- 『Destiny 第一話〜第八話』 作者:流浪人 / 未分類 未分類
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全角18155文字
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原稿用紙約63.3枚
―時代背景―
時は戦乱の世。世界各国は戦争による植民地拡大を繰り広げていた。
そして1919年。史上最大規模の第一次世界大戦が終結した。
第一次世界大戦が残した傷跡は重く、犠牲者は数え切れないほどだった。
敗戦国は莫大な賠償金を迫られ、再び戦争を決意していく。
一方、日本も満州への侵略計画など、戦争への道を歩んで行く。
そして世界は禁断の第二次世界大戦へ突入して行くのだった……
第一話 『組織』
ギラっという音が聞こえてきそうなほど眩しい日差し。朝だ。
「やばっ、遅刻だ!」
職場である貸しビルの一室まで、自宅から走って3分。
近いほど遅刻しやすいというのは、どうやら本当のようだ。
ダッダッダ、いつもの階段を駆け上がり、いつものドアの前へ。
ガチャッ。「神田清十郎!遅れました!!」
部屋は静かだった。誰もいなく、清十郎の大声だけが響いた。
「あれー、おっかしいなぁ」
自分の机に行くと、置き手紙があった。
“今日は新人研修のため、自宅で待機せよ。 渋嶋幸平より”
「なんだよ、急いで損した」
深いため息をして、机の上に腰かけた。
「……ったく、渋嶋のオッサンも昨日言ってくれりゃいいのに」
小声でそうつぶやくと、窓のそばに歩み寄って行った。
「―――ついこないだまで戦争してたとは思えねえな……」
外を見ながらそうつぶやいて、清十郎は部屋を後にした。
同じ頃、新人研修が始まろうとしていた。
「よし、これで全員そろったな」
某所に集められた新人は、全部で三人。
「俺の名前は渋嶋幸平。一応この組織の総長だ、よろしく」
渋嶋の挨拶に反応したように、一人が口を開く。
「あの、そんなことよりこの組織の中身は何なんですか?」
それに補足するかのように、もう一人も口を開く。
「俺、チラシ見て給料良いから来ただけなんですよね」
「まぁそうあせるな。じゃあお望みどおり組織の説明を始める」
「組織の目的は世界平和。仲間の紹介は入ってからでいいだろう。他に質問は?」
「ずいぶん適当な説明ですね……」
さっきの男が不満そうな顔を浮かべている。少しの沈黙。
「組織の名前はなんですか?」
今まで口を開いていなかった一人が尋ねた。唯一の女だ。
「組織の名前はまだ言えない。何しろ、政府の目が厳しいもんでな」
「政府の目?」
「あぁ。政府は平和を望み戦争に反対する組織を厳しく弾圧しているんだ」
女は納得したようにうなずいている。
「で、他に質問は?」
「質問じゃないけど、俺らもうついていけないですわ、辞めます。」
「そうか。ご苦労さん。じゃあな」
渋嶋は惜しむ様子も無く、二人の男を見送った。
「こんな世の中だ。やる気の無い奴を取ったって意味が無いさ」
渋嶋はそうつぶやいた。
「で、君はどうする?」
「……私は、私は入ります。私も世界を平和にしたいんです!」
「そうか。君みたいなやる気がある子なら俺たちも歓迎だ」
女は安心したような表情を浮かべた。
「よし、じゃあ明日の朝9時にこの紙に書いてある住所まで来てくれ」
渋嶋はそう言って紙を渡すと、どこかに去って行った。
次の日。
「えーと、今日から入った新人を紹介する。ほら、自己紹介!」
渋嶋が女に自己紹介を促す。仲間の視線が集まる。
「……柏原優子です。今日からよろしくお願いします!」
パチパチパチ。仲間達から拍手が沸き起こる。
「よし、じゃあ仲間達を紹介する。お前ら、横に並んでくれ」
仲間達は、言われるままに横に一列にならんだ。
「こいつが本間次郎だ。主に外交を担当している」
「こいつは安藤輝男。組織の金を管理している」
「そしてこいつは山本鉄夫。頭のキレる奴だ」
「そして最後に……ん?清十郎はどうした?」
ガチャッ。勢い良く部屋に人が入ってきた。
「神田清十郎!!遅れましたっ!!」
渋嶋はブツブツ言いながら清十郎に歩み寄る。
「お前は何回遅刻すれば気が済むんだ!ったく」
「ヘヘッ、すいません。……ん、君だれ?」
「今日から仲間に加わった柏原優子さんだ」
「柏原優子です。よろしくお願いします!」
清十郎は頭を掻きながら、優子を見つめる。
「へぇ。悪いけど、俺は反対だな」
「なに?遅刻してきていきなりなんだ!!」
渋嶋の怒声が部屋中に響く。
「この仕事は女には酷だろ。そんな甘いモンじゃない」
その言葉にカチンときたか、優子は怒りながら反論した。
「女だからって甘く見ないでよ!!」
ハァッとため息をつきながら、清十郎はドアの方へ向かった。
「渋嶋のオッサン。遊びじゃねえんだよ」
バタンッ。部屋には沈黙だけが残った。
第二話 『背負ってるモノ』
「おい、優子ちゃん。気にするなって!」
優子は上着を着て、清十郎の後を追おうとしている。
「渋嶋さん。いや、総長。私の好きにさせてください!」
渋嶋は半ば諦めたような表情で、軽くうなずいた。
「総長ありがとう。あっ、それと皆にお願いがあるの」
「私のことさんとか付けないで。優子って呼んでください」
頭のキレる鉄夫以外、皆キョトンとした表情で見ている。
「わかったよ、優子。俺たちのことも呼び捨てで呼んでくれ」
優子は大きくうなずき、部屋を後にした。
「なぁ、なんでこんなこと今言う必要があったわけ?」
金庫役の輝男は、あまり頭が回らない男である。
鉄夫は、またお前か、というような表情を浮かべた。
「女だからって特別扱いされたくなかったんだろうよ」
輝男はまだあまり納得していない様子だった。
「―――確かに清十郎はそういうのを嫌う男だ」
清十郎を一番知っている渋嶋が、ぼそっとつぶやいた。
「ったく、朝から気分悪いぜ」
清十郎は、嫌なことがあるとよくこの橋に来る。
チャポンッ。投げられた石は飛び跳ねることなく沈んだ。
「神田清十郎〜〜〜!」
後方から大きな声と共に、優子が走って来た。
清十郎はため息をつき、あきれたような表情をしている。
「またお前かよ!」
「私の組織入りを納得させるまで、退かないから!」
「ガキみたいなヤツだな……」
清十郎は堅い表情を崩し、苦笑いした。
「俺らの仕事はな、ボランティアだけじゃねーんだよ」
「時にはテロリストまがいの事だってやるんだ。それが平和のためならな」
清十郎は橋に両手を掛けながら、遠くを見て語る。
「時には戦場に立つこともある。下手すりゃ死ぬかもしれない」
「俺たちはそれだけ障害の多いことをやろうとしているんだ!」
優子は覚悟していたかのように、強くうなずいた。
「私、小さい時に父親を戦争で亡くしたの……」
優子の目にキラリと光るものがあった。
「だからお父さんのためにも、戦争を止めなきゃならないの!!」
少しの沈黙があった。清十郎が口を開いた。
「そっか……お前も色々あったんだな」
端に掛けていた両手を離し、優子の目を見つめた。
「俺はそんな境遇じゃないから、偉そうな事は言えねーけど……」
「戦場じゃあそいつが背負ってるモンの重さじゃ勝敗は決まらねえ」
「――――それだけは覚えとけ」
事実上、優子の組織入りが正式に決まった瞬間だった。
「戻ろっか?」
優子が笑顔で言った。
ガチャッ。「神田清十郎と優子、ただいま戻りました!」
勢い良くドアを開け叫んだ二人は、何か違和感を感じた。
広間の明かりは消え、会議室に明かりが灯っている。
「なんだってんだ?」
コンコンッ。軽くノックをし、会議室に入った。
「おう、二人とも。遅かったじゃねえか」
渋嶋がいつもより暗い声で言った。
「悪い。で、何の会議?」
「でかい仕事が入ったんだ」
少しの沈黙が部屋を包む。
「でかい仕事?」
清十郎は恐る恐る尋ねた。
「―――明日の午後3時から行われる遠藤総理大臣の演説、どうやら戦争の正当性を国民に主張するらしいんだ」
清十郎はハッと気づいた。
「まさかそれをぶっ壊すっての?」
「……そのまさかだ。ただし、壊すのは俺たちじゃない」
「壊すのは同盟を結んでいるピースの連中だ。俺たちはその援護を担当する」
「ピースか……相変わらず派手なことやりやがるぜ」
優子はキョトンとした表情をしている。
「あ、そうか。ピースって何ってことだろ?」
鉄夫は入りたての優子を気にかけて言った。
「ピースってのは英語で、意味は平和。俺らみたいな組織の一つだ」
「了解しましたっ!」
その後、全員に作戦の詳細が説明され、会議が終了した。
「作戦決行は明日午後3時。明日の午後2時に全員ここ集合だ! いいな?」
渋嶋の呼びかけに全員が強くうなずき、解散した。
そしてついに、運命の日を迎えた。
第三話 『夢物語』
作戦当日の午後2時を迎えた。天気は快晴。
ガチャッ。「2時丁度!久々に間に合ったぜ!」
最後に到着したのは、いつものように清十郎だった。
「あれっ俺の時計5分遅れてる。結局遅刻じゃんか〜」
笑顔混じりでそう言っている清十郎とは逆に、部屋の雰囲気は重かった。
その雰囲気を悟った清十郎が、心配そうに尋ねる。
「ん、皆どした?」
渋嶋は窓から外を眺め、優子は初めてなので計画書を念入りに読んでいる。
その他の三人、つまり次郎と輝男と鉄夫は皆考え込んでいる。
この三人は半年ほど前に同時に組織に加入した。
なので、これほど規模が大きい作戦に参加するのは初めてだった。
「おいおいお前ら、元気出して行こうぜ。作戦を成功させるためにさ!」
清十郎は励まそうとしたが、今の三人には全く効果が無かった。
しかし、少し間をおいて次郎が重い口を開いた。
「なぁ、清十郎。こういうでかい作戦は、過去にあったのか?」
清十郎は少しも考える様子を見せずに答えた。
「あったよ、二年前に。あの時が一番でかい作戦だった」
奥で話を聞いていた渋嶋が、歩み寄ってきた。
「できればしまっておきたい思い出だ」
渋嶋は清十郎の目を見てそう言った。
清十郎は、「わかったよ」とつぶやき、深くは話さなかった。
渋嶋は安心したような表情を見せ、奥に戻って行った。
「で、あったけど、それがどうかした?」
清十郎は再び仕切り直し、次郎に尋ねた。
次郎は先程より重苦しい表情で、口を開いた。
「お前は……お前は良いよな……」
「えっ?」
次郎の表情はどんどん厳しくなっていく。
「俺たちは初めてなんだよ!! こんなでかい作戦は!!」
初めて見る次郎の取り乱した表情に、清十郎は驚きを隠せない。
「次郎、落ち着けよ。どうしたんだ?」
「はぁはぁ……恐いんだよ!! 捕まったらどうなるんだよ!! なぁ!!」
次郎の目は本気だった。
「そりゃ俺たちだって世界を平和にしたいよ!! だけど俺たちにも家族は居るんだよ!!」
輝男と鉄夫も、次郎の言葉に納得している様子だった。
次郎は少し落ち着きを取り戻して、静かに言った。
「自分の命も守れないで……家族の未来も守れないで……世界を平和になんかできるかよ……」
次郎の目には、じわりと涙がたまっていた。今にもこぼれ落ちそうだった。
「世界平和、か……最初っからそんなの夢物語だったんだよ……」
次郎はたまっていた想いを吐き出すと、がっくりとうなだれた。
一部始終を見ていた優子は、ふと清十郎を見た。
清十郎の体はゆっくりと、そして静かに震えていた。
「ふざけんじゃねえよっ!!!!」
部屋中に清十郎の叫び声が響く。
清十郎は次郎の胸ぐらを掴み、激しく怒りをあらわにした。
「守るモンが……家族が居るだけ幸せに思えっ!!」
優子は、その時はまだ自分に対して言ってくれているものだと思っていた。
「俺たちは、これから犠牲になるかもしれない大勢の命を背負ってんだよ!!」
清十郎は左手で胸ぐらを掴んだまま次郎の体を無理やり起こした。
そして右手の拳を堅く握り、次郎の顔に向けて拳を振りぬいた。
パシッ。打撃音とは違う音が響いた。
清十郎の拳は、渋嶋の手の中に収まっていた。
「もうやめとけ清十郎。作戦まで時間が無いんだ」
清十郎は肩で呼吸をしていたが、少しずつ呼吸を落ち着かせた。
「ほら、手離してやれ」
清十郎は次郎の胸ぐらから手を離した。次郎は膝で立ち、体を支えた。
「次郎。恐れる気持ちもわかるが、安心しろ」
渋嶋は静かにそう言い放った。次郎は堅い表情を崩そうとしない。
「何を根拠に言ってるんですか……」
次郎が小さく細い声でボソリと言った。
渋嶋は次郎だけでなく、全員に向けて語りかけた。
「この際、皆にも話しておこうと思う」
部屋中が軽い緊張に包まれる。
「この手のテロ作戦は、失敗した場合、全ての責任は総長にかかる」
優子は嫌な予感がした。恐る恐る渋嶋に尋ねた。
「責任って……?」
皆ある種の嫌な予感を抱いていた。そしてそれは現実のモノとなった。
「処刑だ。」
優子は、初めてこの仕事が死に直通しているという現実を悟った。
「なーに、俺の命で世界が平和になるなら安いモンだ」
次郎の呼吸が荒くなる。肩で呼吸をしている。
「はぁはぁ……なんでだよ!! なんであんたらそんな簡単に命を賭けれる!!」
渋嶋の表情が曇った。
「簡単にだと?」
渋嶋は必死に感情を抑えるかのように、呼吸を整えた。
「……俺とお前じゃ覚悟が違う。……お前さっき、夢物語とか言ってたよな」
バキッ! 乾いた打撃音が響く。次郎は吹き飛んだ。
「夢物語に命なんか賭けれるわけねえだろうが。ぁあ?」
渋嶋が珍しく感情をあらわにした。
次郎は体勢を立て直すと、部屋から逃げるように出て行った。
「お前らはいいのか?」
渋嶋が輝男と鉄夫を鋭く睨みつける。
「……俺らも賭けてみます。命を賭けて、世界を平和にします」
渋嶋はフッと笑い、再び全員に向かって言った。
「2時30分だ。そろそろいくぞ」
会場付近についたのは2時50分。皆、深呼吸をする。
「ピースの連中はもう中にもぐり込んでるはずだ。俺たちも行くぞ」
そう言った矢先だった。激しい爆音が会場の方から聞こえた。
仲間たちに緊張が走る。予想外の出来事だった。
「ったく何が起きたんだ……とにかく急ごう!」
こうして、史上まれに見る大規模な作戦が開始した。
第四話 『人の優しさ』
爆音から数分後。清十郎たちは駆け足で会場へ入った。
見張りは全て爆音の方に向かっており、楽に侵入できた。
「どうやら爆音は見張りをおびき寄せるためのようだな……」
渋嶋は少し安心したような表情をみせた。
「逆に、こうでもしなきゃ侵入できなかっただけだったりして」
鉄夫が冷静に現状を分析する。
「例えばってこと。僕らは今それぐらい危ない場所に来てるんだ」
改めて気を引き締める。少しの油断も許されない。
「なんだか最後の作戦みたいだな……」
輝男が不安げに言う。
「縁起でも無いこと言うんじゃねえよ」
現実に起こり得る事態なだけに、清十郎はすぐに否定した。
優子も、何か恐ろしい事が起きるような気がしていた。
「……皆で生きて帰りましょう!」
優子はその嫌な考えを払拭するかのように、皆を励ました。
「当然!」
清十郎は飛びっきりの笑顔で答えた。
「さ、時間が無い。行くぞ」
渋嶋が仕切り直した。時刻は3時ちょうど。
ついに、演説が行われる広間の前までやってきた。
「作戦図通りだと、爆音は恐らく広間には聞こえていないはずだ。行くぞ!」
ガチャッ。怪しまれないように、何気なく入った。
中は暗闇に包まれていた。奥では演説の準備をしている。
「遅かったじゃねえか、渋嶋」
身長が高く、体格もガッシリしている。年齢は40前後だろうか。
「悪ぃな、藤尾」
藤尾率いるピースは、会場の中心からやや右にそれた所にいた。
「ん……女か?」
藤尾が優子を見て、少し驚いたような声を出した。
優子が反論する前に、清十郎が口を開いた。
「女だからなんですか?そういうの、やめましょーよ」
藤尾が清十郎の目をジッと睨む。
「ふっ、清十郎か。相変わらずだな。……ん、始まるようだ」
幕が開き、光が一人の男を照らす。
カチャッ。すかさずピースの一人が銃を身構える。
「まぁ待て、もう少し様子見だ。暗闇だからな、いつでも殺れる」
藤尾の制止により、何事も無く遠藤総理の演説が始まった。
パチパチパチ。大勢の観客から拍手が注がれる。
「総理大臣の遠藤です。まずは諸君に、お疲れ様と言いたい」
早速、チッという声が渋嶋から飛んだ。
「どこまで偽善者ヅラしてんだよ、ったく」
遠藤総理は国民を大事にし、歴代総理の中では支持率が高い。
総理の演説も進み、いよいよ本題に入ろうとしていた。
「……ところで、そろそろ本題に入りたいと思う」
組員全員に緊張が走る。いつ銃弾が飛んでもおかしくはない。
「我が国は今アメリカと戦争になりかけている。勝つためには国民の力が必要だ!」
オォーという歓声が観客席から上がる。
「我々に負けは許されない!! 屈するわけにはいかない!!」
皆が怒りをこらえる中、鉄夫がボソリとつぶやいた。
「くだらないプライドのせいで……何人の人が死ぬと思ってるんだ……」
鉄夫の震えた声にも、怒りが込められていた。
その瞬間。藤尾がついに動き出した。
「皆、持ち場についてくれ。作戦開始だ!!」
総理はまだ長々と演説を続けている。その間に、組員の配置が完了した。
藤尾が自分の部下に指で合図を送る。
ドンッ!! 激しい銃声が会場内に響く。
「やったか!?」
藤尾は確認を急ぐ。
銃弾はわずかに右にそれ、遠藤の頬をかすめていた。
「くそったれっ!!」
ドンドンドンッ!! 激しい銃声が連続して鳴り響く。
観客は皆叫びながら必死に避難している。
「好都合だ。これでやりやすくなったぜ」
しかし藤尾の顔に安心感は無かった。
出入り口から銃声を聞いた警備員が次々と押し寄せる。
「ここから先は通さねえ!!」
清十郎たちは必死に警備員達を食い止める。
「藤尾っ!! まだか!!?」
予想を遥かに凌ぐ警備員の数。
さらに予想以上にピースが手間取っていた。
「くそっ!! 抑え切れねえ!!」
もはや抑えるのは限界だった。
「よしっ遠藤は殺った!! けど弾がねぇ!! 急いで脱出だ!!」
藤尾の叫びと同時に、全員が出口へと走り出す。
しかし、警備員の間をなかなか抜けて行くことができない。
「奥に非常口がある!! そこから出るぞ!!」
藤尾を先頭に、再び全員が走り出す。
非常口からは光が漏れている。
「もうすぐだ!! 皆、気を抜くんじゃねえぞ!!」
皆がわずかな安心感を感じたその瞬間。
ドンッドドドンッ!!激しい銃声が会場内に響いた。
「残念だったな、テロリスト共。」
非常口から銃弾を放った男が、静かに言い放った。
ゆっくりと床に倒れた藤尾は、もう息をしていなかった。
「総長……? 総長っ!!!!」
ピースの組員達が藤尾の元に駆け寄る。
「どうせいつもの冗談でしょ?! ははっ……冗談過ぎますよ……」
渋嶋たちは、黙って見ていることしかできなかった。
彼らにかける言葉は何も見当たらなかった。
突如、清十郎が撃った男の元へ駆け寄った。
「清十郎!! 馬鹿な真似はよせっ!!」
渋嶋の言葉にも全く耳を貸さなかった。
非常口には、撃った男とその秘書らしき男がいた。
「二年振りだな、清十郎」
撃った男が静かに口を開いた。
優子は二人が知り合いだと知って、驚きを隠せなかった。
「てめえは二年振りに会ったヤツをいきなり殺すのか!!!」
清十郎は我を忘れて叫んだ。しかし男は顔色一つ変えなかった。
「悪いな。今日はお喋りをしている暇は無い」
そう言うと男は渋嶋の方に歩み寄った。
男は二年振りに渋嶋と対峙した。
「渋嶋。用件はわかってるな?」
渋嶋は文句も言わず、ただうなずいた。
そして、黙って男に付いて行った。
「待てよ斎川!!」
「往生際が悪いぞ、清十郎。覚悟はできてる」
渋嶋はそう強く言い放った。
その場に居た全員が、渋嶋がどうなるのかわかっていた。
作戦前に話していた最悪の事態になるということを。
「明日の午後二時。大里平原で公開処刑を行う」
そう言って、男たちは去って行った。
渋嶋公開処刑の情報は、その日のうちに多くの組織に広まった。
「ねぇ、あの人誰なの?」
皆が帰った後、会議室で優子が尋ねた。
「―――全ては二年前に起きたんだ。」
清十郎が、今まで決して語ることの無かった過去を語り始める。
「二年前のあの日、俺たちは再び戦争を始めようとした政府を襲撃した」
清十郎は歯をグッと食いしばり、話を続ける。
「当時の俺たちの組織『エボリューション』が中心となり、多くの組織が連合して政府打倒を目指した。しかし、政府は当時の軍事力を最大限に発揮し、俺たちは壊滅状態になった。結局、俺たちは戦争を止めることができなかったんだ」
清十郎の顔には、悔しさがこみ上げていた。
「その作戦で生き残ったのは、俺と渋嶋と藤尾、そしてさっきの斎川だ」
初めて明かされた、清十郎と彼らのつながり。
「それ以来、俺たちは別々の道を歩んだ。そして今に至る」
過去を語っている間、清十郎はずっと悲しそうな表情をしていた。
「あいつは二年振りの仲間をためらいもなく殺したんだよ……」
優子はそのとき初めて、清十郎の涙を見た。
清十郎はきっと、多くの仲間をその時失ったのだろう。
優子は少し考え込んだ後、笑顔で言った。
「あなたは私を励ましてくれたじゃない。だから、そんな顔しないでよ!」
今まで誰かに励まされた事や、優しくされた事は一度も無かった。
清十郎は初めて、他人の優しさの温かさを知った。
「明日……総長を助けに行こう?」
清十郎は涙を腕でぬぐい、笑顔でうなずいた。
その日、皆それぞれの思惑を胸に、眠れない夜を過ごした。
第五話 『デスティニー』
眩しい日差しが部屋に差し込む。朝だ。
続々と会議室に組員が集まってくる。
「おっす」
一番最後に来たのは、いつものように清十郎だった。
いつもより暗い声。顔にも笑みは無かった。
「おはよっ」
優子はしばらく前から来ていた様子だった。
暗い雰囲気を少しでも盛り上げようと、笑顔で応えた。
「ふぅ……」
清十郎はため息をつき、椅子に座った。
そして少し考え込んだ様子を見せた後、再び立ち上がった。
「これ返しておかなきゃなぁ」
そう言って渋嶋の机の方に歩み寄った。
「それ何?」
すかさず優子が尋ねる。
清十郎は本のような物を渋嶋の机の上に置いた。
「渋嶋が書いてた日記。昨日、ここで見つけたんだ」
優子は清十郎が『渋嶋』と呼ぶのを聞いた。
ただそれだけの事なのに、とても悲しい気分になった。
まるで、渋嶋が遠い存在になったかのように。
「私も見ーようっと」
そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように、優子は明るく振る舞う。
日記を手にとり、ページを開く。
しかし日記に書かれていたことは衝撃的だった。
「これって……こんなことって……」
優子は呆然と立ち尽くしたまま、言葉を無くした。
午後1時50分。清十郎たちは大里平原に到着した。
周りを見回すと、たくさんの組織が既に来ていた。
その光景に、優子は驚きを隠せなかった。
「総長がこんなに有名だったなんて……」
平原の中央部を取り囲んで、皆静かにその時を待っている。
「この世界で渋嶋を知らないヤツはいねーさ。それほど有名だ」
優子はその理由を聞こうとしたが、思いとどまった。
おそらく二年前の作戦で指揮をとったのが渋嶋なのだ、そう勝手に納得した。
「そろそろ2時だ。僕たちも行こう」
鉄夫の声に促され、清十郎たちは平原の中央部に向かう。
近づくにつれ皆の緊張が高まる。
「いよいよだ……」
ついに午後2時を迎えた。4台の車が中央部に着いた。
3台の車からは軍人と渋嶋、そしてもう1台からは政府が出てきた。
軍人たちが渋嶋を連れている。後ろには斎川もいる。
渋嶋の顔色は悪かった。緊張が全員を包む。
軍人たちは渋嶋を中央に立たせ、1列に並んだ。
そして、渋嶋に向かって一斉に銃を構えた。
「いいか、観客ども。少しでも変な真似したらこいつの命は無いぞ!」
斎川の声が平原の空に響く。
「もう少し様子を見て、突入しよう」
清十郎が小さな声で組員に伝える。
そう言った清十郎の体は小刻みに震え、必死に怒りを抑えていた。
少しの沈黙が全員を包んだ。
「長い……長い戦いだった」
全員にざわめきが起こる。突然の渋嶋の声。
「斎川大臣。このような身勝手をお許しになさるのですか?」
斎川の側近がボソリと言う。斎川は軽くうなずき、言った。
「男の死に際ぐらい、好きにさせてやれ」
渋嶋は大きく深呼吸し、語り続ける。
「この仕事を始めてから、ずっと休む間も無く戦ってきた……」
渋嶋の低い声が全員の心に響く。
清十郎と優子は、渋嶋の声と日記を重ね合わせていた。
“1937年7月15日。俺は今日の事を絶対に忘れない。この事を俺に永久に刻み込むために、そして未来のために、今日から日記を付ける事にする。”
「思えば2年前。あの日まで楽しくやってたのにな」
“1937年7月25日。見つかった仲間の遺体を埋葬した。安らかに眠って欲しい。”
「前日まで笑ってたヤツらが、目の前で死んでいく。おかしな話だよ、全く」
“1937年8月01日。生き残った俺たち4人の中で意見の差が生まれた。死んでいったヤツらのためにもう一度戦うと決めた俺、藤尾、清十郎。そして、外国さえいなければ犠牲者は生まれないと考え、政府に入る事を決意した斎川。意見は違えど、平和にしたいという考えは同じだ。”
「なんだかなぁ……俺はその日から笑い方を忘れてしまったのかな……」
“1937年8月10日。清十郎と組織を結成した。アイツらも元気にしてると良いな。”
渋嶋の目に浮かぶかすかな涙。こぼれるまえに、手でぬぐった。
平原の空には、渋嶋の声だけが響く。
“1939年9月10日。今日は新人の優子が入った。理由をつけて組織の名前は言わなかった。きっと名前が無いなんて知ったら驚くだろうな。”
「なぁ藤尾!! 覚えてるだろ2年前の事を!」
観客にざわめきが起こる。渋嶋は一人の軍人を見ている。
“1939年9月11日。今日はでかい作戦が入った。久しぶりに藤尾に会える。けど、極めて危険な作戦だ。もしかしたら死ぬかもしれない。覚悟を決めよう。”
「わかってたよ、ずっと。お前らピースと政府で、俺をだましたんだろ?」
渋嶋の視線の先にいる軍人は、何も言わず覆面を取った。
それは紛れも無く藤尾だった。組員に衝撃が走る。
藤尾の額には冷や汗が浮かんでいた。
「違うんだ渋嶋!! 妻が……協力しなきゃ妻が殺されるんだよ!!」
斎川がギッと藤尾をにらむ。
「わかってる、藤尾。お前にとってそれが最善の策だった。恨んでなんかいない」
藤尾の顔には悔しさ、ふがいなさがつまっていた。
「世間的には総理を殺したのは俺ってことになってるだろう。それでいい。お前は平和に生きてくれ」
そう言った渋嶋の顔は、笑っていた。あの日以来、初めての笑顔だった。
「―――最後に頼みがある。俺を……殺してくれ」
藤尾は気が狂ったように叫ぶ。
「馬鹿な!! 正気か!?」
清十郎たちも、もはや突入する寸前だった。
「それがお前の役割だろ?」
渋嶋は静かに言い放った。
斎川はそれを促すかのように藤尾をにらむ。
「はぁはぁ……できない!! 俺には仲間を殺すことなんかできやしない!!」
頭を抱え苦しむ藤尾。そして、渋嶋の元に斎川が歩み寄る。
「渋嶋。俺じゃあ不満か?」
斎川の表情は全く変わらない。冷酷な目で言い放つ。
「ならばお前に頼むよ。その前に……おい清十郎、ちょっときてくれ」
清十郎は駆け足で渋嶋の元に行った。
「これ……昨晩書いた最後の日記だ」
渋嶋は、清十郎の手の中に紙を包ませ、ギュッと握らせた。
「清十郎……これからはお前たちの時代だ」
清十郎は悟った。これこそが渋嶋が決めた覚悟だ、と。
そして、これを止めることは絶対に出来ない、と。
「総長!! 馬鹿な真似はやめて!!」
優子が駆け寄る。しかし、清十郎が必死に制した。
「そこを通して!!!」
優子の悲痛な叫びに、清十郎は聞く耳を持たなかった。
「これが渋嶋の覚悟だ!!!」
清十郎はそう叫ぶと、目を見開いて渋嶋を見つめた。
「渋嶋……政府として、俺はやらなきゃならない」
渋嶋にしか聞こえない程度の小さい声で、斎川がつぶやく。
「わかってる……あの日から、いつかこうなる事はわかってた」
二人だけの本音。最後の会話。
「うわあああああ!!!!」
藤尾は悲しみに包まれ、渋嶋を見る事ができない。
「藤尾!! 目をそらすな!! これがあの日からの過去との決着だ!!!」
渋嶋が叫ぶ。そして、斎川が銃を渋嶋の顔に向ける。
「見逃したら、一生後悔するぞ……」
清十郎の声に促され、藤尾は渋嶋を見る。
「さらばだ……渋嶋……」
ドンッ!!!激しい銃声が平原の空に響く。
ドサッという音を立てて、渋嶋が平原に倒れこむ。
その瞬間。怒りを抑えきれなくなった他の組織が乱入した。
「打倒政府だ!!!!!」
多くの組織が入り乱れる。軍人たちと激しい戦闘が始まる。
「くそがっ!!!! 俺は戦友を殺されて黙ってられやしない!!」
藤尾もついにピースを率いて乱入した。銃撃音、打撃音が辺りに響く。
「清十郎!! 私達はどうするの!?」
新たな総長となった清十郎に、組員は判断をゆだねる。
「ねぇ! ……清十郎?」
自分で決意して受け入れたはずの渋嶋の覚悟。
心ではわかっていても、体は理解することはできなかった。
「……泣いてるの?」
清十郎の頬を伝う、大粒の涙。
「くっそおおお!!!!!!!!!!」
いなくなって初めてわかる、渋嶋の重さ。
どれだけ悔やんでも、命は戻ってはこない。
そんな清十郎を尻目に、中央部では激しい戦闘が行われている。
「斎川大臣。どうなさるおつもりで?」
斎川は戦況を見つめ、冷静に言い放った。
「一旦退こう。これから始まるんだ……長い戦いがな……」
“1939年9月12日。藤尾も、斎川も、自分の道を真っ当してる。俺は明日で死ぬけれど、我が組員に未来を託す。もし俺が死ぬ運命だったとしたら、俺は運命を変えられなかった。お前たちは運命を変えてくれ。最後に、組織の名前がようやく決まったよ。『デスティニー(運命)』だ。頼んだぞ、清十郎。”
第一部『仲間』完。
〜〜〜第二部〜〜〜
第六話『内部分裂』
あの壮絶な処刑から三日後。デスティニーは本部に集まった。
「おーっす」
いつものように最後に響く清十郎の声。
「ったく、総長になったんだから少しはしっかりしてくれよ」
輝男が笑みを浮かべながら言う。
三日前の出来事など、もはや思い起こさせない皆の笑顔。
清十郎は、よし、と軽くうなずき全員に語りかける。
「皆それぞれのやり方で覚悟決めてきたみたいで、ホッとしたよ」
清十郎もグッと胸を押さえ、感情をしまい込んだ。
「総長! 各組織と政府の抗争はどうなってるんですか?」
優子が明るい声で言う。
「総長か。良い響きだぜ」
清十郎は笑顔でそう言った。
「笑ってる場合じゃないっつーの」
そう言った鉄夫の顔には、笑顔は無かった。
さらに追いうちをかけるように、鉄夫は言う。
「何笑ってんだよ、なぁ。笑い事じゃねーだろ!!」
いつも冷静で知的な鉄夫の怒声に、皆驚きを隠せなかった。
「どうした、鉄夫。今俺らが焦ったって何も変わらないだろ」
本部に置いてあるラジオからは、常に抗争の被害が伝えられている。
「今お前らがヘラヘラ笑ってる間にも、何人もの人が死んでんだよ!」
清十郎は反論せずに、冷静に返答した。
「悪かった、鉄夫。俺たちに何が出来るか、皆で話し合おう」
鉄夫はハァハァと呼吸を荒くしたまま、顔を手でふさいだ。
「じゃあ意見ある人、言ってくれ」
清十郎が皆に意見を促したものの、誰も意見を出さなかった。
少しの沈黙の後、優子が口を開いた。
「……あのさ、戦わないで解決するって無理かな?」
考えてもみなかった優子の意見に、全員がとまどう。
「私、色々考えたんだ。やっぱり、戦いが戦いを生むと思う」
清十郎は少し考えたあと言った。
「じゃあその具体例は?」
優子は何も言えず、考え込む。
「戦わないで解決、か……」
デスティニーのやるべき事。それの一つの方向性だった。
長い沈黙の後、鉄夫が激しい口調で切り出した。
「……戦わないで解決? 何さっきから甘い事ばっか言ってんだよ!!」
輝男が鉄夫をなだめようとしたが、全く効果は無かった。
「渋嶋総長ならそんなこと言わなかったね!! 冷静で! 常に最善の手を考えてくれた! 戦わないで解決なんてできるわけない!! 現に意見が出てないじゃないか!! こっちは一人死んでんだぞ!!」
まだ気持ちの整理がついていないのか、鉄夫は激しく興奮していた。
「落ち着けよ鉄夫。渋嶋はもういないんだ。過去にとらわれるな!! もう渋嶋のことは忘れろ!」
鉄夫をなだめようとして言った清十郎の言葉は、さらなる対立を生んだ。
「過去にとらわれて何がいけないの!? あなたがそんな冷たい人間だなんて思わなかったわ!!」
優子が激しい口調で言った。
予想外の優子からの怒声に、清十郎はつい感情的になった。
「過去にとらわれて前に進めない、俺はそんな人間を何度も見てきたんだ!!」
もうすでに清十郎から冷静さは消えていた。
それに不満を感じ、鉄夫がさらに怒りをぶつける。
「お前はすぐそうやって反論し、怒声で人を押さえ込む!! お前は熱すぎるんだよ! 俺はお前が総長だなんて認めない!!」
鉄夫はそう叫び、部屋を出て行った。
清十郎は少し考え込んだ後、優子にたずねた。
「優子、お前はどう思う……?」
優子はすでに冷静さを取り戻していた。
優子は少し考え込み、悲しそうな目で言った。
「私は……死んでしまった人がもういないだとか、そんな風に考えたくない……」
そう言って優子も部屋を出て行った。
残った輝男が、静かに口を開く。
「俺、頭悪いから偉そうなことは言えないけど……」
頭を掻きながら、清十郎の目を見て言う。
「清十郎は、運命の意味を間違えてると思う。清十郎は、渋嶋の死を『運命だから』と言って必死に押さえ込んでる。死の恐怖を忘れようとしてる。それはただの逃げだと思う」
輝男はそう言って、部屋の出口へ歩み寄り、最後に一言言った。
「……運命って、受け入れなければならないモノなのかな?」
バタンッ。ドアが閉まり、部屋には清十郎だけが残った。
清十郎は輝男の言った事をしばらく考え込んでいた。
「俺だってそれぐらいわかってるよ……ちくしょう……」
バタンッ。清十郎もそう言って部屋を出た。
誰もいなくなった部屋には、電源のついたままのラジオの音だけが響く。
“ガーガガー……たった今、国会が爆破されました! 国会内には幸い人はいなかったものの、建物はほぼ全壊。現場にはピースの犯行声明と思われる物が残っていた模様です……ピーガガー……”
第七話 『二度と戻らない時』
翌日。清十郎は昼すぎに本部へやって来た。
「へっ、やっぱ誰もいないでやんの」
窓から外を眺め、清十郎は昨日の事を思い出す。
つけっ放しになっていたはずのラジオは、電源が消えていた。
清十郎はラジオをつけ、再び考え込む。
ラジオでは未だに国会爆破のことを伝え続けていた。
「ふぅー……なんで戦うことしか考えられねえんだよ……」
清十郎は、優子が言った戦わないで解決する方法を模索していた。
「ったく、どいつもこいつも馬鹿ばっかだ」
清十郎はラジオの電源を切り、部屋を後にした。
「私が総理大臣に?」
国会爆破を受け、政府は緊急に会合を開いていた。
「あぁ、斎川大臣。ぜひあなたにやってもらいたい」
パチパチパチ。全員が拍手をする。
「……わかりました。皆が賛成するのなら、ぜひ」
そう言って了承した斎川は、立ち上がって挨拶を始めた。
「―――ついにここまで昇りつめました」
斎川は感慨深げな表情を浮かべた。少し沈黙があった。
「……やはりこの場での挨拶は止めておきます。気持ちの整理があるので」
そう言うと斎川は部屋の出口に向かって歩き始めた。
「後ほど、ラジオを通して国民に挨拶を行います。それでは」
部屋を出た斎川は、廊下を少し行った所で立ち止まった。
「ようやくここまで来た……二年か、実に長かった」
斎川はポケットからおもむろに写真を取り出した。
「慶子……これでお前も報われるぞ……」
そう言うと、斎川は再び歩き出した。
その頃、優子は藤尾に会っていた。
「藤尾さん。ラジオで聞きました、国会爆破のこと」
藤尾率いるピースは事件後、ピースの隠れ家にこもっていた。
「おや……君は確か清十郎のとこの。どうしてここが?」
ピースの隠れ家は、警察はおろか知っている人はごく少数だった。
「今朝本部に行ったらラジオで国会のこと知って……それで資料室を調べてたらここの場所が書いてある紙を見つけたんです」
藤尾は納得した様子を見せた後、静かに答えた。
「そうか……それで今日は何の用?」
優子はいきなり、激しい口調で切り出した。
「どうしてあんな事したんですか!? あんな事して何が変わるんですか!?」
藤尾は、予想外の言葉に驚きを隠せなかった。
「どうしてって? そりゃ渋嶋の仇に決まってるじゃないか!」
ピースの他の組員も、怒りにも似た表情でうなずく。
しかしむしろ、怒りを感じていたのは優子だった。
「あなた達は戦う理由を求めているだけじゃないんですか!? 仇とか、そういう理由を見つけてはすぐ戦い! そして新たな戦いを生むんじゃないんですか!?」
意外にも、藤尾は反論しなかった。
冷静に優子の言葉を受け止め、しばらく考え込んでいた。
優子は、渋嶋の死から藤尾は冷静な男に変わったと感じていた。
そして長い沈黙を破り、藤尾が静かに口を開いた。
「……そうかもしれないな」
優子は、自分の心が藤尾に伝わったのだと思った。
そしてこれ以上、政府との対立を激化させないでくれると思った。
しかし、現実はそう甘くなかった。
「じゃあ、これ以上テロをやらないと約束してくれますか?」
優子が言ったその一言は、無常にも退けられた。
「それはできない」
優子は大きな矛盾を感じざるを得なかった。
「何でですか!!」
激しく感情をあらわにする優子を、藤尾は部屋から連れ出した。
「悪い……今日の所は帰ってくれ」
優子には何がなんだかわからなかった。
何も言えず呆然と立ち尽くす優子に、去り際に藤尾が言った。
「もう走り出してるんだ……止まれないんだよ」
藤尾のその一言は、今の歴史や社会を象徴しているようだった。
斎川のラジオ演説が行われるおよそ1時間程前、清十郎は橋にいた。
いつもの橋。清十郎は目を閉じて、過去を振り返っていた。
一方、清十郎以外のデスティニーの組員は本部に集まっていた。
「おう優子、どうしたんだ慌てて」
輝男と鉄夫は資料室で調べ物をしていた。と、そこに優子が慌てて入ってきた。
「もう一度、二年前の事を調べてみようと思ったの。藤尾さんと会ってきたんだけど、何か隠している事が根底にあるような気がして……」
鉄夫は驚いた様子を見せ、慌てて言った。
「お、俺らもだよ。昨日清十郎と口論になった時、あいつが言ってた言葉が気になってな」
“ガーガガー……あと1時間で、政府から重大な発表があります……しばらくお待ちください……ピーガガー……”
ラジオからは、延々と1時間後の演説の予告が流れている。
と、その時だった。大量の資料を調べていた輝男が何かを見つけた。
「これ……ちょっと見て、二人とも」
それはあまりにも衝撃的だった。
「二年前にこんな事があったなんて……」
清十郎は未だ、過去を振り返っていた。二度と戻らない時を思って。
第八話 『もうすぐ……』
“俺は戦争でもう大事な人を失いたくない! だから俺は政府に入る! 俺は日本から戦争を無くしてみせる! ……必ず。”
「清十郎!」
橋で過去を振り返っていた清十郎の元に、優子が来た。
「悪ぃ、今ちょっと考え事してるんだ。後にしてくれ」
清十郎は軽く優子を流した。集中したかったのだ。
「……そっか」
予想に反して優子は素直に引いた。
そして、歩いて本部に向かって行った。
清十郎はハァとため息をつく。
「逆に気になるっつーの!」
清十郎は走って優子の後を追った。
二人が本部についた頃、ラジオ演説10分前を迎えていた。
「で、何か用?」
清十郎は改めて尋ねた。
「……これ」
優子は説明無しに一枚の紙を手渡した。
それを見た清十郎の表情はどんどん曇っていった。
「悪い、ちょっと頭ん中で色んなことが浮かびすぎて整理できねえ」
清十郎は少し間を置き、ゆっくりと自分の言葉で語り始めた。
「……俺たちが政府に負け、4人で故郷に帰った時だ。俺たちは、きっと故郷に帰って家族の顔を見たら心が休まるだろうと思った。だけど―――」
清十郎は言葉に詰まる。歯がゆい思いが全員に伝わる。
「みんな死んでたよ。家族だけじゃない。俺たちに関わった人間全てがさ……」
その紙には、“テロリスト達への制裁”と書かれていた。
「そして家の机の上にこの紙があった。俺たちは絶望したよ」
以前清十郎が言った言葉が優子の頭をよぎる。
“俺はそんな境遇じゃないから、偉そうな事は言えねーけど……戦場じゃあそいつが背負ってるモンの重さじゃ勝敗は決まらねえ”
“守るモンが……家族が居るだけ幸せに思えっ!!”
清十郎は言わなかった。こんな状況になるまで、自分の過去を。
恐らく、隠し通せるものなら隠そうと思っていたのだろう。
全て自分の中に押し込み、何も言わず明るく振る舞う。
そんな清十郎を見て、優子は涙を流さずにはいられなかった。
「なんで……なんで私たちに言ってくれないの!? どうして悲しみを分かち合おうとしないの!?」
反対に、清十郎の目は乾いていた。
もう幾度と無く思い出し、その度に涙を流してきたのだろう。
「なんでかな……俺、お前らのこと信じきってないのかな……?」
涙を手で拭い、鉄夫が静かに言う。
「……昨日は悪かったな、清十郎」
鉄夫は昨日の清十郎の言葉を振り返っていた。
“過去にとらわれて前に進めない、俺はそんな人間を何度も見てきたんだ!!”
清十郎たちは家族たちの死を嘆き、絶望したのだろう。
そして何度も悔やみ、過去にとらわれ、前に進めなかったのだろう。
「―――信じてくれよ。俺たち、仲間だろ」
輝男は、自分の言葉を思い出していた。
“清十郎は、運命の意味を間違えてると思う。清十郎は、渋嶋の死を『運命だか
ら』と言って必死に押さえ込んでる。死の恐怖を忘れようとしてる。それはただの
逃げだと思う”
「清十郎、ごめん。君は逃げてなんかいなかった……」
清十郎は皆の言葉を素直に受け止め、口を開いた。
「なんつーかさ……」
言葉を続けようとした時、ラジオに変化が現れた。
“ガーガガー……ただ今より、政府から重大発表を行います……ピーガガー……”
「話は後にしよう。始まるぜ、いよいよ」
“えー、ゴホン。副総理の村里です。本日、新たな総理大臣が誕生しました。今からラジオを通じて、総理から国民の皆様に挨拶をします。では総理、お願いします。”
“どうも。総理大臣の斎川です。今日は皆に私が掲げる方針を伝えようと思う。”
全員に衝撃が走った。
「斎川が総理だと……!?」
“私が掲げる主な方針は一つだ。外国の圧力にひるまずに軍事力を強化し、戦争に勝つ。そして、平和な社会を作る。そのためには戦争に反対する組織連合を完全に撲滅し、国内での心配を無くす必要がある。我々はこの方針の実現に向かって強く行動する。国民の皆、私たちを信じてついてきてほしい。平和な未来は、すぐそこにきている! ……以上だ。”
ラジオ演説が終わった後、しばらく皆黙っていた。
最初に口を開いたのは、意外にも輝男だった。
「組織連合を撲滅するって……戦わないで解決するとか、そういう事もう言ってられる状況じゃないんじゃない……?」
輝男は決してその場の感情に流されるような人間じゃない。
それだけに、輝男の言ったその一言は重かった。
しかし、優子はそれでも信念を曲げなかった。
「戦えば……戦えばそりゃあ済むよ? だけど―――」
どうしても、戦わずに解決したかった。
「違う、違うよ優子」
しかし現実はそう甘くなかった。皆すでに悟っていた。
「これは既に、戦わなきゃ済まない問題なんだよ……」
輝男のその言葉を聞くや否や、優子は走って部屋を出て行った。
「ったく、人をこき使いやがって……」
清十郎はそうつぶやき、走って優子の後を追った。
少しして、鉄夫は窓のそばに歩み寄った。
窓から見える景色は美しいものではなかった。
住民同士の小競り合いや争いなど、醜いものばかり目に映る。
「いつになったら幸せになれんのかな……?」
その一言は、おそらく組織連合の全ての人間が思っていることだろう。
その問いかけのような鉄夫のつぶやきに、輝男が答える。
「きっともうすぐだよ」
そう言って輝男は窓を開けた。
爽やかな風が、勢い良く部屋中を吹き抜けた。
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2004/03/28(Sun)23:34:00 公開 / 流浪人
■この作品の著作権は流浪人さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
タイトルの「もうすぐ……」にはもうすぐで全てが終わり、幸せが来るのか?という色々な人の希望や疑問を込めてみました。