- 『少年と男』 作者:園乃 / 未分類 未分類
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全角4651.5文字
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原稿用紙約15.8枚
中学校って一体どんな所なんだろう。
勉強は難しいのかな?
友達たくさん作りたいな。
ちゃんとクラスに溶け込めるかなぁ・・・
隣を行き交う人の気配を感じ、少年はハッと我に返った。
信号は既に青に変わっている。
その場にボーっと立ち尽くしていた少年は、信号が変わっている事に気づくと慌てて交差点を渡り始めた。
真新しい学生服に身を包んだ少年は、この春から第五中学に入学した中学一年生だ。
そして今日が中学生活のスタートとなる日。
少年は不安と期待が入り混じった気持ちで学校に向かっていた。
「何かあったのかな?」
少年がとある交差点に差し掛かかった時だった。
辺りが何やら騒々しい。
少年が交差点の向こう側に目をやると、人だかりができている様子が見えた。
どうやら事故があったらしい。
人だかりの側には一台の大型トラックが道路脇に止められていた。トラックの前部分が微妙に潰れているのがこの位置からでもはっきりと確認できる。
その側にはシーツのような物が何かを覆い隠すように敷かれている。
そしてその周りを取り囲むようにどす黒い色をした血が広がっていた。
恐らくあのシーツの下にはトラックに弾かれてしまった人が倒れているのだろう。
事故が起きたのはつい先程のようで、まだ救急車も到着していない状態だった。
今日から待ちに待った中学生活が始まるという日に、悲惨な光景を目にしてしまった少年は複雑な心境で信号が変わるのをじっと待っていた。
「なあ、お前アレが見えるか?」
突然少年の後ろから男性の声が聞きこえた。
少年が振り返ってみると、そこには全身黒尽くめの男が立っていた。
背丈は優に180センチを超えているように見える。深々と被った黒いニット帽で目は隠れていてはっきりと確認できないが、キリッとした鼻や口元、顔立ちを見る限りではかなり美形のようだ。
そして何より腰まであるほど真っ直ぐに伸びた金色の髪に目を奪われる。
「お前に言ってるんだよ。」
その言葉を聞いた少年はハッと我に返った。
どうやらこの男は自分に話し掛けているらしいことに気づく。
「え・・・まぁ見えますけど・・・」
そう言って少年は向こう側の事故現場に目をやる。
「ついさっき大型トラックに弾かれたらしいぜ。」
「そうなんですか・・・」
少年は何故この男が自分に話し掛けてきたのかがわからなかった。
見ず知らずの男に話し掛けられたことが少し怖かったが、少年はとりあえず相槌を打った。
「即死だってよ。苦しむ暇もなかったらしいぜ。」
「・・・可哀相ですね。」
「今日から晴れて中学生だって言うのに付いてない奴だよな。なぁキョウスケくん。」
「・・・え?」
男の言葉を聞いた少年は一瞬ドキッとした。
今この男は確かに自分の名前を口に出したような気がする。でも、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
相槌を打ち続けるだけで留めようと思っていたが、徐々に不安になってきた少年は思い切って自分から男に話し掛けてみることにした。
「あの・・・何で僕の名前を知ってるんですか?」
すると男は事故現場の方にゆっくりと顔を向けた。そして男は不適な笑みを浮かべると黙り込んだ。
それを見た瞬間、少年の体に寒気が走り、体中から嫌な汗がドッと噴き出す。
何でこの男は笑ったんだろうか。
何か聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がした少年は、急にその場から逃げ出したい気分に苛まれた。
「知りたいか?」
少年の方に振り返ると、何か嬉しそうな表情を浮かべながら男が言った。
少年は生唾をゴクリと飲みこんだ。
心臓の鼓動がバクバクと聞こえてくるのがわかる。
知りたい。
でもその答えを聞いてしまったら何か悪い事が起こりそうな気がしてならない。
第一、男は何故こんなにも嬉しそうなのだろうか。怪しすぎる。
少年は悩んだ。
しかし、答えは始めから決まっている。
「・・・はい。」
少年の答えを聞いた男は、またしても不適な笑みを浮かべる。
少年は再び生唾をゴクリと飲みこんだ。
そして男がゆっくりと口を開く。
「オレが死神だからだ。」
男がその言葉を口にした瞬間、辺りが静まり返ったような気がした。
「・・・は?」
少年は思わず気の抜けた声を発した。それと同時に体中の力が一気に抜けていく。
そんな少年の様子を見た男は少し不機嫌そうに言った。
「はじゃねぇよ。だからオレは死神なんだって。」
この男は一体何を言っているのだろうと少年は思った。
しかし、男は真面目な顔をして話を続ける。
「いいか小僧。死神は自分が担当した奴のことなら大抵の事は知ることができるようになってんだ。」
「・・・・・」
あまりのバカバカしさに少年は言葉を失う。
この男はきっと頭のおかしい人に違いないと少年は悟った。
何か自慢気に目の前に立っている男に向かい、少年は疑問を投げかけてみた。
「じゃあ聞きますけど、何で死神のあなたがここにいるんですか?」
すると男はあっさりと答えた。
「そりゃあお前がオレの担当になってるからに決まってるだろうが。」
「・・・は?」
男の予想外の返答に、少年は再び気の抜けた声を発する。
「だからはじゃねぇよ。お前はもう死んでるんだよ。」
「・・・へ?」
もはや少年にはこの男が何を話しているのかが全く理解できなかった。
「テメェ・・・オレをおちょくってんのか?」
ふざけたような少年の態度に憤りを感じた男は、拳を握り締め怒りを露にする。今にも男の鉄拳が少年に向かって飛んできそうな勢いだ。
それを見た少年が慌てて口を開く。
「いや、あなたの言っている意味がわからないんですけど。」
男は一つ大きく溜め息をつくと、交差点の向こう側を指差した。
「いいか。あそこに倒れてる少年がいるだろ?」
少年は男が指差す方向に目をやった。事故現場が見える。
男が言っているのは恐らくシーツの下に横たわっている少年のことだろう。
少年が事故現場に目をやったことを確認すると、男はとんでもないこと言い出した。
「アレがお前だ。死人判定委員の説明聞いてねぇのかよ。」
「えっ・・・あれが僕なんですか?」
「ああ。お前だよ。」
少年は男の言葉を聞いて呆れ返った。
あのシーツの下で横たわっているのが自分だというのか?
信じられるはずがない。
「僕はここにいるじゃないですか。」
「だからさっきから言ってるじゃねぇかよ。お前は死んでるんだって。」
「そんなの信じられないよ。」
男は困った表情を浮かべ、ニット帽の上から頭を掻きながら舌打ちした。
「よく要るんだよな。お前みたいに自分が死んだと思いたくない奴が。」
「だから僕は死んでませんって。」
「わかったわかった。じゃあこれからお前が死んでるって事を証明してやるからよく見とけ。」
そう言うと男は車が行き交う交差点に向かって歩き出した。
「ちょっと、危ないですよ!!」
「まぁ見てな。」
男が交差点に足を踏み入れると、右方向から一台の車が男に向かって走って来る。
男との距離はもう数メートルしかないにも関わらず、全く減速する気配がない。
このままではぶつかってしまう。
そう思った次の瞬間だった。
「!?」
少年は目を疑った。
車は男の体をすり抜けると、何事もなかったかのようにそのまま走り去っていったのだ。
交差点を行き交う車が次々と男の体をすり抜けていく。
少年は信じられない光景を目の前にし、その場に呆然と立ちつくした。
そんな少年の様子を見て、男はゆっくりとした足取りでこちらに戻り始めた。
「死神は死んだ人間や近い内に死ぬ人間にしか見えない仕組みになってんだよ。」
「嘘だろ・・・」
呆然と立ち尽くす少年の目の前まで来ると、男は少年の額に右手をかざし、命一杯力を込めてデコピンをお見舞いしてやった。
「痛っ!!」
あまりの痛さに少年は涙目になりながら額を両手で押さえる。
「オレは死神。お前は死人。これでわかっただろ?」
先程の光景を見てしまった少年は、この男が言っている事は本当なのではないかと内心思い始めていた。
しかし、少年には自分が死人であるという事が未だに信じられない。
「わからないよ・・・だいたい僕には死んだ覚えがないし。」
男は両手を自分の腰に当てると、呆れた表情を浮かべ少年を見下ろした。
「強情な奴だなお前も。だったら身を持ってわからせてやるよ。」
そう言って男は少年の体を両手で掴むと、まるでを子犬でも持ち上げるかのように軽く持ち上げた。
「ちょ、ちょっと何するんですか!?」
驚いた少年は宙に浮きながら必死になってもがいてみせる。
しかし男は少年を下ろそうとする気配が全くない。それどころか何か楽しそうに笑っているようにも見える。
「黙って知ってこいや。お前が死んでるっていう証をよ。」
そう言って男はゆっくり振りかぶると、目の前の交差点に向かって少年を勢いよく放り投げた。
「うわぁぁーーー!!!」
悲痛な叫び声と共に少年の体が大きく宙を舞う。
丁度その時、少年の視線の先には一台のバスがこちらに向かってくるのが見えた。
死ぬ。
少年は思った。
それと同時に先程の光景を思い出す。
男の体を車が通過していく光景を。
本当に僕が死人だとしたら・・・
そう思った次の瞬間だった。
バスの運転手と目が合った。
運転手は目は大きく見開き、咄嗟に何かを叫んだように見えた。
ドンッ・・・
「・・・・・アレ?」
男は一瞬何が起こったのかがわからなかった。
しばらくして、女性の叫び声と共に周りがザワザワと騒ぎ出す。
男が騒ぎの方向に目をやると、先程の少年が血まみれになって交差点に転がっていた。
男は我が目を疑った。
「そんなバカな・・・」
「あの〜・・・」
突然男の後ろから声が聞こえた。
男が振り返ってみると、そこには血だらけの学生服に身を包んだ一人の少年が立っていた。
「あなたが死神ですか?」
「・・・は?」
男は思わず気の抜けた声を発した。
「はじゃなくて、あなたが死神ですよね?」
もう一度少年が尋ねると、男は不思議に思いながらも答えた。
「ああ、オレは死神だが・・・誰だお前?」
自分の目の前に立っている少年が何者なのか。
何故死神である自分の姿が見えているのか。
男が不思議そうに少年を眺めていると、少年は交差点の向こう側を指差した。
「トラックに弾かれた人があそこにいますよね。アレ俺です。」
「・・・へ?」
「さっき死人判定委員という人から俺が死んだっていう説明を受けたんですけど、『お前の担当はあそこにいる死神だ』って言われたんで来ました。」
嫌な予感が男の頭を過る。
「じゃあたった今オレが放り投げた小僧って・・・」
そう言うと、男と少年は交差点に転がっている少年の方をじっと眺めた。
「さあ・・・誰なんでしょうかね?」
少年は他人事のように軽く答える。
「お前、名前は?」
「遠藤。遠藤京介。」
少年はあっさりと答えた。
「・・・・・」
男はしばらくその場で黙り込んだ。
その後、男は少年に顔を向けると何かを思い出したかのように口を開いた。
「・・・まぁ人間誰にでも間違いはあるよな。お前もそう思うだろ?」
そう言って男は無理に笑って見せる。
その時だった。
不意に背後から何者かの手が男の肩にポンと添えられた。
その瞬間、口を半開きにしたまま男の表情が固まる。
こちらに背を向けたまま固まっている男に向かい、この世の者とは思えないような禍々しい声で何者かが言った。
「あなたは確かあの時、自分は死神だとか言ってましたよね・・・」
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2003/12/26(Fri)11:27:43 公開 / 園乃
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■作者からのメッセージ
読んでいただいた方ありがとうございます。
なんとなくドジな死神の話が書きたくなったので書いてみました。
その後彼らがどうなったかは、ご想像にお任せします。