- 『長き10日間 0〜7』 作者:おぐら / 未分類 未分類
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全角22939.5文字
容量45879 bytes
原稿用紙約86.3枚
0『日常の終わり』(8月20日)
今、1人の少年が、光の中に居た。
夏休み。学校に通う少年少女にとっての1つの楽しみ。
その夏休みが、7月20から始まり約30日過ぎ、今や8月20日
残りは丁度10日。そして今日。ここにも、残りわずかな
夏休みを満喫するはずだった¥ュ年が1人。
少年の名前は 尾沢光司(おざわこうじ) 中学2年生。
ショートカットの黒い髪、容姿は『美』をつけても良いかもしれない。
しかし、運動神経は良くも無い、ただ悪くも無い。成績のほどは…
中の下から上を行ったり来たりのもの。性格も悪くはなく、
友達にも好かれている。ごく普通の中学生。
光司は今日も友達の家に遊びに行こうとしていた。
自転車に乗り、道を進む。その道中でふと見かける。
サイレンが耳元に響きく。野次馬がたくさん集まる。
救急車や消防車がに停めてある。火事だ。
燃える家の前で、泣き崩れる1人の主婦。どうやら、子供がまだ、
中にいるらしい。自転車から下り、光司はその光景を見ていた。
そして主婦は、光司の足にしがみ付く。「助けて!子供を助けて!!」
そう叫んでいた。そして光司は飛び込んだ。燃える家の中へ。
別に、そう正義感が強かったわけでもない。
ただ人が死ぬのは嫌だった。自分も昔こんなことがあった
から、他人にはもう同じ思いをさせたくなかったのだ。
聞けば5歳ほどの小さな子供。自分の脳裏にあの時の事≠ェ過ぎった。
消防士が止めるのも聞かず、大した装備も持たず、勇敢に、いや
無謀にもその家の中に入っていた。
光司は子供を助けた。子供を見つけ、外へ投げ、子供は消防士の
腕にしっかりキャッチされた。もちろん子供は助かった。
しかし…光司は死んだ。家の中で1人。長く生きれたはずの命を
1つの生命を救い、死んだ。
そして今光司は、光の中に居た。自分の体が仰向けで、浮いた状態で
何もない真っ白な空間の中に居た。
「うっ………」
ゆっくり目を開ける光司。ただ、あるはずの空は無い。
周りが真っ白な空間があった。腰から上だけを起こし、
今の状況をゆっくり考える。
「…僕確か…火事だったから、家の中に飛び込んで…子供見つけて…助けて…そんで…。――!!」
死んだ。死んだのだ。自分は火事の中、子供を助け死んだ。
なぜ飛び込んだかは今となってはわからない。無我夢中だった。
「そうか…僕死んで…ならここは…あの世?」
両腕を後ろにし、自分の体を支えながら辺りを見回す。
だが、周りは何もない。ただ真っ白。が、
「ん?」
光司が目をこすり、改めて自分の目の前を見る。
1人。ぽつんと、白い服を着た男がその場に立っていた。
「だ、誰ですか…?(まさか…天国からの使者?)」
自分は死んだ。しかしその実感があまりわかない。
だがこの空間を見るとそう思うしかない。ならば今、
そこに立っている男は天国からの使者≠ニ思うしかないのだ。
だから一応、言葉が敬語になっていた。
「…私は…『神』」
「!!」
少しためてから男が言い放った言葉に、光司は驚愕した。
「私の名は神、『ガルウェル』」
ゆっくり、その神と名乗る男が光司に近づく。
よく見れば、その背中には大きな白い翼がある。
長い金髪を持ち、頭には白いわっか。確かに神様の容姿だった。
ただ少し、ガラが悪そう。
「か、かか神!?」
よく考えてから、光司が改めて驚愕し、立ち上がる。
いつの間にか、ガルウェルは光司の目の前まで来ていた。
「…なら…やっぱり僕…死んだんだ…」
そうやっと実感し、無性にかなしくなって来た。
まだクリアしていないゲーム。 友達と行くと約束した遊園地。
読みかけの本。 食べようとしていたお菓子。
好きな子…。 やり残したことはたくさんあった。
そんな光司の気持ちを知ってか知らずか、ガルウェルが喋り始める。
「一応言っておくが、俺はお前を迎えにきたのではない」
「…えっ?」
うつむいていた光司が自分より遥かに高いガルウェルに
目線を会わせ、話を聞き始める。
「俺は神だぞ?お前みたいは一般人を迎えにここまでくるか、バカ」
「えっ?どういうこと…ですか?ガルウェル?さん」
神と豪語する口の悪いガルウェルに、恐る恐る聞いてみる。
「まぁ、お前は一般人ではない。だからここに俺がきてやったんだ」
「一般じゃ…ない?」
「お前は特別なんだよ」
「特別?」
今一状況がつかめなかった。行き成り神が現れ、その神が
自分を特別だと言っている。頭が混乱する光司。
しかし、ガルウェルは続ける。
「人間には誰しも寿命が決められているんだよ、俺が仕切る天界でな。お前の本当の寿命は、
130年ほど生きてギネスブックにも載り、名誉ある死を遂げるはずだったんだ」
「130年…」
我ながらしぶとい、と思いつつもしっかりガルウェルの話を聞く光司。
「けどお前はその寿命を無視して今死んだ。そんな事が起きるのは
1000年に一度ほどなんだぞ?しかしお前は…これが二度目だ」
「二度目…前にも一度こんなことが僕に有ったんですか?」
「お前は火事で一度死に掛けてる」
「!!」
身に覚えがある。光司は5歳の時、火事にあっていたのだ。
今思えばそのことをあまり思い出したくはない。
「そんなことが二度も起こるってことはお前は特別なんだ。
それに普通の事故で死んでるならまだしも人一人の命救ってる。
しかし一度死んでしまったから完璧に生き返らせることは無理だ。
だからせめて、得点をやろう」
「…得点って?」
「10日!」
「?」
「10日お前は生き返る!」
「……えぇっ!?」
少しその意味を考え、光司は驚く。死んだはずの自分が今一度
生き返る。これほど嬉しく、驚くことはなかった。
「しかもその10日、お前はすごい力を持つことになる!」
「すごい力?」
今一このことは分からない。しかしラッキーな得点つきということは
わかった。
「…ただし10日だ。10日後にはお前はまた死ぬ」
「…えっ?」
これにも驚く。驚きの声が出せないほど驚く。
その言葉を聞いただけで、額に汗がにじんだ。
「この10日、そのすごい力で悪いことをしまくるのも良い。
ゆっくり死を待つのも良い。このラッキーチャンスをもらわず
このまま死んでも良い。お前が選べ」
「………」
光司は考えた。別に世界征服などと言う馬鹿げたことをしたい
わけでもない。たった10日。生き返ってやりたいほど思い残したことも…
「!」
ある。光司の脳裏に、1人の少女の顔が浮かぶ。
自分の幼なじみ。このままは自分は死んでも良いのか?
その幼なじみを残して死んで良いのか。
せめて一言。何かいって死にたい。
どんな時より長い沈黙の後、光司が答える
「生き返ります。生き返って…やり残したことをやります」
「…フッ」
ガルウェルがその答えを待っていたかのように、鼻で笑う。
「そうかわかった」
「!」
光司が忙しく辺りを見回し始めた。自分の居た真っ白な空間が、
ガラスが砕けるように散り始めたのだ。そしていつの間にか、
ガルウェルは消えていた。そして遠雷のように声が響く。
「少なからず…お前には興味がある。俺はお前を観察させてもらうよ」
「ガルウェルさん!?」
光司の足場が砕けた。光司はガルウェルに助けを呼ぶ意味で
叫んだ。
「この10日…どうなるか見ものだな」
最後にそう言い、2つほどエコーがかかった後、
声は消えた。
「ガ・・・」
助けを呼ぼうとしたが無駄だった。落ちていく。
自分が。死んでいるがその恐怖には耐えられなかった。
灰が立ち込めるこの場。焦げ臭いにおい。
黒くなった柱。ここは火事の現場。
「―み…―きみ…―君!」
「…んっ…」
消防士の声がだんだん鮮明に聞こえ、光司が目を覚ます
綺麗だった中学服がボロボロ。すすだらけ。焦げていた。
「君!大丈夫だったかい!?」
消防士が仰向けになる光司の体を揺らしながら呼びかける。
「えっ・・・はい」
光司は何とか答えた。そう。光司はここに戻された。
子供を助けたこの火事場に。
「(そうだ…俺…)」
ゆっくり状況を確かめた光司。起き上がらず、拳を握りしめる。
「…(10日か…短いな…けど伝えなきゃ…たくさんの人に…
僕の言葉を…」
光司はゆっくり、眼を閉じた…。
こうして
自分の言葉を…思いを…願いを…伝えるために
生き返った光司の決して短くはない
『長き10日間』
が…今始まる…。
1日目『伝えたい』(8月21日)
朝。カーテンの間から、暗い部屋に明るい日差しが
差し込む。ここは尾沢家。光司が住んでいる場所。
光司は起きていた。ベットの中、動くわけでもなく、
布団の上に手を乗せ天井を見ていた。
「…夢…なわけないか…」
夢であって欲しい。そんな願いからこぼれる言葉だった。
光司はあの火事の後、本当ならば表彰されるはずだったのだが、
断った。一刻も早く、自分の家で休みたかったのだ。
「…プールの日だな…今日。どうしよう…」
光司が今7時を指している時計横に向き、を見る。
夏休みには学校のプールが開く。そこで時々、
夏休みに生徒を、プールで遊ばせているのだ。
しかし今一やる気が起きない。自分は…死んでいるのだ。
今こそ実体はあるが、死んでいるも同然だった。
「一応行こう…」
友達と遊べば少しは気がまぎれるかも知れない。
そんな気体を持ち、光司は二階の自分の部屋から、
一階へ下りていった。
*
トントントン… と軽快なリズムな包丁の音。
おいしそうな味噌汁の香り、香ばしい焼き魚の匂い。
食卓に並ぶ、色鮮やかな料理。すがすがしい、朝の風景だ。
「あら?こうちゃん、おはよう♪」
味噌汁を混ぜるおたまを片手に、階段から下りてきた光司に
台所から挨拶する1人の女性。
「うん、おはよう母さん」
尾沢光子(みつこ)黒い髪のポニーテール。
優しそうな笑顔で、性格も良い。光司の良き母。
「こうちゃん昨日はえらかったわね〜」
「えっ?」
光子は光司のことを『こうちゃん』と呼ぶ。
「火事の中から子供救ったんでしょ?えらいじゃない〜、
良い子に育ってくれて嬉しいわ〜、これ≠イ褒美よ〜♪」
「うっ…」
光司の目の前。つまり食卓には、すごく豪華な料理。
鳥の足や、分厚い肉や脂こってりのものがたくさん。
光子は料理がうまい。しかし…
「…(朝からこれはちょっと…)」
少し天然だった。
ちなみに父親は単身赴任中で、今は光司と光子の2人暮らし。
「食べてね〜♪」
「…う、うん…」
光子の嬉しそうな目に、光司は断れなかった。
光司は人からお願いは断れない。そこが良いところなのだが…。
この朝光司は、お腹をいっぱいにしてプールへ出かけた。
*
生徒達の楽しそうな声。太陽の日差しで光る水面。
上がる水しぶき。熱い太陽。今や生徒達の極楽となっている
プールであった。
光司の通学する学校『水月(すいげつ)中学校』に
生徒たちの声が響く。
光司は誰とも遊ぶわけでもなく、平泳ぎで
泳いでいた。水泳帽子をかぶり、ゆっくり。
少し考えることがあったのだ。ガルウェルの
(お前はすごい力を持つことになる!)
と言う言葉。別に自分の体に変わったところは無い。
すごい力も今だわからないのだ。
「…どんな力なんだろう」
光司が泳ぎを止め、プールサイドにもたれながら考える。
「超能力かな…」
勝手な想像。しかしそれが大正解≠ノなった。
「ハハハ、それならテレポート≠ニかできるのかな」
バシャ!
「…ん?」
1つの水しぶきの音と共に、光司の周りの風景が変わった。
さっきまで女子生徒がいたはずなのに、今は男子生徒が
目の前にいる。さらにいえば、さっきまでプールの右側に
いたのに、左側にいたのだ。まさに移動した。勝手に。
「……」
光司はこの意味を考え、もう一度。
「…テレポート」
バシャ!
「!」
また風景が移動した。こんどは右側に戻っていた。
光司もだんだん、この意味がわかってくる。
「…凍れ」
カチンッ!
「!!」
今度こそは完璧にわかった。ふいに言った『凍れ』の
言葉。しかしそれ現実になった。自分の手の上にある水が
凍っていたのだ。つまいガルウェルの言った『すごい力』とは
超能力なのだ。
「……!!(そ、そそそそう言うことか〜〜〜!!)」
遂にわかる。かなりの驚愕だ。自分にこんな能力が…
別にほしいわけでもないが、すごい。しかし…
「あっ…そうか…この力も10日だけか…」
そして悲しくなった。胸が締め付けられる。
痛い。痛い。もうすぐ死ぬ。助けて欲しい。
光司は延々とそう思っていた。と
「光司♪」
「!?」
バィィン! と光司の頭に黄色いボールが当たる。
光司はすぐさま後ろを向く。
「何しけたつらしてんだよ」
「一緒に遊ぼうぜ」
光司の後ろには3人。3人とも光司の友達だ。
頭の良い、クラスのリーダーともいえる人物。いつもは
眼鏡を掛けている、二番目に声をかけた 相馬隼人(そうまはやと)
ガタイの良い、愛着のある顔の力持ち。三番目に声をかけた
大垣大介(おおがきだいすけ)
小柄で長い黒髪の女の子。一番目に声をかけボールを投げた
美川小雪(みかわこゆき)
「痛っ、何すんだよ」
光司は頭を抑える。しかし嬉しかった。こうして友達に会えたから。
特に小雪とは。光司と小雪は幼稚園からの幼なじみ。
正直なところ、小雪のために生き返ったも同然だった。
「………」
しかし今は迷っていた。本当に喋って良いのだろうか?
ショックを受けて『自分も死ぬ』などと言ったらどうしようかと
思った。小雪のために生き返ったのに…このまま自分の思いを
伝えられず死ぬのだろうか?そんなの嫌だ。絶対嫌だった。
「?光司?」
隼人が下から見上げるように光司の様子をみる。
「えっ?」
「何だ?ボールが当たってぼけたか?」
大介も冗談交じりで言った。
「ほらっ!光司!遊ぼうよ!」
「えっ?」
うまく頭の整理が付かない。付かないまま、小雪に
手を引かれ、他の皆の方へ向かう。
「………」
光司は思っていた。
この幸せが永遠と続けば良いのに
と。続くわけはない。しかし続いて欲しい。
これは矛盾だろうか?不思議と光司に涙が流れた。
ここがプールで良かった。光司は安心した。
同時に、せっかくガルウェルからもらった力
どう使おうかとも考えていた。その答えは決まっていた。
皆のために使おう。この10日間、皆の笑顔を守ろう。
幸せが続くように。そしてまた涙が流れる。
小雪たちにはばれていない。
伝える。この気持ちを。ゆっくりで良いから。
自分の心の奥にある小雪への気持ちを。
きっと…。きっと…。
そう光司は、この10日間に誓った…。
『伝えたい』
と…。
*
少し離れたところ。ビルの上。ここからは光司の
水月中学校が一望できる。このビルの屋上に1人の男。
黒衣に身を包み、黒い髪、背中にはたためられた黒い翼。
その姿、まさに『悪魔』そう思わせる容姿だった。
その姿はどことなく、ガルウェルに似ている。
そして男はゆっくり口を開く。
「意思≠ェ…動く」
男は大きく、黒い翼を広げた。黒い羽根が舞い落ちる。
「ガルウェルも…面倒くさいことをしたな…」
そう言って男は黒い羽根に巻かれる。その黒い羽根が消えると
男も消えていた。不気味な、笑い声の余韻を残して……。
2日目『事件』(8月22日)
プール。光司は今日もプールに来ていた。夏のプールは楽園だ。
さらに夏休みというものは、確かに遊べるが結構ひまなものでもある。
特にやることもないので光司はプールに来るわけだ。
胸の辺りまで水につかって辺りをキョロキョロと見る光司。
何かを警戒しているようだ。
「………」
そんな光司の後ろに、黒い髪の頭が水面から出てくる。
「!!」
その物体に気付くには遅すぎた。その物体は水しぶきを上げ水面から
出てくる。
「捕まえた〜!!」
水面から出てきた物体が光司を押す。光司は吹き飛ばされ水の中に沈んだ。
「次は光司が鬼ね♪」
水面から出てきたのは光司の幼なじみ小雪。
向こうにはクラスメートの大介と隼人がいる。どうやらこの3人で、
鬼ごっこをしているようだ。
「ぷはぁ!」
光司が頭を振るいながら水の中から上がってくる。
「くそっ、また鬼かぁ〜」
などと愚痴をこぼし、3人を探しに行く光司。
光司はここ最近悩むこと多くなった。まぁ、当たり前だろう。
今自分の全てを打ち明けるべきか、それとも最後の最後まで
黙っていて、最後の最後で全てを話すべきか、迷っていた。
「ほらっ!光司早く〜!」
「う、うん」
小雪の優しい声。
全部の悩みを友達が吹き飛ばしてくれる。
光司は今この時を、満喫することにした。
*
ビルの屋上。今日もここにあの男≠ェ立っていた。
たたんだままの黒い翼を軽く風になびかせ、水月中学校を
…いや、光司を観察≠キる。
「…ただでさえ大変なのに…ガルウェルめ…」
重く、暗い声が男から発せられた。
「フッ…まぁ良い。その方が楽しくなる。だがぬからぬようにしない
とな…いつ足をすくわれるかわからない…」
男が、下に下ろしていた手を前に出す。
「お手並み拝見だ…」
ヒュッと手を右にはらう。その男からはさらなる異質の空気が
発せられていた。
*
「!!」
ピタリと動きが止まった光司。光司は何かに気付いた。
異質の空気に、同類≠ネみが感じられるその気配に。
「?どうしたんだよ」
さっきまで光司に追いかけられていた大介聞く。
「お〜い、何止まってんだ〜?」
停止する2人を不思議に思い、水をかきわけ近づいてくる隼人とと小雪。
「えっ…?」
「えっ?じゃないでしょ?光司が鬼なの」
「あっ、あぁ。ごめん」
「しっかりしてくれよ」
隼人が軽く光司の肩を叩いた。
「よ、よ〜し!行くぞ〜!」
光司が高く声をあげ、鬼ごっこを始めようとしたその時。
「!!」
プールに入っている生徒の動きが静止する。
音。大きく沈む音。それは明らかに、このプールの水が
抜ける音だった。プールのど真ん中には、大きな渦が生まれる。
「おい、これやばくねぇ!?」
「早くあがろうよ!」
女子生徒や男子生徒の驚きと、慌てる声が聞こえる。
「おい!光司上がろう」
「うん!」
隼人の言葉に光司は即答した。クロールで急いでプールサイドへ向かい、
プールサイドへと上がる。
「ふぃ〜、何なんだよ」
安心しきった顔で落ち着く大介。と、光司が気付く。
「…小雪がいない…」
「えぇ!?」
そう、そこにはさっきまで遊んでいた小雪の姿はなかった。
すぐさま一緒に上がったと思っていたのだ。
プールの渦は行きよいが強かった。水はなぜか減っていない。
渦にのまれたのでないか?そう言う不安が光司の脳裏によぎる。
「どうする!?」
慌てた声で、隼人が言う。プールサイドはもうめちゃめちゃだった。
慌てる生徒達でごった返していたのだ。
「…僕が行く!」
「…えっ?」
大介と隼人から同時に声が上がった。
光司は自分に出来ることを考えた。ガルウェルから授かった
『力』を使いできること。人のために役立てることだ。
そう、例えばこの状況では、小雪のために。
「……!!」
大きく息を吸い込み、光司は渦の巻くプールへ飛び込んだ。
大介と隼人も声を出すことは出来なかった。
*
水の中。渦が巻いている。普通の人間ならこの渦にのまれているだろう。
光司は違った。『力』が無意識に、自分のことを守っているのだ。
そして光司は、ゴーグルを付ける。付けて気付いたこと。
「(……?)」
この渦の原因。それはてっきりプールの底が開いたりしたのだと
思っていた。しかしその原因が見当たらない。プールの底に
傷があるわけでもない。光司は不思議に思った。思ったがそれどころではない。
「(小雪!!)」
今は小雪を助けるのに精一杯なのだ。よく辺りを見回す。
幸い『力』のおかげで渦にものまれず、辺りも良く見える。
「…ゴボォ!(いた!)」
思わず声に出した。黒い髪が渦の流れに流されていた。
丁度高学年と低学年をわけるプールのフェンスに、小雪の足が
引っかかっていたのだ。
「……!!」
光司は考えたどうすればあそこにいけるか。そして答えはすぐまとまる。
「(テレポート!)」
まだわかったばかりの『力』それでもこんな使い道があった。
その名の通り、光司は小雪の元へ瞬間的に移動できた。
ここまでうまく行くとは、と光司も思っていなかったのだ。
「(小雪!しっかりしろ!)」
心で思いながら引っかかっている小雪の足を抜き、体を揺らす。
「(よしっ!このまま)」
行こうとした。
「!!」
しかしそれが止まる。渦が強くなっているのだ。さっきより格段に。
小雪を出し抱え、光司はその場から動けない。『力』のおかげで
渦には巻き込まれないものの、渦が強く動けなかったのだ。
光司は『力』で酸素が少しくらい無くても大丈夫。プールで遊んでる
うちに気付いた。しかし小雪は違う。普通の人間だ。
「(…どうすれば!)」
頭をフル回転させる。考え付いた答え。それは安直なものだった。
「(渦を止める!)」
安直だが、良い考えでもあった。光司はゆっくり眼をつぶる。
「(…止まれ…止まれ…)」
強く念じる。
「(止まれ…止まれ…)」
さらに強く強く。
「(止まれ!!)」
光司が眼を開く。渦がゆっくりゆっくり…治まっていく。
さっきまで強かった渦が止まって行くのだ。
これこそ『力』と光司の思い≠フ成せる技だった。
「(よしっ!)」
光司が一気に水面に上がる。小雪をしっかり抱いて。
*
「プハァ!!」
光司と小雪水面から上がる。丁度その前にはプールサイドあった。
「光司!」
「光司!」
隼人と大介が光司の名前を叫ぶ。
「ハァ…ハァ…小雪を…」
息を切らし、小雪をプールから上げる光司。小雪は女子生徒たちが
すぐさまどこかへ連れて行った。きっと病院か保健室にだろう。
その後光司はプールサイドへ上がる
「光司!すごかったな!」
「………」
大介の言った言葉。確かに自分はすごかった。
それ以上に嬉しかった。小雪のことが。死ななくてすんだのだから。
自分も救える。人の命を。そう思うと、自然と嬉しさが舞い上がってくる。
光司はゆっくり、自分の心の動きをかみ締めた。
*
「…すばらしい…」
ビル屋上にいる男が笑みを浮かべ言った。嬉しそうに、不気味に。
プールで起きた事件と光司の活躍を見て。笑っていた。
「これぞ神の意思≠セ…素晴らしい…素晴らしい…」
黒い翼が広がった。まるで漆黒へ誘うかのように。
大きく、黒い羽根を落とし広がった。
この『事件』を境に、光司の運命はさらに早く進む。
まるで歯車のように。クルクルと…クルクルと…。
3日目『天界』(8月23日)
天界。それは神の住む、人間には決して届かない場所。
高き空に浮かぶ天空の城とも言うべきか。空に浮かぶ
島の真ん中には神たちの住む白く神々しい宮殿。
周りは木々に囲まれ、まるで楽園。キラキラと輝いていた。
この宮殿の一室。そこにガルウェルはいた。
室内には太陽の日差しが差し込み、周りは一応*{棚。
白いカーペットの上の黒いソファに座り、神と言っている
ガルウェルはタバコを吸っていた。漫画を読みつつ、
ガラスの机の上にある灰皿にタバコの灰を落とす。
机にはマンガ本が積み重なっていた。
と、マンガを読もうとしたとき、茶色の部屋のドアがノックされた。
その戸を叩く音はかなり強い。
「しつれいします!」
不機嫌そうな声と共に、ガルウェルの了承を取らず、やはり不機嫌そうな
顔をして入ってくる1人の女性。ナイスな体つきで、黒い服をまとう、
多分ガルウェル秘書だろう。金髪のポニーテイルで、丸渕の眼鏡を掛けていた。
「うっ…何か…あったか?ミイネ」
ミイネと呼ばれた女性は眼鏡を上げつつ声を張る。
「何かあったじゃありません!何ですかあの少年は!!」
「え〜…何のことだかさっぱり」
「とぼけたって無駄です!!!」
どうも口うるさいミイネが苦手らしいガルウェル。
読みかけのマンガを伏せて机に置き、目をそらしながら言ったガルウェルに、
ミイネは叫ぶくらいの声を出す。
「もう一度聞きます!何ですかあの少年は!!」
「…特別な奴なんだよ」
ガルウェルはまじめに話を聞こうとタバコを灰皿に押し付けるが、
どうも読みかけのマンガが気になるらしい。
「確かに!彼が神の意思≠受け継いでいるのはわかります!ならば
なぜこの天界で保護しないのですか!?」
バンッ! と机を思い切り叩くミイネ。積み重なったマンガが
数冊床に落ちる。
「神の意思≠セからだよ…」
「…?どういうことですか?」
騒がしかったミイネが少し静まり、眉間にしわを寄せ聞く。
「なぜあの少年に神の意思≠ェ宿ったのか…オレはわからねぇ。
だから答えがほしいんだよ」
「…『サタン』が…動いているんですよ?殺されるかも知れませんよ?」
「…そん時は神の意思≠ェそれまでのことだってことさ。
責任はオレが全部取るからよ。…確かめたいんだよ…四代目の…真意をな」
「…はぁ〜…」
ミイネが額に手を押さえ、大きくため息を付く。さらにガルウェルが
続ける。
「で、今光司はどうなってんだ?」
「えっ?あ、光司現在…」
手元の書類を見ながら口を開くミイネ。
「家でゴロゴロしている…と」
まさに完璧。現在光司は家で何もやることも無く、ただゴロゴロしていた。
ほんの少しの怯えと…悩みを考えて…
*
「へっくしょん!!」
光司が大きくくしゃみをした。
「?誰か噂でもしてるのかな?」
光司は鼻をすすりながら言う。と、ここは余談。
*
「あっ、今くしゃみしました」
ミイネが気付き、ふと言った。天界の予言は完璧だった。
「まぁ、そこは良いって。ともかく近々会いに行くよ」
と、ガルウェルが指をタバコを吸っているこのようにすると、
ガルウェルの指の間にタバコが現れる。そしてそのタバコに
独りでに火がついた。
「気をつけてくださいね、もう『サタン』は動いています。
昨日も光司の学校のプールで事件がありましたから」
「わーってるよ」
ガルウェルがタバコを一吸い、そして煙を丸い形にして吐き出す。
「さぁ…ミイネ」
ミイネも、ガルウェルも顔が真剣になる。
「確かめようじゃねぇか…森羅万象をつかさどる神の意思≠…」
*
「…ふぅ〜…」
いつもと同じビルの屋上の上。やはり男はいた。
屋上への入り口の壁にもたれかかり、タバコを吸う。
ほんの少しタバコを吸った後、男はタバコを投げ捨てる。
「…さて…天界も騒がしくなってきたし…ガルウェルも動く頃だ…」
男は立ち上がった。そして大きく黒い翼を広げる。
「オレも…直に動くか…」
男は黒い翼をはためかせる。そして飛んだ。大きく、夕日の空に向け。
行く先は…光司の自宅。翼を羽ばたかせる度に、黒い羽根が落ちるのだった…。
動く悪魔。
騒ぐ『天界』
神の意思
今また光司に、危機が襲う。
4『舞い降りた悪魔』(8月24日)
お昼。お昼時の、ここは水月公園。シーソーや滑り台、ブランコなどが
ある、普通の公園。お昼時と言うのもあって、元気に遊ぶ子供の姿は無い。
キィー… キィー…
寂しく揺れる、ブランコの音。乗っているのは光司。
お昼も済ませた光司。昨日同様、家でゴロゴロしていても体がなまるので、
1人で水月公園に体を動かしに来たらしい。
「…はぁ〜…」
深くため息を付く。別に何をするわけでもなく、ブランコを静かに揺らす。
「………」
無言のまま、自分の手を見つめる。その手がグッと閉められた。
「…後…6日か…」
後6日で…死ぬ。今は死ぬという言葉をあまり聞きたくはなかった。
感じれば長い、過ぎてしまえば短い4日間。(ガルウェルにあってから)
「………」
今度は、公園全体を見回す。お昼の日差しが眩しい。
静かで、ほのかに懐かしい。昔から変わらぬ風景。
「…小雪とここで…砂のお城を作ったっけ…」
砂場を見ながら言う。心なしか、手が震える。
「よく大介と…鉄棒したな…」
今のところ実感がわかない。確実な死≠サれに打ち震えない。
いや、打ち震えられない。
「隼人…滑り台から落ちたんだよな…」
痛い。怪我をしたわけではない。心が痛い。
痛い。苦しい。怖い。助けて欲しい。
なぜ生き返った?あのまま死んでもよかったのに…
一体誰のため?
「………」
もちろん友のため。
「………」
家族のため。
「………」
そして…小雪のため。
「そうだ…そうだよな…伝えなきゃ…」
この思いを。全て伝えるために、生き返ったのだ。
「がんばろう…」
そう決心し、うつむいた。怖さからではない。
眼にたまった涙を拭くため。誰も居ないが、見られたなかった。
そんなに現実感がない。このままどこかえ行けそうな違う世界。
しかしその世界から、一瞬にして引き戻された。
「!?」
地面が消えた。真っ暗に視界が変わった。
座っていたはずのブランコも無く、立ち上がっていた。
周りのシーソーも、滑り台もなにもない。闇≠フ中にいた。
「…ここは…」
わからない。わかるはずもない。光司は辺りをキョロキョロ見回す。
「一体なんだ…?」
やはりわからなかった。と、その時。
「ようこそ…我が空間へ」
「!?」
上を向く。上から聞こえてきたからだ。
遠雷のようなエコーのかかった声。それはどことなく、ガルウェルに似ていた。
「だっ、誰!?」
「『サタン』…」
「っ!?」
光司が自分の目の前に視点を戻す。そこには1人の男。
黒い翼が広げられ、黒衣のまとった、黒髪の、黒尽くめ男。
「それがオレの名だ」
男の声は普通に戻っていた。しかし、とても暗い、恐怖を覚えされる声だ。
「…(ガルウェルさんに似てる?)」
確かに容姿は似ている。光司はそれ以外のことを考えられなかった。
黒い、真っ暗な空間の中から、翼の生えた人間(?)が現れたからだ。
そのサタンと名乗る男はゆっくり光司に近づく。
「えっと…何か用ですか?」
呆気らかんな質問。サタンがすすら笑う声の聞こえた。
「フフ…君のことはよく知っている。いつも見てたからね。
いや…よ〜く、観察させてもらった」
「…観察?」
「行き成り会った所悪いのだが…」
「!」
光司の感じた。この男の瞳の輝きを。冷たい黒い眼が殺気を帯びているのを。
ヤバイ!
ともかくそう感じ、
「死んでもらうよ」
「!!」
サタンが言葉を言い切る前に、光司は避けた。その攻撃を。
サタンがさっき自分の居た方へ手を向けていた。その自分の居た地面、
そこには赤い槍が数十本。痛々しく刺さっていた。黒い地面に。
「あっ…」
「外したか…」
体が震える。動けない。体が言うことを聞かなかった。
さっきの攻撃のせいでもあるが、一番の理由は…
「今度は当たってくれ…出来ることなら心地よいメロディー(悲鳴)を上げてな…」
サタンの恐ろしく冷たい瞳。全てを溶かされそうなその瞳に恐怖があった。
「そしてオレは…神の意思≠手に入れる…!!」
新たに、サタンの手が光司に向けられる。
「(ヤバイ!くる!)」
それでも体は動かない。
「死ね」
「……!!テレポート!!」
冷たい声の後、赤い槍が、感情無き殺人者たちがサタンの手から放たれる。
反射的に光司は、叫んでいた。そしてもちろんの事、光司は一瞬消える。
「!」
サタンの少し驚いた顔をし、後ろを向いた。
「!」
ビクッと体を震わせ、しりもちを付いた体勢でサタンを見る光司。
しかし眼はあわせら無かった。あわせたら自分はどうにかなってしまうのでは?
と思うその冷たい眼に自分の眼を、あわせられなかった。
「フフ…そうではないとな…そうでないとつまらん…」
「(…死…ぬ…?)」
額に汗、飲む唾もカラカラでない、体は震えたまま。絶対絶命だった。
「!」
眼を瞑った。悪い夢なら覚めてくれ、と思い、恐怖から眼を瞑った。
と、その時だった。
「そこまでだ」
「!?」
「!」
光司はもちろん、サタンも驚く。その声、聞き覚えがある。
光司はゆっくり眼を開ける。
「ガ…」
神々しい白い翼。頭の上に浮かぶ天使の輪。綺麗な金髪。そうその姿それは…
「ガルウェルさん!!!」
そうガルウェル。暗い空間に、1つの光を灯すように、ガルウェルは
宙に浮かんでいた。そこには、秘書のミイネもいる。
「よう、光司」
と、ガルウェルは緊張感無く挨拶を交わす。その横からミイネが叫んだ。
「サタン!止めなさい!じゃないと―」
「じゃないと―なんだ?」
ミイネをサタンが睨む。冷たく、暗い目で。
「っ!」
ミイネも言葉が詰まる。と、ガルウェルが地上に降りてくる。
「こうして…貴様に会うとはな…サタン」
「ガルウェル…」
地上に降り立った両者の気迫に、ミイネも、光司の手が出せない。
「久しぶりだなガルウェル」
「まったく嬉しくないがな」
「何を言う?オレはお前に会えて嬉しい、幸せだ、光栄だ、そしてありがたい」
「何を言う?オレはお前に会えて悲しい、不幸だ、迷惑だ、そして下手な嘘をつくな」
2人の不思議なやりとり。
「相変わらず…口が回るなガルウェル」
バサッ サタンがさらに大きく翼を広げ、宙へゆっくり浮く。
「真に残念だが…お前がきた以上、ここでは闘えん…」
「!」
サタンはまた光司を見た。光司はまたも、体が震える。
「また会おう…そして…その時は…最後だぞ…」
サタンは黒い羽根に包まれた。まるで突風のような羽根が収まると、サタンは消えていた。
「………」
「………」
「………」
サタンが消えた後、ガルウェル、ミイネ、光司の間に、少し長めの沈黙が流れた。
その沈黙を最初に破ったのはガルウェルだった。
「大丈夫か?光司」
「えっ…あっはい!」
光司は慌てて、立ち上がる。
「えっと…ありがとうございました」
「別に」
素っ気ないガルウェルの答えに、次の反応困る光司。
「(この子が…神の意思=j」
ミイネの顔がさらに真剣になる。
「…あの…さっきの奴は…何なんですか?」
おどおどしながら聞く光司。
「サタン。お前の神の意思≠狙ってるやつだ」
「神の意思=H」
今度は率直に聞く。
「何ですか?それ」
「知りたい?」
今度はミイネが答える。
「えっ?はい」
「…それじゃあ…その話は明日だ」
「えっ?」
ガルウェルの周りに、白い羽根がまき立ち始めた。
「明日話してやろう…全て…」
「えっ?明日?ちょっと!全然意味が―」
ボウッ! 羽根が巻き立つ風圧が光司を襲う。光司は腕で眼を覆う。
腕を退けると、そこにガルウェルはいなかった。
「!」
そして改めて見ると、そこは公園。静かな、さっきと同じ公園。
その公園のど真ん中に、光司は立ちすくんでいた。
「………」
何が何だかわからない。しかし夢ではない。
「一体…何なんだ…」
とんでもないことに巻き込まれた。ただそれだけを実感した。
光司の鼓動はまだ早かった。
神の意思
それは全て
光司はそれを明日知る。
森羅万象を司る、それを…
5『神の意思』(8月25日)
光司の部屋。現在は夕方。部屋もうっすら暗い。
カーテンの間から夕日が差し込み、電気の付いていない部屋を
ほんのり照らす。この部屋のベットに座り込む光司。
「………」
何もしない。動かない。光司は待っていた。ガルウェルを。
昨日の不思議な体験の中、ガルウェルは明日全て話すと言った。
だから待っている。(その他にもガルウェルの横にいた女性のことも聞かなければ)
「…いつくるんだろう…ガルウェルさん」
光司はふと、上を見上げる。と、
「全く、暗い部屋だな、電気つけろ」
「!!」
ガバッ! と自分の視点を前に戻す。そこにはガルウェルと…
「…誰?」
「?私?私はミイネ、ガルウェル様の秘書」
光司に指を指され、ミイネは答える。光司はミイネに向かい、軽く会釈した。
「―っていうか!いつの間に来てたんですか!?」
「さっき」
やっと驚きを現し、後退る。ガルウェルのお構いなしに、
光司の部屋の電気を付けた。部屋が少し、明るくなった。
*
何とも奇妙な光景。天界の神が、今ここにいる。
光司の部屋が狭いのか、翼をたたみ、あぐらをかき座るガルウェル。
その横にミイネ。そして正座をし、緊張しながらガルウェルを見る光司。
まるで親子の三者面談だ。重苦しい空気がその場に流れる。
ともかく自分の母親、光子がこの場に来ないことを祈る光司だった。
「えっ…えっと…」
やっと勇気を振りしぼり、光司が声を出す。
「お話を…聞きたいんですが…」
「あっ?」
ガルウェルがその声に気付く。
「あぁ…話?話…って何の話だったっけ?」
「神の意思≠フことですよ」
何の話かも忘れているガルウェルに、ミイネが小声で助け舟を渡す。
「あぁ、そうだったな。う〜ん…どこから話せば良いのやら…」
少し悩むガルウェル。すると光司が積極的に聞く。
「あの、前言ってた神の意思≠チて何ですか?」
真剣な面持ちで聞く。
「…四代目の残した、最後の秘宝のことだよ」
「…秘宝?」
光司はうつむき、緊張していた顔を前に向ける。
「四代目って言うのは、神様の四代目のこと。ちなみにガルウェル様は五代目よ」
ミイネが付け足す。
「神の意思≠チつーのはな、初代の神から受け継いできた…簡単に言えば神の力≠
凝縮したものだ。それを代々、神になるものは受け継いでいくんだ」
「…?で、その神の意思≠ニボクが何の関係があるんですか?」
光司は聞く。すると、ガルウェルが呆れ顔をしながら続ける。
「つまり、その神の意思≠ェオメェの中に入ってんだよ、光司」
「………」
ガルウェルの言葉をミイネは頷きながら聞く。しかし光司は違う。
今言ったことを、考え始める。
「(え〜っとつまり…その神のなんたらがボクの中に〜…んでボクは
中学二年生〜…だからつまりえ〜っと…)
今晩の夕食はカレーライスってことですか?」
ここまでの思考やく2秒。混乱していたせいでうまく答えすら出てない。
「何よそれ」
ミイネから当然の突っ込みが返ってきた。
「ど、どういうことですか!?ボクは神様じゃありませんよ!?」
さらに混乱を続け、思わず立ち上がる光司。ガルウェルも首をひねりながら答える。
「それがわかったらな〜、オレだって苦労しないんだよ」
「…えっ?」
「ともかく座って」
「あっ、はい…」
眼鏡を上げながら言うミイネに、光司は心を落ち着かせながら従った。
「オレの前の神、四代目バルスはオレの父親だ。親父がどうしてお前に
神の意思≠受け渡したか…それはわからん。だから困っている」
「………」
黙ってしまう光司。そして、ミイネがもう1つの話を始める。
「そして…サタンのことだけど…」
「!」
光司はその名前で思い出した。サタン。それは自分を殺そうとした男。
あの黒い翼、冷たい眼、思い出しただけでも震えそうだ。いや現に
震えていた。自分の手が、光司はその震えをなんとかとめる。
「?光司、顔色が悪いわよ?」
大人の口調で聞き返すミイネ。光司はそれに大丈夫と答えた。ミイネは続ける。
「彼はね、この天界を裏切ったの」
「天界?」
「そうだ。サタンの元の名は、ネフェルト。オレの兄貴だ。もっと、もう兄貴とは思ってないがな」
と、ガルウェルがどこからか出したタバコに火をつけ、口にくわえる。
「あの…どうしてサタンさんは天界を裏切ったんですか?まず天界っての
が分からないんですけど」
「天界はいろんな神々が住む、天空に浮く聖域よ」
「何で裏切ったかと言うと…あいつは選ばれなかったんだよ、神に」
「えっ?」
「奴はこう言っていた。『力こそが正義、だからオレが神だ!!』とな。
その時オレは動物を重んじる優しい子供だったよ」
「えぇっ!?うそっ!」
光司は一瞬引いた。ミイネさえも。
「何だよそのムカツク反応は」
ガルウェルが口を尖らせ言う。一旦タバコの煙吸い込み、また吐いた。
そして続ける。
「しかし選ばれたのは俺だった。親父は言ったよ『力はだけが正義では
ない。正義とは人間を重んじる心だ』ってな。もちろんサタンは怒った。
そして天界に八つ当たり、天界の半分をメチャメチャにした後、天界から
追放された。バカな奴だよ」
「そしてネフェルトは天界を捨てたことで悪魔となり、サタンと名づけ
られたのよ」
ミイネも付け足す。
「………」
光司はそれを、かみ締めながら真剣に聞いていた。
「…そしてお前に…頼みがある」
「頼み?」
ガルウェルはタバコを消した。(多分の神の力だろう)
「お前に…サタンを倒してもらいたい…」
「!!」
言葉が詰まる。唾も飲めなかった。それでもガルウェルは
平然と続ける。
「オレが倒したいの山々だが、無理なんだよ。オレは神になった。
だから天界に束縛されていて、地上に降りることができてもろくな
力が使えない。お前にしかできない。だからお前に…」
「サタンさんは兄弟なんでしょ!?」
声を上げていた。知らず知らすの内に、立ち上がっていた。
「だが奴は…悪魔だ…それに倒すといっても殺すのではない。
天界に奴は戻ってくるだけ。そしたらそれ相応の処分はくだるだろうがな」
「これは宿命、これが神の意思≠ネの」
「…そんな…」
ガルウェルとミイネの、続けざまの言葉に、光司は言葉を失った。
「それに…サタンをこのままにしておけばあなたの大切な人が狙われる」
「!!」
最後のミイネの言葉。胸が張り裂けそうになった。額の汗も尋常ではない。
「よく…考えておくんだな…」
ガルウェルの脅しのような言葉に、光司は俯いた。
ビュウッ!
一陣の風が吹く。もうそこに、ガルウェルとミイネの姿はない。
ただ自分の部屋に立ちすくむ、光司のだけだ。
光司は震えていた。このままで良いのかと…考えながら。
ただでさえ少ない日数に、そんな重い宿命。
光司は聞いた。去りゆくガルウェルの最後のセルフを。
「世界は…お前の背にかかっている」
襲い掛かるプレッシャー、不安、恐怖、絶望。
全てが涙になった。体が震える。動かなかった。
「…ボクは…どうすれば良いんだ…」
震えた…声だった…。
『神の意思』
四代目の神が残した真意とは…
何もわからない。
光司の運命は…一体…
6『自分の思い』(8月26日)
「………」
光司の部屋。現在は朝。朝だと言うのにカーテンは完璧に閉め切り、
入るはずの日差しがない。
暗い部屋で、電気も付いて居なかった。
光司は服を着替え、ベットの掛け布団の上に寝転がっていた。
ただ天井を見上げる。
「…僕…どうなるんだろう…」
そう呟いた。後四日。これは光司が生きていられる日数。
それまでにやることはたくさんある。
皆に自分の思いを伝えたい。遊園地も行かなければ。
最後はたくさん遊びたい。しかしその願いを砕くように、
自分の使命と言う壁にぶち当たった。
悪魔サタンを倒す
めまいがする。確かに自分は特別な力を持っている。
でも…倒す?悪魔を、前まで一般の人間だった僕が?
ありえない話だった。いや、生き返ってから、最初からありえない話だったのだ。
「…ふぅ〜…」
今まで何度目かのため息を付き、状態を起こす。
「下りよっか…」
1人、自分に言い聞かせるように言った。
*
トントントン…
リズミカルに聞こえる、包丁の音。おいしそうなご飯の匂い。
「あら、こうちゃん。おはよう」
光司の母、光子が朝ごはんを作っていた。
それはいつも通りの日常。しかしその日常がいつか自分の前から…
そう思うと、光司の眼の奥が熱くなってくる。光司はそれをこらえ
「おはよう」
と、短く言い、食卓に付いた。と、
「おはよう光司」
と、男性の声。
「うん、おは…」
吊られて挨拶しようとしたが、途中で区切った。
光司の横、そこには、新聞を広げた一人の男性。顔はまだ見えない。男性は新聞をどかした。
「久しぶりだな光司」
満面の笑みで光司に言った。黒髪で、眼鏡をかけ、人の良さそうな男性。
彼は…
「父さん!?」
そう。尾沢光彦(みつひこ)、光司の良き父だ。
光司が驚くにも無理も無かった。単身赴任だったはずの父が、
今ここにいるのだから。
「なっ…もう帰ってきたの!!?」
椅子から立ち上がり、驚く光司。
「ふふ、こうちゃんを驚かそうと思ったの」
「その通りさ、ハッハッハッ」
光子が台所から言い、光彦が高らかに笑った。
「改めて、久しぶりだな、光司」
「…うん!久しぶり!」
父の満面の笑みに、光司の満面の笑みで答えた。
しかし、内心では少し…いやさらに不安が募った。
「ふふ、まだ驚かせるわよ〜」
と、一瞬、光司と光彦が引いた=B光子が手に持つ
お盆の上にあるのは、豪華な食事。もはや巨大なお盆から溢れん
ばかりの量だった。
その光景を見た光彦は、「あいからわずだな〜」と笑い、
光司は引きつった笑顔を見せていた。
*
「くっ!この!」「おっ!やったな!」
光司と光彦の声が交互にする。光司と光彦は今、格闘ゲーム(いわゆる格ゲー)をやっていた。
光彦に誘われ(はんば強制され)、光司は断る理由もなく、素直に誘いを受けた。
その2人を、朝の食事の片づけを台所でしながら笑顔で見守る、光子がいた。
光司は今、かなり嬉しかった。やっと親子全員がそろい、こんな日常を遅れるなんて思いもしなかった…
いや、思えなかった。想像してしまったら、余計悲しくなるから。
「…ねぇ、父さん」
光司がテレビ画面を見ながら、光彦に言った。
「ん?何だい?」
光彦が聞く。
「あのさ…えっと…映画の話なんだけど…さ」
「映画?」
「うん。その…主人公がさ…」
主人公は死んでいる。しかし神様に10日間の有余をもらった。
しかし、悪魔を倒すと言う使命までもらってしまった。
主人公は、その間に何をするんだろう?
それは、自分のことだった。自分のことを聞いていた。
無性に悲しくなるが、こらえた。
「10日間か…難しいな…」
光彦が、ゲームのストップボタンを押す。
「その主人公は、友達がいるんだろ?」
「えっ?うん…」
「…僕なら…伝える」
ドクン 心臓が跳ねた。気がした。
「僕ならだけど、自分の思いを伝えるね。きっと。使命を果たしてからだけど」
光彦は笑顔で言った。
「………」
光司はその答えに、無言で頷いていた。光彦はその映画のタイトルを
聞こうとしたが、どうしても聞けなかった。
*
プルルルル…
光司が久々の親子を満喫した後、部屋にいた。その時、
電話の子機の、ベルが鳴る。
「はい、もしもし尾沢ですが?」
『あっ!光司!』
その声。すぎにわかった。小雪だ。
「小雪?」
『うん!そうだよ!あのさ、もうすぐ遊園地でしょ?』
「えっ…?」
遊園地。そう、約束していたのだ。8月28日。もう夏休みの終わりも
記念して、遊園地に行こうと決めていた。
『なにが「えっ?」よ、その予定だけどさ!ちゃんと7時集合よ!』
「あっ、うん。わかってるよ」
『ならよし!』
小雪の楽しげな声が聞こえた。
「…あのさ…」
光司は聞いた。自分の父親に聞いたことと同じことを。
少し、恥ずかしそうに。
『10日間?難しいね』
同じ答え。
『でも…私は伝える。自分の気持ちを。特に…好きな人にね』
最後に小雪は恥ずかしそうに言った。
「…うん。ありがとう」
やはり小雪も、映画のタイトルは聞き出せなかった。
*
光司はベットに横たわって、悩んでいた。少しの嬉しさを交え。
何で皆僕に優しくしてくれるんだろう…
なんで嬉しいことを言ってくれるんだろう…
光司は眼をつむった。
このままでは良くない。だから…伝える。
もう迷わない。伝える…。
光司は決意した。全て…話すことを…
胸に秘めたこの…思いを…
『自分の思い』を胸に…
全てを決意する。
そして皆の反応は…
残りは後…4日間…
7『涙』(8月27日)
「それっ!」「あぁっ!ハメは無しだよ!」
今日もまた尾沢家の居間に、光司と光彦の楽しげな声が聞こえる。
光子も、それを嬉しげに見つめていた。
「なぁ、光司」
「ん?何?」
光彦が、真剣な顔(ゲームに向かっているから)で光司に聞く。
「光司は夏休み、何か楽しいことあったか?」
「…えっ?」
少し戸惑った。
「ほら、親としてこういうことは聞いておきたいだろ…っと!」
「そうよ、光彦さんにこの夏休みの思い出、教えてあげて」
光彦の後に、後ろから光子が付け加えた。
「……そうだなぁ…」
光司は悩む。本当ならば、悩む必要も無い。正直なところ、この夏休みは、最悪。
「とても…楽しかった」
嘘。
「何も心配することも無いし、楽しく過ごせたよ」
これも嘘。光司はちゅうちょした。全て告白することを。
今日全ての秘密≠伝えると。しかし、せめて夕方まで、と言う気持ちで、うまく言えなかった。
「…そうか」
ゆっくり光彦は頷く。
「……あのさ。父さん」
「ん?何だ?」
画面だけで見て、光司のことは耳だけで聞く光彦。
光司はうつむきながら、言葉を搾り出した。
「…夕方…公園行こうか…」
*
誰も居ない、水月公園。静けさの中、1つの音が聞こえる。
―パシッ パシッ パシッ パシッ
グローブからボールが離れ、また戻ってくる音が、順所よく聞こえる。
「行くぞ、光司っ」
「うん!」
光彦のグローブからボールが離れ、光司のグローブに入る。
「いやぁ〜、久しぶりだな〜、こんなことするの」
「…だね」
光司は短く言った。そして光司は本題を言葉に出す。
少し遠まわしに、しかし自分でも驚くほど冷静に口に出せた。
「ねぇ、父さん」
光司がボールを投げる。
「何だ?」
と、光彦がボールを受け止め、また投げる。まるでボールで会話しているかのように。
「もしだ…僕…僕がさ…死んでたら―どうする?」
「……??」
光彦は聞いている意味がよくわからなかった。あまりにも唐突すぎて。
「おもしろいことを聞くなぁ」
光彦は少し考えた後、笑顔で答えた。
「どうする?」
しかし光司の真剣な表情に、光彦の顔も曇る。
「…今、光司はここにいるだろ?…だから…僕なら光司のやりたいことをさせるな」
「………」
ここまで、ボールが何度も行ったり来たりしてきた。今ボールは、光司の場で止まっている。
「…座ろっか。疲れたでしょ?」
*
ベンチで休む二人。親子で寄り添い、日常の風景だった。と、そこに
「あら?疲れたのかしら」
水月公園の入り口から、光子がゆっくり歩いてくる。手には、大き目の水筒と、
紙コップが3つ。光子は2人のベンチの、一番はしに座った。
光彦は優しく、間を詰める。光司もそれを見て間を詰めた。
その後、光子は紙コップ全部に水筒のお茶を入れる。
「はい」
両手にコップを持って、二人に手渡した。2人は「ありがとう」と一言。
「…あのさ…話があるんだ」
「なぁに?」
かわいらしく、光子が答える。
「…あのさ…」
うつむいたまま、光司は喋り始めた。喋ったことは今までのこと。
今回は映画とは題していない。ただ自分の名前は出さなかった。
どうして生き返ったか。悪魔と闘ったこと。自分の使命。不思議な『力』
名前は出さずの説明は難しかったが、何とか説明を終える。
最初、光子と光彦は楽しそうに聞いていたが、どんどん話が深刻に、
それにつれ、光司の顔も悲しい表情になるので、真剣に聞いた。
説明が終わる。3人とも、カップのお茶を飲み干していた。
「………」「………」「………」
3人に、長い沈黙が流れた。親の方は驚愕だった。今まで光司の面倒を
見てきて、こんな話を聞いたことも、こんな表情をみたことも無かったからだ。
そして、最初に口を開いたのは、光彦だった。
「お、おもしろい話だね。映画の話かい?」
「現実だよ」
自分でも恐ろしいくらい、冷たい声で光司は返した。
「…それで、生き返った子の名前…わかる?」
光司は聞く。わかるはずは無く、無言が流れたので、光司が続ける。
「…その子の名前は…」
ゆっくり息を呑んだ。
「尾沢光司…僕だ…」
そしてゆっくり、言った。光彦も光子も、状況がつかめない。
わからない。どうして?どうしてこんなこと?嘘?冗談?
わからなかった。それでも、光彦は笑う。笑うしかなかった。しかし、引きつった笑顔だった。
「ハハ…おもしろいことを…言うようになったね…」
光彦がコップに手を伸ばす。お茶が入っていないことに気付いた。水筒に手を伸ばす。と、
「!」
水筒が浮かぶ。ふわりと、ゆっくり。光子も驚いた。いくら人生経験が長いからと言って、
こんなことは一度もない。
今度は、光彦の手から勝手に紙コップが離れ、浮いた。音を出し、水筒の蓋が開き、
自動的に水筒が、お茶を注ぐ。そして蓋はまたしまり、お茶の入った紙コップが、
光彦の手に戻り、水筒はベンチに置かれた。
「………!」
光子と光彦は、顔を見合わせてから、光司を見た。光司は指を、浮いている物に
あわせ、動かしているのが見えた。
「光…司?」
驚愕に、光彦の声が震えていた。
「これが僕…怖いなら逃げて良いよ…」
光司も、声が震えた。
「僕は死んでるんだ!!」
光司が立ち上がり、その場を去ろうとする。一瞬、2人はとめるか止めないか迷った。
迷った末、光彦が光司の手を掴む。
「離してよ!!」
光司が叫んだ。
「離さない!!」
光彦も立ち上がり叫ぶ。光子も立ち上がっていたが、声が出せずに、ただ見ていた。
「もう僕は死んでるんだ!この世にいない!構わないでよ!!」
「構う!!」
「どうして!」
「…光司が…僕の息子だから…」
「!」
光彦の手から離れようと力を入れていた体が、静まった。光彦もそれを確認し、手を離す。
「………」
光司はうつむいていた。そして光司が温もりに包まれる。光子だった。
光子が、光司を抱きしめていた。眼には涙。女性とは思えない、強い力だった。
「つらかったでしょ…痛かったでしょ…」
震えた声、大きな声ではない、叫び声のように聞こえる。
「誰も聞いてくれなくて…涙も流せなくて…つらかったでしょ…。もう大丈夫だから…」
「………」
光司のてが、小刻みに震えていた。光彦も言った。
「泣こう…光司。泣いて…良いんだよ…。僕らが受け止める。話も聞く。
死んだなんて思わない。今君は…ここにいる。だから…泣こう」
「!」
その言葉に、光司はさらなるぬくもりを感じる。そして…泣いた。
二日目に泣いた時よりも泣いた。涙した。関を切ったかのように涙が溢れた。
「うっ…ううっ…うう…」
涙をこらえられなかった。こらえる理由も無かった。光司の光子を抱く力も強くなる。
光子もそれを受け止めた。
「…光司」
「………」
光司は無言で、光彦を見た。手にはグローブがある。
「キャッチボール…するか」
「……うん!」
光司が涙を拭いて、答えた。拭いてもまた、溢れてきた。
それから2人は夜までキャッチボールをしていた。会話など要らない。
全て伝わった。光彦と光司の、涙。そして、帰ってくるボールに、気持ちが詰まっていた。
光子もそれを、涙を流し、微笑んで見ていた。
光司は家族に…思いを伝えることをできた。
伝えられた。
『涙』も流せた。
少し軽くなった。
しかし、もう3日しかない。
その間に、全てを伝えられるのか…
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2004/03/03(Wed)20:55:40 公開 / おぐら
■この作品の著作権はおぐらさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
ここまで書いたんですが、少し長い
話になりそうです。すいません。
まだまだ未熟者です。
どうか私の能力向上のため、きつくても
良いので指摘の方を宜しくおねがします。
誤字のなどがあった場合、報告してください。
それと質問ですが、もし物語が長すぎた場合、
二部などとして分けるのは規約違反でしょうか?お教えください。