- 『絵の無い絵本』 作者:二階堂アサマロ / 未分類 未分類
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全角8990.5文字
容量17981 bytes
原稿用紙約28.6枚
「絵本は、どこにでもあるんだよ。」
不気味なまでに髪を長く延ばし、その二つに割れた黒い滝の間から濁った双眸を浮かべた青白い顔を覗かせる。乱雑に物が置かれた室内で、唯一静寂を保てるのは機械の前だけだ。彼は呪詛を吐き続ける。
「探すのが難しいだけだ。」
その男はかたかたと、月に映えたキイボオドを叩く。光源は何万キロも離れたそれと画面の蛍光灯しかない。でも彼が近視になることはまず有り得ない。何故なら彼は基本的に彼を見ているのだ。
「あなたに絵本を探す意思があればよいよ、」
その言葉を手早く打ちながら、男はにやりとわらった。その髪の毛はやはり皮脂が纏わり付き、女のそれとは甚だ異なる。その髪と皮を、大きく開け放たれた窓はまんじりと見ていた。その窓の中、満たされている色はやはり濃紺の夜色で、そこには星さえ散らばっていても、彼には勝てなかった、彼は強大だった。彼は世界に二人しか持てない特権を行使していたのだ。凪ぎの夜空に、凍てついて光る彼の影。は彼を見た。彼は笑いもせじなきもせじ、刻印の窓の真ん中にいたのだ。
「そういえば我々を平行に照らせるのは太陽と月だけだったね。柏木君。」
画面の向こうの人の名を、初めて打ち出す彼。すこしつかれたのか伸びをして、目を閉じた。だがきあいを入れなければならない。
「柏木君?君がここに迷い込んだこと自体が過ちだよ。君はこのような事には関わりたくない性根だったね、だが来てしまった以上始まってしまったことには」
打ち返さないうちに彼女からの反論が来た。連続でレスする。
「返してくれ?いやだね、君の存在自体がもう僕にとって興味深い。君は普通の人なんだ。特別な事に首を好んで突っ込もうとする好奇心はないが、君には強い自尊心と意思が宿っている。そういうひとでないと、終始をともに観測できない。僕は沢山の人と共に此処にいたんだ。だが彼等は志半ばで倒れてしまった。彼等は強くなかったんだ。彼等は心に強く異端を自負していたが、彼等はあれに潰された。あれはもう動き始めてる。あれはもう(もう少しで始まる)ではない。もう始まっているんだ。だから必要なんだ、絵本を探す意思がなくとも、探してくれ。お願いだ。君は多分君の利益になることしかやらなそうだから、こちらも手を打とう。金か、望む男か。どちらかを」
そこまでを打ち掛けて、彼は一呼吸就いた。側にある麦茶をすすっている。その麦茶の小さい海の中にも、彼は忌ま忌ましく泳いでいる。
「とにかく菱崎と北村を。では君も夜がおそいだろう。あと、彼って水に浮かんだクリオネに見えないかい?なにか黄色いクリオネに。僕は、急いでいる。柏木君、頼むよ。」
彼は強くエンターキーを押すと、目頭に指を当てた、そして小さく呟いた。その
声は掠れて、不気味に低かった。
「頼む…柏木…」
機械の画面がブンッと暗くなり、光源は一つだけになる。
彼は、その彼を睨んだ。
「お前だ…ぜったいに…お前だ…。」
平行光源で。
彼を照らす、彼を、睨んだ。
貧乏な絵描きは
月に詩を聞いて
魚を引き裂いて
獣を砕いて喰い
人を殺し歩きて
まだ満たされぬ
豈絵のない絵本
「つまりさ、ようは私が誰かということさ。」
彼女は彼と同じ月を見ながら、合成シリコンの頬をついている。すなわちあの黒ロングコートで長身の女がこの戦地にいるのだ。かえって来たのだ。彼女は高層ビル八階屋上の崖っぷちに腰を降ろし、左手に銀の細長いパイプを持っていた。緑の目と短い黒髪を無風に靡かせて、呟く。 ゆらりと立ち上がる黒い機械。月の光を浴び、その瞳は刃のように半開き。ルージュも挽いていないのに真紅に染まっている唇を持つのは、彼女が強く強くそれを噛んでいるからだ。その名は市街洋上両用双火砲搭載兵器Phycos(ファイコス)。身長百七十八センチ、可能射程距離は右砲百二十米、左砲七百米、その際の精度四センチ、左カメラは網膜型人造眼球式、右カメラは赤外と紫外、音波照射も行い、それの跳ね返りで闇夜も敵としない。大陸の物よりかなり高性能で、海上自衛隊ご自慢の兵器だ。それはおもむろに銀パイプをくわえ、中に詰められたシャン・ハイを一思いにすった。途端にファイコスの顔はにやけ始める。テンションが上がったのか?彼女は荒廃した、死の神舞い降りる町田を見下ろした。そしてポケットの中からコードを取り出した。それにはリモコンのような物が付随している。MDの操作部分だった。彼女はイヤホンを耳に付け、文字板を月に照らし、ボタンを押した。
「A:River Dance」
ケルトの軽快な民族音楽が彼女の頭蓋を刺激した。そして彼女はシャンハイの甘い匂いを漂わせたまま、夜に聳える巨搭から飛び降りた。
戦闘開始である。
「柏木幕僚長殿!」
若い士官が彼女の名をよんだ。
「第七基地、敵軍により占領であります!」
彼女は振り向かなかった。男物の軍服を着込み、背まで延ばした緑の黒髪を持つ彼女の名は柏木緋聖。ヒジリと読むらしい。
「落ち着け。大陸の奴らなんかに精鋭の我が軍が負けるわけがない…いまファイコスを放した。後はあいつの思うままさ。」
柏木は強かった。
強いだけでなく、身分が高かった。母親に医学博士を、父親に陸軍将校を持った彼女は、言うまでもなく出世街道を(しかも持って生まれた脳細胞で二倍速)突き進んだ。彼女の周りにはいつしか権力の渦が出来、ついに幕僚長の地位にまで上り詰めた。手にできないものはとうとう無くなった。金銭、地位、安住…
だから彼女の目に映った、ニホンの壊れていく様は、まるで地獄絵図だった。ま、神奈川が堕ちた。簡単に堕ちたのだ。そしていま町田にいる。ニホンだって負けてはいられない。ファイコス始め幾多の人間兵器がいる限り、東京は絶対に堕ちやしないのだ。大陸なぞ塵に均しい、彼女は虚勢を張った。そして遠く遠くを見た。月しかいなかった。彼女は月の奥を見たかったのに、月しかなかったのだ。
遥か遠くで爆音が聞こえた。
猛虎の土地に龍が荒れ狂う日。
続いて、土地は崩れたもう。
ファイコスは肘に取り付けられた両砲弾頭をあたりの敵にまき散らしていた。漆黒の闇夜に放たれた精子のような閃光と共に、鈍い機械の壊れる音が聞こえる。この町田には既に人が少ない。戦っているのは主に自動兵器や、自律型兵器(俗称人間兵器)だ。その中でも自律型は、指揮する柏木の名をとり、「柏木型」と呼ばれる。既に死亡した献体を改造するという、恐ろしい方法だ。ファイは走り続ける、柏木型兵器は遊撃戦が主だ。その強化された体を張って、敵を見つけ次第撃破する。透き通った真っ黒な空に、北風の如く過ぎ去る真っ黒なファイコス。北風と違う点は、そのとおり道に凄惨な地獄絵図を描き遺すところだろうか。銀鼠色の大陸戦闘機が一機、ファイの後頭部に狙いを定めながら飛んでいた。パイロットはまだ若い。夜風で体を痛めながら、大きな黒い瞳でスコープを覗いていた。カーキの服に実用化のため小さくなった徽章を付け、そのうら若き少年は一心に黒い服をみつめている。彼には齢五つの可愛い妹がいるのだ。その妹に誇れる戦果を遺したい。彼は祈っていた。空は晴れ渡って、主役こそ月だが、脇にはかのオリオンがいる.リゲルとベテルがいる。一瞬ファイから目を離してしまった少年が、その二つの星を視野に入れた、瞬間だった。まるで流星のような炎の軌跡を細長く後引き、少年飛行兵の目の前に、悪魔の遣いが現れた。
「…ファイコス!…」
少年はここぞとばかりに主砲釦を押した。手が汗ばんで輪郭がはっきりしていない。その時目をつむっていたのが幸いだったのか。彼はただ轟音を聞いただけでこの世から去れたのだ。
「ッドゴオォォォォ………」
飛機搭載の主砲は、あっけなくファイの右砲に倒れた、地を揺るがす爆音とともに、さっきまで生気を保っていた少年を含んだ火花が、夜を焦がすかの如く飛び散った。彼女は黒コートについた火花を払うと、また走り始めた、彼女には生前から保ち続けた、つよい願望がある、それを叶えるための揺るぎない意思。邪悪な火器となって、つわものの思うままに利用される。だが後悔などはしていない。なぜなら彼女の願望はとてもシンプル、かつ直接的なのだ。
「ああ。やりてぇ。」
つぶやいて、再び弾頭を撒き散らす。
夜は、どんな時も月を宿している。たとえ月齢が足りなくて私たちには見えない日にも、どこか温かい夜のポケットで寝ている。今日は満月。逃げも隠れもしない月が、百獣の王の形相で君臨している。その光は夜の世界にすむもの全てを照らし、自らの配下に置くのだ。たとえファイだって、そして月は、自身では何よりも透き通った光を発するのに、その光を浴びた者に間違いなく煩悩を与える。ファイは亜音速で翔けながら、からだがまたうずき始めるのを感じた。ファイコス、生前名二階堂浅間。人呼んで、「デストロイオーガズム」性欲の破壊魔。
「幕僚長どの!!第七基地奪還であります!」
柏木は見た。
月がこちらに笑うのを
「柏木幕僚長!!」
仮設大本営で黄昏れて(?)いた柏木の肩をいきなり叩く者がいた。あのファイである。小さな焦げ後が随所にある。
「ファイコス。作戦は?」
敢えて冷静に聞き返す。あちらのペースに巻き込まれたくはなさそうだ。
「七割五分…なんちゃって」
頭をかくファイコス。
「冗談は止せ。クリアしたのか?」
ファイの手から銀パイプを取り上げ、冷静な女将校は詰問した。
「したって!ああ今日も美しいですな幕僚長♪」
柏木によるファイ。人造角膜が舐めるように柏木を見つめる。そして柏木の翠髪に触れた。
「よせ!私はお前みたいな好色女が大嫌いなんだと何度も言ってるだろう!去れ。」
手を払った。
「意地悪将校。」
いじける兵器。
「軟弱者が。…まあそれより修復と弾頭充填だな。今回も派手にやったな…」
柏木は眼鏡を外し、ファイの穴の開いたコートをよく見た。背丈は柏木のほうが少し低いくらいだから、肩辺りの焦げが目立つ。自律型兵器を発案したのは柏木ではない、だから一応の興味と憐憫の情を持っているのだ。
「…すまないな、」
「地獄に堕ちる定めでしたから、生きてるだけいいですよ。それに…」
「相手をする気はないぞ!」
またも冷たく言い放った柏木。今でこそ闇夜を翔ける国家権力だが、昔のファイは鬱病患者だったのだ。
「クラムプレッドは?」
謎の名詞を出し、唐突にファイが聞いた。
「今外だ。」
…五時半。町田。
「やあ。私は早番ですか。いまごろファイさんは帰ったかな♪」
ハンガリーの音楽と傭兵は、日本人の好みに合うらしい。音楽は日本人の古来の旋律と似通うところがあるから当然と言えるが、傭兵とはなんだろう。ではその一人を見てみよう。クラムプレッド・ピーコック、曲芸孔雀だ。朝焼けに染まろうとしている廃墟に、音楽家の様に…だがまがまがしい巨大火砲を担いで、彼は君臨していた。顔は日本人のそれと酷似していて、洒落たスーツに身を包み、紳士的な笑みを浮かべている。だが彼の口から発せられる言葉と犬歯は、刃の如く研ぎ澄まされて、あたりの自動兵器を薙ぎ倒すのに充分な気迫を作り出していた。彼は人と呼ぶには進化しすぎていたのだ。生物兵器。学名ヴァンパイア・サピエンス。ヨーロッパ原産の、歴史に名を残す恐怖の亜人種、
吸血鬼。
…飛びてつはものを蹴散らし、口から赤い糸を垂らして奇妙に笑いけり。西洋から輸入された吸血鬼なる妖怪は、人の二乗の力をもちて、その姿人と違わず。ただ牙を二本もつ… 西欧では徹底的に駆除を申し渡された種族が、日本に逃げ延びその怪力で戦に赴いた。それは日清日ロの時代まで続いたらしく、歴史からは抹消されているが現実に今もここにいる。ハンガリーの民が最初にそれを始め、クランペは七代目に当たる。殆ど血は日本の物だが、優性遺伝子であるヴァンパイアのそれは確固たる位置を彼の体内で占めているのだ。
彼は朝焼けの向こうを見た。月は居ない。だが敵はいた。
「増田さん?見えてますよ?」
瓦礫に視線をやる。
「増田さん?正々堂々行きましょうよ。バチカンの狗らしく。あ、いまは大陸の狗でしたっけ。日本人なのにねっ」
すると瓦礫から一人の男が這いりでてきた。聖職者の白い服に、黒檀で作ったのか真っ黒い十字架を下げている。後ろに縛った髪の毛はほのかに朱く色づき、それと対象的に白い細面。
「狗とは。また失敬な。従わない者のほうが地獄に落ちるのですよ」
蛇のように口の隙間から朱い舌を出し入れさせる増田。
「従うということは救いになるのですよ。地力で生きることが出来ない私たちに
とっては光栄なことです。」
「そうかな。」
クランペドは、右に担がれた火砲の照準を慎重に増田と合わせた。
「あなたは言いましたね。昔。」
増田も、ゆっくりと黒檀の十字架をクランペドに向けた。
「なにを。」
にこりとわらうクランペド
「基督は存在しなかったと」
「ああ。言いましたね。」
彼はあかねさす空を見た。
「私は彼を信じることが出来ないんですよ。だが私はこういう仕事についた。」
「へえ。でも明王ですか」
クランペドの火砲にスイッチが入った。
「そんな仏教的な言い方よしてください。あなたの言い方ならカトリなどは皆明王です。他教徒と怪物をかならずや排除し、私たちの頭の中に共通のパライソを作り上げようとしている。こないはずの約束の日を待ち続け、神という一つのイデアの基に団結し、社会を強固にしていった。何故か解りますか?私たち人間は弱いのです。あなたたちと違って。死ぬのが恐いから私たちは神を造ったのです。キリストは私たちの先駆者ですね。そう、存在しないのかも知れない。太古の同士たちがキリストという神の御子を創造することによって、何とか神と人とのパイプをつなげた。その結果かもしれないですね、あなたの母たちがある一人の皇帝の名を叫んで戦にいったように」
増田は黒檀の十字架に細長い紙を括り付けた。
「信念に因る救いが私を戦いに赴かせるのです。私は何の下僕に、狗になっても構わない。とりあえずこの世から、私たち以外の者を生かしてはおけないのです。」
十字架をクランペドに向ける増田。
「やはり…あなたはVaticanの狂人様一行や、Britainの殺し屋様とは少し違う生
き物なんですね。尊敬しますよ増田さん」
クランペドがちょこんと頭を下げた。
「よくそんな口を聞き方して殺されませんでしたね。増田さん。やっぱりあなたみたいに物分かりのよい餓鬼は逆に憎らしくて堪りませんよ。」
…バコォォォォォォゥォウォウゥッ
「あなたが何回きれいごとを叫ぼうと、七年前。半島の動乱の際ケイを惨殺したことには代わりないのですよ。何故私ではなくケイを殺したんですか。あの人は半島のために自らを兵器に仕立て上げ、大陸に戦いを挑んだわけですよ。なぜ…なぜ私ではなく…」
クランペドは火砲を放った後、自分の直ぐ後ろに逃げた増田に呟いた。
「それはあの娘が憎らしかったからではありません。やっぱりヴァンパイアは感情的に行き過ぎる。私は大陸の将校に言われた事をきっちり守っただけです。彼等はVaticanの吸血鬼退治専門の私に、奇襲を頼んだのですよ。クランペドではなく、リー.ケイを討てと。クランは金で動くから万一のときは寝返らせればいい。だがリーは動かない。だからリーを先に殺せば、あとは…現にあなたは寝返ったでしょう?じゃなきゃ今なんで半島は占領されてるんですか?」
「あなたが騙したからでしょう。寝返ればケイを返すと。実際は死んでいたのに。」
増田は溜息を着いた。そしてクランペドから離れ、最後にこういった。
「人はね、あんたたちと違って。頭がいいから死にやすいんですよ。物分かりの悪いヒトだ。」
…六時半 中央林間 大本営基地
「…朝日だ。」
柏木は廊下の窓を仰いだ。プレハブ作りの電磁結界装備仮大本営は、周りに配置されたコンクリート破片の砂漠とは全く違う世界を呈している。海上自衛隊有事事態特殊兵器責任官幕僚長級。それが柏木の長い肩書だ。ファイコス、クランペドなどの人間兵器や、強力な砲を扱う大仕事で、任命当時まだ十六だった柏木に勤まるかどの官僚にとっても不安だった。なにしろ局部地域紛争に於ける事実上の総指揮官なのだ。が、三年前の北海道動乱を皮切りに、彼女は少女とは思えない力を発揮している。今まで連戦連勝の彼女についた通称は「軍狂(マルス)」長く垂らした夜のような髪は彼女の威厳を高まらせ、縁に小さな刻印がある丸眼鏡は彼女の聡明さを示している。さすような眼はいつも敵を見据えているに違いない。限りなく漆黒に近い濃紺の軍服。
…バコッォゥォゥゥ
「ファイ。聞こえたか?二発目だ」
いつの間にか側に居たファイに聞く柏木。二人の顔は橙色の朝日に照らされていた。
「はい。やりましたねクランさん。」
まるで徹夜の勉強を終えたように疲れ切った顔をする二人。柏木は作戦と部下への司令で余り寝ていないし、ファイに至っては夜通しで大陸側の自動兵器蹴散らしに当たっていたのだ。
「あの人は強いからな。」
ほおづえを突く眼鏡の少女。
「亜人種ですもん。重い保土ヶ谷式火砲、あんな軽々持ち上げて『さあ♪いきますよ♪軽快にAllegroにね♪』て。兵器じゃなかったらあんな事出来る人いない。」
相打ちを打つベストの少女。コートの下はベストとワイシャツである。火花が熱かったらしく、汗がほんのり滲み出ている。
「そうだな。ああ。寒くないか?第参襲の作戦会議までにあったまらないとな。頭が冴えない。」
少し、柏木が笑った。ファイコスは少しビックリした。そして、ファイも少し笑った。そんな二人の顔が、朝日に照らされている。
「紅茶、入れてきますよ。何だっけ、葉っぱの種類がどーとかこーとか…」
「焙じ茶がいい。」
寒そうだった。
「んじゃ幡野君(小姓)に電話しちゃえ。奴日本のお茶だと間違えないんだよ。」
そう言って今度はファイが笑う。
そして彼女は気付いた。自分たちはつかれた笑みしかもう出来ない。
「いつまで続くんだろうな。いや。続けなければならないんだろな。」
朝はねむさを連れてやってくる。オレンジ色の空に、無理矢理夢から切り離された子供たちが恨めしい目線を投げ掛ける。七百近い自動兵器。それに指示を降すAI登載の移動式コンピューター。彼等を配置する自衛隊員。いまや日本の主力である自律型兵器ファイコス:マギー。たった一人の傭兵であるクランプレッド レ ピーカック。全てのうえに立ち。全ての責任を肩で担う。柏木幕僚長はやはり不安だった。言いようのない恐怖が少しずつ少しずつ増してくる。いや、戦況はこちら方に傾いているはずだ。ただ。月の奥が見えないだけだ。何故かそのことが彼女に不安を齎していた。まあささいな事で不安を覚えて当然なのだ。朝日を浴びて、つかれた笑顔を浮かべるあの二人は、どのような肩書や力をもってしても。つまるところはやはり少女なのだ。さよならもろくに言えない、やはり
かのじょらはせいしゅんのまっただなか。
一章。終
「さあ、いくぞ、」
第二章
つかれたのだろうか、さっきの柏木幕僚長はなにかおかしかった。いつもは突っ
ぱねられる自分の言葉が、するりと彼女の心に透る。ファイはその事に嬉しさを
覚え、くすくすと笑った。
一人の美しい女性のために、自らの長けたところで尽くすのが、昔から好きな女
だったのだ。
だが彼女はあの後すぐに「軍狂」に戻り、ファイは第参襲の予定を突き付けられ
た。まあ平たく言えば、23区死守のため、今回は北部地域の自動兵器を一掃す
るために…
「まあずっと北。」
口にだせば少しは楽しくなるかと思ったが、余り変わらなかった。もう出撃の時
間だ。主燃料の軽油は満タンである。
「あ。クランさん」
窓を見ると、火砲を担いでいる男性が瓦礫の山のてっぺんに居た。
「あら。また早いですね。」
「そりゃね。首都必守だもの。クランさんもこれからずっと北で、町田から外に
出てるあちらさん兵器とっちめるんでしょ?」
「うそお!やですよ。私さっきあの小汚いJapanesePriest倒したばっかりなんです
よ!もう血は見たくない!」
ファイは窓からばさっと出た。そしてクランに近づく。
「大陸の人間兵器?」
聞くファイに疲れ切って答えるクラン。
「んや。Vaticanの吸血鬼退治屋。あいつら私の敵国ならどこにでもつくんですよ
。」
「へええ。あぁあこれから対自動兵器戦闘だ…奴ら頭無い分やたらと攻撃してく
るからうっざい…。」
「訳の解らないことほざきながら弱い癖に果敢に飛び掛かってこられるほうが五
月蝿いですよ。相手が人間ならなおさら。」
「でももう当分人間は来ないでしょ。あちらさんの人海戦術も今は伝説だからね
。んじゃ行くか。クランさん。」
ファイコスは今出て来た基地に向かって人差し指を向け、なにか電波を送った。
すると白いエアバイク(空気圧で浮いて走る。二人乗り。)がスーッと近づいて来
る。二人はそれに乗り込み、北西に進路をとった。
「でも私の保土ヶ谷式いつ補給するんでしょう。あと大砲七発、連打十四発…」
「保土ヶ谷式?」
「保土ヶ谷式火砲。こいつの名前ですよ。」
とクランは白いカルサウム(新合金)の筒を指差した。
「変な名前。保土ヶ谷さん発案なのかい?」
それを聞いてクランは遠い目をした。
「…保土ヶ谷幕僚長知らないんですね。兵器には当時の幕僚長の名前が付けられ
るんですよ。あなたも柏木型でしょ?」
頷くファイコス。
「おうおう。ようするに先輩ってことね。」
二つの兵器が。既に個数で数えられるようになった売命奴が、白い白いバイクに
乗って、風を受けつつ廃墟を飛ぶ。彼等は心に麻酔を打っているのだろうか。幾
多の死体が彼等の背後に転がろうと、彼等には関連が無いのだ。
西暦2054年2月。第四次日華戦争。双方死傷者約47000人。その大部分が神奈川県
民である。
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2004/02/17(Tue)20:09:17 公開 / 二階堂アサマロ
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■作者からのメッセージ
こんにちは、携帯で小説を打っているふつつかものです。少し最初のシーンは象徴的にして見ました。少年少女の心のエゴを書き出して見たいです。