次は得意な物理でもやろうよ、気分転換にさ」
昔から理科系統は好きだったので、物理は理科の発展型と考えれば大して苦にはならなかった。
「問題、ニュートンの三大法則を答えよ」
「慣性の法則、運動方程式、作用・反作用の法則だな」
常識中の常識である。
こんなの問題にする方がおかしい。
「……・・」
だが、遊奈はあんぐりと口を開けたまま次の問題を出そうとしない。
「どうした?間違ってたか?」
「いや、合ってるけどね……。あんまりにもさらりと答えるもんだからちょっと驚いてるだけ……」
「そうか?こんなの一般常識だろ?」
「じゃ、じゃあ次の問題。アインシュタインが生み出した方程式を答えよ」
「一般相対性理論か?それとも特殊相対性理論?」
「……答えは相対性理論なんだけど……、それって合ってるの?」
「なんだ、総じた呼び方か。なら相対性理論で合ってる」
なんだか遊奈はひどく驚いているようで、呆れた顔をしている。
「……ねぇお兄ちゃん」
「なんだ?次の問題はまだか?」
やはり理科系統は楽しい。
早く問題が出ないかとウキウキしてくる。
「脳をすごく無駄に使用している気がする……」
「……だな。俺もそう思うよ……」

昼食を食べ終わってからも勉強は続き、夕飯を食べるときでも会話の節々に問題を出してくる始末。
休憩というものはなく、遊奈が食器を洗っている間も、遊奈がお風呂に入っている間にも課題を残してからその場を去って行く。
究極だと思ったのがこれ。
寝る前に手渡されたラジカセとイヤホンのセット。
遊奈が言うには、『寝ている間に聞いた事って頭に残るらしいよ。刷り込みみたいなモノだね。』という事らしいのでこれが手渡された。
何が入っているのか気になり、念のため視聴してみる。
「……え〜、ワタシの後にツイテ来て発音してクダサイ」
何やらカタコトの日本語を喋る外人っぽい人の声が聞こえる。
「ゥオント・ザッツ」
……は?
これは、英語なのか?
「エ〜、これの意味ハ『あれが欲しい』という意味です。リィピート、アフターミー」
なんだかこれ以上聞いていると洗脳されそうで恐い。
耳からイヤホンを外し、停止を押してからため息を一つ。
「ここまでやるか、普通……」
あまりの徹底し過ぎてこれはもう、ある意味拷問だ。
しかもよく思い出せば俺が一年の時に学校で買わされた教材のヤツじゃねーか。
てっきり処分したと思っていたのにな……。
「ハァ……」
深いため息をはく。
こうなった以上、覚悟を決めてやるしかないのだろう。
ベットに入り、枕元のラジカセを置いてから耳にイヤホンを入れる。
スイッチを入れると、例のカタコトの日本語を喋る変な外人の声が聞こえてくる。
それを子守歌代わりに眠りにつくことにした。
……なんだかとてもうなされそうだ。



三度あの夢だ。
相変わらず様々な色がひしめき合っている。
前は、全体的に散り散りとなっていた点達が、同じ色同士で固まっていた。
それはまるで集落のようだった。
よく見ると、その集落の中心にゴミみたいな点、つまり『エサ』が固まって置いてあった。
一つの点が不思議な行動をする。
新しく出来た『エサ』を、食べるように接近する。
その後、集落の中心へ行き、『エサ』が固まっている場所へ行った。
俺はそこで見た。
先ほど取ってきた『エサ』を吐き出すようにそこに置いたのだ。
つまりそこは、こちらでいう『貯蔵庫』みたいなモノなのだろう。
『エサ』が足りなくなったらそこから『エサ』を取り出し、飢えを凌ぐ。
まるで人間、原始の人間そのもの。
顕微鏡越しのように見えるこの小さな世界は、人間の世界そのものだ。
しかし、やがて訪れるは大飢饉。
各集落で集めた『エサ』も底を尽き、消しゴムで消されるように消えていく点達。
互いに距離を保ち、争う事を辞めていた点達も、僅かに残った『エサ』を奪い合うように求め始める。
様々な色達は混ざり合うように入り乱れ、喰らうようにして相手を『消していく』。
なんて事はない、『生きる』ための手段。
生物の根底に根付いている『弱肉強食』。
この点達は『生きよう』としているのだ。
顕微鏡でしか見られないような、こんな小さな点でも根底は人間と同じ。
それは己の本能か、種の保存の為か?
哲学上、最も難しく、最も簡単。
だが、そんな下らない事を考えるのは人間だけだろう。
与えられた『生』を淡々とこなすのが、生物としての本質なのかもしれない。



9月14日(日)

「う……?」
妙に気怠い気分で目を覚ます。
勉強のし過ぎで頭が疲れているのかもしれない。
「……あれ?」
耳元で音がしないと思ったらイヤホンがいつの間にか外れていた。
小さな声のようなモノだけ聞こえる。
「ふぁ……」
欠伸を噛み締めながらラジカセを止める。
ラジカセを止めても、鼓膜の中では例の外人の声が残響のように残っていた。
酷く不快な気持ちになる。
その音をかき消すように扉の開く音がした。
覗くように遊奈が顔出す。
「あれ?もう起きたの?」
「おう」
「あっ、本当に使ったんだね。ラジカセ」
枕元のあるラジカセを見て嬉しいそうに言う。
「一応な」
「どうだった?効果はありそう?」
好奇心の眼差しを俺に向ける。
効果があったら自分もやる気なのだろか?
「……寝た気がしない。加えてあの外人の声が、今でも頭に残って非常に不快な気分だ」
「ちぇ、効果があると思ったんだけどなぁ」
「残念だったな。ほら、いいから先に行っとけ」
「なんで?」
「う……、いいから。ほら、お兄ちゃんはもう起きてるんだから先に下に降りなさい」
「……ずこく怪しい……」
眉を寄せてこちらを睨む。
「何か隠してるんでしょ?」
まぁ……、隠していると言えば隠している事になる。
つーか、隠してないと非常にマズイ。
「隠すのは自分の身のためにならないよ。何をしたか白状しなさい」
じりじりとこちらに迫ってくる。
扉からベットまでの距離は大してないので余計にマズイ。
ナニをしたかと言われても、こればっかりは自然の現象だ。
俺に責任はない。
「しばらくしたら俺も下に降りるからな、な?いい子だから素直に下に降りなさい」
「白々し過ぎ。何を隠してるの?ネコ?犬?」
子供じゃないんだからそんなもん隠さないっての。
頼むから素直に下に降りてくれ。
その時、ピンっと閃いた。
「分かった、隠し事はない。これでいいな?早く降りないとお前の前で着替えるぞ」
「え……?」
態度が一変したことに驚いたようだ。
「カウント10秒前!」
「え?えぇ!?」
追い打ちをかけるようにカウントダウンまで始める。
「9!8!7!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
どうしたらいいのか分からなくなったようだ。
見るからに狼狽えているのが分かる。
「待たない!6!5!4!3!」
「わー!わー!」
遊奈は大声を上げながら走って逃げていった。
「ふぅ……、やばかった」
額に出た冷や汗を拭う。
念のため、屈みながらそっと扉を開けて確認するが、遊奈は見当たらなかった。
「……お前のせいだからな」
自分の肉体の一部とはいえ、なんとも情けない気分になる。
妹と二人で暮らしている以上、今のような事態になることは少なくない。
まぁ、機転を利かせてなんとか回避は出来ているので問題はないと思う。
だが、たまに思う。
妹と二人暮らしというのは世間体に見て、あまり良いものではない。
放蕩両親のおかげでなっている事態なので俺が気に病むことでもないとは思う。
でも……、その反面この生活がいつまでも続けばいいと思っている自分がいることもまた事実。
時というのは残酷なものだ。
一度過ぎたら二度と戻っては来ない。
きっと、今の生活も過ぎれば昔の記憶として砂と共に埋もれていくのだろう。
それでも……。
「お兄ちゃん!朝ご飯冷めるよ!!」



9月17日(水)

2時限目、黒板には、『自習』という文字だけが書いてあった。
先生が居ないことで皆浮かれるように騒ぎ出す。
ただ、皆といってもテスト前日なので騒ぎ出すのはテストをどうでもいいと思っている面々のみ。
いつもなら俺もその面々に加わっている所だが、今回は違う。
「どーゆー風の吹き回し?あんたがまともに勉強してるなんて……」
那緒が目の前に来ていた。
いつもなら机に座って勉強しているはずだが、俺が気になって立って来たらしい。
「止めてよね、台風でも来られたら困るから」
いつものように皮肉を言い放つ。
「はいはい、忙しいからテストが終わってから相手してやるよ」
那緒を軽くあしらいながらも英語の問題を解いていく。
「なんかムカツクわね……。今週に入ってからどうしたのよ?朝から勉強尽くしなんてあんたらしくない。ははぁ……、さては
遊奈ちゃんにこってり絞られたな?」
「はいはい、そうだよ」
適当としかいいようのない相槌を打つ。
「見ての通り勉強をしてるんだ。用がないなら後にしてくれ」
「あっそ、どうぞご自由に!」
怒っているというのが目に見えて分かる。
振り返って見ると、頭に怒りマークを付けながらも大人しく席に座って勉強を続けているみたいだ。
さて、続けるか……。



放課後、遊奈を待つ間にもノートを片手に勉強をする。
「勇也先輩……ですよね?」
ノートから目を離すと横には、相変わらずツインテールを揺らしていた玲奈がいた。
「おう玲奈、見りゃ分かるだろ。ここで待っているのは俺ぐらいなもんだ」
「そーですよね。いや〜、いつもより格好良く見えたんで別人かと思っちゃいましたよ」
「だから俺にゴマすっても何も出ないっての」
「いやいや、本当に。いつもは何か頼りなさそうな雰囲気がありましたけど今は違いますね。
 なんかこう『俺は出来るぞ』って感じです」
「……褒め言葉として受け取っとくよ。どうせ来週になったら腑抜けに戻るわけだし」
「あらら……、残念ですね。今のままの勇也先輩が続いたら私、惚れちゃいそうですよ」
「……アホか」
本気ではないと思うが、遠回しに『好き』と言われているみたいで結構ドキリとくる。
「あはは、それじゃ私行きますね」
蓮は手をブンブンと振りながら帰っていった。
全く、台風みたいなヤツだ。
ノートに目を戻し、集中しようとした時、遊奈の声が聞こえた。
「じゃあ行こうか」
「おう」
「あ、よだれが……」
俺の顎の辺りを指さす。
「馬鹿やってないで帰るぞ」
「さすがに引っかからないか……」
メモ帳を取り出し、今日の所に丸印をつけた。

「羅生門の作者は?」
「芥川龍之介」
「作者の生まれと没年は?」
「1892年に生まれ、1927年に死去」
帰り道でも問題を出してもらい、それに答える俺。
問題を答えるというのが一番頭に入る。
「じゃあ与謝野晶子の代表作は?」
「みだれ髪、ついでに1878年生まれ、1942年に死去」
遊奈は嬉しそうに拍手する。
「完璧だね!これならテスト上位も狙えるんじゃない!?」
「ん〜、そこまでの自信はないが結構行けそうだな」
「いけるいける!絶対に大丈夫だって!!」
嬉しさのあまりにピョンピョン跳ねる遊奈。
それを見ているこちらも嬉しくなってくる。
これだけ喜ぶ遊奈も見たことがないからだ。
「ねえ!テスト終わったらどこかに出かけようよ!」
「テストが終わったら……。あぁそうか、その後はすぐに土日だったな」
……待てよ、確かその日は9月20日だよな……。
ということは……。
「遊奈の誕生日もその日だったな。テストが終わった次の日、9月20日」
「おぉー!ちゃんと覚えてたんだ!」
「そりゃもちろん、妹の誕生日だからな」
もちろん覚えている。
いや、覚えていなければ俺の身が危うい。
忘れもしない去年の今頃。
遊奈の誕生日をすっかり忘れていて、その日は渡辺と遊んで歩いていた。
家に帰ったら遊奈が居らず、書き置きが一つ。
遊奈の字で『バカ!』とだけ書かれていた。
次の日、学校で謝ろうと思ったが何故か那緒にことごとく邪魔され、結局一週間一度も合うことは出来なかった。
遊奈が居ないので炊事洗濯は俺がやるハメになり、しかも通帳やら何やらも一切合切遊奈が
持って行ったらしく、家にある余り物の食べ物と、自分の小遣いを使って一週間を過ごす事となった。
(後日談だが、玲奈の家に半ば押しかける形で家出したらしい。)
「そうだな、出かけついでにお前にプレゼントでも買ってやるよ」
「本当に!?」
「あぁ、いつものお世話になってる感謝の意を込めてってヤツだ」
「うん……、嬉しいなぁ……」
感極まったのか、遊奈は涙ぐんだ声になる。
「あぁー……、でもな遊奈。一つお願いがある」
「ん、なに?」
「お小遣い前借りしてもいいか?」
遊奈の表情が一瞬凍った。
……何かマズイ事でも言っただろうか?
遊奈は一際大きなため息をはいてから話し出す。
「……バカ。雰囲気ぶち壊しじゃない……。せっかくちょっとは格好良く見えてきたのに……」
どうやらさっきのセリフは失言だったらしい。
だって、財布は空に近いのにプレゼントなんか買えるわけもない。
「結局はお兄ちゃんってとこか……」
再び大きなため息をはく。
なんだか酷く馬鹿にされた気分だ。
「なぁ……、俺って普段そんなに格好悪いか?玲奈にも似たような事言われたんだが……」
「レイちゃんに?」
「あぁ、勉強しているときは格好良く見えるってさ」
「ふーん……。まぁ、普段が腑抜けているからでしょ?」
すごく深くナイフが刺さった気分になった。
どうしてこうも遊奈は上がり下がりが激しいのだろうか。
酷く疑問に思う。



9月18日(木)

朝、目が覚める。
時計は7時丁度を指していた。
昨日寝たのは深夜の午前2時ほどだが、眠気は全くない。
今までにないくらい頭が冴えわたっているのがよく分かる。
自分自身でも、これなら上位を狙える自信があった。

朝食の後に、チョコを一欠片口に入れる。
糖分は頭の栄養になるらしい。
手早く準備を終え、遊奈と一緒に家を出た。



「え〜、テストは2日間に渡って行われます。今日は国語、数学T、英語の3教科になります」
テストが始まる10分程前になってから担任のテスト説明が始まる。
テストの日程も、始まる時間終わる時間も全て頭に入っている。
今回は本気だ。
自分でも驚くほど徹底的に勉強をした。
『いつか努力は報われる』、その言葉を信じたい。
3分前になり、裏返しになったテストの答案用紙が渡される。
心臓が落ちつきなく鼓動を繰り返す。
テストでこんなに緊張したのは初めてだ。
受験したときでもこんなに緊張した事はなかった。
大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
黒板の上にある時計の針がカチカチと動く。
開始まで5秒前、4……3……2……1……。
「始め!」
担任の怒鳴るような開始の合図と共にテストを表に返し、問題と対面する。
さぁ、勝負だ!



9月19日(金)

ひたすらカリカリとペンを進め、空白を埋めていく。
今日は数学U、社会、物理という順になっている。
今必死になって問題を解いているのは、最後のテストである物理だ。
途中、問題の言い回しが分かり難く、変に詰まったせいで少々時間が足りなくなってしまった。
暗記したことを、そのまま書くような早さで問題を解いていく。
最後の問題を解き、答えを書いている途中にテストの終了を告げる鐘が鳴り響く。
腕を組んで居眠りしていた担任が目を覚ます。
「え〜、列ごとに後ろから答案用紙を回収するように」
大慌てで最後の問題を書き終える。
直後、この列の最後尾のヤツが奪うように俺から答案用紙を持って行った。
安堵のため息を漏らす。
やれることは全てやった。
何一つとして悔いはない。
「う……」
寝不足のせいか、頭がくらりとくる。
何とか立て直すが、睡魔のようにしつこく俺を襲う。
くらり、くらりと、ふら、ふらと。
目の前も白くぼやけ、自分の手すら確認することが出来なくなった。
これはマズイな。
そう思った矢先に、何の抵抗感もなく前に倒れていくのが分かった。
周りにある机やら椅子やらを巻き込みながら地面に倒れ込んでいく。
物が倒れる音は、耳元で鳴っているはずなのにやけに遠くに感じる。
随分と無理をしたからなぁ。
周りの人々は大慌てだが、何故か自分は冷静でいた。
誰かに両肩を捕まれ、激しく揺らされるのを感じる。
大丈夫、ちょっと貧血を起こしただけ。
そう言おうと思ったが口は動かなかった。
まるでテレビのスイッチを切ったような感じで、俺の意識は途切れた。



目の前がオレンジ色に染まった。
それはやけに眩しく、俺の目を覚まさせるには十分だった。
目を開けると、それは薄いカーテンから差し込む光ということが分かった。
「夕方……か」
随分と気絶していたらしく、日は既に沈みかけていた。
ここは何処だ?と思ったが、学校でベットがある場所など保健室ぐらいなものだろう。
足の辺りに重みを感じたため、上体を起こして確認すると、誰かの上半身が乗っていた。
顔は見えなくてもすぐに遊奈だと分かった。
「遊奈」
呼んでみるが反応はない。
ただ小さな寝息が聞こえるだけだった。
ベットの脇には椅子があり、遊奈はそこに座ってはいるが上半身は俺の足の辺りに乗っていた。
大方、看病している途中で遊奈自身も寝てしまった、というところか。
「ふぅ……」
小さなため息をはく。
遊奈は俺の勉強に付き添って夜遅くまで起きてくれたり、夜食を作ってくれたり……。
遊奈も相当疲れていたはずなのに、疲れを押してでも俺の看病をしてくれる。
全く、相変わらず出来すぎた妹だよ。
そっと頭を撫でてやる。
「ふにゅ……」
寝息とも寝言とも言えない声が聞こえる。
上半身を伸ばし、隣のベットから毛布を一枚取り、それを遊奈に掛けてあげた。
看病ではないにしろ、今度は俺が待つ番だろう。
「お疲れ様」
その言葉は、遊奈に、俺自身に向けての言葉だった。



9月20日(土)

――午前、朝食を食べ終わった後2人は悩んでいた。
何処かに出かける予定はしていたものの、何処に行くまでは考えていなかった。
本来ならば昨日話し合うべきだったのだが、2人とも家に着いてすぐに寝てしまった。
やはり疲れが相当溜まっていたみたいだ。
「どうしようか……?」
「うん、どうしようね……」
2人共腕を組んで、唸ったままだ。
無難に遊園地でも行こうかと思ったが、今日に限って特別なパレードをやるらしく客が半端じゃないらしい。
2人とも人混みは好きではないので遊園地は諦めることとなった。
何かヒントにでもならないかと思い、テレビをつけてみる。
ニュースが終わった後、『全国のらりくらり旅』が始まった。
ご長寿番組の一つで、ただ適当に全国のその辺をぶらぶらするだけの番組だ。
これではヒントにならないな、と思いチャンネルを変えようとする。
だが、「これだよ……、これだよお兄ちゃん!」と遊奈が意気揚々と立ち上がる。
「今日は『周辺のらりくらり旅』に決定!」



……という訳で今は近所にあるゲームセンターに来ている。
様々なゲーム機から大音量の音楽が鳴り響く。
それが入り交じって、ゲームセンター独特の音楽と雰囲気を作り出していた。
そんな中、俺は奥の一角で遊奈の行動を見守っている。
「むぅ……」
遊奈は手元のボタンは押したまま、ガラス越しに目標物を睨み付ける。
「ここだ!」
自分の考えたベストポディションに合わせ、タイミング良く手放す。
2本のアームが目標物を吊り上げるため下降していく。
……が、ほんの少しだけ浮かんだだけで目標物は落下していった。
「あっ!あぁ……」
遊奈はガックリと肩を落とす。
2本のアームは何も掴んでいないのに『穴』まで辿り着くと、これ見よがしに開いた。
その行動は妙に腹が立つ。
「くそ〜、もう一回!」
遊奈が躍起になってとろうとしているのは、今流行っている『7丁目の動物サーカス団』という動物アニメのぬいぐるみだ。。
内容は、自分達(動物達)が居るサーカス団が経営悪化してしまい、このままでは解散という窮地に追い込まれた。
そこで動物達が『自分達で新たな芸、新たな仲間を捜そう!』という話だ。
様々な動物達が登場するため、子供から大人までに人気があり、育児にも良いと大好評だ。
ちなみに一番人気は、リーダー格のライオンの『ジャル』。
厳しさの中にも優しさを感じさせるキャラだ。
続いては雑種犬の『ブッチ』。
パグに似ていて、おとぼけキャラとして人気だ。
他にも、ゾウやらキリンやらオウムやらと種類は豊富にいる。
で、遊奈が取ろうとしているのは、ゴリラの『賢さん』。
普段は何も言わないがいざとなったら頼りになる、いわゆる渋キャラだ。
つい先日このアニメのぬいぐるみランキングを見たが、堂々のワースト1位にランクインしていた。
最大の理由は、『かわいくない』だそうだ。
「あぁ〜!また落ちた!!」
かれこれ1000円近くかけているが、遊奈は依然として取れないでいた。
俺は一つため息をはいてから遊奈に近づく。
「取ってやろうか?」
このセリフは5回ほど終えた辺りで言ったのだが、遊奈は断固として自分で取りたいと言って断っていた。
「……うん」
さすがにこれ以上は自分がやっても無駄と感じたのか、素直に了解した。
財布から100円取り出し、目標物を睨む。
中には7丁目の動物達のぬいぐるみがあるのだが、そのほとんどが賢さんで埋め尽くされていた。
その中で取れ易そうな物を選んでから100円を入れる。
ボタンを押し、目標物まで辿り着いた所でタイミング良くボタンを離す。
2本のアームは俺が描いた通りの場所を掴み、ぬいぐるみを吊り上げていく。
一番上まで上がったら、後は運任せだ。
落ちないように祈るのみ。
兄妹揃って両手を組み、目をつむって強く神に祈る。
その祈りが届いたのか、ゴトンと嬉しい音が下から聞こえた。
『GET!』と書かれたプラスチックの壁を押し、ぬいぐるみを取り出し、遊奈に渡す。
「おぉ!賢さーん!!」
遊奈は賢さんゴリラを思いっきり抱きしめる。
……やはり遊奈の趣味は分からん。
「ありがとう!お兄ちゃん!!」
古い表現をすれば、『100万$の笑顔』とでもいうのだろうか。
実の妹にドキリとした。
「ま、まぁな。俺に任せれば何でも取れるぞ。あれで店長を泣かした事もあるからな」
大げさな言い方ではなく、事実取りすぎて別のゲームセンターの店長に泣きつかれた事が本当にあった。
「よーし、じゃあ次はあれ!」
「よし、今日も店長を泣かすぞ!」
今までの鬱憤を晴らすかのようにテンションは高かった。



昼食を食べ終え、俺らののらりくらり旅はエスカレートしていった。
用もないのにデパートに入ってみたり、見知らぬ道に入っては迷い、四苦八苦しながら見知った場所へと戻ってみたりと。
その度に遊奈は喜怒哀楽を見せた。
一般世間とはずれた誕生祝いとなったが、それでも遊奈が喜んでくれるなら構わない。
「お兄ちゃん、待ってよ」
ゴリラのぬいぐるみを抱えているせいか、足取りは少し遅い。
俺は横断歩道を渡りきっているのだが、遊奈はまだ半分も渡ってない。
ふと、俺の『目の前』に何かが見えた。

1・「
2・「

少し前にも同じようなモノが見えた。
だが、これが何を意味するのかは分からなかった。
『1』の数字が光った。
その光が移動し、今度は『2』が光ったかと思えば、また『1』に光が移る。
まるで、どちらにしようか迷うように『1』と『2』を交互に照らす。
やがて『2』で止まり、何かの効果音が鳴り響く。
そして俺は『何か』を言った。
俺ではない誰かが、台本でも読み上げるように一文字一文字ゆっくりと言葉にしていく。
自分ではない誰かが、俺を操るかのように。
酷く、嫌な予感がした。
『それ』は確実で、避けようのない嫌な予感だと、直感している自分が何処かにいた。
遊奈は『俺』の言葉を聞き、頷く。
遊奈は走った。
それは俺に遅れまいとしての行動か、『俺』の指示なのか。
向こうからトラックが走ってくる。
交差点に近いというのに、スピードを落とす気配はない。
酷く、嫌な予感がした。
遊奈はそれに気づくことなく、無邪気な笑顔でこちらに向かって走ってくる。
「急げ!」と俺は口にしたかった。
けれど、阿呆のように遊奈が来るのをただ呆然と立って待つだけ。
トラックが近づく。
遊奈は走っている。
俺はただ立っている。
酷く、嫌な予感がした。
スローモーションのように、時は流れる。
居眠りしている運転手が見えた。
それに気づいた俺は今更慌てる。
遊奈は気づくことなく無邪気に走ってくる。
俺は怒号のように叫ぶ。
遊奈が気づいたときには、避けられない距離になっていた。
グシャリ。
何故か最初に音だけが聞こえた。
聞き慣れない音だった。
遊奈の脇腹に突き刺さるようにトラックがめり込む。
ゆっくり、ゆっくりと……。
遊奈の足が浮き、トラックから突き離されるように宙に浮いていく。
血が宙を舞う。
それはまるで薔薇のように綺麗だった。
キキー。
トラックが急停止する音が聞こえる。
だが、もう遅い。
何もかもが、全てがもう遅い。
弧を描くように遊奈は落ちていく。
ゆっくり、ゆっくりと……。
やがて地面に叩きつけられる。
音は聞こえなかった。
随分と飛んでいってしまったからだ。
凍り付いて動かなかった足が、操られるように遊奈の元へと動いていく。
近づくにつれ、遊奈がどんな状態なのかが鮮明に分かっていく。
落ちた弾みで左腕はもげ、頭からは夥しい量の血が流れていた。
酷く、嫌な予感がした。
最も親しい人の名を叫ぶように呼びながら近づいていく。
崩れるように膝を地につけ、手を握ってやる。
「あれ……?おにいちゃん……?」
自分に何が起こったのか分からないのか、きょとんとした顔で俺を見る。
「ねぇ、どうしたのかなぁ……?なんでか、いたいよ……」
握っていた手に力が入る。
「いたいよ……。ねぇいたいよ……!」
訴えるように俺に問う。
答えることは出来ず、ただただ手を握ることしか出来なかった。
「す、すす、すいませんでした!!」
誰かが俺に謝った。
すぐにトラックの運転手だと分かった。
年はまだ若そうだった。
「すいませんでした!!」
再び深く頭を下げる。
「本当に、すいませんでした……!つい、居眠り運転をしてしまい……」
つい?
『つい』ってなんだ?
そんな簡単な事で遊奈は轢かれたのか!?
そんな簡単な事で左腕が無くなるような……死にそうになるような勢いで轢かれたのか!!?
ふざけるな……!
ふざけるな!!
「ふざけるな!!!」
怒り任せに運転手を殴る。
転がるように運転手は倒れた。
「てめぇは……!てめぇは……!!」
倒れている運転手を再び殴る。
「ひ、ひぃ!」
情けない声を上げ、ゴキブリのように這い蹲って逃げようとする。
「てめぇの……!遊奈は……!!遊奈は……!!!」
逃げる運転手を食ってかかろうとするが、駆け付けた人達よって抑えられる。
それでも止めない。
遊奈をあんなにした奴を殺してやる。
「てめぇ!ぶっ殺してやる!!」
数人に抑え付けられても、引きずるようにあいつに近づいていく。
あいつは……あいつは遊奈を……!!
「おにいちゃん……どこ?」
全ての騒音をかきわけて、遊奈の力無い声が聞こえた。
「遊奈……」
あぁ……、すまない遊奈。
俺は……、お前の側に居なくちゃならないんだな……。
俺がもうあいつに食ってかからないと判断したのか、抑え付けるのを止めてくれた。
力の無い足取りで遊奈の元へと向かう。
「救急車だ!救急車を呼べ!!」
駆け付けた人達の中の一人が叫んでいた。
酷く、嫌な予感は当たると思う。
だからこそ。
「遊奈……」
何かを探すように宙を彷徨っていた手を握ってやる。
手は、少し冷たくなっていた。
「あ……おにいちゃん……よかった……」
にっこりと、力無く笑う。
「どうしよう……いたくなくなっちゃった……」
遊奈は知っているのだ。
血を大量に失うと痛みが無くなり、やがては……。
「遊奈……」
両手で、祈るように握る。
「あったかいなぁ……やっぱりおにいちゃんのてはあったかい……」
「あぁ、いくらでも暖めてやるよ」
「あはは……うれしいな……だったらおにいちゃん……からだも……あっためてよ……」
「あぁ」
包み込むように遊奈を抱きしめる。
「あったかい……」
俺は何も言えなくなった。
言おうとしても、何か詰まって言えなくなっていた。
「くらい……くらいよおにいちゃん……」
眼から光が失われ、もう何も見ることは出来なくなっていた。
「ねぇ……おにいちゃんだよね……?わたしをだきしめているのは……おにいちゃんだよね……?」
「あぁ、俺以外に居ると思うか?」
「そっか……うん……ごめん」
自分の間違いがおかしかったのか、くすくすと笑う。
「しにたくないのになぁ……」
「死なせはしない!俺が居るだろう!!」
「もっと……おにいちゃんといたかったのになぁ……」
「遊奈?遊奈!?」
「あしたもいっしょに……あそびまわりたかったのに……なぁ……」
俺の声も、もう届くことはなかった。
「しにたくない……しにたくないよう……」
目の前で遊奈が苦しんでいるというのに、俺に出来ることはなにも無かった。
ただこうして、強く抱きしめているだけだった。
「しにたくない……しにたくない……」
上の空の言葉のように、ただただ繰り返す。
何も出来ない自分に腹が立つ。
どうして、どうして俺には何も出来ない。
遊奈が……遊奈が消えゆくのをただ見守る他ないのだろうか。
「おにいちゃん……?」
「……なんだ?」
「きこえたよね……?もっと……もっとつよくだきしめて……」
返事はせず、消えゆく遊奈を離さないように強く抱きしめる。
「うん……。ありがとう……おにいちゃん……」
最後に、少しだけ笑った気がした。
魂が抜け落ちたように、遊奈の体は軽くなった。
遊奈は……もういない。
「遊奈……?遊奈……!?」
頭の中では分かっていた。
「遊奈……!!遊奈……!!」
体を強く揺さぶる。
そんな事は一切無駄だと分かっていた。
けれど、『心』は分かってくれなかった。
「救急車が来たぞー!」
誰かの声が聞こえる。
けれどもう遅い。
何もかもが遅すぎる。
「ゆな……」
愛しい人の体を抱きしめる。
走馬燈のように、遊奈と過ごした日々が思い出される。
朝ご飯を一緒に食べ、遅刻しそうだと一緒に走り、放課後は一緒に帰っていた。
過ごした日々はもう戻ることはない。
流れ落ちた砂のように、決して戻ることはない。
そして遊奈も……、戻ることはないんだ。
「遊奈ーーーーー……・・!!」

そこで俺は目を覚ました。



               <続>
2004/02/23(Mon)18:05:47 公開 / rathi
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■作者からのメッセージ
ども、rathiです。
この小説、全く人気がないなーとしみじみ感じます。
それでも懲りずに投稿します。
前回も言いましたが最初だけだと三流小説にしかならないので、地道に続けるつもりでいます。
読んでくださった方、ぜひ感想を下さい。
レスがないと、作者が酷くへこみます。ではでは
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