- 『あくむ』 作者:らぃむ。 / 未分類 未分類
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全角1560文字
容量3120 bytes
原稿用紙約4.35枚
あくむ
人ごみで賑わう繁華街。私は一人ぼうっと、人の波にのまれつつ、スローテンポで歩いていた。いろいろな人とすれ違っていく。若いカップルや親子連れ、老夫婦や、仲の良さそうな女のコ達…皆、幸せそうな顔だ。
そんな中、私は一人で歩いていたことが、少し恥ずかしかった。どこか、取り残されたかのように感じたからだ。Gパンにフード付きトレーナーという、あまり可愛いとも、流行ものとは思えない格好だったせいかもしれない。
しかし、そんなことを考える事も出来なくなるほどの恐怖が、私を襲ってきたのだから。
ふと、後ろを振り向いた。何か気になったわけではなく、ただ、なんとなく振り向いたのだ。ちょうど私から約2、3メートルくらい離れたところにいた、全身黒尽くめの怪しい人(多分、男の人)が、手に何かを持っていた。元々目の悪い私は、すぐにはソレが何かわからなかった為、何度か目を細め、その部分だけを凝視した。しばらくして、ソレが何か判明して、すぐに私は後悔した。ソレを見なければよかったと。
頭で理解し終わる前に、身体の方が動いていた。脚を動かし、手で人の波をかきわけ、必死に逃げようとした―――一人だけ、助かろうと。
耳に、ザクっと音がした。鮮度の高い果物が切れるような音。ほんの一瞬だけ、賑やかな繁華街が静まりかえった。そして、背中から生暖かい感じと、痛みが私を襲った。あの黒尽くめの人が持っていた包丁に刺されたのだと、悟った。以外にも、私は冷静だった。普通ならパニックに陥るのに、落ちついている。頭の中で、このことが分かっていたかのようだった。刺された衝撃で、私はバランスを崩し、近くに歩いていた女性にもたれかかってしまった。その女性は私を見るなり、顔を青ざめ、叫んだ。遠くから、誰かが私を呼んでいるような気がした。
「―――――っ!!」
勢いよく飛び起き、乱れた呼吸を整えつつ、額から流れる脂汗を拭った。
リアリティのある夢だった。ここ一週間、こういう夢をよく見ていた。今見たばかりの夢を思い出し、吐き気がした。背筋がゾワゾワして、徐々に気持ち悪くなった。口に手を当て、すぐに部屋から出てトイレに駆け込んだ。胃から食道、咽喉にまで達した汚物を吐き、また同じ夢を思い出し、同じことの繰り返し。胃液まで吐ききって、ようやく全てを流し終えた頃、涙が零れた。予想外の悪夢と、襲われる恐怖。それと、一人だけ逃げようとした私への、罰がこの夢なのだと気づいたとき、悔しくなった。
今から一週間前、信頼していた親友の優子が死んだ。とても些細なことで喧嘩になって、口をきかなくなった。その直後、彼女は私の目の前で事故に遭って、還らぬ人になってしまった。今でもそのことを後悔している。あのとき、私が彼女の言う事を信じてあげればよかったと。一番信頼していたのに、なぜ信用しなかったのだろう。遺された私には、哀しみと後悔しか残らない。
なら、楽になろうか?
これは、最低手段でも、最終手段でもある。他人や、病気に殺されるのではなく、自分で自分を殺すのだ。人間をやめたいのなら、コレが手っ取り早い。追われるのが嫌なら、止まればいい。人間から逃げたいのなら、コレが手っ取り早い。追われるのが嫌なら、逃げればいい。
カーテンレールに細く裂いた布の端を結び付け、首に巻きつけ、しっかり結んだ。めいっぱい力を込めて結んで、ぶら下がった。ぎゅっと首が締まって、苦しくなった。口から唾液と少し膨れ上がった舌が、だらしなく出て、ジワジワと血の気が失せるのが、なんとなくわかった。
逃げる私には、お似合いの死に方だ。もっと苦しんで死のう。彼女が味わった苦しみよりも、私がさっきまで苦しんでいたよりもずっと、苦しもう。
ありとあらゆる体液を流しつつ、汚く、私は程なくして、事切れた。
*end*
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■作者からのメッセージ
ごめんなさい、意味不明でごめんなさい。