- 『かそけき雪のように』 作者:宣芳まゆり / 未分類 未分類
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原稿用紙約9.5枚
雪が降る.
はかない雪の結晶は,手のひらのぬくみですぐに消えてしまう.
でもな,
それはあくまでも雪の話だろう・・・?
雪の中,俺は新年一発目の講義を受けに大学へやってきた.
教室に入ってすぐに気付く違和感.
机と椅子が並ぶだけの味もそっけもない教室に,パジャマ姿の少女がただ一人で立っていた.
年のころは178歳.
うすらぼんやりと突っ立っていた.
「一応,部外者立ち入り禁止だぞ.」
俺は年長者の義務を果たすべく,少女に向かって注意を与えた.
すると少女は,白すぎる顔をこちらへ向けた.
「・・・ごめんなさい.」
「どうしても,死ぬ前にこの大学に来たくて・・・.」
俺は大仰にため息を吐いた.
またかよ・・・,
どうして俺はいつもいつもこんなのに行き当たるのだ?
「そんなたいした大学じゃないぞ.」
少し怯えた風を見せる少女に向かって,俺はせいぜい優しく微笑んで見せた.
「で,何がしたい?」
すると少女はきょとんとした顔をした.
「まさか入学することが目的じゃないだろ?」
高校生か浪人生かしらないが,まぁ,うちは難関校として有名だからな.
すると少女は図星を指されたように,顔を赤くして口をつぐんでしまった.
俺は軽く首を竦めた.
仕方ない,今日の授業は自主休講だ.
「よし.じゃぁ,まずは歌おう!」
俺はその手の冷たさに辟易しながら,戸惑う少女の手を引っ張った.
学舎から出ると,外では結構な量の雪が降っている.
俺は少女を学舎の裏手にあるサークルの部室へと連れていった.
「あけましておめでとう!」
部室のドアを開けると,途端にめがねが曇った.
中ではストーブを囲んで,二人の男がギターをかき鳴らしていた.
「矢部(やべ)さん!おめでとうございます.」
後輩の垣内(かきうち)と本間(ほんま)だ.
「自主練習か,熱心だな.」
俺は少女を中に入れてから,ドアを閉ざした.
そして自分もギターを取り,彼らの近くに腰掛ける.
「最近はやりの曲でも練習しないか?」
俺はさりげなく少女を自分の隣の席に手招きした.
「流行の曲ですかぁ?」
本間がちょっとうんざりした顔をする.
「あぁ,来年度の新入生勧誘のために今から練習しとかないとな.」
俺はジャッとギターをかき鳴らした.
俺はここの大学のギター部に所属している.
普段は昔のフォークソングばかりを弾いたり歌ったりしているのだが, 4月だけは新入生のご機嫌を取るために最近の曲をやるのだ.
「最近の曲,難しいんですよねぇ.」
一生懸命にギターのコードを押さえながら,垣内がぼやいた.
「新入部員獲得のためだ,精進しろ.」
俺は軽く少女に向かってウインクをしてみせた.
少女は戸惑った視線を,しかし好奇心一杯にさまよわせている.
壁に飾ってある埃のかぶったトロフィー,分厚い楽譜におんぼろのピアノ.
生活感まるだしの炊飯器に鍋,そしてよく分からない外国のお土産.
「高校と違って面白いだろう?」
すると少女はこくりと頷いた.
不思議そうな表情をする垣内と本間を無視して,俺はギターを簡単にチューニングした.
それから3人で軽く音合わせをする.
「好きな曲はなんだ?」
俺は聞いた.
「えっとぉ,・・・ゆず.」
「そりゃもちろん,ミスチルですよ!」
少女は遠慮がちに,本間は楽しそうに答えた.
「じゃ,ゆずな.」
俺はギターの本のページをめくって,ゆずの曲を探した.
「矢部さん,ゆずが好きだったんですか?」
きょとんとして垣内が聞いてくるのに対して,俺はあいまいに頷いた.
1曲,2曲とギターを弾いて歌いだす.
最初嬉しそうに微笑んでいただけの少女はだんだんと手を叩くようになり,最後は一緒に歌いだした.
興に乗って何曲もやっていると,学舎の方からチャイムの音が聞こえてきた.
「あ,次,俺たち授業です!」
慌てて垣内が立ち上がる.
「授業のノート,頼んだぞ!」
本間は立ち上がらずに,垣内に言った.
「お前いつまでさぼるんだよ!」
ちょっと本気で怒って,垣内が腕組みする.
俺はギターをかき鳴らしながら,二人のやり取りを見つめた.
「じゃ,矢部さん.行って来ます!」
結局,二人は一緒に授業に出ることにしたようだ.
俺は軽く手を振った.
次に俺は隣に座る少女に向かって笑ってみせた.
「ほかにリクエストは?お嬢さん.」
すると少女は顔を赤くしてこちらを見た.
「何でも弾くけど.」
俺はにやっと笑った.
「そうだな,サークル活動のお次は何がいい?」
なんともかわいらしい幽霊さんだ.
案の定,垣内にも本間にも少女の姿は見えなかったらしい.
「授業,旅行,バイト,それとも恋人?」
少女の顔がますます赤くなる.
「最後に出会えたのがあなたでよかった.」
はかなく微笑んで,少女は笑った.
俺も微笑む,どうやらこの少女は最後まで勘違いをしているらしい.
「じゃ,ご所望のものをお一つ.」
俺は少女のひやっとする頬を包んで,軽く唇に口付けた.
途端に消える,かそけき幻.
部室には俺一人しか居なかった・・・.
雪が降っていた.
はかない雪の結晶は,手のひらのぬくみですぐに消えてしまう.
4月,入学したばかりの新入生の群れにサークル宣伝のビラを配りながら,俺は大きなあくびをした.
途端に隣でビラ配りをしていた垣内に小突かれる.
「あぁ,すまんすまん.」
すると垣内は叱るように言う.
「止めてくださいよ,矢部さん.矢部さんの顔で何人か新入生を釣ろうと考えているんですから.」
それは初耳だ.
「おいおい,マジかよ.」
しかし実は新入生なら,すでに一人釣りあげている.
「あー!」
大きな声を上げて,新入生の一人が失礼にも俺たちを指差した.
瞳を大きく開いて,少女は叫んだ.
「嘘!夢じゃなかったんだ!」
それはこっちの台詞だよ,お嬢さん.
「お久しぶり,生霊飛ばしのお嬢さん.」
すると少女の隣にいた少年が呆れたように少女の顔を見た.
「生霊!?あんな単なる盲腸の手術で何やっていたんだよ,姉貴!」
盲腸!?
俺は手を叩いて笑った.
死ぬ前にだの,最後にだの言っておきながら・・・!
「だって,麻酔承諾書とか書かされたりして怖かったんだもん!」
少女はぶすっとして答えた.
えぇえぇ,それは怖かったんでしょうね,生霊になるくらいに.
馬鹿笑いを続ける俺に向かって,再び垣内が叱る.
「先輩,顔!」
俺は垣内に向かって言ってやった.
「垣内,こいつが新入部員第1号だ!」
だから言っただろ,
それはあくまでも雪の話だって・・・.
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■作者からのメッセージ
はかない悲恋を書いてみたかったのですが,・・・私が書くとどうも,こうなってしまうみたいです.
まぁ,大学生活は楽しい,そしてサークルの新入生獲得は大変だ,ということで.
おそまつ様でした.