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『お見舞い』 作者:たろう / 未分類 未分類
全角1826.5文字
容量3653 bytes
原稿用紙約6.6枚
うつ病の友人を見舞いにいった。
彼は以前勤めていた会社の同僚でよく一緒に遊びに出かける仲だった。
見舞いに行くのは別の同僚から彼がうつ病で入院したということを聞いたからだ。
俺が退職してからもメールでやりとりしていていたが、この頃は仕事の愚痴ばかり書いてくるようになっていた。
だから少々心配していたが、結局は行き着くところまでいってしまったようだ。
しかしまさか入院するとは思ってもみなかった。

彼の入院先は都内の某所にあった。
その病院の精神病棟は常に施錠されており、面会者が出入りするときだけ中から開けてくれる。

「久しぶり」
久しぶりに見る友の姿はまるで変わっていなかった。
「ここってタバコ吸っちゃいけないの?」
「ここの喫煙ルームは面会者が入っちゃいけないんだよ。」

精神疾患者と一般人が狭い空間に入るのは良くないらしい。

「あっちの休憩ルームに行こう」
中庭をのぞむ廊下を奥の方へと連れて行かれた。
「よく来たね。まあ座って。」
すすめられるまま円卓の椅子に腰かけた。
「あ、これお見舞いなんだけど」
近くのスーパーで買った菓子のアソートを友人に手渡す。
「しかし、全然変わらないよね」
「そりゃそうさ。仕事をしたくなくて入院したんだからさ。仮病だよ」
菓子袋を開けながら友人は言った。
「でもね、ここにくる人はね、みんな何かが出来なくなってるんだよ。俺は仕事が出来なくなっただけ。」

中庭をぐるっと回る廊下を、おばさんと女の子が一緒にぐるぐると歩いている。
「あの歩いている子はね。対人恐怖症。コミュニケーションが出来なくなったんだ」
「へー、そうなんだ」
一見まともそうに見える。が何かが欠落している。うつむいた視線。廊下の床をなぞるようにしてただひたすら歩いている。


友人は箱から菓子を取り出して数をかぞえている。
「これ友達にあげてもいい?」
「あ、いいよ」
「じゃあ、2つだけストックして友達に配ってくるね」
友人は菓子をいくつか持って隣の円卓にいった。
そして、親しそうにおばさん達に声をかけて菓子を配っていた。
信じられねぇな。こんなところで友達だなんて。そう思って見ていた。
ほどなくして友人は配り終えて戻ってきた。

「友達できたんだね」
「まあね」
その適応力には驚かされる。
自分には到底できないだろうと思った。
「そういえばね、このあいだ中井君が見舞いに来てくれたんだ。そんときね、この席で、対面に座った患者がすごい人でねぇ。
次の日に脱走を計ったんで拘束されて監禁室につれてかれたんだ」
友人は腰と手首に何かを巻く仕草をした。
「そして注射したらぐったりしたんだって。」
注射を打つ真似をして。
「すごいよね、精神科の薬って」
「はぁ、すごいね」
笑いながら説明する友人に返答するすべもなく半ばアホのように微笑み返した。


見舞いに来る前は一杯話すことがあると思っていたのだが、なんだかとりとめのないことを話しているうちに2時間もたっていた。
「そろそろ夕食の時間なんだ」
「そっか。じゃあ今日は帰るよ」
上着をはおってバックを手にして立ち上がった。
「出口まで見送るよ」
休憩ルームから出ようとすると後ろから「ごちそうさまでーす」という声がして驚いた。
先ほど友人がお菓子を配っていたおばさん達だ。
意表をつかれたので、変な体制で振り返り会釈をした。

「どうだった。初めてこんなところに来た感想は」
歩きながら友人が質問してきた。
「うん。俺は居れないな」
「慣れると平気だよ」
ニッコリと友人が笑った。
「でもだめだ」
友人がナースセンターのアクリルをコンコンと叩いた。
「面会終わりました」
看護婦さんが一人出てきて、出入り口の鍵を開けてくれた。
「またね」
「とにかくはやく退院しろよ。じゃあまた」
ガチャン。


病院の外は少し寒かった。
2時間ぶりにタバコに火をつけて、
駅に向かって歩き出した。
夕暮れ時の商店街はにぎわっていた。
夕飯の買出しをする主婦。
学校帰りの学生。
定時にあがったサラリーマン。
いたって普通の人々。
そしてその中にいる自分。
コンビニ備え付けの灰皿にタバコをポンと投げ入れた。
ジュっと音がした。
脳の伝達物質を増減する薬。
それによりコントロールされる感情。
作り出された人格。
規格外の人格は隔離される。
「ははははは」
少し笑ってみた。
これが作られた笑いなのかはわからなかった。
でも作り出された人格でも良いから、俺は普通でありたいと願った。
2004/02/23(Mon)02:41:19 公開 / たろう
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ちなみに実体験に基づいた作品です。
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