- 『この世で一番難しいこと<前編〜後編>』 作者:トミィ / 未分類 未分類
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 原稿用紙約21.5枚
 
 「というわけでここが・・・」
 ジャージを着た男が黒板に計算式を書き込んでいく。それにあわせて生徒たちもノートに書き始める。
 
 だが、一人だけ違うペースの生徒がいた。
 
 皆がノートに書き込んでいるときは止まっていて、皆が書いていないときにシャープペンがノートの上を踊る。教科書も裏返してあり、まったく読んでいないようだ。
 そんな彼女のノートには計算式も注意も書いていない。長い長い文章だった。
 
 『彼女は泣いていた。そんな様子をみて彼は・・・』
 
 彼女のノートには小説・・・のような言葉が長く書かれていた。
 「聖野、おい聖野」
 ジャージの男の声は彼女に向けられていた。だが彼女はまったく気付いていないようで、ノートに目を向けられている。
 「おいミツキ、呼ばれてんぞ。」
 ミツキと呼ばれた彼女のとなりに座っている男子生徒の声でやっと顔をあげる。彼女の黒髪がゆらぐ。
 「はい、なんですか。」
 「この問題を前でやってみろ」
 そういわれるとふぅとため息をつきながら立ち上がり黒板へと向かう。
 「難しいぞ、わかるか?」
 先生の皮肉を無視してちょうどあった新しい白いチョークを持ち、書き始めた。
 
 しばらく皆彼女を見ていた。白いチョークが音を出すと粉がいっしょに落ちてくる。ミツキはペースを落とさずに書き込んでいた。
 
 「これでいいですか、先生」
 そう言ったのと同時に白いチョークを置く。
 「・・・ああ、完璧だ。皆ここ大事だからメモっとけよ!」
 先生がそう言うとミツキは自分の席へと歩いていった。
 その間にざわめきがあった。感嘆の声と、尊敬のまなざし。そして嫉妬のような目。ミツキはまったく気にしていないようだ。
 ミツキがイスをひき座るとざわめきは消え、皆黒板へと目を移していた。ミツキもノートに目を向けている。
 「・・・ったく、こいつは・・・」
 そんなミツキの様子を見ながら言う隣の男子生徒・・・葛城透は言った。
 
 
 
 「ミツキ」
 透がノートに目を向けているミツキに話し掛ける。だが反応がない。意識はノートにいってしまっているようだ。
 「ミツキ!!!」
 耳もとで大きな声で叫ぶ。さすがにミツキも顔をあげる。
 「なによ、そんなでかい声だしたら授業に差し支えがあるじゃないの。」
 「もうとっくに授業終わってんだよ。」
 ミツキの周りは勝手に机をつなげて食事を楽しんでいた。
 「あらら・・・時間を忘れてたわ」
 まぬけな声を出すミツキに透はため息をついた。
 
 
 
 「なぁミツキ。」
 「なに?」
 返事をしながらエビフライを口に放り込む。
 「おまえさ、なんのために学校来てるんだ?」
 「ふぇ?なんのためって・・・なんのため?」
 「俺が聞いてんだよ・・・。お前さ、頭いいし、運動神経もいいほうだし・・お前影では『絶世の美女』なんて呼ばれてんだぞ?結局学校では変な小説書いてるし・・・学校なんかに来なくても生きていけるだろうが。」
 「変は余計だ。・・・う〜んなんでだろうねぇ・・・。」
 すこし考えながら箸を置く。
 「なんとなく」
 「は?」
 「なんとなく。学校は寄り道みたいなもんね」
 「・・・そんなこと初めて聞いた。」
 はじめて言ったもん、というと透はため息をついた。
 「じゃあもう一つ、聞いてもいいか?」
 「幼馴染に何回聞けばいいのよ。」
 あきれたように言い、タコウインナーを口に放り込む。
 
 
 
 「お前にとってこの世で一番難しいことって・・・なんだ?」
 
 
 
 
 
 「・・・この世で一番難しいこと?」
 「そうだよ。だからなんだ?」
 透は身構えるようにミツキに聞く。ミツキはひきだしからごそごそと何かを出そうとしている。
 「はい、これ。わたしがこの世で一番難しいと思っていること」
 「・・・これ?」
 透はそれを見つめてミツキに言った。それは・・・
 「お前の変な小説が書かれてるノート・・・。」
 「だから変はよけいだっつーの。わたしは小説を書くことが一番むずいと思う。」
 そう言うと弁当の残りを一気に掻きこむ。もう時間があまりないからだ。
 「・・・忘れたのか。」
 「ふぁい?」
 透の小さく言った言葉を聞き、まだおかずが口に入ったままの状態で聞く。
 「いや・・・なんでこれが一番難しいんだ?」
 勉強よりは簡単だろう、と言うと口の端にごはんつぶをつけたままのミツキは透の顔の前でゆびをふる。
 「チッチッチッ、ロマンがないわね。計算式はどんな人間も『合っている』『合っていない』しか言わせないでしょ?それとは違うのよ。」
 「ロマンは関係ないんじゃないか?」
 ミツキはそんな疑問を無視する。
 「小説は違うの。人それぞれ意見が違う。これはおもしろい、おもしろくない、まぁまぁ、ふつう、話の内容はおもしろいけど書き方がだめ。書き方はいいと思うけどどうしても好きになれない、などなど・・・。」
 口の端についていたごはんつぶをとり、食べる。
 「わたしはその意見のほとんどを『おもしろい』にしたい。そっちのほうが計算式の前でうなってるより有意義だと思うけどね。それに・・・」
 「それに?」
 「これはわたしにしか考えられないから・・・。」
 そう言うとミツキの顔がふっとほころぶ。透はその顔を見るとミツキの影のあだ名、『絶世の美女』がわからなくもない。
 「さて、なんでいきなりそんな事を聞いてきたか聞かせてもらおうじゃないの。」
 「なんでって、それは・・・」
 
 
 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
 
 
 透が話そうとしたらちょうどよくチャイムが鳴る。ここぞといわんばかりに透が立ち上がる。
 「お、もうこんな時間。俺ちょっと行くところあるから、じゃな!」
 そう言うとさっさと教室を出て行ってしまった。そんな透の背中をみてくびをかしげる。
 「なに逃げてんだろ。なんかやばいことだったかな?」
 
 
 
 「・・・なに逃げてんだろ、俺・・・。」
 ミツキの言うとおり、透は逃げ出したようだ。
 「こんな理由で聞いたって言ったら馬鹿にされるだろうな・・・。」
 そう言うと透は自然に過去を思い出していた・・・。
 
 
 
 
 
 「とーおーる〜!早くしなよぉ!」
 小さい時の透に手が切れてしまうというぐらい大きく手を振る透と同い年の女の子。そんな小さい時の透は息を切らしてそのこに向かっていた。
 「ま、まってよぉ〜!ミツキちゃん!」
 ・・・そういえば、自分はあいつのことをちゃんずけで呼んでいた事を思い出すと透は少し笑ってしまう。気持ち悪いったらありゃしない。
 「遅いよ、とおる。はやくしないとぶらんこ誰かにとられちゃうよ!」
 まだ息が正常がないのにまた走り出すミツキ。それを追う透。
 それがいつものこと。ミツキがいつも透をリードしていっつも遊んでいた。そんな幼いとき、透はそんなミツキがうらやましいと思っていた。
 
 幼いときからひらがなはほとんどかけていたし、透は幼いときから運動神経がよかったほうだが、それ以上に良かったミツキ。
 
 そんなミツキに苦手なことがあるのか、幼いときの透にはそんなことが芽生えていた。
 それをある時、聞いたのだった。
 
 「ミツキちゃん。ミツキちゃんって苦手なこと、ある?」
 隣でブランコに乗っているミツキに聞く。
 「にがてなこと?うん、あるよ!」
 「なに?なんなの?」
 興味津々で聞く透にミツキは笑顔で言う。
 
 「あたしが一番苦手なことはねぇ・・・」
 
 
 
 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
 
 
 
 またチャイムに邪魔される。スピーカーに向かって笑顔で見る。
 「・・・ったく、なんちゅうチャイムだ・・・。」
 そう思うとまた教室へと戻って行く自分は少しはずかしく思った。
 
 
 
 外は、厚い雲に覆われていた。
 
 
 
 「うわ〜、案の定雨・・・。」
 ミツキは空から降ってくる水のつぶをみて言った。
 
 
 昼頃から厚い雲に覆われていて雨が降る・・・それが朝の天気予報の情報。その通りに雨は降っていた。周りは灰色に見える。
 「あいつが傘もってればいっしょに帰ったけど、もう帰っちゃっただろうしねぇ」
 『あいつ』というのは透のことである。透とミツキの家は隣同士なのだ。時々だがいっしょに帰っている。
 「雨が弱くなるまでまつか・・・。」
 ふぅとため息をつき学校の中に戻ろうとする。
 「聖野」
 自分の名が呼ばれ学校へ入る足が止まる。名が呼ばれた方を見るとジャージを着た男が立っていた。
 「あぁ・・・先生か。」
 透以外のクラスメートの名前を知らないミツキだが、さすがに先生は名は知らないが顔は知っていた。
 「どうした?帰れないのか」
 「傘忘れちゃったんでね。濡れるのは嫌いなんで。」
 そう言いまた空を見上げる。先生とはあまり話す気は無いからだ。
 「・・・なぁ聖野」
 「なんですか?」
 先生の方を見ずに答える。
 
 「お前はなんのために学校に来ているんだ?」
 
 またか・・・と思いながら先生の方を向く。だが『寄り道』なんて軽い言い方はあまり言えない。
 「そりゃ・・・勉強するために。」
 「だけどお前はほとんどの教科は完璧だろう?しかも何か書いているし・・・。」
 ごもっともです、とミツキは笑いながら言うと先生はなぜか真剣な目つき・・いや、怒っているみたいだ。
 「気取ってるのか、お前。」
 「・・・は?」
 「お前は勉強が出来るという事を周りにしめしたいのか?」
 「なんで、そういう風になるんですか」
 あまり感情を表に出さないミツキだが、これにはさすがに怒りを感じる。
 「だから俺は」
 「わたしは気取ってません。わたしが言えるのは、それだけです。」
 雨なのに関わらず学校から飛び出すミツキ。先生はそんなミツキをぼうぜんと見ていることしかできなかった。
 
 
 
 
 
 雨が冷たくミツキに当たる。だけどミツキには関係ない。冷たいとも感じなくて体中が濡れていても関係なくて。
 
 自分は気取っている?そんなこと思ったことは無い。『寄り道』。そう、寄り道。だけど他人にとってはそんなこと関係ないのかもしれない。影では『絶世の美女』と呼ばれているらしいが、それは皮肉なのかもしれない。
 
 ・・・わたしは邪魔?ワタシハジャマ・・・?
 
 なぜだろうか、いつもそんなこと言われてもまったく動揺しないのに何を動揺しているんだ?
 こんなに怖くてこんなに悲しい気持ちはひさしぶり。あの時から・・・?あの時って・・・いつだ?
 
 
 パシャン!
 
 大きな水溜りを踏むと大きく水がはじく。気付くとそこは公園。雨のせいで人がまったくいない。
 「ひさしぶりだな・・・ここ。」
 小さい時によく遊んだ公園。あたしが好きだったのはブランコだったっけ。人気あったからいつも早くとらなきゃ遊べなかったな。ミツキは自然とまっすぐにブランコへと向かう。
 ブランコの下は水溜りになっている。そんなことを気にせずに座る。
 「強くなってきたな・・・雨。」
 空を見上げると雨は自分に向かって一直線でとんでくる。顔に当たる雨がうっとうしい。
 「あの時って・・・いつだったっけな。」
 自分のとなりのブランコを見ると、いっしゅん小さな男の子が見える。その子を見たとたん、すべてを思い出す。
 「そうか・・・こいつは」
 「なにがこいつだ?」
 頭上を見るとなぜか目の前が青くなる。青い傘が自分の上にあるようだ。
 「なにやってんだ、サダコみたいになってよ。」
 「・・・透?」
 ぱっと傘が消えると、そこには透が立っていた。
 「そんなにずぶぬれになってよ。お前濡れるの嫌いじゃなかったか?」
 「ちょっと・・・さ。いろいろあって。しかも、思い出したし。」
 「なにを?」
 「あんたが小さいときにわたしに『一生友達宣言』したこと。」
 そう言うと透が一気に真っ赤になる。
 「あんたが今日『この世で一番難しいこと』を聞いたのはその理由で?」
 「・・・まぁ、そんなもん。」
 透がそう言うとミツキが笑みを浮かべる。
 「あの時から心配事なんてな〜んにも無かったのに、ここまできてついにねぇ。」
 「・・・なにあったんだ?」
 ミツキは先生に言われた事をそのまんま言う。
 「馬鹿か、お前。」
 「あんたよりは馬鹿じゃない。」
 「そうじゃなくて・・・」
 じゃあなに、とミツキが言うと透が真顔で言う。
 「そんなことで傷付いてどうすんだよ。それじゃお前が授業中に小説を堂々と書いている意味ねえじゃんか。・・・それに」
 「それに?」
 「俺、お前の小説が・・・その・・・」
 「はっきり言え。」
 「良・・・良いと思うし。そんな馬鹿なことで暗くなんなよ」
 ある意味告白っぽいがミツキはまったく気付いていないようでそう、というだけだった。
 「しかし、あの時はびっくりしたなぁ。まさかあんなこというなんて」
 「・・・もう言うな。」
 透が暗い顔をしているので自分の頭の中で記憶を思い出す。あの時の・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 「あたしね、お友達ができるか心配なんだ・・・。」
 幼いミツキが暗い顔で透に言う。
 「透しか友達じゃないからさ、もしも透と離れたらひとりぼっちになるかなって思ったの・・・。」
 そんなミツキの顔は悲しそうだ。
 「だから、あたし・・・その・・・」
 「大丈夫だよ!」
 いきなり大声で叫んだ透にミツキはおどろく。
 「ミツキちゃんとクラス離れてもずっと友達だからさ!遊びたかったらいっしょに遊ぶもん!だから・・・だからその・・・」
 ミツキはすこしおどろいていたが、すぐに笑顔になる。
 「うん、そうだね。ずっといっしょ!」
 
 
 
 
 
 
 「いやぁ、ういういしかったねぇ。今とは大違い。」
 「そりゃそうだろうが」
 そう言いすこし苦笑いをする。
 「でもな、ミツキ」
 本当に真面目な顔でミツキをまっすぐ見る。
 「俺はあん時からずっと気持ち的に変わってない。変なこと言ってくる奴居たら言えよ。一人で全部詰め込むな。」
 「・・・そうするわ。そっちのほうがすっきりしそう。」
 すこし薄く笑うとまた視界が青くなる。
 「傘、持ってけ。」
 「家隣りだからいっしょに帰ればいいんじゃ・・・」
 「いいのいいの!じゃ、風邪ひくなよ。」
 傘をわたし、公園から走って出て行こうとする。
 「あっ、ちょっと!」
 「なんだよ」
 「あんたが『この世で一番難しいこと』って何!?あんたの聞いてないよ!」
 すこし透がかんがえていたようだが、笑顔でミツキに言う。
 「・・・逃げ!」
 「ってちょ・・・」
 追いかけようとしたが、もう透は消えるようにいなくなっていた。
 「なんだよ、あいつ・・・」
 傘をどかすと、もう雨雲はどこかへ去ってしまっていた。
 「さて、帰るか。・・・へックシュン!うぅ・・・」
 傘をとじ鼻をこすりながらミツキは公園を出た。だが公園に入る時より表情は今の空のように晴れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「『この世で一番難しいこと』・・・か。」
 タオルで髪を拭きながらつぶやく透。
 「俺が一番むずかしいことは・・・」
 窓の外を見るとちょうどミツキが傘をふりまわしながら歩いていた。
 「俺が難しいことは・・・あいつなのかもな。」
 その気持ちにミツキが気付くのはまだまだ先になりそうです。
 
 
 
 
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2004/02/12(Thu)21:05:09 公開 / トミィ
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■作者からのメッセージ
 やっと・・・終了・・・。最後がすこし適当かもしれない。と思っています。
 えっとご要望があり、自分の失態を反省しながら前編をつけさせてもらいました。いやいや、すいませんでした。すっごく長いと思いますが、読んでくださってありがとうございました。
 また懲りもなく次回作をねっております。たぶんまた前編〜後編のようなものになると思います。
 それでは、次の作品で・・・。