- 『クロスボール』 作者:小都翔人 / 未分類 未分類
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 東京味の素スタジアム。
 今日もいつもと同じように、キックオフの30分前に入場した。
 ホーム側Gブロック自由席。一番安い席だ。
 ゴールの真裏には、”青と赤”に全身を包んだサポーターたちが、大声を飛ばしている。
 私はその喧騒を避けて、いつもと同じゴール右斜め上、上段の席を目指す。
 やはり彼女は先に来ていた。
 
 「こんにちは!けっこう寒いね! 」
 そう声をかけて、彼女の隣に腰をおろした。
 「・・・・・・こんにちは。 」
 声に元気がなかった。嫌な予感がした・・・・・・。
 
 
 
 試合の前半が終わった。スコアは0−0の同点。
 「チャンスはあるんだけど、なかなか決まらないねぇ! 」
 ずっと黙りどおしだった彼女に、明るく声をかけた。
 「・・・・・・わたし、お見合いするかも。 」
 「え! 」
 「実家の両親から電話があって・・・・・・。帰ってきて結婚しろって・・・・・・。 」
 そう言って、彼女はため息をついた。
 
 
 
 彼女と知り合ったのは、半年ほど前だ。
 今日と同じ東京味の素スタジアム。その日の試合相手はたしか、鹿島アントラーズだったと思う。
 もともとサッカー好きだった私は、以前から暇をみては観戦に来ていた。
 
 ・・・・・・突然の離婚。
 
 週末が空白になったことで、さらに観戦に来る回数が増えたところだった。
 その日も同じように、試合開始の30分前に入場し、席を探した。
 彼女の隣に座ったのは偶然だった。はじめに座ろうと思っていた席を、子供たちの団体が占領していたのだ。
 軽く会釈して、席に座る。それからはピッチ上の選手に集中した。
 
 前半が終わり、ハーフタイムに入った。観客たちが一斉に、トイレや買い物のために離席する。
 彼女はいかにも寒そうに、コートの襟に顔をうずめて、両手をこすり合わせていた。
 私は売り子を呼び止めると、ホットコーヒーを二つ注文した。
 「よかったらどうぞ。 」
 湯気の立つ紙コップをひとつ、彼女に差し出していた。自分でも思いがけない行動だった。
 彼女は少し驚いた表情を見せたが、恥ずかしそうに紙コップを受け取った。
 「ありがとう・・・・・・。 」
 
 
 
 それから私と彼女は試合があるたびごとに、この味の素スタジアムで隣り合わせた。
 彼女の名前は、由美子といった。
 一緒にサッカー観戦をし、試合の話や世間話などをする。ただそれだけの関係・・・・・・。
 それでも私にとっては、幸せな時間だった。毎回、試合がある日を楽しみに待っていた。
 
 
 
 「・・・・・・由美子さんは、そのお見合いに乗り気なの? 」
 彼女は黙ったまま、小さく首を左右に振った。
 「・・・・・・なんか、自分でもよくわからないんだよねぇ。 」
 寂しそうに微笑んだ。
 「別に結婚したいとか結婚を急いでるわけじゃないんだけど、両親のことを思うとね・・・・・・。 ほら、わたしももう来年で30じゃない?
 親は田舎の人だし昔かたぎの人たちだから、考えが古いっていうか。私、一人っ子だからよけい心配なのかな・・・・・・。 」
 「ご両親のために、結婚するわけだ。 」
 私は、自分でも意地悪な言い方になってるな、と思った。
 「結婚とかじゃなくて!両親の近くに居てあげたほうが良いかなって! 」
 彼女はまっすぐに、私を見て言った。
 「由美子さんの正直な気持ちは?今まで東京で働いてたのは、何か目的があったんじゃないの?
 勝手な思い込みだけど。 」
 しばらく考え込んだあと、静かに語りだした。
 「わたし、インテリア・デザイナーになるのが夢だったの。東京で専門学校を出て、勉強しながら働いて・・・・・・。
 結局こんな年齢になっちゃったんだけどね。最近、もう無理かなって・・・・・・。 」
 「由美子さんが、あとで後悔しないほうを選んでほしいな・・・・・・。 」
 それきり二人、黙ってしまった。
 
 
 
 気が付くと、スコアは0−1。FC東京がリードされたまま、残り時間は5分を切っていた。
 私は思い切って、こう切り出した。
 「よし!このままFC東京が負けてしまったら、由美子さんは実家に戻ってお見合い! 残り時間で、FC東京が逆転勝ちしたら、
 もう少しこの東京で、夢に向かって頑張る! 」
 「そ、そんな勝手な。 」
 「だって、自分でもハッキリ決められないんでしょ?この際、この試合に賭けてみたら? 」
 「・・・・・・。 」
 
 その時、大きな歓声があがった。
 相手ゴール前、正面20メートルほどの位置で、FC東京がフリーキックのチャンスを得たのだ。
 「わかった!わたし、賭けてみる!! 」
 私と由美子は、祈るようにピッチ上を凝視した。
 
 キッカーは宮沢。フリーキックの名手だ。
 相手ゴールキーパーがしきりに声を飛ばす。ディフェンダーが間合いを詰める。緊張の一瞬。
 選手たちが、互いに相手をけん制し合うなか、宮沢が静かに助走を取る。
 由美子は手を合わせて、目をつむる。
 その時、宮沢の左足が大きく振り抜かれた!
 「あ!! 」
 ボールは大きな弧を描きディフェンダーの頭上を越えると、ゴールキーパーの手をかすめ、右のサイドネットに突き刺さった。
 「や!やったぁぁー!! 」
 歓喜の大合唱に包まれるスタジアム。私も由美子も立ち上がって、声をあげた。
 しかし、まだ同点。あと1点が欲しい!!時間は後半44分。あと少々のロスタイムを残すのみだ!!
 私も由美子のように、両手を合わせて祈っていた。
 
 FC東京が攻め込まれる。時間は刻々と過ぎていく。ロスタイムは3分、すでに1分を経過している。
 相手フォワードの打ったシュートが、ゴールポストに当たってはね返った。
 「キャーッ!! 」
 悲鳴に近い叫び声があがる。FC東京のディフェンダーが、必死で大きくクリアした。
 「よし!!チャンスだ!! 」
 そのクリアボールが、大きく右に展開したFC東京の右サイド・アタッカー、石川の足元におさまった。
 ピンチから一転、大チャンス到来!!相手のディフェンダーは戻りきれていない。
 「そのまま!!そのまま!! 」
 石川がスピードに乗ったドリブルで、相手陣内深い位置までえぐり込む。
 「ああっ! 」
 
 石川が、中央に大きくクロスボールをあげた。
 中央に走りこんだフォワード、戸田のジャンピング・ヘッド!!
 「!!!!! 」
 
 ボールはゴールネットに吸い込まれた・・・・・・。
 
 
 「うわぁぁぁ〜!!!やったぁぁ〜!!! 」
 大歓喜に包まれながら、試合は終了した。
 由美子は泣いていた。
 「そうだよ!!これなんだよ!!まだまだ諦めちゃだめなんだ!! 」
 私は叫んでいた。
 「ありがとう!!綾子さん!!本当に・・・・・・。 」
 
 由美子は私の胸で、人目もはばからずに泣きじゃくった。
 
 
 
 
 
 
 
 完
 
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2004/03/19(Fri)17:17:17 公開 / 小都翔人
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■作者からのメッセージ
 かなり以前に書いた作品ですが、愛着があったものなので加筆修正してみました。ご感想等いただけたら幸いです。